TAKE OFF!! for the FUTURE
  (宇宙戦艦ヤマト2,宇宙戦艦ヤマト−新たなる旅立ち−,PSゲーム『さらば宇宙戦艦ヤマト〜愛の戦士達〜』より)

−Chapter 5−

 (1)

 連邦政府の首都東京の再建が始まった。予定通り、防衛軍司令本部、中央病院はヤマト帰還から1週間後には完成し、入院しているヤマトのクルー達も地上へ移った。
 進と雪も、地下の自宅から、毎日地上の司令本部へと通勤していた。進に課せられた仕事は、ヤマトの再建、戦艦としてのヤマトの修理の監督と同時に、新規乗組員の選抜も重要な業務だった。1ヶ月後に、地球の復興の旗印として、ヤマトはテスト航海に出航する。その日付も決まった。後ろから何かにせっつかれるように忙しい日々が続き、進は自分が落ち込んでいる暇もなかった。
 雪も同じだった。長官秘書としての仕事は、目新しい業務も多く、そしてまた多忙を極めた。仕事を終えれば毎日、9時10時になる。休みすらなかなか取れないまま日々が過ぎて行った。

 ヤマトが帰って来てから 、気がつけばもう3週間を過ぎていた。

 進と雪は、朝晩の通勤時間の短い間だけが二人の時間だった。朝晩、進は少々遠回りになるが雪の家へ送り迎えをする。
 朝・・・ 進は、雪の母美里の勧めで少し早く迎えに行き、朝食を雪の家でとり、出勤。晩は、長官と駆け回る雪を待ちながら、書類を整理したり、病院に様子を見に行ったりして過ごした。みなの怪我は順調に回復しているようだ。
 なにもかも、元通りに戻って行くようだった。しかし、まだ、解決していない問題も残っていた。

 (2)

 島大介、彼の病状は回復に向かっていた。体のデータはどんどんと平常の数値に戻りつつあったが、心の回復が伴ってこなかった。
 進がたまに行っても、特に話を始めようとはしない。たずねることには答えるが、ヤマトの人選のことを相談しても的を得た答えを返してこない。

 「俺は、生きなければならないというプレッシャーに潰されそうなんだ・・・」

 自嘲気味にそうつぶやいたのは、数日前のことだった。島の心の闇を進は取り払ってやることはできなかった。島を気遣う綾乃に様子を聞いて見た。

 「島さん・・・ いつも黙ったまま、あのカプセルを見つめてるんです。きっと再生して見ることが出来なくてただそのカプセルだけを・・・見てるだけのようなんです。見てると、私のほうがかわいそうで辛くなってしまうわ・・・」

 「綾乃さんも・・・辛いでしょう?」

 「いいえ・・・ 島さんの苦しみに比べたら・・・ 私は好きな人が目の前にいるんですもの・・・ でも、私じゃ島さんの支えになってあげられないんです。それが・・・それがとても悲しいんです。」

 寂しげに笑う綾乃の声は涙をこらえて震えていた。綾乃がいろいろと島に心をくだいていることは雪からも聞いていた。だが、そのどれも島の心までは届いてはいないようだった。

 あの日見せた島の笑顔は、まだ本物ではないとは思っていたが、このままだと、一ヶ月後の出航に間に合わないのではないかと、進は心配していた。

 (島がいないままでは、ヤマトは出航できない・・・ なんとか、立ち直ってくれ! 島!)

 (3)

 その日は、いつもより少し早く、といっても8時を過ぎた頃、雪は仕事をようやく終え、進の待つ部屋にやってきた。進はすぐに立ちあがると、雪と共に地下の駐車場へ歩き出した。

 「お待たせ、古代君。いつもごめんなさいね。」

 「いや、僕も最後の詰だからまとめる資料がたくさんあるんだ。ここでやるか、家に帰ってやるかの違いだけだから。メンバーは大体決まったし、修理の方も、予定通り進んでいる。」

 「そう、よかったわ。新メンバーはどおお?」

 「うん、防衛軍に残ってた人員が約半分と新人が約半分だ。やっぱり問題は新人達だな。卒業してすぐの配属だから、どれだけ役に立つかどうか・・・」

 「でも、今回はテスト飛行なんでしょ? そんなに心配しなくても。」

 「そうだけど、万が一ってことがあるからな。宇宙にはいろいろな脅威があるって言う事が今回のことでよくわかったから。いつどこで何があるかわからないんだ。気を抜くわけにはいかない。」

 真剣な表情で話す進の姿に、雪は進が自分を取り戻して活動を始めたことを喜ぶと同時に、また自分のことよりも、ヤマトのこと、地球のことを優先する古代進が復活していることに少し寂しさを感じるのだった。
 進は、あれから結婚式のことを何も言わない。雪も何も聞かない。だけど・・・ どうするつもりなんだろう、とふと思うことがある。延期するならするでもいいけれど、何も言ってくれないのが不安で悲しくなる。もしかしたら、もう、私との結婚もする気がなくなったのではないか、と心配になることさえあった。
 そんなことはない! そんなことは・・・あるはずない! 雪は必死に自分にそう言い聞かせるのだった。
 そんな雪の思いに気付いたかのように、進はふと雪を見た。

 「雪、疲れてなかったら、ちょっとドライブしないか? ご飯は食べたのかい?」

 「ええ、少し・・・ あなたは?」

 「ん、僕も君を待ちながらちょっとサンドイッチをつまんだから・・・」

 「そう、じゃあ行きましょう。今夜はいいお天気だし。」

 進は何かを雪に話すつもりなのだろうか・・・ 雪は進の横顔をじっと見つめていた。

 (4)

 話が決まって車へ向かう途中も、車に乗ってからも、進は言葉を発しなかった。ただ黙々と前方を見つめるばかりだった。とてもドライブを楽しもう、といった感じには見えない。雪は覚悟を決めた。

 (古代君、何か悪い話をするつもりなんだわ・・・ 結婚の延期? 中止? どんなことを言われても私の気持ちは変わらない。あなたへの私の気持ちは・・・)

 進も黙って運転しながら、雪の視線を感じていた。今から話そうとすることを雪はどんな風に受け止めるのだろうか。自分の気持ちをうまく理解してもらえるのだろうか。それとも、そんな自分に愛想をつかされてしまうのだろうか・・・ 言葉を選ぼうと考えるのだが、どう切り出していいかすら浮かんでこなかった。

 車は、地下都市から地上に上がり、再建がほぼ完了した首都の街並をすり抜ける。進の暮らしていたマンションも再建が数日後に完了し、地上に戻れるという。ヤマトが発進する前には、もとの暮らしができるのだ。

 もとの暮らし・・・ あのマンションは、自分と雪が結婚して住むつもりで借りたマンションだ。一人で住むには広すぎるくらい・・・ だけど、二人で暮らす算段など全くできていない。かといって、他に新しい部屋を探すのも億劫だ。進の考えは意図しているわけではないのだが、話の本筋から外れて行く。

 そして、車は、未開発地域へと入って行った。ここへは、雪と何度となく来た。地球へ帰って初めてデートした時も来た。あの時、夕闇の中で二人は初めてキスをした。

 (あの時・・・ 僕らは幸せだったな。)

 進は、あの頃の雪しか見えていなかった自分を思い出した。

 (あの時は、死んだと思っていた雪が生きてて、僕を好きだとわかって、有頂天だった。あの旅でも大勢の人が死んだ。けど・・・ あの時はそんなことを考える余裕なんかなかった。雪しか見えてなかった。そして・・・ それで僕は幸せだった。
 今、再び戦いに身を投じて、多くの人の死を目のあたりにして、いや・・・ 自分すら命を捨てようとしていたんだ・・・ 雪を置いて・・・ 雪を置いて・・・置いて・・・おいて!)

 進はブルッと首を振ると車を急停車させた。

 「きゃっ!」

 不意の停車に雪はもう少しで車のフロントガラスにぶつかりそうになった。

 「古代君!! あぶないじゃない!」

 雪の言葉に、進は夢想の世界から現実に戻った。

 「ああ・・・ すまない・・・」

 (5)

 急停車の謝罪の言葉を言い、車を止めても、進はそれ以上何も言おうとしなかった。沈黙が続く。重い空気が二人の間に流れて行く。話さなければ、聞かなければ・・・ 二人ともそう思うのだが、言葉になって出てこない。

 そして・・・ 沈黙を破ったのは、雪だった。

 「古代君・・・ あなたの好きにしていいのよ・・・」

 かすれるような声でやっと押し出した言葉がそれだった。進はその言葉に横を向いて、雪を見つめた。そして進は気づいた。

 (雪は知っている・・・自分が今、何を言い出そうとしているのかを・・・)

 それでも進はまだ声を出すことが出来ずに、そっと雪を抱きしめた。雪の体温の温かさを感じながら、進は自分がとてもひどい人間のような気がした。雪の体は小刻みに震えだし、微かな嗚咽が聞こえてきた。雪は泣いているのだ。

 (僕は・・・ 雪に何を言おうとしているのだろう・・・ こんなに愛しい人をなぜ苦しめてるのだろう。こんなに、はかなくか弱く見える人を・・・)

 そう思うと、進はまた雪の体をさらに強く抱きしめた。このまま、誰もいない二人きりの世界に入り込んでしまえたら、どんなにいいだろうか・・・ 異次元空間にでも消えてしまえたら・・・ 進も雪もそんな気持ちになっていた。

 だが、現実はやはり現実で、ここは地球上の荒涼とした未開発地区の真中でしかなかった。車の中でしか・・・なかった・・・

 進は、抱きしめていた手を緩め、雪の肩を両手で掴んで起し、自分の顔の前に持って行った。泣いている姿を見られたくないのか、雪は下を向いたままだった。

 「雪・・・?」

 進の問いかけにも雪はうつむいたままだった。

 「雪・・・?」

 もう一度ささやく問いかけにやっと雪は顔をあげた。外からの微かな月明かりでも、雪の瞳に涙がたっぷりたまっているのはよくわかった。そしてまばたきをすると、それは一粒の大きなしずくになって雪の頬をつたっていく。

 「ごめんなさい・・・ なんとなくセンチメンタルな気持ちになっただけよ。」

 気丈にも雪はそう言って、自分の人差し指で涙をぬぐった。

 「話があるんでしょう? 古代君・・・ 私達、なんでも話し合おうって決めてたもの。どんな話でもちゃんと聞けるわ。話して・・・お願い・・・」

 雪は決意したように進をまっすぐに見てそうささやいた。その雪の姿に進も今、自分の気持ちを語る決心をした。

 「雪・・・ 結婚式のことだけど・・・ しばらく、このままでいたいんだ・・・」

 (6)

 「そう・・・」

 雪は一言、それだけを答えると進から視線をはずした。斜め下を見つめる雪のまつげが微かに揺れている。泣き出すのだろうか・・・ 進は声を発する事も出来ずに雪の姿を見ていた。沈黙がまた続いた。

 進がこの話をすることは、雪にはわかっていた。けれど、やはり実際にそのことを告げられると胸がぎゅっとしめつけられるように辛かった。もしかしたら、この数週間で進の心に変化が起きるかもしれないと、淡い期待をしていないでもなかった。だが、それは楽観的すぎた。

 そして・・・顔を上げると雪は答えた。

 「わかったわ。」

 「本当にそれでいいのかい?」

 何も聞かずに承諾する雪の回答に進の方が驚いた。

 「だって・・・ あなたの顔を見てれば・・・わかるもの。いつ言い出すかと思ってたわ。でも・・・ それって、あなたの私への気持ちが揺らいでるっていうことなの? それなら、もっとはっきり言って欲しいわ・・・」

 「違う! それは違うんだ。君への気持ちは変わっていない。いや、今までよりも増して君のことが愛しいと思っているし、僕のそばにいて欲しいと思ってる・・・ ただ・・・」

 「・・・・・・ただ?」

 「今は、自分だけが幸せに浸ることができないんだ・・・」

 進は苦しそうに眉をしかめた。

 「島くんや亡くなったみんなのことなのね?」

 「みんな辛い思いをしている。島も、亡くなった仲間の家族も・・・ その姿を見ていると、自分だけ笑うことなんか出来ないんだ。今、結婚式をしたって、僕は心から笑えない。それに・・・」

 「それに?」

 「いや・・・ いいんだ。とにかく、今は時間が欲しい。今回の戦いの傷跡が僕を含めてみんなの心から癒える日まで・・・ どれくらい、とも言えないけど、待っていてくれないか? 勝手な話かもしれないけど。」

 進はまだ何かを言おうとしたが、やめてしまった。

 (7)

 進は、今回の戦いのような事が再び起こらないとは言えなくなっている現実を感じていた。もしも、また不幸にして宇宙から未知なる敵が攻めてきたら、進は必ずヤマトと共に、先頭に立って戦いの場に身を投じるだろう。
 その時、また結婚を控えていたりしたら、もし結婚していたとしたら、雪を悲しませるだけなんじゃないか・・・ 

 現に、この戦いで、自分は雪を置いて、敵戦艦と刺し違えるつもりだった。雪はそれに気付いてついて来た。雪を置いていったとしても、連れて行ったとしても、雪を幸せにはできなかった・・・ 置いて行けば雪を嘆かせる事に、連れて行けば雪の両親を嘆かせることになっていた。その事は、進の心に重く圧し掛かっていた。
 ならば、雪のことはきっぱりあきらめるか、と問われたら、それもできない。雪が愛しい、この地球で天涯孤独の自分にとって、雪は唯一のやすらぎの存在なのだ。幸せにしてやれないのに、手放せない。そばにいて欲しい・・・ わがままだとは思うが、それが今の進の本音だった。

 雪は進のそんな不安をなんとなく感じ取っていた。進が自分の身の置き場について悩んでいるような気がした。今回の戦いで、進は2度も雪を置いて行ってしまおうとした。それは確かに雪を思っての事だろう。
 『愛する人を危険なところへ連れて行きたくはない。』そう考えるのは、当然の事かもしれない。けれど・・・ 私は違う。彼をひとりで行かせたくないのだ。生も死も含めて、常に共にありたい。幸せは私の中にある。

 雪はそう進に訴えようかとも思った。けれど、今の進にはそれを受け止める余裕がないような気がした。だから、少し待とう、時間が経って、雪の思いを進に伝えられる時が来るまで、しばらくは待っていよう、そう思った。

 「わかったわ、古代君。私は、あなたがここにいて、そばにいてくれるだけで、十分幸せよ。あなたの気持ちが変わらないのならそれで十分・・・ 私、待ってるわ。」

 結婚式、新婚生活・・・ 年頃の女性として、当然雪はそれに憧れを抱いていた。愛する人の奥さんになりたい・・・ 小さな教会のヴァージンロード、白いウエディングドレス・・・ ほんの数ヶ月前には現実のものとして、雪の目の前にあった。けれど今は、それを捨てることにした。

 (結婚を急ぐ必要はないわ・・・ 古代君と二人で歩けるなら、どんな道でも私は幸せ・・・)

 「雪・・・ すまない・・・ そして、ありがとう・・・ いつか、その時が来れば・・・」

 いつか、その時・・・ 自分がもっと大人になって自分に自信を持てるようになったら、自分の存在と雪の存在を全て包みこめるようになったら・・・ だが、いつそんな風になれるかわからなかった。今の進にはまだまだ遠い未来のような気がしていた。

 その時、雪は重苦しい雰囲気を払うように、笑顔を見せた。

 「それに私、まだあなたからプロポーズされてないのよ。言ってたでしょ? ちゃんと、プロポーズしてくれるまで、結婚してあげないって! うふふ。」

 確かに、雪がプロポーズされていない、と言った言葉は本当だった。二人の婚約は、雪の両親の早とちりから決まったようなところがあった。進はあの時、プロlポーズの機会を逃してしまい、結婚式の日までに言うという約束だった。
 だからこそ雪は、いつか進が本当の意味で結婚を決意をした時に、プロポーズをする形でけじめをつけてもらいたかった。

 「雪・・・」

 冗談めかして話を明るく切り上げようとする雪のしぐさが進にはたまらなかった。思わず雪を抱きしめると、痛いくらいの強さで抱きしめた。そして、もう一度心の中で雪に詫びた。

 彼女には地球で一番幸せになってもらいたい・・・ それが、自分の手でできればいいのだけれど・・・ 複雑な心境の中で進は雪への想いを募らせていた。

 その日から、次に二人が結婚の話をするまでには、さらに数年の歳月と多くの戦火をくぐりぬけなければならなかった。

 (8)

 翌日の午後、進はヤマト修理の報告を兼ねて、真田を見舞った。

 「どうですか? 真田さん?」

 「ああ、ほとんどいいんだが、義足との連結がちょっとうまくいかなくてなぁ。実は、ちょっと改良したものだから、そこの部分がな。しかし、ヤマトの出航までには必ず退院するから、大丈夫だ。」

 「そうすると・・・真田さんは大丈夫だし、他の連中もほとんどいいみたいですね。」

 「ああ、もう病院のサロンは相原達の独断場だぞ。ヤマトの戦士だってことで、看護婦に持てるもんだから、相原のヤツ調子にのってなぁ。ははは・・・」

 怪我の治りの早かった太田、山崎達は、既に退院していたし、南部は早めに自宅に戻った。彼の場合、自宅にいても十分にケアできるスタッフと施設が整っている。相原もほとんど良いのだが、年老いた母親に面倒をみてもらうよりは、病院にいたほうがお互い安心だという判断だった。
 真田も同じような理由で、そのまま病院で療養していた。

 「ところで、島はまだ本調子でないようだな? サロンにも姿を見せないし・・・」

 「はい・・・ 体のほうは順調に回復しているらしいんですが、気力の方がどうも・・・」

 「テレサの事か・・・」

 「はい。」

 進は、真田に島の様子などを聞かせた。

 「綾乃さんもずいぶん気にかけてくれているようですし、次郎君も毎日顔を出しては島を力づけているようなんですが、どうもパっとしなくて、ヤマトの出航の話をしても乗ってこないんです。」

 「そうか・・・ 辛いだろうなぁ。自分の最も愛した人をあんな形で亡くしたんだからな。」

 「なんて励ましたらいいのか、僕にはわからなくて・・・」

 「励ましなんか何を言っても今のあいつには聞こえやしないさ。俺にも覚えがあるからな。」

 「あ・・・ 」

 真田は幼い頃、自分の無茶から姉を亡くしていた。そのことで、自分を責めたことがあった。両親は真田を気遣ってあからさまに責めることはしなかったが、それが彼にとっては逆に辛く、両親との間に見えない溝を作ってしまう原因にもなった。
 そして、真田は、科学を憎み、その憎むべき敵としての科学を手中にすることで、やっと生きる意味を見出すことができた。

 「一度島と話してみるよ。俺の体験が何か役に立つかもしれんからな。」

 「お願いします。」

 真田は島との会談を約束してくれた。進は、ヤマトの修理の進捗状況を報告した後、一旦病院を後にした。

 (9)

 次の日の夕方、進は雪から出先から直帰する旨の連絡を受けた。自分の仕事も一段落した事もあり、島を訪問することにした。

 (真田さん、島と話をしたんだろうか? 島は何かつかんだろうか・・・)

 ナースステーションを覗くと、今日も綾乃が勤務していた。

 「古代さん、今日もご苦労様ね。」

 「うん、もうすぐ出航だからね。最後の打ち合わせに・・・ 島はどうだい?」

 進の質問に、綾乃は黙って首を振った。

 「そうか・・・ 昨日、真田さんが話をしてくれるって言ってたんだけどなぁ。」

 「そうなんですか。島さん、ヤマトに乗れるのかしら・・・ 体の方は、もう退院してもいいくらいなんですよ。ご家族の方も心配されてるし、弟の次郎君も毎日のように学校帰りによっては、励まして行くんですけど・・・ 次郎君ってかわいいですね。愛想もよくってね、礼儀正しいし。うふふ、すっかり看護婦の人気者よ、次郎君は。」

 「あはは・・・ 次郎君も一生懸命なんだな。」

 「ええ、そう言えば、今日は次郎君来れないって言ってたわ。なにか友達のところで、誕生会だとか言ってたから。」

 綾乃が微笑みながら言った。次郎と仲良くなれて綾乃はうれしいのだろう。

 「ああ、それじゃ、ちょっと島のところによってみるよ。」

 綾乃と別れると、進は島の病室に向かった。

 (10)

 病室に入ると、相変わらず島は、窓の外を見ながら横になっていた。

 「島・・・」

 誰かが入って来たことはわかっているはずなのにこちらを向きもしない。進が声をかけると、その声に仕方なくといった感じでやっと進の方を振り返った。

 「なんだ、お前か・・・」

 進を見るその目にはまだ生気は取り戻されていなかった。

 「俺でわるかったな。美人の看護婦でなくて・・・」

 「ふん! ん? 雪はいないのか? また残業か?」

 「いや、今日は出先から直帰だそうだ。」

 「そうか・・・ お前達、そろそろ結婚式の日取りは決めたんだろうな。」

 島は、相変わらず自分のことより、進達のことを尋ねる。進はふぅーっとため息を一つついた。

 「俺達のことより、お前だよ。あと6日でヤマトはテスト航海にでるんだぞ。退院は決まったのか?」

 「・・・・・・」 島は眉をしかめて顔をそらす。

 「真田さんたちは全員、 5日後の13日には退院して、翌日からヤマトに乗る予定なんだぞ。お前はまだ病院のベッドが恋しいのか?」

 今まではずっと島を気遣った話方しかしなかった進だが、さすがに日もなくなってくると悠長に言っていられなくなっていた。

 「お前がいなかったら、ヤマトは誰が発進させるんだ!」

 島は進の強い口調に少しきっとなったが、またすぐに表情をポーカーフェイスに戻してしまった。

 「昨日・・・ 真田さんが来たよ・・・」

 「そうか・・・」

 「真田さんも辛い思いしてたんだな・・・ 今の俺にはその気持ちが痛いほどわかる。古代・・・ 俺だってわかってるさ・・・ 理屈では当の昔にな! けど、体が動かないんだ・・・ 動く気になれないんだよ! 病院の白い天井を見ていると気が滅入ってくる。こんなところに閉じ込められて、みんなから早くよくなれ、早くよくなれって責められて・・・ もう、いやなんだ!! ほっておいて欲しいよ。」

 島が、感情を爆発させるのを進は黙って見ていた。島は入院してから、こんな風に感情を家族へ顕わに見せることはなかった。テレサとのことを家族には話していないこともあって、自分の鬱積する気持ちを吐けるのは、進の前だけなのだ。
 島は進に対しては遠慮がいらなかった。宇宙戦士訓練学校で共に勉強して以来、ずっと本音で勝負してきた二人だ。腹が立てば殴り合いもしたし、ヤマトでの窮地には共に手をとって乗り越えてきた。ライバルとして、鋭い視線を送った事もあった。互いに互いを攻めることもあるし、また守ることもある、そんな二人だった。
 もっとも強力なライバルであると同時に、島と進はやはり互いを一に思う親友なのだ。だからこそ、進は島のどこにもやりようのない気持ちを十分に理解していた。
 そして・・・ 一瞬の沈黙の後、進が答えた。

 「島・・・ わかったよ・・・ もう言うのはやめた。そうだな、ヤマトはテスト航海なんだ。お前がいなくたってなんとかなるさ。もう、お前に頼るのはやめるよ。すまなかったな・・・」

 「え・・・?」

 島は、進があまりにもあっさりあきらめたのにかえって驚きの視線を返した。

 「それより、島、気が滅入るんなら、ちょっと病院を抜け出さないか?」

 急に昔の悪戯盛りに戻ったかのような顔で、進が言った。

 「え?」

 「廊下を散歩するくらい誰も文句言わないんだろ? うまく俺が連れ出してやるから。」

 「そう・・・だな・・・ よし!」

 進の表情につられて、島も急にその案に乗ってみたくなった。無性に何もかも忘れていたずらっ子のように何かやってみたくなった。島は、パジャマ姿にカーディガンだけを羽織ると、ベッドの中に枕をつめて居留守を装い、見つかった時の為にそこにメモをはった。

 『ちょっと、外の空気を吸ってきます。必ず帰ってきますので、ご心配なく。島大介』

 準備が出来ると、ふたりはニッと笑いあい、病院をこっそりと抜け出した。

 30分ほどして、検温にきた看護婦にあっさり脱走がばれ、佐渡医師にその旨が伝えられたが、佐渡はのんきにこう言った。

 「さっき、古代が来ておったんじゃろ? どうせアイツの仕業だ。だいたい、島の体はもう対して悪くもないんじゃ。ちょうどいい気分転換になるじゃろ。ほっとけ、ほっとけ。」

 困惑顔の看護婦を尻目に、佐渡はのんきにあくびを一つした。

 (11)

 病院を抜けて進の車に乗った二人は、街をぬけて荒涼とした未開発地区へ向かった。進はいつも雪と気分を落ち着かせに行く場所へ、島を連れて行った。進は車を止め、自分のコートを島に渡して外に誘った。

 「ほら、このコートをはおれ。ちょっと寒いけど、星がきれいに見えるぞ。冬空は星が一番きれいに見えるからな。」

 「なんか慣れてる感じだな。さては、雪とのデートコースだな。」

 島は、受け取ったコートを着ると進をからかうようにそう言いながら、外に出た。

 「まあな・・・」

 島の指摘を進は否定せずに笑った。

 「星空か・・・ 地球に帰ってから初めて外に出て直(じか)に空を見たよ・・・」

 しばらくたったまま空を眺めていた島だったが、茶色い地面を気にする事もなくごろんと寝そべった。進もその横にすわる。

 「宇宙か・・・ この星空が全てあの広大な宇宙なんだよなぁ・・・」

 島は感慨深げに空を見つめ続ける。

 「宇宙の営みの中では、俺たちのやってる事って言うのは本の些細な事なんだろうなぁ・・・」

 進が口を開いた。進はいつも宇宙を見るとそんなことを考えるのだった。自分たちが命をかけて戦っていることすら、大いなる宇宙の流れの中ではほんの一瞬の光芒でしかないのだろう。そう思うと戦うことがほんとうにバカらしいことのようにも思えた。

 「ああ・・・ 俺たちの悩みなんかちっぽけなもんなんだろうなぁ。たかだか数十年の命の事で必死になっている俺達のことなんか・・・」

 「けど・・・ その一瞬のきらめきがつながって初めて宇宙の大きな流れになっていくことも事実なんだ。」

 それでも進は、自分たちのこの営みも宇宙を形作るものなのだと思わずにはいられなかった。生きることの意義をつかむためにも・・・

 「テレサは・・・ この広い宇宙の中で永遠の命を手に入れたんだな・・・」

 「島・・・?」 進は島がテレサの名前を自分から口にするのを、あれ以来初めて聞いた。

 「ちっぽけな命だけど、俺たちは必死に守らなければならないんだよなぁ・・・ それが、テレサの願いなんだよなぁ。」

 「・・・・・・」

 「テ・・・レ・・・サ・・・・・・テレサ〜〜〜〜〜!!!」

 島は起きあがるとテレサの名を大声で叫び、今度は声を出して泣き出した。荒涼とした荒野の中では、どんなに大きな声を出しても誰にも聞こえることはなかった。島は心置きなく大声を出して泣いた。病院にいる間はこんな風に泣いたことは一度もなかった。泣けなかった。他人の目があったからかもしれない。悲しすぎて涙が出なかったのかもしれない。声を出して泣くことは全くなかった。島は今初めて、心の底から悲しみを搾り出して泣いたのだった。

 進はただ黙ってその姿を見つめていた。何も言ってやれない・・・ 昨日の真田の言葉が思い出された。

 『励ましなんか何を言っても今のあいつには聞こえやしないさ。』

 声がかすれるほど泣いて、そして・・・島は立ち上がった。

 「帰ろうか、古代。きっと病院のみんなが心配してるぞ。」

 進は探るように島の顔を見た。島はテレサへの思いをふっきったのだろうか? 島の表情に変わりはないように見える。笑顔が見えるわけでもなかった。ただ・・・瞳の奥に微かに何か光るものが見えてきたような、そんな気がした。

 (12)

 翌朝、雪を迎えに行った進は昨日の話を聞かせた。

 「うふふ・・・ 病院脱走しちゃったの? 帰ったら叱られたでしょう?」

 「あはは、まあな。看護婦さんは焦ってたし、婦長さんからは『あなた達ご自分がいくつなのかわかってるんですか!』ってね。けど、佐渡先生は『なんか面白いもんでも見てきたか?』だもんな。」

 進の苦笑する姿に雪もくすくすと笑う。

 「そういえば、ご両親はヤマトにまた乗艦すること反対しなかったのかい?」

 「ええ、もうあきらめてるみたい。古代君と一緒にいるのが私の幸せだってわかってくれたんだわ。結婚式のことも何も聞かないし・・・」

 「そうか・・・」

 結婚の無期延期を決めた二人だが、そのことは今は心の奥にしまってただ互いの笑顔をうれしく思うのだった。
 雪は進が少しずつ笑顔を多く見せるようになったことが一番うれしかった。ふっと見せる悲しげな表情は消えてはいなかったが、島のことでも少し光が見えてきたことを喜んでいるようだった。

 「古代くん・・・」

 「ん?」

 「ううん、なんでもない。」

 そして意味もなく微笑みあう。それが何よりも二人の心を暖かくした。iいつもと同じ時間に滑りこんだ防衛軍本部の地下駐車場、車から降りる前に二人の唇がそっとあわさった。

 (13)

 その日の午後、長官が私用で休みを取ったため、雪も休みを貰って中央病院にやってきた。進は今日はドックでヤマトの最終チェックに余念がなかった。

 「あら? 雪! 久しぶりね。しばらく病院の方へは姿見せなかったじゃないの。」

 雪の姿を見つけた綾乃がさっそく声をかけてきた。

 「ええ、忙しかったのよ。お久しぶりっ、あら? 綾乃、なんだか明るいわね? 何かいいことあった?」

 「そうなのっ! 島さんがね、今日初めて病室から出てサロンに行ったのよ。あまり話はしないけど、相原さん達の話をなんとなく微笑みながら見てるって感じでね。昨日、古代さんとどっかに脱走したんだって? それがよかったのかしらね?」

 「まあ、よかったわ! じゃあ、退院も決まりそう?」

 「ううん、それはまだ・・・なんとも。ヤマトのテスト航海の出航までもう何日もないんでしょう?」

 「ええ、古代君はやっぱり島君にも一緒に乗って欲しいと思うんだけど・・・」

 「島さんがその気になれば、佐渡先生もすぐ退院の許可を出してくれると思うんだけどね。あらっ、次郎君じゃない? どうしたの?元気なさそうね?」

 綾乃の声に雪も歩いてくる次郎の姿を見た。次郎は手に何かの包みを手にしてとぼとぼと歩いてきた。いつもは元気一杯でやってくるのに今日はなんとなくしょんぼりしている。

 「こんにちは、綾乃お姉ちゃん、えっと、森・・・さん?」

 「こんにちは、次郎君。覚えてくれてたのね? ええ、森雪よ。雪でいいのよ。」

 雪は以前進と一緒の時に、次郎にも何度か会っていた。

 「どうしたの? 次郎君?」 綾乃が尋ねた。

 「別に・・・ あ、兄さんにこれ渡してくれませんか。母さんから預かってきたんです。今日、来れないからって・・・」

 次郎は綾乃に包みをさしだした。何か食べ物の差入れのようだった。

 「どうしたの? 自分で持って行けばいいじゃないの? 毎日行ってるのに・・・」

 「う・・・ん・・・」 なぜか歯切れが悪い。

 「綾乃お姉さんに話してご覧なさい。いつもの次郎君じゃないわね。こっちへいらっしゃい。」

 やさしく諭す綾乃の顔を見て、次郎は今にも泣き出しそうになりながら、うなづいた。すっかり綾乃になついているようだった。綾乃は次郎と雪を脇の休憩室に案内した。

 「あのね・・・ 今日、学校で僕達のクラスでかわいがっていたウサギのラビちゃんが・・・ 死んじゃったんだ・・・」

 「まあ・・・ かわいそうに・・・ 病気だったの?」

 「ううん、野犬が来て檻を壊して・・・ 僕は学校入ってからずっと飼育係してたんだ。僕はラビちゃんの一番の友達だったんだよ・・・」

 次郎は目に涙を浮かばせたが、グッと涙を堪えて上を向いた。涙をこらえる姿が兄を髣髴させる。

 「だから・・・ こんな悲しい気持ちで兄さんに会ったら、兄さんまた悲しい事を思い出しちゃうだろ?」

 詳しくは聞いていないのだろうが、兄が亡くした仲間を思ってまだ心が晴れない事を次郎はなんとなく感じ取っているのだろう。雪も綾乃も、こんな小さな体で兄を心配しているのがいじらしかった。
 綾乃と雪は顔を見合わせた。そして雪が決意したように言った。

 「次郎君を連れていってあげましょう。」

 「でも、島さん・・・大丈夫かしら。」

 「昨日、古代君と出かけた事で少し気持ちが変わったとしたら、それを知るのにいいかもしれないわ。もう、ヤマトの出航まで時間がないのよ。次郎君の姿に島君がどう反応するか・・・ それによっては、島君何かつかんだかどうかわかるわ。たとえペットのウサギだと言っても、次郎君の気持ちは分かると思うのよ。」

 「そうね・・・ 私も一緒に行くわ。いいでしょう?」

 「ええ・・・ 次郎君、お姉ちゃんたちも一緒に言ってあげるから、お兄ちゃんに会ってこよう。私もこれからお見舞いに行くところなのよ。ねっ!」

 小声で囁き会う二人の会話は聞こえなかったようで、呆然と立っていた次郎は、二人に促されて断わりきれずに、小さくうなづいた。

 (14)

 「島さん、いつものかわいいお見舞い君ですよ。」 島の病室を綾乃がノックした。

 「どうぞ。」 中から声が聞こえた。

 「こんにちは、島君。」

 綾乃の開けたドアをまず雪が入っていって挨拶する。次郎は綾乃に背を押されるように入った。

 「ああ、雪も一緒だったのかい? 久しぶりだな。今日は古代がいないのか?」

 「ええ、古代君はヤマトの最終チェックで今日一日はかかりそうなのよ。私は久しぶりに午後からオフなの。元気そうね? しばらく顔を見てなかったけど、昨日は、脱走したって聞いたわよ。そんなことできるくらいだからもう大丈夫そうね。」

 雪の言葉に島は口元を少し緩めた。

 「まあまあだよ。 ん? 次郎、どうした?」

 雪の後ろに隠れるように立っている次郎を見て島が声をかけた。次郎は島の顔を直視するのを避けるように、少しうつむき加減にベッドの前まで歩いてくると、手に持っていた包みを差し出した。
 「これ、母さんから・・・」

 島は、包みを受け取ると、弟の元気のなさに顔を覗きこんだ。

 「おい、次郎、どうしたっていうんだ? お前らしくないな。兄さんに話してみろ?」

 次郎は、島の言葉を聞いてちょっと考えていたが、綾乃の顔を見、雪の顔を見て、二人がうなづくのを見て、つばを飲みこむとさっきのウサギの話をした。
 黙って次郎の話を聞く島を、雪と綾乃はさりげなく見るが、彼の表情は変わらない。話をし終わった次郎はさっきと同じように泣くまいと必死に堪えているのがよくわかった。島はふうーっと大きくため息をつくと言った。

 「綾乃さん、雪、悪いけどちょっと席をはずしてくれないか?」

 二人はその言葉にうなづいて、部屋を出た。

 「島さん・・・?」

 「大丈夫よ、島君はきっと・・・」

 「そうね、きっと・・・」

 (15)

 二人が出て行くのを確認すると島は弟の顔を見た。

 「次郎・・・ 悲しかったら泣いてもいいんだぞ。」

 次郎は、兄の言葉にはっとして顔を上げた。

 「でも、兄さん・・・ 男がそんなことで泣くんじゃないって・・・」

 「そう思うのか?」

 「うん・・・」

 「そうだなぁ・・・ けど悲しい時に泣けなかったら、その悲しい気持ちがどこへも行くところをなくしてもっと悲しくなると思わないか? 大事にしてたウサギが死んでしまったんだ。悲しくて泣くことは決して男らしくないことじゃあないぞ。次郎・・・」

 島のやさしい言葉に次郎はためていた涙をぽろぽろとこぼした。

 「兄さん・・・」

 堪えていた涙を流し、兄に抱きついて泣く姿は気丈にしていた時と違って、まだまだ小さい子供なんだと感じさせた。島はそんな弟をしっかりと抱きとめてやった。

 しばらくそうやって泣いて、そしてしゃくりあげながらも、涙をふいて次郎は兄のベッドに半分乗りあがっていた体を下ろした。
 島は、弟が泣き止んだのを確認してから、ゆっくりと話し出した。

 「なあ、次郎。泣いたらちょっとは落ち着いたか? 悲しい気持ちは消えたか?」

 「落ち着いたけど、悲しい気持ちは消えない・・・ 明日になっても、あさってになっても悲しいよ。」

 「そうだな、じゃあ、今度はラビちゃんの事を考えてみろ。ラビちゃんは天国に行ったんだよな。天国からはこの世界が全部見えてるんだ。ラビちゃんのことで次郎が泣いたことをラビちゃんはうれしいと思ったと思うよ。でもな、また明日もラビちゃんのことを思って泣いて、その次の日も同じだったら、ラビちゃんはどう思うと思う?」

 「・・・・・・」

 「ラビちゃんは、お前が泣いて毎日暮らすのと、また笑顔を取り戻して頑張って学校へ行ってみんなと楽しく遊べるようになるのとどっちがうれしいだろうね。」

 「兄さん・・・」

 「わかるだろう? 次郎。俺も一ヶ月前同じだったんだよ。大事な大事な人を亡くして、悲しくて悲しくて毎日悲しい気持ちだけで過ごしてた。けど、兄さんは簡単に泣けなかった・・・ 泣くところがなかったんだ。けどな、昨日やっとだぁれもいないところに行って・・・泣けたんだ。思いっきり泣いたぞ! そうしたら、大事な人が昨日の夢の中に来てくれたよ。私のために泣いてくれてありがとう、ってな。そして、言ったんだ。今度は私の為に笑ってくださいって・・・
 兄さんは、今まで以上に頑張っていくことにしたよ。まだ悲しいんだよ。悲しくて悲しくてたまらないんだけど、元気にならないと、天国にいる大事な人に笑われてしまうんだよ。なあ、次郎。」

 「ごめんよ、兄さんの亡くした人はラビちゃんよりもずっとずっと大事な人なのに・・・」

 「次郎・・・ この宇宙で生きているものは、どんな生き物でも大切な命だよ。ウサギだって、人だって一つ一つの大切な、ね。生きてるってことは大変な事なんだ。」

 「兄さんも頑張って元気になるんだね?」

 「ああ、ヤマトがもうすぐテスト航海にでるんだ。俺が乗らないとヤマトは動かないからな。」

 「兄さん・・・ わかったよ。僕も頑張る! ラビちゃんのためにも一生懸命頑張って学校へ行って勉強して、みんなと遊んで、元気になるよ。」

 島は次郎の肩をポンと叩いて微笑んだ。

 「よし! それでこそ男だ。俺の弟だけはあるな。」

 島の次郎へ言った言葉は、そのまま自分に言い聞かせる言葉だった。テレサを失った悲しみは誰がなんと言っても消えるものではなかった。だが、次郎が悲しむ姿を見て、自分の姿を外から見ているような気になった。

 そうなんだ、こんな姿をテレサに見せて、彼女がうれしいはずがない。自分の姿を客観的に見ることで、テレサの心に少し触れたような気がした。

 『生きてください、島さん・・・ そうすることで、あなたの中で私はいつまでもあの美しい地球で、あなたと一緒に生きることが出来るのですから・・・』

 テレサの最期の言葉を思い出しながら、彼女を忘れられるわけはないけれど・・・今自分にできる事を精一杯やるしかないんだと、島は自分に言い聞かせていた。
 昨日、進とともに病院を抜け出して、満天の空の下(もと)で思いっきり泣いたことが自分の気持ちの切り替えにつながったのだと思った。

 「次郎、雪さんを呼んできてくれないか? それと、綾乃さんにはありがとうって伝えてくれ。」

 「うん・・・ それじゃ、僕はもう帰るよ。ありがとう、兄さん。」

 「ああ、母さんと父さんにも伝えてくれ。俺はもうすぐ退院して、ヤマトのテスト航海に乗るってな。」

 「うん!!」

 力強く返事して、次郎は病室を後にした。

 (16)

 外の廊下で待っていた二人に元気になった次郎が駆けつけてきて、今の話を二人にした。その話に綾乃は顔をおおって泣き出した。びっくりして慌てて綾乃を慰める次郎に雪は話しかけた。

 「大丈夫よ、次郎君。綾乃お姉ちゃんはうれしくて泣いてるんだから・・・ 次郎君も、お母さんお父さんに早くこの事を教えてあげて。」

 「うん! 綾乃お姉ちゃん、またね。あんまり泣かないでね!」

 「ありがとう、次郎君・・・」

 涙をふいて手を振る綾乃と雪に手を振り返して、次郎は帰っていった。

 「雪・・・ よかった・・・」

 「ええ、そうね・・・ 綾乃の気持ちが通じたのね。」

 「ううん・・・ 私は何もしてあげてない・・・ 古代さんと次郎君が・・・ でも、いいの、島さんだってまだテレサさんのことを忘れられたわけじゃないと思うわ。だから、私は遠くから見てるだけでいいの・・・」

 「綾乃・・・ 時がたてば、またいつか・・・ね。」

 黙ってうなづいた綾乃はまた涙をこぼした。そんな綾乃をもう一度元気づけてから、雪は島の病室に戻った。

 「雪・・・ 心配かけてすまなかったな。俺、ヤマトに乗るよ。古代にそう伝えてくれ。ヤマトの操縦桿はまだまだ誰にも渡さないってね。」

 「ええ、ええ・・・」

 「あっ、今度はテスト航海で新人達の訓練も兼ねるんだったな。操縦桿はちょっとくらいなら、新人どもに貸してやるか・・・ ははは・・・」

 「うふふふ・・・」

 冗談も言えるようになった島を見て、雪も安心した。

 「昨日、古代と病院を抜け出した時に、宇宙戦士訓練学校時代の事を思い出したよ。教官の目を盗んで夜中に外へ抜け出しては、すぐに見つかって叱られたっけなぁ・・・ 抜け出したってたいして行くところがあったわけじゃないのにさ。あの頃は、地球が絶望しそうな時だったけど、でも、そんな時でも俺たちはバカやってたもんなぁ・・・」

 「まあ、訓練学校一ニを争った優等生のあなたたちが?」

 「成績とこれはまた別さ。みんなしていろいろやったもんだ。そんなことくらいしか楽しみがなかったのさ。久しぶりにそんなワクワクした気分を味わったよ。」

 「古代君と一緒だと、島君はずいぶん規律違反をさせられるわね。」

 「確かにな・・・ あははは・・・ けど・・・ うれしかったよ、昨日連れ出してもらって。俺にあんなこと言い出す奴は古代しかいないもんなぁ。外に行っても古代は何も言わないんだ。けど、俺はアイツが隣にいただけでよかった。
 頭の上一杯に広がる宇宙を眺めてて、やっぱり俺の居場所はこの宇宙の中なんだって、ヤマトの中なんだって感じたよ。
 やっぱり、アイツは俺にとってなくてはならない男だよ。」

 「古代くんだってあなたにどんなに励まされてる事か・・・」

 「そうかい? お互い様だな。そうそう、雪、君たちの結婚式はどうなったんだ? 昨日、古代に聞き損ねたんだけど。」

 「・・・・・・」

 島の質問に雪はすぐには言葉が出なかった。ヤマトの仲間に会えば必ず聞かれる事とは思っていたが、進がいないところでまだ延期の話を出したくなかった。

 「まだ、決めてないのか?」

 「そのうち決めるわ。心配しないで。」 作り笑いを浮かべる。

 「雪・・・」

 「さ、それより、わたし古代君に伝えてくるわ。彼きっと大喜びよ。じゃあ、私はこれで・・・ あ、それから綾乃も喜んでたわ。佐渡先生にも伝えてくれると思うから、退院の準備しててちょうだい。じゃあねっ!」

 「雪っ!」

 結婚延期のことについては、雪はもう自分で気持ちの整理はつけていた。ただ、まずは進と二人で一緒にみんなに伝えたかった。雪は島のこれ以上の詰問を避けるように、島の部屋を後にした。

 (17)

 病院を出た雪はその足でヤマトのドックにいる進を訪ねて島のことを報告した。ヤマトの整備は完了したらしく、進の仕事も終わるところだった。

 「そうか、そうか! よかったよ・・・ とりあえずは。」 進の笑顔がまぶしかった。

 「あとは新しい乗組員の訓練計画ね。」

 「ああ、明日にでも島に相談しなくちゃな、いや、無理をさせちゃだめだな。発進してからでもいいか。あはは・・・」

 「うれしそう、古代君。」 雪も微笑んだ。

 「ん? そうだな・・・ あれから一ヶ月か・・・ みんな気持ちを切り替える時期なんだな。」

 進の顔からさっきの笑顔が消えて、また淋しげな微笑に変わった。やはり、一番気持ちを切り替えられないでいるのは当の進ではないのだろうかと、雪は思った。

 「さぁ、今日はもう終わりだ。夕飯ごちそうするよ、行こう。」

 しかし、そんな雪の思いを振り払うように、進は再び表情を変え、やさしい微笑を浮かべた。

 「ええ、そうね。」

 雪は前向きになろうとしている進の思いを受け止めることにした。そして、進の腕をとって体を預けると並んで歩き出した。

 「そうだ、雪。ヤマトの修理は一段落したし、明日午前中だけ休み取ったんだ。地上に引っ越すよ。元のマンションと同じところだよ。」

 「わたし、明日は仕事があるから・・・引越し手伝えないわ。」

 「大丈夫だよ。荷物なんかかばん一つなんだし、とりあえず最低限の家具だけ買うから・・・」

 「そう・・・」 雪の笑顔が淋しそうだった。

 「どうした? 雪。」

 「ううん、なんでもない。手伝えなくてごめんなさいね。」

 雪の淋しげな微笑の真意に進は気付かなかった。本当なら、二人で新居の家具選びをしててもいいはずなのに・・・ ふとそんなことを心の底で考えてしまう雪だった。しかし、ヤマトと島の復帰のことで頭が一杯の進には、そんな雪の女心を知るよしもなく、明日手伝えない事を悪いと思っているんだろう、くらいにしか思っていなった。

 「だからいいって。」

 そう言って笑う進を見て、雪は心の中で小さなため息をついた。

 (古代君らしいわね。ちっともわかってないみたい・・・ いいわ、今に始まった事じゃないもの。それに、結婚の延期は私も同意した事なんだもの。)

 「そういえば、君のご両親はまだ引っ越さないのかい?」

 「ええ、なんだかパパのお仕事の都合で別の場所に引っ越すかもしれないんだって。来年早々には決まるらしいわ。それからみたい、引越しは・・・」

 それからたわいもない話になり、二人は復興なった地上の都市で、久しぶりのデートを楽しんだ。いまはただ、二人で一緒にいることだけを楽しもう、雪はそう思った。

 (18)

 数日が過ぎ、ヤマト発進の前日の夕方、雪も進も地上での業務を完了させて、二人して中央病院から退院する島たちを出迎えに向かった。
 進たちが病院の前に着くと、ヤマトのメインクルーの退院を取材する記者やカメラマンが数人陣取る中、ちょうど真田、島、相原が出てきたところだった。3人と佐渡、アナライザーらも連れだって皆で英雄の丘に向かった。生還した他のメンバーも全員、今晩英雄の丘に集まる事になっていたのだ。

 進たちが英雄の丘に着くと、もうすでに皆が集まっていた。全員で、沖田艦長の像の前で整列し、新しく出来た慰霊の碑を前に黙祷をささげる。それぞれの胸の中に、先の戦いで散っていった仲間たちの姿が浮かんできた。加藤、山本、斉藤、新米・・・
 そして、島の胸の中には、テレサの姿が思い起こされるのだった。

 (テレサ・・・)

 心の中でそうつぶやいて、彼の人の冥福をひたすら祈った。

 その後、いつものように軽く飲もうということになった。並んで座る進と雪の前に座った島は、気になっていた二人の結婚式のことを尋ねた。

 「二人で話し合ったんだが、当分延期することにしたんだ。」

 雪の顔を見ながら、進が言った。皆がえっ?と言う顔で二人を見る。真田も不思議そうに延期のわけがわからないと尋ねた。

 「雪はいつもそばにいてくれる・・・ 僕にはよくわかったんだ。なにも結婚してもしなくても・・・なぁ、雪。」

 のろけるように雪に囁く進に、雪も恥じらいながら答えた。

 「今のままでも十分幸せよ。」

 雪も愛しそうに進を見つめ返す。進にとっても雪にとっても、皆に話したことに嘘はない。本当に二人は結婚するとかしないとかで互いの気持ちが変わるとは思っていない。だが、それが延期する本当の理由であるわけでもなかった。ただ、皆に心配をかけさせたくなくて、なんとなくそんな説明になった。

 だが、真田も島も、二人の周りにいるそれぞれが、二人の結婚の延期に今回の戦いが影響しているのであろうことを、多かれ少なかれ感じてはいた。それでも、二人の幸せそうな笑顔に、誰もが笑い、結婚の延期の真の理由をそれ以上詮索しようとはしなかった。

 しばらく談笑が続き、宴もたけなわの頃、島は一人にぎやかな輪から離れて、ひとり海を見つめていた。彼の心の中にはテレサへの思いが、まだ重くのしかかっていた。簡単に忘れ去れるものではない思いだった。そして、進と雪の結婚の延期話、これも自分に責任の一端があるような気がしていた。
 ふっきったつもりでも、様々な思いが島の心の中を錯綜していた。

 「島君・・・」 そんな島の後姿に声をかけたのは、雪だった。

 (19)

 「ああ、雪・・・」 

 島は隣を見ることなく答えた。雪も島の隣に立ってじっと海をみつめたまま、口を開いた。

 「明日からまたあの星空の中ね。」

 「ああ、テレサのいるところに帰れるな。」

 雪は、その言葉にちらっと島の顔を見た。暗くてはっきりとは見えないが、島の瞳は遥か彼方の宇宙空間へ向かって、遠い目をしているように見えた。

 「島君・・・?」

 「ん?」

 「本当に大丈夫? まだ、辛いんじゃないの?」

 「辛いよ・・・ いまでも時々ばかやろう!!って叫びたくなってしまう・・・・・・」

 空を見上げていた島の顔が険しい顔で雪の方を見たが、すぐにその顔が柔らかく変わった。

 「でも、後ろ向きじゃ生きていけないから・・・ 俺の中には彼女の熱い血潮が流れているんだ。ひとりじゃないんだ、二人で、生きていくよ。」

 悲しみも苦しみも乗り越えたわけではなかったが、島の瞳ははっきりと輝いていた。雪は、空の彼方でテレサが『もう大丈夫ですね・・・』、そう言って島を見守り微笑んでいるような気がした。

 「そうね・・・ 私がテレサさんだったら、今の島君の言葉に飛びついて抱きしめたい気分よ。」

 「あははは・・・ いいよ、抱きしめてくれても、ま、誰か青くなって駆けつけてくるだろうけどな。」

 「まあ・・・ うふふふ。」

 「それより、雪、その誰かさんとの結婚式の延期話、本当にいいのかい? どうせ、古代が言い出したに決まってるけど。あいつ、俺や死んでいった仲間に遠慮してるんだろう? 自分だけ幸せになれないとかなんとか言ってさ。俺がどなりつけてやるよ。人のことなんかにおせっかい焼くくらいなら自分の大切な人を幸せにしてやれって!」

 島はもう一つの気がかりを雪にぶつけた。進の雪への態度には、この戦いにヤマトが発進する時からずっと歯がゆく思っていたのだ。何度となく二人にプレッシャーをかけてはいたが、どうもはっきりとしない。

 「ありがとう、島君。古代君の中で、亡くなった人達への思いがまだふっきれてないのも多分あるとは思うわ。だって、とっても大切な友達や先輩をたくさん亡くしたんですもの。でも、他にもいろいろとね・・・」

 雪の口からため息がひとつ。

 「雪・・・ 君もバカだな、押しきっちゃえよ。君の気持ちをヤツに!」

 島が力をこめて言うのに、雪は微笑んで首を左右に振った。

 「ううん、それに結婚の延期は私の意志でもあるの。」

 「え・・・? どうして!」

 進との結婚をすぐにでも望んでいると思っていた島には、雪の言葉が意外だった。

 「今、結婚したら、古代君と一緒にヤマトに乗れなくなっちゃうかもしれないもの。」

 「まさか、結婚したら夫婦では一緒に仕事できないってかい? 今の時代にもうそんなことは俺たちが言わせないよ。」

 雪がそんな制度のことを気にしているのなら、自分たちが長官に直談判でもなんでもしてやる、といった感じの島の勢いだった。

 「そうじゃなくて・・・ 結婚して家庭や子供ができてたら、私はそれを守りたくなってしまう。古代君について行けなくなるかもしれないと思うの。もし、また地球が戦禍に巻き込まれたとしたら、彼は何を置いても一番に立ち上がるでしょう? そして、そこが死と背中あわせの場所だってことがわかってても、何の躊躇もなく飛び込んでしまう人よ、あの人は。私がついて行って見張ってなくちゃ・・・ でなきゃ、あの人、ひとりで逝ってしまうかもしれない・・・ この前みたいに・・・」

 「雪・・・」

 「私・・・ 今はまだ、古代君だけを見つめていたい。私はあの人のそばを離れたくない、離れられないの。生きるのも、死ぬのも一緒にいたいの!」

 女の身でなんて悲しい決意をしているんだろうと思って、島は雪を見たが、雪の顔は決して悲痛な表情をしてはいなかった。その瞳はまっすぐに島の顔を見てすがしい顔をしている。雪は自分の選択に何の躊躇も無いのだ。

 (雪は自分の幸せが何なのかよくわかっているんだ。)

 島は、雪の表情からそう読み取った。

 「そうか、わかった・・・ もう何も言わないよ。古代は幸せな男だな。けど、それをよくわかっているんだろうか? あいつは。」

 島はそう言いながら笑った。雪も微笑みをかえした。

 (20)

 「なんだ? 二人でそんなところで・・・」

 進が苦笑しながら島と雪に近づいてきた。

 「なんの用だ? 古代、せっかく二人でこっそりデートしてたのに、なぁ、雪。」 島がニヤッと笑う。

 「もうっ! 島くんったら!!」 雪が軽く非難した。

 「あははは・・・ 今、お前の悪口を言ってたところだよ。くしゃみしなかったか?」

 島はさらに進に突っ込みを入れた。

 「はあん、どうせそんなことだろうと思ったよ。」

 憎まれ口を叩きあっているが、男二人の顔は笑っていた。横で雪もくすくすと笑う。

 「ほんとのことだぞ、古代。雪はお前にはもったいない女(ひと)だよ。大事にしないと、そのうち誰かにひっさらわれても知らないからな。」

 島の度重なる揶揄の言葉にも進は怒ることもなく、かえってうれしそうに雪の顔を見た。

 「わかってるよ・・・」 進の雪を捕らえる視線は限りなく優しかった。

 「古代君・・・」 雪もその瞳で進の視線に答える。

 島は、結婚式の延期を決めた後でも、二人の間に何の亀裂も生じていないことをうれしく思った。いや、かえって互いの思いを十分にわかっているからこそ、結婚と言う制度の枠の中に、慌てて納まる必要が無いのかもしれないと思った。それでも、この二人の永遠(とわ)の幸せを祈らずにはいられない。

 「早く幸せになれよ。このばか者!」

 島は笑いながら、進の背中を力いっぱい叩いた。進はその痛さにちょっと眉をひそめ、島を振りかえって言った。

 「お前こそ! これからだぞ、全ては・・・」

 「そうだな・・・」

 島はそう答えると、ポケットからあのテレサのホログラムカプセルを取り出してじっと見つめた。3人で見て以来、そのスイッチは入れられることはなかった。

 「いつか、この中のテレサにもう一度会うことができたら・・・ そして、これを必要としなくなったら、その時初めて、俺は彼女を心の中で昇華させることができるのかもしれない。今はまだ・・・ だから、それまでは・・・ これが俺のお守りだよ。」

 ぎゅっとそのカプセルを握って話す島を進は黙って見、頷いた。島も進の顔をじっと見かえして頷く。雪は、そんな男達をそばで見守っていた。

 白色彗星との壮絶な戦いが終わって一ヶ月。古代進にも、島大介にも、暗く、辛い一ヶ月だった。まだ、全てを忘れ去ることができたわけではない。心の中にはまだまだ深い傷跡が残っている。だが後戻りはできない。若者達は再び立ちあがり、新たなる旅立ちの時を迎えるのだ。

 君たちはまだ若い。君たちの人生は、今、新たなるページが開かれたばかりなのだから。

  −TAKE OFF!! for the FUCURE (飛びたて! その未来のために)−

−完−

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