トラブルメーカーは誰だ?(宇宙戦艦ヤマトより)
イスカンダルに向うヤマトでの出来事……偶然発見した漂流船を捕獲した事から、ヤマトの中で変な事件が起こった!? 一体何が? 
ちょっと真面目に古代君がかっこよかったり、ちょっとニヤッとしてみたり、ドジなやつもいたりして…… てんやわんやのお話です。
 (1)

 ヤマトが地球を飛び立ってから半年が過ぎた。ヤマトは、七色星団の決戦を何とか切り抜け、イスカンダルのある大マゼラン星雲を目前にしていた。

 この日、第一艦橋は沖田艦長を除く通常メンバーがいつものように待機していた。特に問題もなく和やかな雰囲気が広がっていた。その時、突然、雪がレーダー反応を感知した。

 「左舷前方20宇宙キロの地点に未確認飛行物体発見! 反応から、ヤマト艦載機並の大きさかと思われます。現在のところ、ほとんど移動していません。メインパネルに切り替えます。パネルスイッチオン!」

 雪の報告に、進が反応し、すぐに頭上のパネルスクリーンを見る。

 「ガミラスか!?」

 「いや……違うな、見たことのないタイプだ。ここからではまだ所属は不明だが、ほとんど移動していないところを見ると、エンジントラブルで漂流しているのかもしれないな。どうする、古代」

 真田がすぐ答えた。ガミラスの所属船ではないらしい。

 「相原、通信を送ってみたか?」

 進の問いに、相原が芳しくない答えを返してきた。

 「はい、あらゆる周波数で送ってますが、返信はありません」

 「よし! 行って確認して来よう! あの船だけのようだし、戦艦にも見えない」

 「余計な事をしない方がいいのではないか? 古代」

 島が心配そうに進に問いかけた。

 「しかし、もしガミラスの占領下の星のものだとしたら、何らかの情報を得られれるかもしれないし…… あのままじゃあ、あの船はもう飛べない。もし生存者がいたら…… ヤマトの航海の邪魔になるようなことはしないよ、島」

 「わかった、短時間の処理で済ませてくれ」

 「了解、とりあえず、様子を見てみよう。抵抗しないようなら、捕獲してくる。加藤! 加藤!! スクランブル発進だ。未確認の飛行物を発見した、その確認に行く。俺も発進する、ブラックタイガー隊も後3機頼む」

 『了解! 加藤以下3名直ちに発進します!』

 「後は頼んだぞ! 島! 南部!」

 「了解!!」

 進は早速跳び出していった。

 (2)

 その飛行物はやはりエンジントラブルを起こしていて、ほとんど前進することなく漂流していた。進たちが周辺から通信を送っても返事はなく、また、外からは内部が見れない構造になっていた。

 「よし! 加藤! 例のごとく、両舷から捕獲と行くぞ! 両側に2機ずつ付いてくれ」

 「おうっ!」

 そして、なんなくその飛行艇を捕獲した進とブラックタイガー隊は、すぐにヤマトに戻ってきた。ヤマト格納庫に戻ってくると、そこには既にマシーンチェックのために真田が、万一の乗組員の救命のために、佐渡やアナライザー達が来ていた。
 コスモゼロから降りたった進は、ヘルメットを着けたまま、コスモガンを片手に、加藤達数名のブラックタイガー隊とともに、ゆっくりとその飛行物のドアに近づいた。

 「気をつけろ! ガミラスやイスカンダルの物でもなさそうだ。未知の星の飛行艇らしい」

 真田が注意を促すように叫ぶ。

 「了解!」

 進がコスモガンでドアのキーロックらしきものを破壊したとたん、ツイーンという音とともにドアが開き、その中から白い煙がもくもくと出てきた。

 「うわっ!!」

 驚いて飛び退いた進達の周辺に煙幕が充満する。真田がすぐに成分分析をして叫ぶ。

 「大丈夫だ、古代! 毒性はない!ただの煙幕か、内部が破損して火災の為の煙かもしれない」

 「よしっ! 中に入るぞ!」

 進達が、内部に注意しながら入っていくと、小さな居住空間と2人まで座れるコクピットがあるだけで、中はもぬけの殻だった。

 「誰もいないぞ…… どういうことだ?」

 「無人船だったのか? しかし、不思議だな。これはあきらかに有人で飛行するシステムになっている。それに、居住空間もあるし…… うん? これは…… この船はワープも出来る機能が付いているらしいな。小さいながらも長距離飛行も可能な船のようだ」

 後ろから入ってきた真田がコクピットをチェックしながら説明した。

 「どういうことなんでしょうか?」 進の問いに真田も首を傾げた。

 「うーむ…… とにかく、この船のチェックをして、修理してみよう。大きな破損ではなさそうだ。おそらく、スイッチからの指示系統がどこかで切断されているだけのような気がする。1日かそこらで動くようになるだろう」

 「わかりました。よろしくお願いします」

 (3)

 翌日の朝。雪は、隊員の健康診断があって、昼過ぎまでは医務室勤務の予定だった。看護服に着替えて医務室に向おうと廊下を歩いていると、前方から、古代進が歩いてきた。今日は進は早朝から第一艦橋にいたはずだった。

 「あら、古代君、おはよう…… 居住区に何か用?」

 雪がニッコリと進に笑いかけた。進は雪の挨拶にはっとすると、立ち止まって雪の顔をまじまじと見てから、にこりと笑った。

 「おはよう! 雪」

 そして、そう言うが早いか、進は突然雪を抱き寄せて、雪の唇にキスをした。

 「ん!!!」

 進の唇はすぐに離れたが、驚いた雪は思わず両手を口元に持ってきて、目を見開いた。今何が起こったのだろう? そんな感じで立ちつくしている。

 「それじゃあ、また!」

 雪が、あまりにも突然の出来事に何も出来ないでいる間に、進は手をあげて居住区の方へすたすたと歩いていった。

 「こ、古代君…… 今、なにを…… えっ…… 私…… どうしようっ!」

 一人赤くなっている雪の前に、加藤が現れ、にやにやと笑いながら話しかけた。

 「古代のヤツ、いつの間にあんなに大胆になったんだろうねぇ?」

 「加藤くんっ! み、見てたの?」

 いい物を見たとでも言いたげに、加藤は赤くなっている雪を見る。笑いが収まらないといった感じだ。

 「廊下の真中だもんなぁ、別に覗き見してたわけじゃないですよ、生活班長!」

 「もうっ、やだっ!」

 (だけど……古代君、どういうつもりなのかしら?)

 雪は進のことが好きだった。いつの頃からだろうか…… いつの間にか、雪の心に大きく入りこんだ進の存在。そして進も自分のことを憎からず思ってくれている、そんな確信はあったけれど…… まさか、いきなりキスをして来るなんて…… 互いにまだ告白もしていない関係のはずだったのに。
 雪の頭の中の疑問は大きくふくらんだ。

 (4)

 その日の昼、今度は食堂で騒動が起きた。

 「こらっ! 太田!! お前、また食べに来たのか!? ヤマトじゃあ、食事は人数分しか作ってないんだぞ。昼飯を2回も食べに来るやつがあるか!!」

 調理室から顔を覗かせたコック長が叫んだ。が、太田の方はびっくり仰天して慌てている。

 「えっ!? ええっ!! 俺は、今来たばっかりですよ!! きょうはまだ俺は昼飯にありついてないんですから!!」

 「うそ言うなっ! ほんの10分ほど前食っていったばかりだろうが! さあ、行った行った! もう、ないぞ! 後は、夕食まで我慢しろ!」

 「そ、そんなぁ〜!!」

 結局、太田はけんもほろろに追い出され、周りからはいやしいヤツメと冷笑を浴びせられ、悔し涙にくれながら食堂を後にした。その日の午後、食事を食べ損ねた太田は、第一艦橋に戻っても元気がなく、島を心配させた。

 また、午後からはパイロット室が大騒ぎになる。

 「隊長〜! 大変だぁ! 山本がトチ狂った!! みんなにキスして回っている!!」

 そう叫びながら、パイロット室から格納庫に走ってきた隊員が、加藤に泣きついた。

 「なんだって? 山本が!? みんなって、男にキスして回っているのか?」

 「そ、そうなんです!! やあって挨拶したと思ったら、いきなりブチューって、うううっ! 気持ち悪いっ!」

 ぶるぶるを震えながらその隊員は報告する。加藤には何がなんだかわからない。あの山本が……まさか……?

 「どうなってんだ?」

 加藤が、慌ててパイロット室に駆け込んだ時には、そこにはもう山本はいなかった。

 「山本はどうした?」

 「ちょっと前に出ていきましたよ。はあ〜 助かった……」

 「キスしまくってたのか? あいつ……?」

 「はい……」

 そこに、噂の山本が入ってきた。

 「俺がどうかしたって?」

 山本の姿に、加藤も後ずさりし、隊員は飛び退いて加藤の後ろに隠れた。

 「うわっ! 山本さんっ! も、もう挨拶はいいですからねぇ!!」

 「なんだよ、一体?」

 「山本!! お前、なんか変なもんでも食ったんじゃないのか?」

 「はぁ?」 当の山本は何のことを言っているのかさっぱり解らないらしい。

 「お前、今、ブラックタイガー隊の連中にキスして回ってたらしいな」

 「なっ!何を言い出すかと思ったら!! お前……冗談も過ぎるぞ! バカなこというなっ!!」

 加藤のトンでもない話に、山本は驚いて、怒って加藤の胸を軽くこずいた。

 「っててて…… じゃあ、一体どういうことなんだ!?」

 (5)

 一方第一艦橋では、日々の業務が粛々と行われていた。そして午後も半ばになった頃、医務室での仕事を終えた雪が第一艦橋に入ってきた。進が入室してくる雪をチラッと見る。

 「ああ、雪…… ごくろうだったな、今日の健康診断は終わったのかい?」

 進に話かけられた雪は、今日に限ってなぜか赤い顔で恥ずかしそうにやっと答えた。

 「えっ?ええ……」

 「??? どうした? 雪?」

 「い、いえ……べつに……」

 進には、雪のその恥ずかしそうな表情の意味が全くわからない。どうしたのだろうか、と雪に近づいて行く。

 「雪? どうしたんだよ? 赤い顔してるぞ、熱でもあるんじゃないか?」

 進が気になって雪の額に手を伸ばそうとしたその手を、雪が「だめよっ! こんなところでっ!」と慌てて叩き落とした。

 「こんなところでって……? 何のことだよ、雪?」

 「えっ? あ…… 古代君…… 朝の事、覚えてるでしょう? あんなこと、突然すべきじゃないと思うわ……私……」

 雪がしどろもどろでやっとそこまで言ったが、進はてんで話が解らない。

 「朝の事? なんだそれ? 俺が何したって?」

 「だってあなた……!」

 「???」

 「…………覚えてないの?」

 「だから、なにさっ!」

 「もうっ! 知らないっ!!」

 今度は、雪は赤くなって怒り出した。進は何がなんだかわからなくてただ呆然と見ているだけだった。

 (6)

 そこに、加藤が駆け込んできた。

 「おいっ! 艦長代理!! この艦に、キス魔の薬でもまいたのか!」

 「加藤、なんの話だ? それは?」

 「なんもかんもないさ。さっきは、山本が……で、今は村山が……」

 「山本が、村山がどうしたって?」

 「仲間にキスして回ってるんだ!!」

 「えっ? なんだそれ?」

 「わからんから聞いているんだろう! で、俺が本人に問いただしたら、今度は本人がバカなこというなって怒り出すし…… どうなってんだ!」

 加藤の話に、雪がはっとして後ろから問いただした。

 「本人は覚えていないって…… じゃあ、古代君もそうなの?」

 「えっ?」

 進が驚いて雪の顔を見ると、雪はまた頬を染めて途切れ途切れに言った。

 「だって…… 古代君、今朝、居住区の廊下で……私に……いきなりキスしたでしょう?」

 「えっ!ええええええっ!!」

 その言葉に、進は体ごとのけぞってびっくり仰天した。当然、進には何の覚えもない。しかし、それを聞いた島が怒り出した。

 「お、おいっ! 古代!! お前〜!!」

 「ちょ、ちょっと待て!! 俺はそんなことした覚えはないぞ!!」

 「俺も見たぞ!」

 必死で否定する進に、追い討ちをかけるように加藤が一言明言する。とうとう島が進の胸座を掴んで締め上げ始めた。

 「貴様ぁ!! なんてことをするんだっ!」

 「古代君ったら、ひどいっ!」

 雪は泣き出しそうな顔をして進を責める。それでも、進には覚えがないのである。否定するしかなかった。

 「うっくっ…… だ、だから、俺はやってないって!」

 進は、(だいたい、そんな美味しいことしてて覚えてないはずないだろうが!)と叫びたい心境だった。

 (7)

 そこに艦内通信で連絡が入った。佐渡からだった。

 『おい、古代! 今、雪がやってきて、わしにキスなどしていったぞ。なんかすごく上機嫌で…… 呆然としている間に出ていってしもうてなぁ…… どうかしたんじゃないか? 雪のヤツ。見つけたらちょっと様子を見てみたいから、すぐ医務室に連れて来いや』

 「雪が……佐渡先生に……キスを??」

 進が雪のほうを見る。島も驚いて、進を掴んでいた手を離して雪のほうを見た。雪はびっくりしたような顔をして、やはり……否定した。

 「わ、私していないわ、それにさっきからここにいたじゃない!」

 「そうだよな、佐渡先生、それはどれくらい前ですか?」

 『今さっきじゃ、まだ1分も経っておらん』

 「雪は、さっきからここにいますよ」

 『えっ? そりゃあどういうことじゃ? 雪が二人いるっちゅうのか!?』

 呆然となる第一艦橋。皆がシーンとなって考え込んだ。一体何がどうなっているんだ? ヤマトにはそれぞれの人物が二人に増殖したというのか!?
 その時、また第一艦橋の入り口が開いてアナライザーが嬉しそうに入ってきた。

 「ユッキサンノ キッスハ ア〜マイナァ フッフッフ……」

 「アナライザー?」

 「アレ? ユキサン? 今、アッチデ ワタシニキスヲ シテクレタ ユキサンガ ナゼ モウココニ イルノデスカ?」

 「……やっぱり、雪が二人いる!! あっ……もしかしたら! ちょっと、真田さんのところに行ってくる。後を頼むっ!」

 何事か気付いたのか、進が突然第一艦橋を飛び出していった。真田は、今日は例の飛行艇の修理で、工場のほうに行ったっきりだった。

 「私、偽の私を見つけてくる! ああ、もしかしてあっちこっちでみんなにキスして回っているの? 偽者の私が!! イヤよ!」

 続いて雪が走り出すと、島と加藤が雪の身の危険を案じて、雪の後を追った。

 「雪! 待てよ!! ひとりじゃあぶない! 俺も行く!」 「俺も行くっ!」

 (8)

 雪が、アナライザーが偽雪にキスをされたという区域の方へ走っていくと、すれ違う男たちが雪の顔を見てニコニコ笑う。「さっきはどうも……」などと言うヤカラもいる。雪はそんなクルーに、雪にどこで会ったかと問い合わせる。なんとなく変な質問だと思いながら、答えるクルーたち。とにもかくにも、雪と島達は、偽の雪の行き先を問い詰めながら走った。

 そして、食堂前の廊下を雪が曲がったとたん、「きゃっ」という声とともに、どしんという音がした。

 「どうした? 雪!? あぁぁぁっ!!!」

 その角を曲がって、島が大きな声を上げて驚きの声を上げた。続いてきた加藤も口をぽかんと開けている。

 「あなた誰!? 偽者ねっ!」

 「あなたこそ!! 誰よ!! このうそつき!」

 二人の雪が、互いをののしり始めた。人が集まり出し、廊下にだんだんと人だかりが出来始めた。

 「どうなってんだ? 雪が二人……」

 「どっちも雪だ……」

 加藤と島が顔を見合わせた。どっちもどこも違いのない雪がいる。全く同じ雪が二人いるのだ。

 「いや、どちらかは例のキス魔のニセ雪のはずだ」

 「だが、どっちだ?」

 「わからん…… 何をどう区別できるんだ?」

 加藤と島は、どちらが本物でどちらが偽者か決められず、取りあえず両者を確保する事にした。

 「とにかく、二人とも捕獲しよう」 「よしっ!」

 「何するのよ! 島君!! わからないの!? 私は本物の雪よ!!」

 「やめてよ、加藤君!! 私こそ、本物の雪なのよ!」

 周りの人間も含め、誰もが何を基準に、二人の真偽を決めていいのか、皆目解らなかった。

 (9)

 「おーい!! どうした?」

 その時、困っている面々の集まりの中に、進と真田が走ってきた。そして、加藤と島がそれぞれに雪を取り押さえているのを見て驚いた。

 「雪が……二人……だ」 予想していたとは言え、直接目の前にして、進は呆然とした。

 「やはり、そうだったのか……」 真田が、キッと二人を睨んで言った。

 「どういうことなんですか? 真田さん!!」

 「一人は昨日の船の住人に違いない…… そうだろう?」

 進の問いに、真田ははっきりとそう答えた。二人の雪がはっとして真田を見た。しかし、二人ともすぐに否定した。

 「私は違うわ、森雪よ!」 「何言ってるの! 私が森雪です!!」

 二人の雪に真剣な顔で訴えられて、真田もジリッと一足後ろに下がって、考え込んでしまった。何度見ても違いがわからない。

 「うーむ…… どこが違うか……全くわからん。古代……どうする? 二人とも尋問室に連れていってじっくり責めるか?」

 「……ちょっと待ってください、真田さん」

 そう言うと、進は二人の雪の前にゆっくりと歩いていった。そして、意外な事を言った。

 「島、加藤、二人とも離してやれ」

 「しかし……」

 「どっちも本人だって言ってるんだ。逃げるはずない、もし、逃げたらそれが偽物なんだから」

 今日の進は冴えていた。確かにその通りだ。逃げればそれが偽者の証拠になってしまう。周りは人に囲まれている。逃げられるはずがなかった。

 「ああ、そっか、そうだな……」 「わかった」

 納得した二人はそれぞれの雪を離した。腕を離された二人の雪は、再度、進の顔をじっと見つめて訴えた。

 「古代君!! 解るわよね! 私が森雪よ!」

 「古代君!! 私のことを間違えるはずないわよね! 私が本物の森雪よ!」

 同じ声、同じ顔で、二人の雪は進に訴える。周りの者には、この二人の区別は全くつかない。進はゆっくりと二人の顔を見つめていたが、何かの拍子にぴくんと立ち止まり、左側の雪のほうへゆっくり歩いていった。

 「雪……」

 進はその雪の腕をゆっくりと掴むと、.反対の方の雪が悲痛な叫びを上げた。「古代君!!」

 しかし進はそのまま、左側の雪を両手でしっかりと押さえ抱きしめるような格好をした。加藤は古代がそばに行かなかった自分の側の雪が偽者か、と身構えたその時……

 「真田さん! こっちが偽者です!! 捕獲ボックスを!!」

 「よしわかった!!」

 真田は、すぐに透明のケースのようなものを、進が押さえた雪に両側からかぶせた。

 「うわぁっ!」

 断末魔の声のような声がして、そのケースの中の雪は、姿を消したかと思うと、その姿を大型のアメーバーのような形に変えた。

 「これが……正体だったんだな……」

 進がケースに閉じ込められたアメーバー状の生き物を見つめてほっとするように行った。

 「古代君……」

 雪がそっと近づいてきて、進の背中に手をやり、その肩越しにそれを見つめた。進は振りかえって雪を見て優しく問う。

 「大丈夫だったかい? 雪……」

 「ええ…… 大丈夫よ、それより、なんなの? この生命体は……」

 その雪の言葉に、進は再びその生命体のほうを向き、ゆっくりと落ちついた声で話しかけた。

 「我々はお前に危害を加えるつもりはない。戦う意志がないのなら、正直に話してくれないか? ことと次第によっては協力もする」

 (10)

 進の訴えに、そのアメーバー状の生命体は、再び姿を人間に戻した。今度は進の姿になった。

 「なっ!?」

 驚く進たちを前に、偽古代進は、淡々と話はじめた。

 「すみません。お騒がせしました。もう、逃げも隠れもしませんので、ご心配なく…… 私は、大マゼラン星雲のクレオ星第2惑星カーラから来たローリィと言います。
 我々の星は、ガミラスという邪悪な星の占領下にあります。私もたまたま航海中に、ガミラスに捕らえられ、彼らの戦略に利用されるところだったのですが、その捕らえた艦が故障を起こしている隙に、逃げ出してきたのです。
 ところが、私の船もエンジントラブルを起こしてしまい、漂流しているところをあなた方に助けられたのです。
 しかし、あなた方が敵か味方かもわからず、かと言って逃げ出すこともできずにいました。船が収容された時に、煙幕をはって船から飛び出しました。1日もあれば修理が出来るという話を聞き、それまでの間のクルーに成りすまして、やり過ごすつもりだったんです」

 「しかし、煙幕を張ったとは言え、全く姿を見せなかったというのは? 一体、君達の体は……」

 進が尋ねる。自分に尋ねるというのも、不思議な感覚だ。

 「もうお分かりだと思いますが、我々は定型の体を持たない種族なのです。目で見たものの姿形を真似て、瞬時にその形に体を変態させた上に、テレパシーを使って相手の思考や記憶なども読み取る事ができます。また、短い時間ですが、透明化することもできます。あの船から飛び出した時は、透明化して、一旦そばにあった黄色と黒の船の中に隠れました」

 「そうだったのか…… と言うことは、我々と同じ境遇ですね。我々はガミラスに我々の星地球を侵略されそうになり、ガミラスと戦いながら、地球を救うためにイスカンダルという星に行く予定なのです。ガミラスやイスカンダルの事で何か知りませんか? それらの星がどこにあるか、知りませんか?」

 「そう……ですか…… だが、残念ですが、ガミラスのことは詳しく解りません。どこからともなく現れ、あっという間に占領していきました。ただ、彼らにとって、我がカーラ星の環境は暮らすのに適していないらしく、時々、我々の仲間をさらってはスパイ活動に利用しているだけで、星自体には余り来ません。イスカンダルという星の名前も、私は残念ながら聞いたことありません…… お役に立てなくて……すみません」

 このローリィという生命体は、敵ではなく、逆に地球と同じ境遇に置かれた星の住人だったのだ。だが、彼(便宜上、彼としておく)はガミラスについてもイスカンダルについてもほとんど知らなかった。となれば、彼をヤマトに置く理由はなくなった。

 「わかりました…… きっと、ガミラスを打ち破って地球を救って見せますよ。あなたがたも頑張ってください。さ、飛行艇は明日にはもうすぐ修理できる予定です。出来ればお返ししますから、それまで待っていてください」

 「ありがとうございます」

 (11)

 ローリィはもう一晩ヤマトで過ごすことになった。真田が彼の保護管理を申し出た。その夜の彼らの会話を少し見てみよう。

 「ローリィ、君は誰にでも簡単に変形できるのか?」

 「はい…… このように」 と、今度は真田になって見せる。

 「ふうむ…… すごいな。その上、相手の思考までテレパシーで読み取るとはな……

 「あの古代と言う人には、この艦に来たときに最初になってみました。というのは、彼の思考が余りにも開けっぴろげで無防備だったからです。すぐに彼の思考が読めましたから……
 それから次に通りかかった太田という人も割合簡単でした。頭の中が食べ物の事で一杯で…… それで私も急に食事がしたくなって、その太田という人になっていただいてしまいましたよ。あはは……
 でも、我々でも相手によって読めない人もあります。真田さん?でしたよね。私はあなたの思考はほとんど読めません。とても固いガードがあるようですね」

 「ふーむ…… それは誉め言葉として受け取ろう。しかし……古代が無防備ねぇ、あはは…… ん、待てよ、とすると、さっきはなぜ、雪を選んでいる古代の思考を読めなかった?」

 「わかりません。あの時の古代さんの思考は、今の真田さん以上に固いガードがかかっていました。私には全く何も読めなかったのです。その後はまたクリアになりましたが……」

 「そうか……それが古代という男なんだな」 真田は苦笑する。

 「でも、あの古代さんって森雪という人のことが大好きなんですね。頭の中にその人のことが度々でてくるようでしたよ」

 「ぶっははは…… そうか、あははは…… けど、それは本人たちには言わないでくれよ」

 「そうなんですか? まあ、解りました。けれど、あの森さんも、古代さんのことが好きみたいなのに……」

 「あはは…… 解ってるよ。だが、そう言うことは本人たちが告げあうまで知らない振りをしてやるのが、地球流なんだよ」

 「なかなか面白そうな星ですね、地球というのも……」

 「ああ、いつか遊びに来てくれ……」 「はい……」

 夜遅くまで、真田とローリィの交流は続いた。

 (12)

 そして翌朝、修理なった飛行艇でローリィは旅立つことになった。見送りは、最初に捕らえた古代と加藤、そして被害をこうむった雪だった。

 「気をつけて……」 3人が口々にローリィに別れを告げた。

 「ありがとうございました。では……」

 飛行艇に乗りこもうとするローリィに、進が尋ねた。

 「あっ、一つだけ聞きたいのだが、あの……みんなにキスして回ったのは、あなた方の挨拶かなんかの風習だったのですか?」

 「キス? ああ、あれですか? あれは、最初に隠れたあの船の中で見た本に書いてあったので、あなた方の挨拶の風習だと思ったのですが……違ったのですね。あのべティという何も衣をまとってない女性は特別だったのですね…… それは大変失礼しました。では、これで……さようなら。あなた方の幸運をお祈りしています」

 そう言うと、ローリィは飛行艇に乗ってヤマトから出ていった。

 「ベティ……? なんだそりゃ?」

 進がぽかんと考えている後ろで、加藤がソロリソロリと逃げ出そうとした。はっとそれに気付いた進が、

 「あっ! 加藤!!」

 と叫ぶと、加藤に先立って、ブラックタイガー一番機、つまり加藤機のコクピットに走った。

 「うわああああ…… 古代! 何をするっ!」

 進を止めようとする加藤の手が間に合わず、進はコクピットにおいてあった雑誌を取り出した。それは、いわゆる男性向けの雑誌で、その巻頭には、ヌード姿のベティという名の女性の写真が載っており、その下には、大勢の男性とのキスシーンの写真が載せられていた。

 『ベティの1日は、キスで始まるの…… やっぱり挨拶はキスが一番よね。ベティは誰とでもいつも素敵なご挨拶をするのよ。みんなとても喜ぶわ♪』

 「かとぉぉぉぉ!! な、なんだぁ! この本はぁ!」

 「ま、まずいっ……」

 「こ、こんな本は……俺が艦長代理として……没収するからな!」

 進が加藤を睨みつけながら言うと、加藤が情けない顔で懇願する。

 「そ、そんな…… 俺の楽しみを…… いつでも見せてあげますから……取り上げないで!」

 「ば、ばかっ! そう言う問題じゃないだろう!」

 そこに、後ろから雪がスタスタと歩いて来て、進の持っている雑誌を、すっと頭の上から取り上げた。by ミカさん

 「あっ……」 思わず声が出て後ろを振り返る二人。ちょっとまずいぞ、と言った顔になる。

 「これは……生活班長として、私が預かります! いいですね、加藤君。艦長代理!」

 二人を睨む雪。特に、進のほうをキッと睨んで、雪は澄ました顔でこう付け加えた。

 「コホンッ……私も、若い男性の心理を解らないわけではありませんから…… これは、佐渡先生に預けます。もし見たくなったら、佐渡先生に貸してもらってください! いいわね? 加藤君」

 「は、はいっ!」 雪にニッコリと微笑まれて言われると加藤は言い返せない。素直に返事する。

 「古代君も……見たかったら、い・つ・で・も・ど・う・ぞっ!」

 加藤に対しては、「わかるわよ、お姉さんも」といった感じのやさしい笑顔を向けた雪だが、進に向っては、なぜだか全く違う顔をした。それは、進の背筋が凍りそうになるほど、冷たい視線だった。まさに「氷の微笑」とはこういう笑顔の事を言うに違いなかった。

 「ひっ!」

      (イラスト by ミカさん)

 (13)

 その日の夕方、食事を終えた進が、展望台で一人ぽつんと星を見ていると、雪が入ってきた。

 「古代君……」

 「ああ、雪…… 昨日は、大変だったな。なんか嵐みたいなヤツだったよな。あのローリィとかってヤツは」

 「そうね…… でも、あの人たちの星のことを思ったら腹も立たないわ。かえって一緒に頑張りましょうって感じ。でも……古代君?」

 雪がちょっと考えるように小首を傾げた。

 「ん?」

 「どうして、昨日そっくりだった私たちを見分けられたの? 古代君が来る前は誰も手が出せなくて困ってたのよ」

 確かにあの進の行動は見事だった。なぜ雪だとわかったのか、ここは聞いてみたいところだ。

 「ああ、あれ…… あはは……いやぁそのぉ……」

 進は頭をかきかき、照れながら言葉を続ける。

 「あのさ、雪の目を見たら…… わかったんだ。雪の目はいつもキラキラ輝いてるから…… アイツのとは輝きが違ってた……」

 自分で言って自分で恥ずかしくなって、進は赤くなってうつむいてしまった。

 「目で……?」

 雪はうれしかった。進がそれほどまでに自分の事を良く見ていてくれたことに……

 (今回の古代君って……ちょっと素敵。好きよ……古代君!)

 嬉しそうな雪の熱い視線に、進はどきどきだった。とうとうそれに耐えかねて、他の話題を探した。

 「あは、あはは…… そ、それより、良く考えたらアイツ! 雪のファーストキッスを奪っていったんだよなぁっ! あの野郎!!」

 照れ隠しに怒って見せる進に、雪もフッと笑ってこんな事を言った。

 「えっ? あ、ああ…… うふふ…… 確かにキスされたけど……偽古代君に」

 「……?」

 「でも、いいのよ。あれは、ファーストキスじゃなかったから…… うっふっふ」

 「えっ、ええええ〜!! じゃあ、雪のファーストキスっていつ、どこで、誰と……!」

 進は驚いて雪のほうを見て叫んだ。が、雪は全く取り合わない。

 「それは……な・い・しょっ! じゃあ、またねっ! 古代くんっ!」

 進を置いたまま、雪は展望室を軽やかにスキップしながら出ていった。

 「お、おい。おーい!! 雪ってばぁっ! 待てよ! 教えてくれよ! いったい誰なんだぁよお」

 進の声だけが展望室に響いていた。


 時に2200年4月はじめのこと、ヤマトはマゼラン星雲に間もなく到達しようとしていた。

−お わ り−

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