5年目は、わたしから……

 



 2210年の正月が明けた。アクエリアスにヤマトが沈んでから早5年余りが経ち、その間、幸いなことに地球に厄災は訪れてはいない。

 ヤマトで戦い続けたクルー達も、今は皆平和な暮らしを満喫していた。平和な時が永遠に続くことを願いながら……





 年が明けて1週間あまりが過ぎた今日は、1月12日。古代進とその妻雪も、新しい年を平穏のうちに迎えた。と言っても、年越しは宇宙でと相成った夫は、昨日やっと帰還したばかりだ。

 その後、出迎えに来た雪や子供達とともに、新年の挨拶のために、エアポートからまっすぐ雪の実家を訪問したのだった。
 昨夜は、2人の子供達や雪の両親も含め家族みんなで、少々遅まきながらものんびりと正月気分を味わった。

 そして、一晩泊まった妻の実家から帰ってきたのは、ほんの先ほど。
 久しぶりに家族みんなでたっぷりと遊んだからか、子供達はいつもの時間になるとあっさりと眠ってしまった。若いパパとママは、ようやく我が家で一息ついたのである。

 ソファにどっかりと座った進は、隣に寄り添うように腰を下ろした妻の肩を抱き寄せながら、ふうっと大きく息を吐いた。

 「はぁ〜、やっと帰ってきたって感じだよ。昨日はあっちの家に直行だったからなぁ」

 夫の肩の荷を降ろしたかのような言い草に、雪は喉の奥をくくっと鳴らして笑いながら、小さくぺこりと頭を垂れた。

 「お疲れ様! お正月早々親孝行ありがとうございましたっ」

 「はは、礼を言われるほどじゃないさ。いつも世話になってるんだし、それに俺はしゃべって飲んでただけだしさ」

 「いいのよ。そうやって進さんがあっちの家でも楽しく過ごしてくれることが、私には一番嬉しいの」

 夫と自分の両親の仲がよいと言うのは、妻としてはとても嬉しいことである。

 「お義父さんとはどういうわけか、やけに気が合うんだよな、俺。お義母さんとはまあ、なん……だけどさ、はは……」

 肩をすくめて力なく苦笑いする夫を見て、雪は仕方ないわね、という顔をした。

 「もうっ、ふふふ…… ママだってあなたのこと本当の息子のつもりでかわいくてしょうがないのよ」

 「いや、それはよくわかってるさ。俺だって嫌いじゃないよ、お義母さんのこと。ただ……なぁ、なんていうかさぁ〜」

 説明に困っている夫の顔をまじまじと見ていた雪は、とうとう笑い出してしまった。
 雪の母、森美里はとても上品で美しい婦人であるが、ある意味誰よりもパワフルな女性なのである。その彼女に、進はいつも振り回されてしまうのだった。

 「ぷっ…… はいはい、わかってます! うふふ……」

 「このやろっ!」

 進は怒ったような声を上げたが、これはただのパフォーマンスだ。妻をぎゅっと抱きしめると、懲らしめるように強く抱きしめながら、強引に口付けをした。相も変わらず仲のいい夫婦である。

 ところで、この二人には、新年早々もう一つののイベントがある。そう、明後日は二人の結婚記念日なのだ。

 結婚前は、ヤマトクルー達の間では恋愛下手として名が知れ、「朴念仁」と、とある異星の名のある男から称されたこともあった。
 結婚してからもそれは変わらず、新婚当初も記念日を忘れそうになっては、仲間に助けられ大慌てで準備をした、などという前科があるちょっと頼りない夫君であった。

 しかし、さすがに年を重ねるとそれなりに成長するもので、去年あたりからは、ちゃんと記念日も忘れずに妻孝行などということも、少しはできる夫に昇格していた。

 進は今年もきちんとそれを実行するつもりで、妻にその日の予定を尋ねた。

 「ところでさ、今年の結婚記念日、どうする? 去年は地球にいなかったから、どこにも行けなかっただろ? 今年はまた子供預かってもらって、どっか飯でも食いに行くか? それとも何か欲しいものでもあるのか?」

 抱きしめていた手を緩めた進が、そんなことを言った。すると雪は目を大きく開けて少々大仰に驚いて見せた。

 「あらぁ! ちゃんと覚えてるのね、ふふ……」

 「すごいだろ?」

 得意げに胸を張る夫を見ながら、「ええ」と笑顔で微笑んだ雪であったが、心の中では、そんなことで自慢する夫がかわいらしく思えた。

 「で、どうしたいんだ? 予約のいるところなら、早くしないと明後日だろ?」

 だが雪には今年の結婚記念日には、と考えているちょっとした計画があった。そこで、せっかくの夫の提案では会ったが、今年はそれを断ることにした。

 「今年はいいわ」

 「え? いいって?」

 今度は進のほうが驚いた。しかし雪は笑顔を崩すことなくこう答えたのだ。

 「うん、どこにも行かないって事」

 「どうして? あ、子供達がいるからか? けどあいつらなら、お義母さんちに預ければ、大丈夫だろ? いつも世話になってるんだし……」

 「ええ、それはそうなんだけど…… 今年はね、行きたくないの」

 「ふむ? どうして?」

 毎年の記念日に対する情熱を思い出すと、今年の反応があまりにも違いすぎて、進はこう尋ねずにいられなかった。
 すると、雪は艶やかな視線を夫に送りながら、彼の腕をそっと取って、体を摺り寄せた。

 「だって、結婚してからずっと結婚記念日っていうと、あなたから何か貰ったり、レストランに連れて行ってもらったりしてばかりでしょう?」

 「あ、まぁ、そうだけど……?」

 それが結婚記念日なんじゃないのか?と進の顔が問うている。

 「だから今年は私がプレゼントするわ」

 「へ?」

 妻の予想外の発言に、進は目をぱちくりさせた。

 「結婚記念日は二人の記念日なんだし、いつももらってばっかりじゃ悪いもの。今年は私があなたにご馳走してあげて、プレゼントしてあげるわ」

 「はぁ〜?」

 言われていることがわからないわけではないが、突然こんなことを言い出した妻の真意がつかめない。進はぽかんとした顔で妻を見た。そんな夫を雪はちらりと睨んだ。

 「なぁに? その間の抜けた返事は?」

 「いや、まあ、なんていうか…… 本当にいいのか?」

 心配だから念を押す夫に、妻はきっぱりと答えた。

 「ええ、いいの!」

 「後であれは冗談だったとか言わないんだろうな」

 「もうっ、疑ぐり深いんだからぁ〜 今年はおうちでいいの!」

 今度は半ば怒り口調である。これ以上問い続けると、妻のご機嫌が悪くなると感じた進は、その申し出をありがたく受け入れることにした。

 「わかったよ、じゃあ、楽しみにしてる」

 「ええ……」

 夫の色よい返事をやっと導き出して、雪は嬉しそうに微笑んだ。懸案が解決すれば後は寝るだけである……? 進はう〜んと大きく伸びをして、妻の方をぐいと抱き寄せた。

 「じゃあ、寝るとするか」

 「うふふ……」

 「その笑いは、ちょっと遅いけど、今年の姫初め期待していいのかなぁ?」

 「ばぁ〜かっ!」

 夫の胸とつんとつついてそう言いながらも、まんざらでもなさそうな妻の笑顔であった。

 それからは二人の時間……古代家の夜は、静かに更けていった。

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