ななつのお願い
2212年の新しい年も明けしばらくたったある日のことである。
東京メガロポリスのとある住宅街にある古代家では、ご馳走を囲んで家族で楽しいひとときを過ごしていた。
「はぁ〜 うまかった! ワインも最高だったな」
「ありがとう。腕によりをかけた甲斐があったわ」
「ほんと、雪もちゃんと料理ができるようになったのね〜 ママそれだけで涙が出るほどうれしいわ」
「ママ〜 いまさら何よ〜〜! 私ももう7年も主婦しているのよ!」
「うふふ、そうでしたね! ちょっと過ぎちゃったけど、結婚7周年おめでとう、お2人さん」
「いつまでも仲良くて、父さん達もうれしいよ」
「あはは…… ありがとうございます」 「うふふ……ありがと!」
会話の主達は、ご存知、我らが古代進と雪夫妻、そして雪の両親の森晃司、美里夫妻である。
進たちの結婚記念日は、1月15日。だが、その日は進は宇宙に出ていたため、進の帰還を待って1週間遅れでの結婚記念パーティとなった。
さて、いつも賑やかな子供達は、というと…… 先に食事を済まし、お祖父ちゃんお祖母ちゃんがおみやげに持ってきた新作アニメのディスクを鑑賞中。
5歳の守を筆頭に、3歳の航、そして1歳少々の愛もいっちょ前にテレビの前に陣取って、真剣な眼差しで画面を見つめている。
「あいつら、静かだな〜」
「うふふ、だって、今子供達に大人気のアニメの最新作ですもの。守も航も見たがってたのよ。愛までじっと見てるとは思わなかったけど……」
「たまにはいいさ。今日ぐらい、テレビに子守してもらおう」
「そうね……」
愛息子、愛娘の後姿を、目を細めてみる7年目の夫婦である。
そして、4人は子供達がアニメを見終わるまで、ゆっくりと話の花を咲かせたのだった。
その夜。森の両親が別宅に戻り、子供達はご馳走と楽しいアニメでたっぷり満足して、ぐっすりと眠りについた頃。
リビングでくつろぐ一組の夫婦。なにやらいちゃいちゃとくっつき始めたようだ。
特に夫のほう、結婚7周年記念となれば、すっかりやる気満々。えっ?何をやる気なのかって? そりゃあ、もちろん……………………ムニャムニャムニャ……
いざ出陣!とばかり、妻の体をぐいと抱き寄せた。抱きしめられて「んふふ」とくぐもった笑い声を上げる妻も、期待度120%。
ここは妻に優しい言葉をかけて、ムードを盛り上げねば、といつも以上に頑張る夫である。
「今年は結婚記念日に一緒にいられなくて残念だったな」
「そうね、仕方ないわ。お仕事だったんですもの。でも、少し遅れたけど、今日とっても楽しかったから……」
「そうだな。けど、今年は2人で出かけなくてよかったのか?」
「ええ。だって、去年のクリスマスに豪華なディナーいただいたばかりだもの」
「ああ、そうだったな。確かにいいクリスマスだったよなぁ……」
夫が見つめる視線が突然艶かしくなった。そう、去年のクリスマスの夜は、今思い出しても体が疼くほど熱い夜を過ごした2人だった。
夫の言葉に、雪は体が火照りだすのを感じた。けれど、それ隠すかのように、照れ隠しの言葉が口からついて出てきた。
「な、なぁに、その視線! なんだか、やらしいわ〜〜」
「ははは……」
しかし、進は軽く受け流すと、ちゅっとついばむように妻の唇に口付けをした。そしてさらに、奥様孝行なセリフを吐いてみたりする。
「それはそうと、今年は何もプレゼントしなくてもよかったのか?」
「いいのよ。私も何も用意してなかったもの」
「俺は今夜のご馳走たくさんもらったから、それで十分だ。雪は何か欲しいものがあるんなら、明日にでも買いに連れてってやるぞ」
結婚7年目にもなると、こんなセリフもさらりと出るようになった古代進だ。その成長のほどが感じられると言うものだ。
だが、めったにない夫のそんな優しい言葉を、逆に雪はちゃかしてみたくなった。
「えっ?まあ、珍しい! あなたがそんなこと言ってくれるだなんて、明日雪でも降りそうね」
「雪って…… あのなぁ、冬の時期にそんな例えしたって、全然珍しくないぞ〜」
確かに今は真冬の1月。明日雪が降ったって、珍しくもなんともない。夫の指摘に、雪は軽く肩をすくめた。
「あっ、そうだったわね、うふふふ……」
それから、笑いながら夫の胸を人差し指でついとなぞった。進はなぞられた胸より、背中の真ん中がぞくりとするのを感じながら、再び尋ねる。
「ん……まぁ、いいけど…… で、欲しいものは?」
「う〜〜ん、今は特にないのよね〜」
「そうか、それなら無理にとは言わないさ……」
さも残念そうに答える進。だがその実、心の中で思わず「ラッキー」とほくそえんでいた。とんでもなく高いものを要求されると、実はちょっと困ったりする。
もちろん、これは決して口にできないことではあるのだが……
「でも、その代わりなんだけどぉ……」
妻の瞳がきらりと光った。何か思うところがあるらしい。
ドキリ……同時に、夫の心臓が大きく鼓動した。
「な、なんだ……!?」
彼女の瞳が輝く時、それは相当覚悟がいるときであることを、夫である進は良く知っている。
「そんなにびっくりした顔しないでよ。別にとんでもないこと頼むわけじゃないわ」
「それじゃあ、なんだい?」
「あのね…… 結婚7年目だから……私からあなたへの『7つのお願い』をきいて欲しいんだけど……」
「7つのお願い? なんだそれは?」
突然の妻の申し出に、進は不思議そうな顔をした。
「たいしたことじゃないの。ほんのちょっとしたお願い事をしたいだけよ」
「お願い事? 7つもあれも欲しい、これも欲しいってんじゃないだろうな?」
「もうっ、だから、今欲しいものはないって言ったでしょ!」
「はは…… ごめんごめん。で、一体どんなお願いなんだ?」
「これから言うわ。でもその前に、必ずきいてくれるって約束してくれる?」
「う〜〜ん、けどなぁ〜」
妻のお願いがどんなものなのか見当のつかない夫は、思案顔になる。後でとんでもないお願いをされた日には取り返しがつかなくなる。
だが、雪はさらりと言ってのけた。
「そんなに難しいことじゃないわよ」
「ほんとか?」
「ほんと!」
こっくりと頷く雪の顔を見て、進はやっとそれを受け入れることにした。
「じゃあ、わかった。絶対……とは言わないが、きけるように努力する。これでどうだ?」
「そうね、仕方ないわね。いいことにするわ」
にっこりと笑う妻の笑顔は、やはりとても魅力的だと進は思った。
「よしっ、じゃあ、始めてくれ」
「じゃあ、1つ目のお願いね……
1つ目は……これからも、子供達を愛し続けて、いいパパであり続けてください……って」
「あはは、それは大丈夫。太鼓判押すよ。そんなお願いなら百あったって、きいてやれるぞ」
1つ目はクリアしやすいお願いだった。ほっと一息の進。
「うふふ、それじゃあ、2つ目。
2つ目は……子供達に負けないほど、奥さんも愛していて欲しい……ってこと」
その言葉に、進は大いに安心した。
「了解! それもまったく問題なし! 今からでも……」
すぐにたっぷり愛してあげようとばかり、妻を抱きすくめた。
「あっ、ありがと〜! でもちょっと待って! まだ5つお願いが残ってるわ」
が、今は雪に押し戻されてしまった。残念!
「ああ、そうだったな、早く言ってみろ」
「ええ、それじゃあ、3つ目。
3つ目はね……毎朝晩、ちゃんと歯磨きをしてください……ってこと」
が、がくっ…… さっきまでとは一転、いきなり現実的なお願いと相成った。
「なんだそりゃ!? さっきまでのとはずいぶん趣向が違うような……」
「あら、だって、ずっと気になってたんですもの。あなたったら、朝起きると遅くなると、すぐさぼっちゃうでしょ? 特に私がいない休日なんて怪しいわ」
「あはっ、ははは…… ま、まあ、たまに忘れるくらいだよ」
確かに面倒くさい時は、ちょっと省略することも時々、いや多々ある少々ずぼらな夫である。
「たまに〜?」
「たまにだよっ! これからは、いや、これからも、ちゃんと毎朝晩磨くから心配するな!」
「うふふ、了解。それじゃあ、4つ目ね。
4つ目は……野菜も好き嫌いなく食べてください!」
「うぐっ、またその手のお願いかぁ! なんだか、子供に約束事させてるみたいだぞ」
きっと妻を睨んでみても、妻の視線の方が強かった。
「だって、ある意味そうなんだもの。特に子供達の前ではパパは見本になってくれなきゃ困るのよ」
それを言われると、パパさんは辛い。
「わかってるさ。野菜はまあ、体のためにも頑張って食べるようにするよ。今までも結構食べてた気がするんだけどな〜」
「それは私がきつく言ってるからでしょ? これからは進んで食べて頂戴ね」
「はいはい、わかりましたよ、生活班長殿!!」
生活班長……懐かしい言葉に、雪がこそばゆい思いで夫を軽く小突いた。家族にとっては、雪は今も素晴らしい生活班長であることに違いはなかった。
「もうっ、茶化しちゃってぇ〜 でもまあいいわ。ちゃんとお願いきいてちょうだいね。それじゃあ5つ目。
5つ目は……愛を甘やかせ過ぎなでください!」
「うぐっ…… そ、それは……」
と口ごもる進。一年余り前のこと、初めての娘の誕生に狂喜乱舞した夫は、その日以来、娘にはべた惚れ状態なのだ。
「あなたったら、守や航にはきちんと叱る時は叱るくせに、愛には全然なんだもの。私が叱ってもすぐにかばっちゃうし〜 こんな調子で甘やかせてたら、愛がとんでもなくワガママな子になっちゃうわ!」
「ワガママって、まだ1歳半だろう? 叱ったところでわかるわけもないじゃないか……」
「そんなことないわ! そりゃ、今はまだ理屈言ってわかる年じゃないけど、いけないことをして叱られてるってことはわかる年にはなってるわ。それに、これからはどんどんそういう風になっていくんですからね。お兄ちゃんたちと差をつけないように、きちんと叱る時は叱ってくださいよ!」
「うう……わかったよ。俺だって、なんでもかんでも甘やかして、溺愛したりしないさ」
「ほんとぉ〜〜?」
「ああ…………えっと、たぶん……」
「ちょっと怪しいわね〜〜」
「ああ〜〜 いいから、次、次っ! 6つ目はなんだ?」
少々部が悪い。一応努力はしてみるものの、きっと娘には一生甘くなりそうな気がしているどうしようもない娘バカパパであった。
「ん、もうっ、はぐらかすんだからぁ。仕方ないわね、いいわ、それじゃあ、6つ目ね。
6つ目は……どんなに遠くに行っていても、必ず私の元に帰って来て欲しいの」
真顔になってそう告げる妻を、進は優しげな眼差しで受け止めた。
「あれ、またいきなりシリアスになったな。けど、そりゃ、当然だろ? ここが……君の隣が俺の居場所なんだから、必ずここに帰って来るさ」
なんだかとてもうれしい、と雪は思った。思うと同時に、心が熱くなる。
「…………」
「なんだ? どうしたんだ、雪?」
「ううん、なんでもない。そうね、当然よね。やだわ、私ったら……」
雪がふっと顔を体ごと逸らした。目頭が熱くなったのを見られたくなかったから。
「雪……?」
「なんでも……ないの」
逸らした体を後ろから抱きしめながら、進は雪の耳元で囁いた。
「それで、7つ目は何なんだい?」
「そうね、7つ目はね……
7つ目は……
雪がゆっくりと振り返る。そして愛する夫の顔をじっと見つめた。
ななつ目は……私を置いていかないで……決して私を残して一人で逝かないで……欲しいの」
「雪……!?」
「わかってる、わかってるの。今はもう、宇宙に平和が訪れてるってことは……
あの時以来、地球を攻めてくる敵はいないし、大きな戦闘もない。
でも、それでもあなたがいつも地球防衛の最前線にいることに違いはないでしょ?」
「…………」
「だからいつも心配なの。あなたが宇宙に出ている間中。本当は……私……とっても心配なの……」
雪の瞳がほんのりと潤み始める。
「雪……」
「何年か前には、月基地での火災事故に巻き込まれたこともあったわ」
「あれは、救助を手伝ってただけで……」
進の言い訳に、雪はいやいやするように大きくかぶりを振った。
「それでも、私は心臓が凍ってしまうほど心配したわ」
「……すまなかった」
「謝ってくれなくてもいいの。ただ……これからだって、いろんな事件や事故にあうかもしれない……でしょ?」
「……それは、まあ…… こういう仕事だからな」
「でも絶対!! 私を置いて逝ってしまわないで!」
すがりつくように訴える雪の脳裏には、しばらく忘れていた遠い昔の記憶が甦ってきた。
何度も死線を乗り越えて、進はいつも戻って来てくれた。いつも、いつも……
「わかってるよ」
「私と子供達のために、どんなことをしてでも……生きて……戻ってきて! いいわよね!!」
「……ああ、約束する。どんなことをしても、生きて君と子供たちの元に戻ってくるって」
「必ずよ!」
「必ずだ……」
「……よかった」
そう言ったとたん、雪の瞳から涙がぼろぼろとこぼれだした。
「雪……?」
「うふふ……ごめんなさい。泣くつもりなんてなかったんだけど…… やだ、もうっ、勝手に涙が……」
そんな妻がなにものにも代えがたく愛しい。進は再び雪の体を強く抱きしめた。
「雪…… 絶対に帰ってくるから。君の元に…… 絶対に君を置いて一人で逝ってしまわないから……」
「ええ、ええ……」
進は、抱きしめた手を一旦緩めると、涙で潤んだ妻の顔を両手でそっと覆った。
「雪……」
その言葉の後に、二人の唇がそっと触れ合った。最初は優しくなぞるように触れ合い、そしてさらに強く吸い合うように絡み合う。
存分に口付けを交し合った後、進は雪を抱きかかえて立ち上がった。それから二人は、そのままベッドルームへと消えていった。
そして……
ドアの向うでは、静寂の中に、甘い吐息と衣擦れの音が静かに響き始め、次第にそれは、押し殺しつつも激しい営みを想像させる音に変わっていった。
幸せな夫婦の7年目の記念の日は、こうして静かに、そして激しく過ぎていった。
Fin
今年は再び結婚記念日シリーズになりました……と言いましても、特に大きなイベントがあったわけではないのですが。
ただ、待つ身となって長い雪奥様のちょっとした淋しさを旦那様にぶつけてもらっちゃいました。
こんな風に言われちゃったら、古代君、さらに奥様がいとおしくなっちゃうはず……と私は勝手に思っております。
ということで、当サイトも7周年目を迎えることができました。
更新の方は、すっかり間が開いてしまっておりますが、これからも、まだまだ、2人のラブラブ話を書くつもりにしていますので、お時間のある時に、時々遊びにくて下さいませ。運がよければ、更新されているかもしれません……(爆)
そんなこんなな私ですが、これからもお付き合いのほど、どうぞよろしくお願いいたします。
2007.6.21 あい
(背景:Four Seasons)