99万回抱きしめても


 
君を初めて抱きしめたのは

いつのことだっただろうか……

手を触れるどころか

君に見つめられるだけでドギマギしていたあの頃

君を抱きしめるなんて

遠い夢の先のような気がしていた


あの日あの星で

君が行方不明になった時

もし君を失ったら

そう思っただけで僕の胸は張り裂けそうになった

君がいない悲しみを、痛みを……

生まれて初めて

そして苦しいほどに感じたあの日


だからあの星で君を見つけた時

君が真っ直ぐに僕に飛び込んで来てくれた時

僕は無我夢中で君を抱きしめていた

思えばあの時が初めてだったのかもしれない


だけど

あの時はただ夢中だったから

君がどんなにあったかくて

柔らかくっていい匂いがしたかなんて

そんなことに全然気が回らなくて

気がついたら

僕は君を連れて艦載機に戻っていた


ただ夢中で……

なにもわからなかった

君を初めて抱きしめたというのに





それからいつだっただろうか

あの日君はちょっとしたミスをした

ミスの大きさ以上にすごく落ち込んだ君は

目を潤ませたまま

僕らの前から姿を消した



心配した僕が

君が展望台で一人たたずんでいるのを見つけたのは

その数時間後のこと

ゆっくりと近寄って声をかけた

振り返った君の瞳にはまだたっぷりの涙がたまっていて

ただ僕は「大丈夫?」と

声をかけることしかできなかった


その時だった

突然君が僕の胸に飛び込んできたのは

声を殺してうめくように嗚咽する君を

戸惑う僕は

どう受け止めていいかわからなかった

まるで母親にすがりつく子犬のように

僕の胸で泣きじゃくっていた君


両手で強く抱きしめて

大丈夫だよと

もう一度慰めてあげなくちゃ

そう思いながらも

僕はその手を君の背中に添えることもできなくて

宙に浮かせたまま

ただ突っ立ってったっけな……


震える君がかわいらしくて

かすかに揺れる髪の香りがあまりにも甘くて

触れる体があったかくて

柔らかくて……

泣いている君には悪いけれど

僕はその感触がやけに嬉しかった

でも同時に戸惑ってもいた


だから僕はただ宙ぶらりんな両手を

広げたり握ってみたり

君の背中に触れることもできず

結局君を抱きしめることができなかった





泣いてる君を抱きしめることができたのは

そう……あの日だったね

ガミラスとの戦いが終わって

何もかもがなくなって

自分達がしでかしたことの大きさに

ショックを受けていた君


もう神様の顔が見れないと

泣き崩れる君を……

僕は初めて強く抱きしめた

悲しみとか辛さとか

そんな気持ちが胸いっぱいに広がって

同時に君が愛しくて仕方なかった


だから思いきり

君を抱きしめていた

はっきりと君のぬくもりを感じながら

君を抱きしめて……いた





それから僕は

君を何度抱きしめただろうか


君を失ったかもしれないと思ったあの日も

君がとっても楽しみにしていたせっかくの結婚式

その延期を君に告げたあの日も

戦いの中、地球へ必ず帰ろうと誓い合ったあの日も

何もかも失い二度と地球には戻れないと

二人で覚悟したあの時も……


それからも僕は君を抱きしめた

燃え上がる基地で君に再会したあの日も

君を置いて行ってしまった僕に

何も言わずただ笑顔で迎えてくれた

あの日も……


それから僕が大任を受けて

その任の大きさにおののいた時も

君は僕にその優しい体を投げてくれた

だから僕は自分のすべきことを

しっかりと認識することができた

そう、君を抱きしめたおかげで


その任を悲しみの中で終えたあの日も

君は僕の荒ぶる心を

その小さな体で受け止めてくれた

君を抱くことで

君を抱きしめることで

僕は再生していったんだ


そしてあの日……

僕らが最も愛した艦と

最も敬愛する人を送り出した日も

君を抱きしめたね

最期の時を見つめることができなくて

僕の胸に顔を預ける君を

抱きしめなくてはと思う気持ちだけが

僕をその場に立たせ続けてくれていたような

そんな気がするよ





悲しみの中でも

喜びの中でも

どんな時でも

僕は

君への深い愛情を込めて……

何度も何度も君を抱きしめてきた


一体僕は

何度君を抱きしめたんだろうか?

もう……初めての頃のように

ドギマギはしなくなったけれど

それでも君を抱きしめるたびに

君への愛しさが広がっていく


何度抱きしめても

また君を抱きしめたくなってしまう

何度君を抱きしめたら

僕は満足するんだろう?


君を

10万回抱きしめても

いや、たとえ

99万回抱きしめても

満足できはしないだろう

だけどもし……

100万回抱きしめることができたなら

その時は満足……できるだろうか?





たぶん……まだ

それでもきっと

僕は君を抱きしめ続けるだろう

僕の命が尽きるまで

君の命の尽きるまで……

−お わ り−

(背景 HEAVEN'S GARDEN)

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