その日、仕事を終えた俺が司令本部のエントランスに下りて行くと、進はもうそこに来ていた。

 「おおっ、進!」

 「兄さん、久しぶり!」

 軽く手を上げて合図しあった。

 「悪いな、雪にだけ仕事させといて」

 「いいよ、仕方ないだろ。それが彼女の仕事なんだからさ」

 「ほんとは今夜も一緒に過ごすつもりだったんだろ?」

 「えっ!? ま、まぁ……」

 俺の突っ込みに見事に反応して顔を染める弟の姿は、まだまだ少年のようだったことをよく覚えている。

 「ははは…… まあ、いいさ。今日は思いっきり飲むぞ!」

 「負けないぞ、兄さん!」

 とにもかくにも、この夜は二人でしこたま飲むつもりで、進はもちろん列車で来させたし、俺も車を司令部においたまま、俺たちは街へと繰り出した。



 司令部を出てからは、今回のパトロールの話など取り留めのないことを話しつつ、しばらく歩いた。
 そして到着したのが、街の中心地にはまだ遠い、静かな一角だ。この近くに、俺の行きつけで、一人で気ままに飲むのにちょうどいい店があるのだ。

 さっそく進を連れて店に入ると、まだ時間も早いからか、客はまばらだった。カウンターの一番隅の空き席を見つけると、進を促して座った。
 すぐにバーテンがお絞りを手に注文を聞きに来た。

 「俺はバーボンストレートで、お前は……」

 「そうだなぁ、水割りでいいかな」

 「あと適当につまむ物を……」

 「かしこまりました」

 スマートなバーテンが去って行くと、さっそく俺は進の顔をまじまじと見つめた。

 「な、なんだよ、いきなり……」

 焦った顔でたじろく進を見て、俺はニンマリと笑う。

 「ふふ〜ん、いやなぁ、男になった弟の顔をよ〜く見ようと思ってなぁ」

 「お、おとこって…… なんだよ、急に……」

 わかってるくせに!と思いながらも、焦る姿が面白くて俺の口元は弛み続けた。

 「ん〜 とぼけるな、この野郎」

 と、脇を突っついてやると……

 「ぐぐぐ……」

 進が回答に詰まった。こいつは、わかっているのだ。俺が何を言いたいのかを。そう思うと、さらに笑みが増してくる。

 「雪もな…… 一段といい女になったぞ」

 「なっ……」

 これが最後の決め手となって、進の顔が酒を飲む前から、真っ赤に染まった。

 実は…… 今から半月ほど前、弟の進とフィアンセの雪が初めて結ばれた。もちろん、そこまで行き着くには本当にいろいろあって、俺もそれからヤマトの仲間たちも、手伝ったというか茶々を入れたというか…… まあ、いろいろ紆余曲折あったわけだ。

 その後、司令本部で一緒に働く雪とは毎日会うし話もしたが、進はパトロール艇で宇宙へ出てしまったため、ゆっくり話をするのが今日が初めてだったのだ。

 なにせ、あんな美人と婚約していながら長い間手も出さずに大切にしてきた後の一大イベントだったわけだし、そのための準備段階では、いろいろと教授してやった俺としては、事の次第を確認しないわけにはいかないわけで……

 まあ、帰ってきてからの幸せそうな雪を見れば、とりあえずは成功!(←漢字を間違えないようにしないと!?)だったことは違いないのだけれど。



 その時、注文した酒を持ったバーテンがやってきて、2つのコップとつまみを置いた。
 俺はさっそくそれを手に取ると、進に向けてコップを掲げ、にこやかに宣言した。

 「弟がいっちょ前の男になったことを祝って、乾杯!!」

 「ちょっと! 声でかいよ、兄さん……」

 あたりを気にして、こそこそとそんなことをつぶやきながらも、進はしぶしぶコップを掲げた。

 カチリと小さな音がしてから、俺はバーボンを口いっぱいに含んだ。弟の奴も、照れ隠しなのか勢い付けなのか知らないが、水割りを一気にコップ半分くらいごくりと飲み干した。

 その水割りを、進が飲んだか飲み終わらないかのタイミングで、俺は尋ねた。

 「で、どうだった?」

 と同時に、測ったように進はプッと口の中の酒をほんの少しだが吹き出した。そして慌てて、口の周りについた酒を手でぬぐいながら、顔を俺の方から逸らした。

 「ベ、別に…… ど、どうってことは……」

 「どうってことはって、あるだろうがぁ〜 よかったとか、悪かったとか、つまらなかったとか……」

 どんな面してるのか、しっかりと見てやろうと、体を乗り出して進の顔を覗き込んだ。

 「そりゃあ、まぁ……よ、よかった……よ」

 「ははは…… まあそりゃそうだよなぁ〜〜」

 その言い方は自分でも意地悪っぽかったかな、と思うほどだった。案の定、進はぷいと頬を膨らませた。

 「むぅ……」

 「ははは……まだ飲み足りないらしいな。飲め飲め!その方が話やすいだろ?」

 「別に話すことなんてないよっ!」

 「ふふん……それで?」

 「し、しつこいなぁ。いいだろ、そんなこと。これは俺たち個人のことなんだからさぁ」

 おっと、ここで個人主義の登場か? 俺にそんな言い訳が通じると思っているのか?進!!

 「何が俺たち個人のことだよ。さんざ俺にどうしたらいいって泣き付いて来てたくせに、それはないだろう!
 ん? 初めてのときはうまくやれたのか? 雪を泣かしたりしなかったんだろうな? 嫌がることを無理強いしたりもしなかっただろうな!」

 「し、してないってばっ、そんなこと!!」

 今度はキッとした視線で俺を睨んだ。まあ、そりゃそうだよな。こいつにとって雪は掌中の玉、大事に扱わないわけがない。それはわかっているんだ。

 「ま、それはそうだな。帰ってきてからの雪を見てればそれはわかったよ」

 と一人ごちた。休暇が明けて帰ってきた雪は、俺の顔を見ると恥ずかしそうに微笑みながら、土産を渡してくれたっけな。

 「いい休暇が過ごせたかい?」と尋ねると、「はい、とても……いい休暇でした」と小さな声ではにかみながら答えた姿は、なんとも言えない柔らかな色香を感じたのを覚えている。

 まあ、とにかくこれで一段落だな、と安心しつつ残りのバーボンを一気に飲み干した俺に、今度は進が強い口調でこんなことを言い出した。

 「けど、兄さんが変なこと言うから、もう少しで大変なことになりそうだったんだからな」

 「なんだよ、大変なことって?」

 俺が聞き返すと、さっきの勢いはどこへやら。進は急にしどろもどろになった。

 「だから……その……」

 「今更照れることもないだろうが、早く言え!」

 「だから……」

 と、話し出した進の説明を聞いて、俺は思いっきり笑ってしまった。

 「はっはっは…… そうかそうか。それは言えてるな〜 いやぁ、そういうことも有り得るってことを言っとくの忘れてたな、ははは、それはすまなかった」

 「笑い事じゃないよ。ほんとに次の日一日モヤモヤして大変だったんだからな!」

 「だからすまなかったって言ってるだろ。だがなぁ、進、お前もしそうじゃなかったとしたら、彼女への気持ちに何か変わることがあったのか?」

 「いや、それはない!」

 「ならいいじゃないか」

 「そりゃそうだけどさ……」

 と、俺は強引に解決させてしまった。

 「そんな細かいことでごちゃごちゃ言うな。とにもかくにも、それ以外は、ばっちりうまくいったわけなんだろ?」

 えっ? 何がどうだったのかって? まあ、それはここではちょっと言いにくいことなもんだから、みなの想像に任せることにするよ。

 とにかく、うまくいったことは事実。それには進も満足しているらしいし。

 「うん…… そのことには感謝してる。兄さんにも南部達にも……」

 と、やっと素直に礼を言いやがった。

 「そうか、そうか、うん、うん…… まあ、これでお前と雪も名実共に心身ともに一つになれたわけだ」

 「……まあ」

 ぽりりと鼻を指でこする。照れるな、この〜〜!

 「ってことは、この前みたいな誤解はもうなくなるはずだな?」

 「……ああ」

 今度はしっかりと頷く。そういうことだ。お前のことをあんなにも思ってくれている雪が、他の男に目が行くなんてことはないってことくらい、よ〜〜くわかっただろ!

 「ってことはだな。来年には日取りなんてものも決めてくれるんだろうな!」

 「えっ……?」

 きょとんとした顔で顔を上げる進。お前まだそこんとこ考えてなかったのか?とあきれてしまった。

 「決まってるだろ、結婚式だよ、ケッコンシキ!!」

 「あっ、ああ……」

 「ああ、じゃないだろう! 結婚式直前でドタキャンしてから、もう1年以上になるんだぞ! 森さんのご両親もいい加減待ちくたびれてるだろ? 前の戦いで亡くなったみんなの一周忌も無事に終えたんだ。いい加減に決めないとな」

 「う、うん……それは、わかってる」

 大勢の仲間やイスカンダル、そして俺の妻スターシアを失くしたことを気にしていることはわかっているが、もうそろそろそれにキリを着けたほうがいいのも事実なんだ。

 「それにな、来年早々には、サーシャも地球に戻ってくる予定だし、結婚式には出れそうだ」

 サーシャの言葉に、進はぱっと顔をほころばせた。

 「えっ?ほんとかい、兄さん! ほんとにサーシャが戻ってこれるの? そりゃ、よかったなぁ」

 俺も嬉しいよ、進。その気持ちを込めて、俺はこっくりと頷いた。

 「ああ、1年経って成長したから、地球で合わなかった環境も克服できるようになったんだよ」

 「そうかぁ、もう1年近くなるんだよなあ。大きくなっただろうな、サーシャ」

 「大きく…… ははは……そりゃあもう立派に……」

 立派な大人になった……と言いたいところだが、イスカンダル人の特性を知らない進には、まだこのことは内緒だ。会った時のお楽しみってことにしようと思っているのだ。

 「立派に、って大げさだな兄さんも。親ばかってんだろな、それって。いくら大きくなったって言っても、まだよちよち歩きに毛がはえたようなもんだろ?」

 「えっ? あっ、まあ、そうだな」

 微妙にこそばゆい感じになりながらも、俺はその場を濁した。

 「ああ、兄さんの親ばか振りを見せてもらうよ」

 「そう言えばお前からもらったっていううさぎのぬいぐるみ。未だに一緒に寝てるって言ってたぞ」

 「ああ、前に雪に選んだもらったやつだな? 結構でっかいぬいぐるみだったから、まだサーシャちゃんより大きいかもしれないね」

 「ん? どうだかなぁ〜〜」

 「え〜〜 そんなに大きくなったのかい?」

 「だから、会ってからのお楽しみってことだ」

 なんだか、ちょっとした秘密をしているようで、楽しいな。進の奴、サーシャに会ったらどんな顔するんだろうな。今から楽しみで仕方がないよ。

 「ちぇっ、そればっかりだよ。写真ぐらい見せてくれてもいいのにさ。雪もいつも気にしてるんだぞ、サーシャちゃんがどれくらい成長したんだろうって」

 「ありがとう…… 雪にはいつも尋ねられるんだ。どうしてるってね」

 「そうだよ、雪はマジで気にしてるんだからな!」

 「そのことは本当に感謝してる。会ったらたっぷり可愛がってやってくれよ」

 「ああ、とにかく来年には会えるんだな。ほんと楽しみだよ!!」

 サーシャと進、そして雪の再会。この時点で、あと1ヶ月あまりで実現できる予定だった。

 4人で一緒に食事でもする日が、楽しみでならなかった。必ず来ると思っていたその日が……



 それからも、話は尽きなかった。両親のことや昔話、それからヤマトの仲間達のこと、俺たちは時間が立つのを忘れて、飲んでそして語りあった。

 日付が変わったころだっただろうか。やっと仕事を終えた雪から電話を受けた進は、帰宅途中に店に寄ってもらうことにした。
 それから、俺を送り届けた後、二人は仲睦まじく帰っていった。

 車を降りた俺は、走り去る車から手を振る二人の嬉しそうな顔を満足げに見ていた。

 身も心も固く結ばれた二人の姿は、本当に自然に支えあっている、そんなことを感じさせられた。

 進ももうこれで心配いらないな、と思った。もう……あんなに素晴らしいパートナーに恵まれたのだから……と。
 どこかしらに、一抹の淋しさも感じながら……

−BACK−    −NEXT−

(背景 Four Seasons)

トップメニューに戻る            オリジナルストーリーズメニューに戻る