秋桜〜コスモス〜


 
 あの辛い戦いが終わり、二人が一緒に暮らし始めて半年余り……季節は巡り、夏を過ぎて秋の風が吹き始めたある日のこと、雪は1日の休暇をもらって両親の家を訪れた。
 今日、雪には両親に伝えなければならないことがあった……


 平日の昼下がり。家を出る前に電話を入れると、当然ながら父は仕事で不在だったが、母は在宅していた。
 途中で花屋に立ち寄り、手土産に季節の花を買って母の住むマンションへ向かった。

 鍵は預かっている。雪は部屋に着くと、一応ドアベルを鳴らしてから、返事を待たず自分でドアの鍵を開けて中に入った。

 「こんにちは!」

 まだ結婚したわけではないので、ただいま、というべきかもしれないのだが、この横浜の家には住んだことがないせいもあって、雪はいつもそう挨拶していた。
 雪が靴を脱いでいると、母の美里が玄関に現われた。

 「いらっしゃい、雪。待ってたわ。元気そうね」

 「ええ、変わりなくやってるわ」

 二人で並んでリビングへ歩きながら話した。

 「今日は古代さんは?」

 「ん?仕事…… でも地球にはいるのよ。今日は私だけお休み貰ったの。あっはい、おみやげ」

 リビングに着くと、雪はさっき買ったコスモスの花束を手渡した。美里は嬉しそうにその花束を抱きしめた。

 「あらまあ、きれい。ありがとう。コスモスね。そう言えばもう秋だものねぇ……
 それなのにまだ残暑が厳しいっていうか、今年はなかなか涼しくならないわね。異常気象かもしれないってニュースで言ってたけど……」

 「そうね……」

 雪が寂しそうに微笑んだ。心に僅かに、太陽の異常が始まりつつあるのかもしれないという懸念が浮かんだ。もちろん極秘事項であるこの事実を、一般市民である母はまだ知らない。

 「でも今はちょうどコスモスが盛りよね。この近くの公園でも咲いてたわ。パステルカラーでかわいくって、ママ大好きよ!」

 「ええ、私も大好き。コスモスって細い茎と葉で、繊細な感じで……風にゆらゆらと揺られて、とってもはかなげで…… でも本当は雑草に負けないほど強い花なのよね。私、そんなところも好きなの!」

 花瓶に生けられるのを隣で眺めながら雪がそう言うと、美里は優しい笑顔を娘の方に向けた。

 「まるで、あなた……みたいね」

 「え?」

 美里は、ちょっと驚いたような雪の顔に、自らの顔をそっと近づけて愛しそうに見た。

 「うふふ…… だって、こんなに華奢でかわいらしいお嬢さんが、ヤマトの戦士であの激しい戦いの中を生きぬいてきただなんて、ママ、今でも信じられないわ」

 「まあ……ママったら……」

 雪がはにかんだ笑みを浮かべた。静かに伝わってくる母の愛を感じて、雪は母の腕をそっと抱きしめた。

 母はいつもどんな思いで、戦いの中に飛び込んでいく娘の帰りを待っているのだろう……
 雪は笑顔の裏にある母の心に思いを馳せた。

 両親には、一人娘として、今までずっと大切に大切に育てられ、かわいがられてきた。時には過保護過ぎると反発したくなったこともあった。
 けれど……こうして離れて暮らしてみると、自分が両親の愛にどれだけ守られていたかがよくわかるようになった。
 それなのにまた、自分はその母に悲しい思いをさせることになるのだと思うと、余計に今日のその笑顔が胸に響く。

 「ママ……」

 (ママ、ごめんなさい。でも、私、あの人と一緒にいたいの…… そして彼とともに私自身に与えられた使命を果たしてきたいの……)

 進への思いを秘めて見上げる雪は、とても美しい笑顔を見せた。母はその姿に目を細めた。

 「ふふ…… 雪、また綺麗になったわね。彼と一緒で……幸せ……なのね」

 雪は母の言葉にぽっと頬を染めた。進のことを思うとき、雪はとても美しくなることを母はよく知っている。

 愛する人と一緒に暮らす幸せ。本来ならばもっと前に結婚式も挙げ、ごく普通の新婚家庭を築いていたはずの二人である。
 しかし、幾多の困難が二人の前に立ちはだかり、まだ正式に結婚してはいない。ただ、今はもう離れがたく、共に暮らす道を選んだ。
 それでも雪にとっては、じゅうぶんに幸せだった。そんな生活が今、一旦終わりを告げることがわかってからも……

 「ええ、とっても……」

 素直にそう答える娘に、母も嬉しそうに微笑んだ。日頃なら、早くちゃんとしなさいだの、結婚式はいつ?だの尋ねる母なのに、今日に限っては何も言わない。
 なにか察することがあったのかもしれない。代わりに娘の人生を思い起こすようにこう言った。

 「そういえば先月雪のお誕生日だったわね。少し遅いけど、22歳おめでとう!」

 「ありがとう、ママ」

 「古代さんには何か貰ったの?」

 「ん…… 古代君宇宙に行ってたんだけど、行く前にバラの花とこれを送るように準備してくれてたの。それに、めずらしく手紙も書いてくれてたのよ」

 雪は嬉しそうに紅潮した頬で目を輝かせながら、左手の薬指を見せた。そこにはエンゲージリングとは違うかわいらしいリングが輝いている。

 「うふふ……そう。よかったわね。彼のラブレターも素敵だった?」

 「ええ…… でもきっと、彼の最初で最後のラブレターだと思うわ」

 可笑しそうに雪が笑うと、母もつられて声を出して笑った。古代進という男性が、そういったロマンチックなものとは程遠いところにいることを、この二人はよく知っている。

 「まあっ、じゃあ、今度宇宙に行ったらまた書いてって言ってみたらど〜お?」

 「そうね…… でも……」

 いたずらっぽい笑顔で促す母の言葉に、雪は答えよどんだ。

 (今度宇宙に行ったら? そう今度、彼が宇宙へ行く時は……ね……)

 雪はとうとう今日ここに来た理由を切り出すことにした。母の顔をうかがうように、小さな声で続きを口にした。

 「今度彼が宇宙に行く時は……私も……一緒に行くの。だから……」

 「えっ?」

 柔和な笑みを浮かべていた母の顔が一瞬にして強張り、次の言葉が出ないまま、雪の話を促すように大きな目を見開いた。
 雪は覚悟を決めたように、うつむき加減になりながら静かに話し始めた。

 「実は、古代君……ね。今度ヤマトの艦長になったの」

 この一言で、美里は雪がこれから言わんとすることを理解した。声が僅かに震え始めた。

 「それは…………おめでとう、なんでしょ?」

 雪ははっとして、母を見上げた。その瞳を見て、雪も知った。母がもう……全てを察したのだと。

 「ええ、そうよ。こんな若さでの大抜擢ですもの。彼、少し戸惑っていたけど、島君や真田さんが助けてくれるから頑張るって……」

 そして私も皆と一緒に彼を支えたいの……

 「そう、じゃあ、ヤマトまた発進するのね?」

 「うん……」

 「それで…………あなたも……行くのね?」

 「………………」

 雪は言葉が出なかった。ただ、黙ってゆっくりと頷いた。

 「そう……」

 美里はほぉ〜っと大きく息を吐いた。もう昔のように頭から反対したり、心配を表に出したりはしない。それが逆に雪の心に突き刺さった。
 雪は、わざと明るい口調で母に告げる。

 「太陽系周辺のパトロールと資源調査なんですって。だから、別に危ないことがあるわけじゃないのよ。それに……」

 本当のことは言えなかった。地球が再び危機に瀕するかもしれないことは、今はまだ防衛軍のごく一部の人間だけの極秘事項だ。
 もしかすると、長い旅になるかもしれない。飛び立ってしまえば、今度いつ会えるかもわからない。
 けれど、雪にはそれを言葉にして、母に伝えることはできないが、その思いを、美里は心の中で受けとめてくれた。

 「わかってるわ。あなたの決めたこと、ママはもう反対しないわ…… パパもきっと同じ気持ちよ」

 「…………ありがとう」

 そして二人は笑みを交わした。

 「でもちょっと残念ね。そろそろ落ちついてきたし、この間の様子だと、あなた達からいい話を聞かせてもらえる頃かしらって思ってたんだけど……」

 ちらりと母の本音が出る。雪は素直に謝った。

 「ごめんなさい……またちょっとお預け……かな」

 雪は、ちょっとお預けだけですんで欲しい、と心で願いながら、顔はおどけて見せた。

 「でも、今も二人の気持ちは、変わっていないんでしょう?」

 「ええ、もちろんよ!」

 「そう、それならいいわ」

 大きく頷く雪に、美里は安心したように微笑んだ。雪もその笑みに答えるように、再度こくりと頷いた。

 「だから私、いつまでも待てるって思ってるの。彼の気持ちを抱きしめてられるって。
 ヤマトに乗ったら、彼は艦長、私は生活班長。ただの上司と部下になってしまうけど、彼の心の中の思いを私は知ってるもの……」

 目を閉じ、進と話し合った日のことを思い出す。たとえどんな立場に立とうとも、二人の気持ちは変わらないと、誓い合ったあの日のことを。

 そんな雪の姿は、美里にとって頼もしくもあったが、また逆にもう手の届かないほど大人になってしまった娘への寂しさが募るものでもあった。

 「ふうっ…… 雪はもう…… ママとパパの手の上からすっかり飛び立ってしまったのね」

 寂しそうな笑みを浮かべる母が、雪には急に小さく見えた。

 「ママ……」

 「変ね。なんだか、あなたを遠いところにお嫁にやってしまうような……そんな気持ちになるわ……
 婚約が決まった時も、彼と一緒に暮らすって宣言された時も、そんなふうに思わなかったのにね。あなたがもう私達の手の届かない遠いところに行ってしまうような、そんな気がしてきて……」

 美里はそっと目頭を抑えた。こんな日が来ることはわかっていた。娘が一人の大人として、歩み始める時が…… 親の庇護から離れ、自ら選んだパートナーと共に生きる時が……

 それはまさに、嫁に行く娘を送り出すその思いと同じだった。

 開けた窓からふわりと風が入り、コスモスの花々が左右に揺れる。けれどコスモスは決して折れたりしない。その可憐で美しい花を、明日もまた咲かせ続けるだろう。

 「ママ、私はいつまでもパパとママの娘よ。宇宙の彼方だろうとどこにいたとしても…… そしていつか結婚したとしても……その後もずっと……ねっ、そうでしょ?」

 「ええ、そうね」

 瞳を僅かに潤ませて微笑む母の姿に、雪の胸は切なく揺れる。そして子供の頃から抱きしめてくれたその温かい胸がたまらなく恋しくなった。

 「でも、今日は……ちょっとだけママだけの甘えん坊な娘でいさせて……ね」

 雪は母の胸に顔をうずめると、小さな子供が甘えるように顔をその胸に数回こすりつけた。

 「まあ、うふふ…… ほんと、甘えんぼさんね! 古代さんに告げ口しちゃうわよ!」

 「いいもん! ママがだぁ〜い好きなんだものっ!」

 美里は胸に愛しい娘を抱きしめながら、花瓶で揺れるコスモスの花を見つめた。

 秋桜〜コスモス〜我が娘…… 優しく美しくて少しはかなげで、それでいて芯の強い花。そんな私の花を、神様どうぞお守りください。

 そう祈りながら……


 雪と進達を乗せたヤマトが密かな使命を帯びて旅だったのは、それから2週間後のことだった。 

−お わ り−

(背景 Queen's Free World)

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