いちねんまえ……(for 「アルビレオ観測所」さま)

 イスカンダルからの帰り道、ヤマトの旅は順調だった。太陽系も目前になって、予定では後10日で地球に到着するらしい。
 ああ、とうとう私は地球に戻ってきたんだわ!

 仕事の合間に、後方展望室にやってきた私は、星々を眺めながら、一年間のいろんな思いに浸っていた。いろんな戦いのこと、出会った人たちのこと…… 
 でも、今一番思うことは、大好きな彼のこと…… 私だってやっぱり女の子だもの!

 こ・だ・い……す・す・む…… 声に出して言うたびに心が高鳴る私の大好きな人の名前。

 長かったこの旅も、無事に任務を果たして、もうすぐ終る。そうしたら、私…… 彼に伝えちゃおうかなぁ?この気持ちを……



 ――私、古代君が好きです……

 もしも私がそう言ったら、彼は、なんて答えるだろう?

 ――僕も君が好きだ。

 そう言われたら!! きゃぁ〜! 私、うれしくてうれしくて、その場で心臓が止まっちゃいそう!!

 でも……そうはうまくいかないかも?

 ――地球で待ってくれている人がいるんだ。

 って言われら? ううん、それはないわ……そんな人はいないはず。だって、それなら地球との交信を辞退するはずないもの。

 じゃあ……噂通り?――古代君には艦内に好きな人がいるという噂があった。

 ――実は、ヤマトに好きな子がいるんだ。地球に帰ったら、告白するつもりだったんだよ。

 ああ、そう言われたら…… どうしよう! 私その場で心臓が止まっちゃうかもしれない。
 あれ? 嬉しくても悲しくても私おんなじになっちゃうの?

 ああ、どうか心臓が止まるほど嬉しい答えが返ってきますように……

 でも……きっと……だめだわ。

 だって…… ずっとずっと好きだって思ってきたけれど、私の行動はいつも心と裏腹。かわいくないことばっかり言ってきた私。
 そんな私のことなんか、好きでいてくれるはずがない。どうしてこんなに意地っ張りなんだろうって、何度自分が情けなくなったかわからない。

 でも…… でも、どうしても、あなたの顔を見ると、そうなっちゃうんだもの。バカな私……

 だけど、あなたのこと、影でこっそり勝手に好きでいるくらいはいいでしょう?



 そんな思いにふけってしまうのは、今日という日が私にとってはちょっと特別な日だから。

 ね、古代君…… 去年の今日のこと、覚えてる? そうちょうど今ごろの時間だったわよね。だけど、彼はきっと……そんなこと心の片隅にもないんだろうな。

 そう、去年の今日、私はあなたに初めて会った。

 あの時は、今日みたいな思いをあなたに抱くことになるなんて、これっぽちも思っていなかった。
 あの時は…… 人の顔をじろじろ見て変な人たち、って思ったんだったっけ。

 あれから1年。あなたは私の心の中で一番大きな存在になったの…… ねぇ、古代君……



 そうやって、大好きな古代君の笑顔を思い浮かべながら、ぼおっと外を見ていた私に、突然声がかかった。

 「よおっ! なにしてんだ?雪」

 えっ? ってびっくりして振り返ったら、やだっ!古代君!! 今あなたのこと考えてたところなのに、その本人が来るなんて……! 私思いっきり焦っちゃった。

 「こ、古代君! びっくりするじゃない突然声かけてきて!!」

 焦ってるのがばれないように、顔を引き締めたら、きつく睨むような感じになっちゃった。それに古代君も怯んだみたいで、

 「な、なんだよ。別に、俺は…… 宇宙(そと)を見ながら突っ立ってるから、何してるのかと思っただけじゃねぇか」

 言い訳のようなことを言いながら、睨んだ私に、反対に不服げな口調で言い返してきた。

 「どうせ、突っ立ってましたよっ! 女の子には、いろいろと思うことがあるのよ! あなたには女の子のセンチメンタルな気持ちなんかわからないでしょうけどっ」

 ああん!! また言っちゃった。自分の口からポンポンと勝手に出てくる言葉に、自分自身で情けなくなっちゃう。ああまた、彼、怒っちゃうんだろうな…… そうしたら、案の定。

 「ああ、どーせ、俺にはわからないよっ! この前久しぶりに連絡が取れたお母さんのことでも思い出して、おっぱいでも飲みたくなったんじゃないのか?」

 「ん、まあっ! 私はそんなに甘えん坊じゃありません!」

 あまりの言いようにムカッときて、口をとんがらせて、さっき以上に強い視線で睨んだら、さすがに古代君も言いすぎたと思ったようで、今度は素直に謝ってきた。

 「ご、ごめん…… ちょっと言いすぎた。あの……俺……」

 そんな風に素直に謝られると、私も急にしゅんとしてしまう。

 「あ…… わかってくれたらいいのよ。ママたちに早く会いたいのは本当だし……」

 ちょっとうつむき加減に上目遣いに彼の顔を見たら、彼もちょっと困ったように微笑んでた。私が本気で怒ってないことがわかって、ほっとしたみたい。

 それから、彼は私の隣に並んで窓枠に腕を乗せると、外をじっと見つめた。チラッと横目で彼の顔を見たら、とても遠い目をしている。

 「ん、もうすぐだもんな、楽しみだよな。俺としては、正直言って……ちょっとうらやましいよ」

 地球へ帰っても迎えてくれる両親のいない彼のことを思うと、私もちょっぴりしんみりしちゃった。

 「古代君……」

 私の声が寂しげに聞こえたのか、彼はくるっと顔をこっちに向けると、今度は元気いっぱいの笑顔を向けてきた。

 「でも良く考えたら、俺だけ先にイスカンダルで兄さんに会ってきたんだよなぁ。あははは、うらやましいだろう?」

 「あら、そう言えばそうよねぇ、ほんとずるいわ、古代君。ふふふ……」

 「あっははは……だろ?」

 二人で声を出して笑いあった。こんな会話をしていると、ほんのちょっと素直になれば、お互い相手のことを思いあえるいい関係になれるじゃない、なんて思った。ほんとにいつもこんな風に会話できればいいのに……



 そうだわ! いい雰囲気ついでに、今なら聞けるかも……

 「ね、古代君……」

 「ん?」

 小首を傾げて、私のほうを見る古代君に向かって、ドキドキしながら尋ねた。

 「去年の今日って、古代君何してたか覚えてる?」

 「去年の今日かぁ〜 8月だろう? まだ、ヤマトには乗ってなかったし…… 火星からは帰ってきてたかなぁ…… あっ!」

 古代君は、急に何かを思い出したように言葉を止めて、また外を向いた。もしかして……覚えていてくれた?
 窓外を見ている彼の顔は、こちらから覗(うかが)えないのだけれど、私は期待を込めて、彼の言葉を待った。すると、

 「え、えっとぉ〜 確かぁ……亡くなったサーシャさんに出会ったのが、今ごろだったんだよな。それで例のスターシアさんの伝言カプセルを見つけたんだ。それから、沖田艦長が冥王星海戦からの帰りに火星に寄って、俺と島を拾って地球に連れて帰ってもらった」

 古代君の言葉が途切れた。えっ? それだけ……? その気持ちが伝わったのか、古代君はまた続きを話し始めた。

 「それで、兄さんが死んだって知らされて、俺、沖田艦長を恨んだんだよなぁ。ははは…… 今ならどうしてそんな風に逆恨みしたんだろうって思うけど…… 去年の今ごろってちょうどそんなんだったよ。下手すりゃ、兄さんの命日になってたんだもんな」

 古代君は、やっとこっちを向いて、なぜだか照れくさそうな顔をした。

 あの……お兄さんの命日になりそうだった……!? って、それで終り? 他にもうないの? 私のことは??

 だけど、古代君は照れ笑いを浮かべるばかりで、それ以上何も言いそうもなかった。

 やっぱり、私のことなんか……全然覚えていないんだ…… そう思ったら、ものすごくがっかりしちゃった。



 一瞬の沈黙。やっぱりもうだめだわって思ったその時、古代君は、ちょっと言いにくそうに口をもごもごさせてから、こんな風に言ったの。

 「あ、ああ…… そう言えば、雪に初めて出会ったのもこの頃だったっけ? そういやあ、ああ、そうだ、そうだ!今日だったかなぁ? な?雪」

 えっ? ちょっと私に尋ねないでよ! 私はもうさっきからこのことばっかり考えてたんだから、間違いないんだけど、ああでも、そんなこと言えないし〜

 「えっ!? ええ…… ああ、そうだったかしら? え〜っとぉ……」

 突然振られた質問に、なんだかすぐに答えられなくて焦ってたら、古代君がムッとした顔をした。

 「なんだよぉ、俺に会ったこと覚えてないのかぁ!」

 ち、違うのよ! 覚えてるの!! 思いっきりはっきりと!! って心の中では叫んでたけど、表向きは一応今思い出したふりを装ってしまった。
 だって私だけがしっかり覚えてたなんて、恥ずかしくてどうしても言えなかったんだもの。

 「あ、ああ……思い出したわ! そうそう、今日だったかもねぇ。確か、古代君ったら、島君と二人で、私のことじろじろ見てたのようねぇ」

 あんっ! そうじゃないでしょう!! 覚えてくれててうれしいっ言うんじゃなかったの?雪! ああ、私ってどうしてこうなんだろう。
 でも古代君は、そんなことわからないから、私がそのことを咎めてるって思ったみたいで、言い訳をし始めた。

 「あ、あれは…… その、サーシャさんに似てたから、びっくりしてだな。きれいな人だったからなぁ〜 サーシャさんは……」

 「サーシャさんは、ねっ! どうせ私とは違いますからっ!」

 私は、サーシャさんのことを言う彼にカチンときた。どうして私じゃなくって、サーシャさんなの!?
 やっぱり、彼が私のこと好きでいてくれるなんて夢物語なんだわと、今日何度目かのガックリ気分になった。
 だけど、今度も彼はすぐに謝ってくれた。

 「えっ!? あ、いや……ごめん。そういう意味じゃなくて」

 なんだか、今日の彼って意外に素直……? 謝られると、私弱いのよ。
 そうよね、古代君が私との出会いを覚えていてくれただけで……とってもうれしいかったんだもの。悪いことは気にしないようにしよう。私も少しでも素直にならなくちゃ。

 「うふふ……冗談よ。そっか、出会ってから1年なのね。長かったような、短かったような……」

 「あはは、とにかく今日で1周年ってわけか! まあ、これからも長い付き合いになると思うけど、よろしく頼むぜ」

 ドキッ!! これからもって? それって……? 思わず私の頬が熱くなった。

 「えっ!?……ええ……」

 私、ほんのちょっぴり期待を込めて、彼の顔を見たんだけど、彼ったら急に思い出したように、そわそわし始めた。

 「おっと、いけね、これから艦長室に行かなきゃならなかったんだ。じゃあな、雪。ママの夢でも見てろよ!」

 「んっ、もう! だから、違うって言ってるでしょう!」

 「ははは……」

 古代君は最後にまたそんなことを言うと、手を振って展望室を駆け出していった。もうっ、またからかってぇ! 古代君のバカ!

 でも……でも…… 付け足しでもなんでも、私に出会ったことを覚えていてくれた。古代君にとっては、いろんなことがあった日のおまけのようなことなのかもしれないけれど、でもでも……!! 覚えていてくれた!!

 私、それがとっても嬉しかった。それに、最後の言葉―これからも長い付き合いになると思う―あれってちょっと期待してもいいのかな?
 ううん、きっとただヤマトの仲間としての付き合いってことなのよね、やっぱり…… でももしかして……!? そんなはずないかなぁ? ああ……
 私の乙女心は、微妙に揺れ動いていた。

 あと10日。ヤマトが地球に着いたら、何かが変わるのかしら?

 古代君、大好き!



 はぁ〜〜〜 びっくりした。艦長室へ行く途中で、展望室覗いたら、雪がいて…… 入ってみたら、いきなり怒鳴られるし、それで売り言葉に買い言葉みたいになってしまった。

 ああ、いつものことだけど、どうして俺って、こうなんだろうなぁ。好きな子をいじめたくなるってのは、ガキのやることなのに……
 雪はどう思っただろうか? 好きなのに、逆に全然気のない振りして、意地悪を言ってしまう俺を……

 けど…… 雪をからかうと、ものすごくかわいいんだよな。怒った顔も拗ねた顔も、すごくかわいい。もちろん、笑った顔はもっといいけど。

 去年の今日かぁ。雪に聞かれたときにはドキッとしたぜ。この前から思ってたんだ。もうすぐ雪に会ってから1年になるなぁって…… それで雪に聞かれてすぐに思い出した。去年の今日、初めて雪に出会ったんだ……

 けどさ、なんか、そのことをすぐに口に出したら、雪への気持ちが全部ばれちまいそうで、関係ないことばかり口走ってしまった。
 その上、出会った時の事だって、雪のことがすごくきれいだったって直接言えなくて、サーシャさんに例えて言ったけど、彼女誤解しちゃったかなぁ? ああ、自己嫌悪……

 ただ、最後に「これからも長い付き合い」って言ったら、嬉しそうな顔してたような気がしたんだけど。ちょっと期待してもいいのかな?

 そうなんだ。1年前のあの時から、俺はずっと彼女のことが気になり続けていたんだ。多分あれは、一目惚れだった。
 それからこの1年の間に、その思いはどんどんと大きくなって……

 あと10日か。地球に着いたら、ちゃんと伝えるぞ!俺の気持ちを……
 あなたなんかお呼びじゃないわって、笑われちまって玉砕するかもしれないけど。他に好きな人がいるのって、言われるかもしれないけど…… それならそれでもいいさ。

 地球に無事に戻れたら、俺は、俺の1年間の思いを、彼女への気持ちを……必ず伝えよう。

 雪……君が好きだ……

おわり

この作品は、MORINEKOさんの「アルビレオ観測所」の一周年記念にお贈りした作品です。
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(背景:Holy Another Orion)