いつも一緒だよ……(for 「ぐういぬの宝箱」さま)
お読みになる前に……
この作品は、ぐういぬさんからいただいた「Forget‐Me-Not」の続きとして書いた物です。まだお読みになっていらっしゃらない方は、こちらからどうぞ。
In Cosmos SUSUMU
僕は今再び宇宙に来た……
この前二人の部屋に置こうと買ってきた、わすれな草の植木鉢……結局彼女が2鉢とも持って帰った。
「だって、古代君がいない間、誰がお水を上げるの?」
確かにそうだ。僕の部屋では今は植物を育てられない……短くて2週間、長いと1ヶ月以上部屋を空ける僕は……
水さえあげられない。
「悲しい伝説は嫌だ」と悲しそうにあの花を見つめていたのに、最後は大切そうに二つとも抱きしめて……
彼女は帰っていった。
「古代君が帰ってきたら、またここに持って来るわね」
彼女は今ごろ、どんな気持ちであの花の世話をしているのだろう。
“Forget-Me-Not”
忘れるものか……いつも君のことを思っているよ、必ず君の元に帰るから……
それでも……それでもやっぱりさみしいのかい?
ユキ……
On The Mars SUSUMU
「やあ、古代!」
南部の声がした。ここは火星基地、たまたまあいつの艦と寄港の予定が一緒だったようだ。
「久しぶりだな、南部。元気そうだな?」
「まあね、あいかわらずだよ。古代の方はどうだ?」
「変わらないよ」
「ユキさんも変わりなく?」
ユキか…… 思い出したら、ふっとため息が出た。南部はそんな様子には敏感だ。
「何かあったのか?」
「ちょっと淋しがってて……」
「結婚しないから……」
「結婚しても同じだろう? 俺たちは宇宙にいるのが仕事なんだから。ほらこの前、ここで事故があったろ? それを聞いて…… のっこちゃんはそんな心配しないのかい?」
「のっこも……俺も……いろいろと紛らすものあるからね。離れているのは寂しいけれど、他のことに費やす時間も必要だから。でも、ユキさんは一途だからね……」
「それに……」
俺はそこでいったん言葉をとめた。南部が「ん?」といった顔をして俺を見た。
「まだなにかしたのか? 古代……」
「わすれな草を……」
俺は、わすれな草をプレゼントしたこと、それにまつわる悲しい伝説の話をしたこと、全部南部に話した。
「Forget-Me-Not……か」
南部がぽつりとつぶやく。そして俺の顔をうかがいながら、にやりと笑った。
「古代にしては粋なプレゼントじゃないか。けど……その伝説、悲しすぎるよなぁ。事故の話に重なって。それに、俺たちの仕事のことはユキさんよく知ってるから……」
しばらくの沈黙……
「彼女を悲しませてしまったんだろうか?」
「そんなことないよ。きっとユキさん、その花を大切にしてると思うな」
そう、確かに愛しそうにわすれな草を抱きしめて帰ったっけ……
「だけど……淋しい気持ちは残ってるはず…… ここはひとつ、もう一押しってところだな」
南部のめがねがきらりと光る。
「もう一押し?」
「昼間は仕事や友人、ふと思うことがあっても何とか気が紛れるだろう? でも夜は淋しいんだよね。だから、淋しい夜のために……」
南部は意味深にウインクした。
On The Earth YUKI
古代君は、宇宙に行った。またいつもの一人の生活が始まる。自室(へや)の窓辺には二つの鉢……
わすれな草の花。
「僕がどんなに君のことを思っているか……忘れないで」
彼はこう言って宇宙(そら)へ旅立っていった。忘れない、忘れるはずがないじゃない。あなたのこと、あなたの気持ち……そして、私の想い……
わすれな草の小さな青い花が爽風に微かにゆれた。
「だけど……心配なの、だけど……淋しいの」
だから抱きしめて……強く強く体が壊れるほど。
ううん、いいの。ただ……温かいからだが私の隣にいてくれればいいの。何もしなくてもいい、ただ……ぬくもりを感じていたいだけ。
そんなこと、望めるはずがないのに……
でも……あなたを想って一人で眠るベッドは淋しすぎる……
わすれな草の想い、あなたの想い、私の心……
In Cosmos near the Moon SUSUMU
艦が予定の軌道に入った。月面基地に立ち寄った後、地球に帰る予定だ。
僕は、司令本部への報告を終えると、30分の休憩を取る。
時計を見た。地球時間で正午を過ぎたばかり。ユキも休憩時間のはずだ。
プライベートルームから恋人にパーソナルコール…… トゥルルル……
ワンコールでユキが出た。『古代君?』
「ユキ、今月軌道に入ったよ。帰着時間は16時。予定通り帰るから」
『よかった…… だけど、今日はお迎えには行けないの。5時には仕事が終わるけれど……』
最初のほっとした声の後、元気そうな声が流れてきた。
「いいよ、買い物があるんだ。街をぶらついてから帰るから。今晩家においでよ」
『ええ、じゃあ、晩御飯作って待ってる。わすれな草の鉢も持っていくわ、たくさん花をつけて満開なのよ』
『わかった。ありがとう!』
簡単な会話で電話を切った。
さてと…… どうしたら彼女の淋しさを少しでも紛らわせられるだろうか。
On The Earth SUSUMU
地上に着いた僕は、大きなデパートに入った。
火星で南部がにんまりと笑って言った。
『淋しい夜を紛らわすには、お前の代わりに抱きしめる大きな枕なんかいいんじゃないか?』
まくら……か。
寝具売り場に足を運んでみた。大きな枕、長い枕、いろいろあるけれど、どれも味気ないような気がして、結局選べなかった。
どうしよう……なかなか決まらない。
ふと何かにぎやかな音が聞こえてきた。笛がピーピーなる音や、踊り出してしまいそうな賑やかな電子音。
同じフロアにあったのは、おもちゃ売り場。
「ひさしぶりだな、おもちゃ売り場なんて」
なにげなく音の鳴る方へ歩き出した。子供たちが駆けまわり、見本のおもちゃをいじくっている。
どれにしようかと悩む子がいる。
その後ろにはニコニコ顔の両親の姿。
そんな若夫婦の姿に自分とユキの姿が重なった。
(いつか…… ユキと二人…… あんな風に立っていられる日が来るだろうか)
きっと、いつか……
夢想の世界から我にかえると、目線を反対の方向に向けた。そこに山積みになっていたのは……
「おっ、いいものがあるじゃないか」
さっそくそれに近寄って手に取ってみる。
「かわいいな。これなら……」
どうしようかと迷っていると、店員が近寄ってきて説明を始めた。
「こちらは今人気の商品なんですよ。それからここをこうすると……」
ふむふむ……なるほど……
「これをいただきます。プレゼント用に包んでください」
僕はにっこり、わくわくしながら帰途についた。
On The Earth YUKI
PM6:00……
定時で仕事を終えた私は、一旦自分の部屋に戻る。
そして、わすれな草の鉢を持って彼の部屋にやってきた。
地球に着いた古代君から、さっき連絡があった――7時には帰るよ。
冷蔵庫には数種類の食材がある。仕事の帰りに買ってきたもの。
勝手知ったる台所は、私の部屋より調理道具が揃っているかもしれない。
「今日は、かぼちゃの冷製スープにカットステーキ、付け合せは、ブロッコリーとマッシュポテト。デザートはワインゼリーね」
半調理品を活用すれば、1時間足らずで料理は完成する。
調理を始めた。ステーキは、もう少し後で焼こうかしら、などと考えながら。
とっても楽しい。上機嫌で鼻歌だってでてきちゃう。
古代君が帰ってくる日は、いつもこんな調子。いつも一番幸せなひととき。
無事に彼が帰ってきた……だから、とてもうれしい。
――窓辺に置いたわすれな草も、うれしそうに風にゆれていた。
On The Earth FUTARI
ピンポーン…… ドアのベルが鳴った。
「古代君!」
ユキが玄関に駆け寄る。ドアから外を覗く。進が笑っていた。
玄関を開ける。
「ただいま!」 「お帰りなさい」
ユキもうれしい。胸が高鳴る。進の笑顔。大好きな笑顔。
進がくんくんと鼻を鳴らした。
「いい匂いがするね」
「ええ、今、カットステーキを焼き始めてたの……あっ、いっけないっ!」
慌てて台所に駆け戻るユキを見て、進は苦笑する。
「あいかわらずだなぁ」
ユキの後を追ってリビングに入ると、小さなテーブルには皿と料理が既に並んでいる。進は荷物を置き、自室に入って普段着に着替えた。
ユキはまだステーキと格闘中だ。
進はリビングに戻ってくると、買ってきた細長い包装を解いた。中から赤ワイン。
ユキもステーキを皿に入れてリビングに入ってきた。
「あら? 新しいワイン?」
「グッドタイミングだろ? 赤だよ」
「ええ……」
そして二人でにっこり。ユキのメニューと進のワイン。ぴったり合った二人の心。
久しぶりの再会に二人の心が踊っている。弾む会話。進む食事。そして……
「ユキ、淋しかった?」
進のその一言で、ユキの瞳が少し曇る。
「……大丈夫。だって……あなたに貰ったお花、毎日見てたもの。私のことをいつも忘れないよって、あなたがそう言ってくれてるようだったわ」
「そう……」
でも、淋しそうだね、その顔は…… そんな言葉を進は飲み込んだ。
「だいじょうぶよ」
ユキがもう一度自分に言い聞かせるように、そう言った。
「プレゼントがあるんだ」
進は部屋の隅においてあった大きな包みを持ってきた。やっと抱きかかえられるくらいの大きな包み。
「なあに?それ?」
「開けてごらん」
ユキが笑った。古代君がこんなに続けてプレゼントをくれるなんて珍しいわね、などと憎まれ口をきくのも忘れていない。
「わあっ!! かわいいー!! ワンちゃん?」
プレゼントは、大きな大きな犬のぬいぐるみ。ゆうに1mはある。
ふんわりとした弾力感。さらりとした生地で縫われたその体は抱きしめるとひんやりと心地いい。
「ああ、ぐういぬって言う名前なんだって」
「ぐう……いぬ……ちゃん?」
「そう、のんびりした顔してるだろう?」
「うふふ……そうね。でも、とってもやさしそうな顔をしてる、この子」
「だろ? かわいいよな。今すごく人気あるんだって」
「そうなんだ…… でも、どうして? どうして急にこんなプレゼントを?」
ぐういぬちゃんを抱きしめながらユキが尋ねた。
進がくすっと笑った。
「僕がいないとき、淋しい夜を一人で過ごさなくてもいいようにね」
「えっ?じゃあ……」
「君の心配が少しでも和らげばいいなあって、そう思って……」
「古代君……」
ユキがぐういぬちゃんをもう一度ぎゅうっと抱きしめた。
目には、微かに光るもの……
「こらこら、僕がいるときは、抱きしめるのはこっち!」
進がぐういぬちゃんをそっと抱き取り横に置く。それから、ユキをゆっくりと抱きしめた。
「古代君……ありがとう」
「喜んでくれてよかった。あ、言っておくけど、この子は女の子だからな」
「どうして?」
「たとえ犬だろうとぬいぐるみだろうと、ユキと一緒にベッドに入れる男は僕だけだからね」
「うふふふ……はい、了!」
ユキの言葉は最後まで聞けなかった。それは……進の唇にふさがれてしまったから。
あったかくて甘いキス。
幸せな二人の一夜。
せっかくやってきたぐういぬちゃんだけど……今日ばかりはリビングで淋しくおねんねねっ。
On The Earth YUKI
古代君は旅立って行った。再び宇宙(そら)へ。そして私は地上に残る。
部屋の窓辺に並ぶ二つの鉢。
青く透き通った花が、今日も鮮やかに咲いている。
わすれな草……
ベッドには、かわいいかわいいぐういぬちゃん。
ユキはぐういぬちゃんをしっかりと抱きしめて、愛する人の夢を見る。
飛び立つ前の進からの伝言。
『淋しくなったら、ぐういぬちゃんの鼻を押してごらん』
ぽちん……ぐういぬちゃんの鼻がちょこんと引っ込んだ。すると、進の声が聞こえてきた。
――ユキ、僕はいつも君の事を想っているよ。
必ず帰るから……君の元へ。
だから忘れないで、その事を。
ユキ、愛してる――
(古代君……)
古代君のいない地球は淋しい。昼も夜も心がちくんと淋しくなる。でも…… 今は少しだけ……幸せ。
だって、ぐういぬちゃんがいつもそばにいてくれるから。優しく語りかけてくれるから……
In Cosmos SUSUMU
僕は宇宙にいる。淋しい静寂の世界。けれど……
僕は淋しくない。いつもユキが一緒だから。
航海に出る前、雪から小さなプレゼントを貰った。
『宇宙に出たら開けてみて』
中身は……ぐういぬちゃんのちっちゃなキーホルダー。やっぱり鼻の所がぽちんと押せた。
――古代君、忘れないで……
わたしがいつもあなたを想っている事を。
そして無事に帰ってきてくれるよう
祈っている事を……
愛してる――
進はぐういぬちゃんを胸元の内ポケットにそっと入れて、ぽんぽんと軽く叩いた。
ユキ……
どんなに離れていても……
僕たちの心は……いつも一緒だよ。
−お わ り−
この作品は、ぐういぬさんの「ぐういぬの宝箱」の1周年記念にお贈りした作品です。
当サイトの1周年記念に、ぐういぬさんからいただいた『Forget‐Me‐Not』の続きとして書いた物です。
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(背景・イラスト:Holy-Another Orion-)