初 恋(宇宙戦艦ヤマトIII 第4話〜第9話より)
太陽の異常増進のため、第二の地球探しに飛び立ったばかりの宇宙戦艦ヤマトを舞台に、徳川太助と今回初めて乗艦した看護師の一人若菜との初恋物語。ご存知の通り、女性クルーは雪以外は早々に退艦することになります。二人の淡い恋と進と雪の女性退艦問題についてのやりとりなどを描いてみたいと思います。
−第1章−
(1)
西暦2203年秋、新たなる地球を探してヤマトは発進した。地球を出ると同時に行った16時間の演習で、新人たちはヤマトクルーとして初めての洗礼を受けた。その直後のミサイル流れ弾の破壊がみごとに行われたことで、古代新艦長が決行した激しい訓練はその点では吉と出たといえるだろう。だが……
「ねぇねぇ、昨日の訓練、すごかったわねぇ」
「うんっ! ほんとぉ!! 出発していきなりだもんねえ。私たちそんなこと予想もしてなかったからびっくりしちゃったぁ」
「でも、あの後すぐ、ミサイルが飛んできて無事に撃破したんでしょう? やっぱり、訓練の成果なんじゃない?」
「でも……なんだかちょっと不安、いきなりミサイルが飛んでくるなんて。艦長が出発前に『降りたい者は降りてもいいぞ』って言った時に降りた方がよかったかしら」
今回、ヤマトに初めて乗った看護師の女性達の会話だ。彼女達は、全て生活班所属。しかも全員戦闘経験が無い。平均年齢も20歳そこそこの本当に若いお嬢さんばかりなのだ。
数度の地球の危機の時も、まだ子供といっていいほどの年だった彼女たちは、ただその成り行きを見つめていただけだった。
そして今は訓練の反省会の途中だ。訓練では、彼女達の経験不足がみごとに露見し、医療活動についても様々な問題が生じた。そこで生活班長の雪はさっそく、女子クルーを集めて反省会を開くことにした。
ところが始めて間もなく、雪が第一艦橋に呼ばれて席をはずすと、こんな雑談が始まったのだ。
長官から、今回のヤマトの旅には女子乗組員も乗せる、と伝えられた艦長古代進は、最初各班にそれなりの女性クルーが配属になるのかと思ったが、そうではなかった。すべて、非戦闘員の看護師たちだった。女性の訓練生も数は少ないがいると聞いていたのだが、宇宙戦士訓練学校へ行っても女性の繰り上げ卒業生はいなかった。
それでも、今まで雪が一手にひきうけていた業務を10数人で手分けして行えることになる。個人的な感情を抜きにしても、今まで雪はハードワーク過ぎると思っていた進にとって、それもよいことだろうと思い、ヤマトへの乗艦を了承した。
しかし、彼女達にとっては、ヤマトはまだまだ未知の世界のようだった。
「でも…… ヤマトって宇宙『戦艦』なんだから、やっぱり戦闘を意識してるんだと思うわ」
ぼやきばかりが聞こえていた雑談に、一人が前向きな答えをだした。京塚ミヤ子だ。佐渡付きの看護師として、女子クルーの中では年長の方で看護師経験もそれなりにある。雪を除くとリーダー格の女性だった。
「私も、そう思います。少し恐いけど……大切な使命を持って発進したヤマトですもの。私たちも頑張らないと」
ミヤ子に同意したのは、今度は逆に一番若い看護学校を卒業したての岡島若菜だった。看護学校を卒業したばかりの実務経験のない女子クルーも数名いた、というより今回のクルーのほぼ半数を占めている。若菜も、その中の一人だった。
若菜は、身長150cmあまりの小柄な体だ。しかし、その体に似合わないほどのくりくりとした大きな瞳は、きらきらと若い光に満ちていた。
看護学校を特別に数ヶ月早く卒業した彼女達は、今18歳。若菜は童顔のタチで、見た感じでは14、5歳にも見える。しかし、ヤマトに乗ることの覚悟の程は、他の女性たちよりはありそうだ。
「若菜は、ヤマトファンだったもんね? ヤマトに乗れるって大喜びしてたのよねぇ」
同期の一人が若菜を茶化す。若菜は恥ずかしそうに笑った。若菜は、ヤマトの活躍をよく知っていた。
ガミラスや白色彗星、暗黒星団帝国などとの戦いについては、マスコミの脚色を入れて様々な報道がされており、世間一般に広く知れていた。
しかし、軍事秘密と言うこともあって、戦艦の艦内やクルーの個人情報などは秘匿され、艦長代理として活躍する古代進と数名のメインクルーの名前などを知るに過ぎなかった。
若菜はその中でも、森雪という女性クルーがおり、第一戦で活躍していることを知るや、すぐに憧れた。看護師学校に入ったのも、雪が元看護師だったということがきっかけだった。
その雪が乗るヤマトに自分も乗艦するチャンスが来たと知ったときは、飛びあがって喜んだものだった。
「でも、もうちょっと頑張って見ようかな、若菜に負けてられないもんね」
別のクルーが微笑んだ。ミヤ子と若菜の一言が、沈滞しかけた女子クルー達の気持ちを少し高揚させる事になった。
「それに、班長ってかっこいいわよねぇ…… 女だてらにずっとこのヤマトで戦ってきた戦士なんでしょう? 第一艦橋がメインの職場だし……」
一人が憧れるように、手を重ねて話すと、皆が大きく頷く。雪は女子クルーたちから見ても憧れの的だ。
「でも、私たちじゃああそこまではとてもとても……」
反面、これも彼女達の本音だった。憧れるけれどあの人ほどスーパーレディにはなれそうにない。それが彼女達の正直な気持ちなのだ。
(2)
「でもさぁ、かっこいいって言えば、ヤマトのクルーの人たちってかっこいい人たくさんいるわよね」
雪がまだ帰ってこないのをいいことに、今度はヤマト艦内の男性陣の噂話を始めた。
「そうそう!! 一番はやっぱり、艦長? 古代進さんて言えば有名人だし、なんてったって、あの若さで艦長よ。出世頭だもんね? もちろん、独身だし…… ヤマトに乗って初めて近くで見たけどなかなかハンサムだしぃ」
ひとりがうっとりするような顔で話すと、別のひとりが反論した。
「かっこいいけど…… でもぉ、あのすごい訓練を命令した人よぉ! ちょっと人使い荒いんじゃない?」
確かにそうだ、と皆が頷く。はぁ〜とため息も聞こえる。「厳しそうだもんね」
「そ・れ・にっ! 致命的なのは、生活班長のフィアンセだってこと!」
中央病院勤務経験のある情報通の一人が、物知り顔で指を一本立てて頷きながら言う。その顔に、ほぼ全員の視線が集まった。
艦長の古代進と生活班長の森雪が婚約者同士だということは、ヤマトの旧来の乗組員や防衛軍の司令部に勤める者なら誰もが知っていることだ。だが、彼女達のほとんどは、ヤマトどころか防衛軍内で働いた経験もない。知らない者も多いのだ。だが、こういう噂は不思議と早々に皆の耳に入るようになっている。
「ええっ! そうなの!?」
「えっ? みんな知らなかったの? 防衛軍内じゃあ結構有名な話よ。まだ、結婚しない方が不思議なくらいだって聞いたわ。それにっ! あの二人一緒に暮らしてたらしいわよ」
こういう話になると女性というのは乗ってくる。ゴシップ好きの数人が身を乗り出して話し始めた。
「きゃぁ〜!! そうなんだぁ…… ってことはぁ、ヤマトの中でもらっぶらぶぅ?」
「きっとそうよ…… どこまでもあなたについていくわ……とかぁ、きゃぁっ!」
「だけど、艦長と班長って人前ではすごく他人行儀だったわ。やっぱり意識して避けてるのかしら?」
「でも、オフの時間帯なら? 艦長室で……うふふ、なあんてねぇ」
意味深に言葉に空白を置く看護師の一人に、皆も想像力を豊かにして笑う。
「きゃぁ、や〜だぁっ!」
「ああんっ! いいわねぇ……うらやましい! 班長ったらぁ。ということはぁ、艦長は論外!ってことね。雪さんが相手じゃ、太刀打ちしようなんてどだい無理だもの」
雪のお相手だと知ると、女子クルー達のターゲットから進はあっさりと切り捨てられ、他のクルー達の噂に移った。
「言えてるぅ! じゃあ、副長の島さんは?」 「素敵! 知的そうだし……落ちついてる感じするし……」
「知的と言えばもうひとりの副長の……真田さんは?」 「年上の魅力!!って感じぃ? 結構かわいがってくれるかもっ」
「あとねぇ…… コスモタイガーの加藤さん!!」 「うーん、いいわぁ!! きりっとしてて硬派って感じだもの!」
「それからね、南部さん」 「うわぁ、玉の輿っ! それにやさしそうよね」
「相原さん……」 「かわいい……」
「揚羽君……」 「新人じゃあ、一番の有望株よねぇ。彼もお坊ちゃまだって言うし」
「じゃあ、土門君もかわいいわよっ」 「生活班のマスコット!!」
エンドレスに騒ぎ始める同僚たちを眺めながら、若菜は黙って微笑んでいた。みんながいろいろなメンバーを引き合いに出しては、大騒ぎしているのに、若菜だけはカヤの外といった感じで静観している。年頃の娘なのに……と、ちょっと不思議に思ったミヤ子が尋ねた。
「岡島さんはいないの? 気に入った人は?」
「えっ、ああ……あの…… 私……」
突然振られた質問に、ドギマギしながら答えられない若菜に皆が笑う。
「若菜はまだまだネンネなのよねぇ。童顔そのままの精神年齢なんだからっ! 初恋だってまだなんじゃなあい? 看護学校の時だって好きな男の子の話、聞いた事ないもん」
「そんなこと言ったって……」
笑う同僚たちに対して、若菜は赤くなった。
(好きな人かぁ…… 今まで、ちょっといいなぁって思った人は何人かいたけど、恋するってほどまでもいかなかったかも。これが初恋だっていうのはまだ……かなぁ)
「ヤマトには若い人がたくさんいるし、素敵な人が見つかるといいわね」
ミヤ子は、優しく微笑みながら、若菜を励ました。その時、雪が戻ってきて反省会が再開し、彼女達の雑談はそれで終わった。
(3)
反省会の後、彼女達はそれぞれの仕事に戻った。若菜は、雪に頼まれ、生活班長の執務室で雪の手伝いをしていた。デスクに座って何か書き物をしていた雪が、書類の整理をしている若菜に声をかけた。
「岡島さん、申し訳ないけど、これを機関長のところに届けてくれないかしら? 機関室のメンバーの健康チェックでわからないところがあったの。機関長からみんなに確認してくださいって」
突然、雪に名前を呼ばれて若菜は緊張した。
「はい…… あ、あの……でも、機関長はどちらに?」
「ああ、そうねぇ? 機関室にいらっしゃるんじゃないかしら。機関室はわかるわね? 艦内の説明は受けたでしょう?」
「は、はい…… では、行ってきます」
「よろしくっ!」
部屋を出ていった若菜の背を見ながら、雪はフッとため息をついた。
(大丈夫かしら? あの娘(こ)…… なんだか頼りない返事だったわ。まだ発進してすぐだから仕方がないのかもしれないけれど、さっきの反省会だって、みんなにまだまだ甘えが見られた。戦闘経験のない子たちばかりだからそんなものなのかもしれないけれど…… 私がヤマトに乗った頃はそんなんじゃなかった。今の若い子って……あらっ? こんなこと思うようになるなんて私も年を取ったのかしら、イヤだわっ)
雪としても、新しく配属になった看護師達の行く末が気になるのだった。久しぶりに乗艦した雪以外の女性クルーたちに、雪としてはおおいに期待したいのだが、前途は多難なような気がした。
一方若菜の方は、憧れの雪にニッコリ笑われて頼まれ、舞い上がってしまって慌てて「はい」と答えて部屋を出たが、廊下に立ってハタと考えた。実は機関室までどう行ったらよいかも、機関長がどんな人だったかにも確信がなかった。
発進する前のオリエンテーションでヤマトの艦内を説明された時も、まだ自分の置かれた状況というものが把握できていなかった。自分がそこのあちこちに行かなければならないなどと言うことさえ、考えてもいなかった。もちろん、各班長の名前と顔も、教えてはもらったが、まだ覚えきっていなかった。
(どうしよう…… とにかく、機関室って、艦尾の方だったはず…… 行ってみよう)
不安そうに歩くのは恥ずかしいと思いながらも、きょろきょろとしてしまう自分を叱咤しながら、若菜は歩いた。が、やはりよくわからない。誰かに聞こうかと思うが、誰にも出会わない。
やっと会ったと思ったら、厳しい顔をして書類とにらめっこしていたり、自動で動いている廊下をさらに走っている忙しそうなクルーだったりで聞くことも出来なかった。
(どうしよう…… やっぱり戻って、班長に聞きなおそうか…… でも、そんな事をしたら、呆れられるに決まっている。憧れの雪さんに嫌われたくない。どうしたらいいの!? 私って、どうしてこんなにドジなんだろう)
若菜は自分が情けなくて目に涙がたまってくるのがわかった。雪に預かった書類を抱きしめて廊下の隅でべそをかいてうずくまりそうになったその時、声がかかった。
(4)
「君、君? どうしたの? 具合でも悪いんじゃないのかい?」
はっとして顔をあげた若菜の前に立っていたのは、まんまるな顔をした徳川太助だった。
「あ……あの……」 どう答えていいかわからず、若菜はおろおろする。
「医務室に連れていってやろうか?」
太助が心配そうに若菜の顔をのぞきこんだ。
「いえ、違うんです…… あの……この書類を機関長に届けに来たんですけど、場所がわからなくなって…… す、すみません!! 勉強不足で……」
若菜は真っ赤になりながら、恥を承知で事の説明した。かぁっと顔が熱くなって来るのがよくわかった。
「なあんだぁ、そんなことか。じゃあ、僕が連れていってあげるよ。今から、機関室に行くところなんだ」
恥ずかしそうにうつむいてしまった若菜の悩みなど全然意に介してない、といった感じで、飄々と太助は答えた。その言葉に若菜は地獄に仏を見た思いで、太助の顔を見上げた。
「えっ!? 本当ですか?」
「うん! ヤマトの中って結構広いだろう? 迷うんだよなぁ、みんな……」
「みんな?」
「ああ、新人は結構やるんだ。それで右往左往して時間に遅れて上官にどやされてさぁ。あはは……僕も覚えがあるよ」
太助は、自分の方を指差すと面白そうに笑った。その笑顔に、若菜はなぜかとても救われたような気分になった。
斜め後ろを歩きながら、若菜は太助の様子を見た。『くまのプーさんみたい……』失礼だと思いながら、若菜は急にそんな事を思いついた。太助が若菜も好きなあの気のいいディズニーキャラクターのように思えたのだ。
「そうなんですか?」
「うん、だからそんなに深刻な顔しないって…… 君も今回初めて乗った人? 女の人って俺たちが乗艦してからは初めてだもんなぁ。あ、雪さんは別にしてね」
にこにこと話ながら歩く太助の言葉に、若菜はほっと一安心した。『新人は誰でもやるんだよ』太助のたったそれだけの言葉が、今の若菜には心に染み渡った。
「ところで、君、名前は?」
「あっ…… 岡島若菜です。生活班所属の看護師です。まだなったばかりなんですけど」
「若菜さんか…… 可愛い名前だなぁ。僕は、徳川太助、機関部の所属なんだ。あっ、さあ着いたよ」
(5)
若菜を連れて機関室に入った太助は、さっそく山崎を探したが、見当たらない。
「おい、みんな、機関長はどちらにおられるんだ?」
太助が機関室にいる仲間に大声で尋ねた。
「あっ、さっき、艦長から呼び出しがあって第一艦橋へ行かれましたよ。ほんの少し前なんですけどね、行き違いになったのかなぁ? しばらく帰ってこないと思うけど」
「あちゃあ、そっかぁ…… 若菜さん、ごめん、そういうことらしいんだ。第一艦橋の方に行ってみてくれるかい?」
仲間の説明に、太助が降り帰って若菜に話していると、後ろからちょっかいを出してくる者がいた。
「おいっ! 徳川っ!! かわい子ちゃん連れてお散歩かぁ?」
あははは……と、機関室内で笑いが広がる。太助は両手を左右に振って、慌てて否定した。
「ば、ばかなこと言うな! 彼女は、機関長に書類を届けに来たんだよ。俺は案内してきただけだって!」
「あ…… すみませんでした。あの、それじゃあ、第一艦橋の方へ……行ってみます」
若菜は、困っている太助の後ろから小声で言った。
「大丈夫? 行ける?」 太助がまた心配そうに尋ねた。
「えっ…… それは…… その……」
太助の危惧の通り、若菜はやはり第一艦橋への行き方も自信がなかった。言葉を濁らせて口篭もる若菜に、太助は手をポンと打って言った。
「ああっ、乗りかかった船だっ! おい、酒井! ちょっと彼女を第一艦橋まで送ってくるから後頼んだぞ」
「いいっすよぉ! 今はエンジンも順調だし、問題ないっすから…… ごゆっくりぃ」
「あっははは……」
機関室の中に再び笑い声が広がる。
「ばっばかっ! 下司の勘ぐりなんかよせやいっ! さ、行こう、若菜さん」
「は、はい……」
太助は若菜を促しながら、機関室を駆け出した。
(6)
「なんか、機関室の連中が、言いたい放題でごめんね。でも気の置けないやつらなんだ」
太助が両腕を頭の後ろに持っていってのんびりと歩きながら、若菜に詫びた。笑う姿はまさにくまのプーさんそっくりだ。
「そんなことないです…… はい、みなさんとっても仲が良さそうで和気あいあいって感じで……」
太助の隣に立って廊下を流れながら、若菜は微笑んだ。その若菜の笑顔を言葉が嬉しくて、太助はさらに話を続けた。
「うんっ! それはそうだよ。機関部って縁の下の力持ち的な仕事だから、目立たないけど、俺もみんなも、この仕事に誇りを持ってるんだ。エンジンが動かなかったら、戦闘だってワープだってできないんだからな。ヤマトの心臓部なんだよ、エンジンってのは!」
「はいっ!」
「あはは…… なんか演説しちゃったなぁ。ごめんごめん」
「いいえ、本当ですもの。私もそう思いますっ」
若菜に尊敬の眼差しで見つめられて、太助は頭をかきかき顔を赤くして照れた。若菜もそれにつられて一緒に笑った。楽しくて親しみやすい人……それが若菜の太助への第一印象だった。
そして、素直でかわいい娘(こ)だなぁ……というのが、太助の若菜への印象だった。
(7)
第一艦橋にエレベーターが到着すると、太助が前になって入っていった。
「おじゃまします……」
太助の声に、艦長の進以下のクルーたちが揃って振り返った。このメンバーに見つめられると、太助でさえビクッとなって緊張が走る。その後ろにいる若菜に至っては、すっかり萎縮してしまって太助の影に隠れるように立っていた。
「どうした? 徳川」
山崎が二人に最初に声をかけた。その言葉に安心したように、太助は山崎に近づいた。
「あ、機関長! この人が機関長に届け物があるって、機関室に来たんですが、機関長がいらっしゃらなかったんで、案内してここに……」
太助は後ろにいる若菜を押し出すように、緊張したまま答え、「ほ、ほらっ」と若菜を促した。山崎は太助の影からやっと押し出されるように姿を現した小さな娘に微笑んだ。
「ん? なんだろう?」
「あ……はい……、あの生活班長からこれを機関長に渡して欲しいと…… 健康チェックでわからないところがあるそうです。当人に確認して提出して欲しいと……」
若菜はおずおずとその書類を山崎に差し出した。山崎は、柔和な笑顔を浮かべたまま、その書類を受けとった。
「ありがとう、「わかりました」と生活班長に伝えてください」
その山崎の笑顔にホッとして若菜は元気に返事した。
「はいっ!!」
その声は、若菜の体に似合わずとても大きな声で、第一艦橋に響き渡った。艦橋内のクルーたちもあははと軽く笑い、南部が声をかけた。
「元気な人だね? 君、確か……岡島さんだったよね?」
なぜか南部は若菜の名前を知っていた。
「えっ!? あ、は、はいっ! 岡島若菜……と申します!!」
「若菜ちゃんか、かわいい名前だね。僕は南部康雄、よろしくねっ!」
「おいっ、南部、すぐに自分を売りこむなよっ」
島が笑って南部を茶化した。それに対して南部はへへへと笑った。なんとなくいい雰囲気の第一艦橋に、若菜はうれしくなった。
(これが憧れのヤマトの第一艦橋…… 艦長をはじめとしてみなさんが指揮を取られている……)
そんなことを考えながら、若菜はしばらくボーっと立っていた。その姿に太助が気付いて、横から突っついた。
「おいっ、岡島さんっ! 行こう……」
「あっ! は、はい…… あ、すみません…… 私ぼーっとしちゃって……」
「俺に見惚れちゃったかなぁ?」
南部がウインクすると、若菜は真っ赤になって「ちがいます……」と否定した。あっさり否定された南部は、しかたないな、といった感じで両手をあげると、また他の皆から笑い声が漏れた。
「さあさあ、かわいいお嬢さんをからかうのは終りにして…… 太助、ちゃんと生活班の区域まで送り届けろよ」
山崎が二人を促した。
「は、はいっ!! 間違いなく、送り届けます!」
太助は、立ちなおして敬礼すると、くるっと振り返って若菜を押し出すように、第一艦橋を出ていった。
(8)
その様子を黙って見ていた進がぽつっとつぶやいた。
「かわいいな……」
その言葉に、皆がえっ?となって進を見た。進が雪以外の女性に向って、そんな言葉を発するのを聞いた事がなかったからだ。
「おいおい、聞き捨てならない言葉だな。雪がいなくてよかったぞ」
島が苦笑しながら、進に向ってその言葉をとがめた。それに対して、進はフッと相好を崩して笑った。
「あはは…… 違うよ、そういう意味じゃなくて。本当にかわいいって言ういうか、幼いって言うか、そういう意味でね。岡島若菜、連邦中央病院附属看護学校を特別に10月度で卒業、成績優秀、希望診療科は外科……18歳」
「やっぱり詳しいじゃないですか? 艦長、あやしいなぁ」
南部がまたからかうように話すが、進の顔はさらに真面目になった。
「違うんだ。艦長として、全ヤマトクルーのデータは新しく乗艦した者を含めて、全て頭に入ってる。だから、別に彼女だけの情報を知ってるわけじゃないんだ。
俺が言いたいのはだな…… 確かに、彼女は将来は優秀な看護師になれるかもしれない。だが、徳川の後ろに隠れるようにしていたあの態度は、とても看護学校を優秀な成績で卒業したようには見えないと思わないか?
いや、彼女だけじゃない。彼女を含めて今回乗艦した女性クルー達みんなに言えるんだが、どうも戦艦に乗っているという緊張感や切迫感というのを感じないんだ。本当に、これから大丈夫なんだろうかって心配になって……」
進のその言葉に、周りの者達も少し考えるような表情をした。しばらくして、真田が口を開き、昔の進たちを思い出すようにこう言った。
「だが古代、お前達だって初めて乗った時は、18歳の若造だったんじゃないか。18歳って言えばあんなもんなんじゃないのか?」
「わかってます。俺たちも半人前でした…… でも、覚悟は全然違っていたと思いませんか? ガミラスを倒してイスカンダルまで行きつくんだって言う気概があったと思うんです。
だが、あの新人達には、そんな緊迫感が感じられない。ヤマトの今回の航海は、表向きは太陽系周辺のパトロールです。戦闘など巻き込まれる事など彼女達は全く考えてないんじゃないでしょうか。しかし、現実は違う。現に所属不明の戦艦が地球にまで来ていた……
宇宙戦士訓練学校から来た連中は、頼りないまでもそれなりに覚悟ができてるようには思えるんですが……」
「女性達は……それができていない、とでも?」 島が進の止めた言葉の続きを言った。「だが、雪もそうだったじゃないか。宇宙戦士訓練学校から来たわけじゃなかった」
「雪は…… 俺が言うのはなんなんだが、最初から俺たちよりもさらにしっかりとした自覚があったように思うんだ。いや、あの時は女子クルーたちだってみんなある程度は……」
「確かに……」
南部が言うと、相原が頷いた。そして他のメンバーも同じように頷く。思えばイスカンダルへの旅を始めた頃、第一艦橋の18歳の中で最も落ちついていたのは、雪だったかもしれない。
「確かにあの時の雪たちほどのレベルを要求するのは無理かもしれないが…… しかし、ヤマトはもう発進したんだ。その辺にほっぽって置くことなんかできないし、彼女達だっておいおい自覚も出てくるんさ」
島の言葉に進も仕方なく頷く。
「そうなんだ、そう願うしかないんだ……がな」
(それまで雪は苦労するだろうな。それに彼女達がそれなりの覚悟と自覚をする前に、あまりひどい戦いに巻き込まれないといいんだが…… 何か悪い予感がする。長官は、どういう意図で彼女達を乗せたのか? もしかしたら……俺の予想が正しければ……)
進は心の中で微かな不安を覚えていた。
(9)
同じ頃、第一艦橋を出た太助と若菜は、一安心して居住区へのエレベータの中にいた。
「本当にありがとうございました」
深々と頭を下げる若菜に、太助は照れ笑いをする。
「い、いやぁ、別に……暇だったからいいんだよ」
「でも……徳川さんが声をかけてくださらなかったら、私…… 本当に助かりました」
若菜に深く感謝されて太助は、はははと笑った。そして二人は、ニッコリと微笑みあった。太助は、自分を見つめるその大きな瞳に、心臓が必要以上にドキドキとしているのを感じた。
(なんなんだ……この気持ち…… もしかして……)
そして若菜も、太助に対してなにかしら温かな気持ちがあふれてくるのを感じていた。
エレベータが止まるまでのほんの数十秒ではあったが、二人はこの時初めて互いを異性として意識したのだった。
エレベータを降りて、若菜が記憶にあるエリアに着いたその時、艦内に警報が鳴ると同時に、艦長古代進の声がスピーカーを通して響いた。
『未確認戦艦を発見、総員戦闘配備に入れ! 繰り返す! 所属不明の戦艦を発見、総員戦闘配備!!』
二人はその放送にビクッとした。
「すぐに機関室に戻らないと…… 後は大丈夫だね?」
その放送にすぐに反応した太助は、さっきまで丸くなっていた眉もきっとなり厳しい顔になった。それはまぎれもなく宇宙戦士の顔だった。
しかし、夜中のミサイル接近の時に次いで再び聞く警報サイレンに、若菜は自分の身がすくむ思いだった。ヤマトは戦艦なのだ、と自覚しているはずなのに、このサイレンを聞くと、とてつもない恐怖を感じてしまう。
「こ、恐い……」
「大丈夫だよ、所属不明の戦艦って言うだけで攻撃してきたわけじゃない! さあ、早く戻って…… じゃあ、気をつけてっ!!」
震え出しそうな若菜の様子を心配しながらも、太助はこのままここにいるわけにはいかなかった。若菜の肩を掴んで強く励ますと、機関室に向って駆けていった。
残された若菜は、自分をなんとか叱咤激励しながら、やっとのことで自らの部署に戻った。
この未知の戦艦はラジェンドラ号だった。この艦にかかわったことから、ヤマトはガルマン帝国のタゴン艦隊との戦闘に入った。さらにそのうちの一艦がヤマトに激突、居住区を中心とした白兵戦が展開され、日頃は戦闘と縁のないはずの生活班員が戦う事態となった。そして、生活班チーフの平田を始め、数名の尊い命を失ったのだ。
幸い、女子クルーには怪我人はなかったものの、精神的なショックは計り知れないものがあった。突然に訪れた身近な人たちの死や、目の前に現れた敵兵達、そしてその死骸。その凄惨な様子に、彼女達は初めて戦いというものの現実を、そして、戦艦の本来の姿を目の当たりにすることになったのだった。
進が危惧していた事が現実のものとなった。女子クルーの中に不安の芽が生まれた事は否めなかった。
若菜もその一人だった。自分がしていた覚悟とはなんだったのか…… あの戦闘を見て感じた事は、ただ『恐怖』しかなかった。
けれど、自分はもう乗ってしまったのだ。戻る事は出来ない。再び自分を励まし、そして、あの太助のやさしげな笑顔を頼りに、これを克服しなければと自分自身に言い聞かせるのだった。