それでも君は僕のそばにいた……

22世紀の地球が、ガミラスの攻撃もなく平穏におわり、23世紀を迎えようとしているミレニアムの年、2200年。その年大学に入学した古代進と島大介は、美しい娘、森雪と出会う……
宇宙戦艦ヤマトがない、この平和なパラレルワールドでも、進と雪は出会いそして結ばれるのか……?
『古代君と雪のページ』が送る究極のパラレルワールドをお楽しみ下さい。

 「さあ、今年の連邦大学クイーンは…… 3番、医学部1回生、森雪さんです!!」

 2200年の春5月、地球連邦大学東京校では、春の新入生歓迎を兼ねた学園祭の真っ最中だった。ここメインステージでは、学生全員の投票による今年の大学クイーンを選ぶ大会が行われていた。地球上の最高の頭脳が集まると言う地球連邦大学だが、才色兼備の女性と言うのは、いつの世にもいるようで、毎年目を見張るような美女が選ばれるのだった。

 今年は、その中でも出色の美人と誉れの高い今年入学したばかりの女性が選ばれた。自薦他薦を問わない大会だが、彼女の場合、他薦があちこちから舞い込んだと言う新しい伝説も生まれた。だから今年の大会は、彼女の優勝は最初から目に見えていた。そして、彼女の在学中は、おそらく他の女性にクイーンの座を譲る事はないだろうというのも、大方の見解だった。
 その上、この森雪という女性は、入学式では総代を務めた。つまり、トップ入学を果たしていたということなのだ。

 少し恥らいながらステージに上がる森雪の姿は、舞台を見つめるすべての男子学生の注目を集めていた。
 そしてここにも、届かぬ高嶺の花とは思いつつも見つめる二人の視線があった。

 「おい、古代!すげえ美人だなぁ…… あんな人と一回でもデートしてみたいもんだなぁ」

 二人の男子学生の内、髪の毛の短くカットされたいかにも秀才そうな方がもう一人に声をかけた。

 「う、うん…… けど、どう考えたって相手にされそうもないよ、島」

 答えるもう一人の男子学生は、肩に届くくらいのセミロングのぼさぼさの髪に、黒縁の伊達メガネをかけている。名前は古代進、ここの理学部の一回生だ。『島』と呼ばれた学生は、島大介、同じく理学部の一回生。二人は、高校の同級生で、秀才でそつがなく、高校では生徒会長まで務めた島と、頭はいいがなぜか無口で、自分の好きなことができればそれでいいという無頓着な古代。あまり接点はなさそうなのだが、なぜか二人は親友同士だった。

 「なんだ、戦闘に参加する前に降参かい? お前は」

 「戦闘……だなんてやめてくれ。俺は人と争うのは大嫌いなんだ。俺は、俺の好きな事をしていられたらそれでいいんだ」

 「ちぇ! 暗いなぁ、お前は…… これでも俺達だって、理学部のトップ入学を争った『優秀な』学生だぜ。結局、トップはお前に取られて残念だったがなぁ」

 「別に取りたくてとったわけじゃないから……」

 進は、どうでもいいというようにつぶやいた。
 でも…… なぜかいつもと違って妙にあの女性が気になる。一目惚れ? まさか…… なんとなく以前に会ったことがあるような気がする。舞台の上の森雪の姿をじっと見つめる進の心の中に、何か今までと違った心の変化が起きていた。

 「ふん、そういいながらも、進君! 君はさっきからあの女性に釘付けではないかなぁ?」

 今考えていたことを島につかれて、進は慌てて否定した。

 「ば……ばか言うなよ! だから高嶺の花だって言ってるじゃないか……」

 だかその顔が真っ赤になったことを島が見逃すはずがなかった。

 「へええ…… 花には興味があっても女の子にはてんで興味のなさそうだった古代君がねぇ…… 一目惚れかなぁ? けど、初恋にしてはちょっとレベル高すぎるぜ。それに、俺もライバルだからな!」

 「だから、違うって……」

 焦れば焦るほど進の顔は赤くなり、島はそれを見て笑うのだった。

 舞台では、今年のクイーンとのデートの権利を巡っての応募券販売の説明がされていた。

 「では、今年も恒例の『クイーンとデートをしよう!』だぁ!! これは、当大学の学生だけに与えられる特権だ。といっても全員のお相手はできるはずはなーい。幸運な君はたった一人! けれども、応募しなけりゃ当たらない! 当選の暁には、有名レストランでのディナー券付きで、クイーンが1日君とデートしてくれる!!
 さあ! 一人1回限り、学生証を提示の上、応募券を購入しよう! 応募券は、一枚50ユニオンドル!(union dollar 23世紀の全世界共通通貨、21世紀現在の日本円に換算すると1ユニオンドルが10円程度(作者注))安いもんだろう! これで、君がこの美女とのデートができるかもしれないのだ!
 君達が応募したこの券の代金が今年のクイーンの賞金となるのだ! 応募が多ければ多いほどクイーンの賞金も多くなるという仕掛け! 当大学の生徒総数は、約5000人、その内男子学生が3000人強! 男子学生のほぼ全員の応募があったら、約15万ユニオンドルになるはず! 今までのクイーンの最高額は、4年前のクイーンの12万ユニオンドルが最高だが、さて今年はどれくらいになるか、お楽しみに!!
 当選者発表は、あさっての学祭終了パーティーの席上で発表だぁ! 振るって応募まってるよ!」

 「よし! 古代! あれ買いに行こう!」 島は乗り気で前に進む。

 「そんな…… 何千人もいるのに、無理だよ」

 「言ってただろ? 応募しなけりゃ当たらない!だ」

 島に引っ張られて進も舞台前までやってきた。島に続いて進の番がきた。進はふっと舞台の上を見上げると、森雪が自分のほうを見て微笑んだような気がして、慌てて下を向くと50ユニオンドルを受け付けに差し出した。

 「はい、古代進さん。理学部1回生……と、あったあった。はい、じゃあ応募券をどうぞ」

 応募券の番号は、「596番」、それを覗き込んで島が笑った。

 「ははは……『ご苦労』! だってさぁ! こりゃあたりそうもないなっ!」

 「ちぇっ!」

 翌日、進と島は特に何するでもなく学祭の余興や模擬店を冷やかして歩いていた。今日は進がいつもに増して黙りこくっている。余興を見てもボーっとしているし、模擬店で買った食べ物をすぐにポタッと落としては、慌てている。

 「古代、どうしたんだ? さっきからボーっとして…… 変だぞ?」

 「そ、そうか…… 別に……」

 実は、進は昨日見た森雪の姿が忘れられなかったのだった。あの後、何を見ても集中できないし、家に帰ってからも彼女の顔が浮かんでくる。寝たら寝たで夢に出てくる。そんな風だった。

 (俺、どうしたんだろう…… 本当に一目惚れしたのかなぁ…… 彼女の顔が目の前に散らついて仕方がないんだ……)

 「うーん、やっぱり変だ。それってお前、恋煩いじゃないのか?」

 「えっ?」

 島の指摘に思わずカッと紅潮してしまう進の姿に島も苦笑するしかなかった。

 「お前…… わかりやすいヤツだなぁ。やっぱりそうか。けど、昨日も言ったけどレベル高いぞ! ま、初恋って言うのは淡くも消えるってのが相場だから、いいんじゃないか? よかったじゃないか、古代。お前にも春が来て、ははは……」

 島になんと言われても言い訳のしようのない進だった。その時、進たちの目の前にある校舎脇の花壇で数人の男子学生がたむろしていた。そこには、小さな花々が美しく植えられてあったが、彼らが立ち入ったことで花々が踏まれ倒れていた。

 「おい! やめろよ!!」

 突然、進は顔色を変えてその花壇の上の男子学生達のところに駆け寄ると、彼らを押して花壇から追い出した。一瞬のことに、島はあっけにとられて見つめていた。

 「花壇の花がめちゃくちゃじゃないか!! なんて事をするんだ! かわいそうだろ!」

 進の形相に一瞬びっくりしていた学生達だったが、いきなり突き飛ばされて怒り出してしまった。

 「何するんだよ! なんだよ、ちょっと花が折れたくらいで!」

 怒鳴る学生達を無視して、進は座り込むと倒れた花々を一つ一つ丁寧に起して植えなおし始めた。

 「おい! こら!! 俺達を突き飛ばしておいて! なんとか言えよ!」

 学生の一人が座っている進を小突いた。

 「やめろ、君達も手伝え! 花をちゃんと元通りにするんだ」

 「なにおー!! この野郎! 俺達よりも花のほうが大事だって言うのか!!」

 そう言うが早いか、学生達はよってたかって進を蹴り始めた。また、一人は進の胸座をつかむと立ち上がらせて、今度はこぶしで殴った。

 「おい! やめろ! 俺が相手になってやる!!」

 島が溜まらなくなって声をかけたが、進がすぐに制止した。

 「島!! やめろよ。殴りたいなら殴らせてやる……」

 「古代……」

 進は島を止めると、学生たちに向かってこう言った。

 「いいよ、殴りたいなら殴っても…… けど、これからは花壇は壊さないと誓ってくれ」

 進の冷静な態度にさらに逆上した学生達は、進を自分たちの真中にひっぱりだすと、また殴る蹴るを繰り返した。それでも進は黙ったまま、殴られている。回りには人だかりができ始めた。その時、

 「やめなさいよ! 大勢で抵抗もしない人に!」

 女性の声が大きく響いた。殴っていた学生も進も、そこにいた全ての学生がその声の方を向いた。声の主は、昨日のヒロイン、森雪だった。雪は、殴ってる学生に向かってすごい顔でにらんだ。

 「あなた達、どういうつもり? よってたかって一人の人を殴ったりして。警察沙汰にしたくなかったらさっさと行きなさい!」

 睨み付けながら話す雪の美しい声は進の胸に響いた。

 「へぇ…… 気も強いんですねえ。今年のクイーン様は」

 学生の一人がニヤッと笑って雪に近づいた。手を伸ばして雪の顔を触ろうとしたその瞬間、彼の体は宙に浮いていた。雪は、その男の腕を取ると、くるっと一回転させて仰向けに倒してしまったのだった。合気道のようなあざやかな技だった。
 周りから、『おお!』とため息のような声が漏れる。ひっくり返った男を含め、進を殴っていた学生たちは、雪のそのあざやかな投げに一瞬あっけに取られたが、今度は複数で囲みそうになった。さすがに進も慌てて止めようとした時、

 「す、すみません! 今度から気をつけますー!」

 学生達は急にそう叫ぶと恥ずかしそうに散り散りに消えて行った。その原因は…… 雪の後ろには、頭一つ高い体格のいい男が一人立っていた。

 「なんだよ、あいつら、こんなべっぴんさんを相手に喧嘩売るつもりだったのかよ。とんでもねーやつらだなあ」

 雪はその声に後ろを振り返った。

 「ありがとう…… あなたのおかげでみんな逃げていったわ」

 ニッコリ笑って礼を言う雪に、その男はニカッと笑った。

 「礼なんかいらねえよ。女に喧嘩を売るような男が嫌えなだけさ。またな、べっぴんさん! 明日のデート券、俺様も買ってるからよぉ! 楽しみにしてるぜ」

 そう言うと、その男は名前も告げずに立ち去っていった。周りを囲んでいた野次馬達も喧嘩が終わったので、囲みを解いて数人が残るだけとなった。見ているだけで手を出さなかった自分たちが恥ずかしくなったのだろう。

 「古代! 大丈夫か?」

 島が進に駆け寄った。雪も続いて進に近づく。

 「大丈夫ですか? あーあぁ…… あちこち怪我してるわ」

 「だ、だいじょうぶです…… すみません……」

 昨日から夢にまで見た雪が目の前にいる、という事実に進は舞い上がってしまった。しかし、殴られっぱなしの情けない姿を助けられるとは…… 進は、すぐに舞い上がった自分の気持ちが沈んでいくのがわかった。

 「いくら花がかわいそうだからって言っても、あんな無茶したらだめじゃない。抵抗もできないのに……」

 雪が心配そうに進に声をかける。

 「抵抗? 僕は喧嘩は嫌いだから…… そんなつもりは最初からなかった」

 「え? じゃあなぜあんなところに飛びこんでいったの?」

 「花がいじめられてるのを見るのは耐えられなかった……」

 「まあ……」 進の答えに雪はあきれてしまった。

 (変わった人…… 花の為に自分のことを考えずに飛び掛って行って、負けるのわかってて殴られるままになってるだなんて……)

 「すみません…… 森さん、こいつこういうヤツなんです。植物や昆虫が大好きで…… そのことになると見境なくって…… それに、こいつ本気を出したらあんなヤツらに負ける事なんかないんですよ。こいつ柔道3段で、高校時代は関東大会で優勝したこともあるんだから」

 「まあ……」 島の説明に雪はまたあきれてしまった。

 「島、よけいなこと言わなくてもいいよ」 進はバツが悪くて頭をかいた。

 「とにかく、怪我の手当てしましょ。私の所属する研究室に一緒に来てちょうだい。ちょっとした治療器具も揃ってるし」

 「い、いいです。これ以上、ご迷惑をかけるわけには……」

 慌てて断わる進の姿に、雪はクスッと笑うと、答えた。

 「もう、すっかりかかわっちゃったから、最後まで面倒みるわよ。さあ、島君?でしたっけ? あなたも一緒に連れて来てあげて、あ、そう言えばお名前伺ってなかったわね」

 「あ、古代進です…… すみません」

 「古代君ね、よろしく、私は……」

 「森雪さん……」 思わず進が答えてしまったので、雪は驚いた。

 「あら? ご存知だったの?」

 「あ…… あの…… 昨日の舞台……」

 「ああ、見てたの? うふふふ…… 恥ずかしいわ。じゃあ、行きましょう。あ、これメガネね。コンタクトにすればいいのに、素顔の方がかっこいいわよ、あなた」

 雪は進にさっき殴られて飛ばされた眼鏡を渡しながら言った。進は黙ったまま受け取ったが、島がまた横から進に言わせれば『余計なこと』を言った。

 「それ伊達メガネなんですよ。こいつ、視力はばっちり1.5以上!」

 「まあ! どうして?」

 「……なんとなく」

 そう答えると、赤くなって慌ててメガネをかける進を見ながら島はクククと笑った。

 「こいつね、女の子にもてたくないもんだから…… こいつ、メガネ取ったらそれなりにいい男だろ?でも、ヤなんだってさ、女の子に構われるのが」

 「え!?」

 「わずらわしいんだってさ」

 「お、おい! 島!!」

 「そう……なの? じゃあ、私が来たのもわずらわしかったわけなのね」

 島の説明に雪がプンとそっぽを向いたので、進は慌てて言い訳を考えたが、すぐには浮かんでこない。

 「あ……いや、違うんだ。なんていうか……」

 「でも、人並みに女には興味あるみたいだから、森さんみたいな人なら特別じゃないですか?」

 島が冗談めかして説明するので、雪もプーッと吹き出した。

 「まあいいわ、とにかく、怪我の手当てだけはしますから、いらして」

 雪が先に歩くのを、進と島は並んでついて行った。雪に聞こえないように進は島に耳打ちした。

 「島! どういうつもりなんだよ。好きなこといいだけ言いやがって!」

 「なに言ってる。お前の為にフォローしてやってるだけだろう? 恋のライバルのお前に対してなんてやさしいんだろうなぁ、俺って……」

 「ちぇっ、よく言うよ」

 「けど、お前のおかげで学祭クイーンとお知り合いになれたんだから、感謝しなくちゃな。これからが勝負だぞ、古代」

 校舎に入ろうとしたところで、進は声をかけられた。

 「よお、進君じゃないか? どうしたんだい? その怪我?」

 「あ、真田さん!」 進は声をかけた人物に向かって答えた。

 「真田さん?」 雪は足を止めて真田のほうを見た。「真田教授……! こ、こんにちは」

 工学部機械工学科の真田志郎教授。まだ30歳に満たない彼の名は世界中に知られていた。15歳で大学入学、20歳で大学院も卒業し、25歳で助教授、そして昨年30を前にして教授職についた天才科学者だった。彼は既に様々な機械やロボットを開発している。
 多くの企業から、専用の研究所を建てるから来て欲しいと破格の待遇での勧誘を受けるが、自分の作りたくないものを作るのは嫌だと、すべて断わっているらしい。
 今は、光のスピードを遥かに越える超高速移動ができる宇宙船のエンジンの開発を密かに行っているという噂もある。

 「ああ、君は確か……今年の総代君だね。ほう、進君はもうこんな才色兼備のGFを見つけたんだな」

 雪はGFと言われて恥ずかしそうに微笑んで軽く会釈した。

 「違いますよ。ちょっと助けてもらっただけで……」

 進が赤くなって訂正する。進と真田が親しそうに話を始めたので、雪は島を後ろに引っ張って尋ねた。

 「どうして、あの真田教授が古代君を知ってるの? 授業もまだろくに始まってないのに……」

 「真田教授はたしか古代の兄貴の親友だったと思ったな。一度、古代の家で会ったことがあるから。あの人だよ。真田って言ってたし。すごい教授なんだろ? あんなに若いのに」

 「そうよ、この大学の有名人なんだから。へぇ…… 古代君、お兄さんがいるんだ。いいなぁ。私は一人っ子だから兄弟ってあこがれるわ」

 「ちなみに俺にも年の離れた弟がいるんだけど……」

 「まあ、そうなんだ。いくつの?」

 「まだ、小学校に上がったばかりの7歳だよ。ちょうど古代と逆の立場だな、俺は」

 「だからあなた達って、島君がお兄さんみたいに見えるのね」

 「あははは…… あいつは純粋過ぎるくらい純粋だから。世俗離れしてるとこあるんだ。それがまたいいとこだけどな。下世話な俺としてはいろいろと大変なのさ」

 「うふふふ…… わかるわぁ……なんとなく。島君ってとてもやさしいのね」

 進と真田の会話が途切れたようなので、雪が二人の間に割って入った。

 「さあ、早く行って傷の手当てしましょう。真田教授、私も教養で教授の授業を受講する予定なんです。よろしくお願いします」

 「そうか、それは楽しみだな。面白い話を聞かせてやろう。ただし、私の授業は単位を取るのはむずかしいぞ」

 「はい! がんばります!!」

 雪が真田をまるで憧れの人にでもあったような熱い視線で見送った。その視線を進は寂しげに見ていた。雪は真田を見送るとくるっと振り返ると、進の腕をつかんでうながした。

 「さ、行きましょう。ね、古代君? 真田教授ってすごいわね。それに、あなたのお兄さんのお友達なんですって? お兄さんって何をされてるの? やっぱり、どこかの大学の教授?」

 「えっ? 兄さんは、自衛隊にいるよ。今は出向して地球連邦宇宙警備隊で、宇宙巡洋艦に乗ってる」

 「へぇぇ…… すごいのね!」

 雪がうれしそうに話すのを見て、進は『またか…… やっぱり、女の子って同じ反応するんだな』と落胆していた。その後決まって、『お兄さんに会ってみたいワ』と始まるのだ。

 「そう…… だな……」

 進の兄、古代守は、優秀な宇宙パイロットだった。日本の自衛隊のトップパイロットとして、今は連邦宇宙警備隊のエリート集団と言われる太陽系パトロール艦隊で、その若さで宇宙巡洋艦の艦長に就任していた。両親の自慢の種であり、進にとっても憧れの兄であるとともに、コンプレックスの対象でもあった。

 雪はあまり言いたくなさそうに説明する進の態度を少し疑問に思った。

 「古代君、お兄さんと仲悪いの?」

 「ち、ちがうよ! そんなことはないけど…… いつも、兄さんの話をするとみんな兄さんを紹介してくれとか、会いたいとかが始まるから…… 面倒なんだよ。俺は兄さんの使いじゃない」

 「ふふふ…… お兄さんに焼もち妬いてるんだ。あなた…… あなたはあなた、お兄さんはお兄さんでしょ?」

 「別に関係ないよ、兄さんの事は……」 焦る進を雪もそして島も笑った。

 校舎の2階に上がると、雪の所属する医学部の研究室が並ぶ廊下に出た。進と島はその中の一つに雪に案内されて入って行った。

 「ここに座って、古代君。今、救急箱持ってくるから」

 昨日からの学祭の最中で、研究室には誰もいなかった。きょろきょろする進と島を置いて雪は別室へ入っていった。その雪と入れ違いに、一升瓶を片手に酔っぱらった男が一人が入ってきた。びっくりして見つめる進と島にその男は気軽に声をかけた。

 「おや? 見なれん顔じゃな? どうした? その怪我は。けんかでもしたのか? わしが診てやろうか?」

 「あ、いえ…… 今……」

 進が両手を振って断わっていると、雪が戻ってきた。

 「あらぁ、佐渡先生! いらしてたんですか? 今日は学祭で先生方もおられませんよ!」

 「佐渡……先生? 教授なんですか?」 島が驚いて雪に尋ねる。

 「ふふふ…… まさか、ここの教授が昼間っから酒浸りだったらそっこく首よぉ。佐渡先生は、近くの犬猫病院の先生なの、ここの教授たちとお友達でよく遊びにいらっしゃるのよ。あ、でも人間の治療もお出来になるそうだから、診てもらう? あなたたち?」

 そう言うと、雪は取ってきた救急箱を開けて進の怪我を消毒したり、薬をつけ始めた。

 「い、いえ…… 遠慮しときます、健康ですから……」 島もあとずさりした。

 「なぁーんも、遠慮することないのになぁ、森君よぉ…… ふーん、もう二人も男をつくったのか? 森君はぁ」

 「佐渡先生!違いますって…… 古代君が怪我をしたので、ちょっと治療するだけですわ」

 「おお、いい口実じゃなぁ、それは、あははは……」

 「ん! もう!!」 「あっ! いってー!!」 「あ、あら、ごめんなさい……」

 佐渡のからかいの言葉にプンとふくれた雪が無造作に進の傷に消毒液をつけてしまい、進は思わず飛びあがりそうになった。

 「わっはっはっは…… そんなことくらいで情けない男じゃのぉ。また、来るわい!」

 佐渡は笑いながら部屋を出ていった。進と島はあきれかえって佐渡の後ろ姿を見送った。

 「いろんな人がいるんですねぇ」 島の言葉に雪は笑った。

 「あの先生も本当はとっても腕のいい外科医なのよ。ただ、お酒が離せなくて普通の病院じゃ勤まらないのよ。だから、ご自分で犬猫病院を開いてるってわけ。一応、連邦大学附属病院の嘱託医にはなってるから、もしかしたらお世話になることもあるかもよ」

 「とんでもない!」 「謹んでご遠慮しますよっ!」 島も進もぶるぶると首を振った。

 雪はくすくすと笑うと、進の手当てを手際よく終わらせた。

 「はい、できた。これで治療は完了!」

 「あ、どうもありがとう…… 森……さん」

 礼を言う進に、雪は諭すように言った。

 「あなたの気持ちはわかるけど、もう無茶なことはしない方がいいわよ」

 「…………」

 進は少し下を向いたまま、雪の言葉には答えなかった。同じことがあればまた、この人は同じことをしそうね。雪は進のその表情を見てそう感じていた。そして、このちょっと変わった青年の事がなぜか気になる雪だった。
 3人が研究室を出ると、雪は一歩先に立って言った。

 「じゃあ、私は用があるから今日はもう帰るわ。またね、古代君、島君」

 「あ、あの…… お礼にお茶でも!」

 慌てて、島が雪を誘ったが、雪は残念そうに断わった。

 「ごめんなさい、今日は本当に予定があるのよ。今度また誘ってくださいね、じゃ」

 雪はそう言うと二人に背を向けて足早に去っていった。

 「やさしい人だな……森雪さんって…… 古代、俺本気で惚れたぞ」

 「…………」

 『俺だって!』 進もそう言いたかったが、真剣なまなざしで雪の後姿を見る島の姿に言い出すことが出来なかった。どう考えても今日の自分は格好悪すぎるし、女性を島と張り合って勝てるはずはない……進は心の中でため息をついていた。

 学祭の最終日、終了パーティーも佳境に入って、いよいよ学祭クイーンとのデート相手が決まる。

 「さぁ、学祭クイーンの登場です!」

 司会者の紹介に、雪が舞台の中央に立った。鮮やかな黄色のスーツ姿の雪は今日も輝いていた。進も島もその会場の片隅から雪の姿を見ていた。

 「お前の顔、ひどいな。その青あざ…… あははは…… これじゃ、当たったってデートなんかできないな。その時は俺が変わってやるからな」

 島は、進のメガネの下の青あざを見て笑う。進は照れ笑いするしかなかった。

 「けど、この傷のお陰で彼女と知り合いになれたんだから…… ま、デートなんか当たるわけないんだから、いいけどさ」

 「さて、今回の投票総数ですが、なんと!2960票を獲得! 獲得賞金は14万8000ユニオンドル!! もちろん学祭史上最高の得票数です!! 森雪さん、おめでとうございます。賞金をどうぞ。
 そして…… このすばらしい美女とデートできる幸運な男は…… クイーン自らにその当選者を選んでもらいましょう」

 司会者の説明にあわせ大きな箱が出てきて、雪はその中に手を入れ、1枚の応募票を取り出した。

 「では、読みます!3ケタです!!」

 その一言だけで、がっくりと来る者、ガッツポーズをする者に分かれた。島と進は595番、596番だ。島は、よし!とガッツポーズ。進は心臓がドキドキしてきた。

 「ごひゃく…… きゅうじゅう……」 二人は思わず息をのんだ。「5番!!」

 「やったー!!!」

 そう叫んだのは、当然、島大介だった。隣で進はがっくり肩を落とした。進が立ち尽くす前で、島は軽やかに飛ぶように舞台へ走っていった。
 舞台では、雪も出てきたのが見知った島だったので、驚いてうれしそうに握手を求めた。司会者がインタビューを始めている。二人が並ぶととてもお似合いに見える。
 進は、二人のその姿が見えてはいるのだが、耳には何も入ってこない。司会者の言葉に二人は恥ずかしそうに、うれしそうに笑っている。
 島があの森雪とデートする…… 他の知らない男とデートするのも嫌だったが、島がデートすると思うと、祝福してやらなければならないと思っているのに、悔しくてたまらない。走っていって、ダメだダメだと叫びたい気持ちに駆られて、進は自分の気持ちをもてあました。進にとって初めての体験だった。親友の幸福を素直に喜べない自分がいることを初めて知った。

 しばらくして、島が戻ってきた。

 「古代! やったぜ!! あははは……」

 島の笑い声は止まらない。進はなんとか笑顔を作ろうとするがその顔が引きつってしまうのが自分でもわかった。

 「おめでとう…… よかったな……」

 そう言うのがやっとだった。島は進が悔しそうにやっとの思いで祝いの言葉を言うのに気付いて、進の肩をたたいた。

 「これで、俺が一歩リードできるな。デートは、明後日に決まったよ。また、終わったら様子を知らせてやるからな」

 「ちぇ、聞きたくないよ……」

 「ほお! やっと本音が出たな。お前のことも少しくらいは宣伝しておいてやるからな、ははは」

 島のうれしそうな得意げな顔と進の苦虫を潰したような顔が並ぶ学祭最終日のパーティだった。

 2日後の夕方、島と雪のデートの日、進は自宅の部屋でひとり植物の標本を見つめていた。

 (今ごろ、島と雪さんは食事でもしてるんだろうか……)

 考えたくないと思っても、頭の中に二人の幸せそうな姿が浮かんできては進を悩ませる。

 「くそぉ! どうしてこんなに苦しくて辛いんだろう…… こんなこと、初めてだ」

 進は一人で口に出して悪態をついた。初めての恋、初めての思い、進はそれをどう扱っていいのか戸惑っていた。その日は、食事ものどを通らず、ただ、ベッドに大の字に寝転がってじっと天上を見つづけていた。

 その夜8時を過ぎた頃、電話がなった。進が出ると、それは島からだった。

 「古代! 家でフテ寝してたか?」

 「なんだよ!! 自慢の電話なら聞きたくないぜ! 切るぞ」

 面白くない進は電話を切ろうとした。

 「おい! ちょっと待て! 今から出て来れないか?」

 「え? 今から? 今、自慢話は聞きたくないって言ったろう! わざわざ行って聞かされるなんて俺はいやだよ」

 進はぶっきらぼうに答えた。島の明るい声を聞くだけで腹が立ってくるのだった。

 「ふうん…… いいのかなぁ? 森さんもいるんだけどなぁ……」

 「ええ!? 森……さんが!」

 「ほら、声が変わった。ははは…… とにかく、お前の一番いい服着てすぐ来い! 場所は今電話で転送するから、いいな!」

 「わ、わかったよ。行くから……」

 進は、慌てて着替えをすませると、島の指示した店に急いだ。

 進がその店を見つけて入ると、そこには正装した島とワンピース姿の雪がいた。一番いい服を着て来いと言われてその通りにしたが、二人の格好には程遠くて進は穴があったら入りたい気分になった。それでも、いまさら帰るわけにはいかないので、進はおずおずと挨拶した。

 「あ、あの……こんばんは」

 「こんばんは、古代君。島君ったらわざわざ呼び出したりして…… ごめんなさいね」

 「い、いえ……」

 雪にやさしく謝られると進はそれだけで赤くなってしまった。今度は、島が立ちあがると進の方に来て、進の右手を開かせるとその手と自分の手をパチンと合わせた。

 「じゃ、交代だ」

 「え?」

 「デートの最中に何度もお前の話がでてくるんだよ。お前の傷はどうなったとか、元気にしてるかとか、どうして俺がそんなことを一々言わなきゃならないんだ? そうだろ? そんなこと、お前、自分で言え」

 「島……」

 「ま、今日は、敵に塩を贈ってやるが、まだ負けたわけじゃないからな。それなりに今日は楽しかったんだぞ。彼女はお前に興味があるらしいけど、ただそれだけかもしれないしな。とにかく、俺は今日はもう帰るよ。後は任せたぞ。ちゃんと送っていけよ」

 島はそう言うと、再び雪のところに行って、ひと言、ふた言言うと、帰って行った。

 「あ、あの……」

 島が帰った後、進は雪の座っている前まで行くとそこで立ち尽くしてしまった。雪に会えばこんな事も話したい、あんな事も聞いてみたい、そう思っていたのに、いざというと言葉がでてこない。

 「すわって……」

 雪の言われて初めてはっと気づいた進はさっきまで島が座っていた椅子にすわった。

 「ごめんなさいね、私が島君にあなたの様子を尋ねたものだから、島君ったら、気をきかせて…… あなたを呼んでくれたみたいで……」

 ほんのり頬を染めながら雪がいい訳のような事を言った。

 「うれしいです。心配してもらって……」

 「怪我のほうはどう? まだ、顔に青あざが残ってるわね?」

 「いや、ほとんど痛みは感じないよ。治療がよかったから……」

 進も少しずつ気分がほぐれてきて微笑んだ。

 「あの……僕に何か聞きたいことがあったんですか?」

 「え? いえ、そんな特にどうっていうことじゃないんですけど……」

 さらに頬を染める雪の姿は進にはまぶしくて仕方なかった。

 「あの……僕も、森さんのこと色々聞いてみたいです」

 進にとってはそう言うのが精一杯だった。もっとストレートに『好きです』と言ってしまえばいいのに、と自分で自分を叱責したが、やはり言葉に出す事は出来なかった。

 「何でも聞いてくださいな。うふふ……」

 「あぁ……ははは……」

 わけもなく笑いあう二人の間には、暖かい空気が流れ始めた。

 「古代君は、花や虫のことが好きなんですってね?」

 雪のそんな質問から、進は自分の好きな植物のことをいろいろと話し始めた。好きな話になると進の口はなめらかに動きだす。ただし、その内容はだんだん専門的なことになっていく。だがそれに対して、雪は的確に質問を挟み込む。しばらく進は夢中になって話していたが、はっと気がついて言葉を切った。

 「どうしたの? 急に黙って……?」

 「森さん? 話つまらなくないんですか?」

 「あら?どうして、面白いわ。植物たちにそんな特異な性質があったなんて話、初めて聞くことで興味あるわ」

 「いえ……それならいいんですけど」

 進は不思議だった。今まで、進のこんな話をこれだけ真剣に聞いて貰った事がなかった。島でさえ、進の植物好きにはうんざりと話半分しか聞いてくれない。ましてや、女の子にこんな話をすると、始めは花の話かと聞き入るのだが、進がどんどん専門的な話に没頭していくのに誰も着いて来た試しがなかった。だから…… でも、彼女はそうじゃないんだ……

 「私、生命の話は大好き。それが植物でも動物でも…… 私がお医者様になりたいって思ったのは、子供の頃なの。小さい頃からいろんな生き物がいるのを見て命あるものを守りたいって思ってた…… 一人でも多くの命を守る仕事がしたかったの。あなたも同じね、きっと。それが植物だって昆虫だって命の尊さは変わらないと思うわ」

 雪の瞳は進を一心に見ていた。そして雪の耳は進の話を一生懸命に聞きつづけた。

 不思議な感じ……雪はそう感じていた。島とのデートも楽しかったが、進の話を聞くのがどういうわけか楽しくてたまらない。話の内容は全然デートらしくないのに、進が目を輝かせて話す姿を雪はずっと見ていたい気持ちに駆られていた。
 どうしてかしら?…… 目の前にいるスマートとは言えない格好のこの青年が雪には他の何よりも輝いて見えるのだった。

 「あら? もうこんな時間なのね。帰らなくちゃ……」 雪が椅子から立った。

 「送っていくよ」 進も立ちあがる。

 拾ったタクシーで雪の自宅へ向かう途中、雪は進にこう言った。

 「また、今日のお話の続き聞かせてね」

 「うん、こんな話で良かったらいくらでも…… 今度は君の話も聞かせて欲しいな」

 「いいわよ……」

 タクシーが雪の自宅の前についた。雪が名残惜しそうにタクシーを降りて、さよならを言った時……

 「あの……君……の……電話……番号を……教えてもらえない……かな?」

 進は恥ずかしさで消え入りそうな声でやっと告げた。その言葉に雪はポッと頬を染めたかと思うと、小さなメモを進に手渡した。そこには、10数桁の数字と、『会いたくなったら連絡してね』というきれいな文字が書かれていた。
 雪は進が聞く前から、渡したくてそのメモ書きをにぎっていたようだった。


 平和を享受する地球の片隅で、花開く小さな恋の予感。二人がこれからどうなっていくのか、当の二人にもわからなかった。ただ、二人が出会い、今同じ時空(とき)を歩き始めたことだけは確かなことだった。

 この二人の未来がどうなるのか、それは誰にもわからない。

 もしかすると……ずっと未来の連邦大学では、こんな噂話が耳に入ってくるかもしれない。植物を愛でることが大好きなちょっと変わり者の教授(それでもその道では相当の権威らしい)には、それはそれは美しく優秀な外科医の妻がいて、その二人が深く深く愛し合っているという……


 23世紀…… 宇宙では、様々な生命が、様々な営みを繰り返していた。争いもあったかもしれない。また、助け合うこともあったかもしれない。しかし、銀河系の片隅にあるちっぽけな星、太陽系の第三惑星に興味を持つものは誰もいなかった。
 そして、地球の人々はそんな宇宙の生命の営みを知るすべを持っていなかった。地球はまだ数千年の間、宇宙の脅威にさらされることなく静かな時を過ごしていた。

 そして……九州の坊ヶ崎沖合いに眠る戦艦大和は永遠にその眠りを妨げられる事はなかった。

−お わ り−

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