誇らしくて、だけど……

 
あれはまだほんの数日前のこと……

あなたは、新しい任務を長官から命ぜられた――



――古代進、ヤマト艦長を任ず





私たちが一緒に暮らし始めて半年がたち、夏が過ぎて秋の気配がしてきた頃、遠い宇宙から飛んできた戦いの流れ弾が、再び私たちの運命にいたずらをした……

不安は現実になり、あなたの周囲に騒がしさと緊張感が漂い始めた頃、あなたに伝えられた命令は……

あなたは、戸惑いながらも、そして何よりもその任務の重さを知りつつも、その任を受け入れた。

そして私もまた…… 再びヤマト生活班長として乗艦する。





その日、司令部の仕事を終えて、先に帰った私は、夕食の支度をしていた。

彼は、時を同じくしてヤマトの副長を拝命した島君や真田さんと、毎日航海についての打ち合わせに忙しい時を過ごしていた。

今日も残業、今夜ももう8時になる……


でも! もうすぐ、帰ってくるの。だって……

――今から帰る。

さっき、入ってきた彼からの短いメール。

彼からのメールはいつも簡潔。なんの飾りもない短い言葉がとっても彼らしい。

だけど、その一言が、私にはとても嬉しいの。いつも私のことを心の片隅に置いてくれているって思えるから。

でも……そんな日々もあとわずかしかない。出航の日は、もうすぐ決まるだろう。

それまであと何日、ここでこうしていられるかわからないけれど、その日までの、一日一日が、私にとっての大切な時間。

今はまだ、地球(ここ)にいる間だけは、私たちはごく普通の、ただの恋人同士でいられるんだもの。



台所に向いながらそんなことを考えていると……

――ただいま〜!

玄関から彼の声が聞こえてきた。

――おかえりなさいっ!!

玄関まで迎えに出た私の目の前には、優しい笑顔の彼がいた。

――おっ、いい匂いだな。もうできてるのか?晩飯。

――ええ、今日はね、ビーフシチューなの。

――うまそうだな。

笑顔で交わす何気ない言葉は、まるで新婚夫婦のよう…… そう思うと、いまだに嬉しくってこそばゆい。

きっと彼もそう……よね?

ちらりと彼の表情を伺った。



その時ふと気がついた。

あら? 今日は何か大きな荷物を持っているのね?

――古代君、それなぁに?

――あ、ああ……

私が気付いたことを知ると、なぜか、それを半分隠しながら恥ずかしそうに口ごもる彼。

それはいったいなぁに?

――何か買ってきたの?

――いや、違うんだ。今日支給された……

――しきゅう?

――はは…… いや、まあ、その…… あ、掛けてくるよ。

そういって、彼は小走りに寝室に消えた。

えっ? 掛けてくるって? それって洋服なの?
珍しいわね、普段着に全然気を使わない彼が洋服なんて買ってくるなんて……

ううん違う、違うわ! だって、さっき支給されたって……

あっ! っていうことは、もしかしたら……!?

私は心の中で、急に思い立ったことがあって、彼の後を追った。



――古代君!!

寝室のクローゼットの前で、ごそごそしている彼の元に駆け寄ってみたら、彼ったら、

――いいって、すぐに行くから!

なんて恥ずかしそうに持っているものを自分の背に隠した。

やっぱりそうだわ! 雪ちゃんの勘って鋭いのよ!

――ねぇ、古代く〜ん! それって……もしかして、ヤマトの艦長服?

彼のこめかみがビクリと動いた。やっぱり!どんぴしゃあたりね!!

――見せて、見せて!

栄えあるヤマトの艦長服ですもの。見てみたいじゃないの!

だけど彼ったら、恥ずかしそうに後ろに隠したまま。

――い、いいよ。今はまだ着ないんだからさ……

うふふ、もしかして古代君、照れてるの?

ヤマトの艦長なんて、俺にはまだ分不相応だって恐縮してたから、艦長服なんてこそばゆいのかしら?

だけど、絶対見てみたいわ! 彼のヤマト艦長服姿! いの一番に、誰よりも先に、私が……

あ、そうだわっ、妙案を思いついたっ!

――あら、ちゃんと寸法合ってるか確認したの? 着てみたの?

――着ては……いない……けど、制服のサイズ登録してあるから、間違いないよ。

そんな言い訳をして、彼は服を自分の背中に押し隠す。

――でも上着だから、着心地違うかもしれないわ。

――大丈夫だって。

やっぱり照れてるんだわ。でもそんなのダメよ!

――だめよ、ちゃんと着てみなくっちゃ! せっかくのヤマト艦長なのに、ぶかぶかなのやツンツルテンの艦長服なんて着てたら、格好悪いじゃないの。 ほらっ!

私はそう言うと、彼の背中に隠された艦長服を手を取り上げた。それから目の前に掲げて見る。

真新しい群青の艦長服は、持った手にずしりと重みを感じさせた。

それはただの重力から来る重みだけではないもの……
ヤマト艦長としての重み…… 地球を救う使命を持った……重み。

もうすぐ彼は……その任に就くのだ。

私はその艦長服にじっと見入ってしまった。彼がこれから背負う重みを感じながら……



――もういいだろ? しまうぞ。

困ったような彼の彼の言葉で、私ははっと我に帰った。

――あらっ、ごめんなさい。ぼうっとしてたわ。だから古代君、着てみてってば!

――だから、いいって……

――だぁ〜め!

私は、彼の顔を上目遣いに睨むと、半ば強引にその艦長服を羽織らせた。

私が言い出したら絶対きかないことを知っている彼。仕方なしに、袖に腕を通してくれた。

でも……うふふ、やっぱりなんだかとっても気恥ずかしそう……



そして……

私の目の前に、ヤマトの次期艦長が立っていた。

彼が言ったとおり、その艦長服は、彼のためにあつらえたように(っていうか、本当にあつらえたのだけれど……)彼の体にピッタリとフィットしていた。

その姿を見ていたら、私……

あら、どうしたのかしら……? 胸に、じわりと熱いものがこみ上げてきた。
胸に詰まりそうになりながら、その姿を褒める言の葉を搾り出す。

――よく……似合ってるわ、古代君。とっても素敵よ。

今までも、護衛艦の艦長を務めている彼だから、艦長服も初めてではないけれど、この「ヤマト」の艦長服はやっぱり……特別なんだわ。

――ありがとう…… まだ、中身はともなってないけどな。

私の褒め言葉に、はにかみながら礼を言う彼は、一段と頼もしさを増していた。

――ううん、立派な艦長さんよ……

彼の姿に私はとても誇らしかった。

あなたは本当にヤマト艦長になるのね。よかった、本当によかったわ。

とっても誇らしくて、誇らしくて……

でも……



今度は急に、胸の中がキュンと痛んだ。

もうすぐ彼は艦長になる。ヤマトの……艦長に……

でも、そうしたら、もう私だけの彼でなくなって…… いつでも甘えらえられる私だけの古代君じゃなくなって……

そう思うと、今度は目頭に潤むものが……

それはだんだんと湧き上がってきて、とうとう涙がこぼれそうになった。

ぐすん……

――雪、どうした?

急に潤み出した私の瞳を見て、彼は戸惑いがちに尋ねた。

とうとうたまりかねて、ほろりと涙が一粒こぼれた。

――なんでもないの、なんでも…… ただ……

――ただ? どうしたんだい?

そう聞きなおす彼の優しい声が、私の心に染みてきて……

――雪?

だめ、もうっ…… 堪えていたものが一気にあふれ出してきて、私はぽろぽろと涙をこぼしてしまった。

彼は、慌てて私を抱きしめた。

――あっ、だめよ! 涙が……

新しい艦長服についちゃうわ!

彼を押し戻そうと手を目一杯押したけれど、彼は離してはくれなかった。それよかもっと強い力で、私を抱きしめてくれた。

――そんなこといいんだ、雪……

それだけを言うと、彼はまた私を強く抱きしめた。

――ごめんな。

彼にはわかってたんだわ。私のわがままなそんな気持ちが……

でも私は、ただ子供みたいに、何度も首を左右に振るだけで……

――ヤマトに乗ったら俺は艦長、そして君は生活班長…… 君と結婚の約束をしていることも、今の二人の暮らしのことも、全部ここにおいていかなくちゃならない。

ええ、それはわかってる。わかってるの。でも……

――古代君……

小さくそうつぶやく私の体を、彼はもう一度強く強く抱きしめてくれた。それから私の頬を両手でそっと包み込んで、自分の方へと向けた。

涙で濡れた瞳のむこうに、彼の優しい眼差しが見える。

――必ず…… 必ず帰ってこような。

――俺たちの家へ……

こっくりと頷く私の頬に伝う涙を、彼は優しく唇でぬぐってくれて…… そして優しい口付けが私の唇を覆う。

強く強く抱きしめられた体に、今このときの幸せを強く感じながら……




その後、晩御飯も食べないまま、愛し合った私たち。二人で満ち足りた後で、食事もまだしてないことに気付いて、二人して苦笑いした。

――遅くなっちゃったけど、ご飯にする?

すると彼は苦笑しながら、ああ、と頷いた。

二人で身支度を整えていると……

――あっ……

クローゼットの前に脱ぎ捨てられた艦長服に気がついた。

私はベッドから飛び降りて、慌ててそれを拾い上げた。それから、艦長服をそっと抱きしめる。

古代君の匂いがした。

すると……ふわりとした温かみと古代君の匂いが、背中からも漂ってきて、私の体は、彼の胸にすっぽりと包まれた。

胸に彼の艦長服を抱きしめて、そして彼に抱きしめられている私。

ふと現実的になって……

――さっきの涙、かたにならないかしら?

抱きしめた艦長服をさすりながら心配している私に、彼はまた笑った。

――ははは、大丈夫だよ、残ってないよ、そんなの……

――そうね、よかった。

私も笑った。

だけどきっと思い出すわ。あなたがその艦長服を着るたびに、私の涙がその服にしみ込んでいることを…… 

あなたも忘れないでね。必ず帰ってこようっていう、私たちの思いと願いを。

――忘れないよ……

彼がそう言ったような気がした。

そしてもう一度、私は艦長服を抱きしめて、彼は私を抱きしめて……

それから私たちはじっと抱きしめあったまま、しばらく時を忘れていた。

−お わ り−

(背景 Four Seasons)

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