星のペンダント(『ヤマトよ永遠に』より)

−第1章 出会い−

 (1)

 暗黒星団帝国との激しい戦いを終え、ヤマトは今静かに地球への帰途についていた。時に、2202年、12月末。

 古代進は、この戦いで離れ離れになったフィアンセの森雪を想い、この戦いに若き命を絶ったサーシャを想って展望台から星を見つめていた。 地球到着まで、あと5日……

 「古代さん……」

 声をかけてきたのは、ヤマト戦闘班砲術班長、南部康雄だった。

 「雪さん、元気そうで良かったですね」

 地球に残された雪は、司令本部に復帰しヤマトとの日々の通信を行っていた。心身ともに傷ついているかもしれないという危惧はあるものの、毎日通信に毅然とした態度で現れる雪の姿に、進はある意味では安堵していた。後は、帰ってから自分が必ず守る! そう決意していた。

 「うん…… 辛い思いをさせてしまったけど、本当に無事でよかった」

 「あの時はどうなるかと僕達もずっと心配してましたよ。でも……きっと元気に迎えてくれますよ、雪さん…… 楽しみですね」

 南部はニヤリと笑って進を見た。進と雪の関係はヤマトクルーで知らないものはいない。中でも第一艦橋の面々は何から何まで良く知っている。二人の心にすれ違いが生じた時も、みんなで心配してフォローしたのだ。だからこそ、南部も二人の幸せを祈らずにはいられない。

 「色々あったけど、今は雪のことだけを考えるようにしているんだ。もう二度と彼女の手を離しはしない」

 「うらやましいですね、相変わらず……」

 南部はそう言って笑う。今回のことで、二人はかえって絆を深くしたのではないかと思った。

 「ははは…… ところで、南部は好きな人はいないのかい? ずいぶん大勢の彼女がいるって噂だけどな」

 進が笑って、南部に切りかえした。

 「えっ? あはは…… ガールフレンドはいますけどね。昔、本気で惚れたかなと思った時には、その人はもう誰かさんと相思相愛でしたしねぇ」

 南部がちらりと横目で進を見る。

 「え? 雪のことか? お、お前も雪のこと好きだったのか!?」

 「あっははは、いやぁ、昔の話ですよ。イスカンダルへの旅では雪さんは憧れの的でしたからねぇ。古代さん、そこんとこよくわかってるんでしょうねぇ!」

 「わ、わかってるよ。あの時は、島だって…… 俺は地球に帰ってくるまでは全然自分でも自信なかったんだから」

 「くくく、鈍感なんだから、古代さんは…… 僕らなんか雪さんを見てたらもう…… 帰りの航海じゃあ、すっかり公認の仲になってるのに、知らないのは古代さんだけなんだもんなぁ」

 「うるさいなあ。そう、鈍感鈍感っていうなよ。それより、昔のことはいいから、今はどうなんだよ! 南部!!」

 進は自分に都合が悪くなるので、話を元に戻そうと必死だ。

 「いないですよ。ほんとに、いない……ですよ……」

 そう答えながら、南部がなぜか星の彼方を遠い目をしてみつめた。何かを思い出しているようだ。そして、ポケットから小さなペンダントを取り出した。

 「そう言えば、あの子はどうしたかなぁ……」

 「へぇぇ、なんか気になる相手がいそうじゃないか。話してみろよ。俺も協力するぞ」

 進が南部をつっついた。

 「古代さんに、協力してもらうようなことでもないですが…… なんだか話したくなってきたなぁ。聞いてもらえますか?」

 南部はあの時のことを話し出した。

 (2)

 暗黒星団帝国の奇襲にあった日、南部は東海方面の関係機関に出張していた。何がどうなっているのか情報が錯綜する中、直感的に非常に危険な敵の存在を察知した南部は、東京メガロポリスにすぐに戻ることにした。
 東海地区はまったく被害は受けていなかったが、テレビに映し出された東京の街はほとんど陥落していた。両親を初めとして家族の安否も心配だったし、もし敵が攻めてきたのなら、すぐにヤマトが発進するかもしれないとも思った。

 家族の方は、南部から何度連絡してもつながらなかったが、あちらから連絡が入った。既に郊外に避難して皆無事であることを伝えてきた。
 南部の父親は、地球を代表する大企業、南部重工の総帥である。父親の仕事には、ことごとく反発をしていた南部だったが、自分の生き方を尊重してくれる父親に、今は、その反発心を少し収めていた。ただし、「父と同じ道は歩けない」と、これだけは、強く伝えてあった。
 自分は、一生一宇宙戦士の道を歩くつもりでいた。

 荒涼とした未開発地区を東京に向かう南部とすれ違う車は延々と続いていた。遠くからでも、中心部の炎や煙は良く見えていた。

 「みんな、無事でいてくれよ!」

 今、ヤマトがどこにあるのか南部は知らない。秘密裏に改造されていると言う話だけを聞いていた。とりあえず、司令本部に入ろう。南部は焦る気持ちを抑えながら車を運転した。

 東京に入ると、道路が寸断されるようになった。これ以上、車での移動は無理だと判断した南部は、車を乗り捨てると歩き始めた。南部の乗り捨てた車に、人々がすぐに群がっている。

 (3)

 街の中心部に差し掛かったときには、もう夜になっていた。そしてそこで南部が目にしたのは、見たこともない大きな爆弾だった。重核子爆弾……その時の南部にはそれが爆弾だという事すらわからなかったが、なにか異様な雰囲気があったのは確かだった。

 周りはまだ燃えているところもある。敵の艦載機が飛んでいるのも見た。姿を見られないようにビルの影に隠れながら南部は進んでいった。まだ、外へ外へと逃げる人々は絶えない。

 その時……敵の艦載機が低空飛行して、道路にあった車の列にミサイルを打ち込んできた。ババババ!! という音がして車が爆発する。

 「きゃぁぁーー!!」

 南部のすぐ目の前で、その爆風に吹き飛ばされた人影があった。南部はとっさにその飛ばされた方向に走った。

 「大丈夫か!!」

 倒れていたのは、一人の少女だった。南部は慌てて抱き起こした。

 「うううっ……」

 意識はあるようだ。まだあどけない顔をしている。

 「大丈夫か? どこか痛いところはないか?」

 南部の声に目を開けた少女は口を開いた。

 「大丈夫です…… 足が、少し痛い……」

 南部が目を足のほうに落とすと、右足首が少し傷ついていて血が流れていた。南部はすぐにもっていたハンカチでその傷をしばった。少女はなんとか立ちあがって自分の体を動かした。

 「あとは、なんでもないみたい……」

 ニコッと微笑む姿に南部はほっとした。

 「頭は痛くないかい? 打ったりしてないかい?」

 「はい…… 頭は全然」

 「よかった」

 少女の笑みに南部も笑顔を返した。煙の煤で汚れてはいたが、目鼻立ちのはっきりした美しい少女だった。

 (4)

 その時また、敵艦載機が攻撃してきた。「危ない!」とっさに南部は少女を抱き上げて、ビル影に飛び込んだ。震えている少女をぎゅっと抱きしめたまま、南部は敵の通り過ぎるのを待った。数分で敵はどこかへ飛び去っていった。だが、まだ油断できない。

 「もう少し様子を見たほうがいいな。ここにいれば大丈夫だろう。誰か家族の人はいないのかい?」

 少女は首を振って答えた。

 「ママは、病気で入院してるの。パパはお仕事で何日も会っていません。お兄さんは……全寮制の学校に行っててしばらく会ってないの。わたし、ママが心配でみんなから離れてひとりで病院へ行くところだったんだけど…… 途中でこんなことになって、ママ……」

 母親の事を思い出したのだろう、少女はしくしくと泣きだした。両親の安否は今はとても確認できる状態ではなかった。どこか安全なところまでこの子を送っていくしかないな、と南部は考えた。

 「大丈夫だよ、僕がどこか安全なところまで送っていってあげるから、泣かないで。お父さんもお母さんもきっともう避難しているに違いないから、心配しなくてもいいよ」

 南部のやさしい言葉に少女は頷くと、涙を拭いた。南部は初めてその少女をじっと見た。
 美しい顔をしている。黒い髪に黒い瞳だから日本人なのだろうが、くっきりとした目鼻立ちは、西洋の人形を思わせる。しかしまだ、しぐさが幼い。中学生か、もしかしたら小学生くらいかもしれない。

 「ありがとうございます…… おじさま……」

 「おじ…… あっははは、おじさまか俺は」

 「? あ、ごめんなさい…… あの……お兄ちゃん」

 「ははは、いいよ、おじさんでも。君からすれば立派なおじさんかもしれないな。よし、静かになった。さ、今のうちに行こう」

 南部は少女を抱き起こして、腕をつかんで支えるようにして歩き始めた。

 (5)

 しばらく郊外に向かって歩いていると、ポリスパトロールのエアカーが走ってきた。

 「避難の途中ですか? この車で郊外の避難所まで送りしましょう」

 避難が遅れた人間を探していたのだろう。降りてきた警官が声をかけてくれた。

 「ああ、助かった。この子をお願いします。私は、防衛軍司令本部へ向かわなければならないので」

 警官は南部の着ている服が、防衛軍の制服だと気付いて敬礼した。

 「はっ! ご苦労様であります。ですが、司令本部はすでに陥落してしまいました…… 残念です。今、あそこに行っても、敵に捕らえられるだけだと……」

 「行かないで、お兄ちゃん」

 少女は驚いて、南部の服のすそを握ってすがるような目をした。危険なところへ南部が行こうとしているのを止めるように。

 「大丈夫だよ。これは僕の仕事なんだ。必ず地球を救ってみせるから…… そうしたら、また会えるよ」

 南部は体をかがめて、少女の顔の目の前に自分の顔を持ってきて諭すように言った。少女の目に涙が溢れてきた。

 「お兄ちゃん……」

 南部は少女にもう一度しっかりと頷いて見せると、振り返って警官に叫んだ。


 「じゃあ、お願いします」

 すると、警官は南部に尋ねた。

 「この子は、あなたの妹さんですか?」

 「いえ、今さっき助けたばかりで、詳しい事情は聞いてないんですが…… 今は時間が……」

 「わかりました。私は、東京ポリス第5パトロール隊遠藤と申します。必ず責任を持ってこの子を避難所に届けますので、ご安心下さい」

 「ありがとう……  君、気をつけて行くんだよ」

 南部が警官と少女にそれぞれ声をかけて、ひとり都心に行こうとした時、少女が叫んだ。

 「おにいちゃん! ……これを!!」

 そう叫んで突き出した手には、小さなペンダントが乗っていた。深いブルーの真ん中に白い星のような模様が入ったスターサファイアのようなきれいなペンダントだった。

 「お守りに……して……! お兄ちゃん!」

 「……ありがとう、じゃあ、元気で……」

 南部は少女の手から、そのペンダントを受け取ると、二人を促した。二人の乗ったエアカーが発進するのを見届け、南部は振り返った。

 「さて…… 司令本部がだめだとすると…… そうだ! 英雄の丘!! あそこにいけばきっと誰かが来ているはずだ!!」

 こうして南部は英雄の丘を目指し、進たちと合流する事ができた。


 (6)

 「それで、これがその子に貰った星のペンダントなんだ?」

 南部がポケットから出して手のひらに乗せたペンダントを覗きこんで進が言った。

 「ええ、そうなんですよ。」

 「へええ、すごくきれいだな。宝石みたいだ。」

 「あはは、まさか、きっと子供のおもちゃみたいなものですよ。でも、あの子無事でいてくれるかなぁ……」

 南部が外の星空を眺めながら話す姿に、進は南部の思いを感じ取った。

 「お前、その子に一目惚れしたんだろう! 南部も年貢の納め時かな?」

 「古代さん! 違いますよ!! その子は、まだ中学生か下手したら小学生ですよ!! ロリコンじゃあるまいし」

 慌てた顔で否定する南部に進はまたニヤリと笑った。

 「けど、大昔の物語に、プレイボーイの光源氏が年端のいかない少女を自分で育て上げて理想の女性にした、という話もあることだし…… 南部もその口なんじゃないか?」

 進の言葉に南部も苦笑する。

 「あはは、そういう手もありますねぇ。でも、古代さんも源氏物語なんか読む事もあるんですね?」

 「俺だって、中学時代は読書派の優等生だったんだぞ。源氏物語くらい…… 原典ではなかったけどな、ははは。」

 「そうですね。ま、期待しないでいますよ。なにせ最初は『おじさん』でしたからね。第一、もう一度会えるかどうかもわからないですし……」

 「うーん、その子の手がかりは何もないのかい?」

 「このペンダントの裏に『S』というサインがあるだけですよ」

 困った顔の進に、笑顔を向けてから、南部はそのペンダントをもう一度見つめた。

 (手がかりなんてないに等しい。それにあの混乱の中の事だから。けど、もしかして、もう一度あの少女に会うことができたなら…… そうしたら…… 俺はどうするだろう?)

 南部の心は、いつしか地球へと飛んでいた。ヤマトは、進、南部、皆の心を乗せて一路地球へ向かっていた。まもなく、進と雪は再会する。しかし、南部とその少女の再会は……

 (7)

 南部と別れてから、警官は少女に名前を聞いていた。

 「おじょうちゃん、君の名前は……?」

 「揚羽 星羅(せいら)……」


 南部康雄がその少女と再会したのは、それから3年後のことだった。

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