星のペンダント(『ヤマトよ永遠に』より)

−第2章 ふたたび−

 (1)

 暗黒星雲帝国との戦いを終え、地球に帰ってきたヤマトのクルーたちは、数日の正月休暇を終え、再び多忙な日常を過ごし始めた。
 南部康雄も他のクルーたちと同じく、通常勤務に戻った。しかし、彼の心には確かにあの少女の面影が残っていた。

 (手元に残る星のペンダント…… あの少女は無事に両親のもとに戻れたんだろうか。あの時の警官を探して聞いてみようか……)

 しかし一方で、南部は彼女のことを夢想する自分に驚きを隠せなかった。

 (何を考えているんだ?俺は…… 自分と彼女となら、どう考えても大人と子供だ。とても何か発展を考えるべきものじゃないだろう!。
 いや……別に会いたいとかそういうんじゃないんだ。ただ、あの子が無事かどうかだけを知りたいだけなんだ)

 南部の中では二人の自分が葛藤していた。

 しかし休暇の後、早々に宇宙への勤務に出た南部が、再び地球に戻り、少女の消息を尋ねることができたのは、もう2月に入ってからだった。

 ポリスパトロール隊本部を訪問し、第5パトロール隊の遠藤という警官を訪ねたが、彼はいなかった。戦いの後の人事異動で、外宇宙の星系に派遣され、数年は地球に帰ってこないらしい。
 さらに、あの混乱の中の救出活動については、記録が完全には残っていないのだ。遠藤が助けたはずの少女の記録は、正式には全く残っていなかった。

 警察は、どうしても調べたいのなら、避難所の責任者のリストを見せるので問い合わせるようにと助言してくれたが、南部は辞退した。

 (これが運命なんだ。やっぱり、縁がなかったんだ…… 探してどうする? 見つけてペンダントを返そうとでも言うのか? 返してそれから? どう考えたって俺と彼女じゃ世界が違いすぎる。もう、やめよう)

 南部はそれ以上探すのをやめ、少女の無事とその後の幸せを静かに祈る方が良いと結論付けた。

 そして彼は日々の暮らしに埋没していった。彼の周りには、気楽に楽しめる友もガールフレンドも事欠かない。年端もいかない少女を追い求めるよりも、自分らしいと思った。
 しかし、彼の心を一人締めできるような女性が現れることはなかった。

 (2)

 それから、3年近くの月日がたった。その間、地球はまた2度もの存亡の危機にみまわれ、南部を含めヤマトクルー達は、その命の全てをかけて、敵と戦い地球を救った。
 そして…… そのヤマトがアクエリアスの海の中に沈んで行ってから、既に半年以上経とうとしていた。

 ヤマトという心のよりどころを失ったクルー達だったが、それはただ有形のものが消えたというだけで、クルー達の心の中には常にヤマトは輝いていたし、仲間との信頼感も何ら薄れる事はなかった。

 古代進とその婚約者の森雪もやっと結婚式を挙げた。彼らの結婚式では、南部たちも大いに働き、大いに盛り上がった。だれもが、この二人の幸せを喜んだ。
 二人はやっと自分達の幸せを見つける道を歩き出したのだ。

 しかし…… 南部は、相変わらずの生活を続けている。宇宙勤務の多い南部は、ひとり暮しをするのも無駄な気がして、両親の家に未だに同居していた。女性との付き合いもないわけではない。相変わらず友達以上恋人未満の女性たちとの付き合いが続いている。しかし満たされていなかった。

 (3)

 そんなある日、南部は休暇で自宅のリビングでぼんやりと考えていた。

 古代たちが結婚してからもう半年以上もたったのか…… あの二人もやっと収まるとこに収まったって感じだな。雪さんの幸せそうな顔が今でも目に浮かぶ。
 それに、相原はもうルンルンだし、島だっていい感じになってるらしい。その上、太田にも奇跡が起こったっていう話だ…… いまだに信じられない!!
 待てよ、ということは、第一艦橋のメンバーでフリーなのは俺と真田さんだけ!? まさか、相原や太田に先を越されるとは、うーん。
 確かに俺のまわりには大勢の女性がいて、俺に笑顔を向けてはくれる。だが、誰も本当の俺を見てる人はいないんだ。俺の後ろにある南部重工とその財産に笑顔を向けられたって、俺はちっとも感動しない。
 俺の後ろにあるものを意識しないで接してくれる人といえば、雪さん、晶子さん……? 他人にぞっこんの女性か、あとは……基地の掃除のおばちゃんくらいだよ。ああ、情けない話だ。

 そのとき、南部はふとある瞳を思い出した。

 そうだ、あの時の少女の瞳…… あれは、まっすぐに俺に向かっていた。なんの邪推もなく……

 南部は、3年前にあの少女から貰った星のペンダントは未だに肌身離さず持っていた。なぜだかわからないが、手放せない。お守りだと言ったあの娘の言葉を信じているのだろうか。
 そして、あの娘の面影は今でもはっきりと覚えていた。

 (あの時の少女…… もう、ずいぶん大きくなっただろうなぁ。あれからもう、3年近いんだもんな)

 南部はペンダントを手に持ってぶらぶらと揺らしながら見つめ、あの騒乱の時を思い出していた。

 (名前も聞けなかったあの少女、元気でいるんだろうか……)

 (4)

 そこに、南部の母親が入ってきて、南部の手に持っているペンダントに気がついた。

 「あら、康雄…… そのペンダント素敵ね。アンティークのネックレスね? どちらかの彼女へのプレゼントなの?」

 「ああ、母さんか…… これは、貰ったんだよ。以前、小さな女の子から……」

 「女の子から貰ったの? そうなの……? ね、ちょっと見せてちょうだい」

 南部はなぜ母がそんなことを言うのかよくわからない。ペンダントをもう一度見て、手を伸ばす母の手に置いた。

 「どうしたんだい? 母さん」

 「康雄…… これ本当にもらったの? こんな高価な物を?」

 母が丁寧にペンダントを見てから、ちょっと驚くように目を見張った。

 「高価? まさか…… 子供のおもちゃだろう? 何言ってるんだよ」

 「いいえ、これはおもちゃなんかじゃないと思うわ。ペンダントの中心にある小さな石、これはきっと本物のスターサファイアよ。まわりの飾りはメレダイヤ。こちらはそれほどのものではないと思うけれど。
 どちらにしても、こんなに綺麗に星の出ているスターサファイアはそうそうないわ。お母さんもプロじゃないから、はっきりとは言えないけど、小さい石だけど相当値打ち物だと思うわ。たぶん普通のサラリーマンのお給料の1年分で買えるかどうか……」

 「えっ!? 一年分!! 本物だって!? そんなに高価な物な……まさかそんな……!」

 南部は寝そべっていたソファーから飛び起きた。まさか……小さな女の子が簡単にくれたものなので、それが本物の宝石であるなどと考えたこともなかった。

 「それに…… 待って…… このペンダントいつか見たことがあるような気がするのだけれど」

 「見たことある!?」

 「ええ、もうずいぶん前のことだから……どこで見たのかしら……ああだめ、思い出せないわ」
 
 母は考え込むようにじっと見つめていたが、結局それ以上思い出すことはできなかった。だが、南部の心にあの少女の姿が再び大きく広がってきたことだけは事実だった。

 あの少女……一体誰なんだ?

 (5)

 南部の心の奥深くに輝き続ける星のペンダントの持ち主の娘は、その頃、兄武の一周忌の法要を両親とともにすませていた。
 そう、彼女の兄は、ガルマンガミラスとボラー連邦の戦いにまき込まれ太陽が異常増進した時、第2の地球を探すべく旅だった宇宙戦艦ヤマトに戦闘班飛行科の新人として乗艦し、悲しくも宇宙に散った揚羽武その人だった。

 揚羽星羅……15歳。揚羽財閥の総帥の蝶人を父に持ち、何不自由なく育てられた娘は、両親の愛を一身に受けて、可憐な美しい、そして心の優しい娘に育っていた。
 武とは5歳違いの二人きりの兄妹で、やさしい兄とその兄を慕う妹、二人はとても仲の良い兄妹だった。

 「さあ星羅、家に帰ろうか」

 兄の墓に両親とともに花を手向けた星羅は父に促されて歩き始めた。

 「お兄様の魂は、今もあのルダ王女のところにいらっしゃるのかしら……」

 兄を思い出してポツリと星羅がつぶやいた。揚羽親娘は、武とルダ王女の淡い恋の話を、武の最期のこととともに、ヤマト艦長古代進から聞かされていた。

 「うむ…… 宇宙の女神となったその人とともに我々を見守ってくれているんだろう。なあ、母さん」

 「ええ、私の病気がこんなによくなったのも、きっと武のおかげだわ。星羅も私もお兄様の分も一生懸命生きていかないと……」

 星羅の頭をやさしくなでながら母は囁いた。悲しくないはずはない。1年経ってもそれはまだ癒されてはいない。だが、あの子の分まで生きよう。母のせめてもの思いだった。

 「はい……ママ」

 (お兄様……) 星羅は空に向かって心の中でささやいた。

 (やさしかったお兄様、宇宙戦士になるって言って、お父様の反対を押し切って訓練学校に入って…… それからはなかなか会えなかったけれど、帰ってきたときはいつもやさしかった。
 星羅の王子様の話をした時も笑いながらも「探してみるよ」ってやさしく言ってくださってたのに……)

 そう、星羅の王子様…… あの後、どうしたのかしら? どうか無事でいてくれますように。ううん、きっと無事でいてくださる…… そう信じているから……

 (6)

 星羅の心に在りし日の兄とのやりとりが思い出された。

 2203年の夏のこと、宇宙戦士訓練学校の休暇を利用して、武は自宅に戻っていた。

 「星羅、暗黒星団帝国が攻めて来たときは大変な目にあったんだってな。だめだぞ、ひとりで危ないことをしたら。まだ子供なんだからな。かえって母さんを悲しませることになるんだぞ」

 ちょっと恐い顔をして星羅を睨む武だが、瞳の奥は優しい光に満ちていた。

 「ごめんなさい、お兄様。あの時は、ママのことが心配で気がついたら誰もいなくって……」

 「誰か防衛軍の人に助けられたんだってな?」

 「ええ、とても素敵なお兄様だったわ。ねぇ、お兄様、防衛軍のお仕事をするようになったら星羅を助けてくださったお兄様を探してくださいね」

 「あははは…… 星羅はそのお兄様のことが好きになったのかな?」

 「えっ? そういうんじゃなくて……」

 そう言いながらも、頬をポーっと赤くする星羅の姿に武は笑った。


 「星羅は急に大人っぽくなったものな。この前まで、お兄ちゃん!って呼んでたのが、『お兄様』だものね? その素敵な星羅の王子様にあわせたくて背伸びしているんだろう?」

 「ちがうわっ! そんなこと…… 星羅だってもう中学生だもの! 少しは大人になったんですっ!」

 真っ赤になって言い訳する妹が武にはいとおしかった。少女の初恋の夢が壊れないことを祈るばかりだ。

 「わかったよ、おませなお嬢さん! お前の王子様を探してみるから。お祖母様の形見のペンダントを渡したんだったよな?」

 「ええ、あの人が無事でありますようにって……お守りに」

 「でもあれって本物のサファイアなんだろう? もう売り払われてるかもしれないぞ。それに防衛軍の制服を着ていたんなら、星羅より随分年上の人だぞ。もう、恋人もいるんじゃないか?

 武は妹をちょっといじめてみたくなってこんなことを言った。


 「お兄様のいじわるぅ!!」

 兄の胸をどんどんと叩きながら星羅は抗議する。

 「あはは……すまない。わかった、わかった」

 武が、本気で妹の王子様を探す気になっていたかはわからない。その後、星羅が兄に会わないまま、次の年の秋、武は宇宙で星になってしまった。
 その兄の死から1年がたった今、星羅は兄との会話が思い出され、涙がこぼれるのだった。

 (7)

 一方、南部には相原から連絡が入った。会って飲もうというのだ。

 「よお! 相原。元気そうだな」

 「ああ!! 元気ですよ。僕はいつも」

 にこにこ笑う相原の姿は嬉々としていた。

 「なんかいいことあったのか? さては、晶子さんと最後までいったか?」

 ニヤッと笑って相原を見る南部。相原は焦って答える。

 「な、なんだよっ、 最後までって…… あ、あのねぇ…… そうじゃなくて……」

 「なにがそうじゃなくでだ。ふんっ! お前ののろけ話はもう聞き飽きたよ」

 「へへへ…… でもちょっと聞いてもらいたいなぁ。えっへん! 僕と晶子さんね、この前の日曜日に正式に婚約したんだぁ」

 「えええっ!!」

 照れながら嬉しそうに話す相原に、南部は開いた口がふさがらなかった。

 (あんな美人を相手にこの男、そのうちボロをだすんじゃないかと心配と期待!?をしていたが、婚約しただとぉ!)

 驚き呆然とする南部に相原は優越感を持って尋ねた。

 「南部さんこそ、早くいい人見つければいいんでしょう!」

 「うっ……」

 今日は相原の方が優勢だった。南部は彼に返す言葉がなかった。

 「南部さんもいい加減真面目に付き合う人を探した方がいいんだけどな。まわりには一杯女性がいるんだから、その気になればすぐなのに、あっちこっちに手を出すもんだから……」

 「うるさいなぁ! 俺だって心に思う人くらい……!」

 「え? じゃあいるんだぁ?」

 「い、いるさ……」 いないとは言えなくて南部が虚栄を張る。

 「雪さん……って言うのはだめですよ! いくら憧れたってあの人は古代さんの奥さんなんだからねっ!」

 (痛いところをつきやがる。確かに昔は雪には惚れていた。そうイスカンダルへ着く頃までは…… だが、彼女の目には俺のすぐ横にいた男にしか向かれてなかった。男気があって、仲間をどんどん引っ張っていくあの男、ちょっと危うい所があるけれど、ほって置けないあの男……
 俺は多分、その男本人よりも早く彼女の気持ちを知って、恋になる前にあっけなく失恋した。
 イスカンダルの旅が終わるまでにはあっさりあきらめてたよ、彼女のことは……)

 「わかってるよ、そんなことはっ!」

 「じゃあ、別の人が?」

 南部の頭に浮かんできたのは、あの少女の姿だった。透き通った瞳で南部をじっと見つめたあの美しい少女の姿だ。そんな自分に南部は驚いた。

 「ばかな……」 思わずそんな言葉がこぼれ出てしまった。

 「? 南部さん??」

 「………… あ、ああ、いや……なんでもないよ。なんでも……」

 慌ててごまかす南部の態度に相原はなんとなく違和感を持った。

 (南部さん、好きな人いるんだな。でも、誰なんだろう? 南部さんの好きな人って…… どうしてあんなに焦るんだろう?)

 (8)

 翌日、相原は今度は晶子を伴って古代家を訪問した。

 「いらっしゃい、相原さん、晶子さん」

 雪がいつもの美しい笑顔で迎えてくれた。進も今日は在宅している。まもなく出来る新造艦の艦長に就任することが決まっている進は、現在その艦の最終調整に立会うため、地球で勤務を続けていた。リビングに通された二人を、進はそこで迎え、椅子を勧めた。

 「やあ、相原、晶子さん、いらっしゃい。どうぞこちらへ」

 実は、相原たちは先日の結納の礼にやってきたのだ。進と雪は相原たちの仲人をすることになった。まだ若いからと固辞する進を、相原はめずらしく強固に説得した。
 「堅苦しく考えなくていいから。自分たちの仲人は古代さんたち以外には考えられない。結納と結婚式の当日だけでいいから」と頼み倒してやっとうんと言わせ、この前の結納とあいなったのだ。
 結納当日は、相原以上に緊張した進の姿を見て、相原自身はかえってリラックスできて助かった。

 「この間はえらい目にあったよなぁ。ああ、まだ結婚式があると思うとそれを考えただけで俺は頭がいたくなるぞ」

 先日の礼を言う相原に対して、進が苦笑してぼやく。

 「うふふ…… 進さんのほうが緊張してて、可笑しかったわよねぇ」

 「言うなよっ」

 雪がお茶を持ってきて二人に勧めると笑った。夫を見つめる目がやさしい。進も雪のその視線にさりげなく目で答える。
 相原はこんな二人の自然な雰囲気が大好きだった。僕と晶子さんもあんな風になりたい…… いつもそう思っていた。

 「そうそう、それで僕は緊張がほぐれて助かったけど、ねぇ、晶子さん」

 「ええ…… 相原さん、とっても素敵だったわ」

 相原たちもチラリと互いを見つめあう。進たちから見れば、またこの二人の姿が初々しく気持ちいい。結婚を控えた二人の雰囲気は最高潮なのだ。

 「お前たちののろけはもういいよ。雪も笑い事じゃないぞ。結婚式だって、君はただ座ってればいいんだろうけど、俺は口上があるんだぞ。周りには苦手な上官ばかり並びそうな結婚式に、よりにもよって仲人だぞ」

 また、進がふくれっつらをする。

 「ふふふ、あなた上司に向かって演説するのお得意でしょう? だって、防衛会議じゃあいつも……」

 雪はちょっと意地悪っぽく笑いながら夫を見る。

 「む…… それとこれとは……」

 困った顔で言葉を失う進だが、相原たちの仲人をするのが嫌なわけではない。内心はとてもうれしいのだ。部下というよりも同僚と言ってもいいヤマトの仲間の結婚に貢献できることは、進にとっても雪にとっても幸せなことだった。

 (9)

 「あ、あの……ほんとにお世話かけてすみません。まあ、それはまたにして、それより古代さん、南部さんの好きな人って知ってますぅ?」

 相原が話題を変えた。昨日会ったことを思い出したのだ。

 「南部の好きな人?」

 「そうなんですよ、いるみたいなんだけど、言わないんだよなぁ」

 「南部のねぇ…… 知らないなぁ。あいつ、彼女がいっぱいいるからなぁ」

 進も考え込んだ。南部が女性と歩いているのは、たまに見たことがある。しかし、いつも相手が違うのだ。

 「そうだよなぁ、美人もいっぱいいるんだけど…… どの人もピンとこないんですよねぇ」

 相原も進も腕を組んでうなった。「うーん……」

 「いつだったか、南部さん、いつも本当の僕を見てくれる人がいない、って嘆いていたわ。なまじお金持ちの家に生まれるのって言うのも、大変なものね」

 雪は南部の自嘲気味の悲しげな顔を思い出して言った。
 晶子にはその当たりはさっぱりわからない。人当たりのいい南部は晶子にもいつも優しく接してくれる。その彼に決まった人がいないというのは、不思議なくらいだと思う。

 「南部さんって誰か心に決めた人が遠くにいるのかしら?」

 「うーん……あ、待てよ。そう言えばいつか言ってたあの少女……」

 進がはっと気がついたように顔をあげた。

 「少女?」

 そろって聞き返す3人に、進は暗黒星団帝国との戦いからの帰路に聞いた南部の少女救出談を話して聞かせた。

 「へええ、あの南部さんがねえ…… まるで白馬の王子様だなぁ」

 相原が意外な顔で言う。

 「もしかしたら、あいつ、あの娘のことをまだ思っているんじゃ……」

 「でも、その人は年も名前も何もわからないんでしょう? それに、まだ子供だったって言うんなら……」

 晶子も考え込んだ。

 「ああ、そうらしい。あの後、見つけたって話も聞かないしなぁ」

 「南部さんにそんな純情な話があったなんて……一目ぼれした少女が忘れられなくて、どんな女性とも本気で付き合えない……? でも、無理だよなぁ、再会するのなんて」

 「そうだな、よっぽど運が良くないとな。例えば、ヤマトの乗組員の妹だったとかな」

 「あははは…… 古代さん、それは小説の読み過ぎじゃないっすか? 人生そんなにドラマチックに展開しないって」

 「よく言うよ。相原、お前だってそうじゃないか! 晶子さんの名前も何も聞けなくてオロオロしてた奴は誰だよ」

 「こ、古代さん!! それは言いっこなしですって!」

 「はっはっは…… 赤くなってるぞぉ!」

 進が相原をからかって笑うのを雪がたしなめた。

 「まあ、進さん!笑い事じゃないわよ。南部さん、その人のことを思っているのなら、なんとか探し出してあげられないかしら?」

 「けどなぁ、手がかりが星の模様の入ったペンダントだけっていうのはなぁ」

 「そうねぇ……」
 
 なんとか、と言ったものの、雪もあまりにもの手がかりのなさに、ため息がでるばかりだ。
 結局進たちは、その少女を探し出すことは無理だと結論付けてしまった。

 しかし、南部康雄と揚羽星羅。出会うべき二人の運命の輪は、既に回り始めていた。

 (10)

 数日後、南部家では、父が南部をあるパーティに誘った。

 「おい、康雄、しばらく地球にいるらしいな。来週の日曜の晩、新造艦の完成パーティがあるんだが、一緒に行かんか?」

 「パーティなんてもういい加減飽きたよ。俺は家で寝てたほうが楽だ。また、どこだかのお嬢さんだって紹介されても困るしね」

 父親は南部の結婚相手でも物色しているのか、最近は、見合いしてみないかだの、パーティに出ようだのと息子を誘ってくるが、南部はどれも聞き流して相手にしない。

 「そう言うな、康雄。明日のパーティは、例の揚羽との初めての合同プロジェクトの成功記念なのだ。南部と揚羽は今まではずっとライバル社として対抗してきたが、今回初めて、真田科学局長の音頭で両社のトップクラスの研究者を集めたプロジェクトをくんだ」

 「ああ、聞いているよ。南部と揚羽の共同プロジェクトだって話題になってたからな」

 「そうだろう、画期的なことだ。両社はもちろん、防衛軍も相当力が入った艦だからなぁ。これは10年、いや20年先も考えてのプロジェクトでな。最終的には地球防衛軍の旗艦たるべき戦艦を建造するのが目的なのだ。その第一歩が今回の新造艦だ。防衛軍側からも長官を始め大勢出席する。
 それにこの艦の艦長は、古代進さんだ。製造段階から乗る側の立場としてプロジェクトに参加してもらっている。
 だから明日は、古代艦長は出席してもらうことになっている。それも美人の長官秘書のご夫人も同伴で…… 二人ともお前のヤマト仲間だろう?」

 「古代さんが新造艦の艦長に就任する話は聞いていたけど…… へええ、パーティにご夫人同伴でねぇ」

 (古代さんと雪さんが出席かぁ…… 確かに興味はある。夏に新婚家庭をのぞきみしてあてられて以来だしなぁ。あの二人が来るなら行ってもいいか)

 「古代さん達が来るんなら、行ってみるかな」

 南部は俄然興味を持った。息子の答えに父も満足そうだ。

 「そうか、そうか。揚羽さんも息子さんを亡くされて1年……ずっと喪に服されて、パーティなどはしばらくぶりだからな。この前、無事に一周忌を終えて、やっと出てくる気になったらしい。
 揚羽さんも大変なことだ。一人息子を亡くされて…… 彼は息子は自分の信じる道を生きることができて幸せだったと言っていたが」

 「揚羽……いいヤツだったよ。ご両親はずいぶんショックだっただろうなぁ」

 「そりゃあそうだ。本心はひどく辛かったに違いないさ。まあ、不幸中の幸いに、揚羽夫人の病気が奇跡的に回復したらしい。息子が助けてくれたんだって喜んでいたよ。古代艦長も最初は彼を亡くしたことを随分気にしていたようだが、揚羽さんは逆に励ましておられた。
 それに、確か……娘がひとりいるはずだな。まだ中学生だそうだが、明日連れてくるらしいぞ」

 「へえ、揚羽に妹がいたのか……」

 あの揚羽の妹だとすると、相当の美人だろうなぁと思わず想像する南部に、父は、

 「興味あるのか? なら、明日紹介してやろうか? 康雄」

 と笑う。南部は慌てて手を振ってNOの合図を送る。

 「とんでもない! 父さん。揚羽さんの娘だなんて、それに中学生? そんなわがままお嬢さんは願い下げですよ」

 「ははは…… それは残念だな。まあ、あちらもご子息を亡くしての一人娘、養子になって揚羽コンツェルンを継げる男じゃないと相手にはされんだろう。南部の家もおまえしかいないんだから」

 「それもやめてくれよ、父さん。俺は、一生防衛軍の一戦士でいるつもりだ。南部の家にも会社にも、俺は全く興味はない。優秀な部下もいるだろうし、従兄弟たちもいるんだから、そっちに期待してくれよ」

 「ふふん……相変わらず……か。まあいい、当日はインペリアルホテルで6時からだ。5時には会場に着くように行くから支度しておけ」

 「わかったよ」

 (11)

 そして、パーティ当日の午後5時の古代家。

 「おい、雪! まだ出来ないのかい? そろそろ出かけないと、遅刻してしまうぞ」

 支度を終えた進が化粧ルームからなかなか出てこない妻を呼ぶ。

 「はぁーい、もう少し待ってぇ……」

 「ふうー、相変わらず遅いなあ、女っていうのは……」

 再びソファに座りなおしながら進がぼやく。進の準備は当然のごとく早い。軍の仕事で出席するのだから、いつもの制服に艦長服を羽織れば終わりなのだから、毎日通勤するのと大差ない。
 が、雪の方は当然防衛軍の制服というわけにはいかない。この日のために新しく新調したイブニングドレスをまとって化粧に精を出していた。そして、

 「お待たせ……」

 いつもより少しすました顔で出てきた雪の姿はさすがに美しい。アップにした髪から耳もとにわざと少し落とした後れ毛が動くとふわふわと揺れ、耳もとのイヤリングがきらりと光る。
 ほどよい化粧。薄く引かれたアイシャドウはいつもの瞳をさらに美しく見せる。唇はパールを含んだピンクがかった赤。
 そして、体の線に沿ったスリムなデザインのイブニングドレスを見事に着こなしていた。
 待たされて文句の一つも言おうと思っていた進も言葉を忘れる美しさだ。

 「どう? 進さん?」

 ゆっくりと回って見せ、にっこり笑う雪に進は見惚れた。

 「ん? いいよ……」

 とっさに言葉がでてこない。と、当然妻から抗議される。

 「もうっ! あなたっていつもそれ。他に言う言葉がないの? 綺麗だとか素晴らしいとか……」

 「ああ、そうだ……な。 あ、とても綺麗だよ、雪」

 進はむくれる雪に苦笑しながら、近づいてすらっとした首筋にそっとキスをした。

 「うふふ……」 

 肩をすくめ、くすぐったそうに雪が笑う。その笑顔が魅惑的だ。進は今出かけなければならないことを忘れ、雪の耳元で小さな声で囁いた。

 「雪は何を着てても綺麗だよ。でも、一番綺麗なのは……何も着ていない君さ

 「ばかっ、進さんったら……」

 ぽっと赤くなった雪が進をつついた。そんな姿に進はこのまま熱い抱擁とキスを繰り返したくなる衝動に駆られたが、はたと今の状況を思い出した。時間がない! 今は出かけなければならないんだった!

 「さあ、雪! 時間がない。行くぞ」

 (12)

 二人で階下に下り、車を発進させたが、進はうかない顔をする。

 「進さん? なんだか憂鬱そうね?」

 「ん? ああ、こういうのは苦手だからな。と言っても、今回のは俺が出ないことには…… 真田さんは「開発が遅れているから行けない。お前に任せたぞ」なんて言う始末だし。防衛軍側の当事者が不在と言うわけにはいかないからなぁ」

 ため息混じりの夫の言葉は真実だ。

 「うふふ…… そうね」

 「でも、今日は雪が一緒だから助かるよ。会話の方は君に任せて俺は適当に相槌打ってるから」

 雪にウインクを一つ送って進は笑った。

 「もうっ…… じゃあ、貸しが一つよ、あ・な・たっ!」

 「借りはかえすさ、今晩にでも……ね」

 雪の方に顔を寄せて囁く進に、雪はほんのりと頬を染めた。

 「もうっ! そればっかりっ!」

 ふと、雪は先日の進との一泊旅行のことを思い出した。結婚半年の記念にと墓参りを兼ねて行った旅行。思い出の場所をあちらこちらと巡り、とても素敵な思い出ができた。そして……たくさん愛してくれた幸せなあの夜のことを……

 「わたし……幸せね」

 「え? なんだい、急に」

 「あなたに出会えて、色々あったけど、こうしてあなたの奥さんになって…… ヤマトに乗って本当によかった」

 「雪……」

 「ヤマトのみんなも誰も彼もみんな……幸せになって欲しいわ」

 「うん……」

 「相原君の幸せのお手伝いは少しできそうだし、島君も太田君も…… 次は南部君かしら? そう言えば、今日のパーティは南部重工も主役だから、南部さんも来るかしら? 確か彼、今地上勤務だったと思ったけど」

 「南部か? 来ないだろう? オヤジさんと一緒にパーティに出るなんて想像できないけど。たまに女の子でも探したいときには行くのかもしれないけどさ。ははは」

 冗談半分に笑う進に雪もつられて笑う。

 「ふふ…… でも、ほら、この前聞いた南部さんの思い出の女の子のこと、気になって……」

 「この前も雪は随分真剣になってたもんな」

 「なんとなく、南部君、近いうちにその彼女に会えるような気がするんだけど」

 雪が真面目な顔で隣の進の顔を見た。

 「どうして?」

 「うふっ、女のカンかしら……」

 何を言い出すかと思ったら、女っていうのは……と、進は雪の『女のカン』発言にあきれ、軽く肩をすくめるばかりだった。

 「当てにならないな。さ、着いたぞ」

 (13)

 二人の車が会場のインペリアルホテルに着いた頃、南部は父とともに主催者側として早々に会場に到着していた。
 父親はすぐに揚羽蝶人を発見し、息子を促し挨拶に向かった。

 「揚羽さん、無事に今日のパーティを迎えられてよかったですな。ああ、これは我が不肖の息子の康雄です」

 「こんばんは、南部康雄です。父がいろいろとお世話になっております」

 「ああ、こんばんは南部さん。康雄君ですか? 立派なご子息になられましたな。ヤマトでは息子がお世話になりまして…… あれも無事でいれば今頃は……」

 揚羽は思い出したように伏せ目になった。

 「本当に彼のことは残念なことを……」 南部も顔を曇らせた。

 「いや、あいつも本望だったでしょう。もう、嘆くのはやめにしましたよ。南部さん、今日は何卒よろしく頼みます」

 揚羽は康雄に向かって軽く笑顔を見せた後、父の方に向かって頭を下げた。

 「こちらこそ、ところで今日は、奥様とお嬢様もお出でになるとか?」

 「ああ、家内と娘は少し遅れて参ります。もう、間もなく来る頃だとは思いますが……」

 (助かった……まだ来てないのか。今日のパーティ中、揚羽のわがまま娘でも押しつけられたらどうしようかと思っていたが。その娘が来る前にここを退散しなくては)

 南部は心の中でほっとして、一通りの挨拶が終わると、早々に場を離れた。
 久しぶりにパーティに顔を出した南部の御曹司に、声をかける人は多い。老若男女の声かけを適当にあしらいながら南部は一人隅のテープル付近で立っていた。

 (14)

 パーティ開始の10分ほど前、会場がざわめいた。ほぉーっというため息混じりの声があちこちから聞こえてくる。南部がその声に入り口の方を見ると、それは正装姿で入場してきた進と雪だった。

 「ヒューッ」

 南部も思わず小さく口笛を吹いてしまった。艦長服に身を包んだ進とイブニングドレス姿の雪の姿は周りの注目をあびている。妻となってさらにたおやかさが増した雪の美しさは言うまでもないが、進も随分と落ち着きが出て、艦長らしい風格さえ感じられる。
 いつの間に……と南部が思うほど、進の雰囲気は変わった。雪を正式に妻にして、自信がでてきたのだろうか。結婚するということは、こんなに男に自信をつけるものなのか、と南部は驚くばかりだ。
 並んで歩く二人に周りはただ見とれ、あれは誰だと噂しあうのだった。

 「誰だい? あの美人連れの防衛軍士官クラスの制服の男は?」

 「あの人が今度の新造艦の艦長らしいぞ。だけど、ずいぶん若いなぁ」

 「なんだ、君は知らないのかい? あの人がかの有名なヤマトの古代進さんだぞ。奥さんも元ヤマトの乗組員で、今は長官秘書。美人の上に、超優秀ときた」

 「ああ、そう言えば見たことがある顔だと思ってたよ。すごいな、確かまだ20代半ばのはずじゃあ?」

 「そうらしい。若くして防衛軍のエリート、最新鋭新造艦の艦長で、奥さんは超美人ときたか…… 俺もヤマトに乗ってイスカンダルへ行ってくるんだったな」

 「何を言ってるんだ? 君に命をはって地球を守れるほどの度量があるとは思えないよ。並の人間にはできないことさ。俺を含めてね」

 「それもそうだな……ははは」

 近くで南部もよく知っている親の七光りにどっぷりの財界のお偉方の二世たちが話している。

 (当然だ。 お前たちに出来るような仕事じゃないよ。しかし……確かに、今日のあの二人は絵になってるな)

 南部は彼らの噂話を聞きながら心の中でつぶやいた。

 (15)

 パーティ開始直前、ホテルに到着した親娘がいた。遅れて来た揚羽星羅とその母親だった。

 「お母様、体の方は大丈夫?」

 長い療養生活を終えた母を星羅は気遣った。兄の喪中でもあって、母がこのようなパーティに出席するのは、病に伏さってからは初めてだった。

 「とてもいいわ。心配しなくてももう大丈夫よ。それより、星羅こそ大丈夫? こんなパーティは初めてでしょう? まだ早いかしらって思ったのだけれど、お父様がそろそろっておっしゃるから……」

 母は母で、まだ15歳の娘を気遣っている。

 「大丈夫よ。私だって15歳だもの、もうレディのつもりよ。それにね…… お母様、私、今日、防衛軍の方々が大勢いらっしゃるっていうから、あの私を助けて下さった人のことを聞いてみたくて」

 星羅は、あの日のことを思い出した。

 「3年前に私を心配して、一人で病院に行こうとした時のことね?」

 「ええ…… おばあ様の形見のペンダントをお渡ししたから…… きっとお守りにしていてくださってるって思うの」

 星羅の恋焦がれるような瞳に、母は気づいた。

 「星羅はその人のことが好きなの?」

 そんなストレートな問いに星羅は驚き、自分でもまだはっきりと認識していなかった想いに突き当たった。

 「……わからない…… でも、もう一度会ってお礼が言いたいだけよ……たぶん」

 戸惑いながら話す星羅の顔は年頃の恋する少女のそれだった。あまりにも想像のつかない相手に恋する娘に、母は少し懸念した。

 (星羅が思うような人でないかもしれないのに…… 初恋の夢は夢のままの方が美しいもの。探すなんて無理だわ)

 「だけど星羅、今日はお父様の大事なお客様のためのパーティよ。それに、出席される方々も上層部の方々で、そんなことおわかりにならないわ。今日の所はおやめなさいな」

 「でも……!」 抗議しようとする星羅に母は断固として言った。

 「今日は初めてのパーティなんですから、おとなしくしてたほうがいいと思うわ。いいわね?星羅」

 「……はい……」

 星羅は母の言葉に返す言葉がなかった。

 (でも……できれば誰かに聞いてみたい……)

 星羅はそんな想いを秘めて、母とともにホテルの15階にあるパーティ会場へと急いだ。

 (16)

 その時、噂話をしていた男の一人が南部に気付いた。

 「あれ? 南部康雄さんじゃないですか? 珍しいですね、最近パーティに来られてませんでしたね」

 「やあ、ご無沙汰してます」

 面倒くさいなと思いながらも邪険にはできずに軽く挨拶する。

 「そう言えば、南部さんはあの古代さんたちと同僚だったんでしょう?」

 「そうだけど…… 今日の俺は南部の不肖の息子としてパーティに出てるだけだ。軍とは関係ないよ」

 南部が投げやりに答える。

 「またまたぁ、不肖の息子だなんて。この前お父上が自慢なさってましたよ。『息子が私の作ったパトロール艇の艇長をしている。乗り心地も機動力もすばらしいって誉めてもらったよ』って」

 「父が……?」

 「お父上は南部さんの活躍されてるのがうれしいらしいですよ。でもそろそろ軍の方はやめてお父上のお手伝いをされないんですか?」

 「ははは、俺には向かないよ」

 あっさりと言ってのける南部に相手も苦笑した。

 「まあ、ひとそれぞれですからね…… おっ! あれを見ろよ」

 彼らの一人がまた入り口付近を見て言った。また、会場がざわめいた。

 (17)

 パーティが始まる直前に入り口から入ってきたのは、女性二人だ。一人は南部の母親くらいの年齢の女性だが、遠めに見てもしとやかそうな年相応の美しさを持っていた。
 そして、その隣を歩いている女性の方は、イブニングではなく膝丈までのワンピースを着ている。まだティーンエイジャーのように見える。美しくなびく黒髪が見えるが、こちらからは顔ははっきとは見えなかった。
 だが、なんとなく華やいだ雰囲気と言い、回りが見とれている様子からしても、美しい娘なのだろう。

 「誰だ? あの親娘は……」

 「揚羽氏の奥方とお嬢さんらしいよ」

 噂好きの二世達は、さっそく入ってきた二人を話題にした。こう言うことは情報通の彼らにとっては格好のネタなのだ。南部は黙って話に耳をそばだてた。

 「へぇぇ…… ということは、揚羽の跡取娘か……」

 「来年、高校生になるって言っていたが、美人らしいな」

 「ふうん、彼女をGETすれば揚羽コンツェルンの総帥の椅子も手に入るというわけか」

 「お前、狙うのか?」

 「狙って損はない。俺なんかは、次男坊だ。家の跡を継ぐわけでもないし、美味しい話じゃないか」

 「お前が相手にされればな。それにまだ子供だぞ」

 「そう言うな。チャンスがないわけではないぞ。ねぇ、南部さん?」

 「俺には興味はないね」

 「そりゃそうだろう? 南部さんは南部コンツェルンの跡取なんだから、どんな女性でも望みのままですからねぇ」

 「そういう問題じゃあないよ」

 (ばからしい……そういう話はもう聞き飽きた。この世界の奴らは必ず人間本人より、そのバックグラウンドを気にする。どうしてみんな自分の足で歩こうとしないんだろう)

 南部は噂話に花を咲かせる男達に対して、憤りを通り越して呆れるばかりだった。

 (やっぱり俺は、こっちの世界にはかかわりたくないな…… 退散、退散!)

 南部は彼らの前を離れ、進たちの方へゆっくりと歩き出した。

 (18)

 その時、司会者がマイクを持ち、パーティの開始を宣言した。月並みな挨拶が続く。進も呼ばれて壇上にあがり、雪が中央あたりのテーブルの前に一人で立っていた。

 「雪さん!」

 「あらっ、南部さん…… やっぱり、いらしてたのね?」

 雪は南部の姿を見ると嬉しそうに微笑んだ。

 「ほんとは来るつもりじゃなかったんだけどねぇ、古代さん達が来るっていうから、冷やかしにねっ」

 ウインクして雪に意味深な笑いを向ける。

 「まあ、いやあねっ」

 「やあ、でも雪さん、今日は一段とお美しいですねぇ。そのドレス、新調されたんでしょう?素敵だなぁ。とてもよくお似合いですよ」

 南部はこういう挨拶はお手のものだ。女心をよくわかって、きちんと誉めてくれる。

 「うふふっ、ありがとう、南部さん!」

 「旦那様にもたっぷり誉めてもらったんでしょうね?」

 「まさかぁ、あの人がそんなこと言うと思う? どーお? って聞いたら、『ああ、いいよ』だけよ。もう……」

 雪は困った顔でちらっと前方の壇上を見て、すねたように話す。進はちょうど簡単な挨拶を終えて壇から降りるところだった。

 「あははは…… やっぱりそうかぁ。でも、さっき遠くからお二人を見てたら思わず見とれてたんだけどなぁ。古代さんもすっかり立派になったなぁって、やっぱり『外見』だけかぁ」

 「ふふふ……そうそう、『外見』だけ……ね?」

 雪がくすっと笑うと、南部にささやくような声で言ったのだが、悪口と言うのはよく聞こえるものだ。

 「誰が外見なんだって?」

 挨拶を済ませてきた進が戻ってきて、南部の首を軽く締めるように腕を巻きつけた。

 (19)

 「うわっ! あはは……ご無沙汰してます! 古代艦長!!」

 「元気そうだな? 南部も…… 今日は、パパのお供でお坊ちゃましてるのかい?」

 進が揶揄するのに、南部が口をとがらせた。

 「冗談じゃない。やめてくださいよ、そういう言い方っ!」

 「ははは……すまん、すまん。オヤジさんと一緒にパーティなんて珍しいじゃないか。お前もとうとう観念したかと思って」

 「一生しないって! それより、お二人さん、よくお似合いで……古代さんご夫婦で注目されてましたよぉ! いいなぁ古代さんは、こういう美人の奥さんを連れて歩けて……」

 南部のからかいを込めたほめ言葉に雪はうれしそうに微笑む……が、進はとんでもないといった顔で肩をすくめた。

 「何を言ってる! だいたい俺はこういうのは好きじゃないんだ。しかたなくさ。その上、今日は『奥様も是非ご一緒に』と言われたものだから、雪のやつ、衣装がないとかどうとか言って、新しく買ったんだぞ、この服。おかげでひどい出費だよ」

 「またまたぁ! そういうことを言ったらだめだって、最愛の奥様が美しくなるんだから、こんな衣装の一つや二つ安いもんでしょう? それともなんですか? 『何も着てない君の方が綺麗だ』とかなんとか言って口説いてたんじゃないでしょうね。自分の奥さんを!」

 今さっきのやり取りを見てきたように言う南部に、二人は真っ赤になって揃って声をあげた。

 「な、南部っ!」 「やだっ、南部さんったら……」

 「ははは……(ありゃ、冗談で言ってみたら、当たりかよ? マジで言ったらしいなぁ、まったく……この男はぁ)相変わらずお熱いことで」

 南部は二人の前で、頭をかきながら軽く苦笑したが、内心では笑いが止まらなかった。

 (20)

 「そんなことより、ねぇ、南部さん。あなた女の子を探しているんですってね?」

 雪は赤くなった頬をおさえながら、話題を変えて南部に尋ねた。

 「え? 女の子って?」

 南部は一瞬なんのことだかわからなかった。

 「ほら、あの暗黒星団が攻めて来た時に助けた子だよ。相原がこの前来て『南部さんは絶対心に秘めた好きな人がいる!』って言ってたぞ。あの子のことだろう?」

 進の言葉に、南部は心臓がドキドキと大きく動悸を始めるのを感じた。

 (あの子のこと…… この前相原の反応が変だと思ったら何か気付いたな。それで古代さんに聞いたというわけか…… ま、まずい……)

 「ち、ちがいますよ! そんなんじゃないですって……」

 「あやしいなぁ。あのペンダントはどうした? 今でも持ってるんだろう?」

 慌てて否定するが、進に完全に見ぬかれていた。確かに、今もあのペンダントはずっと持っている。南部は言い返すことが出来なかった。

 「ぐっ……」

 「もしかして、今も肌身離さずに持ってるのね? ねぇ、見せて」

 雪がそんな南部の態度にさらに追い討ちをかける。

 「あ…… ははは……」

 雪に迫られ、結局ごまかしきれず、南部はおずおずと星の模様のペンダントを内ポケットから出した。

 「やっぱり!」

 そのペンダントを見て、進と雪が声をそろえて言った。

 「いや、その、だから違うんだってば。これ本物の宝石らしくて、高価なものらしいし、もし出会ったら返さないとまずいなぁって思って…… ま、それで、その…… いつでも渡せるように持っているだけで……」

 苦しいいいわけをする南部はいつもの軽口な彼からは想像できない。

 「お前、そんなの全然理由になってないぞ!」

 「う……」

 今日は、完全に進の勝ちだった。

 「じゃあ、やっぱりこういう財界の方々のパーティに来てる人たちが知ってるかもしれないわよね。そういう宝石だって言うならねぇ」

 にこっと笑って南部を見つめる雪の瞳がきらりと光った。

 「ねぇ、それでもっと詳しく教えて、その子のこと……」

 「教えてやれ、南部。雪はさっきから「女のカン」だとかで、お前がその子と会えるような気がするらしいから…… ほらほらっ!」

 「あ、いや、その…… あ〜っ! あっちに、ちょっと知り合いが…… ちょっと挨拶してきます! また後でぇ!」

 たたみかけるように迫る二人に、南部はこれ以上話すと自分の密かな想いが全部ばれそうで焦った。
 まずいと思った南部は、逃げるように二人の前から立ち去っていった。

 「なんだ、あいつ、いっちょ前に照れやがって……」

 「ふふふ…… 本物みたいね、南部さんの気持ち。でも、ほんとに誰なんでしょうね? その彼女」

 (21)

 南部の後姿を見て、二人で肩をすくめた時、声をかける男があった。

 「古代艦長、本日はご足労ありがとうございました」

 それは、今回のパーティの主催者の一人、揚羽蝶人だった。隣には、妻と娘がいた。

 「こちらこそ、ご招待いただきましてありがとうございます。あ、ご存知かと思いますが、妻の雪です」

 進は、揚羽に軽く会釈をすると、雪の背に手を回して紹介した。

 「今晩は、雪さん。この前も長官のお供でお会いしましたね。ですがご結婚されてからご主人と一緒の姿は初めてで。今日のパーティも古代艦長に是非お連れいただくようにお願いした次第です。ドレスもよくもお似合いで、いやぁ、本当に素晴らしいカップルですなぁ」

 「ありがとうございます。主人がいつもお世話になっております」

 雪も揚羽に挨拶し、深々と頭を下げた。

 「あ、こちらが私の妻と娘です。古代艦長には、一度お目にかかっておりますが、奥様は初めてですね」

 「どうぞ、よろしくお願いいたします」

 揚羽の妻と娘も頭を下げて挨拶した。美しい妻とまだ若いが既に美しいレディの片鱗を見せている娘。息子を失った蝶人にとってかけがえのない大切な二人なのだろう、と雪は思った。
 そんな雪の視線を感じたのか、少女は恥ずかしそうに微笑みを返してきた。

 (22)

 しばらく談笑していたが、揚羽夫婦に声がかかった。彼らの旧友のようだ。1年ぶりのこのような場への復帰に、皆が喜んで声をかけてくるのだ。
 揚羽も妻もよく知っている友人夫妻のようで、4人は話しに花を咲かせ始めた。
 黙ってその様子を見ていた少女が振り返って雪の方を見た。それを合図に雪が声をかけた。

 「こんなパーティはよくいらっしゃるの?」

 「いいえ、今日が初めてなんです。ドキドキしてます」

 何か話したそうにしていたその少女は、雪に声をかけられてホッとしたように話し出した。

 「大人の方が多くて緊張して…… 雪さんくらいの若い方がもっといらしたらいいんですけど……」

 微笑む姿は、兄の武を髣髴させるところがある。掘りの深い美しい少女だった。

 「雪でよかったらいくらでも貸しますよ。星羅さん、だったっけ?」

 進も微笑んで、1年前に会った時に聞いた名前を思い出して言った。

 「はい、ありがとうございます…… 古代艦長。去年は兄のことをいろいろ教えていただいて、嬉しかったです」

 「お兄様のことは本当に残念なことを…… 私もヤマトの乗組員として一緒に戦ったのよ。素敵なお兄様だったわ」

 雪の同情を含んだやさしげな眼差しに、星羅は一瞬目を伏せたが、すぐに顔をあげてはっきりと言った。

 「はい……いいえ。もう、後ろは振り返らない。前を向いて歩こうって両親と3人で決めましたから……」

 「そう…… えらいわね。星羅さんって高校生くらい?」

 「来年、高校生になります。今は、中学3年生、15歳です」

 星羅のしっかりした話し方や物腰から、見た感じ17,8歳くらいかと思ったので、雪はちょっと驚いた。

 「まあ、まだ中学生? 今の若い人って大人っぽいのねぇ」

 「そんなことないです……」 恥ずかしそうに微笑んでから、星羅は決心したように言った。「あの…… 一つ聞いていいですか?」

 「なあに?」

 「古代艦長も雪さんもヤマトに乗っていらしたって言うことは、防衛軍の方なんですよね?」

 「ええ、そうよ」

 進も雪も、星羅が何を話そうとしているのかと、星羅の顔をじっと見た。

 「あの…… 防衛軍の方で、星の模様の入った小さなペンダントを持っている男性の方を見たことありませんか? 名前も何もわからないんですけど…… 20代くらいの……あ、メガネをかけてました」

 星羅の説明を聞くか聞かないかに、進も雪もそれが南部のことだということがすぐにわかった。

 「えーー!」

 「もしかして……あなた…… 暗黒星団の攻撃の時にその人に助けられたとか?」

 雪の質問に、星羅の顔がパッと明るくなって見つめ返した。

 「そうです!!! ご存知なんですか!? その人にペンダントを渡したのは私なんです!」

 (23)

 「やっぱり、南部だ……」

 進がつぶやくように言ったその言葉を、星羅は聞き逃さなかった。

 「南部? 南部重工の関係の方なんですか? じゃあ、今ここに来られているんですか?」

 「……星羅さん、会いたいの? その人に」

 雪が優しく星羅に尋ねた。星羅はぽっと顔を赤くしながら答えた。

 「あ……あの…… ずっと忘れられなかったんです。あの方が…… 星羅の王子様なんです……」

 「王子!? ぷっ……」 進が南部の顔を思い出して吹き出す。

 「あなたっ!」 雪がすぐに夫をたしなめ、睨みつけた。

 「いや、すまない。星羅さん、その男は南部康雄って言って、南部重工のご子息だよ。今日もここに来てる。今、呼んできてあげるよ」

 進はまだ可笑しそうに笑いながら星羅に説明を始めた。

 「ほんとですか! よかったぁ」

 その星羅の輝く顔を見て、進はさっそく南部の居場所を探して歩き出そうとした時、雪がひきとめた。

 「あ、進さん!! ちょっと待って」

 「どうしたんだ?」

 「南部さん、素直に会うかしら? だって、あんなにごまかしてたし、その上、揚羽さんの娘だって言うことは……」

 「あ…… あいつの嫌いな……」

 確かに雪の言い分には一理ある。父親の仕事関連は常に避けようとしている南部のことだ。揚羽の娘だとわかったら、自分の気持ちに素直にならないかもしれない。
 とりあえずは素性を隠して再会させた方がいいというわけか……

 「ね、進さん、南部さんをバルコニーの方に誘ってくれない? 私は星羅さんを連れて行くから…… えっと、10分後に」

 「よし、わかった。行って来るよ」

 進はウインクを一つすると、南部を探しに行った。

 「星羅さん、南部さんは、お兄様と一緒にヤマトに乗ってた仲間だったのよ。本当に奇遇ね。今日も、お兄様がめぐり合わせて下さったのかもしれないわね。南部さんも、あのペンダントを、それはそれは大切に持っているのよ。きっとあなたのことを想ってると思うわ」

 「はい……」 星羅が嬉しそうに笑う。

 「でも、南部さんって、お父様のお仕事に興味持たれてなくて、こういう財界の方はあんまり好きじゃないのよ。だから、最初に会ったら、星羅さんの名字は伏せておいたほうがいいわ。よーく、話をしてお互いの想いを伝えてから……詳しいことは、ね」

 「雪さん……?」

 「大丈夫よ。星羅さんはその人のことが好きなんでしょう?」

 「……はい…… 思い出に恋してるだけだって兄にも笑われましたけど…… でも」

 胸に手をあてて真剣な目をする星羅に、雪は微笑みながらそっと肩に手を置いた。

 「うふふ、これからのことは会ってからゆっくり考えればいいのよ。でも、きっとあなたの思ったとおりの人だから。さあ、行きましょう」

 (24)

 その頃、既にバルコニーに連れ出された南部が進と話していた。

 「なんですか、古代さん。折り入って話だなんて……」

 「いやぁ、そのなんだ…… ああ、相原の結婚式のことなんだが……」

 進はとりあえずの話題を考えて適当な話を始める。南部もその話に乗ってきた。面白そうな話題だとでもいうように、したり顔で進の顔を見た。

 「ああ、古代さんが仲人なんだってねぇ。楽しみだなぁ」

 「それでな、紹介の文句がなかなかうまくできなくてなぁ。ああ……」

 そろそろ来てくれないかなぁと気になって、会場との出入り口をちらちらと見ながら、進は話を続ける。そのとき、雪が姿を現して進を呼んだ。

 「進さんっ! ちょっと!!」

 「あ、雪が呼んでる。ちょっと待っててくれ、すぐ戻るから」

 進はほっとして、南部にいいわけをしてその場を去った。

 「了解!!」

 南部は、また誰かに紹介して欲しいとか言われて呼び出されたかな? 新造艦の艦長さんも大変だなぁ、などと軽い気持ちで、苦笑しながら、進を見送った。
 そして、バルコニーに腕を巻きつけもたれながら、空を見上げた。晴れた空には星が美しく輝いている。

 (星か…… あの星のペンダントの輝きもあの星々に負けないくらいに美しい。そしてあの少女の瞳もそれにも増して……)

 「あの……こんばんは……」

 女性の小さな声に南部ははっとして見上げていた顔を元に戻した。

 「はい? 君は……?」

 薄暗いバルコニーでは相手の顔が十分には見えない。

 「覚えてますか? 私を……」

 「え?」

 南部は自分を真剣な眼差しで見つめるその少女をじっと見返した。少し考えたが、覚えがない。誰かに似た面差しがあるようにも思うが…… 南部は首をかしげた。誰だ? 誰かガールフレンドの妹か?

 さらに数秒の沈黙の後、南部はやっとその瞳の中に覚えのある輝きを発見した。もしや…… あの時の輝き…… あの小さな少女が!? 目の前にいる小さなレディに育っていたとしたら……?
 その南部の予想を裏付けるように、相手の少女が口を開いた。

 「星のペンダント……覚えがありませんか?」

 星羅は泣き出しそうな顔になりながら訴えた。覚えていて! お兄様!!

 「あっ! じゃあやっぱり……もしかして、君!! あの時の、ペンダントの!?」

 やっぱりそうだったのか、と南部はやっと自分の想像を確信した。

 「ああ、やっぱりあの時のお兄様なんですねっ! よかった!! 会いたかったんです。もう一度!!」

 星羅の目から涙がポロリと落ちた。

 「あ…… 君があの……」

 「無事だったんですね。よかった……」

 嬉しさがこみ上げてきて、星羅はうまく言葉にならない。なんとか言葉を押し出して話した。

 「あ、ああ。無事だったよ。君のペンダントのおかげで…… そうだ、これ…… 君に返すよ。ありがとう、僕が今までの戦いで無事に過ごせたのは、このペンダントのおかげだよ」

 そう言うと、南部はポケットからペンダントを取り出して、少女の首にやさしくそっとかけてやった。

 「よく似合ってる

(by めいしゃんさん)

 「ありがとうございます」

 「それ、大切な物だったんだろう?」

 「はい……おばあちゃんの形見にもらったペンダントなんです」

 「そうだったの? 大事な物だったんだね。君の名前は?」

 「……星羅です」

(by めいしゃんさん)

 「せいら……ちゃんか。いい名前だ。僕は南部康雄」

 「あの……南部さん?」

 「なんだい?」

 「私、ずっとずっと南部さんのこと思ってました。ずっとずっと会いたくて…… 兄にも探して欲しいって頼んでたんです」

 「そう……だったの。僕も会いたいって思ってたよ。無事にご両親のもとに戻れたんだね」

 南部は思い出の少女に会えた感動と驚きで、彼女がなぜここにいるのかということに考えが到達しなかった。ただ、心の重石が溶けたように軽くなって行く自分を感じていた。

 「はい…… あ、そうだわ!! パパやママにご紹介します。お礼をいってもらわないと」

 「え? 来てるの? ご両親が…… 君は一体……」

 ここで初めて南部は今いる場所のことを思い出した。財界のトップが集まるパーティになぜこの娘がいるのか? どう見ても手伝いやウエイトレスには見えない。れっきとした客のようだ。ということは……
 考えがまとまらない。今さっきまで会いたいと思っていたあの小さな少女が突然現れた。それもあの時はまだ小さなつぼみだったあの少女が、今、可憐な花を開かんとするばかりに美しく成長して。感動や戸惑いの気持ちなど、いろいろな思いが入り混じって思考がまとまらないのだ。
 少女のやわらかな手に引かれながら、南部はこれだけをやっと尋ねた。

 「ところで、君今いくつなの?」

 「え? あの……15歳です」

 (じゅうごぉ!! はあ、だめだ、やっぱりだめだぁ! こんな子供を相手に俺は何をしようというんだ……)

 年を聞いてがっくりきている自分がいた。この少女に惹かれているという事実に驚いた。しかし、この娘の両親に挨拶を済ませたら、早々に退散した方がいい、と思う。深みにはまる前に! 南部はそんな事を考えていた。

 (25)へつづく

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