イスカンダル幻想(宇宙戦艦ヤマト 第25話より)



 西暦2200年4月、ヤマトはガミラスを打ち破ってイスカンダルに着いた。女王スターシアから歓迎を受け、約束のコスモクリーナーDを受け取る算段もついた。
 そして、機材の積み込みと艦の修理のため、数日間イスカンダルに停泊することになった。

 ヤマトクルー達は、修理や荷物の積込みの当番者以外は、スターシアの許しを得てイスカンダルを自由に見学散策させてもらうことになった。
 それぞれが、思い思いの物を見て周った。ある者は、久しぶりの自然を満喫し、ある者は、エアカーのようなイスカンダルの乗り物に乗り、星の中を観光した。
 イスカンダルにもう人はいない。しかし、主のいないその乗り物は、驚くほどきちんと整備されていた。すべて機械化しているのだろう。
 クルー達の中で最も人気があったのは、ダイヤモンドでできた島だった。このかけらを地球に持って帰ったら、大金持ちだな、などと言う冗談だか本気なんだかわからない会話が盛んに飛び交っていた。

 (1)

 そんなある日のこと、雪は先日スターシアと共に弔ったサーシャの墓を、再び訪れようと思い立った。ただ墓標だけが何万と並んでいる墓地に新しくできた小さな墓。そのあまりにも寂しそうな墓に、雪は花でも供えてあげたかった。
 その時ちょうど一緒に休暇になっていた進が一緒に行くと言い出した。

 「俺も一緒に行くよ。サーシャさんにもう一度お礼をいいたいから」

 「あら、古代君はお兄さんと過ごさなくていいの?」

 死んだと思っていた進の兄守は、スターシアによって救われていた。だから、雪は進が兄と過ごす時間が欲しいのではないかと思ったのだ。

 守は進たちが出会ったとき、まだ体が十分に回復していなかった。そのため、今もまだイスカンダルの王宮で養生している。
 艦長の沖田には、守の無事を伝えてあったが、それ以外の者へはまだ知らせていない。
 それには訳があった。守の生存が乗組員達に知らせれば、大騒ぎは目に見えている。顔を見たがるものも見舞いに行きたがるものも多数出るに違いない。クルー達には悪いが、ヤマトが発進するまでに完全に体調を戻しておかねばならない守にとって、大騒ぎは体によくないだろうと言う判断からの処置であった。

 「兄さんは、スターシアさんと色々話があるみたいだよ。礼を言いたいんだろう。俺は、これからいくらでも話す時間はあるからいいんだ」

 守はスターシアと話していると聞いて、雪は嬉しくなった。スターシアは守を愛している。そして、守も同じようにスターシアを愛しているように思える。だから、二人は今ごろ告白しあっているかもしれない。
 守たちと同じように、自分と進も、互いの気持ちを伝えることができる日がくればいいと、雪は思った。

 「そう、じゃあ一緒に行きましょう」

 雪は進の申し出を素直に受け止め、にこりと笑った。

 (2)

 途中、花畑に立ち寄り、淡い黄色の小ぶりの花がたくさんついた菜の花のような花を摘んだ。その花がサーシャが好きな花だったと、スターシアから聞いたのだ。

 雪は墓前に腰を下ろすと、その花をそっと供え、両手を合わせて祈った。進もその後ろで黙祷する。

 「サーシャさん、本当にありがとうございました。あなたのおかげでヤマトはここイスカンダルまで来ることができました。僕は、今でもあなたを失ったことを、とても悲しく思っています」

 進が静かな声で、サーシャへの感謝の言葉を告げた。その声が、背中から雪の心にも響いた。

 (サーシャさん…… あなたが生きていらしたら、お姉様のスターシアさんもどんなに喜んだことでしょう。でも……)

 雪は、ここ数日急に心にもたげ始めた不安を思い起こした。それは……もし、サーシャが生きていたら……ということ。
 スターシアは、サーシャに面差しがよく似ていると言う雪に親しみを感じたのか、サーシャの話をいろいろと聞かせてくれた。その話の中の彼女は本当にすばらしい女性だった。勇気があって、やさしくて、でも少し勝気で、それでいて王家の娘としての気品にあふれていたという。
 スターシアは心から妹を愛し、またたった一人の肉親としてイスカンダル人として頼りにしていた。

 だから、彼女がもし無事で、今ここにいればどんなにいいだろうか、と願う気持ちは雪にも心一杯にあった。

 しかし同時に、後ろの進のことを思う。このイスカンダルへの旅の間で、雪は進に惹かれ、心から愛するようになった。そして、進も同じように自分のことを思ってくれていると、地球に無事戻れたら、きっとその思いを告げてくれると信じている。

 (だけど……もし……
 もし、サーシャがあの火星に着いたとき、生きていたとしたら? そして、元気になってヤマトに乗り込んでいたとしたら……?
 守さんがスターシアさんを愛したように、弟の古代君も彼女を……?)

 イスカンダルの空気が、そんな幻想を抱かせるのか…… いぬ人を意識するなど、せん無いことと思いつつも、雪の心の中に、なにかしらもやもやとして形にならない不安が小さく湧き上がっていた。

 (3)

 じっと墓前に蹲ったまま動こうとしない雪を、進が促した。

 「そろそろ行こうか、雪」

 雪の中のもしもの空想が進の言葉で一気にはじけとんだ。

 「あっ!? あ、ええ……そうね」

 雪は慌てて立ち上がると、進を見た。進は頷くと歩き始め、雪もその後に続き、二人は並んで墓を後にした。歩調が遅くなりがちな雪を振り返り見て、なんとなく落ち込んでいるような気がした進は、わざと明るく声をかけた。

 「どうした? 何落ち込んでるんだよ! いつもの元気な生活班長さんはどこ行ったんだい?」

 「……別に落ち込んでなんて……」

 進はそんな雪の落ち込みが、今はなき多くのイスカンダル人への哀れみと死んだサーシャへの悲しみなのだと取った。雪の気持ちを推し量るように寂しげな顔をした。

 「イスカンダルの人々やサーシャさんが亡くなったのは仕方のないことだったんだ。いや、サーシャさんは俺達がもう少し早く行ければなんとかなったかもしれなかったんだけど……」

 「古代君達のせいでもないわ。それに……」

 それに――そんなことで考え込んでたわけじゃないのよ。雪は、心の中でつぶやいた。だが、それを進に対して口にすることはできない。
 それ以上何も言わない雪に、進はふうっとため息をついて肩をすくめ、二人はまた黙って歩きはじめた。

 (4)

 しばらく行くと、行きがけに花を摘んだ花畑に戻ってきた。あたり一面に黄色い花が咲いている。その花畑の真中で、雪がふと立ち止まった。前を歩いていた進もそれに気付いて立ち止まった。

 「きれいね…… イスカンダルはまだこんなにきれいな花が咲くのに、もうスターシアさん以外の人がいないなんて……」

 「ああ……」

 二人は今の地球が無くしてしまった美しい自然の風景を感慨深げに見た。花畑の向こうには、抜けるように青い空と、より深い青の海が水平線を隔てて隣り合っている。幻想的に美しい光景だ。二人ともセンチな気分になる。

 進は、ふと横を向いてその光景に見入っている雪の横顔を見た。ほっそりとした顔、大きな瞳にかかるきれいにカールした睫毛、小さくすらっと伸びた鼻、ほんのりと赤く色づく唇。雪のそんな美しさが、このイスカンダルの光景に溶け込んでいる。

 (きれいだ……)

 心で思う。けれど、口に出てこない。さらに心の中が沸き立った。愛しさがこみ上げる。

 (雪、好きだ…… 大好きだ。この宇宙の誰よりも君が……好きだ)

 ふと視線を落とすと、さらりと下ろした雪の腕の先に、まさに白魚のような美しい手が見える。進の右手がぴくりと動いた。

 (あの手を握りたい。そして、この気持ちを伝えようか……)

 「す……」

 しかし、口は軽く開きかけたものの、今の進の口からはその言葉は出てこなかった。

 (だめだ、まだ言えない。地球に戻ったら、無事に地球に戻れたらその時は……)

 進は手の動きを止め、手のひらをぎゅっと握った。使命を果たすまでは、と言う責任感と共に、もしも色よい返事がもらえなかったら、地球への旅路をどう過ごしていいかわからないという弱気な思いが、進を後一歩の行動へと移させないでいるのだ。

 その時、雪がその視線を感じて、進の方を向いた。進のいつにない真剣な眼差しに心がときめく。もしかしたら、ここで告白してくれるのだろうか。そうしたら、今の自分の変な妄想は消えてしまうかもしれない、雪はそう思った。今ここで、好きって言って欲しい……雪は瞳でそう訴えた。

 しかし、進は雪に突然振り向かれて慌てふためてしまった。ギョッとする進に、雪が声をかけた。

 「古代君?」

 「す……スターシアさんは、この星で一人で生きて行くのは、寂しくないのかなぁ、って思ってしまったよ。あ、ああ、でもこの星はきれいな星だよなぁ」

 進の答えは、ちぐはぐな答え。雪の落胆は大きかった。

 「何変なこと言ってるのよ?(ん、もうっ! 意気地なし!!)」

 「えっ!? あ、いやぁ、そのぉ……」

 「さっ、帰りましょ!」

 すっかりいいムードが壊れておかんむりの雪。しかし、突然ふくれっつらになった雪の思いなど、進が気付くはずもなかった。

 (5)

 とその時、美しい色をした蝶が1羽ひらひらと花畑に飛んできた。

 「あっ、蝶々だ!雪!!」

 「ほんと、かわいいわ!」

 進がうれしそうな声で叫ぶ。雪もさっきのことを忘れて、その美しい舞に見とれた。

 イスカンダルでは人はもう死滅したが、動物たちは数少ないがまだ生息しているらしい。スターシアがそう話していた。この蝶もその最後の生き残りの一つなのだろう。
 赤紫を基調に玉虫色に輝くその蝶は、地球では見たこともない鮮やかな色彩をしている。動植物好きの進は、興味深げにその蝶の動きを目で追っていたが、ふと思い出したようにつぶやいた。

 「なんだかサーシャさんが花を見にきたみたいだなぁ…… あの時、彼女はちょうどあんな色のきれいな服を着ていたんだ」

 雪は、目を細めて蝶を見つめる進の横顔を、ちらりと見た。何か遠くの手が届かないものへの強い憧れでもあるかのように、一心にその蝶を見つめる進の姿は、雪にさっきの墓での思いを蘇らせた。

 (古代君はやっぱりサーシャさんのことを……?)

 そんな不安がついに口に出てしまった。

 「もし……」

 「ん?」

 「もし、サーシャさんが生きてらして、ヤマトに乗っていたら……と思って」

 「そうだなぁ……」

 進が思わず微笑む。サーシャが生きている姿を想像しているような柔らかなその笑みに、雪の心がずきんと痛んだ。

 「……一人で地球まで来た方ですもの。優秀な人だったんでしょうね。きっと、第一艦橋で活躍されていたかも…… そうなったら、私の場所がなかったかも……」

 (本当はヤマトの仕事のことじゃない。古代君の好きになる人のこと。古代君は私よりサーシャさんを好きになったかもしれないって……私は思いが伝わらなくて悲しい思いをしていたのかもしれないってこと。だから、古代君!そんなことないよって言って!)

 言葉とは裏腹に、心の中で雪はそう訴えた。しかし進の回答は期待したものではなかった。

 「あっははは……そうかもしれないよなぁ。あの人ならすごい才能を持っていたかもなぁ。それに美人だし……」

 「そう……よねぇ……」

 雪は同意しながら、一抹の寂しさを押さえきれなかった。伏目がちになる雪に、進はやっと何かを感じたようだ。

 「なんだ、雪。心配してるのか? 自分の職場がなくなるって」

 進はからかい半分で、目が笑っている。

 「そ、そんなこと…… 私だってサーシャさんが生きてらしたら、嬉しかったわ」

 雪は慌てて答える。進に変な嫉妬をしているように見られたくはなかった。進はその雪の言葉に「うん」と頷くと、言った。

 「確かに姿は君に似てたけど…… きっと生きて話していたら、素敵だっただろうなぁ。上品で落ち着いていて優しくて、それでいてしっかりしてて……」

 目の前に雪を置いて、本人を誉めるのが気恥ずかしい進は、サーシャに重ねて雪を誉めたつもりだった。しかし、サーシャを意識している今の雪には、はにかみながら話す進の姿は、全く反対の意味に思えてしまう。

 「どうせ、私はおっちょこちょいでがさつですよっ!」

 「あっ、いや、そう言う意味じゃあ……」

 進は雪を誤解させた自分の言い方の拙さに、しまったと思ったが、時既に遅し。雪はぷいっとふくれて、すたすたと歩き始めた。
 進は慌てて後ろを追いながら、「おっちょこちょいだってかわいいんじゃないか」とか「女は愛嬌だし」とか言いわけを始めたが、焦っている進に気のきいた言葉が出るはずもなく、雪の気持ちをさらに落ち込ませるだけだった。

 (もしも……なんて考える必要もないのに…… でも……やっぱり、古代君ってただサーシャさんの幻影を私の中に見ているだけなの? 本当に好きだったのは、私でなくてサーシャさんなの?)

 気まずい雰囲気のまま、残りの道を歩いていたが、艦に戻る直前、雪は気を取りなおした。

 (サーシャさんはいないの。変なこと考えるんじゃないのよ、雪……)

 雪はそう自分に言い聞かせると、立ち止まり進に向かって微笑んだ。

 「古代君、今日はどうもありがとう」

 「い、いや、こちらこそ……」

 進は、笑みを浮かべる雪を見て、機嫌が直ったとほっと安心した。彼には、それがただ表面上のものだと気付くことはできなかった。

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(背景:トリスの市場)