(6)
その翌日、雪はイスカンダルから補給してもらった食料品のチェックを済ませ、艦長代理である進にその報告をしようと探していた。
第一艦橋に行ってみると、休憩中と言われ、いつも進たちがよくたむろしているサロンへ足を運んだ。
サロンは、開放空間のため、入口にドアがついていない。雪がその入口の手前まで来たとき、中から大きな笑い声がして、数人が話す声が聞こえてくる。
「なぁなぁ、サーシャさんってすごい美人だったんだろう? どんなだったか教えてくれよ!」
加藤の声がした。雪はびくりとして入口の手前で立ち止まってしまった。立ち聞きするつもりではなかったのだが、話題が話題だけに足が動かなくなってしまった。
一方、サロンの中では、大勢のクルー達が飲み物を片手にくつろいでいた。加藤の質問に、即座に反応したのは、島の方だった。
「ああ、すっごい美人だったよなぁ、古代。俺達は死んでいると思いつつも、思わずあの人に一目惚れしちゃったんだからなぁ。なっ、古代」
島は、隣でジュースを口にしている進の肩をたたいて同意を求めた。顔は笑っている。
「あっ、う、うん。確かにきれいだったなぁ。一瞬ボーっとなったっけなぁ」
その時の状況を思い出しながら、進も頷いた。一同が興味深げに声をあげる。
「へぇぇぇ」
「それでその彼女に、雪さんがそっくりなんだってなぁ。それで、雪さんに惚れたのか? 古代」
「そうそう、雪を初めて見た時、二人して固まってしまったもんなぁ、こっだいく〜ん!」
「ば、馬鹿やろう……」
「わっははは……」
今や進が雪にホの字だと言うことは、公然の秘密のようなものだ。加藤や島の突っ込みに、真っ赤になる進を見てみんなが笑った。と、その中の一人がふと思いついたことを口にした。
「なあ、もし、サーシャさんが生きてたら、サーシャさんもヤマトに乗ってたんだろうなぁ」
その質問に、部屋の外にいる雪はドキリとする。そしてさらに息を潜め耳を済ませた。
(7)
「そりゃあそうだろう」
「うん、イスカンダルへの旅だからな」
島も進も同意した。サーシャは間違いなく乗っていただろうと二人とも思った。それを聞いて、加藤が意地悪な質問を進たちに浴びせた。
「ってぇことはだぁ、もし、サーシャさんがヤマトに乗っていたら、ズバリおまえ達は、雪さんとサーシャさん、どっちにマジになったと思う?」
「ええっ!? そんなもの比べられるかよ。現にサーシャさんは死んでしまってるんだし……」
進が答えに窮している。しかし、それであきらめる輩ではない。
「だから、もしもの話だよ。もしもの……」
と、加藤が詰め寄れば、また他のクルーが勝手に進の代わりに答える。
「そりゃあやっぱりここは、神秘的な魅力のサーシャさんじゃないですか? 雪さんは美人だけど地球の女性だから、そんな特別な雰囲気はないし。なんてたって、王女さまだもんなぁ!」
「それに、一人で宇宙船を操縦して地球まで来るってことは、勇敢でその上頭脳明晰なんだろうな」
「さすがの雪さんもたじたじってかぁ」
「それに、料理もうまくておいしいコーヒーもいれてくれたりしてなぁ」
「あっははは……言えてる! 雪さんって、けっこうおっちょこちょいで、どじなところもあるからなぁ」
「となれば、断然サーシャさんの方が……」
そんな雰囲気で、進を攻め立てた。ニヤニヤと笑いながら皆がじっと見つめる中、進は小さな声でつぶやいた。
「そうだなぁ……」
(8)
進がみんなの言葉を肯定するような言い出しをした。そこまで聞いたところで、雪はもうその場に立っていられなくなった。
(古代君の口から、もうこれ以上聞きたくない!!)
雪は、進への報告も忘れて、涙が沸いてきそうな目を押さえながら、サロン前から逃げるように駆け出し、そのまま生活班のミーティングルームに戻ってきてしまった。
(ばかね、雪。何をそんなに動揺しているのよ!)
自分を叱咤してみても、広がってしまった不安は拭い去ることができなかった。雪は、心を落ち着かせようと、自分のデスクにことんと座った。
恋する乙女の小さな不安。他人から見れば他愛もないことなのかもしれないが、彼女にとっては心の片隅に引っかかる暗雲になっていた。
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