(9)

 それから数日後、ヤマトはいよいよ明日には地球に向けて発進することになった。この日、体調が万全になった古代守が初めてヤマトにやってきた。迎えに行った進と雪を従えた守が艦長室に向かう。途中、あちこちで当然のようにヤマトクルー達がその姿を見付けて、予想通りの大騒ぎとなった。
 あっという間に話が館内に伝わり、艦長室はすぐに宴会場に早代わりした。誰もが守の生還を喜び、親友だった真田は涙を隠さなかった。

 喜びの宴会を好ましそうに眺めていた雪に、クルーの一人から声がかかった。

 「あっ、森さん! 機関室の藪さんが相談したいことがあるので、相談室まで来て欲しいと伝言を受けたんですが。大事な用なので、急いで来て欲しいとのことでした」

 「藪さん? 相談って何かしら?」

 しかしそのクルーも伝言を聞いただけで、それ以上のことは聞いていなかった。「大事な」と言うことは、明日の発進に関するのかもしれない。

 「わかったわ、今すぐ相談室まで行ってみるわ」

 雪は、そのクルーにそう告げると、艦長室を出て呼び出された場所へと向かった。

 (10)

 宴会は続く。そんな中、たった一人イスカンダルに残るスターシアに地球に来てもらおうと進が言い出した。それに対する兄の芳しくない態度を不審に思いながらも、善は急げと、進は早速王宮を訪問し、スターシアを地球へ誘った。
 しかし、彼女の答えはNO。イスカンダルを見捨てられないと言う。

 「それに……地球には、私が好きになれないタイプの人がいます。どうやら、この星に残りたい方がいらっしゃるようですよ」

 スターシアにそう言われて見せられたダイヤモンド大陸の画像には、明らかに十数人のヤマト乗組員達が映っていた。ここはスターシアから見学の許可のある場所ではなかったし、既に発進の最終準備段階に入っている今、クルー達が艦外にいること自体おかしかった。

 「とんでもない! すぐに止めます!!」

 さらに、その大陸が今夜中に地殻変動で沈んでしまうと聞いては、進はじっとしていられなかった。

 (いったい誰が!? こんなばかなことをするなんて……)

 「あ……あの、ま、また来ます!!」

 進は大急ぎで、イスカンダルの王宮を後にした。走れるところは全速力で走り、ヤマトへ戻った。しかし、第一艦橋へ向かう進はまだ、その中に森雪がいることを知る由もなかった。

 (11)

 その1時間ほど前、呼び出された雪は相談室へ向かって歩いていた。すると、その部屋の前に藪が立っていた。陰鬱な顔で雪を見る藪に、雪は機嫌を損ねながら用件を尋ねた。

 「あ、あなた? 私を呼び出したのって…… 何よ?大事な用って?」

 「すいません。お話があるんです。ちょっとこっちへ来て下さい」

 雪の質問にすぐに答えず、藪は雪の腕を掴むと強引に引っ張った。

 「あん、わかったわよ。手を離して!痛いじゃないの!!」

 「相談したいことがあるんです。ちょっと外まで付き合ってください」

 雪の怒った様子など全く気にする様子もなく、藪は強引にヤマトの外へ連れ出した。雪も抵抗しようと思えばできたが、人に見られないところで相談したいことがあるかもしれない、と生活班長らしい配慮が働く。雪は仕方なく、そのまましぶしぶついて行った。

 ところが、ヤマトを降りたところで数人の男子クルー達に取り囲まれた。雪は驚いたが、藪は予定通りの成り行きに平然な顔で、笑いさえ浮かべている。

 「なに!?」

 雪の両側に男達が立ち、両脇を抱え込んだ。その時初めて、雪はこの呼び出しが不穏なものであることに気付いた。まさか、ヤマトのクルーが自分を誘拐する、などと言うことは、雪には想像できなかった。

 「どこへつれて行くつもりなの? どういうつもりなの、これは!!」

 「手荒な真似はしたくありません。大人しく一緒に来てもらいますよ。森さん」

 「!!」

 両側を大の男二人に押さえられ、雪は抵抗することができなかった。既にヤマトからは数十メートル離れている。ここからでは、雪がどんなに叫ぼうとも、ヤマトの中にいるクルーたちにその声が届くはずもなかった。
 嫌悪感と恐怖が雪を襲う。異星で自分がどうかなってしまうのではないかという不安が胸を苦しめた。心に浮かぶのは進の姿だった。雪は心の中で、進の名を呼び続けた。

 (古代君…… 助けて!!)

 (12)

 藪たち10余名は、雪を拉致し、勝手に持ち出したヤマトの小型宇宙艇に乗ってダイヤモンド大陸へと向かった。ダイヤモンド大陸には、今は誰も住むものがいなくなったホワイトキャッスルがあった。彼らは宇宙艇を入口に止めるとその中へと入っていった。
 反乱を起こしたと見られるクルー達は、皆機関班の所属だった。特にここに居る機関班のクルー達は、いつもは大人しい、どちらかと言うと目立たないタイプの人物ばかりだった。

 (この人達はいったい何をしようとしているの?)

 こわばった顔で歩き続ける藪たちに、雪が問い掛けた。

 「あなた達、どういうつもりなの!!」

 雪の右隣を歩いていた藪が雪のほうを向き、真面目な顔で雪を見つめる。

 「僕達は、イスカンダルに残るつもりですよ。あなたも一緒にね」

 「な、なんですって!! なんてことを!! ばかなことはおやめなさい!!」

 初めて彼らの意図を聞いた雪は、思わず叫んでしまった。ヤマトを降りてここに残るつもりらしい。

 「僕らはいたって真面目ですよ。僕らの花嫁さん……」

 「なっ!?」

 藪はそう言葉を続けると、ニヤリと笑った。『僕らの花嫁』と言う言葉に、雪は自分が連れてこられた本当の意味を感じとった。背中がぞくりとし悪寒が走る。

 (いやっ!! 絶対にいやよ! 帰りたい……古代君!!)

 (13)

 進は走っていた。ヤマトのタラップを踏む。その時、雪のその心の叫びに呼応したかのように、進の心がずきりと痛んだ。

 (何か妙に嫌な予感がする……)

 第一艦橋に駆け込んだ進を迎えたのは、深刻な顔をした大勢のクルー達だった。特に徳川の顔が真っ青になっている。進が戦闘指揮席まで走って行くと、島が深刻な顔で叫んだ。

 「機関士の藪たちが、脱走したぞ!」

 「えっ?」

 徳川が謝罪する中、進が一瞬言葉を失った時、藪から通信が入った。

 「古代…… 艦長代理、古代はいるか?」

 「俺だ、古代だ!!」

 戻れと怒鳴る徳川を制して、進がマイクに返答した。進を確認した藪が、淡々とした口調で要求を述べた。

 「我々12人は、この星への残留を希望する。許可されたい」

 やはり……そんな雰囲気で、艦橋内がざわめいたが、進は即その要求を拒否した。

 「そんな許可ができるか! 命令だ、戻れ!!すぐ戻って来い!!」

 しかし、藪は簡単にうんとは言わない。切羽詰った進と裏腹に、藪の声は落ち着き払っている。彼の残留の理論は、万一、ヤマトが地球に戻れなくても、ここに自分達が残っていれば、人類は存続できると言うことだった。
 進はその論理に即座に反論する。

 「……男ばかりで居残って子孫が続くもないもんだろう!」

 機関班に女子のクルーはいない。そのことを踏まえた進の発言だったが、返ってきた答えは意外なものだった。

 「心配するな、花嫁はいるよ」

 「なにぃ!?」

 進の声が荒いだ。だれか女子クルーまでつれて行ったと言うのか? そんな疑問の答えは、マイクを通して聞こえてきたその声で得られた。それも、進を最も驚愕させる答えが……

 「古代君!!!」

 雪の悲痛な声が、マイクから響いた。

 「雪っ!!」

 進が思わずその名を叫ぶ。一気に頭に血が上った。あの声からして、雪は無理やりつれて行かれたに違いない。雪が脱走するはずなどないのだから。進は目の前が真っ暗になる思いだった。
 藪はその声が進に与えた影響を十分にわかっていたと見え、余裕のある笑いを含んだような声で、最後通牒を告げた。

 「我々を攻撃しようなんて気を起こすな、以上だ」

 「くそぉっ! 人質に取ったな。汚いぞ!!」

 思わず19歳の感情が言葉になる。しかし、相手はあくまでも冷静だった。

 「では、通信を終わる」

 「待てっ!!」

 進は、慌てて相手を呼びとめた。今夜にも沈んでしまう大陸に、雪はもちろん誰も居させるわけにはいかない。懸命に事情を説明しようとするが、藪たちにはそれは単なる脅しにしか聞こえなかった。

 「あははは……古代、もう少し利口な男だと思っていたんだがね」

 進は雪を助けたい一心で、なんとか場所だけは移動して欲しいと食い下がったが、回答はなく、とうとう通信は切れてしまった。
 進は、がっくりと肩を落とした。とにかくすぐに助けに行かなければ……そう思う進に追い討ちをかけるように、ヤマトがぐらりと揺れた。
 「津波が来るぞ!」と言う声に、進はすぐさまヤマトの発進を告げた。

 (14)

 藪が通信を切ると同時に、ダイヤモンド大陸でも大きな揺れが起こった。一堂が色めき立つ。雪は再び藪に訴えた。

 「藪さん!! 今古代君が言った通りよ! 危険だわ。もう無茶なことは止めてヤマトへ帰りましょう。今ならきっとみんな許してくれるわ」

 しかし、ぐらっと来た揺れは一旦止まってしまった。一瞬顔色を変えた藪だったが、イスカンダルが星の寿命の短い関係で、地震が非常に多いことは、スターシアから聞かされていたし、彼らもここ数日で何度も体験し、身を以って知っていた。だから、少しの揺れくらいは当然だと言う認識だ。
 それに、このダイヤモンド大陸を選んだのも、どんな金属よりも硬いダイヤモンドでできている大陸なら、一番地盤が固いと踏んでの選択であった。その安直な判断が、大きなミスだったことを、彼らはこの後命をもって知ることになる。

 「あはは…… 甘いね、生活班長さん。あんなのは艦長代理のいい加減な嘘に決まってるでしょう。俺達を残らせたくない為のね。そして、あなたを助けたくて……ね」

 「古代君は……嘘はつかないわ! 私は古代君を信じるわ!! きっと、ここは危険なのよ! だからお願い!!」

 雪は必死の思いで訴えた。しかし、藪はあざ笑うばかりだった。

 「ふふ〜ん、やっぱり噂通り、あなたと古代は好きあってるってわけですか」

 「なっ! 今は、そんなこと言っている場合じゃないでしょう!」

 「そうですね。まあ、今となればどうだっていいことです。あなたはもうここで僕達の花嫁になってもらうんですからね」

 藪は、雪の腕を掴んで自分の方に引き寄せようとした。

 「嫌よっ!!」

 雪は、力をこめて藪の手を払いのけた。目が潤み、涙目になる雪を見て、藪は少し悲しそうな目をした。

 「だから、別にあいつらに反旗を翻そうって言うわけじゃないんだ。俺達をこのままここにおいて行ってくれれば、それでいいんだ」

 他のクルーたちも頷いた。彼らは彼らなりに、真剣に考え地球へ戻るよりもこの星に残る方が生きる確率が高いと思ったのだろう。
 しかし、それでもそんな勝手な行動は許すわけにはいかないと、雪は思った。

 「でも、ここはイスカンダルよ。私達の星じゃないわ。スターシアさんの星なのよ」

 「たった一人しかいないんでしょう? 別に一人締めすることもないでしょうに」

 「あなた方に何を言っても無駄なのね。でも、私はここに残るつもりはないわ。お願い、帰して!!」

 「それはだめだっ! あなたは今は大切な人質だ。ヤマトから攻撃されないためのね。それに、人類反映の為には女性が必要です。何も、古代ばかりが男じゃないでしょう! 俺達だって立派な男です」

 真剣な眼差しで雪を見る藪たちを見て、雪は彼らが本気であることを痛感した。彼らは本気で自分を手に入れようとしている。背筋が再びゾクリと寒くなった。
 藪はさらに言葉を続けた。

 「もちろん、あなたのことは大切にしますよ。なにせ、たった一人の花嫁なんですからね……」

 「いや……」

 雪が小さな声で、拒否の意思を示すが、.藪は聞いていない。

 「それに古代だって、地球に無事帰れたら一躍ヒーローじゃないですか。そうなれば、どんな美女だってよりどりみどりなんだ。君一人いなくたって平気ですよ」

 「そんなこと……!! 古代君は、そんな人じゃないわ!!」

 薄ら笑いながら進を揶揄する藪に、強い口調で言い返してから、雪は思わずはっとした。この数日間、自分の心をちくちくと苦しめていたサーシャの幻への疑惑。もし、サーシャが生きていたら、自分は愛されてなかったかもしれないと言う不安。
 だが、藪にそれに近いことを指摘されて、返した言葉は、進を信じる一心の気持ちだった。
 そう…… あのまっすぐな進の真摯な眼差しを、どうして疑う必要があるのだろう。雪は、このとき初めてそのこと気がついたのだ。

 (そうよ、古代君は私を見ててくれた。ずっと…… 今やっとわかった。なのに、もう会えないかもしれないなんて……)

 雪が思わず涙をポロリと流した。その涙に、藪が激昂した。

 「いいじゃないですか!! 古代がなにもかも一人締めすることはない! 地位も名声も……女も!!」

 叫びながら、藪の目からもふっと涙が溢れてくる。さっきまで笑いを浮かべるほど冷静だった藪が、雪の涙に異常に反応を示した。その意外な態度に、雪は驚いて藪を見た。他のクルーたちも、黙ったまま藪の反応をじっと見つめている。

 (15)

 「……?」

 藪は、怒りからなのか悲しみからなのかわからないが、涙でゆがんだ顔で、さらに雪に対して訴えた。

 「そんなに嫌がることないじゃないですか!! 僕らだってヤマトの乗組員なんだ。地球じゃ選ばれたエリートだったんですよ。ヤマトの中じゃ、冴えない機関部員でもね……」

 藪が視線を落とした。唇をぐっとかみ締める。他のクルーたちも同じ表情でうつむいてしまった。一瞬の沈黙。遠くで聞こえる海鳴りだけがすべての音だった。

 雪は、藪たちの行動の理由の一端をここで初めて見たような気がした。もしかしたら、説得できるかも……そう思った雪は、静かな諭すような口調で話し出した。

 「もちろんよ、古代君だってあなただって、同じヤマトの仲間よ。いつも一緒にがんばってきたじゃない……」

 雪の落ち着いた物言いに、藪は再びテンションを下げたが、さっきよりも鋭い視線で雪を見た。

 「そうですかね…… 僕はそうは思いませんよ。古代なんて俺よりもずっと年下のクセに艦長代理ですよ。つまり、艦長を除いたらヤマトの中で一番えらいんだ。艦長が病気になったのなら、ナンバーツーは、年齢から言っても、徳川機関長じゃないですか? それなのに、年上の徳川さんや真田さんを差し置いて、なんで古代が艦長代理なんですか!!」

 「……藪君……」

 困ったような顔をする雪の顔を見て、藪はふっと声を出して笑った。

 「結局、ヤマトは戦艦ですからね。戦闘指揮をするやつがえらいんですよ。古代(あいつ)は第一艦橋で命令だけしていればいいんだ。俺達艦底艦尾にいる『下々』の者は、いいだけこき使われて、生命の危険にさらされて、それでも脚光を浴びることなんかないんだ!!」

 「そんなこと…… ひとりひとりの協力があって初めて、ガミラスを破ってここまで来たんじゃないの。今そのチームワークを壊していいことあるわけないわ」

 「それは詭弁ですよ。僕らだって脚光を浴びたい! ヒーローになりたいんだ!! どうして僕らを見てくれないんだ!!」

 藪たちの思いが、雪の心にも突き刺さった。自分を見て欲しい、他の誰よりも自分を……! そう思うのは、誰もがあるものなのだ。そう、自分もそうだったのだから。

 大きな声で叫んだために、息を切らして肩で息をしている藪が落ち着くのを待ってから、雪は穏やかな声で答えた。

 「……藪君、あなたの気持ちはよくわかるわ」

 「あなたが? まさか…… いつも輪の中心にあって、男どもにちやほやされているあなたが僕の気持ちがわかるわけないでしょう」

 ぷいっとそっぽを向く藪。雪は苦笑する。それは、昨日までの自分の姿。

 「そんなことはないわ。私だって劣等感は持ってる。特にイスカンダルに来てから、私はずっとそれに悩まされていたの」

 「えっ?」

 「サーシャさんのことは知ってるわね? イスカンダルの王女の…… あの人が生きていたら、私なんかきっと誰も相手にしてくれない。古代君だってきっと彼女のことを好きになってたに違いないって……悩んでた」

 「…………」

 藪が黙ったまま、雪を見た。周りのクルー達も雪の姿をじっと見ている。雪は続けた。

 「だから、その気持ちがよくわかるの。でも今、あなたが私と同じような思いを話しているのを見て、第三者の立場からそんな劣等感を抱く姿を見て、私、それは間違いだって気がついたわ。
 だって私、本当に古代君達が一番えらくて、藪君達はえらくないなんてちっとも思っていないもの。どの人もみんな、本当に一生懸命頑張ってるって、心の底から思っているわ。それは……きっと、沖田艦長も徳川さんも、古代君だって同じ思いだと思う。

 今、私初めて気付いたの。サーシャさんが生きてらしてヤマトに乗っていたとしても、私は私なんだって…… 彼女がどんなに優秀な人だったとしても、私は自分らしくしていればいいんだって……
 そんな私を、古代君はきっと正しく評価してくれてたはずだって……」

 「自分らしく……」

 クルーの一人が、そうつぶやいた。皆考え込むように下を向く。雪はさらに話を続けた。

 「藪君達は、エンジンのプロじゃない。あなた達がヤマトの心臓部を守ってくれているからこそ、ヤマトは今まで戦ってこれたの。古代君にはそんな真似はできないわ。逆にあなた達だって古代君の真似ができないように……
 あなた達の評価は、誰も間違ったりしない。だから地球を救うために、もう一度頑張りましょう!
 ヤマトに戻って、みんなに謝って…… きっとみんな許してくれる。仲間だもの、ねっ、お願い」

 一同が顔を見合う。雪の真摯な説得は皆の心に響いた。うつむいて考え込む者、涙を光らせる者、天を仰ぐ者、様々だった。

 (16)

 皆の翻意を促すことができたかもしれない。雪がそう思ったとき、藪が再び首を左右に強く振って、絞り出すような声で叫んだ。

 「僕らだって、本当は辛いんだ! 地球にはみんな大事な家族を残して来ている。僕も……両親と弟達を残してきたんだ!」

 「…………」

 藪は雪をきっと睨むと、今度は急に優しい眼差しになった。

 「両親は、僕がヤマトに乗っていくことを喜んでくれましたよ。ただただ死を待つばかりの地球にいるよりも、もしかしたら生きるすべを見つけられるかもしれないってね。母さんは出発の日、僕に言ったんだ。

 『助司、お前は無理して帰ってこなくてもいいんだよ。どこか生きていける新しい星を見つけたら、みんなでそこで暮らせばいい。地球のことなんか考えて帰ろうったって、たった1年で行って帰ってくるなんてどだい無理な話だよ。結局なんにもならないかもしれない。
 母さんのことは考えなくていいから。いいえ、母さん達の為にも、お前は生き延びておくれ……』

 そう言って母さんは泣いたんですよ。わかりますか?その時の母さん達の気持ちが……
 僕は、だいぶん前からこのことを考えていた。イスカンダルなんてないんじゃないかって、それなら別の暮らせる星を探した方がいいんじゃないかって」

 雪も、藪の気持ちはよくわかった。しかし、イスカンダルで地球を救えるすべを受け取り、目標が達成できるのだから、やはり地球に戻るべきだと、雪は思った。

 「でもイスカンダルはあったわ」

 「そうだ、あった。そして人類が暮らすにはとても快適な星だ。となれば、ここに残った方が、生き延びられる可能性が高いじゃないか! ガミラスだってまだまだ残党が残っているかもしれない。もし、地球へ戻る途中でヤマトが破滅したら、それこそ地球は一巻の終わりだ。しかし、ここに我々が残っていれば、わずかでも人類は生き延びられる」

 理屈であったが、屁理屈だ。それに巻き込まれた自分はどうなるの!と雪は聞きたかった。

 「そんな自分勝手な…… 地球で待ってる人たちのことはどうなるの!」

 「ヤマトは地球に戻ればいい。ヤマトまで帰るなとは言っていない!!」

 「そうだそうだ!」

 再び、皆の気持ちが藪の主張に傾こうとしているのが、雪にもわかった。結局、説得は失敗に終わってしまったと、雪は最後の望みも絶たれた思いだった。

 (17)

 その時である。大きな轟音が響き、地面が大きく揺れた。ゴゴゴ……という無気味な音がますます大きくなっていく。皆驚いて立ち上がって、周りを見まわす。揺れは収まるどころか、さらに増していくように感じる。

 (ああ……やっぱり、さっきの古代君の言ったことは本当だったんだわ。どちらにしても、もう助からないかもしれない……古代君!!)

 「一旦、宇宙艇に戻るぞ!!」

 誰かが叫び、皆が駆け始めた。雪も走ろうとしたが、揺れに邪魔されてなかなか足元がおぼつかない。

 「あっ……」

 揺れのせいで雪の体が振られ、そばのがけに体を激しくぶつけてしまった。ぶつけた右腕から血が流れ出す。それを見た藪が雪に駆け寄った。

 「来いっ!」

 藪が雪の手を取って、走り始めた。ひどい揺れの中、一人で走るのもやっとだろうに、彼は雪の手をしっかり握ったまま離さなかった。

 「一人で行って…… 私を連れてたら足手まといになるわ。あなただって危ない……」

 そんな雪を振り返って、藪が微笑んだ。

 「ばか言うな。言っただろう、たった一人の花嫁だって……」

 「…………」

 藪と雪は皆と一緒に必死になって宇宙艇めがけて走った。しかし、揺れは収まりそうにない。遠くに聞こえていたゴゴゴと言う音が、どんどん大きくなっていく。
 なにかとてつもなく不吉なものがやってくる音に聞こえる。そう、その音は思ったとおり不吉な……津波の音だった。

 ズッカ〜ンという大きな音がして、津波の第一波がダイヤモンド大陸を襲った。揺れがいっそうひどくなり、さらに山の頂上が噴火し始めた。あちこちで地割れも起き始めている。事態は非常に悪い状況だった。

 「くそっ! 古代が言ってたのは本当だったんだな」

 「大丈夫よ、今きっとヤマトから助けがくるわ!!」

 皆を励まそうと、雪が叫んだ。しかし藪が一蹴する。

 「そんなもの期待できるか! 俺達は反逆者なんだ。とにかく宇宙艇まで行かないと」

 藪はあたりを見まわし、雪を連れて安定していそうな岩盤の上に立ち、今までしっかり握られていたその手を離した。

 「君はここで待ってろ! この先どこが地割れしてくるかわからない。ここでじっとしていたほうが安全だ。宇宙艇で迎えにくる。それに……ヤマトから救助に来れば、君は堂々と助けてもらえばいいさ。きっと古代が青い顔してやってくるんだろうよ!」

 藪は後ずさりしながら、そう告げた。

 「藪君っ!」

 「俺達はおめおめと助けを待っているわけにはいかない。自分達の行動の落とし前は自分達で最後までつける! 行くぞ!!」

 「やめてぇ!! みんなっ!!」

 雪の絶叫に走りかけていた皆が一瞬足を止め、振り返った。しかし、彼らは再び雪を背に走り始めた。そして最後に藪がにこりと笑って言った。

 「俺達みんな、本当に君のことが好きだったんだ。あいつ(古代)に負けないくらいに……な」

 そしてそれが、藪の……最期の言葉になった。

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