片 恋〜届かぬ想い〜

 

 地球に突然飛来した重核子爆弾と謎の侵略者の手を逃れ、ヤマトはイカルスから発進し、重核子爆弾の起爆装置があると考えられる敵の本星を目指しすことになった。
 途中、敵の中間補給基地を叩いたヤマトは、その本星のある暗黒星雲を目指して、ひたすらワープを繰り返していた。

 今回の旅で最も元気がないのは、当然ながら古代進である。兄古代守を亡くしたことはもちろんだが、最愛の女性森雪を、敵の面前で置き去りにせざるを得なかったことが、彼の心をこれ以上ないほどに苦しめていた。

 雪の生死については、今現在まだ不明である。進の心の中では、すぐにでも地球に戻って彼女を探したい気持ちで一杯だった。しかし、今の進には、それをすることなどできなかった。

 進には、せねばならない大切な任務がある。
 雪が今どんな状況にあったとしても、進に望むであろうことは、進が彼女を思って落ち込むことでは決してない。そんな思いを断ち切ってでもヤマトとともに敵と戦い、地球を守る宇宙戦士古代進の姿を求めるに違いない。そのことは、彼自身が誰よりもよくわかっている。
 わかっていながらも、雪の不在は、進の心をひどく落ち込ませた。

 今はただ、彼女の命を信じるしかなかった。いや、信じていたかった。
 進にとって、彼女が生きて地球で待ってくれているというその思いだけが、唯一今の自分を支えていられるものなのだ。


 そんな今の進に、わずかでも明るい光を与えてくれたのは、真田澪――兄守とスターシアの愛娘サーシャ――だった。

 出発の日、真田から姪だと紹介され、雪の代わりにレーダー手を務めることになったと聞いても、進はほとんど興味を示さなかった。アナライザーが一瞬雪と間違えるほど似ていることも、関心が沸かなかった。例え彼女がどれだけ雪に似ていても、進にとっては、それは絶対に『雪』ではないということがわかりきっていたからだ。。

 ところが翌日、彼女がサーシャであることを打ち明けられた時から、進の澪への認識が少し変わった。
 兄を失った今、彼女にとって自分がたった一人の肉親であることを強く感じた。
 それに、イスカンダル人の特性で、あっという間に大人と変わらないほど成長したとはいえ、彼女は生まれてまだ2年足らずなのだ。父と母を失ってどれだけ心細いだろうと思うと、兄やスターシアに代わって自分が守ってやらねばと思う。そして、彼女の心を少しでも癒せるように、何かしてやりたいとも思った。
 その気持ちが、ややもすると落ち込みそうになる自分の心を叱咤激励させる効果があった。

 それに不思議なもので、姪っ子だとわかると、やけに愛しく思えるようになった。兄やスターシアの面影をたたえる――そして雪にも少し似ている――彼女の笑顔が、進の心に温かい風を送りこんでくれるのだった。
 


 それから数日後のこと、ヤマトは順調にワープを繰り返し、暗黒星雲に到着した。敵の要塞も無事に破壊して、明日はいよいよこの暗雲の向こうに出られるところまでやってきていた。

 まもなく目的地に到着するという、その夜のことだった。夜遅くなってから、進は一人サロンで休憩を取っていた。就寝時間はとうに過ぎているがどうしても寝つかれず、ふらふらと部屋を出て、ここにきてしまったのだ。
 誰もいないサロンで、進は一人紅茶を入れて飲んでいた。何口か飲むと、進はふーっと小さなため息をついた。

 (もうすぐ敵の本星だ。いよいよ決戦か…… 雪……君は今、どこでどうしているんだ? どうか、生きていてくれ…… いや、生きていたとしても、どんな辛い目にあっているかと思うと……)

 進の心の中では、毎日毎日、何度も同じ思いが交錯し続けている。任務の間、特に戦闘の最中はそんな思いも忘れていられるのだが、ふと夜中に一人になると、どうしても考えがそちらに向かってしまう。
 どんなに考えてもどうしようもないことだと思うのだが、気がつくとやはり彼女のことを考えている自分がいた。

 (雪…… 一目、顔を見たいよ……)

 その時、サロンに入ってくる人物があった。真田澪ことサーシャだった。

 「おじさま…… どうなさったの? 眠れない?」

 サーシャの澄んだかわいらしい声が耳に入ってきて、進は振り返った。進が顔を向けると、サーシャは立ち止まって両手を後にして、小首をかしげてニコッと笑った。

 「ああ、澪か? 君こそこんな時間にどうしたんだい?」

 「ちょっと夜更かし、うふっ」

 真田から聞いたところによると、サーシャは今、地球人で言えばちょうど17,8歳くらいの精神と肉体をしているらしい。舌をぺろりと出していたずらっぽく笑う姿は、まさにティーンエイジャーの特権のような愛らしさだった。
 そんなサーシャを見ると、進も思わず保護者的な口調になってしまう。

 「だめだぞ。ちゃんと寝ておかないと、いざって時に困るんだぞ」

 きっとにらんだ進のしかめっ面も、サーシャには全く効かないらしい。サーシャはあっさりと進の言葉に切り返した。

 「あら、それならおじさまはどうなの?」

 「お、俺は……慣れてるから……」

 「そんなの、ずるいわっ!」

 もごもごと言い訳する進を、サーシャは甘えるような口調で責めた。

 「むっ……」

 たった2歳―と言っても頭脳は17歳以上だが―の姪っ子に、進は既に口では勝てないようだ。
 しかし、サーシャもそれ以上は責めることなく、今度は進の握っているカップを覗き込んだ。

 「ねぇ、おじさま、何飲んでるの?」

 「ああ? うん紅茶だけど、澪も飲むかい?」

 無下に部屋に帰れとも言えなくなった進は、苦笑しながらお茶を勧めると、サーシャはぱあっと顔を明るくした。

 「ええ! おじさま、いれてくださる?」

 「ああ、いいよ。ちょっと待ってろ」

 「は〜い、お願いしま〜〜す!!」

 サーシャは、進の座っていた椅子の隣にちょこんと座ると、またもにっこりと微笑んだ。

 (まったく、サーシャは甘え上手だな)

 進は苦笑しながら、飲みかけの自分のカップをテーブルに置いて、カウンターに向かった。そして、新しいカップにティーパックを入れお湯を注いだ。

 1.2分待ってからティーパックを取り出すと、進はミルクと砂糖を持ってテーブルに戻ってきた。

 「澪は、レモンか? それとも、ミルクと砂糖かい?」

 「ミルクとお砂糖をたっぷり!」

 考える間もなく、そう宣言するサーシャの返答を聞いて、進は思わず噴出しそうになった。

 「そう言うと思ったよ。なんだかんだ言っても、澪はやっぱりまだまだ子供なんだな」

 そんな風に言われると、もちろんサーシャの方は面白くない。口をとんがらせて、言い訳を言った。

 「だって甘いの好きなんですもの!」

 「はは……まあいいけどさ。紅茶は、ストレートかレモンティの方がすっきりしてていいと思うけどなぁ」

 進がサーシャの反応を探ろうと横目でちらりと見たが、サーシャは主張を変えそうになかった。進は肩をすくめると、持ってきた紅茶に砂糖とミルクを2さじずつ入れた。

 「ほら、全部たっぷり入れたぞ」

 「うふっ、は〜い、ありがとう……」

 進からほとんど真っ白くなった紅茶の入ったカップを手渡されると、サーシャはゆっくりと2口3口すすってから、満足げな笑みを浮かべた。

 「おいしいっ!」

 何も知らない無垢な子供のようなまっすぐなサーシャの笑みは、思わず進の顔もほころばせる。

 「喜んでもらえて嬉しいよ」

 「うふっ、おじさまも笑ってる方が素敵よ」

 「ははは、ありがとう……」

 それからしばらく、お茶を飲みながらの雑談が続いた。地球のことを尋ねるサーシャに、進が答えるというパターンだ。

 そして、二人が紅茶をほとんど飲み干した頃、サーシャが遠い昔を思い出すように目を閉じてから、再びその瞳を開いて進を見上げた。

 「ね、おじさま?」

 「ん?」

 「ずっと前、私におみやげ届けてくださったことあったでしょ。覚えてる?」

 「ああ、そう言えばそんなことがあったな……」
 


 2202年の春を迎え、地球の日本地区で花々がにぎやかに咲きはじめた頃、古代守はイカルスへ出張することになった。

 イカルスには、最愛の娘サーシャが真田と一緒に暮らしている。予想していたこととはいえ、そこでのサーシャは驚くほどのスピードで成長していった。地球に戻ってきて数ヶ月で、既に地球人の4,5歳程度の体格と知能を持っているという。
 サーシャの頭脳は、真田に言わせると、まさに『真綿に水を含ませる』ように、何事もあっという間に吸収していくらしい。そうでなくては、体の成長に間に合わないのだ。
 毎週、惑星間通信で画面を通して顔を見ているとはいえ、真田にサーシャを預けて以来初めての再会を、守は心から楽しみにしていた。

 イカルスについた守は、さっそくサーシャを探した。真田とともにサーシャの養育を引き受けてくれている山崎夫人から、娘が今一人で遊戯室で遊んでいると聞き、守はそこへ急いだ。
 遊戯室へ行ってみると、窓から中で一人で遊んでいるサーシャが見えた。守は、ドアをそっと開けて中に入った。すると、顔を上げたサーシャが、父の姿を見つけて嬉しそうな声をあげた。

 「あっ、ぱぁぱっ!!」

 大きくなったとは言っても、まだまだ幼い年頃である。笑顔のかわいらしい少女は、父親に向かって一目散に駆け寄って来た。
 娘の高さにあわせるようにしゃがんだ守は両手を広げ、勢い良く飛びこんできた娘を一気に抱き上げた。

 「やぁっ、サーシャ…… あ、いや、ここでは澪だったな。元気にしてたかい?」

 「うんっ!」

 「うん、じゃないだろ。はいだよ」

 「はぁい……」

 父親に言葉遣いを訂正され、サーシャはばつが悪そうに肩をすくめて父の首にぎゅっと両手を回した。まわされた小さな腕が、父に会えた喜びを精一杯あらわしているようで、守の心の中に愛しさが更に募った。
 守は、娘にゆっくりと頬擦りしてから顔を見た。

 「みんな優しくしてくれるかい?」

 「う……あ、はいっ! 真田パパも山崎のおばちゃまもとっても優しいのよっ!」

 サーシャは、目をきらきらとさせ嬉しそうに微笑んだ。
 真田や山崎夫人のことを話す仕草からも、サーシャがとても愛されて育っていることは、守にも一目瞭然だった。真田に預けて正解だったんだ、と守は改めて思うと同時に彼らに強く感謝した。

 「そうか、それはよかったな。あ、そうだ。今日は澪におみやげ持ってきたぞ!」

 守がサーシャを下に降ろすと、抱き上げるときに横においた包みを二つサーシャに手渡すした。サーシャはそれらを抱きしめて大声で叫んだ。

 「わ〜〜い、わ〜〜い!!」

 「あのね、こっちがパパからで、こっちは進おじさんからのプレゼントだよ」

 手渡した包みを一つ一つ指差して守が説明した。赤いリボンの方が守から、そしてピンクのリボンの方が進からのものだった。

 「すすむ……おじちゃ?」

 サーシャが、不思議そうな顔をした。そう言えば、物心ついてから進のことを話してなかったなと、守は気付いた。

 「すすむ……おじさん、だよ。お父さんの弟なんだ。ヤマトに乗って地球に来る時に会ってるんだけどなぁ。お前は赤ん坊だったから覚えていないよな?」

 「うん、覚えてない……」

 サーシャはつまらなそうに首を数度左右に振った。

 「そうか、まあいい。進おじさんはお父さんと同じくらい澪のことを大切に思ってくれる人なんだ。覚えておきなさい」

 「はあいっ!」

 「で、その進おじさんがね、お父さんが澪に会いに行くって言ったら、澪へのお土産だってもって来てくれたんだよ」

 「わあっ、そうなの? ありがとう、パパ!」

 「ほら、澪、せっかくもらったプレゼント、早く開けてみてごらん」

 「はぁいっ!」

 サーシャは片手を高々と挙げてうれしそうに頷くと、さっそく二つの包みを開き始めた。まず開いてみたのは、赤いリボンのかかった守が買ってきたもので、中身はままごとセットだった。大きさこそ本物の何分の一だが、作りは相当に精巧にできている。
 サーシャは、それを嬉しそうに眺めてから、「あとでおばちゃまと一緒に遊ぶねっ!」と微笑んだ。
 続いて、もう一つの包みの方に手をつけ始めた。

 「そっちは進おじさんからのほうだよ」

 その包みはふわふわしている。サーシャがその感触を楽しみながら中を開けてみると、黒くて丸い大きな目をした手足の長いうさぎのぬいぐるみが入っていた。
 全体がクリーム色で、胴体に縫い付けられた頭、手、足は、くたくたとして自由に動かせるようになっている。サーシャが抱くと、ちょうど胸に収まるくらいの大きさだった。

 「うわぁぁ〜〜 か〜わいいっ!!」

 サーシャは、そのぬいぐるみが至極気に入ったようで、嬉しそうに大きな声で叫ぶと、力いっぱい抱きしめ、さっき父が自分にしたように、うさぎの顔に頬擦りをし始めた。

 「気に入ったかい?」

 「澪ね、こんなお友達欲しかったの! ねぇ、パパ、今日からうさちゃんと一緒にベッドで寝てもい〜い?」

 「ああ、もちろんだよ。よかったなぁ。いいおじさんがいて、澪は幸せだな」

 「うんっ!! 澪、進おじちゃ大好き♪」

 うさぎのぬいぐるみを抱きしめたまま、澪はくるくると瞳を輝かせた。それには、守も大受けしてしまった。

 「あっははは…… 澪は、随分あっさり物につられるんだな」

 しかし、サーシャはそんな父の呟きを尻目に、今度はそのぬいぐるみをくれた人物への興味に移った。

 「ねっ、ぱぁぱ。澪、進おじちゃに会ってみたいなぁ〜 どんな人なの?どんな顔してる? パパとそっくりっておんなじ顔してるの? 会って、プレゼントのお礼を言って、ぎゅっしてあげたいの!」

 矢継ぎ早に質問されて、小さな娘にどう説明していいのか、守は困ってしまった。

 「う〜〜ん、そうだな〜〜 進おじさんには、今はまだ会えないんだよ。サーシャがもう少し大きくなって地球に戻ったら会えるようになるから、もうちょっと待ってなさい。その時におじさんにお礼を言えばいい」

 「地球っていつ行けるの?」

 「ん〜そうだな、来年の今頃には……」

 守は、サーシャが地球で暮らせるようになるまで、進にも詳しい話をしないつもりにしていた。弟に、余計な心配をかけさせたくなかったのだ。
 だから、今会いたいというサーシャの望みは、かなえてやることはできなかった。

 「らいねん??? ずっと先なの? 後何回寝たら会える?」

 「そうだなぁ、まだ澪が数えられないくらい、た〜くさん寝ないとだめだな?」

 「そうなの……」 サーシャは、.父の言葉に落胆してつまらなそうな顔をした。「でも、お顔だけで見てみたいなぁ」

 「う〜ん、残念だけど今は進おじさんの写真は持ってないんだよ」

 すると、サーシャはすがるような視線で守を見上げた。そんな娘のお願いにノーと言える父親はそうそういない。守は、どうしたものかと考えこんだが、ふと名案が浮かんだ。

 「あっそうだ、真田のパパに進おじさんの絵を描いてもらうといいよ。真田のパパも進おじさんのこと良く知ってるし、絵を書くのがとっても上手なんだぞ?」

 父の提案に、サーシャはあっという間に表情を明るくすると、満面の笑みを浮かべて大きく頷いた。

 「うん! そうするっ!」

 「こらまた! はい、だろ」

 「はぁぁ〜〜い!」

 サーシャは、片手にぬいぐるみを抱きしめたまま、空いている手を高く上げた。

 「じゃあ、真田のパパのところに行くか……」

 守はサーシャを抱き上げると、遊戯室を後にした。

 


 サーシャは、懐かしそうに目を細めてから、進の顔を覗き込んで得意げに言った。

 「あれ…… 今も大切に持ってるわ」

 「えっ!? あのぬいぐるみをかい?」

 「ええ、イカルスではお友達っていなかったでしょう? だから、ぬいぐるみたちが私のお友達だったの。その中でもあの子がいつも一番のお気に入りだったわ。
 ヤマトに乗るときにも、あの子だけは置いてけなくて、バックに詰め込んで連れてきちゃった」

 サーシャはそう言うと、うふふと笑った。

 「あっははは、持ってきてるのか? まったく…… やっぱりサーシャはまだまだお子様だね」

 「あん!またぁ〜 そんなこというぅ!!」

 「ははは、だから、そうやってすねるのが子供だってんだよ」

 進は笑いながら、サーシャの鼻先を人差し指でちょんと突ついた。甘えん坊のようなサーシャのふくれっつらは、進を久しぶりに心から和ませた。
 進には、サーシャは、目の前の成長した姿ではなく、まだ赤ん坊がほんの少し大きくなっただけの小さな少女に思えてならないのだ。

 「もうっ、でもね、あのうさちゃんは、初めて会った時から一番の親友になったの。それに、それをくださったおじさまの大ファンになったのよ! まだ会ったこともなかったのに……」

 「そっか、それは光栄だね。プレゼントした甲斐があったよ」

 「うふっ、それにね……」

 サーシャは、あの時のことを心に甦らせていた。
 


by **Aki**さん


 真田が、机に向かって設計図の検討をしていると、ノックする音がして、すぐその後にサーシャが入ってきた。両脇に何か抱きかかえている。

 「真田ぱぁぱ!!」

 「ん?澪か……どうした? パパはどうしたんだ?」

 さっき、守が到着したことは聞いていた。だから、そのうち二人でこの部屋に来るだろうと待つともなしに待っていたところだった。

 「さっき廊下で、灰色の髪のおじちゃまに出会ったの。そうしたら、パパが少しそのおじちゃまとお話があるからって。だからサーシャ先に来たの。パパは後でここに来るって……」

 灰色の髪と聞くと、おそらく先日から下見に来ている宇宙戦士訓練学校の山南校長のことだな、と真田は思った。後日、選抜した訓練生をここイカルスに連れて来て特殊訓練をする予定になっているのだ。

 「あ、そうか。 ん?それは……?おみやげもらったのかい?」

 真田がサーシャの両手に抱きしめられているものに気付いて尋ねると、サーシャは得意げにその二つを前に突き出した。

 「うん! ほら!!」

 「ほぉ〜、よかったな。二つもかい? おままごとの道具とぬいぐるみだな?」

 真田は、いつも研究をともにしているイカルスの職員達が見たこともないようなやわらかな表情を浮かべて微笑んだ。その顔を見ていると、にわか仕立ての父親業ではあるが、随分と板に付いてきた感がある。

 「うん! あ、はい…… えっと、こっちは守パパからでぇ、こっちは進おじちゃからなんだって」

 「おじちゃ? はは……進おじさんからももらったのか。それはよかったなあ」

 「澪ね、このうさちゃんと〜〜〜ても好きになったの! だから、これをくれた進おじちゃも大好きなの!」

 その興奮気味な口調で、真田にも、サーシャがそのぬいぐるみを相当気に入ったことがわかった。

 「あはは、そうかそうか。澪はいつもいい子にしてるからだな」

 「うふっ。でもね、澪、進おじちゃのお顔見たことないの。パパも写真ないって言うし…… だから真田パパに、進おじちゃの絵を描いてほしいの」

 そう言えば、と真田は思った。進とサーシャが会ったのは、あのヤマトの中でだけだった。サーシャが進の顔を覚えてないのも当然のことだろう。

 「進おじさんの絵をかい?」

 「ねぇ、いいでしょう! 描いて描いてぇ〜!」

 こんな風にお願いと言い出したら、叶えてもらえるまでしつこい娘である。後でと言っても必ず次に顔を見たらそれをしてくれるまでせっつかれるに決まっている。

 (さっさと描いてやったほうがいいな、これは……)

 真田は苦笑すると、開いていた設計図をしまって白い紙を一枚取り出した。

 「わかったよ、澪、そこに座ってちょっと待ってろ」

 サーシャが横から見守る中、真田はさらさらとデッサンをし始めた。しばらく描いていなかったが、絵を描くのは楽しかった。

 サーシャはベッドに越しかけて、その作業が終わるのを大人しく待っている。前後に大きく振り続けている足の動きが、その出来上がるのが楽しみでわくわくしてならない彼女の気持ちを代弁していた。

 そして数分後、ペン書きの進の似顔絵が出来上がった。その中の進は屈託のない笑顔を見せていた。

 「ほら、これが進おじさんだ」

 真田が机から振り返って絵を差し出すと、サーシャは持っていたぬいぐるみとままごとセットをベッド置いたまま、駆け寄って来た。そして、絵を受け取ると嬉しそうに叫んだ。

 「うわぁ〜 ほんとだぁ!守パパに似てるぅ! とってもかっこいいねっ! でもぉ……守パパよりかわいいよねぇ?」

 「かっこいいに、かわいい……か、ははは。進おじさんのほうが澪に年が近いからそんな風に見えるのかな?」

 年の若い進に、サーシャは親近感を持ったようだった。そして、その絵を穴があくほどじっと見つけてから、サーシャはにっこりと笑った。

 「き〜めたっ! 澪ねぇ、大人になったら進おじちゃのお嫁さんになるっ!!」

 「えっ!? あはは……」

 サーシャの無邪気なお嫁さん宣言を聞いて、真田は笑い出した。なぜなら彼女のこの手の宣言は、初めてのことではないのだ。もちろん過去には、守パパや真田パパのお嫁さんにもなるはずだった。
 サーシャにとって、とても気に入ったという言葉とほぼ同義語なのだろうと真田は思った。

 「そうか…… 進おじさんが聞いたら喜ぶぞ」

 「えへっ! やったぁ!」

 無邪気に微笑むサーシャを、真田は微笑ましげに見つめていた。

 そんな彼女の幼心に芽生えた素敵なおじさまへの憧れが、それからも消えることなく温められていくとは、この時の真田は想像だにしなかった。

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