消えた記憶
(1)


 2203年の1月の下旬。地球の北半球では、冬の一番寒い時期を迎えていた。あの暗黒星団帝国との苦しい戦いも終わり、ヤマトが無事地球に戻ってきてから、既に2週間あまりの日々が過ぎようとしていた。

 戦いの中で、離れ離れになっていた恋人達――古代進と森雪――も、ヤマトの帰還とともに再会し、離れがたい気持ちのまま、ともに暮らし始めてからも、2週間あまりが過ぎた。

 毎夜、二人は、互いの無事と存在を強く感じあいたくて、あり余る若さとエネルギーをほとばしらせるように愛し合った。
 心と心が深く繋がっているだけでは足りなかったあの離れ離れの日々を取り戻したいのか、それともそれぞれが出会った辛さと悲しみを激しい肉体のぶつかり合いで忘れたいのか……
 それは二人にもわからなかった。ただただ、互いの存在を心とそして体全体で、強く激しく感じていたかった。

 そうしなくてはならないほどの不安が、二人の間にはあった。それは決して言葉に出すことはなかったけれど……
 そして若い肉体を激しく消耗させ疲れきって、ようやく眠りにつくのだった。

 けれどしばしの安眠の後、時に悪夢にうなされることもあった。それは時に彼であり、そして時に彼女でもあった。
 そんな時、うめく声に気付いたもう一人は、そっと愛する人を抱きしめて、優しい声と温かな胸で慈しむのが常であった。それはまさに、互いの傷を舐めあうがごとく……

 こんな時でも、現実を見ることにいち早く気付くのは女のほうである。そして意外な強さと立ち直りを見せる。

 雪は、その自らの手で重核子爆弾の起爆装置を解体し、地球を救った英雄としてもてはやされた。その反面、敵の将校宅に匿われたことで、謂れのない中傷誹謗も受けることとなった。

 だが最愛の人の無事の帰還と、彼女を信じ続ける彼の心と深い愛に支えられ、その心の傷は日増しに癒えていった。

 またほんの数日前になるが、地球政府からの正式発表の中で、敵がサイボーグであり、地球人と同じ生殖行動を行っていなかったことが公表されたことで、彼女への懐疑の視線がずいぶんと柔らかくなったことも幸いした。
 彼女の悪夢は、このところ間遠くなっていた。

 反面、男というのは――それは進自身の性格も大きく影響しているのだが――なかなかその後悔の念を忘れられないものらしい。

 特に彼の場合、愛する人をあの激しい戦火の中、それも敵の面前に置き去りにしてきてしまったことへの悔いは深く、さらに敵本星での戦いの中で亡くした若い命への、深い悲しみと贖罪の念も大きく、それが二重三重にも彼を苦しめていた。
 自分がいながら、愛する人も大切な肉親も守れなかったことが、彼の心を大いに傷つけた。

 帰還後は、もう二度と愛する人の手を離すまいと誓った。しかしその彼の心の中では、再び同じような悪夢に出会うのではないかという不安が、どうしても拭い去れないでいた。
 自分がそばにいることで、愛する人を守りたいという思いと、そばにいることが、愛する人を苦しい目に合わせているのではないか、という思いが未だ交錯する。

 そのせいで、先日耳にした同僚達のほんの些細な責任のない噂話も、彼の心を重くしてしまった。本人も気付いていない心の奥底でではあったが……

 ということで、自然、悪夢を見る頻度は、彼のほうが多くなりつつあった。

 2週間という時が過ぎ、世の中が落ち着きを取り戻すとともに、表向き笑顔も見せるようになった進であったが、その心の霧は、まだまだ晴れそうになかった。


 そんなある土曜日のこと。この日は、本来ならば二人とも休日のはずだったが、昨夜真田から帰宅した雪に連絡が入り、急に打ち合わせに出て欲しいと依頼された。

 例の重核子爆弾の解体に関することで、実際起動装置の解除にあたった雪にも、確認して欲しいことがあるという。
 東京メガロポリスの真ん中に未だ鎮座している重核子爆弾は、地球市民にとっては、悪夢の象徴であり目障りな存在以外の何物でもなかった。

 『休日なのに申し訳ないが、1日でも早く解体してしまいたいからな』と本当に申し訳なさそうに頼む真田に、雪は快く出勤を約束した。

 防衛本部ビルのエントランス前の駐車スペースに、進の運転するエアカーが滑り込むと、助手席から雪が降り立った。開いた窓から、運転席の進に向って笑顔で声をかけた。

 「そんなに遅くならないと思うわ。今日は古代君はゆっくりしててね」

 「ああ…… あ、いや、やっぱり俺も一緒に行ったほうが……」

 進は運転席からぐいっと体を伸ばして、いかにも心配そうな顔をした。この2週間、進は雪を一人にすることをひどく心配するのだ。
 まだ完全には消えていない周りの好奇の視線を、彼女一人で受け止めさせることが、彼にはとても耐えられなかった。しかも、今日はその一因ともいえる重核子爆弾でのいきさつの説明をすると言うのだから、なおさらである。

 進は、今、戦闘の後処理のためという名目で地上勤務を続けている。そのため、行き帰りはもちろん、昼食時にも必ず雪の仕事場にやってきて、一緒に食堂へ行く周到振りである。

 『俺のせいで君は地球に残ったようなものなのに…… 君があんな風に噂の的にされるのは許せないんだ!』

 二言目には「俺のせいで」を繰り返す進を見て、本当に傷ついているのは、そして人の噂や好奇の目に本当に参っているのは、自分ではなく進のほうではないかと、雪が思うほどだった。

 『決してあなたのせいじゃないのよ。だから自分を責めるのはもうやめて……』

 やんわりとそんなことを進に言ったのも、一度や二度のことではない。けれどまだ彼は、それを受け入れようとはしなかった。そして今日のこのセリフだ。

 「だから大丈夫だって。ここまで送ってきてもらっただけで十分よ。それに今日は真田さんと一緒にお仕事だもの。何にも心配いらないわ」

 「……本当にいいんだな?」

 探るように顔を覗き見る進に、雪はきっぱりと言った。

 「もうっ、私は大丈夫。過保護は嫌いよ、ねっ!」

 「ああ、わかったよ。それじゃあ、仕事が終わったら電話してくれよ。必ず迎えに来るからな」

 「ええ、わかりました! じゃあね!」

 雪の断固とした言葉に、進はやっと諦めて運転席に座りなおした。
 過ぎ去って行く進のエアカーの姿を見送りながら、雪はほぉっと安堵と困惑の混じったため息をついた。

 (古代君ったら、ほんとにもう心配性なんだから!!)

 彼の少し行き過ぎるくらいの心配と保護が、少々うっとうしいと思いつつも、その過保護さのおかげで、自分でも驚くほど心と体が回復していくのを、体一杯に感じている雪でもあった。

 (ありがとう、古代君。私はもう大丈夫。だからあなたも……)

 進の車が見えなくなるまで見送ってから、雪は司令本部の中に入って行った。目指すのは、今日の打ち合わせのある会議室だ。

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(背景:Four Seasons)