消えた記憶
(2)


 雪が会議室に入ると、会議開始時間にはまだ十分早かったにもかかわらず、既に真田と他の技師ら数名が着席していた。

 「すみません、お待たせいたしました」

 「いや、まだ時間前だから、俺たちが早すぎたんだよ、雪」

 真田が笑顔でそう答えた。

 雪はその真田の顔をじっと見た。さっき雪に軽く笑顔を見せた以外に、真田の表情には特別なものは見えない。真田とて、今回の戦いでは進に負けないほどの辛い思いをしてきたはずなのだが、今の彼の表情からは、それはまったく読み取れなかった。

 だが、雪は常に冷静で非情に見える真田の心にも、とても熱いものが流れていることを知っている。ポーカーフェイスがうまいだけの真田の心の奥底を思うと、雪の心はズキンと痛んだ。

 それは真田のほうも同じだったらしい。雪の側に起こった出来事もよく知っている真田は、いかにも気遣わしげにこう言ったのだ。

 「今日はすまなかったな。今一番思い出したくもないことだろうに。それも休日にわざわざ呼び出して重核子爆弾の解体の検証しろなんてな、とんでもない奴だと思うだろ?」

 しかし雪はきっぱりとかぶりを振った。

 「いいえ、そんなことありません。あの時の起爆装置の解体のために、爆弾の中に侵入し最後の処置をしたのは、私に間違いありません。そのことがお役に立つのでしたら、いくらでもお話させていただきます」

 雪の力強い言葉に、その答えを待っていたように、真田以下が安堵のため息をついた。

 「そう言ってもらえるとありがたい。なにせ、あの時最後まで君に付き添ってきたパルチザンの面々は、皆まだ入院中だし、かといってあんなドでかい物体が、この東京メガロポリスの真ん中にあるのは、ひどく目障りだ。
 地球市民たちもあれを見るたびに、戦いの辛い記憶が蘇って嫌な思いをしているはずだからな。一日でも早く取り去ってしまいたいんだ」

 真田の言葉に、他の技師達も大きく頷いた。

 重核子爆弾の残骸は、あの戦いの悪夢の象徴のようなものである。それを一日一秒でも早く取り去りたいのは、地球市民全員の総意だろう。
 そのために役に立てるのなら、自分の心の痛みなど数ほどでもないと雪は思った。そう、あのアルフォンとの最期の時のことで、今も胸が痛むことさえも……

 「ええ、私もそう思います。パルチザンの仲間の方々には本当にご迷惑を。みんなは私を守るために……」

 戦いで死んでいった大勢のパルチザンの仲間達を思い、雪は目を伏せた。

 あの時、解体の設計図と方法を手にした雪を爆弾の中枢にたどり着かせるため、ともに戦った戦士達は、あるものは命を失い、そしてあるものは深い傷を負った。雪一人をなんとしてでも生かして行かせるために……

 だが真田は、雪の言葉をすぐに否定した。

 「それは違う。君だけのためじゃない。彼らは地球をそして自分達の家族を守るために頑張ったんだ。そのために命を懸けた。それは我々も同じなんだ」

 他の技師達も大きく頷き、雪の心に、真田の言葉が静かに染みとおった。

 「……はい」

 「うん、それじゃあ、さっそくだが打ち合わせを始めようか。うまくすれば午前中に終われるはずだからな」

 「はいっ!」

 真田の言葉どおり、打ち合わせは順調に進み、お昼を前に予定は終了した。



 「ご苦労だった。昼食を挟んで、さっそく午後から具体的な日程を決めよう。みんな食事に行ってくれていいぞ」

 「はい! それでは我々はお先に」

 真田が部下達にそう伝えると、彼らは先に席を立って部屋から出て行った。それから真田は、後片付けをしている雪のほうに振り返った。

 「雪、ご苦労だったな。助かったよ」

 真田のねぎらいの言葉に、雪は明るい笑顔で答えた。

 「いえ、真田さん達の計画が的確だったからですわ。ほとんど修正する必要ありませんでしたもの」

 「うむ、とりあえずこれで一安心だ」

 「ええ……」

 しみじみとした眼差しで、二人は窓の外を見る。視線の先には、あの大きな爆弾の残骸が見えている。何度見ても色々な意味で胸が痛む代物である。

 「君も辛かっただろうが、今日の打ち合わせでもずいぶん落ち着いていたのには、嬉しい驚きだったよ」

 重核子爆弾の起爆装置までの経路や解体の手順を説明することは、間違いなくあの時の記憶がまざまざと蘇るはずだ。
 それを雪は、今日の会議でなんのためらいもなく的確に説明した。そのことに真田は大いに感動していたのだ。

 「そうですか? ふふふ、女は強いんですよ……っていうか、今は古代君がそばにいてくれますから。他の誰に何を言われても、古代君がそばに居てくれるだけでいいんです。私には彼がそばにいてくれるって思えるのが、何よりなんです」

 雪の瞳がやんわりと喜びに輝いた。最愛の人が生きて帰って来てくれたことが、彼女にとっては何よりの薬であることは、異論の余地がない。

 「そうか、ああ、そうだな」

 「はい、真田さんも……大丈夫ですか?」

 雪はおずおずと尋ねた。進が姪を失ったのと同じ、いやそれ以上の衝撃が、仮の親としてサーシャを育てた真田にはあったに違いない。それを癒してくれるものを、真田は持っているのだろうかと、雪は心から心配していた。

 「ははは…… 俺には仕事があるからな。仕事が忙しくていろんなことを忘れさせてくれる。これからも重核子爆弾の解体に、新造艦の設計、この体がいくつあっても足りないくらいの仕事があるからな」

 「真田さん……らしいですわね」

 二人は互いの顔を見合わせて、悲しげな笑みを浮かべあった。近い痛みを感じる同士として互いの気持ちを思いやっていた。すると、真田はふと思い出したように、こう尋ねた。

 「ところで、古代のほうはどうだ?」

 「古代君……ですか? そうですね……やっぱり、まだすっきりというわけには……」

 笑みを浮かべていた雪の顔付きが、一気に曇った。
 雪は、自分は進がいてくれればそれでいいと思っているのに、進にはそれだけではどうもまだ振り払えないような気がしていた。男と女の考え方の相違なのだろうか……と。

 「そうか…… 性格もあるだろうが、あいつにとっては、サーシャを死なせてしまったことに加えて、君を地球の敵の最中(さなか)に残してきてしまったことが、相当のダメージになっていたからな」

 真田の言葉に、雪も頷いた。

 「私は大丈夫だから、そのことはもういいって、何度も彼に入ってるんですけど。彼、ものすごく責任を感じているらしくって……」

 雪にとって、進が必要以上に責任を感じていることが、かえって気がかりだった。

 「そうだろうな」

 「でも過保護すぎて困ってるくらいなんですよ。今日だってここまで送ってきて、それから一緒に行こうか?ですもの」

 苦笑まじりにそう説明する雪に、真田は真面目な顔で答えた。

 「周りの噂もあいつを追い詰めてるんだろう。君へのよからぬ噂がまだ残っていることのは事実だからな。それも含めて、君が大変な目にあったのは、全部自分の責任だって思ってるんだろうな」

 「ええ、そんなことないのに……」

 「そういうところがあいつらしいと言えばあいつらしいんだが……」

 ほっと小さなため息をつく真田に同調して、雪は小さく頷いた。

 「ええ……」

 すると真田は眉をしかめてしばらく考えてから、再び口を開いた。

 「実はこの間も……」

 と、その時、雪がはっとしたように胸ポケットを押さえた。
 会議中のためバイブモードにしてあった携帯電話が小刻みに震えたのだ。取り出してみると、電話は内線で、発信は総務部からだった。
 雪は画像はオフにしたまま受信ボタンを押した。

 「はい、森です」

 「司令本部秘書室所属、森雪さんですね?」

 総務部の女性の声らしかった。その声がいくらか緊張しているように聞こえたのが、雪には気になった。

 「はい」

 「宇宙戦艦ヤマト艦長代理古代進さんは、森さんの婚約者ですね?」

 「はい、そうです……」

 いきなり進の名前が出て、雪はひどく嫌な予感がした。それを尋ねようとする前に、相手のほうが先に切り出した。

 「先ほど東京メガロポリス第5警察署から連絡がありまして、古代進さんが交通事故にあわれたそうです」

 「えっ!? 古代君が交通事故!!」

 雪の叫びに近い声に、隣で資料を片付けていた真田も顔もあげた。その表情は交通事故の言葉でこわばっている。そしてすぐに雪の電話口に自分の顔を近づけた。

 「はい、彼の持っていた身分証明書からこちらに連絡が入りました。救急車で連邦中央病院に運ばれたそうです」

 「事故を起こしたのですか?」

 「いえ、徒歩での移動中の被害者側だそうです。親族の方に連絡して至急病院のほうへ行って下さいとのことでした。古代さんの緊急連絡先が婚約者の森さんになっていましたので」

 「あの、それで容態は……?」

 尋ねる雪の声は明らかに震えていた。それでも動揺を必死に抑えながら尋ねた。
 しかし、大したことはないと答えて欲しいという願いを込めた雪の問いに返ってきた答えは、あまり芳しくないものだった。

 「こちらでは詳しい状況は聞いていませんが、外傷はないとのことでした。ただ頭を打ったらしくて、脳震盪を起こして意識を失っているらしいとか」

 「意識を…… ああっ……」

 雪はすぅっと自分の体から力が抜けて行くような感覚に捕らわれた。足元がふらつく。すかさず真田が雪の体をしっかりと支えた。

 「雪!」

 真田の声で再び気を取り直して、雪は電話に向った。

 「わ、わかりました。とにかくすぐに連邦中央病院へ参ります!」

 「脳神経外科緊急外来に声をかければわかるようになっているとのことです」

 「はい、ありがとうございました……」

 電話が切れると、再びくず折れそうになる雪を、真田がその体を支えながら厳しい顔で尋ねた。

 「雪っ!? 大丈夫か?」

 「あっ、すみません、真田さん……」

 「容態はわかったのか?」

 「頭を打って意識がないって……」

 泣き出しそうになるのを必死に押さえながら雪が答えると、真田も顔を曇らせた。

 「……なっ!? とにかく、ここでこうしてても仕方ない。俺も一緒に病院へ行こう」

 「すみません」

 雪と真田は、急いで荷物をまとめると、真田の車のある司令本部の地下駐車場へと走った。

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