消えた記憶
(6)

 しばらく進の後姿を追っていた雪は、ふと時計を見た。5時を過ぎている。外を見ると、ずいぶんと暗くなっている。

 「あら、もうこんな時間。夕ご飯作らなくっちゃ」

 ひとり言のようにつぶやいた言葉に、進は振り返った。

 「あっ…… 俺がやろうか?」

 「え? いいわよ。古代君は怪我人なんだもの。今、着替えてきて私が作るから、ゆっくり休んでて」

 23世紀のこのご時世、男、女とこだわるわけではない。進の料理の腕もなかなかのものではある。
 だが、どちらかと言うと、やはり食事の支度は、雪がすることが多かった。ましてや事故にあったばかりの進を働かせることはできないと、雪は思った。

 「けど、他人の台所なんてどこに何があるかわからないだろ?」

 「えっ……!?」

 進が返した言葉に、雪は一瞬言葉を失った。『他人』という一言が、雪の心に突き刺さった。

 「あっ、いや…… 他人っていうのは、その、そうじゃなくて…… ああ、すまない」

 顔色を変えた雪にすぐに気付いた進は、すぐに慌てて言い訳をしようと口を開いたが、うまく言葉が出てこなかった。

 「わかってるわ、今の古代君にとって私は知らない人なんですもの。だから謝らないで」

 「…………」

 「とにかく、今日は休んでてください。台所のほうはちゃんとわかりますから、ねっ」

 「ああ、わかったよ」

 それでも何か手持ち無沙汰そうな進に、雪は本棚にあるアルバムを指差した。

 「あっ、そうだわ、私たちのアルバムでも見る? そこの本棚の一番左端にあるわ」

 「そうだな、もしかしたら、何か思い出せるかもしれないしな」

 「ええ、でもあんまり根つめないでね」

 「ああ、ありがとう」

 雪は着替えを済ませると、台所に入って食事の支度を始めた。その間に、進はリビングのソファに座って、アルバムに見入っていた。
 雪が支度をしながら、リビングのほうを見てみると、進は真剣な眼差しでアルバムの写真を一つ一つ丁寧に見ていた。

 そして、アルバムを見終えると、パタンと閉じて、ふうっと台所にも聞こえるほどの大きなため息をついた。結局何も思い出すことは出来なかったのだろう。


 それから程なく食事の支度ができ、二人は差し向かいでテーブルに座った。

 「アルバム見たけど、何も思い出せなかったよ」

 「そう…… 仕方ないわ。気長に考えないと」

 その言葉に進は力なく頷いてから、ぽつりと言った。

 「ただ……」

 「?」

 「どの写真でも、俺と君は、とても……楽しそうだったよ」

 そう言って、進は僅かに笑みを見せた。

 「……ええ、ええ。古代君は宇宙勤務が長いから、二人で過ごすプライベートな時間はそれほど長くはないけど。でも、二人の時間はいつも充実しててとっても楽しかったわ」

 雪は今までの色々なできごとを思い起こすように目を閉じた。

 「そうか……」

 そう答えると、進はまた何か考え込むように眉をしかめた。そのどれをも思い出すことができない自分に腹を立てているようだった。
 雪はそんな進を見ているのが辛くなって、話題を変えた。

 「さあ、今はもうそんなことは後にして、食事にしましょ!」

 「ああ、そうだな」

 そして進は、「いただきます」と言った後、すぐに並べられた料理を食べ始めた。それから、しばらくして進は「どれもすごく美味しいよ」と、雪の料理を褒めた。

 「雪さんは、料理が上手なんだね」

 その言葉に、雪は最初びっくりしたような顔をしたが、その後さもおかしそうに笑い出した。

 「うふふ……」

 というのも、付き合い始めた頃の雪は、料理がお世辞にも上手とは言えなかった。その点に関しては、進はある意味被害者でもあったし、またそのことを思い出しては、何度も雪をからかったりしたものだった。
 雪の記憶を失っている進は、そんなことも全て覚えていないのだ。

 (古代君ったら…… でもこれだけは忘れたままでいてくれたほうがいいかも)

 そう思うと思わず笑ってしまったのだ。だがもちろん、進にそんな雪の思いなど推し量れるはずもなかった。

 「ど、どうかしたのかい?」

 突然笑い出した雪に、今度は進のほうが面食らったように尋ねた。

 「うふふ、いいえ、なんでもないの。褒めてくれてありがとう」

 「い、いや、別に礼を言われるほどのことでもないさ」

 進はちょっと照れたように笑った。けれど、雪はその笑顔に微妙な緊張の色を感じた。

 (ああ…… 古代君、緊張してる?)

 今は見ず知らずになってしまった女性と、二人きり差し向かいで食事をすることに、進はどこかしら窮屈な思いをしているのだろうか? 料理を褒めたのも、言葉に窮してだったのかもしれない。

 それでも二人は、色々な話題―どちらかというと当たり障りのないものばかりではあったが―を、取りとめもなく話すことで、ごく普通の和やかな食事を取ることができた。主に雪が先導する形であったが。


 食事を終えた進は、雪に片付けの手伝いも却下され、再びリビングで一人くつろいでいた。その後雪もリビングにやってきて、二人は、しばらくとりとめもない話をした。

 そして、進も雪のことをいろいろと尋ねた。家族のことや、職場のことなどを。それは、本当は知っているはずの、けれど今の進には初めて聞くことばかりのことだった。

 そして雪が、ヤマトの全ての戦いに参加した正真正銘のヤマト戦士だったこと、今は藤堂長官の秘書をしていることも聞いて、大いに舌を巻いた。

 「本当に雪さんは仕事もプライベートも何でもできる人なんだな。それに長官秘書だなんて、すごいじゃないか!」

 進からこんな風に褒められるのは、雪には初めての体験だった。だが逆に言えば、そんな風に褒められること自体、他人行儀なもののような気がしてならなかった。

 「そんなことないわ。古代君だって、その若さで戦艦の艦長さんじゃないの」

 「はは……それはただ人が足りないだけだよ。それに今はまだ残務処理中で、艦長でもなんでもないしね」

 「でも、それが終わったらきっと新しい艦が決まるでしょ?」

 「いや、今のところ、宇宙に出るつもりはないんだ…… ん?あれっ? どうして俺は宇宙に出るつもりないんだろう? 変だな……」

 自分の今後の予定に、自分で理解できなくなって考え込む進を見ながら、雪は黙っていた。
 進が宇宙に出るのを躊躇っている理由は……

 その答えは、やはり雪に関することだから忘れてしまっているのだ。けれど雪はあえて、それを口にすることはしなかった。

 (もしかしたら、古代君にとっては、忘れてしまったほうが幸せなことも、たくさんあるのかもしれないわ…… でも……私のことまで全部忘れてしまってるのは、やっぱり悲しい……)

 雪は彼の記憶が戻って欲しいと望んでいる反面、戻らないほうがいいような気もしてきて、なんとも複雑な心境になった。


 しばらくして風呂場のほうからピッピという音が聞こえてきた。

 「お風呂の用意できたみたい。古代君、入って」

 「え? ああ……ありがとう」

 戸惑い気味に礼を言う進に、雪はニッコリと微笑んだ。進がくつろいでいる間に、風呂の準備もしていたらしい。

 (なんだか不思議な感覚だな。人にこんな風に世話をしてもらうのは、いつからぶりだろう? けど、本当にいいんだろうか? 今は彼女のことは何一つ覚えていないと言うのに、こんな風に食事や風呂の世話までしてもらったりして……)

 今までずっと一人で暮らし続けていたという感覚しかない進にとって、雪の存在も行動も、何から何まで不可思議な感じがしていた。

 そんな風に考え込んでいる進の顔を、雪は探るように見た。

 「どうかした?」

 その言葉に、進ははっと我に帰った。

  「いや、なんでもない。じゃあ、風呂入ってくるよ」

 「ええ、もし頭痛くなったらすぐに上がってね」

 「わかった」

 進が立ち上がると、さらに雪が声をかけた。

 「着替え準備しましょうか?」

 「い、いいよっ! 自分で準備できるからっ!!」

 進は慌てて寝室に入った。はぁ、とため息をつく。

 (まいったな、彼女にとっては自然なことかもしれないが…… 自分の下着なんか、それこそ見知らぬ女性に用意させるわけにはいかないよな)

 そう思いながら、進はいつも自分の下着が入っている上から2段目の引き出しを開けた。

 「うわっ!?」

 突然寝室から進の大声が聞こえてきた。雪が寝室に駆け込むと、進は真っ赤な顔で上から2段目の引き出しを押さえつけている。

 「どうしたのっ!?」

 「いや…… ちょっと開ける引き出しを間違えてしまったようで……」

 しどろもどろにやっと答える進の姿が、やけにおかしく見える。

 「ああ、そこは私の着替えが入ってる段よ。古代君の着替えは3段目。あっそっか、私が来てから入れる場所変えたから…… うふふ、でも古代君、別にそんなに慌てなくても」

 「ふ、風呂入ってくるっ!」

 進は赤い顔をしたまま、雪の横をものすごい勢いですり抜けていった。

 風呂にざぶんとつかってから、進は大いにため息をついた。

 (はぁ〜〜〜〜 参った! まさかあそこにあんなものが入っているとは……)

 進は脳裏に蘇る色とりどりのランジェリーの数々を、必死に頭の中からかき消した。そして、これからのことを思いやるのだった。

 (女性と一緒に暮らすなんて…… やっぱり色々とやりにくいもんだな。未だに信じられないよ、俺が彼女ともう2週間も一緒に暮らしてただなんて…… いやそれ以前に彼女と婚約してたことだって……
 しかし……どうして俺は、あんなちょっとした事故で彼女の記憶を全部なくしてしまったんだろう。何か忘れなくてはならない出来事があったんだろうか?)

 進は、自分の心の中に大きく広がっている霧のようなものを、どうしたら晴らせるのか、まだまったくわからなかった。


 一方、雪のほうはというと、進が風呂に入った後も、風呂の入り口を見ながら、くすくすと笑っていた。進の慌てぶりが、おかしくてたまらなかったのだ。

 (私のこと覚えてない古代君って…… なんだか付き合い始めて間もない頃の彼を見てるみたいだわ、ふふふ)

 進が不安を感じているのとは裏腹に、雪は、記憶を失った進との暮らしも、案外うまく行くのではないかと思い始めていた。

 (もし古代君の記憶がすぐに戻らなかったとしたら……? そうよ、そう! もう一度出会いから始めるつもりでいればいいんだわ! そして、もう一度古代君に私のことを好きになってもらえばいいのよ。
 ね、そうでしょ、古代君? きっともう一度私のこと好きになってくれるわよね?)

 それぞれの思惑を抱きつつ、二人は互いの存在をそれぞれに意識していた。


 進が風呂から上がると、雪も続いて風呂に入った。再び一人になった進は、リビングで座って、見るともはなしにTVをつけた。いつも見るニュースの時間で、それを見ていたつもりだったが……

 「古代君?」

 その声に、進ははっと顔を上げた。見ると、そこには風呂上りのほんのりと頬を赤く染めた雪が立っていた。

 「えっ?」

 「うたた寝してたみたいよ、今日は色々あったから疲れたんだわ。もう寝たほうがいいわね」

 母親のような優しい眼差しで見つめられ、進は慌てて立ち上がった。

 「ああ、そうだな。そうするよ」

 そして寝室に歩き出す。と、後ろから雪もついてきた。寝室のドアまで来た時に、進は振り返った。

 「あの雪さん…… もう大丈夫だからここでいいよ。頭も痛くないし、一人で大丈夫だ」

 「えっ、でも……」

 雪は困ったような顔をしたが、そこから立ち去る気配はない。進はさらに付け加えた。

 「心配ないよ。何かあったら声をかけるから」

 「…………」

 雪は黙ったまま、進の顔をじっと見ている。何か説明をしようとして、どう説明していいかわからない、そんな顔をしていた。

 「雪さん?」

 進が尋ねなおすと、雪はやっと意を決して答えた。

 「あのね、古代君。ここにはベッドは一つしかなくて……だから私もそこで寝たいんだけど……」

 「えっ?……………………ええ〜〜〜〜〜!!」

 雪の言葉が一瞬理解できなかった進は、それを理解したと同時に、突拍子もないほど大きな声を上げた。それには雪のほうも目を丸くした。

 「そんなに驚かなくても…… だって私たち結婚の約束をしてたのよ。それに一緒に住んでれば、一緒に寝てるってことで……わかるでしょ?」

 ほんのり頬を染めた雪が、恥ずかしそうに説明する。はっきりと言葉にはしないが、雪の言いたいことは進にも理解できた。

 「い、いや…… それはそうだけど…… えっ、いや、その…… 今まではそうだったかもしれないが、なんていうか、今は俺は君の事は何も知らないし、だから一緒にってわけには……」

 どこか別のところで寝て欲しいと言外に訴える進に対して、雪は面白くなさそうな顔をした。

 「あっ、わ、わかった! ベッドは一つしかないんだったよな。悪かった、ベッドは君に進呈する。俺はリビングのソファで寝るよ」

 進は雪の横をすり抜けて、リビングに戻ろうとした。が、その腕を雪にガッチリと掴まれてしまった。

 「ダメよ!!」

 「いや、けどなぁ……」

 じわりと後ずさりする進の腕を、雪はさらに強く握ってこう言った。

 「別に襲ったりしないわ!」

 そのきっぱりとした口調に、進のほうが慌ててしまった。

 「いや、だから、それは反対だって…… いや、俺だって襲ったりはしないけど…… それでもやっぱり一緒に寝るのはちょっと……」

 しどろもどろながらも、懸命に雪を説得しようとする進だったが、雪は頑として頷かなかった。

 「それでも今日はダメよ。だって私一晩中ついて様子を見るようにってお医者様に言われたんですもの」

 「けどなぁ……」

 まだ躊躇する進を、雪はさらに説得した。

 「何もしないから……って私のほうが言うのは変だけど」

 「はは……変だな、そりゃ」

 雪の冗談?に進も笑った。それを機会に、雪は進の腕を掴んだまま、寝室のドアを開けた。

 「とにかく! ベッドは幸いキングサイズだし、二人が十分ゆっくり寝れる大きさだわ。古代君は余計なこと心配しないで、さあ寝ましょ!」

 「余計なことって言われても、ちょっ、ちょっと!!」

 半ば強引に雪に引っ張られながら、進も一緒に寝室へ入った。結局、進はそのまま、雪にベッドの奥のほうへ押し込まれてしまった。もちろん、その隣には、雪がすべりこんだ。


 とりあえず並んで寝たものの、当然ながら進は落ち着かなかった。それでも体を動かすこともできずに、雪に背を向けたまま身を固くしていた。

 すると、かさこそと衣擦れの音がして、雪が体を動かした。

 「古代君、寝た?」

 「……いや……」

 進が雪に背を向けたまま答えると、雪はさらに尋ねた。

 「眠れないの?」

 「ちょっとな」

 「頭、痛い?」

 ここで初めて、進は体を上に向けて、顔だけ雪のほうを向いた。

 「いや、そういうんじゃないけど…… やっぱり隣に女性が寝てるって言うのは、なんていうか、その……落ち着かないっていうか。まあ、俺も男だから…… あっ、いや、別に邪(よこしま)なことを考えてるってんじゃないんだよ、ただ……」

 (何言ってるんだよ、俺は……!)

 進が自分が言ってることに、自分で突っ込んでいると、雪が一言こう言った。

 「いいのよ……」

 「え?」

 雪の言葉が理解できなくて、進は雪の顔をじっと見た。雪も真剣な眼差しで進を見返した。そして……

 「抱きたかったら、抱いてくれてもいいわ」

 「なっ!?」

 その言葉に驚いた進が、上半身をがばりと起こした。

 「だって私たち…… 初めてじゃ、ないわ。昨日だって……」

 (あなたと私は、とても熱い夜を過ごしたじゃないの……)

 雪もゆっくりと起き上がって、潤んだ瞳で進を見つめた。その顔付きを見ていれば、手を伸ばして抱きしめれば、その美しい肢体は何の抵抗もなく、自分の腕の中にくるだろうことは、進にもよくわかった。
 進はごくりとツバを飲み込んだ。しかし、すぐに慌てて大きくかぶりを振った。

 「だ、だっ、だめだっ!」

 「どうして? あなたは覚えていないかも知れないけど、昨日までの私たちは……!」

 「昨日と今日とじゃ、事情が違うよ!」

 雪の言葉を途中で打ち消すように、進が声を上げる。さらにその上に、雪の声がかぶさった。

 「でも古代君! もしかしたら、私を抱くことであなたの記憶が戻るかもしれないじゃない? 私と愛し合って、それを体で思い出せば、それが記憶を呼び覚ます刺激になるかもしれないわ!」

 潤んだ瞳が涙で溢れそうになりながら、雪は訴えたが、進はその手を雪に伸ばそうとはしなかった。

 「それでも……それでも、やっぱりだめだ!」

 「でも……」

 自分の訴えを受け入れてくれない進を、雪が恨めしそうに見つめると、進は小さなため息をついた。それから真面目な顔で話し始めた。

 「そりゃあ、俺だって男だからな。隣にこんなきれいな人が寝てて、その上自分を抱いていいなんて言われたら、正直な話、食指は動く。実際、体は反応してるしね」

 進は、肩をすくめて力なく笑った。

 「だったらなぜ?」

 雪の問いに、進は小さく頷いた。

 「けど……今の俺は、申し訳ないが、今日君に初めて会ったと感じている俺なんだ。君を愛して君を抱いたという昨日までの俺じゃないんだ。
 古いって言われるかもしれないが、愛情のないまま女性を抱くなんてことは……俺にはできない」

 心からの愛する気持ち無くして、体だけのつながりは持ちたくないという進の優しい心を、雪はしっかりと受け止めた。

 「そうね、そうよね。古代……君、ごめんなさい」

 雪があきらめてくれたことに、進はほっとして肩の力を抜いた。

 「いや、こちらこそごめん。雪さんの気持ちは、とてもありがたいんだ」

 そう答える進の雪を見る瞳は、とても優しく柔らかで、雪の募っていた進への思いが湧き上がってきて、思わず抱きついてしまった。

 「古代君っ!」

 突然抱きついてきた雪を、進はほんの少しそのままにしておいた。雪の悲しみが理解できたから。
 それから、自分の背に回された雪の手を取って、やんわりと自分の体からはずした。

 「雪さん、だめだよ。頼むからこれ以上俺を刺激しないでくれよ。じゃないと、さっきあんなにかっこよく言ったくせに、雪さんの魅力に、さっきの意志が崩れてしまいそうだよ。ははは……」

 「あ……ごめんなさい」

 「謝らなくていいから。さて、もう寝るよ。本当に今日は色々あって疲れたしな。頭は痛くないから、寝ずの番なんてしなくていいからね」

 「ええ…… おやすみなさい」

 「おやすみ……」

 進はそう言うとと、くるりと体を動かして、雪に背を向けた。雪がその後姿をじっと見つめていると、それからしばらくして、進は静かな寝息を立て始めた。

 (古代君…… あなたはやっぱり私の大切な古代君だわ。でもあなたのそんな律儀さが今日はちょっと悲しい。だって、私はあなたの胸の中で、包まれて眠りたいんだもの……)

 同じベッドに眠りながら、手を伸ばせば届くところにいるのに届かない。雪は彼との距離が遥かに遠いような気がして切なかった。

 (古代君、早く帰ってきてね、私のところへ……)

 雪が心の中で祈る思いを、そしてその視線を、進は寝たふりをしながら背中に感じていた。 

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(背景:Four Seasons)