ラランドの白い花
Chapter2
(1)
ラランド星へは、一般人用の定期航路は開かれていない。鉱物採取の為の作業者を運ぶ艦か、採取した鉱物を運ぶ輸送艦、そして、ラランド星方面を担当する地球防衛軍の戦艦などが不定期に往復するだけである。
進は、この方面に配備されている地球外周艦隊第七艦隊の巡洋艦サザンクロスに乗っていた。サザンクロスは、これから他の数艦とともにラランド星周辺の巡回をする予定で、進はそれに便乗することになったのだ。
地球を立ったサザンクロスは、約1日がかりで太陽系を通り過ぎ、第11番惑星軌道から離脱した時点で小ワープに入り、一気にラランド星系に入る。そこから、また約半日の行程で、ラランド星第2惑星の基地へ到着する予定だった。
進は、あてがわれた客室で、司令本部で手に入れたラランド星や基地についての資料に目を通していた。もちろん、それらの資料は既に地球でチェック済みである。
基地の規模、第2惑星の気候や自然、進出している掘削会社のリスト、配備されているミサイルや戦艦の数など、もうほとんどは空んじられるほどになっていた。
ちなみに、前任の副司令は、約半年前に病気の為退役しており、現在は空席になっていた。つまりは……
「副司令なんて言ってるが、結局いてもいなくてもいい職責っていう気がするな」
進は、その資料をぱさりとテーブルに置くと、苦笑した。長官も言っていたが、ラランド星基地でのトラブルは、5年前の建設以来ほとんどない。今の司令も前任の副司令も、年齢から推測すると、退役前の最後の職場になるのではないかと思われる。
「いくら骨休めといったって、家族もいないんじゃ、本当に暇でおかしくなりそうだな。この中で目に付いたのは、星に若干の植物が自生しているらしいってことか……」
緑との触れ合いは、進の最も好きなことだ。宇宙戦士にならなかったら、その道を選んだかもしれないと思うほど、植物に関する知識は研究者並にあると自負している。
その進にとって、行く先の星で緑があると言うのは、うれしいことだった。添付されている写真には、地球にもありそうな樹木や花が写っていた。
「しかし、酸素含有量が地球より少ないからな。地球の植物は生息は無理だろうなぁ」
頭の中が仕事のことよりもそれらの植物に傾き始めた時、部屋のドアがノックされた。
「はい、どうぞ」
進が声をかけると、サザンクロスのクルーの一人が入ってきて、さっと敬礼した。
「古代副司令殿。夕食の仕度ができました。こちらにお持ちしてもよろしいのですが、当艦の艦長が、ご一緒できればと申しておりますが……」
「ああ、わかった。私も是非お願いしたい」
進が軽く了承すると、そのクルーは嬉しそうに笑った。
「了解しました。では、艦長室の方へどうぞ。そちらに用意するよう手配いたします」
「わかった、すぐ行こう」
「はっ!」
彼は、再び敬礼をすると部屋を出ていった。
「サザンクロス艦長殿か……」
進はなぜか意味深にそう囁き、苦笑しながら腰をあげた。
(2)
進はすぐに立ち上がると、艦長室に向いドアをノックした。
「古代ですが……」
「どうぞ」
中から声がして、進は部屋に入った。中に入ると、サザンクロスの艦長がこちらを向いて座っていた。
「お招きありがとうございます。サザンクロス艦長殿!」
ニヤリと笑いながら、わざとふざけて艦長に殿をつけた進の顔を見て、サザンクロスの艦長も、自分の眼鏡をつんとつついて笑った。
「ふふんっ、これはこれはラランド星の副司令殿! ようこそおいでくださいました」
これまた大げさな言い方に、進は溜まらなくなって大笑いしてしまった。
「あっははは…… もうやめようぜ、そう言うわざとらしい会話は……」
「ははは…… そうだな。さ、飯でも食おうぜ、古代」
「やっといつもの調子に戻ったな、南部」
サザンクロスの艦長は、進のヤマト時代の同僚であり部下だった南部康雄だった。ヤマトを降りてからは、上司と部下と言う関係は徐々に解消され、今は、訓練学校時代の同期として、友人として、家族ぐるみの付き合いを深めていた。
「とにかく座れ。せっかくの料理が冷めちまう」
「ああ、ありがとう」
南部に進められて、進は料理のセットしてあるテーブルについた。南部もテーブルにつき、グラスに入ったワインを軽く掲げて乾杯した後、二人は食事を始めた。
戦艦の食事の為、一気に料理が並んで入るが、一皿ずつ運んでくれば立派なフランス料理のコースになりそうなご馳走が並んでいた。
「副司令様を乗せたおかげで、今日はご馳走にありついたな」
食事は、来客用の特別な物らしい。南部が嬉しそうに笑っている。
「あはは……いつももっと美味いもの食ってるくせに。しかし、お前も外周艦隊の艦長職が板についてきたみたいだな。艦内が整然としていて、クルー達の態度もいい」
進は、艦内の様子を見て南部を誉めた。その言葉に、南部はニコリとした。
「まあね、もう3年になるからね。花形の第三艦隊のお前と違って、辺境警備担当第七艦隊だがな。それでも、輸送船の護衛艦よりは恰好はつくよ」
地球防衛軍の外周艦隊は、第一艦隊から第七艦隊まである。その内第一第二艦隊は、防衛軍総司令の親衛隊的部隊で、常に地球防衛軍旗艦と行動をともにしている。
そして第三艦隊は銀河系中心部方面を担当している。これは、対ガルマンガミラス、ボラーを控える、ある意味では最前線の艦隊で、最も精鋭が集められていると言われている。デスラーとの親交もある関係か進は今までずっとこの第三艦隊に所属していた。それゆえ、南部が「花形」と呼んだのである。
そして、第四から第七艦隊までは、その他の方面担当で、第七がラランド星方面を受け持っていた。
「はっははは……そうかな? たいして変わらんと思うが」
進が笑う。たいして変わらないというのは、平和が続いている今は、実際の戦闘からは、どの部隊も遠ざかっている。護衛艦だろうが、外周艦隊だろうが、さらにはそれが第三だとか第七だとか言ってもほとんど意味をなしてないと言いたいわけだ。
「それもそうだな、はははは……」
久しぶりの再会に、二人の会話は弾んだ。お互い宇宙に出ている身同士、なかなか会える機会は少ない。他の友人達の消息を話し合ったりしては、笑いが絶えなかった。
(3)
そして、食事がほぼ終わって、食後のコーヒーを飲む頃になって、南部がふと思い出したように言った。
「しかし、よく雪さんと子供達置いてくる気になったなぁ。お前なら、「頼むから一緒に来てくれ」って拝み倒すのかと思ったぜ」
南部がまたニヤリ。いつもいちゃいちゃベタベタの夫婦のことである。有り得なくないぞ、と思ったのだ。
「まあな。本当は一緒に行きたかったさ。けどなぁ、雪の仕事や子供の学校の事考えるとなぁ」
ちょっと思い出したのか、進は苦虫をつぶしたような顔になる。
「無理しやがって…… だがそれもそうだなぁ。雪さん、新しい職場でも活躍してるらしいって聞いたぞ。それに守君はもう小学生だからなぁ。時の過ぎるのは、早いもんだな」
「ああ…… 過ぎてしまえばあっという間だったような気がするよ」
ヤマトと共に戦っていた頃を思い出したのか、進は遠い目をした。
「そして、お前はもう宇宙基地の副司令様かぁ〜」
南部は両手を頭の後ろに載せて、椅子の背もたれにぐっと体を押しつけた。天井をあおぐ。
目の前の男は、いつも俺の一歩前を歩いている。そう思うと、少しばかり羨ましい。といって、追い抜きたいとか腹が立つと言うわけでもない。言葉に出していいようのない感覚なのだ。
そんな南部の思いを感じたのか、進はため息混じりにこんな風に答えた。
「閑職だよ。いろんな資料を見てみたが、一体なんの仕事をするのやらよくわからんぞ」
「あっははは…… そんなことはないさ。例えどんな辺境とはいえ、基地の副司令と言えば、部下の数は数十人じゃきかないだろう。一艦長とはやっぱり違うよ。相変わらず出世街道まっしぐらってことだ」
「別に望んじゃいないぜ。そんなこと」
進は、揶揄するような南部の言い方に、ムッとした顔で言い放つ。そんな仕草は未だにヤマトの戦闘班長時代のやんちゃ坊主姿を思い起こさせ、南部は苦笑した。
「わかってるさ。だが、周りがほっとかない。来年はもう艦隊司令様になるんだから……」
そのための一年のご奉公じゃないか。そんな風に言いたげな南部の視線である。
確かに、辺境基地勤務は、艦隊司令になる者は必ず経験するらしいと言うことは聞いていた。しかし進は、次のステップがすぐにそうなるとは思っていなかった。
「まさか、まだ俺は30過ぎたばかりだぞ」
「あ〜ん?」南部はちょっと口を開けたまま、ポカンとした。「なんだ、お前知らないのか?」
「何を?」
相変わらず、防衛軍内の裏事情には疎い奴なんだな、と南部はあきれる。
「あのな、親父に聞いた話だがな…… 来年早々には、新しい戦艦ができるそうだな。例の南部と揚羽の共同開発の新造艦第4号がね。今度は初めて旗艦クラスの戦艦になる予定らしい」
「ああ、その話はチラッと聞いた。それがどうした?」
南部と揚羽の二大重工が、科学局長の真田の指揮の元、最も力を入れて開発している一連の戦艦の話だ。進が今まで乗っていた巡洋艦レグルスもその3号艦だったのだ。
「その艦の艦長に抜擢されるのが、古代、お前ってわけさ」
つまりは、その最新艦は、進の出世に会わせるように製造されているのだと、南部は言いたいのだ。
しかし、進の反応は、芳しくない。さっき自分でも言っていたように、早い出世は、進にとって望むことではない。上からの期待はうれしいが、それなりに反発にもあうことも多い。それが彼にとってはうっとおしい。
進としては、とにかく平和を守れる仕事を、それも宇宙船に乗ってやれればそれでいいのだから。
「そりゃあ、ありがたいね」
「ふん、迷惑そうだな。まあ、とにかくお前はこの1年を無難にこなせば、最年少の艦隊司令ってわけだ。せっかく長官が一番平和で暇そうな基地を選んでくれたんだ。ヘマしないようにせいぜい頑張るんだな」
南部の変なハッパのかけ方に、進は苦笑するしかなかった。
(4)
暇で問題のなさそうな基地を選んだ長官の配慮はわかったが、進としては、あり難いのか迷惑なのか複雑だった。
「しかし……基地での一年は、退屈で死にそうなくらいだよっ」
「わっははは…… お前のことだから、またとんでもないもの突っつきだすかもしれんな。それはそれで楽しみでもある」
南部は、つまらなそうな顔をする進を見て、大笑いした。
「ひとごとだと思って……」
「まあまあ、そう言うな。平和に過ごせるってのはいいことじゃないか」
「それはそうだ。だが、一体休日はどう過ごせばいいんだか……」
確かに……と進は一旦納得したが、それはそれでまた時間が余って困るとも思う。
「うーむ、あそこにあると言えば、飲み屋が数件と雑貨屋くらいだな。まあ、基地の中にはイメージルームや映画館、スポーツジムくらいはあったとは思ったが。とにかく暇だろうな。家族はいないし……となれば、後は……」
南部が、鼻の上の眼鏡をつんとつつき、眼鏡の奥の瞳を光らせて、意味深に笑った。こんな時の南部は、大体妖しいことを考えている。
「な、なんだ? その変な目は」
「あははは…… 後は女……か?」
南部が再びニヤリ。そして、お決まりのごとく、進は顔を紅潮気味に強く否定する。
「ばか言うな!! お前とは違う。そう言うのは、俺には関係ないぞ」
「何を言う! 俺だって品行方正の典型みたいな旦那だぞ。奥さんも子供もそりゃあ大事に……」
「まだ新婚みたいなもんじゃないか!当然だろ」
「ふふん、お前だって、もう結婚して何年になるんだか…… 未だに新婚気分が抜けないらしいじゃないか。地球にいる奥さん連中は、時々集まっておしゃべりしてるらしいが、そこで、いつも雪さんはお前のことを惚気てるらしいぞ。ベタベタしやがって……」
南部がククッと笑う。進はさっきと別の意味で顔を火照らした。
「ほっとけ」
「まあ、わからなくもないがね。雪さんは、結婚して子供を産んでもさらに美しさを増したって、もっぱらの噂だからね。けど、美味いフランス料理も毎日食ってりゃ、飽きもくるってもんじゃないか?」
こう言う突っ込みは、南部の得意中の得意だ。もう10年来、進にこれをやっては楽しんでいる。が、最近は進も少しは言い返せるようになった。
「お生憎様! 雪はなぁ、豪華なフランス料理の時もあるが、和食や中華、イタリアンにエスニックの時もあるんだよっ!」
「ほぉぉ、そりゃあ、ご馳走様だな! どんな味がするのか詳しく聞きたいねぇ」
南部がめげずに問い掛ける。顔はすっかりニヤケ顔だ。しかし、さすがに進もそれ以上は簡単に言うわけにはいかない。南部を睨んで一蹴した。
「そんなことは企業秘密だよっ」
「わっははは…… 今日は酒が足りなかったな。またその内聞き出してやるよ。ま、ラランドの飲み屋ごときには、雪さんに匹敵するような女はいないさ。ん? 待てよ、そう言えば、あの娘(こ)は……」
ふと思い出したように、南部が考え込んだ。その顔に、進もちょっと興味が沸いた。
「ん?」
「一人だけなかなか魅力的な娘(こ)が基地にいたな、と思ってね。けど、あれはちょっとなぁ…… いや、ま、とにかくお前には関係ないことだったな」
「なんだよ、勿体付けるなぁ」
言いかけてやめた南部の話が気になって、もう少し聞き出そうと進が身を乗り出した。
「ほぉ、興味沸いたか?」
「ば、馬鹿言え!」
バンと机を叩いて、そっぽを向く進の姿を見て、南部は可笑しそうに笑った。
「お前も一応、男なんだ。あははは…… まあ、会えばわかるさ。確か司令官室で勤務しているはずだからな」
「か、関係ないって言ったろ!」
「へいへい……」
ブスッとする進に再び睨まれて、南部はそれ以上言うのはやめた。その後またしばらく雑談をしてから、進は自室に戻った。
(5)
同じ頃、ラランド星第2惑星にある基地の司令室では、新しい副司令についての噂話に花が咲いていた。二人の男がコンピュータの前で座って作業をしていた。
「おい、聞いたか? 新しい副司令の話」
司令室付きの執務官中津が、隣りの男に話しかけた。
「いや、また定年前の爺さんなのかい? 司令といいコンビになるんじゃないか?」
彼らは働き盛りの30代半ばといったところだろう。が、司令は既に60過ぎ。後2,3年で65歳の定年を迎えるらしい。ここラランド星は、建設当時こそ壮年の司令を迎えたが、その後二代にわたって、司令副司令ともに、定年前の最後の花道としてここに着任してくるパターンが続いた。
「はぁん、知らないのか!? 今度の副司令は、まだ30過ぎたばかりらしいぞ」
「ええっ!? 30!? まさか……そんな若くでなれるはずないだろう!」
通常、副司令と言えば、若くても40代かそれ以上の年齢層と言うのが、彼らの常識だっただけに、驚くのも無理はなかった。
「嘘じゃない。昨日、司令本部にいる友人と通信してちょっと聞いたんだ。新しい副司令官は、古代進、32歳だとさ」
「古代……進? どっかで聞いたことある名前だなぁ?」
もう1人の執務官ランバートが首をかしげた。地球を救ったヤマトのことも、10年ひと昔。だんだん人々の心の中からは風化しつつあった。平和に酔いしれた一般の人々にとって、ヤマトはもう歴史の1ページにしか過ぎないのかもしれない。
「あのヤマトの古代だよ、確か……」
「ヤマトの……!? ああ、それでその若さで…… 超エリート様ってことか」
さすがに彼らは防衛軍の職員だけあって、ヤマトの艦長代理の名前は覚えていたらしい。もちろん、当時活躍したヤマトクルー達が、その後も地球防衛軍の要職に付いているということも、容易に想像がつくのだろう。
「そういうこと!」
二人は、部屋のドアが開き人が入ってきたのも気付かず、その話で盛り上がっていた。
(6)
二人がわはは、と声をあげて笑った時、後ろから女性の声がした。
「誰が超エリートですって? ラランドのような辺境の基地には、居そうもない人種ね。何を話しているの? ランバートさんも中津さんも、また無駄話してっ!」
その声に二人は慌てて振りかえった。
「ありゃあ…… いきなりナギサちゃんチェックが入ったな」
ナギサと呼ばれた娘は、まずいところを見られたと照れ笑いする年上の男性二人を、腕を組んで見下ろしていた。防衛軍の制服を着ているところを見ると、彼らの同僚らしい。
年の頃はまだ20代半ばだろうか。黒い髪は、肩より少し下まで豊かに伸び、褐色の肌に大きな瞳を鋭く光らせている。そして、鼻から口元はすっと小さくまとまり、間違いなく美人の部類に入るだろう。
そんな顔だちとメリハリのあるすらりとした肢体を見ていると、南の島で髪に生花などを飾り、ムームーかパレオでも着れば似合いそうだ。
ナギサと言う日本人のような名を持っているようだが、南方系の血が濃く混じっているように見える。
「新しい副司令の話をしてたのさ。君も聞いたかい?」
「いいえ、私は」
そんな事は興味がないとばかりそっぽを向いたナギサに、中津が茶化すように言った。
「それが新副司令の古代進っていう男は、弱冠32歳の超エリートだってさ! それも、元ヤマトの乗組員だそうだ。地球を救った英雄様なんだぞ」
「古代進……ねぇ。それがどうしたの?」
しかし、ナギサは興味を示すどころか余計に気に入らなさそうな顔をして、ぎろりと中津を睨んだ。もちろんナギサもヤマトの名は知っていたが、そんなブランドに自分は左右されるつもりはなかった。
「あれっ? 男嫌いのナギサちゃんでも、そんなエリート様ならお眼鏡に叶うんじゃないかと思ったんだけどな」
中津が言うとおり、ナギサは男嫌いで通っていた。どこにいても目立つ若くて美しい娘を、基地の若者達がほっておくわけがない。
しかし、誰がどんなに熱心に誘っても、彼女はうんということはなかった。その上、だらしない男が大嫌い。下手に声をかけたところで、ニッコリ笑ってもらうどころか、粗を見つけられてけんもほろろに追い返されるのが落ちだった。
ナギサの男嫌い――ラランド星基地では、有名な話だった。しかし、なぜそうなのか、理由は誰も知らなかった。
「何言ってるのよ、そういうのは私が一番嫌いなタイプだわ! 想像するだけで寒気がする! どうせ、そういうエリートの人って、こういう辺境の基地は昇進の為のステップで来るんでしょう? 基地のことなんかどうでもよくって、ただ自分の保身と次の昇進だけが大事で…… ああ、いやだ!」
「けど、確か古代進って、昔見たことあるけど、なかなかいい男だったぞ。ナギサちゃん、ハンサムも嫌いかい?」
「エリートもハンサムも大嫌い! そういう人に限って鼻持ちならない人で、女の子にはもてるんだって誤解している人が多いのよね! 変なこと言ったらひっぱたいてやるから」
本当に嫌そうな顔をするナギサに、ランバートがまだ食い下がってみたが、やはり結果は同じだった。
「あっははは…… ナギサちゃんにかかったら、地球の英雄も形無しだな。けどこっちに来たらモテルだろうなぁ。確か彼には美人の奥さんがいたはずだけど、一緒について来るのかなぁ? そうじゃなかったら、色々と浮名を流したりしてな。
なにせ、司令本部一の出世頭だ。末は最年少司令長官間違いないって話だからなぁ」
中津がいい加減な憶測で話す。
「あ〜あ、俺達もそんな若造を上司って言わなきゃならないのかぁ」
「ははは、仕方ないさ。けど、うまく取り入っておけば、防衛軍での将来は安泰だぞ!」
「ああ、そうか! それもそうだな。じゃあ、せいぜいべんちゃらでも使うとするか!」
中津とランバートは気楽である。少々年下であろうと、優秀な上司には逆らうつもりもないらしい。が、ナギサはまだおさまらない。
「私は嫌よ。そういう人だったら、絶対言うことなんか聞いてあげないもの! 自分で何でも勝手にやればいいんだわ!」
「こりゃ、手厳しいねぇ。着任が楽しみだ」
「確かに……あははは……」
ナギサの怪気炎に、男性二人は大笑い。ナギサがどうしてそれほどハンサムなエリートを毛嫌いするのかわからなかったが、新しい副司令が、この娘をどんな風に扱うのか、または持て余すのか、楽しみが増えたといった風でさえあった。
「んっ! もうっ!! 冗談言ってるんじゃないのよっ!」
(7)
翌日の午前10時。サザンクロスは予定より1時間早く、ラランド星第2惑星基地に到着した。
進は、艦長の南部に礼を言うと、先に艦を降りることにした。生活に必要な荷物は、後で全て部屋に届けてくれると言う。
「じゃあ、南部。世話になったな」
「ああ、健闘を祈るよ! 俺達は二月に一度はここに立ち寄る。地球から来る時は、必ず愛する奥様と子供達から預かりものをしてきてやるからな。楽しみにしてろ!」
南部の言葉にニコリと微笑んで手を挙げると、進は艦を降りた。そして、初めてこれから一年を過ごすラランド星第2惑星の地に立った。
「さてと……」
本来はここに迎えが来ているはずだった。しかし、艦が一時間も早く到着したからだろう、まだ誰も来ていなかった。もちろん、待っていてもよかったし、到着した事を連絡すればすぐに迎えも来るのだろうが、進は基地の様子を見がてら自分で歩いて行くことにした。
宇宙船ターミナルから出ると、廊下を基地本部への案内板に従って歩き始めた。
初めて見る基地内は、とても殺風景だった。シンプルと言えばシンプルではあるが、地球の司令本部からすると、人の数も少ないし、様々な設備も簡易な物に見えた。
『ラランド星は辺境の基地だから、できるだけ快適に過ごせるように、環境面では近隣の基地より充実させているらしいわ』
出発前、進に厚生部で調べてきた資料を手渡しながら雪が言っていた言葉を思いだした。
「これで、環境面が充実してるって? 必要最低限って感じがするけどな。雪の奴、何を見て言ってたんだ? あれっ?」
ふと窓から見える外の風景が目に入った。そこには植物が生えているのが見える。小さな潅木で、丸い葉が生い茂っている。それが、一列に何十と連なっていた。
「資料では、植物は僅かに自生するっていう話だったが……」
思った以上に周りに緑があるのに驚いた。こればかりは、嬉しい誤算に、進は心から喜んだ。
(休日は、この星の植物の観察でもするといいかもな。見たことのない宇宙植物が観察できるかもしれない。しかし……あの生え方、自生というより、整然としていて人の手で植えられたようにも見えるが……)
しばらく外の風景に目を取られて足を止めてしまった進は、再び歩みを進め始めた。
シンプルななんの変哲もない廊下をしばらく歩いた後、ラランド星基地の受付ホールに到着した。
(8)
進はエントランスを入ると、カウンターに座る初老の男性に声をかけた。
「ラランド星に本日着任した古代進ですが、司令室は何階でしょうか?」
進は自分の身分証明書を見せながら名乗ると、その男性は証明書をよく見ないで、ぎろっと進を睨み渇いた声で尋ねた。
「所属は……?」
あまり愛想のない言い方に、進は少しムッとして答えた。
「司令室……だと思うんだが」
「司令室? 今日着任予定なのは副司令だけのはずだが、君のような若い……ん? 古代……進? あなたが……古代進さんですか?」
その男の顔色がさっと変わった。
「そうだ」
進は固い表情で答えながら、もう一度『ラランド星第2惑星基地副司令』の名が入った新しい身分証明書を差し出した。
「じゃあ、あの……副司令の……」
その男は、今度はまじまじとその証明書を見て、それから驚愕の目で進を見た。
「ああ」
「は、はっ! 古代副司令殿! お待ち申し上げておりました! まさかこんなにお若い方とは知らずに……し、失礼しました!! 申し訳ございません!」
やっとこの若い男が、このラランド星に新しく着任した副司令だと認識した男は、大慌てで姿勢を正して、固くなって敬礼した。青くなって、今の無礼を怒鳴られるのではないかと戦々恐々としている。
進にとって、そんなことは別に珍しい事ではなかった。レグルス艦長時代にも、その若さゆえ何度もそんな顔で驚かれる事があった。だからそれをとがめるつもりもなかった。
「いや、いい。それで司令室は?」
「はっ、司令室は3階の一番奥であります。どうぞ、お通りください!」
何も叱られなかった事でほっとしながらも、まだ緊張を解くことができないまま、男はそう答えた。
「わかった。どうもありがとう」
進は、軽く手を挙げると、エレベータに向って歩いて行った。
(9)
言われた通り3階の一番奥の部屋の前までやってきた。司令室と書かれた部屋がある。部外者が勝手に入らないように、部屋はカードチェックを必要としているようだ。
進が入り口のカードリーダに自分の身分証明書を通すと、ドアはすっと開いた。
中には机が数台置かれていて、男性が2人と女性が1人事務作業をしていた。進が一歩部屋に入ると、その3人全員が、一斉に進を見た。皆、誰だ!?という顔をしいてる。恐らく見たことのない人間が入ってきたので驚いているのだろう。
進が名乗ろうとしたその時、1人いた女性がつかつかと歩いてきた。ナギサだった。
「誰ですか! ここは、関係者以外立ち入り禁止です!! 即刻退室してください!!」
若い女性に、いきなり勢いよく激しい口調で声を浴びせられた進は、さすがに驚いて一瞬言葉を失った。
「あ……いや……」
「さあっ! あなたどうやって入ったんですか! ここへ自由にはいれるのは、司令室の所員だけなんですよ! 早く出ていって……」
ナギサは、今にも噛みつきそうな顔つきで、進の胸を両手で強く押した。
「あ……だから、僕は……今日ここに着任した……古代……」
進が仰け反りながらも、そこまで言ったところで、相手が再び言葉をかぶせた。
「古代だか現代だか知りませんが、とにかく…… えっ!?」
と、突然ナギサの動きが止まった。その男が『古代』と名乗った事に気付いたのだ。
「古代? まさか……古代進……副司令ですか?」
ナギサの睨んでいた顔が少し不安げに変わる。進もやっと自分の立場を理解してもらって、大きく安堵の息を吐いた。
「あ、ああ、そうだ…… 古代進だ」
ナギサは進の胸から手を外し、呆然とした。
「えっ? でも、到着予定は11時のはずでは……? まだ10時を過ぎたばかり……」
「迎えが来るとは聞いていたんだが、艦が早く着いたんで、先に来てしまったんだ。すまない」
「そ、そうだったんですか…… す、すみません!」
ナギサは、進が新しい副司令だと認識すると、真っ赤になって慌てて頭を深々と下げた。
「いや、しっかりした対応だ。感心したよ。女性にしておくにはもったいないくらいの迫力だったよ」
やっとわかってもらえたと思った進がニッコリ笑って、何気なしにそう答えたが、ナギサはまたその言葉にカチンときたらしい。
「ば、ばかにしないでください! 早く着いたのでしたら、その旨エアポートから連絡してくれればいいのに……不意打ちでいらっしゃるなんて……」
「あ、いや……」
思わぬ反撃にあって、再び面食らっている進の前に、それまで呆然と見ていた後ろの男性のうちの1人、ランバートが駆けつけて来た。
「こ、古代副司令、お疲れ様でした! どうぞ、こちらへ。ほら、ナギサちゃん、早く司令に取り次いで……」
ランバートは進の前で姿勢を正し敬礼すると、小声でナギサに耳打ちした。
「……はい」
ランバートの仲介で、さすがにナギサも一旦矛を収め、素直に司令のいる部屋に入っていった。それを見送ってから、ランバートは再び進を見た。
「すみません、古代副司令。あの、彼女はとても優秀なスタッフなんです。ただ、ちょっとばかり正義感が強くて、それに……あの……男……嫌いでして……」
なんとも言いにくそうなランバートの口調に、進は苦笑した。驚きはしたが、怒っているわけではない。逆にあの乱入者かもしれないと思ったときの毅然とした態度には、本当に感心していたくらいだった。
「僕はなんとも思ってないから、大丈夫だよ」
進の微笑む顔を見て、ランバートを含めそこにいる所員が安心したように緊張を解いた。そして、ぞろぞろと立ち上がって来ると、それぞれが進に自己紹介をした。
(10)
司令官室から出てきたナギサが進を呼んだ。
「古代副司令、司令官がお待ちです。中へどうぞ」
進が司令官室に入ると、執務机に座っていたラランド星司令が立ち上がった。進が資料で読んだとおり、ヨーロッパ系の初老の男性だった。机の脇には、さっきの娘ナギサが立っている。進は司令の前まで数歩前進すると、さっと敬礼した。
「古代進、ただいま着任いたしました」
「ようこそ、ラランド星第2惑星基地へ、古代副司令。私が司令のイワノフだ。君のことは長官から色々伺っている。頼もしい副司令が着任してくれて、とても嬉しい。期待しているよ」
イワノフは穏やかな口調で答えると、ニコリと笑って手を差し出した。進も手を差し延べ握手をした。
「いえ、基地の勤務は初めてのことですから、わからないことばかりだと思います。どうぞよろしくお願いします」
「ははは、まあ、ここは静かな基地だ。不穏な動きもないし、気楽にやってくれたまえ」
「はい……」
「あ、それから紹介しておこう。ナギサ君」
進との挨拶が終わったイワノフは、横に立っているナギサに声をかけた。ナギサはさっきの剣幕が嘘のように、済ました顔で立っている。
「はい」
「こちらは、ナギサ・ライアティア君。司令室の紅一点だ。司令室の雑務を全部まかせている。それに、私の秘書も兼務してもらっている。まぁ、秘書と言ってもそれほどスケジュールがつまっているわけではないのでね。これからは君の秘書も兼務してもらうから」
「わかりました。よろしく…… ライアティアさん」
進が礼儀正しく、ナギサに軽く会釈すると、ナギサも無表情のまま頭を下げた。
「……よろしくお願いいたします」
「うむ、彼女は、ここに来てもう3年になるが、とても優秀な女性だ。わからないことがあったら、何でも彼女に聞きなさい。そうそう、彼女の事は我々は、ナギサと言う名前で呼んでいるのだ。君もそうしたほうがいい。な、ナギサ君」
イワノフの提案に、一瞬えっ?といった顔をした。
ナギサは、なぜかこの古代と言う男に馴れ馴れしく自分の名を呼ばれたくない気がした。昨日の同僚の話に変な先入観を持ったせいかもしれないが、最初の出会いから、なぜかこの男の存在が、自分の気持ちを逆撫でするのだ。
しかし、部屋の皆がナギサと呼んでいる以上、嫌と言うわけにはいかない。ナギサは、仕方なく小さな声で承諾した。
「……はい」
「うむ。では、とりあえず今日は基地の内部を把握してもらおう。ナギサ君、古代副司令に基地の中を案内してやって欲しい。ついでに各部署の部長達にも紹介してもらおう」
イワノフは満足そうに頷くと、ナギサに次の指示をした。ナギサは、ムッとした顔で進の顔をちらりと見たが、反論することはなく、「はい、わかりました」と答えた。
そして、イワノフは時計を見ながら話を続けた。
「今からだと午前中に大体見てまわれるな。ナギサ君、最後に食堂へ案内しなさい。副司令には、昼食が終わってからこちらに戻ってきてもらおう」
それだけを話すと、進とナギサは司令室を出た。
(11)
司令室内で所員に断った後、ナギサと進は連れ立って部屋を出た。廊下に出ると、ナギサは感情を押し殺した声で言った。
「では、最初に3階にある総務部と経理部に参ります」
半歩前を歩く彼女の後姿を見ながら、進は南部の言葉を思い出していた。
『一人だけなかなか魅力的な娘が基地にいたな、と思ってね。けど、あれはちょっとなぁ……』
(この娘のことか。男嫌い……か。確かに、南部が口篭もった意味がわかるような気がするな。美人だが、相当気が強そうだ)
南部の顔を思い出して、進は思わず笑ってしまった。声に出すつもりはなかったのだが、小さくくくっと声が出てしまう。
ナギサはその声を聞き逃さなかった。急に立ち止まって、くるりと振りかえると、進を睨んだ。
「なんですか! 私の背中に何かついてましたか!!」
「い、いや…… 何も……」
いきなりの剣幕に、進は慌てた。
「なら、人の後ろで笑わないでください! 失礼ですわ!」
「あ、ああ、すまない。ちょっと思い出してしまったもので…… 君、そんなに怒ると美人が台無しだよ」
少し和んで欲しくて、進はそんな風に言ったが、ナギサには逆効果だった。
「んまぁ!! 余計なお世話です!!」
「あ……それはすまなかった…… どうも、口癖なもんで……」
口癖……それは、進が雪をからかう時にいつもよく言っていた。プライベートの雪は、とても表情豊かだ。笑ったり怒ったり、ころころと表情を変える。それがまた魅力的なのだが、時々雪は恐い顔で怒り出す事がある。最近はいたずらの激しい子供達を叱る時が多い。進の冗談にふくれっつらの時もある。
あまり雪の怒りが解けない時、進はいつも「怒ると美人が台無しだよ」と言うのが癖になっていた。すると、雪はいつも毒気を抜かれてクスリと笑うのだ。その笑みがまた可愛い。そんな雪の事を思い出しながら答えたからか、進の顔には照れ笑いがもれていた。
それがまたナギサには気に入らなかったようだ。進の口癖が妻に対するものだと知る由もなく、またそれが妻を思っての笑みだと気付く事もなかった。
(ナンなの!この人は! 「怒ると美人が台無し……」が口癖ですって!! 女性に向ってそんな事ばっかり言ってるのかしら!? ハンサムでエリートだからって、きっとプレイボーイに違いないわ! やっぱり中津さん達が言った通りなんだわ)
ナギサは、すっかり進のことを誤解してしまった。
「とにかく、余計なお話はしないでください!」
ナギサは進に向ってぴしゃりと言うと、その後は冷静を装って案内を続けた。進ももちろん言葉を控えたことは言うまでもなかった。
(12)
予定通りの案内が終わり、最後に食堂に着いた。
「こちらが食堂です。カフェテリア形式ですから、好きな食事をとって最後に清算するようになっています。他の基地でも同じだとは思いますが、清算は身分証明証を通して、給与から天引きすることもできます。食事が終わりましたら、司令室へお戻りください。ではこれで……」
ナギサは、一気にそれだけ言うと踵を返して戻ろうとした。
「ありがとう、助かったよ。君も一緒に食事をしていかないのかい?」
完全な社交辞令だった。進としては、一緒に食堂に来ればいつもそう声をかけるごく普通の言葉だったが、
「いいえ、結構です!!」
ナギサは再び恐い顔で進を睨んで、ツンと顔を突き上げて勢いよく歩き去ってしまった。とその時、後ろから声がかかった。
「古代く〜ん! 振られちゃったね」
南部康雄だった。ニヤリと笑っている。今のを見てたのか、と思った進は肩をすくめて苦笑した。
「まあね。彼女だろう?君が言ってたのは……」
「ああ、美人だが取っ付きにくくてなぁ。俺も何度か司令室に行ったことがあるが、冗談が全然きかないんだぜ。一度はひっぱたかれそうになったこともある」
南部がなんとなく悔しそうに話す。進はその様子が容易に想像できて声を出して笑ってしまった。
「あはっはっは…… どうせ、またデートにでも誘ったんだろう?」
「ま、社交辞令だよ」
と、うそぶく南部に、進は意地悪く突っ込みを入れる。
「お前はぁ! 奥さんに言ってやるぞぉ!」
「だから、社交辞令って言ってるだろう! 俺はお前と一緒で奥さん一筋なんだから、変な事言うなよ」
「ははは…… まあ、そう言うことにしておこう」
二人は、そんな会話をしながら食事を選び、空席を探して座った。
「とにかく……だ。古代副司令が、あの美人じゃじゃ馬姫をどんな風に乗り慣らすか楽しみにしているよ」
おかずを頬張りながら、南部が笑う。と、進は片目を瞑り小さく首を振った。
「おいおい、変な事言うなよ。触らぬ神にたたりなし…… できるだけ近寄らないようにするだけさっ。お前に扱えなかった女性を俺が何とかできるはずないだろう?」
「まあ、それは言えてるな…… あはははは」
「こいつぅ! しょってやがる!」
こうして古代進の赴任地ラランド星基地での最初の一日目が始まった。これが、この基地での進の、平和で静かなはずの一年の第一歩であった。
Chapter2 終了
(背景:Atelier paprika)