ラランドの白い花
Chapter3
(1)
進がラランド星第2惑星の基地に副司令として就任してから、数日が経った。基地勤務が初めての進にとって、全てが初めてづくし、そしてわからないことだらけだった。
戦艦と言う閉ざされた空間の中の要員とは違い、辺境の地とはいえ、防衛軍の一基地として機能している以上、戦闘部門以外の部署も意外と多い。司令本部での地上勤務もたまにはあるが、その時でも戦闘部門のプロジェクトに参加することが主だった進にとっては、やはり未知の部分が多かった。
こんな時、妻の雪がいれば色々とアドバイスをしてくれるだろうに……と地球と妻を恋しく思うこともしばしばだった。
着任早々に、地球へは連絡を入れた。基地からの通信は、あてがわれた部屋にテレビ電話が付いており、私信であっても、費用さえ出せばいつでも可能だった。
しかし、さすがにワープ通信を使用する都合上、個人で支払う通信費は安価ではない。そのため、妻と相談して、急な用件を除いては、週に1回の連絡にしようと決めた。
着任の翌日にかけた最初の通信では、雪は不在だった。画像をONにすると、そこに現れたのは義母の美里で、雪は急な出張で2日ほど不在だという。元気な子供達に会えたのがせめてもの救いだった。
「じゃあ、また来週に連絡します」
進は、美里にそう告げると通信を切った。脳裏に、別れの日の妻の涙が浮かんでくる。懐かしいような悲しいような気持ちになると、胸がほんの少し痛んだ。数日前のことなのに、と自嘲気味に笑う。
(雪に会って、抱きしめたいな……)
結婚して10年目を迎えると言うのに、今もまだ妻を強く求め愛している自分がそこにいた。周りからいつもからかわれる種になるのだが、その通りなのだから仕方がない。
進は、今もまだ、彼女の魅力を全て知り尽していないような気がしている。
「来週は家で待ってろよ、雪!」
進は、暗くなった画面に向かって、そうつぶやいていた。
(2)
進から、基地の勤務は初めてで、未知の部分が多いと聞いたイワノフ司令は、最初の1週間は基地の状況を把握するために専念するようにと指示をだした。
そこで進は、午前中は資料を読むことを中心とするデスクワーク、そして午後は基地内を歩き回ることにした。
副司令の補佐をするようにというイワノフ司令の指示もあって、ナギサはここ数日は進の専属秘書のようになっていた。もちろん、進から見てもしぶしぶなのは明らかではあったが……
しかし、至る所で不明な点に行き当たる進に対して、その都度一つ一つを、きちんと把握してフォローしてくれたのは、意外にもナギサだった。
進に対する態度は、初日から変わらずつっけんどんで愛想はなかったが、進の質問には、驚くほど的確に答えを探してくれた。打てば響くような、という表現そのもので、それは、妻の雪の仕事振りを髣髴(ほうふつ)させるものがあった。
進は、この数日間でナギサの能力を高く評価していた。
(彼女は、こんな辺境の基地に置いておくのはもったいないほど優秀な人だ。これで、もう少し愛想よく笑顔でも見せてくれたら、言うことないんだがなぁ……)
進は、自分の求めた資料を探しに、席を立ったナギサの後姿を見ながら苦笑した。
(3)
一方ナギサの方も、着任早々自分にちょっかいを出そうとした(とナギサは思っている)このハンサムな上司が、意外に仕事熱心なことに驚いていた。
それほど外敵の脅威も感じることのなくなった時代である。辺境の、のんびりとした基地の雰囲気に慣れていたナギサにとって、進の鋭い指摘や質問は、久々に身が引き締まる思いだった。
とにかく彼はよく資料を読んだ。元々地球にあった資料は既に把握しており、基地の規模や概要は既に頭に入っていたが、それ以上を進は求めた。
細かな指令系統や、今までの基地で起こった事象や、訓練の記録をくまなく読み続ける。そして、不明なところがあるとすぐにナギサに尋ね、更なる資料を要求した。
「そこまでされなくても…… 副司令がご存じなくても大丈夫ですから」
「うん、それはそうだが…… とりあえず概要だけでも……」
こんな会話が日に何度交わされたことだろうか。ナギサは呆れながらも、進の勉強熱心さに圧されるように、尋ねられる質問に答え、また資料を用意した。
恐らく1年の任期で地球に戻るだろうという噂の新副司令が、これほどまでに熱心に基地の事を把握しようとしていることには、さすがにナギサも感心した。
腰かけ気分で事勿れ主義、出世のためのステップとしてしか基地勤務を考えていないのだろう、というナギサの予測は大きく外れた。
進の熱心さは、部内の他の職員達にもすぐに伝わった。その真剣な仕事振りに、司令室内の空気が変わった。皆の動きがいつになくいいのだ。
(もしかしたら……私の認識は間違っていたのかしら?)
真剣な表情で、資料を読んでいる進を見ながら、ナギサは、ふと、そんな風に思った。
が、それは女性達の噂話によって再び崩壊した。
(4)
進は、ここに来て、誰にでも気軽に話しかけるようにしていた。それは、進が戦艦を指揮している時も同じで、どんな部署のどんな階級の低い兵士にも、進は分け隔てなく接してきた。それが部下を良く知るための近道だったのだ。
だからここでも、ただの下士官だろうが、事務職員だろうが、はたまた掃除のおばさんであろうが……老若男女問わず気軽に接して会話した。その中には、基地内で働く数少ない若い女性達も含まれている。
若い頃と違い、進も女性との会話術などというものも、それなりに覚えた。その大部分が、妻の雪のおかげと言ってもいいだろう。雪は常に話題の豊富な女性である。最初はもっぱら聞き役だった進も、雪がどんなことに感動し、どんなことで喜ぶのかを知るようになり、女性が興味を持つような内容に関しても、少しずつ知識や情報を持つようになった。
最近では、不意に妻を喜ばせる粋なセリフを言うことさえある。
「進さんは、口がうまくなったわ」とは、妻の弁。
なんとなく面白くなさげな妻の態度を、進は笑ったことがあった。進としては、自分が鍛えておいて、何を言うのか?というところなのだ。
しかし、何が問題かと言うと、進のそんな女心をくすぐるセリフは、本人がなんの意識もせず意図もなく、ぽろりとこぼしてしまうことである。
元来優しい性格の進である。博愛主義の性格から、基本的に誰にでも親切である。その上、少しばかり女性の心をくすぐったとしたら?
進の基地内での対応振りは、まさにそんな風になりつつあった。
ラランド星基地内では、ここ数日の間に、新しく着任した副司令が、ハンサムでエリートであるという話があっという間に広まっていた。もちろん、美人の妻と子供達を地球に残してきたということも……
こういった辺境の基地では、新任の人間というのは、非常に新鮮な存在である。それが、またハンサムで愛想がいいとくる。女性達は、進が単身赴任の妻帯者であることも気にすることなく、熱を上げた。いや、かえってその背徳感が、彼女達には魅力的に見えたのかもしれない。
(5)
ある時、ナギサが食堂で食事をしていると、背中合わせに、数人の女性職員が座って食事をし始めた。あらかた食べてしまうと、今度は基地内の噂話だ。今日の話題は、新任の副司令のことらしい。
「ねぇねぇ、今度来た副司令、素敵よねぇ!優しそうだし……」
一人がうっとりした声で話し始めるとと、すぐに別の一人が勢いよくその話題に飛びついた。
「そうそう! この前、うちの部署に来られたのよ。で、私が「なにかご用ですか?」って声をかけたらねぇ、にっこり笑って「各部署の業務状況を見て周っているだけだから、気にしないでくれ」ですって!
でね、「業務の説明をしましょうか?」って聞いたら、「ああ、頼むよ」って……うふっ。それから、30分以上も熱心に私の説明を聞いてくれたのよ! 私達の業務が副司令に関係あるはずないのにねぇ。ねぇねぇ、それってやっぱり、私のこと気に入ってくれたからかしらぁ?」
「まあっ、それだったら私だって同じよ! うちの部署でも丁寧にこまごまと質問して行ったのよ。きっと私のことが……うふふ」
みんな勝手に盛り上がっている。ナギサはそんな話を聞きながら、気分が悪くなる思いだった。
(もうっ、こういう女性がいるから、ああいう人がつけ上がるのよ!)
「ああん…… 素敵ぃっ! 奥様がいらっしゃるらしいけど、地球に残して単身赴任だっていうし、私、現地妻でもいいわぁ」
「ああっ! ずるいわ、それ!! 私だって、彼なら愛人だってなんだっていいわ。だって美味しそうなんだもん」
(もうっ、我慢できない!!)
ガタン! ナギサは我慢できなくなって、大きな音をたてて椅子を引くと、立ち上がって振り返った。会話をしていた女性たちが、その音にびっくりしてナギサの方を見ると、彼女達の方を睨んでいる。
「ここは基地内よ。例え休憩時間でも、場所をわきまえて話題を選んでください!」
その鋭い視線と口調に、女性達は一瞬シーンとなり、ばつが悪そうにうつむいた。ナギサは不愉快さが取れないまま、席を立った。
歩き始めたナギサの後姿に向かって、彼女達がひそひそと話しだした。
「なによ、あの子……」
「あの子、いつもそうなのよねぇ。男嫌いのナギサちゃん、お高くとまっちゃってるっ」
「自分は副司令といつも一緒にいられるくせにねぇ」
「そうそう、実はこっそり私達を出し抜くつもりなんじゃない?」
ナギサは、そんな声など聞こえない振りをして、そのまま食堂を立ち去った。
(やっぱり、彼って女たらし…… いったいあの娘(こ)たちに、何を言ったのかしら? みんなすっかりあの人にお熱じゃない!!)
女性達の進への賛美の会話に、わけもなくイライラしてしまう自分が、さらに腹立たしかった。
(6)
最初の通信を地球に送ってから、一週間が経った。進もそろそろ基地内の事情もわかり始め、手始めに次の訓練計画を練ることになった。
そして、まもなく今日の業務が終わる時間になった。もうすぐ部屋に戻って雪に連絡できると思うと、進はなんとなく浮き浮きしてくる。上司のそんな機嫌の良さは、部内のメンバーにも伝わってくる。だが、そのわけは知るはずもなく、いきおい勝手な想像で会話することになる。
司令室付の執務官の中津とランバートが、上司に聞こえないようにこっそり話を始めた。
「おい、古代副司令、今日は特に機嫌がいいと思わないか?」
「ああ、こっちでかわい子ちゃんでもモノにしたんじゃないのか? で、今日はデートとかなぁ?」
「うむ、ありえるな。基地内の女どもが、みんなして熱をあげてるらしいからなぁ。あ〜あ、うらやましい話だぜ」
「基地とは限らないぞ。スナックの女の子とか、そう言うのかも……」
話題となると、いつもそういう方面に行くところが、まさに暇で平和な基地らしい。
もちろん、それが面白くない人間もいる。進本人は、そんな噂がされている事も知らない。と言うことは……そう、彼女である。
噂話の二人を、ナギサがキッと睨むと、二人は肩をすくめて再び仕事を始めた。
デートだかなんだか知らないが、妻子ある身で他の女との付き合いを楽しみにしているらしい上司も、それを面白おかしく噂する男達も、ナギサは大嫌いだった。
(男なんて、みんな同じっ! 大嫌いだわ!!)
二人から視線をはずしたナギサは、今度は噂の張本人の方を睨んだ。その視線を感じた進が、顔を上げ微笑みながら、「どうした?」と聞き返したが、ナギサはプイッと顔をそむけた。だがいつものことで、進も気にしないようにしようと思う。それよりも、雪に電話だ。「さあ、帰るか……」などと言いながら、立ち上がった。
そんな姿は、ナギサから見ても、とても嬉しそうである。噂が本当かもしれないと思うと、とても腹立たしい。
なぜ、進のそんな姿を見ることが、これほどまでに腹立たしいのか、浮気な女たらしを軽蔑する気持ちだけではない、ナギサの心の奥底の思いを、まだ本人ですら気付いていなかった。
(7)
定時の終了時刻が過ぎ、進を始め部内の人間が帰り支度を始めた時、司令室の部屋に、空間騎兵隊の制服を着た一人の大きな男性がぬっと入ってきた。
「ナギサちゃん、仕事終わったかぁ?」
その余りにも大きな声に、進はびっくりして入口を見た。一通り基地内を巡って来たはずの進だったが、その男に見覚えはなかった。
「誰だ?」
進がそうつぶやくのと同時に、ナギサも叫んだ。その声は嬉しそうだった。
「権ちゃん! いつ戻ってきてたの?」
(えっ?)
進は、ナギサの声に驚いて振り返った。この基地へ来て初めて、ナギサが男に対して親しそうな声で話しかけたのを聞いた。
「ゴン……ちゃん?」
進は改めて、ナギサの知り合いらしいその男を、じっと見た。
その男は、空間騎兵隊の制服を着ている。進が訪れた時には姿を見なかったが、ラランド星の空間騎兵隊の一員なのだろう。
背の高さは180cmを雄に越え、体格も立派だった。短く刈り上げた髪の毛は、いがぐりのようにまっすぐに突き立っている。ごつごつとした顔や手足も、厚い胸板もいかにも鍛え抜かれた体をしている。まるで、熊かゴリラに服を着せているかのようだ。
その姿を見ると、進は遠い昔短い間だったが心を通わせた戦友のことを思い出した。
進がそんな思いに浸っている間も、他の部員達は、彼の事を知っているらしく、彼がナギサと親しく話し始めても、別に驚く風もなく、自分達の帰り支度をしていた。
その男も、別にいつものこととらしく、周りに気にする様子もなく、ナギサに向かって話し始めた。
「ああ、昨日戻ってきたんだ。ほれ、これ土産だ」
男は、ぽいっとナギサに小さな箱を投げてよこして、ニカッと笑った。ナギサも、両手でそれを受け止めると、にこりと笑顔を返した。
「ありがとう、権ちゃん。それで今日は?」
「ああ、今年度の緑化運動のスケジュールをそろそろ決めようかと思ってなあ。もうそろそろ始めなきゃならないだろう?」
「あ、そうだわ。もうそろそろだわね」
二人の会話を黙って聞いていた進が、ここで『緑化運動』と言う言葉に反応して初めて二人の会話に割り込んだ。
「緑化運動ってなんだ?」
その声に、やっとその男が進の存在に気が付いた。
(8)
男は進の方を振り向くと、首を傾げて不思議そうな顔をした。
「あれっ!? 新しく部員が入ったのかぁ? へぇぇ、なんて名前なんだ。しっかし、誰だか知らんが、その席は副司令の席だぞ。空いているからってそんなところに座ってたら、司令に叱られるぞ!」
「えっ?」
男の言葉に、進は驚き、ナギサを始め周りの者がびっくり仰天した。二人が初対面だと気付いて、ナギサが慌てて権ちゃんなる人物に、顔をしかめて首を左右に振った。
「権ちゃん、だめっ!」
「なにがだめなんだよ、だめなのはこいつの方で……」
わけがわからないその男は、進を指差したまま、ナギサたちの方を見て訴えたが、ナギサが眉をしかめる。
「だからぁ! もうっ、この方が副司令なのっ!!」
「はぁっ?……」
きょとんとして男が進の方を見た。一瞬ナギサの言った意味が理解できなかったらしい。しかし、彼がその言葉を頭の中でゆっくりと噛み砕いた時、すぐにその反応が変わった。
「うげ、げえっ!!! す、すみませんでしたっ!」
その男は、真っ赤になって大慌てでがばっと大きく頭を下げた。若い副司令に驚く職員の姿には、進も何度も遭遇している。見なれた反応だけに、怒りもなかった。
「いや、別にかまわない。気にしていないから」
「はっ、ありがとうございます。あっ…… 申し遅れましたが、自分はラランド星基地空間騎兵隊第二中隊隊長の権藤 始です! 任務の関係で先週からケンタウルス座α星基地に行っておりましたが、本日帰還いたしました! ご挨拶が遅れて失礼しましたっ!!」
緊張を隠せない表情で、権藤は背筋を伸ばして立ちなおし、進に敬礼した。
進も、姿勢を正して敬礼を返してから、相手の緊張をほぐそうと微笑んだ。
「私が副司令の古代進だ。よろしく頼む。先週こちらに来たばかりで、わからないことばかりなんだ……今までは艦隊勤務が中心だったからね。空間騎兵隊のことも、またいろいろと教えてくれるとありがたいな」
「はっ!! 古代副司令…… えっ、古代……進……ですか?」
再び敬礼しなおして答えた後、権藤は少し考えるような顔をした。
「ん?どうした?」
「あ、あの…… もしかして、ヤマトの古代進……さんですか?」
ヤマトと言う名にドキリとする。今も心の中に生き続ける最高の艦の名である。しかし、最近はその名を言う人間も少なくなり、進は自分ではあまり口にしないようにしていた。
ヤマトには、もう静かに眠りつづけて欲しいから……
「ああ、そうだが……」
かといっても、ヤマトのことをわざわざ隠す理由もない。進が頷くと、権藤の目がきらきらと輝き始めた。息せき切って次の質問を繰り出した。
ナギサや中津達は、権藤の感激振りに驚きつつも、事の成り行きをじっと見守っている。
「そ、それじゃあ!! 白色彗星との戦いで、あの斎藤さんと最後まで戦った古代さんなんですね!!」
進は、さっき久々に思い出した彼の名を、目の前の男が口にしたので驚いた。
「斎藤!? お前、あの斎藤を知ってるのか?」
「はいっ! 俺が始めて配属になったのが、第11番惑星の空間騎兵隊だったんです。斎藤さんには、名前が一字違いなのも何かの縁だって、すごくかわいがってもらいました! ビシビシしごかれもしましたが、私にとっては憧れの最高の隊長でした!」
「そうか、君は斎藤の元部下だったのか……」
「はい、私は、例の11番惑星基地が全滅した攻撃の直前に、たまたま訓練中に怪我をして、地球に戻って入院していたんです。その時にあんなことが起こってしまって…… ああ、今思い出しても悔しいです!! あの時、みんなと一緒に戦いたかったと……」
権藤が握りこぶしをぎりりと握った。心から悔しがっているようだ。進は懐かしそうに微笑むと、権藤の肩をポンと叩いた。
「そうだったのか…… しかし、斎藤の部下にこんなところで会えるなんて、奇遇だな」
「はいっ! あの、斎藤さんたちの最期の戦いのこと、ぜひお聞かせください!」
「そうだな……」
進が視線を落とした。権藤もそれに気付いて、はっと顔色を変えた。
「あっ…… すみません。古代副司令には、あの戦いは思い出したくない辛い出来事なんですね?」
「うん、……まあな。だが、もう10年以上前のことだ。彼らがどんな風に思い、戦って、そして死んでいったのか…… このことは、後輩達や後の世の人達に伝えなければならないことだと思っている。そうだな、そのうち、時間が取れたら斎藤の話でもしよう」
「はいっ! ありがとうございます!」
権藤は再び嬉しそうににっこり笑って、深々と頭を下げた。
(9)
進が気を取りなおして、さっき聞きたかったことを口にした。
「ところで、一つ聞きたいんだが、さっき君たちが話していた『緑化運動』って言うのは、なんなんだい?」
「はいっ、このラランド星第2惑星の植物を増やすための、ボランティア組織なんです。「ラランドグリーンサークル」と言いまして、あの、私がリーダーを務めさせていただいております。で、こちらのナギサ……さんにサブリーダーをしてもらっております!」
「へぇ、そんなボランティア組織があったのか……」
進の瞳が輝いた。植物を増やすボランティアとは、自分にはうってつけのサークルだと思う。
「はい、ここラランド星第2惑星には、元々この星独自の植物が僅かに自生しているんですが、その数は非常に少ないのです。そこで、このに基地ができた時に、有志が集まって、星の緑化のために植物を増やす運動を始めたのです。
最近になって、随分その成果が現れ始めまして、ご存知かもしれませんが、基地周囲の植え込みも、我々が育てた木なんです」
権藤の説明に、進は赴任日に初めて見た整然と並んだ潅木を思い出した。自生しているにしては、きれいに並びすぎていると思っていたが、やはり植林したものだったらしい。
「ああ、基地の渡り廊下から見えるあの低い木のことだな?」
「そうです! 野生のものを挿し木で増やしたんですよ。意外に短期間で成長したんで、驚いてます。ですがあそこまで育てるのは、なかなか大変でした。
ここは空気中の酸素が不足しているので、ヘルメットなしでは長時間外に立っていられなくて、宇宙服を着たままの作業になります。それに土壌に余り栄養分がないんで、この星の土壌にあう肥料を、俺らなりに考えて作って追肥してみたり……
あの木は野生では花も咲いている品種なんです。ですが、我々があの基地周辺に植えたものは、まだ花を咲かせたことがなくて……
この星の植物については、まだ詳しい研究をした人もいなくて、よくわからないことばかりなんです。ある程度の大きさまで成長すれば、花をつけるはずなんですが……まだ……
今年こそはなんとか咲かせたいと、あっ、それでさっき見つけたんですが……」
調子に乗っていくらでも話しつづけそうな権藤を、ナギサが止めに入った。
「権ちゃん、副司令にそんなに詳しく話したって仕方ないわ。退屈されるだけよ」
いつもそうだった。基地内のお偉いさん方は、いつも聞いているような聞いていないような態度でただ頷くばかりで、暇そうなヤツラだという顔で見るだけなのだ。
「あ、ああ……そうか。すんません、長々と…… ご興味のないお話を……」
権藤は照れたように頭をかきながら、ぺこりと頭を下げたが、進は逆に興味津々になった。
「いや、もっと聞かせて欲しい」
「えっ?」
「と言うよりも、その緑化運動、僕にも手伝わせてもらえないだろうか?」
「えぇっ!?」
ナギサと権藤が同時に叫び、驚いた様子で顔を見合わせた。それから、権藤が目を輝かせて再び進の方に向き直った。
「ほ、本当ですか!! 副司令が参加してくれるなんて! いやぁ、それは嬉しいです!! でも、これは全くのボランティアで、休日や就業後の空いた時間で細々とやっているもので……」
「ああ、構わんよ。僕は一人でこっちに来てるんだ。だから休日も暇だし」
「そうですかっ!! メンバーもまだまだ足りませんし、副司令が参加してくださるとなれば、もうそれは! なっ、ナギサ!」
「えっ、ええ……」
権藤に同意を求められたナギサは、しぶしぶ頷いた。しかし、男二人はすっかり乗り気になっている。
「よしっ! じゃあ、さっそくその今年の計画とやらの話し合いを、一緒に聞かせてくれないか?」
「いいっすよ、なぁ、ナギサちゃん。どうせ俺達二人でするつもりだったんだから」
「そ、それはそうだけど……」
恨めしそうな顔で進の方をチラリと見るが、進の方は既にその気になって、目を輝かせている。
「よしっ! じゃあ、決まりだな。いつものあそこに行こうぜ!」
副司令と連れだって出て行くご機嫌な権藤の後ろを、ナギサは不快そうな顔で付いて出て行った。
そんな三人の姿を見送ってから、中津とランバートが再び噂話に花を咲かせた。
「へええ、副司令がそう言うことに興味があったとはなぁ」
「ああ、意外だったな。ってことは、こっちでできた彼女とデートってのは、違ったのか? ははは」
「ま、今日のところは、そういうことらしいな。あっ、もしかして……」
「もしかして?」
「難攻不落のナギサちゃんを落とすべく、ナギサちゃんの好きなボランティアを気に入った振りをして……」
「ふーむ…… それはそれで面白い展開ではあるな」
「あっははは…… いやぁ、楽しみ楽しみ」
相変わらず無責任な噂話を楽しむ二人であった。
(10)
三人は、連れ立って基地付近にある小さな歓楽街へ向かった。そこには、居酒屋やちょっとしたバー、それに遊興施設などの店が集まっている。街と言うほど大きくもないが、それでもラランド星第2惑星唯一の歓楽街である。基地の人間と掘削会社の社員で、それなりに賑わっている。
進は、ここに来るのは初めてのことで、どこに何があるのかさっぱりわからない。黙って前を歩く二人に付いて行った。
権藤とナギサは、いつもの馴染みの店があるらしく、どこに行こう相談することもなく、まっすぐに目的の場所まで歩くと、小さな間口の店に入った。
ほとんど飾り気のない小さな店は、まだ早い時間だと言うのに、それでも客が半分ほど席を埋めていた。
権藤が店の店主に「よっ」と軽く手を挙げ、店主もそれに答えて会釈したところを見ると、行き付けの店らしい。気軽に入れる居酒屋風の店だ。
それから、三人は席について、進と権藤は生ビールを、ナギサは軽めのカクテルを注文した。数点のつまみを取って、まずは二人は例のサークルの打ち合わせを始めた。
進はビールを飲みながら、黙って二人の様子を見ていた。権藤は資料を取り出して、ナギサに見せながら説明している。ナギサも頷きながら、それに答えたり、提案したり…… 進が見るところ、なかなかいいコンビのようだ。
二人が立てる計画を黙って聞いていたが、それに無理はなく、なかなか的確な計画を立てていると、進は感心した。
それに…… ナギサの顔が生き生きとしているのが、とても新鮮だった。自分と仕事をしている時の仏頂面から見ると、雲泥の差である。このボランティアを本気でやっていることが、すぐに見て取れた。
「よしっ。そういうことでいいな。じゃあ、来週の週末にみんなで調査に行くことで決まりだ。土曜日の9時。集合場所は、基地のエントランスってことで、明日中に全員にメールいれておいてくれるか?」
「ええ、いいわ」
ナギサは権藤に頷いてから、ちらりと進のほうを見た。その顔には「あなたにも連絡しなくちゃならないの?」と言いたそうなのが、ありありと浮かんでいて、進はまたため息混じりに苦笑してしまった。
「あ、僕にはいいよ。今日聞いたから、場所も時間もわかった」
「あっ、そう……」
ナギサは、低い声でそれだけを言うと、またプイと権藤の方を向いた。
「んん? どうした?」
ナギサの冷たい声に、下を向いて資料を見ていた権藤が顔をあげた。
「ううん、べつに……」
(11)
権藤には、状況が飲み込めていなかった。しかしとりあえずはややこしい話は終わったとばかり、明るく大声を張り上げた。
「そっか、ま、いい。よしじゃあ食おうぜ! ああ、腹減った。腹減った。 古代副司令、ここの店は、作りは簡素でなんにもねえけど、料理だけはめっぽううめぇからなぁ。副司令にはあんまり似合わないかもしれねーけどよ。あっ…… す、すみません。飲むと地が出てしまって……」
と慌てて頭を下げた。さっきまで、敬語で話していたのが、急に普段のしゃべりになったかららしい。しかし、権藤はその方が彼らしいと、進は思った。
「あっははは…… いいよ、今は仕事じゃないんだから、友人として普通にしゃべってくれ。だから副司令は止めて、古代って呼んでくれ」
「あ、すんません。そんなら、お言葉に甘えて…… 実はさっきから、舌噛みそうだったんで、へへへ」
頭をかきかき権藤が笑った。その姿が滑稽でナギサも思わずプッと吹き出した。
「やっと、権ちゃんらしくなったわね。うふふ……」
きらりと光る美しい笑顔だ。進は、彼女のそんな笑顔を初めて見た。
「君もいつもそうやって笑ってくれてるといいんだがな。その方がずっとかわいいと思うんだけど」
と突然、ナギサの笑顔が消え、鋭い声が進を突き刺した。
「余計なお世話ですっ!」
「おいおい、さっきから見てたら…… ナギサちゃん、なにプリプリしてんだよ?」
権藤が心配して声をかけるが、
「別になにもしてないわよっ! さあ、私も食べるわ!!」
と、ナギサは取り合わない。権藤が、心配げに進を見たが肩をすくめて笑うばかりだ。
「ま、いっか」
すぐにナギサも普通に戻り、上司の方も怒っていないようなので、権藤も食べることに専念することにした。
(12)
しばらく三人でとりとめもない話をしながら、食事をした。その後は、ナギサも突然態度を硬化させることなく、権藤の珍体験を聞いて声を出して笑い、そしてよく食べた。
だいたい、腹が膨れてきた頃、権藤が思い出したように言った。
「おっ、そうそう。さっき司令室で言おうとして途中で止めた話なんだけどな。ナギサちゃん! めちゃくちゃいいニュースがあるんだぜ」
「えっ?なになに?」
「あのなぁ…… ふっふっふ」
「やだっ、もったいぶらないでよっ!」
おかしそうに笑いながら、ナギサが権藤を責めると、彼はうやうやしくゆっくりと説明し始めた。
「俺たちの植えたラランドティアレの木に、つぼみがひとつ付いてたのを知ってるか?」
「えっ!? ほんと??」
ナギサの顔が、とても嬉しそうにぱっと明るくなった。
「ああ、今日基地に戻ってきてから、ぶらりと回ってみたらな、ひとつだけつぼみをつけているのを見つけたんだ」
「わあ、やったぁ! 嬉しいわ!!」
「ラランドティアレっていうのはなんだい?」
盛り上がる二人に、進が尋ねると、権藤が答えた。
「あ、さっき話してた基地の周りに俺達が植えた木でなんだよ。野生のものは花が咲いているのに、植林した方はまだ咲いたことがないっていう……」
「ああ、あれのことか…… ティアレ、というと、確か地球の島、タヒチの花じゃなかったっけ?」
ティアレと言う花は、タヒチ諸島を代表する花である。5枚の花びらをつけた可憐な花は、南国タヒチのそこかしこを年中飾っている。
進がティアレの花のことを知っていたことに、権藤もナギサも驚いた顔をした。
「へぇぇ、さすが植物のことが好きって言うだけあるんだなぁ。ティアレの花を知ってるなんてさぁ」
「ああ、タヒチで実物も見たことがある。白い可憐な花だったな」
「うんうん、その通りの花なんだけど、あの木にそれによく似た花が咲くんで、俺達が勝手にラランドティアレって名付けちまったんだよ。命名は、このナギサちゃんなんだ。彼女の好きな花なんだそうで……」
「ほう?」
進がナギサの方を見ると、彼女はかすかに微笑んだ。権藤がさらに話を続けた。
(13)
「なんてったって、彼女の故郷の花だからなぁ」
「故郷……? ナギサ君はタヒチの出身だったのか?」
進は初めて聞く話に、ナギサの顔をまじまじと見た。
確かに彼女は、南方系の浅黒い肌で目鼻立ちもはっきりしている。タヒチ出身だと聞けば、大きく頷ける顔立ちである。
「え、ええ…… 行かれたことがあるんですか?」
珍しくナギサが、穏やかな口調で進に尋ねた。
「ん? ああ、昔……旅行でね。タヒチはいいところだった。度重なる被害でひどい状態だったらしいが、僕が行った時は、すっかり昔の美しい南国の地に戻っていて、のんびりさせてもらったよ」
進は、その時の旅行のことを思い出すように目を細めた。あれは本当に幸せな旅だった。
「へぇぇ、俺は行ったことねえんだけど。ティアレの花のことを調べるためにコンピュータで調べたことがあったなぁ。確かぁ、あそこってカップル向けの高級リゾート地が多かったような…… ん、ってぇこたぁ、古代さんは誰と? へへっ、昔の彼女とですかい?」
権藤がニヤリと笑った。進は眉をしかめてすぐに否定した。
「ば、ばか言うな。女房と行ったんだよ……もう10年も前のことだけどな」
「はあん、じゃあ、新婚旅行とかで?」
さらに突っ込む権藤に、進がたじたじとなった。ナギサも珍しく一緒になって笑っている。
「ま、まあな…… ああっ、もういいだろう!!」
思わず雪の顔が頭に浮かび、進の顔がかっと赤くなった。権藤はその顔を覗き込むように見て笑った。
「へぇぇ、古代さんが赤くなってらぁ。そんなに照れることねえのにな。なんかかわいいねぇ。いやぁ、そうやってると、やっぱり副司令には見えねぇや、ははは……」
「こらっ、からかうなよっ!」
「はっはっは……」 「ふふふ……」
大笑いする権藤と照れ笑いする進。そして、ナギサも声を出して笑った。
妻の話を出されて照れる進の姿に、ナギサは初めて心地よい親近感を持った。
(14)
雰囲気がよくなったのをきっかけに、進はもう少しナギサの事を知りたくなった。
笑いが落ち着くと、進はナギサに尋ねた。
「で、ナギサ君はタヒチのどの島の出身なんだい? 僕も行ったことのある島なのかな?」
「ライアティア島です……」
「そうそう、ライアティア島ってんだよなぁ。ナギサちゃんの苗字とおんなじだったから、覚えてんだ、俺」
「ええ……」
ナギサが懐かしそうに微笑んだ。ナギサの名は、ナギサ・ライアティア。正にその通りだ。島の名を苗字にしているということは、昔から代々その島に住んでいる由緒ある一族なのだろう。それを権藤が指摘した。
「昔はその島を治めていたっていう神官の家系だって言ってたよなぁ。結構代々続いた古い家系なんだろう?」
ナギサははにかみながら小さくコクンと頷いた。
「ええ、でもそれはもう昔のことよ……」
「そうかぁ、残念だが、僕はその島には行ってないなぁ」
「あまり観光化されてない島ですから……」
と答えるナギサに、ふと進はその名前についてもう一つ疑問が浮かんだ。
「だが、名前は誰が付けたんだい?」
進がそこまで言った時に、ナギサの顔色がさっと曇った。しかし、進はそれには気付かずに話を続けた。
「ナギサって言う名は、まるで日本人のような名前……」
ガタン!! 進の声を遮るような大きな音を立てて、ナギサが立ち上がった。
「古代副司令には関係のないことです! 人のプライベートに勝手にかかわってこないでください!!」
さっきとあまりにもの変わりように、進も権藤も慌てた。進には、なぜそのことにこれほど過敏に反応するのかよくわからなかったが、とりあえずすぐに謝ることにした。
「あ…… それは、すまなかった。そんなつもりじゃあなかったんだ。悪い事を聞いて、本当に申し訳ない」
それでも厳しい顔をしたまま、黙っているナギサに、権藤が「おいっ」と声をかけた。するとやっと、ナギサは「ふうっ〜」と大きく息を吐いてから、今度は声を荒げないように気を付けながら、答えた。
「わかっていただければ……いいんです。申し訳ありませんが、私、今日はこれで失礼します」
ナギサは、自分のバックから財布を取り出して、自分の支払い分をテーブルに置いた。
「えっ?」
「おいっ、待てよ。まだ料理だって残ってるし……」
「メンバーへの連絡は間違いなくしておくから…… じゃあ、失礼します!」
既に歩き始めたナギサを呼び止める権藤に、振り返ってこう答えると、ナギサは二人に向かって軽く会釈して、店から出ていってしまった。
(15)
呆然と見送る男性二人を尻目に、ナギサの姿はそのまま店の外に消えた。
せっかく彼女が心を開いてくれたかと思った進だったが、またもや逆戻りに、思わず肩を落とした。
(どういうことなんだ? 彼女は……)
眉をしかめて、ムッとしているように見える進に、権藤がぺこぺこと謝った。
「すんません!! 彼女、たまにこう切れちゃうことがあって…… いい子なんですけどねぇ。名前のこともちょっとわけありで……」
わけあり? 進は顔をあげ、真剣な顔で権藤を見た。
「なぁ、君が知っていることがあったら教えてくれないか。いや、別に興味本位で言っているんじゃないんだ。俺は、どういうわけか彼女から嫌われてるみたいでね。男嫌いだとは聞いたが、他のやつらに対するよりも、態度がひどく硬いような気がして……
これからしばらく一緒に仕事していくわけだから、できるだけ仲良くやっていきたいんだよ」
進の言葉に嘘はなかった。その気持ちを権藤も理解した。少し考えるように俯いていたが、顔をあげて答えた。
「……そうですか。俺が思うのには、たぶん、古代さんがいい男で、超エリートだってのが気に入らないんだと……」
「はぁ?」
「さっきの彼女の名前のことにも関係あるんだけど、彼女の父親は日本人らしいんだ。それも結構いい男でどっかの会社のエリートだったらしくて……
けど、彼女の苗字は……知ってるだろ? ライアティアってのは、どう考えたってタヒチの苗字だ。ってことはつまり……」
権藤が口篭もる。続きをどう言おうかと迷っていると、
「彼女は、正式な結婚をしないで産まれた子だ。と言うわけか?」
進がその意を汲んでくれたことにほっとして、権藤は頷いた。
「……と俺も踏んでるんだ。とにかく、彼女は父親のことになると頑なに口を閉ざしてしまって。
父親が日本人だって言うのと、ハンサムなエリートだってことだけは、彼女が以前たまたま口をすべらして…… けど、両親がどうやって知り合って、なぜ結婚しなかったのかとか、ま、そう言うことは全然ねぇ。
でもさ、俺が想像するに、その父親っていう男が、タヒチに遊びに来たかどうかして、彼女の母親を持て遊んで捨ててったんじゃねえかって思うんだよなぁ。だから、それを恨んで、男嫌いになったんじゃないかってね」
権藤は、辛そうな顔で説明をした。進も頷いた。確かにそれなら、彼女が男嫌いなわけも理由としては頷ける。母親からそんな恨みつらみを聞かされていたのかもしれない。
(16)
「母親は今はどうしているんだろうか?」
「もう死んでしまったそうです。例の白色彗星の攻撃で犠牲になったらしくて…… 彼女が11歳の時だったらしいけど、その後、祖父さんに育てられたって言ってたけど、兄弟もいなかったらしいし、色々苦労したみたいなんだ。その祖父さんだって、彼女が就職する前頃に死んだって言ってたなぁ」
「そう……だったのか。彼女も天蓋孤独の身なんだ」
11歳で母を失ったナギサのことを、進は考えた。丁度自分が両親を失った時と同じ年頃である。親が死ぬ、それも全く予期せぬ事故で突然に失うということは、あの頃の子供にとっては大きな痛手である。
しかも、彼女は兄弟もいなかったらしい。あの時の自分には兄がいてくれた。それでも、辛くて悲しくてどうしていいかわからなかった。しばらくはどうやって物を口にして、どうやって寝たのかさえ覚えていないくらいだった。
(彼女は、一人ぼっちでその悲しみに耐えていたんだろうか……)
あの悲しみや辛さは、その立場になったものしか、わからないだろうと進は思う。だから、その時の彼女の気持ちを思うと、進は胸が痛くなった。
「このボランティアに参加してる姿とか見ると、すごく楽しそうに、草や木を大切に扱うんだ。だから、彼女も根は優しい子だと思うんだよなぁ」
権藤が、ナギサをフォローするように説明する。その愛しそうな口調に、進は微笑んだ。
「君とは仲がいいみたいだな。恋人なのかい?」
その切り返しに、今度は権藤の方が真っ赤な顔になって、慌てて両手を振って否定した。
「ま、まさかぁ。彼女に相手にもされてないっすよ。俺は初対面で彼女を口説いたりもしなかったし、あ、彼女口説かれるとその相手を軽蔑するみたいで…… それに、俺はこんなバンカラなヤツだから、嫌いな男をイメージしなくていいんじゃないのかな」
権藤の方は、否定するがまんざらでもないらしいと、進は思った。この二人ならお似合いかもしれないと思う。が、今はまだ時期尚早らしい。
「ふうっ、そうか……」
「彼女もばかじゃないし、古代さんのことも、そのうち分かってくれると思うよ」
「そうだな」
権藤は、沈んだ顔になった進の気を他にそらせようと話題を変えた。
「それより、あの……ヤマトでの斎藤さんのこと聞かせてもらえませんか? どんな風に……戦って、どんな最期だったのか。あっ、いや、思い出すのが嫌ならいいんですけど……」
言ってしまってから、また権藤がしまったという顔をしたが、進は顔をあげてにこっと笑った。
「そうだなぁ。もう13年になるんだよなぁ、あれから…… いいよ、話してやろう」
進は、13年にもなると言いながらも、まだまったく色褪せもせず、脳裏に鮮明に残っているあの戦いのことを、ゆっくりと話し始めた。
権藤は黙ってその話を聞きながら、知らず知らずのうちに涙を流していた。
(17)
その夜、権藤と別れて自室に戻った進は、さっそく地球への通信をONにした。自宅の電話番号をコールする。と、呼び出しベルが鳴るか鳴らないうちに、映像が反応した。
映し出された画面には、雪の姿が大きく映し出されていた。
「あっ、進さん!! 遅かったじゃない。ずっと待ってたのよ」
雪の嬉しそうな顔が、ちょっと恨めしそうに進を睨んだ。
「あ、すまない。仕事が終わったらすぐ連絡するつもりだったんだが、急に飲みに行くことになって、今帰ってきたんだよ。でも、ちょっといいことがあったんだ。あれ?子供達は?」
きょろきょろと画面の中を見まわすが、シーンとしていて三人ともいない。
「何言ってるの、もうこんな時間じゃないの。ずっと前に寝たわよっ!もうっ! 私、先週いなかったから、今日は定時で終わってず〜〜っと待ってたのよっ!」
雪に時計を付きつけられ恨めしそうに睨まれて、進は笑いながら謝った。確かにもう午後10時。子供は夢の中にいる時間だ。
ちなみに、ラランド星基地の時間は、地球の司令本部の標準時に合わせているので、二人の間に時差はない。
「あはは……ごめんごめん」
「もうっ! で、どう?そっちの方は?」
「ああ、やっと基地の状況が見えてきたところってとこかな。これからだよ。あ、そう言えば、君、先週は急な出張だったんだって?」
「ええ、抜き打ちで各基地の設備のチェックをすることになって、先週は香港の極東支部に行ってたの」
雪の方も色々と忙しそうだ。それだけ部内でも期待され活用されていると言うことだ。彼女のためには、地球においてきて正解だったと、進は思った。
「ふうん、香港か…… 一人でか?」
何の気なしに尋ねた進に対して、雪もさらりと答えた。
「ううん、秋田君と二人……」
が、その答えに進のアンテナがピクピクと反応した。
「秋田君!? 男なのか?いくつだ?」
「えっ? 確か、25だったかしら? まだ入って二年ほどだから……」
雪は不思議そうな顔をして、ひとさし指を顎の下にあて、ちょっと考えてから答えた。しかし、進はさらに色めきだった。
「何っ! そんな若い男と二人っきりで行ったのか?」
「えっ? だめなの?」
「当たり前だろう。どういう了見なんだ、若い男と二人っきりだなんて! 何かあったらどうするんだ!」
突然の剣幕に、雪の方がびっくりだ。一体突然何を言い出すのかしら?と画面を覗きこんだ。
「なぁに、年頃の娘を持った父親じゃないんだから……」とここまで答えてから、進の面白くなさそうな顔に、雪はピンときた。「あはっ、いやだぁっ! あなたったら、焼きもち妬いてるの?」
「むむ……」
図星を付かれた進に言葉がない。むすっとしたまま黙り込んだ。雪はさらにおかしそうに笑い出した。
「うふふ…… 心配いらないわよ。二人で行ったって言っても、仕事で行ったのよ。二人っきりになることなんてないわ。ホテルの部屋だって別々だし……」
「そんなこと決まってる!」
ほっとしながらも、いまさら収拾がつかなくて、進は叫ぶように答えた。雪は肩をすくめると、今度は逆に攻撃態勢に入った。
「もうっ、それよりあなたはどうなの? 女性は、掃除のおばさんしかいなかった?」
ラランドのような基地には、浮気相手なんていないと出発前に断言した進の言葉を揶揄ったのだ。
「えっ!?」
(18)
突然自分の方に振られて、進はびくりとした。やましいことがあるわけではないのだが、どうもこういう視線には弱い。
「あ、あやしいっ!」
雪が疑い深そうな目で、じっと進を見つめた。
「な、なんだよ、その目は?」
進はなんとか一生懸命言い返した。だいたい、やましいことなどないのだから、堂々としていればいいのだと、自分に言い聞かせる。
すると今度は、雪が甘えたような寂しげな顔に変わる。
「だって、あなたって自分では気が付かないけど、結構モテるんだから…… 司令本部にだって密かにあなたのファンクラブだってあるらしいのよ。もちろん、私に遠慮してこっそりらしいけどぉ」
恨めしそうに見つめる雪の表情に、進は落ち着きを取り戻した。雪も少し心配して焼きもちを妬いているだけのようだ。
「へぇ…… そりゃあ、初耳だ。けど、こっちじゃそんなものできないって。確かに若い女性もいるよ、いるけど…… はぁ〜」
こっちの若い女性と言った自分の言葉で、進はナギサの事が頭に浮かんできた。彼女のことを考えると少し頭が痛い。
「? どうしたの? ため息なんかついて」
「好かれるどころか、なんだってよくわからないんだが、すっかり嫌われちまってさぁ。それも、司令室の秘書の子で、これから先が思いやられるよ」
雪が目をまんまるくして、それからプッと吹き出した。そして今度は、怪しげな視線で進を見た。
「嫌われたって? やだ、あなた、着任早々何かしたんじゃないの?」
「ば、ばかっ!何もしてないよ。元々その子は男嫌いらしいんだけど、初対面からいきなりつんつんされて…… もう、わけわからないんだ」
進が真剣に困っている風なのを見て、雪もちょっと考えたが、同情するように笑みを浮かべた。
「ふうん、それも困るわね。でも……そのうち、付き合ってるうちに進さんのいいところに気付いてくれるわよ」
「そうかなぁ? まあ、なんとかやるよ」
「うふっ、ね、それより、いいことがあったってなぁに?」
「ああ、あれか?」
まずは、今日権藤に会った話をする。そして、彼らとともにラランドの緑化運動のボランティアを始めることを話した。
「そう、斎藤さんの部下の方が……」
「ああ、まるであいつが生き返ったみたいなヤツでさぁ」
雪もあの悲しくて辛い戦いのことを忘れたことはない。死んでいった一人一人の顔が今でも目に浮かぶ。少し胸が痛いけれど、彼らのためにも自分達は懸命に生きて、幸せを掴んで行こうと決めたことも忘れてはいなかった。
同じような思いにふけっているように視線を落とす進を元気付けようと、雪がつぶやいた。
「でも、よかったわね。緑化運動のボランティアに参加できるなんて。いい休日の暇つぶしができて」
進の目が輝いた。まるで子供がお気に入りのおもちゃをもらった時のような顔をしている夫の顔を見ると、おかしかった。
「暇つぶしじゃないぞ。ここだって植物を増やせばなぁ……」
進は、水を得た魚のように、ラランドの植物に関する話やそのボランティア活動の内容などを、話し続けた。雪は、嬉々として話す進の話を、一つ一つ頷きながら聞いた。
しかし、いつまでも終わりそうにない話に、とうとう雪の主婦としての経済観念が働いた。
「はいはい、よぉくわかりましたっ。あなたの植物好きは今に始まったことじゃないし、頑張ってね。それよりほら、そろそろ切らなくちゃ…… 名残惜しいけど、キリがないわ」
そう言われて、やっと進は話をやめた。もうかれこれ20分以上話している。
「あっ、そうだな。じゃあ、またな。来週は子供達が起きてる時間にかけるよ」
「ええ、待ってるわ。ねぇ、進さん……」
雪の声色が微妙に変わった。画面の向こうから見つめる瞳もなんとなく潤んで見える。
「ん?」
「あ・い・し・て・る・わっ、あなたっ!」
雪の声が一音一音進の耳をくすぐり、ドキリとさせられる。
「あ、ああ……」
それしか答えない夫の反応に、雪が不満の意を示すように、進の言葉を促した。
「ねぇん、あなたは?」
進の顔がぱっと赤くなった。酒でも飲んでいいムードになっているときなら、いざ知らず、突然のこう言った要求には、進はまだすぐに対処できない。
「なっ、今更、もういいだろっ……」
「だぁめっ! 子供たちも寝ていないんだから、ほらぁっ!」
潤んだ瞳で睨まれては、進としてはもう降参するしかない。
「わかったよ。……愛……してるよ、雪」
「んふん…… おやすみなさい、進さん。また来週ね」
なんとか妻の要求する言葉を伝えたことで、雪は、やっと満足したようだ。画面に向かって投げキッスを一つすると、通信を切った。
(19)
通信を切って画面が真っ暗になると、雪は、ほぉっとため息をついた。
(あっという間だったわ。また一週間後か…… いつもなら、あと何日したら帰ってくるって数えられるけれど…… まだまだ先なのね)
通信が来るまではわくわくしていた気持ちが、今度は逆にしぼんで寂しさで満ち溢れてくる。顔を見て声を聞くと、かえって恋しさが増すのだ。
寂しさを紛らわすように、さっきの進との会話を思い出しなおした。
(進さんったら、どうして秘書の子に嫌われちゃったんだろう? 初対面から嫌われるだなんて、彼ってそんな経験あんまりないんじゃないかしら? そうよねぇ……
ん〜っと、あらっ? 昔そんなことがあったような? 誰だったかしら? え〜っとぉ…… あっ!! やだっ、それって私の事じゃない!)
雪は進に初めて会った頃のことを思い出していた。雪の進に対する第一印象はあまりよくなかった。物欲しげに自分を見る進たちに、なにこの人達は?と、不愉快な思いをしたものだ。
ヤマトに乗ってからでさえ、しばらくはやんちゃ坊主の女性への配慮の足りない進に、腹を立てていた。
(でも……そのうち、あの人の本当の姿が見えるようになって……そして、私は彼を愛するようになった。ということは、じゃあ……もしかしたら、その彼女も?)
自分の経験になぞらえて、ふとそんな思いがよぎる、がすぐに思いなおした。
(もうっ、やだわ、雪ったら…… そんなの考えすぎよ。今の彼は昔の彼とは違うもの。さあ、もう寝なくちゃ。明日も朝が早いんだから)
しかし、まだ名前すら知らない娘に対する、僅かに抱いた疑惑の思いが、まさか後日現実のものになろうとは、このときの雪の心には、チラリとも浮かんではいなかった。
Chapter3 終了
(背景:Atelier paprika)