女神のくちづけ(宇宙戦艦ヤマトIII第25話より)

 80000HITの記念作『それはないよね、土門君!』の続きです。
 雪への思いは、一度決着をつけたつもりだった土門君。だけど、どうしてもあきらめきれない。けれども艦長を心から愛している彼女が、振り向いてくれる可能性もないこともよくわかっている。
 そこで、土門君、この恋の最後の思い出にとんでもないお願いを雪にしてしまう! さて、どうする!古代艦長?
 前半は、切ない願いのためにハッスルする土門君を、そして後半は、土門君が本編同様太陽制御の装置を操作して息絶えるまでを描きます。

 (注意)このお話の結末は、ハッピーエンドではありません。読まれる方は、ご注意ください。
 

−第1章− 大胆な奴

『あの女神様からたった一度でもいい、くちづけを貰えるなら、
俺はもう……いつ死んだっていい』


朦朧とする意識の中で、竜介は揚羽のその言葉を思い出していた。


「俺も……そう思うよ……揚羽……
俺も……」



 (1)

 その日、土門竜介は燃えていた。わけもなく燃えていた。

 (おれは、班長に告白するぞ!! 玉砕したっていいんだ…… とにかく、告白してやる!!)

 昨日、艦長室でいいおもちゃにされてしまった、と自分では思っている。艦長にも、生活班長にも他意はなかった……はずだ。しかし、竜介はひとりバカを見た思いだった。
 それを幕の内に愚痴っているうちに、今度は幕の内からけしかけられた。言った方は冗談だったのだが、竜介のこと、それをそのまんま受け止めてしまった。

 (よぉしっ、艦長を出し抜いてやるぞ! まさか艦長のフィアンセに堂々と告白する奴なんているはずないって思っているだろう、あの艦長を! 俺の尊敬する人だけど、こればっかりはどうしても我慢できない!)

 こんな若造の告白などで二人の関係は微動だりしないだろう。だがそれでもいい、と竜介は思った。
 熱くなった彼を止めるものはもう何もない。それに、地球に帰ったら新しい道を歩く為にも、この恋にケリをつけなければならないのだ。
 雪のいる医務室を目指しながら、竜介はそう決意していた。

 (2)

 竜介が廊下をどすどすと歩いていると、声をかける男がいた。

 「おい! 土門!! どうした?」

 揚羽武だった。彼は、シャルバートで最愛の姫を失ってからこのところ少しアンニュイになっているらしい。

 「なんだ、揚羽か……」

 つまらなそうに自分を見る竜介に揚羽がムッとした。

 「なんだはないだろ? お前、なんか用か? こんなエリアに来る事なんかめったにないだろう?」

 「えっ? ここどこだ?」

 竜介はそこで初めてきょろきょろとあたりを見まわした。――俺はどこにいるんだ?

 「おいおい! 大丈夫か? ここは艦底近くの戦闘班飛行科の居住区だぞ」

 頭に血が上って歩いていたせいか、気がつくと予想外の場所にいた。コスモタイガー隊の居住区に紛れ込んでしまったらしい。突然かけられた声にやっと我に返ったというわけだ。

 「あ……そうか」

 なんとも言えない間の抜けた顔をする竜介を見て、揚羽はくすりと笑った。

 「どうしたんだ、いったい? 考え事でもしながら歩いてたんだろう? また、変な虫でもうずいたのか?」

 「えっ!?」

 竜介は図星をつかれて赤くなる。当たりか……そう思った揚羽が、ため息混じりに同情したような視線を、竜介に向けた。

 「お前も辛いよな。目の前の手の届くところに美味しい実があるんだもんな。手を伸ばせば取れそうなのに、どうやったって取れやしない」

 「…………」

 的を得た指摘。竜介の目線が下に落ちる。

 「でも、そこにいるんだから……いいじゃないか。お前は、いつでもその笑顔を見ることができるんだから」

 今度は、揚羽の目が遠くなる。女神となった彼の女(ひと)のことを想っているのか……
 もうどんなに手を伸ばしても届かない、どうあがいてもその笑顔を見ることができない……あの人のことを。

 そんな揚羽を見て、竜介もため息をついた。

 「目の前にいたって、人の物だと思ったら、もっと辛いよ……」

 「……そうか。そうかもしれないな。けどなぁ、俺はもう一度会いたいよ。ほんとうにもう一度だけでいいから……」

 「…………」

 揚羽の切ない声に、竜介は言葉もない。

 「もしもう一度会えるなら…… 抱きしめて、そして一度だけでいい、あの人のくちづけが……欲しい」

 揚羽の目が細まった。遠くの星で女神になったルダのことを想う彼の気持ちは、竜介にも痛いほどよくわかった。

 「女神様の……くちづけ……か」

 「ふっ……」

 揚羽は自嘲気味に笑うと、あきらめたように首を左右にふった。

 「無理だな…… だが、もしそれができるなら、俺はもう……命だっていらない。いつ死んだっていいよ」

 (3)

 「揚羽……」

 彼の女(ひと)を想い身を切られるような辛さに耐える揚羽に、竜介は同情の目を向けた。

 そして、今度は揚羽と自分とを比べてみる。揚羽の言うように、自分のあの人は今ここに目の前にいる。
 手を伸ばして抱きしめることも……できる!(命の保証はないが……) そして、そのくちづけをもらうことだって……できなくはない!(もっと命が危ないけれど)

 そんな風に思い始めると、さっきの怒りにも似たやけっぱちな気持ちが、再び竜介の中で盛り上がってきた。
 よぉし、それならば!揚羽の分も俺が……竜介はそう思った。

 「俺も欲しいっ!!」

 急に目つきが変わったかと思うと、きっぱりとそう宣言した竜介に、揚羽は腰が抜けるほど驚いた。自分が浸っていた切ない想いもぶっとんでしまった。

 「ち、ちょっと待てよ。俺もって、お前……まさか生活班長の唇を奪う気じゃないだろうな?!」

 恐る恐る尋ねる揚羽に、怒鳴るように竜介が答える。

 「悪いか!」

 「悪いも何も……そんなことしたら、艦長が…… お、お前、命ないぞ」

 すっかり開き直って目を輝かせている竜介に、揚羽はおろおろするばかりだ。なんとか、とんでもない事は止めさせようと、説得に努めるが……

 「別に班長は艦長の奥さんってわけじゃないし…… 俺だって艦長から奪えるとは思ってないけど、初恋の思い出に一度くらいキスしてもらってもいいじゃないか!!」

 「ええっ!? それは……ちょっと勝手な理論のような気がするが……」

 「とにかく、告白だ!! よしっ、キスだ!!」

 「お、おいっ、軽はずみなことはやめろってぇ!」

 再び燃えあがった竜介には、もう揚羽の言葉など聞こえてはいなかった。

 (4)

 揚羽が追いかけながら、なんとか引き止めようとするが、竜介はそれには構わず歩き続け、とうとう医務室の前まで来てしまった。
 雪は今日は医務室で在庫のチェックをすると、夕食の時話していたのを聞いていた。だから今はきっとここにいるに違いない。

 竜介は、医務室のドアの前で立ち止まると、深呼吸をして気合を入れた。

 「よしっ!」

 「や、やめろって!」

 竜介は揚羽を振り切るように医務室に入っていく。行きがかり上、揚羽も一緒に続いた。

 ツィーン……ドアが開いて中に入ると、思った通り、雪は薬の入っているロッカーの前でチェックをしていた。
 周りには誰もいない。患者はだれもいないようだし、佐渡は私室で酒でも飲んでいるのだろう。

 二人が入っていくと、ドアが開く音に気付いた雪が振り返った。

 「あら? 土門君に揚羽君」

 雪は、いつもの笑顔で二人を迎えた。竜介の胸がきゅうんとなる。あの笑顔に惚れてしまったのだ。

 「どうしたの? 怪我?それともどこか具合でも悪くなったの?」

 雪は二人のいつもと違う雰囲気に首をかしげた。竜介は真剣な顔で自分を見つめているし、隣の揚羽のほうがやや顔色が悪く見える。

 「いえ……」 竜介が首を振った。

 「そう? でも揚羽君、ちょっと顔色悪いみたいよ」

 「な、なんでもないんです。こらっ、土門……行くぞ!」

 揚羽がなんとかごまかして竜介の腕を取って出て行こうとしたが、竜介は捕まれた腕を強く振って、その手を振り払ってしまった。

 「班長!! い、いえ……ゆ、雪さんっ! お話したいことがあ、あります!」

 「……? え、ええ、なにかしら?」

 雪は驚いて竜介を見返した。彼が自分のことを「雪さん」と呼んだのは、これが初めてのことだ。
 大きく見開かれた瞳が、竜介をじっと見つめる。その姿がまた何とも言えず魅力的で、竜介の心に恋しさを募らせ、何度もあきらめたはずの思いが、再びとめどなく湧き上がってきた。

 そして、竜介は……とうとう告白した。

 「あ、あのっ!! ぼ、僕は雪さんが……す、好きです!!」

 言ってしまった後で、急に恥ずかしくなってきた。竜介の顔は見る見るうちに真っ赤になっていった。

 (5)

 「あ〜 言っちまった」

 揚羽が片手で頭を抱えた。ほんとうにくらくらしてきて倒れてしまいそうな気分になる。

 「えっ?」

 竜介の発言には、さすがに雪もすぐに答えられなかった。真っ赤になっている竜介の顔を見た。
 彼の赤く染まった真面目な顔つきが、今のは本気だと訴えている。雪の頬もほんのりと染まる。

 「あ……あの……土門君?」

 雪はそこまで言うと、隣りにいる揚羽の存在が気になって、ちらっと彼のほうを見た。

 「いいんです。こいつは僕の親友ですから、聞いていたって…… あの……僕はただ自分の気持ちを伝えておきたかっただけなんですから…… それだけなんです!!」

 真っ赤になりながら必死に告白する若い後輩に、雪は少しずつ落ち着きを取り戻した。
 そして、目を細めて微笑んでから、その後少し悲しそうな顔になった。

 竜介が、憧れというのか、淡い恋心を自分に対して抱いていることは、雪も気付いていた。しかし、自分には一生共に生きようと決めている人がいる。それはもう誰がなんと言っても変わらない永遠の思いなのだ。

 竜介もそのことはよく知っているはずである。だから、まさか面と向かって告白してくるとは思っていなかった。雪は当惑しながらも、その正直な気持ちを彼に告げた。

 「土門君……ありがとう。気持ちはうれしいわ。でも……ごめんなさい。私……あなたの気持ちに答えてあげられない。土門君はとても素敵な人だと思うけれど……私には、あの人がいるから」

 悲しげな雪の顔を見て、竜介が慌てた。両手を大きく振って言い訳を始める。

 「い、いえ、それは……わかってるんです。気持ちを……伝えたかっただけなんです。、俺は、班長も……か、艦長も大好きですから!!」

 雪の顔が少しほころんだ。懸命に話す竜介の姿は、とてもすがすがしい。

 「そう……よかったわ。私も土門君のことは、仲間としてとても好きよ。だから、これからも今まで通りよろしく……ね」

 雪の顔に再び最初の笑顔が戻り、竜介に優しく言葉をかけた。

 「は、はいっ!!」

 竜介が緊張したように直立不動になりながら答えた。ひやひやしながらそれを横から見ていた揚羽も、ことが収まりそうなのに、やっと安堵の息を吐いた。

 (6)

 しかし、竜介はそこで話をやめたわけではなかった。しどろもどろになりながら、その続きを話しだした。

 「あの……でも、それで……」

 「??」

 雪が不思議そうに首をかしげ、揚羽が再び慌て始めた。

 「ぼ、僕はあきらめます。でも……あきらめる前に……一つだけお願いが……」

 そこまで言ったとき、揚羽が竜介の前に飛び出して口をふさごうととした。

 「お、おいっ、やめろって!」

 しかし、竜介は力任せに彼の制止を振り払い、最後まで言ってしまう。

 「僕に……一度だけ…………キ……キスしてください!!

 「えぇっ!?」

 竜介のあまりにも突飛な願いに、さすがの雪も手に持っていたものをばたりと落としてしまった。

 (7)

 ちょっと前、進はふらりと医務室にやってきた。クルーを対象に救急処置の講習会を開く相談をするつもりで、というか、それは口実で単に雪に会いたかったというが、本音かもしれない。

 ところが医務室に入ると、雪は仕事中で、「30分ほど待ってて」と言われる。どうしようかと思ったとき、佐渡に声をかけられ、久々に酒盛りに付き合うことになった。

 進と雪の仲が最近もとの様子に戻り、さらに地球を救う手立ても見つかったとあって、佐渡もすこぶる機嫌がよかった。
 ほろ酔い気分で、進に二人の帰還後の予定を決めろ、などと攻めたてる。進はひたすら笑ってごまかし続けていた。

 そんな時、竜介達が医務室に入ってきたのだ。大声で告白を始める竜介の声は、進たちに筒抜けだった。進と佐渡は驚いて顔を見合わせた。
 佐渡がどうする?という顔で進を見ると、進は苦笑した。

 「しばらく様子をみましょう」

 「まあ、邪魔をするのも野暮かのう……」

 佐渡が笑う。進は、意外と腹が立たない自分と、大胆にも艦長の婚約者に告白までしてしまう竜介と、その両方が不思議でおかしくて仕方なかった。

 今の進には、「あいつめ……」と苦い顔をしながらも、さすが俺が見込んだ男だけある、と逆にほくそえむ余裕もあった。

 ところが、竜介が叫ぶように言った最後の爆弾発言『キスしてください!』には、さすがの進も思わず口にしていた酒を噴出しそうになった。
 佐渡が困ったように笑った。

 「こりゃあ、なかなか大胆な…… 古代、どうするんじゃ?」

 「雪に任せましょう。僕がいるのは知っているんだから、聞こえているのも承知してるでしょうし」

 「ふふん…… それじゃあ、わしが土門をけしかけてやるかのう」

 佐渡がちょっと意地悪く笑って立ちあがった。それでも進は止めようとはせず、一人座ったままで再びコップの酒に口をつけた。

 (8)

 佐渡が顔を覗かせると、真剣な眼差しの竜介と予想外の言葉に頬を染めて両手を口に当てて言葉を失っている雪。そして、どうしていいかわからずおろおろする揚羽の3人がいた。
 3人とも、佐渡が現れたことは全く気付いていない。

 「ほぉぉ、なかなか大胆な告白じゃのお。雪、せっかくじゃから土門の気持ちを汲んでキスしてやったらどうじゃ? それくらいしてやっても構わんじゃろう」

 突然の声に、3人が驚いて同時に佐渡を見た。

 「佐渡せんせぇっ!!」

 強い見方?を得た竜介はさらに顔を紅潮させて、再び真剣な眼差しを雪に向けた。そのまっすぐな視線は、雪の心を動かすほどの威力があった。正直なところ、確かに心が少し動いた。しかし、隣の部屋には進がいる。

 (古代君ったら、出て来ないつもりかしら? 私がなんて言うのか試してるの? いいわ、そっちがその気なら……)

 「……困ったわね……そんな風に言われちゃっても…… でも、そうねぇ、私、土門君のこと嫌いじゃないし、キスくらいしてもいいんだけどぉ……」

 雪が意味深に答える。これほどまでに真っ直ぐに思ってくれる竜介の気持ちに、答えてあげたくなったのと、奥に隠れたまま何も言わない進を、少しは動揺させてみたくなったのだ。

 「えぇっ!? ほ、本当ですか!!」

 竜介の声が裏返る。

 雪はちらりと佐渡と、その後ろにいるであろう進の方を見た。佐渡はニヤニヤと笑うばかりで、進が出てくる気配はない。

 (古代君ったら、本当にだんまりを決め込むつもりかしら? それならほんとに土門君にキスしちゃうから!!)

 (9)

 一方、進はまだ座ったままだった。竜介の雪への気持ちはよく知っていた。しかし、まさかキスまで迫るとは……
 玉砕覚悟のその行動を、少しばかり頼もしく思うと同時に、雪のまんざらでもない態度に、幾ばくかの嫉妬心が湧き上がってくる。

 (どうする? 進)

 その時、また隣の部屋から声が聞こえた。竜介の声だ。

 「ほ、ほんとにいいんですか!?」

 その声は上ずっている。一瞬の沈黙の後、雪の答える声がした。

 「ええ、いいわよ」

 その時、とうとう進が立ちあがった。

 (雪のやつ……本気なのか? キスの一つや二つで、雪の心がアイツに移るとは思わない。彼女との間に築いた絆は、誰かに簡単に壊されるものではないはずだ。だが……)

 進は雪の唇の感触を思い出した。この前触れた時からずいぶん時が過ぎてしまったような気がする。しかし、その柔らかく甘い感触は、今もはっきりと進の手にも唇にも残っていた。

 (彼女の唇は……俺だけのものだ。雪がなんと言おうが、黙って見逃すわけにはいかない)

 (10)

 「ええ、いいわよ」

 そう言うと、雪はそっと目を閉じた。竜介はごくりとつばを飲んだ。揚羽は意外な展開に驚きの顔を隠せないまま、呆然としている。

 竜介が意を決したように歩き始めた。一歩ずつ雪に近づいていく。あと30cm……手を伸ばせば雪の体に触れるところまで近づいた。

 「ちょっと、待て」

 えっ!?となって、竜介がその声のほうを振り向くと、そこには、艦長であり雪のフィアンセである古代進が立っていた。

 「か、艦長!!」

 竜介と揚羽が声をそろえて叫んだ。まさか、艦長がそこにいたなんて……! 二人とも心底から驚いて、呆然と立ち尽くしてしまった。
 雪はといえば、すぐに出てこなかったことをなじるように、進をきっと睨んでいる。しかし、進は雪の方は見ずに、竜介に話しかけた。

 「土門、いい度胸しているなぁ」

 進は、射竦めるような鋭い視線で竜介を見た。その視線に、竜介はたじろいだ。

 (殴られれるか!?)

 竜介が肩をすくめ、体を固くして目を閉じた。揚羽も顔を覆った。しかし、進はその場所から動こうとはせず、意外なほど穏やかな口調で話し始めた。

 「悪いな、土門。さすがに俺も、自分のフィアンセが他の男にキスするのは、黙って見ているわけにはいかないからな」

 その冷静な口ぶりに、竜介はそっと目を開けて進を見た。進は、口元に微かに笑みさえ浮かべている。竜介にも、彼とのキスを許した雪も、全く非難しようとはしない。

 (古代君、ずいぶんと冷静なのね)

 雪は、進のその態度に不満だった。

 しかし進は、竜介の勇気ある行動に感心しこそすれ、なぜか非難するつもりにはなれなかった。
 かえって、彼の思いがどれほどのものか、彼がこの1年にどれだけ成長したのか試してみたくなってきた。

 「だが、お前の根性には敬服したよ。そんなに雪とキスしたいなら、チャンスをやろうじゃないか。どうだ、俺と勝負してみないか? もし、それで何か一つでもお前が俺に勝ったなら、俺は目をつぶってやってもいいぞ」

 進の目は真剣だった。その視線に嘘はない。竜介の目が不敵に輝いた。

 「ほ、本当ですか……?」

 「古代君っ!」

 「本当だ。佐渡先生と揚羽が証人だ。どうする? やるか? それともあきらめるか?」

 「やっ、やります!!」

 「古代君っ! 土門君!! そんな勝手なこと決めないで!!」

 しかし、進は雪の言葉は無視したまま、竜介との会話を続ける。本気なのだ。竜介も俄然やる気になっている。

 (11)

 進が淡々とその勝負のスケジュールを決め始めた。

 「明日、スケジュールは空いているか?」

 「……はい。午後5時からはフリーです」

 「いいだろう。5時にサロンに来い。何で勝負するかはお前に任せる。そうだな、勝負は3回。そのうち、1度でもお前が勝てれば、お前の勝ちだ。
 その代わり、お前が勝てなかったら、金輪際そんなことを口に出さないと誓え。いいな」

 「はい……」

 竜介は進の宣言をしっかりと受け止めた。二人の約束が決まった。
 そこで初めて、進は雪の方を向いた。

 「雪、それから揚羽、明日付き合ってくれるな」

 「は、はい……」 揚羽が慌てて頷いた。

 「そんな……だって……」

 当惑気味の顔で進を見る雪に、佐渡が声をかけた。

 「ええじゃないか、雪。付き合ってやれ。だいたいキスしてもいいと言ったのは、お前さんじゃろう?」

 「それは……」

 雪がチラリと進の顔を見る。進の表情は変わらない。雪はふぅーっと大きく息をつくと、あきらめたように答えた。

 「わかりました」

 雪がしぶしぶ頷いたのを合図に、進は竜介と揚羽を再び見た。

 「そう言うことだ。じゃあ、明日だな」

 進に睨まれた二人は、「は、はい!」と答えると、慌てて医務室を退出した。

 (12)

 部屋から出るなり揚羽が竜介の両腕を掴んだ。

 「おい、土門。本気でやるつもりなのか? 今からでも遅くないぞ。艦長に謝って……」

 無茶な挑戦をしようとしている親友を諌めた。

 「っばかやろうっ!! 今更引けるかよ。班長の目の前で決めたんだぞ。そんなことしたら意気地なしだって思われてしまうだろう。それだけは嫌だ!」

 竜介の脳裏に、あの進の自信に満ちた笑い顔が浮かぶ。
 くそっ、と心の中で悪態をつく。進は負けるつもりなど全くないのだ。それがわかっているだけに、余計に悔しい。

 「ったって、この勝負に勝ったからって生活班長がお前の彼女になるわけでもないんだぞ」

 「それでも、い・い・ん・だっ! 相手が艦長だってなんだって、いや、憧れの艦長だから余計にやりたいんだ」

 極端な話、雪のことがなくてもやってみたい気がしてきた。憧れの艦長とさしで勝負できるなど、めったにないチャンスだ。
 それに、負けて元々、万が一勝てば思わぬ幸運が転がり込んでくるのだ。

 竜介の決心が固いことを知った揚羽は、もう止めるのをやめた。

 「ふうっ、わかったよ。お前は、玉砕するまでわからんらしいな。最後まで付き合ってやるよ。それでどんなので勝負するつもりなんだ?」

 「うーん……」

 竜介は少しばかり考え込んだ。そして、うん、と小さく頷くと真剣な眼差しで揚羽を見た。

 「やっぱり俺も艦長も砲術が専門なんだから、射撃の腕で勝負したい」

 揚羽の口がぽかんとあいた。こいつはどこまでバカ正直なんだろう?

 「ばっか! 射撃の腕で、ペーペーのお前が艦長に勝てる筈ないだろう」

 「けど……まずはこれで勝負したい」

 「わかったよ。勝手にしろ。負けるならいさぎいい方がいいからな」

 「けど、最後の一つは……」

 竜介が今度は少し目を輝かせた。いい案が思いついたようだ。

 「最後の一つは?」

 「射撃の腕で勝てなかった時は……俺の得意なことで、勝ちに行く。たぶん、艦長は……出来ないと思うんだ」

 「へぇぇ、で、その得意種目って?」

 「明日まで内緒だ! 俺ちょっと幕の内さんに相談があるんだ。じゃあ、明日頼んだぞ!」

 竜介は、そう言うとあっという間に駆け去って行った。揚羽はひとりになると、はぁ〜と大きなため息を吐いた。

 「ルダ・シャルバート…… 何卒、我が親友をお守りください」

 (13)

 二人が出て行くと、雪がくるっと振りかえって、進をきっと睨んだ。

 「古代君!! どういうつもり!」

 その鋭い声に、進と佐渡がびくりとする。佐渡は、「なんとかの喧嘩は、犬も食わんのぉ」と言いながら、早々に自室に消えていった。

 佐渡がいなくなったのを確認すると、進がゆっくりと雪に近づいてきた。雪は何も言わない進に業を煮やして再び叫んだ。

 「古代君っ!」

 進は雪のすぐ前まで来ると、そっと指で雪の唇をなぞった。今度は雪がびくりとする。

 (キスするつもり……?)

 しかし進はそれ以上顔を近づけてこなかった。ただ、ゆっくりと丁寧に唇をなぞリ続ける。そして、しばらくして離した。

 「雪が……悪いんだぞ。あんな風に言うから……」

 「えっ?」

 「アイツにキスしてもいいと言ったのは君だ。本気だったのか?」

 進の目がぎらりと光る。それは明らかに嫉妬の光だった。竜介には悪いことをしたかもしれないが、進がそんな風に嫉妬する姿を見れたことに、雪は嬉しくなった。

 「古代君……ヤキモチ妬いてるの?」

 しかし、進はそれには答えなかった。

 「年下の男の気持ちをもてあそぶなんて、君は悪い女だな。アイツはすっかり乗り気だぞ。
 だがな、俺はアイツに負けたりしない。俺とアイツじゃあ、まだまだ差があることを教えてやる」

 進が再び睨んだ。

 (古代君……怒っているの?)

 雪がそんな風に問いたげなのがわかったのだろうか、今度は進はふっと笑った。

 「それに、一年間のアイツの成長振りを見るにはちょうどいい機会かもしれんしな」

 自信満々に笑みを浮かべる進を見て、雪は安心した。彼がこんな勝負を言い出したのは、嫉妬だけではないらしい。

 (結局、人をえさにして土門君を鍛えようっていうわけなのね。いいわ、あなたがその気なら、私も土門君を応援しちゃうから!)

 「土門君が勝ったら、ほんとにいいのね? キスしても!」

 雪が少しばかり意地悪な笑みを浮かべて、念を押した。

 「俺は負けないって言ってるだろう!!」

 進は浮かべていた笑みをしまい込むと、雪の腕をぐっと引き寄せた。そして雪の細い体を強く抱きしめると、あっという間に雪の唇を奪った。進の熱い唇がぎゅうっと雪のそれに押し付けられる。

 (あっ……)

 突然のことに、雪の心臓がドキリと大きく鳴った。しかしそれは一瞬のことで、進はすぐに唇を離すと、雪の体から手を離し、そのまま医務室から出ていってしまった。

 それはまるで雪の唇は自分だけの物だと主張するかのような、強引なくちづけだった。

 雪は唇にそっと指を添えたまま、進の出て行ったドアをじっと見つめていた。

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(背景:トリスの市場、ライン:Atelier Paprika)