〜明日花嫁になるあなたへ〜



 家族3人の最後の食事会を終えて、夫は酔いがまわったと先にベッドに入った。

 それほど飲んでもいないのに…… たぶん酔わずにはいられなかったのでしょうね。今夜だけは……

 さあ、そろそろ雪も寝なくちゃね。



 「パパも寝ちゃったし、あなたもそろそろ休みなさい」

 「ええ、そうね、おやすみなさい……ママ」

 「おやすみなさい。明日の朝は早くないんだから、たっぷり眠るのよ。でないとお肌に響くわよ」

 「わかってるってば、ママったら、もうっ!」

 「うふふ……」

 冗談交じりの、けれどとても嬉しそうな笑顔を見せて、娘は自分の部屋に入っていった。



 ずっと待ち続け夢見続けていた彼との結婚式を明日に控え、我が家を後にする寂しさよりも、彼との新しい家庭に期待に大きく胸を膨らませる娘。

 「なんとなく寂しい気分」なんて口では言っていたけれど、今日のあなたが、嬉しくて幸せいっぱいで、目をきらきらさせているのを、ママが気付かないとでも思ってるの?

 だいたいもう何年も前に、うちから飛び出してしまってるくせに……ね。



 思わず笑みがこぼれる。それから、娘が消えた部屋のドアをじっと見つめた。

 雪…… 私のかわいい、たった一人の娘。きっと幸せになってね。

 二人を部屋に見送った私は、一人リビングでソファに腰掛けて、遠い日々を思い浮かべた―――






 生まれたばかりのあなた。

 初産にしては安産だったと後で聞かされた。産まれてきたのは、標準よりちょっと小さめの2800gの女の子。

 真っ赤な顔で大泣きしているあなたは、まるで動物園のお猿さんみたい。そのあまりにもみっともない泣き顔に、この時ばかりは、ママ、ほんとにあなたの将来を心配したんだから!

 なのにパパったら、「この娘(こ)はなんて美人なんだろう!」なんてデレっとして言ってくれるんだから……うふふふ……

 パパの顔とお猿さんのあなたを交互に見ながら、ママ、大笑いしちゃった。

 以来、パパはずぅっとあなたに首ったけ。



 それからの日々は、毎日が戦争のよう。

 何かにつけて泣き出すあなたに、何をしてあげればいいのかわからなくて、子育て初心者のパパもママも困り果てて……

 泣き止まないあなたを、一晩中二人して抱っこしてたことも何度もあったのよ。

 もちろん、翌朝は二人とも目が真っ赤っ赤。なのにあなただけ、涼しい顔でぐっすり眠ってるんですものっ!



 それからあなたはどんどん大きくなっていった。

 はいはいし始めて、歩き始めて…… その頃のあなたは、本当に天使のようにかわいらしかった。

 あの頃のあなたの姿が、この胸に溢れでてきそう……

 そんなあなたに、パパったら甘いったらありゃあしない。あなたが何をしても全然叱らないんですもの!

 まさか、こんなに娘に甘いパパになるなんて、思ってもいなかったわ。ほんとにママ、困っちゃった。

 だから、あなたはずっとパパっ子だったわね。

 いつも叱り役はママの仕事。なんだかママだけ悪者にされてるみたいで……すごく分が悪い気がしてならなかったのよ。

 パパはなんでも雪が一番だし、ママやきもち妬きたくなるくらいだったんだからっ!



 そうそう、あれはあなたが幼稚園に通っている頃だったかしら。妹か弟が欲しいってすごくせがまれたことあったわよね。幼稚園のお友達にはみんな兄弟がいるから、私も欲しいって……ふふふ。

 お隣の諒兄ちゃんがいてくれるからいいじゃないのって言っても、このときだけはどうしてもきいてくれなくて、

 「ママ、赤ちゃんを産んでよぉ!」

 って何度も何度もお願いされたのよね。

 結局そのお願いは聞いてあげられなかったわね……



 でもね、実は……あなたにもパパにも話していない、ママだけの秘密のわけがあったの。

 あれはあなたが3つになったばかりの頃だったわ。それまで病気らしい病気をしたことのなかったあなたが風邪をこじらせた時のこと。

 はじめは鼻風邪かな?くらいにしか思っていなかったのに、それがあっという間にどんどん悪くなっていって、とうとう熱が40度を越してしまって……

 お医者様でいただいた解熱剤もきかないし、あなたは熱でぐったりしたまま返事もしない。

 もしもこのまま熱が下がらなかったらどうしようって思ったら、ママ、生きた心地がしなかったわ。

 赤い顔で、辛そうにぜいぜい息をするあなたを抱きしめながら、ママは一生懸命お祈りをしたの。



 ――神様、どうかこの子の命を助けてください。私にとっては誰よりも大切な娘です。私にはこの子しかいないんです。

 この子の代わりはいりません。この子を助けてほしいんです。私の命もいりません、だからどうか、この子の命を助けてください。

 この子を私に返してくださいっ!

 もし……この子を私に返してくださるのなら、私は他にはもう子供はいりません。この子さえいてくれれば、もう……

 だからお願いです!
 たった一人の私の大切な娘を、どうかどうか助けてください!――



 すがるような思いで願ったその願いが、神様に届いたかように、次の日の朝、あなたの熱が下がり始めたの。

 そして数日後には、あなたはまた元気に笑顔を見せてくれるようになったわ。

 ママ、どんなに嬉しかったことか……

 世界中の神様にお礼を言いたい気持ちでいっぱいだったわ。



 その時、ママはひとり心の中で誓ったの。もうあなた以外の子供は持たないって。

 神様との約束を果たすために……

 だって、もしもう一人赤ちゃんが生まれたら、その時の約束を破ったって、神様があなたを連れて行ってしまいそうな気がしてならなかったんですもの。

 だから、ママにとっては、あなたが最初で最後の子供……そう心に決めたの。



 ほんとのこと言うとね、パパは男の子も欲しかったみたいなの。

 でも、ママが子供は雪一人でいいってさりげなくアピールし続けてたら、そのうちパパも何も言わなくなっちゃったわ。

 今から思えば、パパにも雪にも悪いことしちゃったかもしれないわね…… こめんね、パパ、雪。



 それからも、あなたはすくすくと大きくなっていった。

 小学校に入ってからは、いつも優等生で成績も優秀、クラスの人気者のあなたが、とっても自慢だった。

 あなたは、男の子にももてたし、お友達もたくさんいたし…… あの頃は本当に幸せだったわね。

 かわいい娘と優しい旦那様との楽しい暮らし――ママは、ずっとそんな暮らしが続くと思っていたわ。

 そう、あのガミラスの攻撃が来るまでは……



 ある日から悪夢が始まったのよね。

 宇宙からの未知の攻撃が始まって、遊星爆弾が地球をどんどん蝕んでいって…… もしかしたらあなたの未来がなくなるんじゃないかって思うと、とっても辛かった。

 私たちはもういいけれど、あなただけはなんとか……って、何度そう思ったことでしょう。

 でも、あなたは強かったわね。

 「大勢の人を救うために、お医者様になりたい」

 って勉強を始めたのに、看護師が足りないって話を聞くや否や、

 「看護科に編入して、すぐに役に立てる看護師になる!」

 って宣言して、私たちを心底びっくりさせたのよね。

 本当にあっという間に看護師になったあなたに、ママ、本当に感心しちゃったわ。



 でもそれ以上に驚かされたのは、あなたがヤマトに乗ってイスカンダルまで行くと言い出したときのこと。

 あなたが、飛行機の操縦やレーダーの扱い方なんかを勉強していたことは知ってたけれど、それはあくまでも万が一のために、そう、ちょっとした興味でやってるのだとばかり思っていたから……

 あなたが私たちのそばから離れて、遠くの宇宙の果てまで飛び立っていってしまうなんて、考えたこともなかったもの。

 地球を救うためにと旅立つあなたが誇らしくもあったけれど、でも、心の中は泣き叫びたくなるくらい寂しくて悲しかったのよ。

 それからのことは、もうママが話すまでもないわよね。

 あなたは、本当に頑張ってくれたわ。命を懸けて、地球を、そして私達を救ってくれた。

 やっぱりあなたは、パパとママのご自慢の娘よ!



 そしてもう一つ、この旅ではあなたにとっての人生の転機があったのよね。

 あなたは一生を共にするとても大切な人に出会った。

 それが古代進さん――明日、あなたの旦那様になる人。

 イスカンダルから帰ってきたあなたが、突然彼を紹介したいって言いいだした時は、ママ、すごく驚いちゃったわ。だってそんなこと、思ってもいなかったんですもの。

 それに、彼は宇宙戦士。艦長代理だとか地球の英雄だとか言ったって、ママは絶対許せなかった。

 だって、せっかく平和になった地球に戻ってきたのに、これからは平穏な暮らしができるって思ってたのに、よりにもよって、あんな危険な仕事を続ける人が恋人だなんて……

 ママ、あなたが心配だったのよ。雪に幸せになってもらいたかったの。

 こんなに頑張ってくれたあなたには、もうごく普通の女の子の幸せをつかんでもらいたかったんですもの!

 だからっ、反対したの。



 でも、このことに関してはパパの勝ち。ママの完敗だったわね。パパは一目見て、彼のことが気に入ったみたいだった。

 仕事とか立場とかそういうことよりも、彼という人となりを、パパはちゃんとわかってたのね。

 そしてあなたが、彼のことをどれほど愛しているのかっていうことも……

 あなたがもう……一人前の女性になっているんだってことも。

 さすが雪ちゃん大好きのパパよね。ママよりよくわかってたんだわ……



 明日の結婚式で、パパも念願の息子ができるんですもの。きっと大喜びよね。

 でも後でね、パパ笑ってたのよ。ママがあんまり強く反対しちゃうものだから、パパが反対するタイミングを逃しちゃったんですって。

 本当はね、パパったら理由もなく駄々こねて反対してみたかったんですって。

 雪に結婚を申し込む男性がいたら、絶対にそうしようってずっと昔から決めてたらしいの。

 なのに彼を一生懸命かばってママを必死で説得するはめになっちゃったんですものね。

 うふふ…… あなたの結婚に猛反対するパパもちょっと見てみたかった気がするんだけど…… ね、そう思わない?



 でも、今思い出しても……あの、彼を連れてきたお見合いは楽しかったわぁ。

 ふふふ……

 出かける前のあなたのふてくされた顔と、彼の顔を見たときの、あなたのなんともいえない嬉しそうな顔が、今でも目に浮かんでくるわ。

 あの時のあなたと古代さんを見てて、ママ、賛成してあげて本当によかったって思ったの。

 二人がとってもピッタリのカップルだって、その時、はっきりと思えたから……



 それからの二人のことは…… もう言いっこなしね。

 とんとん拍子で進みそうなところで、あんなことになって……

 口に出しては言い切れないほど、いっぱいいっぱい心配させられたし、胸も痛めたけれど、あなたと彼はどんな時にもどんなことがあっても、その心を通じ合わせ続けてきたんですものね。

 辛い時期を過ごした彼を、あなたはいつもとても一生懸命支えてきてあげたわ。立派だったわよ。

 そのことには、ママ、すごく感心しているの。



 そのあなたが明日……結婚式を挙げる。

 明日こそ、あなたは彼のお嫁さんになるのよね! ほんとうによかったわ。

 言っておきますけど、もうキャンセルは絶対に受け付けないわよ!! そう、何があってもよ!

 もちろん、このことは彼にもたっぷり釘を刺しておいたから大丈夫だと思うけれど……ふふふ

 楽しみよ、あなたの花嫁姿。

 幸せになるのよ…… ううん、絶対になれるに決まってる。

 だってあなたはこんなに頑張ったんですもの。あなたは……パパとママのご自慢の素敵な娘なんですものね。



 明日の晴れ舞台、今からとっても楽しみにしているわ。

 ねぇ、パパはどんな顔をするのかしら? 泣くかしらね? 泣くわよね!絶対! うふふ……

 泣いちゃったパパを慰めるのは、ママに任せてね。

 そしてこれからは、彼と二人で素敵な家庭を作っていくのよ。あなたたちは、早くママに孫の顔を見せてちょうだいね!

 古代さん! 私の娘を不幸にしたら、絶対に絶対に承知しないわよ!! それだけは覚悟しておきなさい。

 うふふ…… 固くなって突っ立ってる古代さんの姿が目に浮かんでくるわ。
 その隣で、雪、あなたがくすくす笑ってる……

 幸せそうね、雪……






 あらっ? もうこんな時間。さあ、私も寝なくちゃね。明日のために……



 立ち上がって寝室に向かう前に、雪の眠る部屋のドアをもう一度見た。



 おやすみなさい、雪…… 私のたった一人のかわいい娘。

 明日が、あなたにとって最良の日になりますように。

 そしてこれからの日々があなたにとっての最良の人生になりますように……


 

Be happy forever…… with love

(背景:ivory)

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