My One and Only……  (宇宙戦艦ヤマト2より)

 

 2201年10月のこと、白色彗星との戦いの最中、テレザートのテレサと会話したヤマトは、地球を救うべく、太陽系を目指していた。
 白色彗星は、テレサの超能力でテレザート星が爆発したために、その進行軌道を大幅に変更せざるを得なくなった。おかげでヤマトは難を逃れ、地球へ戻る余裕を与えられたのだった。
 時に2201年10月、ヤマトは一路太陽系を目指していた。
 (1)

 ここ数日、航海はいたって順調である。ただ、航海長が思いっきり元気がないのは、仕方のないことだ。
 初めて運命の人とも思える人に巡り合ったと思ったら、その相手がテレザートと共に宇宙の藻屑となったのである。泣くな、嘆くなと言ってもそれは無理な相談だ。雪を始め、仲の良いクルー達がさりげなく励まし続けているものの、彼の気持ちはなかなか浮き上がってこない。

 しかし、今日は彼の話ではない。元気がないのは、島だけではないらしいのだ。

 午後の食堂、ランチを早々に片付けて、テーブルにへばりつくように頭をつき合わせているのは、第一艦橋の3○○トリオである。この○○へは読んでいる方のお好きな言葉を入れてもらうとしよう。

 「島さん、元気ないよなぁ」 と、相原。

 「うーーん、どうしてもなぁ。ちょっと時間がかかるんじゃないか?」 は、南部。

 「やっぱりそうだよな、はぁ〜」 ため息混じりは太田だ。

 そして、困った顔の2人を見回しながら、相原が今度はこんなことを言い出した。

 「あとねぇ、ちょっと僕、気になることがあるだけどなぁ」

 「なんだ、なんだ?」

 二人がまた身を乗り出した。相原の「気になること」は、結構鋭いところをついていることが多いのだ。

 「雪さんもあんまり元気ないような気がするんだけど。テレザートを出てすぐの頃は、なんていうか古代さんとアツアツで、二人して島さんを励ましてたんだよなぁ。それって逆にやぶへびじゃない?って思うほどにね。
 でも2、3日前からかなぁ、雪さんが古代さんの顔を見ると、なんとなく物悲しそうな顔をして視線をはずしてるみたいで……」

 「ああ、そういやぁ、ここんとこ、雪さんと古代さんあんまり話してないよなぁ……」

 太田が、頭の中に二人の様子を思い起こしながら答えた。

 「うん、言えるな…… 古代さんは今、ちょっとでも早く地球に帰ることしか頭にないから、雪さんのこと全然構ってやってないんだろうなぁ。雪さんだってわかってるんだろうけど、やっぱり女心ってもんがねぇ」

 南部が苦笑して、俺なら、1日1回でもいいから、ちょこっと優しい声かけてやりゃあいんだけどな。女ってぇのは、それで随分安心するものなんだ、などと自慢げに話す。相原と太田はそんなものかと感心深げに大きく頷いた。

 「古代さんもそれとなく気が付いてるみないだけどね。今朝、古代さん、雪さんに声かけて、聞こえなかったのかもしれないけど、無視されてたみたいなんだよなぁ。どうしたんですか?って僕が聞いたら、慌てて別になんでもない!って強がってたけど、ちょっと呆然としてたみたいだし……」

 「ま、あのニブチンには、それくらいしてやっていいんだけどな」

 南部の発言で、3人がハハハと小さく笑った時、後ろから声がした。

 (2)

 「ふう〜〜ん、痴話げんかでもしてるのか? あの二人は」

 「うわっ!! ああっ、びっくりしたぁ。驚かせないでくださいよ、山本さん!」

 突然の乱入に、びっくりして飛び上がった3人の後ろには、コスモタイガー隊副長の山本明が立っていた。

 「はっはっは、お前達3人がつるんでると、だいたいロクでもない話だからなぁ。別にわざとじゃないけど、聞こえてきたもんでな」

 山本はおかしそうに笑いながら、ニヤリと笑った。すると、相原が肩をすくめて、椅子を勧めた。

 「まあ、いいんですけどね。あ、どうぞここに座ってください。で、山本さん、原因知りませんか?」

 山本が素直に座ると、相原は今度は逆に質問を返した。既に情報収集のアンテナが動き始めたらしい。

 「俺がか? 知るわけないだろう。どうせ犬もくわないなんとかってやつだろう? かかわりたくもないぜ」

 山本は眉をしかめると、やぶへびとばかり、立ち上がって早々に逃げ出そうとした。が、相原はすぐには逃さなかった。

 「けど、これ以上雪さんとの関係が怪しくなって、古代さんの機嫌が悪くなったら、コスモタイガー隊もいろいろと被害を被りますよ!」

 ビクリ! 立ち上がった山本の背筋が動く。確かに、雪と喧嘩なんかした日には、戦闘隊長のご機嫌はひどく悪化することは間違いない。でもって、それをこっちにヤツ当たり、って可能性は低くない。
 あの戦闘班長のヤツ当たりは、イスカンダルの旅のときにいろいろと経験させてもらっている。

 (あいつがもっと大人になってくれていればいいが、そうでなければ……)

 山本の頭に僅かながら嫌な予感が走った。半分冗談、半分本気で笑って言った。

 「む…… それは確かにそうだな、ははは。それは困る」

 「ねえ、山本さん、一度雪さんにそれとなく聞いてみてくださいよ。俺達だともうあの二人警戒しちゃって…… いろいろとからかってるもんだから」

 今度は南部が、揉み手で拝むように言い出した。

 「う〜〜〜ん。しかしなぁ、俺はそう言うのは苦手なんだよなぁ。それにはっきり喧嘩してるってわかったわけでもないんだろう?」

 (3)

 山本が渋っていると、いつの間にやって来たのか、話を聞いていたらしい加藤が、話に割り込んできた。

 「いいじゃねぇか、山本! お前いっちょ一肌脱いでやれよ!」

 「あっ! 加藤!! お前いつ来たんだか知らねえが、勝手なこというなよ!!」

 「まぁまぁ、なっ! コスモタイガー隊の一大事とあっちゃあ。隊長の俺としてもほっておかれねぇからなぁ。お前ができないんなら、俺がやってやるか?」

 加藤は乗り気だ。もちろん、戦闘班長のご機嫌の影響をモロに受けるのが加藤なのだから、頷けなくもないが……

 「ええええっ!!!!!」

 山本を始め、他の3人も一同同時に声を上げた。

 「なんだよ、その声はぁ! 俺だって、恋愛の一つや二つ……」

 山本は、今にも駆け出しそうな加藤の肩をぐっと抑えて、とうとう宣言した。

 「わ、わかった。俺がやるよ」

 「そうか! そうこなくちゃな。頼んだぞ、山本!! さぁ、飯だ、飯!!」

 と、加藤は山本の了承が取れ、ご機嫌でカウンターに食事を取りに行ってしまった。

 加藤が去ると、4人して大きく安堵?のため息を吐いた。

 「ふぅっ…… 加藤なんかに首を突っ込まれた日にゃあ、解決するもんもしなくなっちまうところだぜ」

 「ほんとほんと! じゃあ、山本さん、よろしくお願いしますね!!」

 南部と相原が安心したようにそう告げると、3人は逃げ時とばかり、食堂から出て行ってしまった。

 「あっ、お、おまえら、ちょっと待て!!」

 しかし、相原が振りかえってちょこんと頭を下げただけで、山本は一人取り残されてしまった。チラリと隣のテーブルを見ると、加藤が他の隊員達と一緒に食事をぱくついている。

 「山本! こっちへ来て一緒に食おうぜ! 戦いの前にはまずは腹ごしらえだ」

 「ったくぅ、のんきなもんだぜ! どうして俺がこんなことをしなくちゃならないんだよ!」

 山本はぶつぶつ言いながら、食事を取るためにカウンターへ向かった。

 (4)

 食事を終えて、山本が居住区をぶらぶらと歩いていると、計ったように、問題の森雪がこちらにむかって歩いてきた。
 確かに、その姿はちょっとうつむき加減で、あまり元気は良くなさそうだ。

 (しゃあねぇな。とりあえず探ってみるか……)

 山本は意を決して声をかけた。

 「雪さん! こんちは!」

 雪はその声に、うつむき加減で歩いている顔を上げて、微笑んだ。

 「あら、山本君、こんにちは。今、休憩?」

 雪の笑顔もその声も、さっきの話を聞いたからなのか、心なしかいつもの様子でないような気がする。山本としても、雪の元気のない姿は、やはり気にかかった。

 「ああ、そうなんだ。コーヒーでも飲もうかと思って」

 「えっ? あら、そうなの、うふふ…… 私も休憩時間だから、お茶でも飲もうかと思ってたところなの」

 「じゃあ、一緒に行こうか?」

 「そうね……」

 雪が寂しそうに微笑んだ。これはやっぱり何かありそうだ、と山本は思った。問題はそれが何であるかだ。
 とりあえず話が決まった二人は、サロンに向かって並んで歩き始めた。

 「俺がうまいコーヒーをいれるてやるよ」

 「あら、コーヒーなんて私がいれるわ」

 「えっ!?」

 「なぁに、その返事、あっ、もしかして昔のことを言ってるんじゃ……」

 「ははは…… そういうわけじゃ…… でもまあ、たまには他人にいれてもらうのもいいだろ?」

 「なんだか怪しいわね。うふふ……でも、お言葉に甘えます」

 山本は、雪の気持ちをほぐそうと、そんな冗談を言いながら歩いた。

 (5)

 「ほんと、おいしいわ。山本君って、コーヒーをいれるの上手なのね」

 サロンに入るなり、山本はカウンターに立った。そしてちゃんと豆からコーヒーをひいて、雪にいれてやった。そのコーヒーの味は、いつもと同じコーヒー豆とは思えないほど、芳醇な香りがした。

 「母親が結構好きなもんでね。見様見真似ってやつさ。ま、めったに人にはいれないから、特別大サービスだぞ!」

 「ありがとう…… でもどうして? 何か私に頼みでもあるんじゃないのぉ?」

 雪は微笑みながら、上目遣いで探るような視線を、山本に送った。
 山本はその表情にドキリとさせられ、思わず苦笑してしまった。こういう視線ってのは、なかなか男心をそそるもんだな、などと不埒なことを思う。こういう時には、少しばかり進がうらやましく思えた。
 しかし、山本はそんなそぶりなど見せずに、逆に質問した。

 「いや、俺は別に…… それより、雪さんここんとこ疲れてるみたいだって、みんなが心配してたぞ」

 「疲れてる? 誰が言ってたの? もしかして古代君?」

 みんな、と言っていても、やはり雪の開口一番に出てくる名前は、「古代君」だ。やっぱり余計なお世話かもしれないな、などと思いながら、山本は適当に言葉を濁した。

 「ん、いや、まあ……ちょっとな……」

 その答えに、雪の瞳に失望の色がはっきりと見えた。

 「相原君達ね、きっと…… 古代君のはずないわよね。はぁ〜」

 肩から大きなため息をついて、視線を落とす雪を見ると、山本は、やはり何かあったに違いないと確信した。

 「古代のはずないって、やっぱり奴となにかあったのか?」

 「えっ? いえ、そんなことないわ。でも……」

 「でも?」

 山本が続きを促すと、雪は山本の顔をチラッと見てから、考え込んだ。ここ数日、自分の中でたまっていた思いを、誰かに話してしまいたい気持ちがあった。相手が第一艦橋でいつも顔を合わせる相手ではないことが、雪の気持ちを動かす主因になったのかもしれない。

 雪は、意を決したように顔をあげると、あたりをきょろきょろと見回した。幸い、サロンは人が少なく、二人の声が聞こえる範囲に誰もいなかった。

 「山本君、私の愚痴聞いてくれる? でも、ここだけの話にしてね。あなたなら口が固いから大丈夫だと思うけど」

 「ああ、約束するよ」

 山本が頷くと、雪はあたりに聞こ得ないように、声を落として話し始めた。

 (6)

 雪と山本は、それほどいつも親しく話をするほうではない。元々仕事上でも余り接点がないし、山本としても、初めて会った時も、綺麗な人だなという感想はあったが、それ以上でも以下でもなかった。

 だが、イスカンダルへの旅の途中で、古代の意中の人だとわかった時から、少し認識が変わった。鬼の戦闘班長がメロメロになってるという相手に、興味をもつようになった。すると、自然と会話をする機会が増えた。

 話してみると、外見とは無関係に、まっすぐで清々しい性格の雪を、硬派の山本としては珍しく気に入った。
 もちろん、その頃は既に進と雪が相思相愛――ただし、互いに告白はしていなかったが――だったこともあって、自分の中に一瞬湧き上がりそうになった恋心は、瞬時に消し去ってはいたが。

 古代も雪も、山本にとってはとても好ましい人間になり、イスカンダルへの航海の間でも、二人の間の橋渡しのようなことをしてやったこともあった。

 以来、雪とは一貫して古代進という男を間において、気の置けない話し相手として付き合いを続けている。
 同様に雪の方も、普段寡黙な山本を、余計なことを言わない人として、信頼を置いていた。

 雪はいきなり核心から話し始めた。

 「最近、古代君にとって私って何なんだろうって思い始めるとね、なんだか変にセンチになっちゃうの。テレザートを出てから古代君忙しいし、地球に早く戻らなくちゃって必死なのはわかってるの。
 だけど…… 島君のこととかもあって、なんとなく私も落ち込みそうになるのを必死に堪えてるのに、そんなこと全然気付かないみたいだし、私の事なんか眼中にないのかなぁ、とか思っちゃって……」

 「ふうっ、まあ、一本気なあいつのことだから、一つの事やり出したら、他が見えないんだろうけど。それに、雪さんの気持ちにあぐらかいてるんじゃないのか?」

 雪は寂しげな表情で山本を見てから。また視線を落として小さく頷いた。

 「ん…… そうだったらいいんだけど、私のこと重荷になってるとかそういうのだったらどうしようって思ったりして…… 彼、今回私を置いていくつもりだったのに、無理やり乗っちゃったでしょう。見つかった時は、仕方ないなって顔して、でも嬉しいって言ってくれたけど…… 最近、本当にそうなのかなって不安になってきたの」

 「だけど君がそんな風になるのは、珍しいな。なにかきっかけになることでもあったんじゃないのか?」

 はっとして雪が顔をあげる。山本の指摘は正しい。常に前向きな性格の雪にとって、進の態度をそんな風にマイナスにとること自体珍しかった。
 雪は小さなため息をつくと、また話し始めた。

 「ええ、実は……古代君が島君に言ったっていう話を聞いてから……落ち込んじゃったの」

 「島に?」

 「ええ、この前島君がテレサさんを連れてヤマトに戻ってきた時にね、古代君が島君に……「ヤマトでの結婚式1号をすればいい」とか……「お前がうらやましいよ」だなんて言ったらしいの」

 雪がぼそぼそと言いにくそうに説明した。

 「へっ? なんだそれ?」

 「なんだって言われたって、私だってわかんないわっ」

 雪が半分泣きたいような、怒りたいような複雑な表情をした。普通に聞けばなんのことないセリフだが、婚約者がいる身で言ったとなれば、やはり問題がある。雪が聞けば傷つくのは必至だろうと、山本は思った。

 「島がそう言ってたのか?」

 「ううん、島君じゃなくて、その時アナライザーが近くにいたらしいの。それで私に告げ口しに来たのよ。あんな薄情な男はやめて僕と付き合いましょうって言いながら、ね」

 「はぁ〜 アナライザーのヤツ…… けど、あいつのことだから雪さんの気を引きたくて、口から出任せってこともあるんじゃ?」

 しかし、雪はすぐに首を横に振った。

 「ううん、そりゃあアナライザーは古代君のこといつも目の敵にはしてるけど、嘘ついてまで彼を扱(こ)き下ろしたりしたことはないもの。一字一句そのままじゃないかもしれないけど、多分よく似たニュアンスのこと言ったんだと思うわ」

 そう答えてから、雪はふうっと大きなため息をついた。

 「そうか……」

 山本は、手を顎の下に持ってきて、その手に顔を預けて考え込んでしまった。

 (婚約者の雪さんとの結婚式の直前に、ヤマトで地球を飛び出して来たってのに、そんなこと言ったら、雪さんの立場ねぇよなぁ。結婚式やらなきゃならないのは、こっちの方が先だろうが、古代! 全くあいつときたら!!)

 (7)

 そんな山本の思いを聞いていたかのように、雪もだんだんと泣き出しそうな顔になっていった。

 「なんかすごくショックだったわ。じゃあ、私って一体何なのって思っちゃって。私達本当ならもう結婚式挙げてたはずなのに、そんなことも彼の頭にはないんじゃないかって…… ううん、ほんとは古代君って私のこと、なんとも思ってないんじゃないかなんて思い始めたら、もうどうしていいかわからなくなって……」

 言葉にしたことで気持ちがこみ上げてきたのか、雪の声が涙声に変わっていった。目も潤み始める。そんな姿を見ていると、山本もどう答えていいのかわからなくなった。

 「あの野郎……どういうつもりで……」

 「古代君のことだから、あんまりそういう言葉ってうまくないし、心配事があったら他のことなんか全部忘れちゃう人だから、きっと、その時は島君のことしか頭になかったのかなって……そう思おうとしてるんだけど……」

 それでも何とか進をかばおうとする雪の気持ちが、山本にはいじらしく思えた。

 「雪さん……」

 山本が気遣わしげに声をかけると、雪は顔を上げて懸命に笑顔を作った。

 「それが引っかかってるものだから、ここ2、3日なんとなく古代君の顔が見れなくて、それで相原君達にも変に思われちゃったのかもしれないわね。ごめんなさい」

 「いや、まあ、そりゃあ、あいつはなんていうか口下手だし、それに、雪さんの気持ちを信じきってるところあるから……だから」

 なんで俺がこんなことを言ってフォローしなきゃならないんだろう?と、あの艦長代理ののんきな顔が浮かんできて、だんだんと腹立たしくなってきた。

 「ええ、そうね、そうよね。だから古代君なんだものね」

 山本の慰めの言葉を、雪も自分に言い聞かせるように、うんうんと頷いた。

 「けどなぁ、全くあいつときたら!少しは自分の婚約者のこと考えた方がいいって言ってやったほうがいいよな」

 怒ったような顔をする山本を見て、雪は慌てて言い添えた。

 「いいのよ、山本君。古代君は今、ヤマトの指揮と敵のことで頭がいっぱいなんですもの。私の機嫌なんて伺ってるひまなんかないのよ。判ってるの、私……」

 (8)

 そこで、雪は話を止めて、しんみりと考え込むような仕草をした。それから、きっと顔を上げてにこりと微笑んだ。

 「でも、話を聞いてくれてありがとう。なんだか、山本君に愚痴ったら、少しすっきりしたみたい」

 しかし、山本にはそれがかえって痛々しく映った。寂しげに微笑みながら、雪の言葉に同調した。

 「こんなことで役に立つんだったらいつでも……」

 すると、雪はおかしそうに声を出して笑った。

 「うふふ…… 山本君って硬派だと思ってたけど、意外と女性の話を聞き出すのが上手なのね?」

 「ははは…… いや、あんまり得意な方じゃないよ。けど、雪さんは特別だから」

 「えっ?」

 雪が意外そうな顔をして、小首を傾げる。山本の方も言ってしまってから、ちょっと意味深だったと思い、言い直した。

 「あ、いや、その……変な意味じゃなくって、雪さんは、俺達の仲間だし、それに俺達野郎どももこういう荒(すさ)んだ戦いの中でも、雪さんの笑顔のおかげで救われてるんだぜ。その笑顔が見えないとあったら、俺達みんなの一大事だからな」

 自分でも臭いこといってるな、と思いつつも、山本はそんな風に雪を慰めたくてしかたなかったのだ。

 「ありがと、やっぱり山本君ってお上手よ」

 「ちがうって…… 俺も古代と同じで好きな人を前にしたら、そんな事言えなっちまうのかもしれないしさ」

 きっとそうに違いない…… 山本はそう思った。俺が君の恋人だったら、俺も古代と同じことするのかなぁ、山本はふとそんなことを考えていた。

 「うふふ、そうなのかな?」

 「だが、やっぱりあいつには一言言ってやりたいな! 少しは、自分の大事な人のことも考えろってな」

 「ううん、古代君には言わないで、今の古代君に余計なこと考えさせたくないの…… 私もそのうち忘れるから、だから……」

 そう言って、山本の勇み足を止めようとする雪の瞳は、やはり寂しそうに光っているように見えた。

 (古代のヤツ、もったいないことしやがる。さて、雪さんの言うようにこのままにしておいていいんだろうか)

 山本は、雪と別れ格納庫へ戻る途中、そんなことを考えていた。

 (9)

 その日の夜のことである。夕食の為に食堂へ行った山本の目に、今トレイに食事を乗せたばかりの進の姿が目に入った。

 「おい、古代!」

 「おうっ!山本か。今から飯か? 一緒に食うか?」

 山本が意図を持って話しかけたことも知らず、進はにこりと笑って食事に誘った。

 「ああ……」

 (昼間のことといい、ここで古代に会ったことといい、つくづく俺に首を突っ込ませたいらしいな)

 山本は、心の中でそんなことを思ってため息をついた。
 二人は、比較的すいている隅の方のテーブルを陣取ると、食事を始めた。
 始めはとりとめもない話をしていたが、あらかた食事が終ったところで、山本は肝心のことを切り出した。

 「ところで古代。雪さんとはうまくやってるか?」

 「ぶっ…… な、なんだよ突然! べ、べつにうまくもなにも、普通だよ」

 突然のことに、進はすすっていたスープを吹き出しそうになった。口の周りのスープを拭きながら答えはしたが、山本には、少し焦リ気味に聞こえた。

 「ほんとか?」

 「うっ…… そんな顔で睨むな。いや、その……」

 山本の指摘と視線があまりにも鋭くて、進は一気に小さくなった。肩を小さくすくめると、ぼそぼそと話し始めた。

 「確かに……ここ2,3日話してない。俺のこと避けてるような気もする」

 さすがの進も、雪の雰囲気が違うことに気付いていたらしい。そう思ったら、山本は思わず叫んでしまった。

 「わかってたのかよ、このアホッ!」

 まわりの視線が何事が起こったのかと二人を見た。艦長代理に向かって「アホ」と言える人間はそう多くはない。山本は同期として、数少ないその一人である。
 しかし、進の方も、いきなり怒鳴られたのでは黙っていられない。

 「アホってなんだよ、アホってのは! それで一体何がどうしたってんだよ! 言っとくがなぁ、俺はなにもしてないぞ、なにも!」

 そこまで言ってから、進の声のトーンが一気に小さくなった。

 「それなのに、雪が勝手に避けてるんだ。も、もしかして……」

 めったに雪のことなど山本から聞くことなどないのに、その山本が雪の話題を出すこと自体、何かあるのかと、進も勘ぐってみたくなるのだ。

 「まさかお前……雪と何かあったのか!?」

 こそこそ声だが、目は真剣だった。掴みかかってきそうな顔の進を必死に抑え込んで、山本が再び怒鳴った。

 「ちょ、ちょっと待て、そう飛躍するな! 原因はお前なんだから! お前が悪いんだ!!」

 「俺が……? 悪い?? 一体どういうことなんだ? 全然わからんぞ」

 きょとんとして進が不思議そうな顔をした。そののんきそうな顔を見ると、山本は無性にムカついてきた。

 「ほんっとにわっかんねーのか?」

 「わからん! 全く覚えない…… それに俺は今そんなことを考えている暇なんかないんだよ。テレサさんが身を犠牲にして、白色彗星の進行を止めてくれたっていうのに……」

 山本の方は、さっき雪の寂しそうな顔を見ている。それなのに、その相手の方は全くわかっていないのだ。

  (ほんっとに、わかってないのかよ! ヤマトの指揮をしなきゃなんねぇのはわかるが、それに託(かこつ)けて、大事な人を傷つけていいってもんじゃないだろう!)

 「ったく、とにかく!胸に手を当ててよぉく考えてみろ!」

 「お、おいっ! 山本! 教えろ!! 俺がどうしたっていうんだよ!」

 進の呼び止める声など聞こえないふりをして、山本は食堂からさっさと出て行ってしまった。

 (仲裁するはずだったけど、やめた! あんな鈍感な男、しばらく雪さんにシカトされて反省すればいい!)

 置かれた進の方は、呆然と山本を見送っていた。

 (10)

 その時食堂の入口で、南部と相原が出てきた山本と鉢合わせになった。

 「あ、山本さん! どうでした?」

 「あいつは、なんにもわかってない。あれじゃ雪さんがかわいそうだよ」

 「えっ!? じゃあ、雪さんには聞いたんですね?」

 「ああ、昨日あれからサロンに誘って聞いたよ。いくら鈍感な奴だって言ったて、少しくらい彼女の気持ちわかってもいいと思うがな。しばらく、反省させた方がいいんじゃないか。俺はもう知らねぇよ」

 「ちょ、ちょっと山本さん!」

 「あ〜あ、また鈍感古代さんは、女心を傷つけちゃったのかなぁ……」

 二人に背を向けて去っていく山本を見ながら、南部が肩をすくめた。

 「どうします? 南部さん」

 「ん? まあしゃあないな。じゃあ、ありきたりだけど、せっかく山本が雪さんの話を聞いてくれたって言うんだから、それを利用させてもらうか」

 「いつものって?」

 南部は、心配そうな顔を向ける相原に耳打ちした。ごにょごにょごにょ……

 「え〜〜!! そんなわざとらしい、いくら古代さんでもそんなんじゃ動じないでしょう?」

 「ま、ダメモトでやってみろって……」

 南部は、テーブルに座っている進を見ながらニヤリと笑った。

 (11)

 山本が去った後、進はふぅっとため息を一つついた。確かに、最近雪と話す時間も取れない。というより、自分で取らないようにしていると言ったほうがいいのかもしれない。
 ヤマトを指揮しなければならないというプレッシャーや、島とテレサの悲恋のことを考えたりすると、どうしても自分だけ雪と……というわけにいかないような気がしてしまうのだ。

 (雪ならわかってくれてると思っていたけど……)

 進がもう一度ため息をついて、席を立とうとしたとき、後ろから相原がやってきた。

 「山本さん怒ってましたけど、どうしたんですか?」

 振り返って見ると、相原と南部である。この二人に話したら、話が変な風にそれもあっという間に広まってしまう。そう思った進は、勤めて平静を装った。

 「別に……」

 「ふうん、ねぇ、古代さん知ってます?」

 相原が、意味深に語尾を僅かに上げた。

 「なにが!?」

 もったいぶった言い方に、ムッとした進が相原を睨んだが、相原は動じない。

 「昨日ねぇ、サロンで雪さんが山本さんと二人で頭つき合わせて、深刻そうな話してたそうですよ。見た者に言わせると、なんだかすごく親密そうだったっらしいって」

 今度はいきなり進の方がドキリである。さっき山本には、なにもないと否定されたが、やっぱり二人はなにか話をしていたらしい。そう思うと、進の心の中でもやもやとするものがあった。だが、相原に見られていては、顔には出せない。

 「そ、それがどうしたって言うんだよ。山本のヤツどっか具合でも悪くて相談でもしてたんじゃないのか?」

 「そうですね、きっとそうなんでしょうね、あの雪さんに限ってねぇ。いくら山本さんがハンサムでかっこいいって言ってもねぇ…… でもあの二人って並んでると絵になるよなぁ」

 「何言ってんだ、お前!?」

 「あ、ああ…… いえ、古代さんと雪さんの方がお似合いですよね、もちろん! あはは……」

 「当たり前だ!」

 と言い放つと、進はちょっと不機嫌そうな顔をしたが、それほど顔色も変えずに席を立った。

 話が終った相原の後ろに、南部がやってきてニヤニヤと笑った。相原は、失敗した、と言うような顔をして南部を見た。

 「ほら、やっぱりだめだよ。いくらなんでも、ずっと仲間の山本さんじゃ、古代さんだって……」

 「ふふん…… そうでもないようだぜ」

 「えっ?」

 驚いて相原が、後ろを振り返ると、進は出口付近まで来ていた。そして、腋のテーブルに太ももをガッツリとぶち当て、バランスを崩してずっこけたのだ。

 「プーッ!!」

 それを見ていた南部と相原は、同時に吹き出した。表向き動揺などしていないように見えて、進も気にしているのだ。

 「なっ!」 「みたいっすね」

 二人は、大きな声で笑い出しそうになるのを必死に抑えていた。
 一方、進の方は、相原の手前、威勢を張ってみたものの、山本のさっきの突飛な発言の直後である。気にならない方が嘘になる。

 (雪は一体どうなってんだ!? どう考えても、俺には覚えがない。訳わからん!! 山本の奴は変なこというし…… まさか、山本とどうこうって事はないとは思うが…… くそっ! けど、どうしよう、どうしたらいんだ!?)

 進としては、余計なこと(と本人は思っている)を考えている暇はないと思いつつも、やはり最愛の婚約者のことだ。

 その夜、考えて考えて、結局とにかく明日話をしてみよう、と決めた。

 (たまにはゆっくり話をするのもいいのかもしれない。今ならまだ白色彗星に追いつくまでに日もあるし…… 場所は…… そうだ、あそこがいいかもしれない。あそこなら、逃げられる心配もないし)

 進は二人で話をする格好の場所を思いついた。

 (12)

 翌日も、やはり雪は進のことを微妙に避け続けていた。それほど露骨ではないのだが、さりげなく会話を避けるのだ。
 変にすれ違う二人の様子に、気付かないものはいなかった。

 第一艦橋ではその日予定のワープを終了し、シフト担当以外は席を立った。進が立ち上がって後ろを振り向くと、雪は、そそくさと艦橋を出ようとしている。
 南部と相原が、その様子を黙ってみていると、進も立ち上がって、席を立った。

 「ちょっと、格納庫に行ってくる。もし、何かあったら呼んでくれ」

 進は南部にそう伝えた。さりげなさを装いながらも、なんとなく落ち着かないそぶりである。

 「了解!」

 南部は答えると、相原に目配せをした。進は頷くと、南部達の様子には気付かずに、そのまま第一艦橋を出て行った。

 「何か行動起こすのかな?」

 「ま、さすがに今日の雰囲気だとやばいって思ったんじゃないかな? 昨日、脅したしな。くくっ、そろそろ仲直りだろう?」

 「いいことですね!」

 いつの間にか二人の後ろに来ていた太田が、にこにこして言った。事が思惑通りに動いているのを、楽しんでいる3人だった。

 (13)

 格納庫に行く、と言ったものの、進は実は雪の行き先が気になっていた。エレベータの中で、医務室かそれとも居住区の生活班長室か?などと考えていると、居住区フロアから斎藤が乗り込んできた。

 「おっ、艦長代理じゃねぇか。暇そうだなぁ」

 「別に暇じゃないよ。お前達とは違う」

 斎藤の減らず口に、進も負けていない。最初の頃よりはマシにはなったが、斎藤と進の間――ひいては空間騎兵隊とヤマトクルー達の間――はまだまだしっくりとはいっていない。その上、今日はあまり機嫌の良くない進である。

 「へんっ! 相変わらず可愛くねぇ奴だなぁ! そんなこったから、婚約者のお姉ちゃんも他の男と仲良くベタベタしてるんだぜ」

 「なにをっ!」

 進が掴みかかりそうな勢いで、斎藤に迫ってくると、斎藤は慌てて、両手を前に出して進を静止した。

 「おっと、別に俺は嘘ついたわけじゃねぇぜ。さっきサロンに行ったら、コスモタイガー隊の色男にウキウキしながらコーヒーなんぞ入れてやってたぞ。
 へんっ! 俺にもいれてくれりゃいいってのによぉ! 山本さんは特別なのよ!なんて言いやがる。くそったれ! 艦長代理さんも、色男に彼女を取られないように、せいぜい気をつけたほうがいいぜ!」

 「むっ、か、関係ない!」

 口ではそう言っているが、昨日から山本のことは気になってしょうがないのだ。当然顔に出てしまうのが、進らしいところだ。

 「へっへっへ、そんな顔してねぇぜ。おっと、ここでいいんだ。じゃあな、殴られる前にずらかるぜ! 殴る相手は、俺じゃねぇからなぁ!」

 「くそっ! あいつ。人の気も知らないで!」

 とにもかくにも、斎藤のおかげで雪の居場所をつかめた進は、斎藤を見送ると、再びエレベータを上昇させ、雪のいる居住区フロアヘと向かった。

 (14)

 サロンでは、雪と山本が一緒にコーヒーを飲んでいた。今日は、連れ立ってきたわけではなかったが、ちょうど二人がサロンで鉢合わせになったのだ。
 そこで、昨日愚痴を聞いてもらったからと、今日は雪が山本にコーヒーをいれた。

 「ありがとう…… あ、結構いけるよ。確かに美味くなったみたいだな」

 「うふふ、もうっ!だからそれはもう言いっこなしよ」

 「はっはっは…… で、奴は何か言ってきたか?」

 「何かって? 別に……昨日から何も話してないわ。彼だって特に話し掛けようってそぶりは見せないし」

 「ったく! 昨日言ってやったのに」

 「えっ!? 古代君に言っちゃったの?」

 「いや、具体的にどうこう言ったわけじゃない。あいつ全然気がついてないみたいだったからさ。バカらしくて自分で考えろって怒鳴ってきてやったよ。一人になったら、少しは考えたかと思ったんだけどな」

 「ふふふ……山本君ったら! いいのよ、もう。古代君はそういう人なんだから。でもちょっぴり悔しいから、しばらく無視しちゃおうって思ってるの」

 「ああ、その方がいい」

 とそこまで言った時、山本は背中にゾクリとするほど冷たい悪寒を感じた。振り返ってみると、進が廊下から二人をじっと睨んでいた。

 (や、やべぇ…… あいつ、この光景をなんか誤解したんじゃないのか!? まさか、いきなり殴ってこねぇだろうなぁ)

 つかつかと歩いてくる進に対して、山本が受身の構えに入りつつ、言い訳をしようとしたが、意外にも、進は山本を無視して雪に話しかけた。

 「雪……」

 びくっと体をこわばらせて、雪が進の方を見たが、まだ進の視線をまっすぐに受けとめようとはしない。

 「あ、な、なに?古代君」

 すると、進はいきなり雪の腕を掴んだ。

 「ちょっと一緒に来て欲しいんだ」

 「おいっ、古代! お前なんか誤解……」

 山本が、そこまで言いかけた時、それを制止するかのように、進が山本を睨んだ。

 「俺は雪に言ってるんだ。雪、ちょっと付き合ってくれ」

 その鋭い声に山本が怯んでいる隙に、進はグイッと雪の腕を強くひっぱった。

 「わかったから。古代君、痛いわ!」

 雪の非難するような声で、進は掴む手の力を緩めたが、離しはしなかった。そのまま雪を連れてサロンから飛び出して行った。
 残された山本は、ふっと小さくため息をつくと肩をすくめた。

 (やれやれ、あんまりかかわらない方が、身のためのような気がしてきたよ)

 連れだって出て行った二人は、険悪な雰囲気だったはずなのに、山本には、雪の背中がなぜか妙に嬉しそうに見えた。

 (15)

 廊下を歩き出すと、雪が進に訴えた。

 「私、これから医務室でちょっと用事があるのよ……」

 さっきから悠長にコーヒーなどを飲んでいたのだから、明らかに嘘である。当然進にもすぐにばれた。

 「確か雪は今から非番のはずだろう?」

 「あ、あなたに関係ないでしょう!」

 雪は、進の手を振りほどこうと体をひねらせたが、進は掴んだ腕を放そうとはしない。逆に雪に言い返した。

 「どうしてそんなに俺を避けるんだ!? 一体俺が何をしたっていうんだよ?」

 進の顔が厳しくなった。雪の態度に半分怒っているのだ。

 (古代君は、私がどうしてこんな思いしてるのか、ちっともわかっていないんだわ…… いいわよ、あなたが気付くまで、絶対に教えてなんかあげないんだから!)

 雪は、ぷいっと顔を背けた。

 「べ、別に避けてなんかいないわ」

 「じゃあ、ちょっと俺に付き合えよ」

 (16)

 雪の態度にムッとしたように、進は眉をピクリと動かすと、雪を連れてエレベータの方へ歩き始めた。

 「ちょっと、古代君! 何するのよ!」

 雪は抵抗を試みるが、進にがっちりと掴まれた腕ははずせそうもなく、ただ小走りに付いて行くしかなかった。
 進は雪と二人でエレベータに乗ると、最下層のボタンを押した。

 「ど、どこに行くつもりなの!?」

 驚いて進を見る雪に振り向こうともせず、進はまっすぐに前を向いたまま言った。

 「格納庫」

 「格納庫? 何の為に?」

 「たまには、艦載機の操縦でもしてみたらどうだ。雪はこの航海じゃあ、まだ艦載機に乗ってなかっただろ? 今日時間があるから、俺が訓練に付き合ってやる」

 「えっ! ええっ!! でも……どうして?」

 突然の進の宣言に、雪はひどく驚いた。今二人の仲は険悪なはずだった。雪としては、訓練などするような雰囲気ではないと思うのだが、抗議しても全く受け付けられそうになかった。

 「でももかももない! さ、行くぞ」

 進がこうと決めると、もう彼はまっすぐにしか進まない。それをよく知っているだけに、雪はとうとうあきらめてついていくことにした。

 (何よ、古代君ったら、いつも勝手なんだから!)

 雪は、進の強引さに腹を立てながらも、その強引な手にひかれているのが、なぜかちょっと嬉しかったりする自分がおかしかった。

 (17)

 格納庫についた進は、整備中の要員に、コスモゼロ発進の指示を出すと、二人分のヘルメットを手にして、雪をコスモゼロに連れて行った。そして、雪を後ろに乗せ、いつも通りの発進前点検の後、自分の手で発進させた。

 ヤマトの前方に出てしばらく全速で進んでから、進は雪に指示を出した。

 「よしっ、ここから操縦をきりかえるぞ。ヤマトからの距離を保ちながら、まずはまっすぐに前進だ」

 「は、はいっ!」

 何か話でもする気なのかとも思ったが、そうでもないらしい。進は、本気で訓練をするつもりのようだ。
 ここまで来れば、もうとにかくやるしかない。雪は久々に艦載機の操縦桿を握った。しかし、心の中ではまだ進のことでいっぱいで、心が揺らぐ。

 (古代君ったら、本当にどういうつもりなの!? こんなこと私にして、今は大事な時だから余計なこと考えるなって言いたいわけ!? そんなことわかってる、わかってるけど……でも……)

 雪の操縦に移ったとたん、コスモゼロの機首が微妙にぐらぐらとし始めた。ただまっすぐに飛ばせるだけなはずなのに、コスモゼロは雪の思う通りに動いてくれない。

 「機首が右方向にずれてるぞ。ああっ!今度は左にずれた!! 違うだろ!! もっと右!」

 進の激しい激が飛ぶ。雪も必死に制御しようとするが、コスモゼロはどうしてもいうことをきいてくれない。以前操縦した時は、もう少しうまく動かせたはずなのに……
 とんでもない方向に持って行かれそうになりながら、雪は必死に操縦桿を握り続けていた。

 「久しぶりに……くっ、操縦するから…… それに古代君が急に言い出すんだもの、心の準備っていうものが……」

 悔し紛れの言い訳を言っても、コスモゼロはいうことを聞かなかった。

 (18)

 とうとう進はあきらめて、はぁ〜っと息をはいた。

 「ちょっと操縦こっちに戻すぞ!」

 進に操縦を戻すと、コスモゼロはまた何事もなかったかのように、スーッとまっすぐに飛び始めた。雪は、当たり前のように操縦する進が恨めしい気持ちになる。その上、こんなことじゃどうする!と怒鳴られそうで、雪は落ち込んだ。

 「……ごめんなさい」

 しかし、進は怒鳴るどころか、静かな口調で雪に尋ねた。

 「謝らなくてもいい。雪、なにか心に迷うことがあるんだろう?」

 「え?」

 進の意外な態度に驚いて、雪は前の進を見た。進はまっすぐ前を見たまま話し続けた。

 「コスモゼロってやつはな、ものすごく性能のいい戦闘機なんだ。新型のIIがでても、それに勝るとも劣らないと俺は思ってる。けど、逆にこの機は大量生産されなかった、と言うかできなかった。そのわけは、癖が強すぎるところがあるからなんだ」

 コスモゼロが汎用に向かない話は、雪もいつかチラッと聞いたことがあった。そして進だけが乗りこなしていることも、雪にとっては周知の事実だった。それだけ進の操縦技術が優れているのだろう、と簡単に思っていたのだが。

 「癖……?」

 「ああ、操縦する人間の迷いをそのまま動きに反映してしまうほど、繊細なんだ、このコスモゼロって奴は……」

 「迷いを……動きに反映……(私の迷いが、あの操縦になったというわけなの?)」

 そんな心の質問に、答えるように進が言った。

 「そうだ。俺はこいつを操縦する時は、こいつのことだけを考える。一心不乱に操縦に集中する。でないと、俺の方がこいつに振りまわされてしまうんだ。けど、こいつといるとどんな敵と戦っていても、負ける気がしないんだよ。
 技術的には、加藤だって山本だって、このコスモゼロを十分に乗りこなせる力はあると思うんだ。だが、あいつらはこの癖がどうも合わないらしい。
 コスモゼロって奴は、ものすごく優秀な機であると同時に、気まぐれで、繊細なんだよ。俺はそう言うところがすごく気に入っている」

 進は、コスモゼロをまるで親友か何かのように、親愛の情を込めて話した。進がどれだけ、この戦闘機を大切に思っているのか、雪にもよくわかった。

 「俺はこいつが愛しくてたまらない。ずっとこいつと一緒にいたいって思っている。こいつもきっとそうだと思うよ。けど、そういうわけにもいかなくてな。
 俺は、ヤマトを動かさなくちゃならない。こいつと飛びまわってばかりはいられないんだ。
 整備も怠りなくしようと思うんだが、まだまだ修行不足で、うまくできないところも多いし…… こいつには、苦労かけっぱなしだ」

 (もしかしたら、それって私のことだって言いたいわけ?)

 けれど、雪は喉まで来たその言葉を口にはできなかった。

 「こいつは俺にしか好き勝手に操縦させないし、俺もこいつだけにしか目が行かない。これからもずっと他の戦闘機に乗るつもりはないよ。俺の、俺だけのたった一機だけの相棒さ」

 そこまで言うと、進がくるりと首だけで振り返った。そして、

 「なぁ、雪。なんかこいつって、どっかの誰かさんに似てないか?」

 軽くウインクをして、微笑みかけた。雪の顔はすぐに真っ赤になる。

 「古代君! それどう言う意味!」

 「ははは…… 俺の戦いの時の相棒はこいつだが、人生のたった一人の相棒は……」

 照れたのか、進はそこで言葉を止めて顔を前方に向けてしまった。だが、雪にはもう十分その続きはわかっていた。

 「もう、いいのよ、古代君。私、わかったから……ありがと」

 「いや…… 君が山本に何か相談したって聞いて、俺、ホントダメだなって思ったんだ。君が一番に相談したい相手でなくちゃならないのに、俺、全然そんな余裕なかったもんな」

 「古代君ったら…… だからもういいんだってば」

 「雪、必ず一緒に地球に帰ろうな。そして帰ったら、やり損ねたこと全部やりなおすぞ! いいな!」

 進は前方を見つめたまま、力強く言った。雪はその後姿に向かって頷いた。

 「はい……」

 「よし! それじゃあ、もう一度操縦を切り替えるぞ。コスモゼロの操縦桿を貸してやるのは、雪だけなんだからな! 今度は負けるなよ、こいつに!」

 「はいっ!!」

 再び鬼教官に戻った進の激が飛んで、二人の訓練は再開した。その後、雪の操縦は昔の勘を取り戻した。1時間あまり後、無事に訓練を終えて、コスモゼロは雪の操縦でヤマトに帰還した。

 (古代君、ありがとう。私の気持ちわかってくれてたんだ。それなのに、拗ねてごめんなさい。
 でも…… あの例の言葉のことは聞き損ねちゃった。しかたないわ。今はお預けにしておいてあげる。その代わり、地球に帰ったらゆっくり詰問しちゃうからねっ!)

 100%の出来とは言えないが、進なりに懸命に自分の気持ちを受けとめてくれたことで、雪は彼への深い愛情を再確認した。

 (19)

 翌日の午後、山本は南部から雪の機嫌の直ったことを聞いた。昨日コスモゼロの一件は、既に山本の耳にも入っていたので、そこで仲直りしたことは、簡単に想像がついた。
 山本としては、この2日ほどの騒動から逃れられ、ほっと一息肩の荷を下ろした気分だった。

 (古代の奴、ちゃんと謝ったんだろうな。俺は話を聞いただけでなにもしてやれなかったけど、ま、とにかくよかった)

 コーヒーでも、と南部と山本がサロンに立ち寄ってみると、またもやそこに雪がいた。カウンターで鼻歌など歌いながら、飲み物を作っている。昨日までの雪とは雲泥の差である。

 「雪さん! 今日はご機嫌よさそうですねぇ」

 南部が声をかけると、雪は予想通り上機嫌で答えた。

 「あらっ、南部君、山本君! うふふ、そうかしら? あ、今紅茶いれてたの、お二人も飲む?」

 「ああ、じゃあ頼もうかな」

 「オッケー!……はい、どうぞ!」

 雪が3つのティーカップをテーブルに置くと、3人はそこで向かい合って座った。

 「うん、うまい。紅茶の腕はなかなかだな。これは彼氏の教授のせいですかね?」

 「うふっ…… まあねっ」

 南部のからかいの言葉にも、雪は嬉しそうに微笑む。昨日までとは反応が違う。

 「で、その彼氏と昨日コスモゼロでランデブーして、すっかり仲直りって訳なのかい?」

 そんな風に尋ねる山本に、雪はいたずらっぽく目をくるくる動かしてから、口をちょんととんがらかせた。

 「ランデブーだなんて、ぜ〜んぜん違うわよっ! だって、古代君はいつも厳しい教官ですもの」

 「ほんとかよ? それにしちゃあ機嫌がよさそうじゃないか。あいつ、謝ったんだろ? この間のこともちゃんと言い訳していたかい?」

 「別に謝ってもらってなんかいないわよ。それにこの前のことも特に…… でも、もういいのよ」

 雪はにこりと微笑んであっさりと言った。それには山本もちょっと驚いた。

 (じゃあ、どうしてこんなに機嫌がいいんだ?)

 それをそのまま言葉にして尋ねる。

 「いいって? じゃあ、どうして?」

 「うふふ、だからもういいの。もうぜんぜん気にしてないから」

 「ふうん、よくわかんねぇな……」

 雪の笑顔に対して、今度は山本が不満顔である。雪の不満の詳細を聞いていない南部は、黙って聞き耳をたてている。

 (20)

 すると、雪が嬉しそうに、不審げな山本に尋ねた。

 「ねぇ、山本君。コスモゼロってすごく優秀な戦闘機なんですってね。でも、汎用に向かないのよね?」

 「ああ、そうだな。コスモゼロは最新の戦闘機として開発された試作機で性能はすごい。けど、操作は複雑だし、微妙な調整のずれでとんでもない動きをしたりするんだ。だから使うにはものすごい技術がいる」

 山本は、昔コスモゼロを乗りこなそうとして、えらい目にあったことを思い出した。あの時は、こんな癖の悪い戦闘機に乗れたもんじゃないと思ったものだ。

 「でも、古代君は気に入って使ってるんでしょう?」

 「ああ、あいつだけだよな、あのコスモゼロをあっさりと乗りこなしたのは…… あれだけのじゃじゃ馬戦闘機乗りこなせるのは、地球防衛軍広しと言えども、たぶん古代一人だろうな。どういうわけかあいつのフィーリングにピッタリくるらしい。
 今回俺達が乗ってきたコスモタイガーIIの方が、ずっと楽に操縦できるはずなのに、あいつときたら、ガンとしてゼロから乗り換えようとしないんだからな。相当ゼロに惚れ込んでるんだろうな」

 山本は話しながら、その技術力で、最初の進の印象を変えたんだった、などと思い出していた。

 「うふふ……そうなんだぁ」

 雪がまた嬉しそうに顔をほころばせた。

 「それがどうしたんだ?」

 「うふふ、なんでもないわ。すごいなって思っただけ……」

 「昨日、古代の技術を見せられて、惚れなおしたってわけか? それとも君が操縦できたことをあいつが誉めてくれたのか?」

 「別にそう言うわけでもないけど…… とにかくいいのよ、もう」

 山本には、雪の上機嫌がさっぱりわからなかった。しかし、南部は何か思い当たる節があったようで、眼鏡の奥の瞳がひそかにきらりと光った。

 (21)

 その時、後ろから進が入ってきて、雪たちに声をかけた。

 「よおっ、おそろいで休憩か?」

 「古代!」

 山本がびくりとした。また昨日と同じように睨まれたらたまらない。そう思ったが、進の顔はいたって平静である。それどころか、彼の方もなかなかの上機嫌なようだ。雪との仲直り効果はさすがと言える。

 「紅茶か、美味そうだな」

 進は3人が飲みかけている紅茶を覗きこんだ。すると、雪が嬉しそうに立ち上がった。

 「あ、古代君の分も今入れるわ。待ってて」

 雪が席を立つと、山本が進のわき腹をひじで突ついた。

 「うまくやったみたいだな、古代」

 「えっ?何の話だ?」

 進がとぼけ顔で答えた。南部は後ろで笑いを堪えている。

 「とぼけるな…… 昨日のコスモゼロで彼女に何を言ったんだ? 本当に謝らなかったのか?」

 「ふんっ、ほっとけ。謝るってなんだよ? 俺は何も悪いことしてないぞ。とにかく、機嫌直してくれて助かったよ。ったく、どうなるかと思ったぜ。
 ここだけの話だがな。あんまり彼女と話できてなかったのは、そうなんだが、それだけじゃないとは思ったんだけど…… 結局なんで機嫌悪くなったのか、未だによくわかってないんだ」

 「はぁ〜!? お前わからないまま、どうやって彼女の機嫌直したんだよ!」

 山本がバシッと進の頭を叩く。南部は笑いを堪えるので苦しそうだ。

 「いってぇなぁ!! いいだろう! 機嫌直ったんだから、それでぇ」

 (俺にだって良くわからないんだから…… ただ、自分にとって彼女がとても大切な人だということだけは伝えられたから…… それでよかったみたいなんだ)

 進は心の中で、そう言っていた。

 (22)

 その時、新しく紅茶をいれて、雪がテーブルに戻ってきた。

 「は〜〜い、古代君、お待たせ!」

 「おっ、サンキュー!!」

 「うふっ」

 すっかり仲の良い恋人同士に戻った二人。嬉しそうに微笑んで見つめあう進と雪をほっぽって、山本と南部は隣のテーブルに移った。二人にはもう他の人間の姿は目に入らなさそうだ。
 紅茶を一口口に入れてから、山本がぼやいた。

 「ったく、ホントに犬も食わねぇってやつだな。どうして雪さんあんなに簡単にあいつの事許したんだか。俺の苦労はなんだったんだって感じだぜ……心配するほうがバカだったよ」

 「あはは…… あの二人の一種のレクレーションだからなぁ。喧嘩する度にもっと仲が良くなるってわけで」

 南部が訳知り顔で、二人をちらりと見て肩をすくめた。

 「それを横から見ていて、突っつくのがお前達のレクレーションってわけか?」

 「ははは、まあねっ! でも今回は山本も役立ったんだぜ」

 「えっ? そうなのか? 俺は雪さんの話の聞いてやったくらいだぜ」

 「それがミソだよ。古代にちょっとばかりプレッシャーをかけられたからなぁ。これは俺達じゃできなかったからね」

 南部がおかしそうにウインクをした。

 「ふんっ! やっぱり俺はお前たちにいい用に使われただけってことか。ああ、心配して損した。けど……あいつどうやって雪さんの機嫌直したんだろう?」

 すると、南部が得意げな顔でこんな風に話し始めた。

 「思うに……コスモゼロだろ? あれは古代の愛機で、あいつしか乗れない最高級の戦闘機……だろ」

 「そうだ」

 「でもって、あそこでニコニコ笑ってるのは、ヤマトの最強最高のレディなわけで、古代進にしか御せないじゃじゃ馬姫……」

 そこまで言うと南部は、山本を見てニヤリと笑った。山本もやっとわかったようで、苦笑いして肩をすくめた。

 「確かにね…… 古代(あいつ)にしちゃあ上出来じゃねぇか」

 しかし……あんなに進の発言の意味がわからないって怒っていたはずなのに、それを追求もせずに許すだなんて、案外、女ってのは単純なもんだな、と思う山本だった。

 だが、まだ山本は知らない。本当の女のしつこさとしたたかさを……

 たぶん、筆者が想像するに、雪の心の中は……

 今は古代君大変だから、お預けにしておくけれど、地球に戻ってからゆっくりと問い詰めてあげるわ。それでもって、いっぱい謝らせて、いっぱいご馳走してもらって、いっぱい欲しいもの買ってもらうんだから…… 女はそんなに甘くはありません!

 ほんとかなぁ?

 ヤマトは、白色彗星を、地球を目指し、宇宙をひた走っている。嵐の前の平和な一瞬(ひととき)のできごとだった。

おわり

トップメニューに戻る       オリジナルストーリーズメニューに戻る

(背景:Giggrat)