(宇宙戦艦ヤマト 第23話より)
「ママ、またその写真見て笑ってるぅ!」
「だって……ふふふふ」
「いっつもなんだから、ママは。ママがパパをとっても愛してるってことはわかったからぁ。でも、もう行かないとパパの艦(ふね)が到着しちゃうわよ。パパは、いつも時間厳守なのよっ!」
「はいはい」
「ねぇ、ママ。この写真を撮った頃のこといつか話してくれるっ言ってたでしょ。私ももう15歳よ、聞かせて」
「そうね。じゃ、パパを迎えに行く車の中で話してあげるわ。パパとママの青春時代の思い出を……」
(島君の失恋記念日――エピローグより)
古代雪と娘の愛は、父の地球帰還を迎えるため、コスモエアポートへと急いでいた。愛は、にこにこしながら車を運転する母の横顔を見ると、可笑しくなってしまった。
地球防衛軍司令本部の要職に就く母も、父の帰還日となると、とたんに夫を愛するただのかわいい妻に戻る。今日も母は、午後の帰還時間に併せて休暇を取り、帰宅すると入念に化粧をし直し、よそ行きのスーツをひっぱりだした。
愛は土曜日で学校の休みで家にいたのだが、帰るなり自分には目もくれず寝室に駆け込む母の姿を見て、いつものこととはいえ、あきれるやらうらやましいやらだ。
その上、準備が出来ると、今度は寝室の整理たんすの上に飾ってある、父と母が一緒にヤマトという艦に乗っていたころの写真を見て、一人思い出に耽っているのだからどうにもならない。愛に急き立てられ、やっと我に帰る始末だ。
車の中で愛はさっそく母に尋ねた。
「ね、ね、それでさっきの写真の話。どういう思い出があるの? 早く聞かせてっ!」
「はいはい…… うふふ、何から話したらいいかしらねぇ。あの頃は、まだパパとママは付き合ってなくてね……」
雪の思い出話が繰り広げられた。最初は、娘に話すのは気恥ずかしかったが、話し始めると懐かしい思い出がどんどん頭の中に広がって、口が滑らかに動き出した。
「……というわけ。あの頃のパパってホントに鈍感だったんだから……」
「うふふふ…… おもしろ〜い! なんだか私の知ってるパパじゃないみたい。私の知ってるパパってやさしくって、ママのこととっても愛してて、それでもちろん、ママの気持ちもいつもよく理解してくれてて……」
愛の言う通り、今では進は、仕事を離れると雪の気持ちをいつも察してくれる優しい夫なのだ。
もちろん、仕事を最優先するところは昔から変わっていない。そのことで過去に子供たちとギクシャクしたこともあったが、今はもうそれもない。3人の子供たちは、父の立場を良く理解するようになった。
「いいところばかりねっ!」
「まあねっ! ちょっとしつけの厳しいことと、男の子の名前を出すだけで不機嫌になるところを除けばね」
愛がちょっと眉をしかめて困った顔をしてみせた。が、目は笑っている。
「うっふふふ…… 本当に愛には甘いもの、あのひと」
進が末っ子で一人娘の愛を溺愛しているのは、雪をはじめ周囲にも良く知れている話だ。雪は今から、愛が結婚すると言い出したらどんなことになるのだろうか、と心配している。
「えへへ…… お兄さん達よりは甘いなって、私も思うわ。でも、その分サービスしてあげてるんだからいいのっ!」
愛が得意げにあごをくいっと上にあげる。そんな表情は、若い頃の雪にそっくりだ。
「まあ、サービスだなんて……」
「だって、もう私くらいの年になったら、パパなんか相手にしない子も多いのよ。私なんかいっつも相手してあげてるし、やさしくしてあげてるもの。
この間パパと街に出かけたときにねぇ、腕組んであげたのよ。そうしたら、もうめっちゃくちゃうれしそうな顔しちゃって……ほら、こ〜んな顔っ!」
愛がその時の父の顔を真似するかのように、両目の外側を指で下げてたれ目を作った。雪はチラッとその顔を見て、プッと吹き出した。
「ぷっ、あはは…… ああ、それでこの前新しい服を買ってもらったのね。ホント、ちゃっかりしてるわ」
「あはっ、ばれたか」
愛がぺろりと舌を出して屈託なく笑う。無邪気な笑顔だ。
「もう、仕方のない子ね。パパは良いように利用されてるのも知らないで……」
雪が苦笑する。もちろん、それは冗談で、進だってわかっていてやっているのだ。娘にはいくつまで相手にしてもらえるかわからないな、などと最近はもらして笑っている夫であった。
「あら、そんなことないわよ。私、パパのこととーっても愛してるわ。あ、でもママには負・け・るけどね」
と言って、愛は母の顔を覗き込んだ。からかっているのだ。雪の顔がさっと赤くなる。
「もうっ! 仕方ない子ねっ、さあ、着いたわ。行きましょう」
ちょうど、エアポートの駐車場に着いたのを機会に、雪は愛に顔を見られないように車を降りると先に立って歩き始めた。
二人は、コスモエアポートの第10番ゲートに着いた。時計を見ると、3時半を過ぎたばかり。
地球防衛軍専用ゲートには、既に大きな宇宙戦艦が到着している。到着予定15:00の定刻に到着したことを告げる電光掲示板が光っていた。
愛の父、古代進は、太陽系外周艦隊の第一艦隊旗艦の艦長を務めていた。
この20年あまり、進は地球艦隊の最前線で活躍を続けていた。地球艦隊総司令の最も頼りにする直属の部下となった父は、次期総司令の最有力候補と言われている。
父も母も地球を何度も救った経歴を持つ、すごい人だと言う話は、周りから何度となく聞かされている愛だが、彼女の前では、父も母もどこにでもいる普通の両親だった。
たったひとつのこと――子供たちがいるいないにかかわらず仲が良すぎること――を除いては……
進が出てくるまではまだ時間がありそうだ。艦長である進の下艦は、必ず最後になる。航海での出来事について簡単な連絡事項などもあって、到着後1時間くらいかかるのが常だった。
進の艦の乗員が次々とゲートから出て来始めた。この流れが消えた頃、進は出てくるはずだ。
雪と愛は、ゲート近くの椅子に座って待つことにした。
「1ヶ月ぶりね、パパに会うのは」
「そうね、あなた達が小さい時は寂しいって言っている間もないくらい忙しかったけれど……」
雪がほぉっとため息をついた。
昔二人のときは、進の不在が本当に寂しかった。結婚して子供が出来た頃からは、子育てと仕事の両立をする為、雪の両親を巻き込んでの大騒ぎの日々が続いた。その頃は、寂しがっている余裕もなかったような気がする。
それが、長男の守は、既に宇宙戦士訓練学校に入り、寄宿舎生活をするようになった。航も高校生、愛も中学生になり、自分のことは自分で済ませるようになった。
だからなのか、最近、雪は仕事から帰って家でくつろいでいると、なんとなく寂しさを感じるのだった。
「今は、すぐ寂しくなっちゃうのね?」
愛にも見越されてそんな風に言われてしまう。
「うふふ…… でも、こうやってお休みが取れてパパを迎えに来れるのは、とっても楽しみだわ」
会えない寂しさがあるからこそ、再会する時の幸福感が増すのかもしれない、と雪は思う。そんな心地よい思いに浸っている雪を、愛は再びからかった。
「はいはい、ご・ち・そ・う・さ・まっ!」
「なによっ! 親をからかって……もうっ、うふふ」
「あははは……」
怒った顔をしてもすぐに嬉しそうに笑い出す雪。愛は、40を越えたとは思えない、化粧の乗りも良く美しい肌の母を見た。頬をかすかに染めながら笑う姿は、娘から見てもとても美しいと思った。
母は、今でも父に恋している――愛ははっきりとそう感じていた。
(うらやましいなぁ、パパとママ…… いつまでも愛し合ってて…… 私もこんな風になりたいなぁ)
そんなことを思う愛の脳裏に、一人の幼なじみの姿が浮かんでいた。
乗員が続々と降り、家族と出会って笑っている。その中でも士官クラスのクルーたちは、雪の姿を見つけると駆け寄ってきて挨拶をして行く。雪が進の妻であることを良く知っているからだ。自宅に遊びにきたことのある人もいて、愛が見知っている人物もいた。
彼らが声をかける度に、雪も立ち上がって丁寧に頭を下げる。愛もぺこぺこと頭を下げ続けた。
進が手塩にかけて育てたクルーたちを見る雪の姿は、とても嬉しそうだった。
それらの喧騒が収まったころ、雪の顔がぱっと明るくなった。
「あっ、パパだわっ!」
ほとんど人がいなくなったゲートから進が出てきた。雪がさっそく駆け寄る。
「おかえりなさい、あなた」
迎えに来た妻の顔をすぐに見つけて、進は満面に笑みを浮かべた。厳しい顔の艦長を日ごろ見なれている部下たちが見ると、驚きそうな笑顔だ。
「ただいま、今日は休みが取れたんだな」
「ええ、午後からだけど……」
「忙しいんだろう? 大丈夫なのかい?部長さんが休んでも」
雪は今、司令本部の厚生部長職にある。今は、宇宙戦士訓練学校も女性の数が増加している。駆逐艦クラスには女性艦長も少なくない。女性参謀もいる。
雪は防衛軍の中でも非戦闘部門を歴任してきた。防衛軍内の福利厚生を充実させることを、ライフワークにしていた。かつて医師を目指し、看護婦を務めた彼女が選んだ自分の職であった。
「ご心配なく、きちんとしてありますから。それに、私がいなくてもちゃんと仕事をしてくれる優秀な部下がたくさんいますものっ!」
「はっはっは、それはそれは…… だけど、何年たってもやっぱりうれしいな、君が迎えに来てくれているっていうのは」
進が雪の耳元で囁いた。雪の顔が嬉しそうに一層輝いて、夫の腕をそっと取った。
「まぁっ! お上手……」
愛は、父に駆け寄った母を、少し遠めに眺め、二人のむつまじい会話を笑顔で聞いていた。ところがどんどんいい雰囲気になる二人に、いい加減に近寄らないと、自分がいることを忘れられそうな気がしてきた。
ゆっくりと近づいて、進の後ろから声をかけた。
「……コホンッ! おじゃましま〜す」
その声に進が振り返った。目の前に愛娘の姿を見て、顔がぱっと明るくなった。愛の頭をくしゃくしゃと軽くなでると、嬉しそうに言った。
「ああっ! 愛も来てくれてたのか!! ただいま、愛。いい子にしてたか?」
「お帰りなさい、パパ。でも、なぁに? いい子って、もう私子供じゃないだからっ!」
愛が「いい子」と言われて、ぷっくり膨れた顔で父を睨んだ。
「ははは、子供だよ、まだまだ十分にね。なあ、雪」
「さあ、どうかしらねぇ。そういえば……」
余裕で言う夫の言葉を覆すような口調で雪が言い、ちらりと愛の顔を見た。そして愛にだけ聞こえる声で「最近、よくデートしたりしてるものねぇ、子供じゃないわよね」と耳打ちする。
慌てて愛が母の口を押さえた。彼氏の話はまだ父親の前では禁句なのだ。
「ま、ママッ!! だめっ!」
「何がだめなんだ?」
「いいのいいの、それより、さあ早く帰ろうよ、ね、パパっ」
必殺技・愛の腕組に、進はにこりと笑う。さっきの会話もすぐに忘れて、二人の女性を両脇にご機嫌になって歩き出した。
父に見えないように母にウインクする愛を見て、雪は肩をすくめるしかなかった。
歩きながら、甘えた口調で愛が尋ねた。
「ねぇパパ。今日ね、パパとママの思い出の写真の話を聞いたのよ。うふふっ!楽しかったぁ。昔のパパの話……」
「えっ!? 何をしゃべったんだ? 雪」
「うふ、あのマゼラン星雲に入る前に取った写真のことをね、ちょっと……」
雪はすました顔でさらりと言った。進の顔が困惑気味に変わった。さらに追い討ちをかけるように、愛がこう言った。
「パパったら、ママのラブラブ信号ぜーんぜんわからなかったんだってぇ? 一体誰の青春の記念になるって思ったの?」
「むっ…… おい、雪っ! 娘に変なことしゃべるな。俺の威信にかかわるんだからな」
雪に向かって目をむく進の顔は、既に第一線にいる戦艦の艦長の面影はなかった。この顔は決して部下には見せられない。
雪は面白そうにくすくす笑うばかりだし、愛はまるで大将の首を取ったかのような得意げな顔で、父に宣言した。
「もう遅いわ、パパっ! パパって結構恋愛には不器用だったんだってよぉっくわかったわ。ね、ママ!」
「こ、こらっ! 生意気言うな」
進が参ったと言うような顔で笑い出し、雪も愛も小さな声を立てて笑った。今日も女性陣二人にしてやられた一家の主(あるじ)は、渋い顔で駐車場へと向かった。
3人が自宅へ戻ると、航が学校から帰宅していた。航はリビングで菓子をつまんでいた。
「おかえり、父さん」
「おうっ、ただいま。どうだ?学校の方は?」
「ん? 別に……いいよ」
「そうか」
なんともあっさりとした会話である。男同士と言うのはこんなものなのか、それでなんとなく分かり合っているようなのだから面白い。雪はくすっと笑うと、夫に声をかけて着替えを促した。
二人が寝室に消えると、愛が航に近寄ってさも面白いネタを聞いたかというように話し出した。
「ね、ねっ。航お兄ちゃんっ! それより、パパとママの青春時代の思い出話聞かせてもらったのよ。知ってた?」
「ん……どの話だ?」
「あのパパ達の寝室に飾ってある写真の話! 面白いんだからぁ」
「まあ、想像つくけど…… どうせ付き合う前の母さんに手を伸ばしてぴしっとはたかれたってんだろう?」
事も無げに航は答える。両親の仲のいい話など、あちこちのおじさんおばさん達からよく聞かされた。この写真についての話は聞いたことがなかったが、写真を見れば大体想像つくというものだ。
「うん、それもあるけど、パパったらねぇ……」
愛がさっき母から聞いた話をする。
「あっははは…… 父さんってそんなに気がつかなかったんだ。よくそれで母さんをものに出来たもんだな」
「でしょでしょう!」
また同じ話で盛り上がっている二人の前に、両親が姿を見せた。
「愛、またお前しゃべったな」
二人がくすくす笑いながら自分を見るので、進はむすっとした顔でどっかりとソファーに座った。二人の子供は、父の前に陣取ってまたニヤニヤし出す始末。
雪は、そんな親子を楽しそうに見て、台所でお茶の準備を始めた。
リビングで他愛もない会話をする3人に、雪は入れたお茶を配りながら話し出す。
「あの写真の話は、これで終わらないのよ。その後でもね……」
「お、おいっ! 雪!! まだ話したりないのか!?」
「いいじゃない。あなた達、聞きたい?」
「うんうんっ!! 聞きたぁい!!」
焦る進をそっちのけにして、雪はすっかり乗り気。愛も身を乗り出して話をせがみ、航は声を押し殺して笑っている。
そしてまた…… 雪は夫の隣りに座ると、もう一つの青春の思い出話を語り始めた。
(背景:Anemone's room)