しばらく笑った後で、一息ついた雪が言った。

 「ということで、この写真のせいで起った事件のお話はおしまいっ!」

 笑いをやっと納めた愛が、気になっていたことを尋ねる。

 「ところで、その写真ってどうなったの? 加藤さんって人に持っていかれたっていう……」

 「あの後、加藤さんがあなたから預かってた物だって、私に届けてくれたわ。たしかあそこにしまってあるはず……」

 雪が立ちあがって別室に行った。そしてすぐに戻ってきて、その写真を二人の子供達に見せた。18歳のヤマトの制服姿の雪は爽やかな笑顔を見せていた。

 「ママ、可愛いわ」 「愛になんとなく似てるな、やっぱり」

 子供達が眺める。進もチラッと視線を送る。遠い昔の妻の写真を目を細めて見て笑った。

 「この写真は、帰りの艦内で随分出まわったらしいな」

 「うふふ、そうみたい……ね」

 「そう言えば、これ……南部のおじさんところでも見たことあるよ」

 航が思い出したように言った。

 「えっ!?」 「あいつもか!」

 雪は恥ずかしそうに両手を頬にあて、進は苦笑していた。



 
 写真をしまった雪が、再び進の隣りにきて座った。今度は夫にそっと身を寄せ、愛しそうに見つめた。

 「でもあの日、ママね、初めてパパの寝顔を見たのよ。モニター越しにずっと眺めてたわ。それから、仕事が終わってから様子を見に行ったら、パパぐっすり眠ってて…… とってもかわいかったわ。こんなに気持ちよさそうに寝てるんだから、きっと体のほうも大丈夫だわって安心したのを覚えてる」

 しみじみと思い出すように話す。

 「だってねぇ、あの時あなたが落ちて気を失ったって聞いた時は、もうどうしていいかわからないくらい心配だったのよ。心配で心配で……胸が張り裂けそうだったわ。
 あれからも、あなたには何度もそんな思いさせられたけど……」

 走馬灯のようにあの戦いの日々が浮かんでくる。この時は、なんでもなかった。けれどその後、進が何度も命に関わる危機に出会った姿を、雪はいつも見守ってきたのだ。

 「すまなかったな……」

 夫の視線も優しい。いつも自分を優しく見守ってくれていた妻には、本当に感謝している。

 「いいのよ、いつも無事に帰ってきてくれたもの……」

 見詰め合う二人は、もう自分達の世界に入ってしまっている。
 航と愛が顔を見合わせて苦笑し、「まただ……」と言いながら、何かメモを書いて立ち上がったことすら、気付かない。

 「ありがとう、雪が待っててくれると思うと、いつも心強かった。それに、あの時……実は、俺も見たんだよ、君の寝顔」

 「知ってたわ……」

 「えっ!? そうなのか」

 今まで知らなかったと思っていた進は、少し驚いた。雪はうふふと笑う。

 「私だって宇宙戦士の端くれよ。いくら寝ていたって、誰かが近づいてきたのに気付かないはずないでしょう」

 「ははは、そうか…… あれは、もう朝近かったかな。隣りに寝てるだろう君の寝顔を見たくて……俺は部屋を出たんだ。君は仕事を終えてそのままの恰好で、仮眠用のベッドで眠ってた。気持ちよさそうにすーすー眠ってた。あんまり無防備な顔で寝てるものだから、顔をずっと近づけて……」

 進の顔が真正面に来る。雪が少しはにかんだ。

 「キスしたかったの?」

 「あっはっは、まあね。さすがにあの時は、そこまではできなかったけど……人差し指で君の唇にそっと触れてみた。それから……その指を自分の口に持っていって」

 進もくすりと笑った。

 「指が私の唇に触れたのは気付いていたけれど……もうっ、じゃああの時が私達のはじめての間接キス?」

 「そういうことになるかな?」

 「うふふふ…… やあね、パパったら、ねぇ、愛…………? あらっ? 愛? 航?」

 雪が照れながら、でもうれしそうに子供達に声をかけた。しかし、もちろん返事はなかった。

 「ん?いないな。どこへいったんだ?」

 きょろきょろとした雪は、ふとリビングのテーブルの上の紙切れを見つけた。そこには、走り書きで、
『パパとママへ
お腹空いてきたんだけど、ご飯作ってって言う雰囲気じゃないみたいなので、おばあちゃんのところへ行って晩御飯いただいてきます。ついでに今夜は二人ともあっちに泊まってきます。だから……二人でゆっくり過ごしてくださいっ! 航&愛』
 と書かれていた。

 「まあ、あの子達ったら……」

 雪がそれを読んで頬を染める。二人が思い出話に花を咲かせているうちに、子供達は黙って隣の祖父母の家に行ってしまったらしい。
 が、進は気にした様子もなく、妻を口説いた。

 「いいじゃないか。邪魔したら悪いと思ったんだろう。たまには、夫婦二人でゆっくりすごそう、雪」

 「あら……あなたったら……」

 進は雪をそっと抱き寄せた唇にそっとくちづけをした。優しくて暖かいくちづけ。変わらぬ愛の証。しばらくその味を堪能してから、またそっと二人の唇が離れた。

 「夕ご飯仕度するわね」

 雪が名残惜しそうに立ちあがる。

 「簡単なものでいいぞ。俺は風呂入れてくる。あ、一緒に入るか?」

 「……ええ」

 雪の微笑がさらに妖艶に輝いた。

 「着替えは……用意しなくていいな……」



 その頃、古代家の同じ敷地内にある小さな別棟では、美里おばあちゃんが二人を迎えていた。

 「あら、どうしたの? 今日はお父さんが帰ってきたんじゃなかったの?」

 「うん、帰ってきたよ」

 「でもね……」 愛がくすっと笑い声を上げてから「私達お邪魔虫みたいで……」と言った。

 「なっ!」 航も頷く。

 そして、顔を見合わせてまたくすりと笑った。それを見た美里も、ため息混じりの笑みを浮かべる。

 「あらまあ、またなの?あの二人…… ホントにいくつになったら新婚気分が抜けるのかしらね、もうっ!困ったお母さん達ね。
 じゃあ、今夜はこっちに泊まるのね。さあさあ、お上がりなさい。すぐに晩ご飯の仕度するわ」

 話の雰囲気からすると、こういうことは今日が初めてのことではないらしい。
 美里は、文句を言っているようだが、実はかわいい孫が尋ねてくるのはうれしい。明るい声で二人を招き入れながら、リビングへ戻って行った。

 「お祖父ちゃん、航と愛が泊まりに来ましたよ」

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(背景:Anemone's room)