Reincarnation








 時に西暦2205年11月12日。ガトランティスとの戦いの後、宇宙の平和を乱すものもなく、地球は平和と繁栄を謳歌していた。






 俺は今日もやってきた。ここは……英雄の丘。

 毎年、いや、毎月12日、地球にいるときは必ずここにやってくる。沖田艦長やヤマトの仲間達が、そして雪が……眠るところ。

 俺の心のよりどころ。


 今日も午前中はヤマトの慰霊祭が行われた。それに元ヤマト艦長代理として出席した俺は、午後は休暇をもらった。これも毎年同じように行われる年中行事。

 それからここにきて、日が暮れるまで過ごすんだ。

 18人の仲間たちも、都合がつく限りやってきて、都合がつくだけの時間を一緒に過ごし、そして去って行く。

 俺は午後一番最初にやってきて、いつも……最後まで残ることになる。皆が帰った後、雪と二人でその一年のことをいろいろと話すことが恒例になっていた。

 そう、雪と二人きりで……





 なぁ、雪。君は今何をしてるんだい? 天国で幸せに暮らしているのかい? それとも、もうどこかの誰かに生まれ変わって、新しい命を生きているのかな?

 え?俺かい? 俺は変わらずさ。一年中、宇宙(そら)を飛んでる。宇宙の基地と地球の間を行ったり来たりさ。

 今年も一年間、何事もなく平和に過ぎたね。ああ、それが一番だよな。
 もう二度と誰にも君みたいな運命を背負わせたくないからな。

 あ、そうそう、この間、イスカンダルからの使者が来たんだ。兄さんとスターシアさんは元気だよ。もちろん、娘のサーシャとカメリアもね…… 

 それから、スターシアさんがイスカンダルの未来のために、やっと動き出してくれたよ。地球からの移住者を受け入れてくれることになったんだ。イスカンダルも、そのうち賑やかになるだろう。

 兄さんには移民に志願してこっちに来いって言われたんだけど、俺は断ったよ。だってさ、君と離れ離れになっちまうもんな。宇宙へは行くけど、時々ここに帰って来たいもんな。君のそばに……

 もうそろそろ、みんな来るころだな。今日も賑やかになるぞ。今夜は宴会だ。南部たちがしこたま酒を持ってくるはずさ。そっちでは佐渡先生や斉藤あたりが舌なめずりしてるんじゃないかい?

 もう、5年になるんだなぁ。早いような遅いような……

 けどなぁ、あの頃のことは、まだまだ俺の中じゃあ、昨日のことのように思えるよ。

 なあ、雪……





 5年前のこの日、古代進はヤマトとともに満身創痍で、都市帝国ガトランティスとの戦いに挑んでいた。
 僅かに生き残った乗組員達を退艦させ、自分は一人ヤマトに残った。今は亡き、最愛の人の遺骸とともに……

 目的は一つ。ヤマトをもって敵巨大戦艦に突入し撃破すること。

 進の心に迷いはなかった。ヤマトとともに最期まで戦い、地球を救い、そして最愛の人と星になって結ばれよう。そう決意していた。

 「ヤマト発進!」

 艦長室に座した進は、隣に座らせた物言わぬ恋人を従えて、ヤマトを前進させた。




 その時だった。ヤマトの前にテレサが忽然と表れた。

 「ガトランティスとの戦いには私が参ります……
 私はあなたたちの姿に深い愛を見ました。あの巨大戦艦を滅するのに、この私の反物質の体がお役に立てるでしょう」

 「しかし……私はもう……」

 進は隣に座らせたもう動くことのない雪の姿を見た。生きる意味を失ったのだと、伝えるかのように……
 その視線を追うように、テレサも視線を雪に向けた。

 「いいえ、あなたは生きて下さい。そしてその方を愛する地球に連れて帰ってあげて。あなたの愛するその方を、大好きな地球で眠らせてあげてください」

 テレサの瞳が優しく微笑んだ。しかし進は大きくかぶりを振った。

 「いえ、私は…… 彼女のいない地球で生きていたって……」

 「生きてください! 生きられる命は、最後まで全うしなければなりません。あなたが生きることが、その方の望みではなかったのですか?」

 「!?……」

 進は雪の最期の言葉を思い出していた。生きて戦いぬけ……と。

 彼女はそれを望んでいた。

 (雪……!! 君は俺に行き続けさせたかったのか!?)

 目を閉じたままの雪が、そうよとつぶやいたような気がした。

 ――あなたは生きて、新しい人生を……

 「さあ、早く!!」

 テレサの再度の言葉に促され、進は雪の亡骸を抱き上げて立ち上がった。





 それからのことは、あまりよく覚えていない。気がつけば、まだ動ける救命艇を見つけ、俺は雪の亡骸とともにヤマトを離れていた。

 後ろを仰ぐと、自動操縦になったヤマトが、テレサに付き添うように真っ直ぐに巨大戦艦に向っていた。
 それからほどなく星の彼方で大きな閃光が走ったことだけは、強烈に覚えている。

 ヤマトが消えたのだと…… テレサとともに巨大戦艦を道連れにして……



 地球に戻った俺は、先に到着していた18名の生存者達の感涙の声に迎えられながらも、どうしようもないほどの虚しさを胸に、彼女の亡骸を抱きしめ続けていた。



 それから雪は救急車に乗せられ連邦病院へ向った。が、そこで診察した医師は、当然ながらただその死を確認しただけだった。

 程なく、雪の両親が病院にやってきた。お二人にはなんていってお詫びしていいかわからなかった。
 俺ができることはただ謝ること。

 「申し訳ありませんでした……」

 それしか言うことができず、二人の前で土下座をするばかりだった。
 そんな俺を、二人が激しく責めたてた。

 「どうして、娘を生きて連れて帰ってきてくれなかったんだね!!」

 「どうして娘が死んで、あなただけ生きて帰ってきたの!! よくもおめおめと帰ってこれたもんだわ!!」

 「君を信じていたのに……!! 雪を返してくれ!!」

 「雪はあなたを追って、あなたのために死んでしまったのよ!!」

 「私たちのたった一人の娘を返してくれ〜っ!!」

 交互に投げつけられる言葉は、大いなる悲しみをまとった父と母の心の底からの叫びだった。
 それがどんな非難の言葉でも、俺にとっては甘んじて受けなければならない。なぜなら、その言葉の通りなのだから。

 全ては、俺の責任だ……

 俺は投げつけるように吐き出される二人の怒声を聞きながら、ひたすら土下座し続けた。

 彼女の母親は、俺の前に跪(ひざまず)き、俺の肩を揺さぶり、そして俺の胸をこぶしで何度も何度も叩き付け、言葉を尽くした父親は、悲しみのため呆然と立ち尽くすのみだった。

 ああ、俺はなんてことをしてしまったんだろう……

 彼女を死なせなくないから、彼女を救いたかったから、わざわざ彼女を置いてヤマトで飛び出したというのに……

 それなのに……

 それなのに、彼女をヤマトに乗せ、そして彼女だけを死なせ、俺だけが生きて帰るなんて、とんでもないこと以外の何物でもないじゃないか。

 彼女を失った苦しみと悲しみは…… どんなに非難されるよりも辛いものだった。





 それから、雪は両親に付き添われて家に帰ることになった。
 俺は最期の時まで彼女のそばにいたいと言いたくて、その言葉が喉元まで出てきていたが、二人の刺すような視線がそれを言わせてはくれなかった。

 結局、雪は両親とともに去り、俺は病院の廊下でうつろなまま立ち尽くしていた。

 そんな俺を見て、一人にしておけないという島や南部達に、俺はただ「自殺なんてしないから。心配するな」とだけ答えた。

 そして俺は一人、自分に与えられた官舎に帰った。



 その後、俺は自分が何をしていたのか、いつ寝ていつ起きて、そしていつ食べたのかも、ほとんど覚えていない。ただ、なかなか過ぎていかない時のなかで、無為に過ごしていた。

 意外だったのは、あまり涙が出なかったこと。悲しすぎると涙さえ出ないのだということを、俺はこの時初めて知った。


 一つだけ、心配なことがあった。それは生還したヤマトクルー達のこと。
 司令部の命令を無視して飛び出したヤマトと俺たちは、軍法会議にかけられるだろう。
 だが、とりあえず亡くなった仲間たちの葬儀が終わるまでは、本部も静観のようだ。

 ただ、ヤマトの活躍で地球が救われたことは事実だから、世論が必ず守ってくれるだろうと、冷静な島が励ましてくれたことだけが、少しの気休めにはなったけれど……





 それから二日後、雪は他の乗組員達と合同の葬儀を終え、荼毘に臥された。





 葬儀の日の朝、俺はののしられるのを覚悟しながら、雪の両親の家に赴いた。雪に最期の別れを言うために……

 だが、予想に反して、雪の両親は言葉はほとんど交わしてはくれなかったが、静かに俺を迎えてくれ、棺(ひつぎ)に眠る雪のもとに連れて行ってくれた。

 その時見た雪の死に顔は、美しく化粧を施され、生きているかのように頬に赤みすらさして見えた。そう、まるで眠り姫が100年の眠りについているがごとく安らかで、荘厳なほど美しかった。

 雪……

 棺の中の彼女は、真っ白な死装束に包まれ、胸で結ばれた手元には美しいブーケが置かれている。

 その真っ白な死装束は…… ああ……





 それは……俺との結婚式で着るはずだったウエディングドレス……

 「綺麗な花嫁でしょう……」

 涙で咽ぶ声で、雪の母がそうつぶやくと、雪の両親の前で必死に堪えていた僕も胸が一杯になり、目に涙が溢れて雪の姿が霞んできた。
 自分もこのままこの隣で永遠に眠りにつきたいと心の底から神に祈った。

 だが、今の俺にはそれが叶うはずもなく…… 俺は何とか搾り出すように、「はい」と返事するのがやっとだった。

 悲しみと悔しさで肩を震わせ涙を堪え切れない俺の後ろで、父親の嗚咽も聞こえていた。

 けれど、それ以上誰も何も言わなかった。だぶん……誰も何も言えなかった。





 葬儀は粛々と進行し、それを無事に終え雪を送り出した後、俺は雪の両親にもう一度深々と頭を下げた。

 「どうかお体を大切に……」

 もしあのまま戦いがなければ、今頃はお義父さん、お義母さんとよんでいたはずの二人なのに、今はまるで敵(かたき)になったかのような気分だった。

 「古代君も元気でな……」

 雪の父親がやっとそれだけを、ねぎらいの言葉代わりに俺にくれた。





 その後、俺たちは島の予想通り、今回に限りと厳重に注意された上で、無罪放免となった。
 だが俺は、今回の責任を取って防衛軍を辞めることも考えた。雪を失った喪失感と虚脱感のまま、彼女の思い出だけを胸に静かに暮らそうかと…… そう思ったこともあった。

 けれど、壊滅的な打撃を受けた軍編成を、必死に立て直そうとしている仲間や同僚の姿を見、軍の指令を無視して発進したヤマトと俺たちを、最後まで守り続けてくれた藤堂長官の、ともに地球を守っていって欲しいと懇願する言葉が胸にしみ、結局俺は辞職を申し出ることはできなかった。

 今考えて見ると、かえってそれがよかったのかもしれない。

 少なくとも休みなく働き続けている間だけは、雪を失った悲しみや寂しさ、悔恨の情を心の奥底に押しやることができたから……

 航海の寄航中の僅かな休暇以外、全く休みをとらない俺に、友は働きすぎだと言った。
 それでも俺は休暇を取ることを頑なに拒み、ただひたすらに宇宙(そら)を飛び続けた。



 そんな俺の周りでも、時は静かにゆっくりと、しかし確実に刻み続け……

 一周忌が過ぎ、2年3年と年は巡り、気が付けば、愛する人を見送ってから、5年の月日が経っていた……





  あ、足音が聞こえる。二人分のようだ。雪、誰か来たよ。君と二人きりも夜まで少しお預けだな。





 顔を上げて階段の方を見ると、それは雪の両親だった。その姿に、俺はゆっくりと立ち上がった。

 「まあ、古代さん!」 「古代君!! 元気そうだね」

 雪の両親は、笑顔で俺に手を振ってくれた。

 「森さん…… ご無沙汰しています」

 俺は二人の笑顔に答えるように、少しの笑みを浮かべ頭を下げた。

 雪が亡くなった当初は、俺のことを殺しかねないような目で見てた二人だったが、1年、2年と過ぎるうちに、二人の俺への当たりがだんだんと柔らかくなリ、逆に同情と愛しさをこめたものに変わっていった。

 忘れもしない。あれは雪の三回忌の日のこと。いつものように頭を深々と下げる俺の手を、雪の母親が握り締めた。

 はっとして顔を上げた俺に、二人は雪を連れて帰ってきた当時のことを詫び、逆に雪を地球まで連れて帰って来てくれた礼まで言われてしまった。

 「あの時は訳がわからなくなって、あなたに当ってしまって本当にごめんなさいね」

 「君が一番辛い思いをしたんだよな……」

 と慰めの言葉もくれ、

 「古代さんも、たまにはうちに遊びに来てちょうだいな。三人で雪の思い出話でもしましょう。きっとあの子も喜ぶわ」

 などという優しい言葉までもらった。時が少しずつ、雪の両親の心をほぐしてくれたのだ。それが、俺と雪の両親の和解の日だった。

 雪を失った悲しみは、未だに薄らいではくれないが、少なくともその悲しみをともにできる人ができたことが、俺には嬉しかった。





 それからは、年に数回ではあるけれど、俺は森の家を訪問するようになった。行くたびに、二人は本当の家族のように迎えてくれ、たくさんのご馳走と労わりと愛する人の思い出話と、それからほんの少しの涙をくれた。

 そして今では俺に、そう……まるで息子を見るような、そんな温かい視線を注いでくれている。未だにご両親には申し訳ない気持ちが消えない俺は、その視線だけでも恐縮してしまうのだけれど。

 「3ヶ月ぶりかな? 変わりないかね?」

 「はい、お二人も?」

 「ああ、二人で何とか暮らしてるよ」

 互いの健勝を確かめて笑顔を交換し、それから愛する人の墓碑に向って三人で黙祷をした。
 顔を上げた雪の母親が、突然にこんなことを言い出した。

 「ねえ古代さん、そろそろ新しい彼女できた?」

 「えっ!?」

 茶化したような彼女の言い草に、俺は面食らってしまった。

 「あの子が死んでからもう5年になるわ。もうそろそろいいんじゃない? あの子だって心配してるわよ」

 「いえ、そんな……」

 俺はまだ雪を愛している。新しい女性なんて、考えたこともない。そしてそれは彼女もよく知っていることだった。

 「ええ、あなたが今も、雪のことを大切に思ってくれてることはよくわかっているわ。でも、あの子だって、あなたがずっと一人でい続けることを望んではいないはずよ。あなたに新しい幸せが来ることを祈ってる……はずよ」

 俺を説得しながら、やはり娘のことを思い出してしまったのだろう、最後には涙声になってしまった。

 「森さん……」

 「うう、ごめんなさい。もう泣かないって決めたはずなのに、やっぱりだめね」

 「それは僕だって同じです」

 しんみりとした口調で俺が答えると、今度は父親が口を開いた。

 「古代君…… 雪がいなくなった悲しみだけに浸るのは、年老いた私たちの仕事だよ。若い君は、もうそろそろ卒業した方がいい。君は生きているんだ。これからは自分の幸せを考えないとな」

 「…………」

 お父さんの言葉に、ありがたい気持ちと雪を忘れられない思いとが相まって、俺の胸は一杯になった。

 「古代さん、私たちね、あなたのこと、本当の息子のように思っているのよ。だって、雪が生きてたら、本当に息子になってくれてたんですものね。だからこそ、あなたには幸せになってもらいたいの。親として、息子に幸せになってもらいたいの……ね」

 「……ありがとう……ございます。でも僕は今も雪を愛しています。彼女以外の人なんて今はまだとても……」

 二人の言葉は本当に嬉しかった。心から感謝した。けれど、これが俺の心からの気持ちだった。

 雪は俺が心底愛した女性。初めて恋をして初めて愛したひと。そして最後の恋だと誓った。だからもう、二度とあんなに人を愛することなんてできるはずがない!

 なあ、そうだろ、雪?





 
 その時だった。また階段の方に足音がした。誰か仲間が来たのかと思ったが、その足音はトントンと、やけに軽やかな音だった。

 誰だ……? 子供?

 振り返った俺の前に、階段を駆け上がってきたのは小さな少女だった。

 年のころはまだ4、5歳というところだろうか? 色白の愛らしい顔をした少女で、肩まで伸ばした髪は薄い茶色がかっていた。

 雪の髪の色に似てるな。

 それが俺の第一印象だった。それは森の両親も同じだったらしく、いやそれ以上だったらしく、雪の母親は、

 「まあ、かわいらしい娘(こ)ね。なんだか小さな頃の雪に似てるような気がするわ」

 と思わず微笑んだ。

 そう言われて、俺はもう一度その少女をじっと見た。

 そうか、雪の子供の頃ってこんな感じだったのか、と微笑ましい気分でその少女を見ていると、また階段の下の方から足音が聞こえていた。
 今度は重くしっかりとした足音で、大人のそれのようだった。たぶんその子の親なんだろう、と思った瞬間、母親らしい声が聞こえてきた。

 その声は、俺と森の両親をひどく驚かせるものだった。

 「ユキ!! 待ってちょうだい!」

 「ゆき……?」

 俺たち三人は、思わず顔を見合わせた。ユキって言うんだ、あの子……

 すると、その子は親には返事をせずに、真っ直ぐに俺たちの方にすたすたと歩いてきた。そして俺の目の前に立ち止まると、俺の顔をまじまじと見上げた。

 「こんにちは!」

 「こんにちは、ユキ……ちゃんっていうのかい?」

 俺は、なぜか急に湧き上がってきた不可思議な動揺と興奮がを必死に抑えながら、中腰になって、その少女に尋ねた。
 すると少女は、ニッコリと微笑んでこう答えたのだ。

 「うん!! ねぇ、お兄ちゃんが古代君でしょ?」

 「えっ!?」

 またもや、俺たち三人はびっくり仰天した。こんな小さな少女がどうして俺の名を知っているんだ!?

 すると、そこにやっと階段を上り終えた母親が駆けつけてきた。

 「雪姫(ゆき)!! だめじゃないの、ママがちょっと目を放したと思ったら、いなくなっちゃったりして!」

 「だってぇ、早く行きたかったんだもん!」

 少女はちょっと困ったような顔で、俺の顔を見て、それから母親の顔を見た。母親は、娘が見ず知らずの人に声をかけたことに気付き、恐縮したように頭をペコリと下げた。

 「あ、すみません。この子が何か変なこと申し上げましたか?」

 「いえ、別に……ただ」

 子供の名前を聞こうとした俺より先に、相手の方が口を開いた。

 「あらっ? もしかしてあなた…… 古代さんですか?」

 またもやびっくりした。その女性も俺の顔を知ってるらしい。

 「えっ? あ、そ、そうですが、それをどうして?」

 「まあ、そうなんですね? やっぱり! まあっ! よかったわね、雪姫!」

 母親は娘の方を見てニッコリと笑った。

 「あの……どうして僕の名前を?」

 「あ、すみませんっ。でも古代さんは有名人ですもの……」

 「??」

 目をぱちくりさせる俺の方を見て、雪の父親が苦笑した。

 「確かにね、君の顔は地球中に知れ渡ってるよな」

 「そ、そうなんですか?」

 確かに俺やヤマトの乗組員達のことは、あの当時地球上で大いに話題になった。生きて帰ってきた者についても、そして亡くなった大勢の仲間達の短い人生についても、多くのメディアに取り上げられた。

 「でもこんな小さな子まで?」

 あの頃はまだ生まれていなかっただろう小さな子が俺の名を知っていたことに、まだ不思議が残っていた。
 すると、その母親が嬉しそうな顔でニッコリ笑った。

 「この子、あなたのファンなんですよ」

 「ファン?」

 「ええ、いつの頃だったかしら、父親が持っていたヤマトの伝記や乗組員の写真の載っている本を見て、それからは、もうあっという間に……」

 「そう……なんですか?」

 確かにそんな本が出版されていることは知っていたが、こんな小さな子供まで見ているのか? さらに母親が付け加える。

 「ええ、特に古代さんがお気に入りで、大きくなったら古代さんのお嫁さんになるんだって……」

 俺はびっくり半分で、その小さな少女の顔を見た。子供の頃の雪に面差しが似ているというその少女は、俺の顔を見て嬉しそうに笑った。

 「本当よ、古代君! 雪姫ね、大きくなったらお嫁さんになってあげるの!!」

 ちょっとオマセなこの言葉には、俺も森の両親も思わず笑ってしまった。

 「ははは…… そうか、僕のお嫁さんになってくれるのか、それはうれしいな」

 「だから、古代君。雪姫が大きくなるまで、待っててくれないとダメよ」

 今度は真剣な眼差しで俺をじっと見た。とんでもないことだけど、俺はこの小さな少女のその瞳に、ドキリとさせられてしまった。
 いや、決して性的なことではなくて、その真剣さ度合いが伝わってきたような気がしたのだ。

 だから俺も、真面目な顔で答えることにした。少女の視線にあわせられるように、しゃがみこんで、こっくりと頷いた。

 「ああ、約束するよ」

 すると少女は、さも嬉しそうにニコニコと微笑んで、その小さな手を小指だけを突き立てて差し出した。

 「じゃあ、指きりっ!!」

 「わかった!」

 ゆ〜びきりげ〜んまん、う〜そつ〜いたら、は〜りせんぼんの〜〜ます、ゆ〜びきった!!

 俺と少女はしっかりと指切りをし、森の両親と少女の母親がニコニコしながら、その様子を見つめていた。





 それから雪の母親と少女の母親が世間話をし始めた。少女はたくさんの遺影の一つ一つを覗き込んではニッコリ笑っている。まるでその一人一人と挨拶をしているようだった。

 雪の母が少女のことを尋ねた。

 「あの……お子さん、ユキさんっておっしゃるんですか?」

 「ええ、そうです」

 「ユキは、冬に降る雪っていう字ですか?」

 「ええ、そうなんですけど、その雪に姫って書いて、ユキって読ませるんです」

 「雪の姫でユキちゃん…… まあ、かわいらしい名前ですね、今おいくつですか?」

 「5歳になりました、ちょうど今日で。あの子、今日が誕生日なんです」

 「えっ! 今日が……!?」

 俺は今日で5歳というのに思わず反応してしまった。それは雪の両親も同じだったようだ。
 母親は急に反応を示した俺達を見てびっくりしていたが、すぐにはっと気がついたようだった。

 「ええ。あっ、そうでしたね…… 今日はヤマトが…… そうなんです。あの日、ヤマトが地球を救ってくれた日に、この子は生まれたんです。
 ほんとは予定日にはまだ2週間もあったのに、急に産気づいちゃって…… こんな大変な時に産まれるなんてどうしようって、すごく焦りました。
 でも、この子が産まれた直後に、ヤマトが最期の戦いで敵をやっつけてくれたって聞いて、まるでこの子が平和を連れて来てくれたみたいだねって」

 母親の話に耳を傾けていた俺たちは、思わずその数奇な運命に驚いていた。

 雪がまさに命を終えたとき……この少女はこの世に生を受けたのだ。

 「そうなんですか……」

 「雪の生まれ変わりみたいね」

 雪の母が、俺の気持ちをそのまま言葉にしてくれた。雪の父もこっくりと頷いた。

 「ユキ?」

 「ええ、私たちの娘なんです。この娘(こ)なんですけど……」

 雪の母が、雪の遺影を愛しさを込めて指し示した。

 「じゃあ、あの戦いで?」

 「ええ、今日が命日なんです」

 「そうなんですか…… ユキさんとおっしゃるんですね。でも不思議…… 本当にこの子が生まれ変わりみたいな気がしてきましたわ……
 実は、この子の名前、最初は別の名前を考えてたんです。でも産まれてきた子を見ていると、なぜだか『私の名前はユキよ』って言っているような気がしてきて、それも主人も同じ気持ちになったって……
 だから、名前を「雪姫」にしたんです」

 再び俺たちが驚く番だった。そんなことが現実にあるとは思えないけれど、何もかもが雪が生まれ変わったのではないかと思わせるものだった。

 「まあっ!……」

 「そうか、雪の生まれ変わり……か」

 「また幸せな子に生まれたんですね……」

 「ああ……」

 雪の両親が、そばで遊ぶ少女をじっと見つめた。俺も見ていると、少女は一目散に俺の方に駆け込んできた。

 「お兄ちゃん! 大好きっ!!」

 飛び込んできた少女を、俺が軽々と抱き上げると、少女はさも得意そうな顔でニッコリと微笑んだ。

 「古代さん、これで安心したでしょう? あなたも自分の幸せをみつけないとね!」

 少女を抱く俺に、雪の母がニンマリと笑って言った。

 「そうですね、お母さん。でもあと15年ほど待たないとだめですね」

 「?」

 不思議そうな顔をする三人に、俺は少女に笑顔を向けながらこう答えた。

 「雪姫ちゃんと約束しましたからね、彼女が大きくなったらお嫁さんにするって……」

 それを聞いた森のお母さんが、くすくすと笑った。

 「古代さんったら…… もうっ、冗談ばっかり、うふふ……」

 森のお父さんも、わははと笑い、そばにいた雪姫ちゃんの母親も一緒になって笑いだした。





 5年目の命日には、こんな楽しくてちょっと不思議な出来事があった。これもきっと雪が取り持ってくれた縁なのかもしれない。

 しばらくして少女達も雪の両親も帰り、その後続々とやってきた仲間たちと、酒を酌み交わしながら、亡くなった奴らの思い出話に花を咲かせたのだった。
 もちろん、俺は今日出会った不思議な少女の話も皆にして聞かせた。

 「はぁ〜 それじゃあお前、その子が大人になるまで結婚しないで待つってのかぁ!?」

 「あははは…… 幼な妻ってのも乙なもんじゃないですかぁ」

 「うえぇ〜 おさなづま〜!?」

 島があきれ気味の声で言い、南部がニヤリ、相原ときたらドギマギしている。だがもちろん、俺を含めて誰もそんなことを本気で考えている奴はいなかったけれど……





 こうして5年目の命日も過ぎ、6年目、7年目も過ぎていった。

 時は刻々と流れていく。

 島や相原、そして太田も…… 仲間たちが次々と結婚して行く中でも、俺は新しい恋を見つけることはなく、もちろん結婚することもなかった。

 森の両親や島たちは、ことあるごとに、そろそろ新しい相手をと言い出す。その度に俺は5年目に出会った少女の話を持ち出しては、

 「雪姫ちゃんが大きくなるのを待つ約束したからな、だめなんだよ」

 と言って、はぐらかすことにした。

 これはなかなかいい言い訳になった。
 誰も、名前以外どこの誰だかもわからない20歳も年下の少女と俺を、本気で結び付けようとする者はいないけれど、かといってそんな約束など……と言ってバカにすることもなかった。

 たぶん、雪が亡くなった日に生まれた同じ名前の少女という数奇な縁の話だったからだろう。

 そしてそれは、俺が今も、雪を、雪だけを愛し続けていることを自他共に認める証明でもあったのかもしれない……





 それから月日はさらに経ち、あの日から13年後の11月12日のこと。

 38歳になってもまだ独身を貫き続けていた俺の前に、18歳に成長したあの少女が再び現れることなど、誰が想像していただろうか。

 英雄の丘で、その日も行われようとしていた俺と雪の二人きりの会話が始まる直前、あの雪姫がやってきたのだ。


 「古代君……お待たせ! 今日で私も18歳になったわ。やっとあなたのお嫁さんになれるのよ!!」

 高校の制服姿の雪姫がそう宣言した。ちなみに、今の時代の結婚可能年齢は、男女とも18歳と地球連邦の法律で決められている。

 その言葉に驚いた俺の素っ頓狂な顔は、一生忘れられないと、今でも雪姫は時々笑っている。





 それから、何がどうなったのか自分でも訳のわからないうちに、雪姫の言葉の通り、程なく俺と雪姫は結ばれ、ごく内輪で結婚式をあげた。

 信じられない話だが、雪姫は本当に雪の生まれ変わりだというのだ。なぜなら、なんと彼女は森雪だった頃の記憶さえもきちんと残していたのだ。

 彼女曰く、年を重ねていくにしたがって、雪だった頃の記憶が鮮明になっていったと……

 本当に不思議なこともあるもんだと、俺も雪姫もこの世の不思議を強く感じるしかなかった。

 俺が雪を思う心と、俺を思う雪の心が作り出した奇跡だったのかもしれない。



 もちろん、その話を本気で信じてくれたのは、ヤマトの仲間と森の両親だけで――俺だって最初は半信半疑だったのだから――俺は20歳も年下の若い娘をかどわかした悪い奴だと、軍の同僚達に散々からかわれる羽目になったのは、ご愛嬌というところだろうか。

 確かに、例え心が雪だったとしても、その年の差は俺の心を決めるのを躊躇させるには十分だった。自分でも犯罪に近いんじゃないかと不安になったこともあった。

 だが、それを乗り越えられたのは、ひとえに雪姫の深い愛情と強い意志のたまものだった。





 こうして俺と雪――今は雪姫だが――は、初めて会ってから20年という月日を経て、やっとのことで結ばれたのだった……



 

Fin



 いつだったか、もう何年も前のこと、BBSでもしも……の話をしていた時に、「もし古代君だけ生き残って帰ってきたら……」というifの話題が出ました。その時思いついたのが、このお話の構想でした。
 それから、頭の中では何度もこの話はストーリー化されていたのですが、実際に書くことはなかったんです。

 でも急にそれを書きたくなって、一気に書いてしまったのが、この作品です。

 私の作品にしては、ちょっとばかり異質なものになりましたが、年の離れたカップルってのが、ちょっと新鮮だったりします(笑)

 20歳も年下の雪ちゃん(雪姫ちゃん)に翻弄される古代君の姿を想像しては笑っちゃうのです。

 ね、皆さまもそう思いません??


 ちなみに、この世界はアナザーワールド。中年に差し掛かった古代君の儚い夢だったりしてね! 例えばこんな風に……



 「なぁ〜〜んてのはどうだ?」

 「やぁよ、それ〜〜〜!」

 「だから、君がもし私が先に死んじゃってたらどうなったかしら、って言うからだろ!」

 「もうっ、ずるいわ、あなたったら! 自分だけ娘みたいなわっかい娘と結婚しちゃうなんて!!」

 「わっかい、って、それは君だったんだからいいじゃないか! 君を思い続けてずっと待ってた俺って健気だろ?」

 「どこが健気よ〜! 中年のおじさんの妖しい妄想だわ!!」

 「うぐっ…… 」

 (微妙に当っているところがあったりして言い返せない古代の旦那だったりして!?)

 「だいたい、そういう展開なら逆のほうが信憑性あるわ。だって、あなたの方が今までに何度も死ぬ目にあってるんですもの」

 「なんだよそれ!? ってことは、俺を殺して、若い男とってか!?」

 「うふふ、だから生まれ変わった若いあなたと……うっふん!」

 「それは絶対だ〜〜〜〜めだ〜〜〜〜〜!! そんなことは許さぁ〜〜〜〜ん!」

 「あっ、きゃんっ♪」

きゅっ、ブチュッ、どたん、ばたんetc……



 自分で自分にやきもち妬いているような二人でしたね! 後は勝手にやっててもらいましょう〜〜〜(*^^*)/~
2006.11.16   あい

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