Second Anniversary には花束を……

 
 あのアクエリアスの事件から2年余り、地球は平和な時を刻み初め、ヤマトと共に戦った戦士達も、今はそれぞれ自分の幸せを掴もうとしていた。

 古代進と森雪も、一昨年に結婚し、昨年は念願の初めての男の子、守を授かり、平和な家庭を築きつつあった。

 時に、2207年の1月……

 年が明けてまもなくの、ある日のお昼時のこと。森雪―職務上は、旧姓を使用している―は、同僚の相原晶子と一緒に食堂に来ていた。

 雪は日替わりのハンバーグ定食、晶子はチキンカツセットをそれぞれトレーに乗せて席に着いた。
 食事をしながら、とりとめもない話を始めるが、最近の二人の会話はすぐに子供の話題になってしまう。
 なぜなら、雪には、もうすぐ5ヶ月になるかわいい盛りの守がいるし、晶子のお腹には、相原との新しい命が宿っているのだ。

 「守君、もう離乳食始めたんでしょう?」

 晶子が尋ねると、雪は食事の手を止めて微笑んだ。
 守は今、保育所に預けられていて、送り迎えは、雪の母、美里がしてくれている。
 雪は、出勤前に母に預け、そして帰宅時にまた連れて帰る。かわいい孫のため、若いおばあちゃんは今、大張り切りで育児を手伝ってくれているのだ。

 「ええ、とっても食がいいの。何を食べさせてもやだってこと言わないのよ。まだ、少し早いくらいなのに、もっと欲しそうな顔をするから困っちゃうわ。
 保育所の先生も母も、やりよい子だって言ってくれてるし。でもほんと、誰に似たのかしらね、うふふ」

 「大食漢はパパ似……と言いたいところですけど、雪さんもそのスリムな体で良く食べられるし……」

 晶子が意味深な笑みを浮かべて、雪を見る。

 「まあっ!言ったわね!! でも、あってるんだから、言い返せないわ」

 「でしょ? うふふ……」

 二人で肩をすくめてクスリと笑う。
 そして今度は、雪の視線が、晶子の下腹部に移った。優しい眼差しになる。

 「晶子さんも、少しお腹わかるようになってきたわね」

 「そうですか? でも、最近少し動くのがわかるようになってきたんです。義一さんなんて、もう毎日一生懸命この子に話しかけてるんですよ」

 晶子がそっと自分のお腹に手を添えて微笑んだ。その顔は既に母の顔になっている。幸せそうな二人に、雪も微笑んだ。

 「ふふっ、相原さんなら、いいパパになりそうだもの」

 「ええ、でも古代さんだって…… 色々聞いてますよ」

 晶子がやり返す。それには雪にも反論はない。進は、不器用ながら父親としていつも一生懸命やってくれる。もちろん、守への愛情はピカ一だ。

 「ふうっ、まあね。もうすっごく親ばかで困っちゃう。宇宙から連絡がきても、まずは『守はどうしてる?』から始まるのよ。で、起きてたらTVの向こうで守をあやすのに大忙し!」

 身振り手振りで説明する雪の仕草に、晶子は思わず噴出した。

 「うふふ…… 目に浮かびそう。素敵だわ。古代さんって奥様のこともお子さんのことも、とっても愛してるって感じで」

 「子供のことはそうだけど、守が生まれてからは、奥様の方は、あやしいものだわ」

 「まさかぁ。あの古代さんに限って…… だって、それも義一さんから色々聞いてますわよ」

 古代夫婦の仲の良さは、仲間内では定評がある。進の愛情表現には、いささか難点があるものの、心の中では最高に妻を愛している。そのことは、誰にも疑う余地はない。
 晶子の言葉に、雪はポッと頬を染めた。愛する夫の姿が思い起こされる。普段はとぼけているが、いいムードになったときに進は、最高に魅力的なのだ。

 「やだわ、何のことかしら……」

 「うふふ……いろいろです! あっ、そう言えばもうすぐ結婚記念日でしょう? ちょうどその頃、旦那様地球に帰って来られるんじゃないですか?」

 晶子の指摘の通り、進の今度の帰還予定日は、1月15日、二人の結婚記念日当日だった。
 ところが、雪は、ふうっとため息をついて、浮かない顔をした。

 「そう、それなのよねぇ。彼、きっと忘れてると思うわ」

 「えっ、そんなこと……」

 「それがあるのよ! だいたい、彼って結婚する前から、そう言う記念日とかイベントとかには、とっても疎かったのよ。
 クリスマスとかホワイトデーとかって言っても、何をしていいのかわからなくって、それこそ相原さんや南部さんに突っつかれてやっとだったらしいわ。
 それに、去年の結婚記念日なんかねぇ……」

 ちょっと聞いてちょうだいとばかりに、雪の口調が勢いづいてきた。そういう話は、女性は大好きなものだ。晶子も興味津々で続きを促した。

 「どうだったんですか?」

 「それがね、彼、ちょうど宇宙にいたのよ。それは仕方ないわ、仕事だものね。でも、当日くらいは連絡してくれてもいいと思わない?それなのに、なしのつぶて。
 せめて、帰ってきてから何かしてくれるかもって思ってたの。で、2日遅れで帰ってきたその日、おみやげだってポンと渡されて……。あ、これが記念日のプレゼントなんだわって、わくわくしながら開けたら、何だったと思う!!」

 「さあ……」

 晶子は首を傾げた。雪の口調からすると、とてもプレゼントとはいえない代物だったらしいが、想像がつかない。
 と、雪は、ぱくりと目の前の定食のハンバーグを一かけ口に放り込んでから、フォークをバンとテーブルに置いた。

 「まだ生まれてもいない子供のおもちゃだったのよ!」

 「ぷっ、まぁっ……」

 吹き出す晶子の顔を見て、雪もつられて微笑んだ。

 「ほんとあきれて笑っちゃったわ。で、おとといは何の日だったか知ってる?って尋ねたの。それでもすぐに思い出せなくて、しばらく悩んでから、やっと気が付いたみたいで、ムッとしてる私の顔見て、そこで初めて真っ青になってたわ。昨日までは覚えてたんだけど、なんて言い訳してたけど、あやしいものだったわね。
 その代わり休暇中は、彼ずっと私の言いなりだったけどねっ……うふふ。
 だから、ね、今年だって期待できないのよ、ぜ〜〜んぜん!」

 と、雪は文句を言っている風だが、顔は怒っていない。あきれ顔の晶子の顔を見て、反対に笑っている。
 晶子としては、少し意外だったらしい。さすがの相原も、進のこんな鈍感なところは、妻には話していないようだ。
 晶子にとって、古代夫婦は仲人でもあり、いつも愛し合って労わりあう理想の夫婦だった。

 「そうなんですか? いつもアツアツのお二人だから、きっと素敵な一日を過ごされたと思ったんですけど……」

 晶子の質問に、雪は肩をすくめて首を振った。

 「結婚前はそれでもなんとか色々と考えてくれてたところもあったのよ。それと、結婚半年の時は、なぜか覚えてくれてて、旅行に連れて行ってくれたわ。でも、そこまでが限界だったみたい。だからもう彼にはそういうことを期待するのはやめることにしたの。
 ね、ところで、晶子さんところの1周年はどうだったの?」

 「えっ!? ええ……」

 突然に切り返された晶子は、ぽっと頬を染め、それを隠すように、両手を頬にあてた。結婚して1年以上たった今も、彼女は実に初々しかった。

 「やだ、赤くなっちゃって…… うふふ、そちらこそ素敵な一日だったのね。どんなだったの? 教えて! 晶子さんところも、うちと同じでもうお腹に赤ちゃんいたのよね」

 「ええ…… でもなんとかつわりは収まってたころだったので、レストランに食事に連れて行ってもらいました」

 「まあ、いいわねぇ。どんなレストランだったの?」

 「ええ、こじんまりしたイタリアンのお店で……」

 晶子が店の説明をする。雪は興味深そうに頷きながら、聞いた。

 「まあっ、よさそうなお店ね、私も一度行ってみたいわ。相原さん、よくそういうお店を見つけられたわね。やっぱり、奥様への愛情かしらねっ!」

 「そんなこと……」

 と言いながらも、嬉しそうに顔をほころばす晶子に、雪は続けて尋ねた。

 「それにもちろん、プレゼントとかも貰ったんでしょう?」

 「ええ、お花とペンダントを……」

 嬉しそうに微笑む晶子は、幸せで輝いている。仲人としてはとてもうれしいことだが、同じ女性としては……相原のこまめさがちょっぴり羨ましくもある。

 「まあ、素敵。ほ〜んと羨ましいわ」

 「そんなこと…… 雪さんはどんなのが理想なんですか?」

 ぽっと頬を染めたまま、晶子が聞き返した。尋ねられて、雪はちょっと空を向いて考える。

 「そうねぇ。私も、どこか素敵なレストランで食事でもしたいわ。プレゼントは……バラの花束なんて素敵ねぇ、うふふ…… でも、うちの旦那じゃ、花なんて絶対無理!」

 「でも、古代さんっだって、お花をくださったことあるでしょう?」

 そう言えば、と雪は何年か前の誕生日のことを思い出した。

 「たった一度だけね、結婚する前の誕生日に。彼は不在で、花屋さんから届いただけだけど。それでも、手紙とプレゼントの指輪が入ってて…… ああでも、今から思えばあの頃が一番幸せだったのかもしれないわ。なつかしいわぁ。
 だけど、もうきっと無理よ。元々花束なんてガラじゃないし、その時も1年越しで私が頼んでたからだったし…… 今なら子供のおもちゃにしか目が行かないと思うわ」

 「そんなことないですよ。きっと帰ってきたら、去年の分もロマンチックに決めてくれますわ」

 晶子の熱心なフォローに、雪は微笑みながら、首を軽く左右に振った。

 「あはっ、無理無理。期待はしないけど、でも一応待ってみるわ」

 「古代さん、きっと今ごろくしゃみされてますね?」

 「うふふ…… かもねっ」

 二人はまたくすくすと笑いあって、再び残りの食事に手をつけ始めた。

 同じ頃、噂の夫古代進は、地球への帰途の途にあった。その日の任務も無事終了して、まもなく木星ガニメデ基地に到着予定だった。

 「ぶぁっくしょ〜〜〜ん!!」

 突然、大きなくしゃみが聞こえて、艦橋のクルーが艦長席を振り返った。その中の一人が、艦長の進に声をかけた。

 「古代艦長、風邪ですか?」

 「いや、そんなことはないんだけどなぁ。きっと誰か俺の噂してるんだ」

 鼻を指でひとこすりして、進は笑った。それにつられて皆も笑顔になる。そして、クルーの一人が冗談を言い始めた。

 「また、若い女性たちが艦長の噂でもしてるんじゃないですか?」

 えっ?と言う顔をして、それから進は頭(かぶり)を大きく振った。

 「まさか、俺は妻子持ちだぜ。もう女にはもてないよ」

 「またまたぁ。結婚してたって、古代艦長は人気があるんですから」

 進はまだ25歳。男の盛りはこれからである。となれば、結婚していても、地球のヒーローを、周りの女性はほってはおかない。
 と言っても、本人にてんでその気はないし、その上、その妻が司令本部一の美人とくれば、簡単に手を出せるものでもなかった。本人のいないところで、騒ぐくらいが関の山だ。だから、進本人は自分のそんな人気は全く知らないのだ。

 「そうなのか? 知らなかったよ」

 「あっははは…… 艦長は、奥様一筋ですからね。僕だってあんなに綺麗な奥様ならそうなりますけど……」

 「ん? ふふん、まあな」

 進が照れ笑いする。雪の外見に惚れたわけではないが、やはり妻の美貌を誉められるのは嬉しい。
 そんな時の顔は、進がいつも見せる厳しい艦長としての表情とあまりにも違いすぎて、クルーたちは顔を見合わせて潜み笑いがもれてしまう。

 「もうっ、ニヤニヤしちゃって…… もうすぐ地球帰還だし、楽しみですね、奥様とお子様に会われるのは」

 「ああ、守はまた大きくなって重くなっただろうなぁ」

 進は、数日前に画面を通して会った守の姿を思い起こしていた。愛くるしい顔で手を伸ばすその姿は、進の帰巣本能をくすぐった。

 それぞれのクルーたちも、家族の姿を思い出して、地球への郷愁を募らせていた。

 その2日後、進たちの艦は、最後の寄港地火星基地に滞在していた。今日1日ここで停泊した後、明日15日の午後には地球に帰還する予定だった。
 火星基地での任務も終え、基地内の施設で休養しているところに、基地の職員がやってきた。

 「古代艦長、地球から通信が入っています。コスモエアポート通信室の相原主任からです」

 「わかったすぐ行く」

 「了解! プライベート通信だそうです。第5通信室をお使いください」

 進が指定された第5通信室に入ると、相原は既に画面の向こうにいた。後ろに誰もいないところを見ると、相原も個室からかけているようだった。
 進は椅子に腰掛けると、すぐに尋ねた。

 「どうした、相原? こんなところまで連絡してくるなんて珍しいな。何かあったのか?」

 進が怪訝な顔をすると、相原が慌てて答えた。

 「いえ、悪いことは何もありませんから、ご心配なく。ちょっと聞きたいことがあったんで……」

 雪や守に何かあったのではないと知って、進は安心した。

 「なんだ? じゃあ、酒の誘いか? それとも、ああ、子供のことか? お前もあと半年もすれば親父だもんなあ。何でも聞いていいぞ」

 安心すると、今度は一気に冗談がでる。相原も子供の話題になって、思わず声を出して笑った。

 「ははは…… 飲みにも行きたいし、それも聞きたいですけど、今日は違うんです。あの……古代さん、明日帰還日ですけど、帰ったらどうするんですか?」

 「え? どうするって? まっすぐ家に帰るつもりだ。早く守に会いたいからなぁ」

 進には相原の質問の意図が見えない。どうしてそんなことを聞くのかと不思議そうな顔で答えた。
 しかし、進のその返事で、相原は眉をしかめた。

 「……雪さんはどうなんですか?」

 「雪? どうって、そりゃあ雪にも会いたいさ」

 「それだけですか?」

 頭にクエスチョンマークが並び続けている、とぼけ顔の進とは正反対に、相原の顔はどんどん険しくなっていった。その顔を見て、とうとう進も痺れを切らせた。

 「それだけって? なんだよ、お前、回りくどいこと言うなよ」

 「ああ、もうっ!」 相原が、がしっと両手で頭を抱えて俯いてから、おもむろに顔を上げた。「1月15日って何の日かわかっていないんですか!」

 「15日? ん?なんかあったっけなぁ?」

 「はぁ〜、やっぱり雪さんの言うとおりだ」

 がっくり肩を落とす画面の向こうの相原を、覗き込むように進が首を伸ばした。

 「やっぱりってなんだよ?」

 今度は一転、相原の顔が厳しい顔で迫ってきた。

 「一昨年の1月15日!!古代さん何してたんですか!」

 「おととし……の1月15日? ……(約5秒の沈黙)……あ、ああっ!」

 一昨年のその日、進はまな板の鯉になっていたのだ。大きな喜び幸せ、緊張と気恥ずかしさに包まれた1日だった。そう、二人の結婚式の日である。

 「やっと思い出しましたね!」

 相原は、相変わらずの進の様子に、あきれた顔で苦笑した。

 「ち、ちがうっ!別に忘れていたわけじゃないさ。今一瞬忘れてただけで……」

 焦って答えた進のそれは、完全に言い訳だった。年が明けたら結婚記念日だと言うことは、なんとなく心にあったのだが、任務中にはそういうことはすっかり失念してしまっていた。
 そんな進の性格をよく知っている相原だから、進の発言に疑わしそうな視線を送ってくる。

 「本当ですか? 雪さんが晶子にこぼしてたらしいですよ。古代さんのことだから、結婚記念日なんてきっと忘れてるに違いないって……」

 「うっ…… いや、その……」

 言い返せない。実は、それが正解なのだ。ある意味よくわかった女房なのだから、良いのだが……
 しかし、今日の相原は、それで許してはくれなかった。さらに糾弾の手を強めた。

 「去年も忘れてたんですってねぇ。初めての結婚記念日を!」

 「いや、その……まあ、なんだ。あの時も前の日までは覚えてたんだ。電話くらいしようと思って…… それが、ちょっとした事故があったもんで、それですっかり忘れてしまってだな……」

 痛いところを突かれた進の返答は、しどろもどろになる。

 「ああ……やっぱり。もう、雪さんに愛想つかされるのも時間の問題だなぁ。帰ったら、雪さんが守君連れて実家に帰ってしまってたりして……
 結婚してからも、男どもの雪さんへの評判は上がる一方だし、そのうちきっと、雪さん、まめな優しい男についふらっと……」

 これは本気で言っているのではない、ただの脅しだ。しかし、空を使うように視線をはずして、ぶつぶつとつぶやく相原の話には、さすがの進も顔色を変えた。

 「お、おいっ! 相原、脅すなよ!! お、俺だって何も考えてないわけじゃあ……」

 その言葉を聞いて、相原はさっと進を見てニヤリと笑った。

 「あっ、もちろん、そうでしょうねぇ。わかりました! とりあえず僕は古代さんが結婚記念日を「覚えている」ことが確認できればいいんです。
 晶子が「本当に記念日を忘れているんじゃ、雪さんがあんまりかわいそうだ」って心配するもんだから、わざわざ電話してみたんですが……
 もし何もしてないんだったら、レストランの予約くらいお手伝いしようかと思いましたけど、余計なお世話でしたね。
 お仕事中失礼しました。じゃあどーも……」

 相原は、済ました顔で言いたいことだけを言って、通信スイッチをオフにしようと手を伸ばした。
 と、とたんに、進は慌て出した。相原の想像の通り、実は全く準備などしていない。今はもう、友人の差し延べてくれる救いの手に、すがるしかないのだ。そう、雪に愛想をつかされる前に……

 「えっ!? あっ…… ち、ちょっと待て! 待ってくれ!! いや、そのっ、待ってください、相原くぅん!!!」

 最後は、両手を合わせて拝み倒す進の姿に、相原も苦笑気味に、息を一つはいた。

 「……ふうっ、なんでしょうか?」

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(背景・切分線:Flowers(現、見晴橋粗材製作所))