She is Too Young!?



はぁ〜〜〜

 春だから眠くてあくびをしてるんじゃないぞ。最近よく出るんだよなぁ、ため息。
 実は……あることで俺はとても悩んでいる。

 俺は南部康雄、24歳――今年で25になるが。元宇宙戦艦ヤマト戦闘班砲術担当チーフ。現在は、輸送艦の護衛艦艦長の任に着いている。
家族は両親。迷惑なことに、父親は世界的規模の大会社南部重工の総裁なんてものをやっている。

 と、これはまあ、俺の簡単なプロフィールという事になる。父の仕事は継がないと宣言しているし、仕事の方は充実しているというか落ち着いているというか、今のところ全く問題はない。

 ところが……だ。問題はプライベートの方にあった。

 俺、南部康雄という男は、一端のプレイボーイのつもりだった。付き合っているガールフレンドの数は常に複数。その中で少しばかり深い付き合いなどをしている相手もいたりする。もちろん、相手もそれを承知の上の大人の男と女の恋のさやあてを楽しむわけだ。
 だから、女性だってそれなりに経験のある大人を選ぶ。そして、あまり深入りしないうちに、綺麗に別れて――またはただの友人に戻って――また次の相手を見つける。そんな生活を続けていた。

 ヤマトの同僚達は、古代進を始め、相原も島も太田も最愛の人を見つけて、幸せ街道まっしぐら。ちょっとばかりうらやましくもあったけれど、俺は俺の道を行くってことで、そんな生活を続けていた。
 そう、去年の秋までは……


 暗黒星団帝国に地球が攻められた時たまたま救った少女と再会したのが、事の発端だった。
 その少女と俺は、あるパーティで古代夫妻の策略?で再会を果たし、互いの無事を喜びあった。そして、その気持ちが互いの心をときめかせて、恋に発展?と……行くわけにはいかなかった。

 実は、俺と彼女の間には大きな問題があった。
 その少女の名は、揚羽星羅。あの揚羽コンツェルン総裁揚羽蝶人の一人娘だ。兄の武は俺とヤマトで同僚だったが、ボラーとの戦いで戦死し、星羅が揚羽のあとを継ぐたった一人の後継者となった。
 つまり、星羅は俺の一番嫌いな金持ち集団のそれもド真ん中にいる人間だと言う事だ。俺だって同じ立場ではあるんだが、親父にははっきり跡を継がないことは告げてある。
 だが、それはまあ百歩譲ってあきらめよう。どんな世界にいようとも、俺は俺だし、星羅は星羅だ。幸い、彼女自身そんな環境にいることを自慢しようなんて全く考えていない素晴らしい女性だった。

 じゃあ、一体何がそんなに問題なのかというと…… それは、彼女がまだ15才で、この春高校生になったばかりということなんだ。
 高校生だぞ、高校生! それも、ほんの数ヶ月前までは中学生だったんだ。信じられないだろう? 9歳も年下のまだひよっこだぜ。
 当然、南部君が付き合う相手じゃないだろう? なあ、そう思わないかい?

 まあ、それでも、最初は再会したことが嬉しかったし、星羅も俺のことを慕ってくれた。両親も喜んでいたし、しばらくこのかわいいお嬢さんのお相手をしてあげるのもいいかな、なんて思っていたんだ。

 それからの地球に戻ってきてのたまの休日は、家に帰ると、そこには必ず彼女がいた。
 俺の両親とすっかり仲良くなった星羅は、俺がいない間も足しげく通って来ては、俺の母から料理やらマナーやらを習っているらしい。娘のいない母は若い娘を相手にするのがやけに嬉しいらしくて、せっせとかわいがっている。
 そして俺が帰ってくると、やれ勉強を教えてやれだの、どっかに連れていってやれだのが始まる。まあ、俺としても別に嫌いな相手じゃないし――どっちかというと好きなんだが――最初は軽くOKしていた。

 初めてのデート(って言うんだろうか?)は、さすがに中学生らしく遊園地。まあ今時の遊園地ってのは、けっこういい年のカップルだって楽しめるようになっているし、俺もそれなりに楽しんではいたが、やっぱり中学生の好みっていうのは、なんともかわいらしいものだ。
 遊園地のショップで星羅が目がいく品物は、とてもじゃないが、今までのガールフレンド達にプレゼントしようものなら、ぶん投げられそうになるようなものばかりだった。

 結局、星羅への最初のプレゼントは、ねずみをモチーフにしたその遊園地のキャラクターのぬいぐるみと相成った。彼女の顔の大きさと変わらないほどの大きなぬいぐるみを抱えて、どんなに嬉しそうな顔をしたことか…… それを見ただけで、買ってあげて良かったと心から思った。娘を持つ父親の心境じゃないかとは、思ったけどね。

 それからも、いろんなところへ連れていってやったさ。ドライブ、コンサート、レストランetc…… さすが揚羽の娘だよな、その点は感心した。15歳にしてはきちんとなんでもできる子で、どこへ連れていっても恥ずかしくない。
 だけど、時折見せるかわいらしい反応振りを見るたびに、その若さを、というより俺の方の年を痛感させられるんだ。
 そりゃあ、俺だってまだ若いつもりだよ。けど、10代の頃のはじけるような若さってのには、さすがにもうついて行けない気がしたんだ。

 だから……星羅と再会して半年あまり。本当にこんな風に付き合いを続けていていいんだろうか、と悩み始めたというわけなんだ。
 まだまだハイティーンになったばかりの彼女には、もっと年相応のふさわしい相手がいるんじゃないだろうかって思うと、こんな俺が相手してちゃ悪いような気もしてくる。

 特にそれを痛感したのが、彼女の高校の春の学祭だった。模擬店をするから見に来てくれって言われて行ったんだけど、同級生達とふざけあったり笑いあったりしている彼女は、まさに女子高生で――当たり前だ!――隣にいる同じ年頃の少年達と並んでいる方が、ずっと似合っているような気がして、俺はひどくショックを受けてしまった。

 えっ? それって、おまえ彼女にマジ惚れしてて、高校生のガキ相手にヤキモチ妬いてただけじゃないのかって? まさかぁ〜〜 15だぞ、15! 言っただろう?相手にもならないって、俺の好みは大人の女なんだからなっ!

 ………………って、実は、最近それもちょっと自信がなくなってきた。自分でも認めたくないんだけど、どうも俺は星羅に本気で惚れちまうんじゃないかって心配になってきたんだよ。もうすぐ25にもなるって俺がだよ、15歳のガキにだぜ!
 10年後に出会ってりゃあ、そうでもなかったのかも知れないけど、と言って10年待つってのもなぁ。

 それに星羅と出会ってから、他のガールフレンドと出かけることもなくなってしまった。たまに誘われてもちっともその気になれない。おしゃれなセリフも色っぽい誘いも……どれも、全然そそられないんだ。

 まずいぞ、これは絶対まずい! なにがまずいって、何ていうか、自分が情けなくなるじゃないか……

 ヤマトの仲間には、からかい半分にそんな若い娘捕まえてロリコンだの犯罪者だのって言われるしさぁ。いや、それが本気じゃないのはわかってるよ。けどねぇ、マジで惚れるなんて、いくらなんでもやっぱりなぁ〜って思ってしまうわけなんだよ。

 星羅を、普通の高校生の世界に帰してあげた方がいいんじゃないかって、最近そう思えてならないんだ。

 ああ、どうしたらいいんだ!

 そんなある日のこと、俺は地球に戻って休暇を過ごしていた。平日だから星羅は学校だ。夜は、この間の学祭の慰労会だかを、ホテルのレストランでするらしい。カジュアルレストランとは言ってたが、ホテル自体は一流どころ。星羅の学校がいわゆるお坊ちゃま、お嬢様学校だと言うことをかんがみても、最近の高校生ってのは贅沢なもんだと思う。
 まあ、それはいいとして、だから今日の俺は珍しくフリーだった。

 そんな俺に電話が入った。ガールフレンドの一人、瀬納美樹からだった。彼女もいわゆる金持ちのお嬢様ってやつで、何人ものボーイフレンドと軽い付き合いをしている。言ってみれば、半年前の俺と同じ穴のムジナってわけだ。俺もそのボーイフレンドの一人として、ちょっと前までは、たまにデートしたり、まあ、それ以上もあったりと……ははは、そんな関係だった。
 最近は、他のボーイフレンドとの付き合いが忙しくなったのか、しばらく音沙汰なかったんだけど……

 TV電話の受信ボタンを押すと、画面の向こうに美樹の華やかな顔が映った。

 「南部さん、お久しぶりっ!」

 「よおっ、こちらこそ、ご無沙汰だったな。元気にしてたのかい?」

 「ええ、相変らずねっ! ねぇ、ちょっと聞いたんだけど、南部さんって揚羽のお嬢様と付き合ってるんだって?」

 「なっ!? なんだよ、やぶから棒に……」

 「うふふ…… だって、みんなそんな噂してるわよ。だから、最近あなたに連絡し辛くって…… せっかくの縁談壊したら大変ですものね」

 ったく、誰がどんな風に噂を流しているんだか…… まあ、両親公認の付き合いだから、噂になっても不思議はないんだが。これはマジにそろそろけじめつけないといけないかもしれないなぁ。

 「そんなのただの噂だ。やめてくれよ」

 「あらぁ〜 そうでもないって顔してるわよ。で、彼女、まだ高校生なんですってね? 南部さんにしては珍しくかわいらしい恋人なのね。それとも、若い子を自分好みに育てて従順な奥様にするつもりかしら?」

 うぐっ! 確かに最初はそんな気持ちも無きにしもあらずだったしな。いや、ほんと、今はそんなこと考えてないぞ!

 「ば、ばかいえっ! だから恋人とかそういうんじゃないよ。色々あってちょっと面倒見てやってるだけで、別に……」

 「あら、そうなの? じゃあ、まだ売約済みじゃないんだぁ」

 「そうだよ、俺は今もフリーだ」

 これはフリーってところを強調して言った。そしてその後で少しだけ胸が痛んだ。なんでだ?

 「うふふ、じゃあ今夜付き合ってくれない?」

 彼女が言うには、急なパーティがあってそれに付き合ってくれる男を捜しているらしい。何人かいるボーイフレンドは珍しく都合が悪くて、久しぶりに俺のことを思い出したってことだった。
 驚いたのは、会場を聞いた時だった。それは星羅たちが慰労会をするホテルと同じだった。今夜彼女と出かけたら、下手したら星羅たちと鉢合せになってしまう可能性もある。
 それはまずい、すぐに断ろう、と思ってから、待てよって考えた。

 もし、星羅に出会って俺と美樹の姿を彼女が見たら…… 彼女は俺に幻滅して…… そうすれば、彼女は自分の世界に戻っていくかもしれない……

 ズキッ…… なんかちょっと胸が痛いな…… けどそれでいいんだよな。そうするつもりだったんだから、俺は……

 いい機会だと思って、俺はとうとう覚悟を決めた。

 「ああ、いいよ。6時にホテルのロビーで待ち合わせでいいかい?」

 「ええOKよ、じゃあ待ってるわ」

 あっさりと、話が決まってしまった。
 だが、夕方出かける仕度をしながら、俺はまだ迷っていた。出かけていって、もし星羅と出会ったら……
 いや出会うかもしれないから、俺は行くんだろう? そうすれば……
 やっぱりちょっと胸が痛い。いや、そのほうがいいんだ…… う〜〜〜ん。

 行ったり来たりのまとまらない気持ちのまま、俺は家を出た。


 ホテルに着いて、車を駐車場に入れてロビーに行った。5時50分、美樹はまだ来ていなかった。
 それからしばらく待って時計を見ると、6時15分。もう15分の遅刻だ。まあいつものことなんだけど、全く女ときたら男は待たせるもんだって思ってるんだからなっく! 星羅は一度だって遅れてきたことなんかないぞ! おっと……何考えてんだ。星羅のことはもう考えないんだろう?

 「お待たせぇ〜〜!」

 「ああ、待ったぞ。じゃあ行くか?」

 「ええ、会場は2階のイタリアンレストランよ」

 「了解!」

 エレベータで2階上がると、目指すレストランがあった。その隣には、用意したように星羅たちの高校の名前が入った案内板のついたカジュアル系のレストランも並んでいた。まったくどこまで都合が悪い……いや、いいんだろう。

 ちらりとその入り口の方を見ると、既に始まっているらしく、貸し切りの札とともに扉が閉まっていて、中から笑い声や歓声が聞こえてきていた。
 それを見た俺は、やっぱり少し安心してしまった。

 もしかしたら、このまま会わないかもしれない…… それじゃあ、なんにもならないはずなのに……

 で、そのまま目指す会場に美樹と二人で入っていった。パーティのほうは、別に面白くもないごく普通のものだったが、とりあえず俺は美樹のパートナーらしくそれなりに振舞った。
 1時間ほど経った頃だろうか、美樹も気乗りしなかったパーティらしく、あまり楽しんでいないようだった。

 「ねぇ、南部さん。もうお義理の出席はすませたし、二人でどっかに行かなぁい?」

 「ああ、いいよ。俺も退屈してたところだ。他んところで、飲み直すかい?」

 俺はあっさりと頷いた。パーティ自体興味もなかったが、星羅のすぐそばで入ることに、居心地の悪さを感じていたのも事実だった。だからどこかに逃げ出したかったのかもしれない。

 「うふふ、いいわ。久しぶりに今晩ゆっくりしたいわ。ねぇ、よかったら、あ・さ・ま・でっ」

 えっ!? 俺は突然の誘いにびっくりしてまじまじと美樹を見た。確かに彼女とは過去にはまあ……いろいろと……
 けどなぁ、うむ…… なんて答えていいもんだか……
 どうも気乗りしない俺がいた。

 結局、しなだれかかってくる美樹に向かって、あいまいに微笑んでから、こっそり二人でパーティ会場を抜け出した。


 ドアから外に出た時だった。ちょうど隣はお開きになったらしく、高校生達が部屋から出てきたところに出会ったらしい。
 なんてタイミングなんだろうって後悔してみても後の祭り。後悔?いや、そうじゃないだろ? いいチャンスなんじゃなかったのか? ああ、わからね〜〜〜!!
 それが俺の顔にも出てたんだろうな、美樹が不思議そうに俺を見上げた。

 「南部さんどうしたの? 随分恐い顔をして……」

 「いや……」

 俺が避けている視線を逆にたどった美樹は、足を止めて隣のレストランの方を見た。

 「ふうん、お隣のパーティは若い人たちなのね。えっと、……学院高等部様? あら、私の母校じゃない。相変らず派手なことするわね〜 ホテルでパーティだなんて」

 「……ああそうだな。関係ないよ、早く行こうぜ」

 美樹が出てくる若者達を興味深そうに見ているのを、俺は半分無理やり引っ張っていこうとした時だった。

 「あらっ…… 彼女……」

 美樹がそう囁いた視線の先を恐る恐る見ると、そこには……やっぱり、彼女――揚羽星羅――が立っていた。
 すぐに俺たちに気付いたようで、彼女も俺のほうを黙ったまま見ていた。

 はぁ〜 やっぱり出会ってしまったか…… 出会うつもりで来たとはいえ、彼女を目の前にすると、なんとも居心地が悪くて、思わず目をそらせてしまった。

 「あの子でしょう? 噂のあなたのこ・い・び・とっ!」

 「違うって言ってるだろっ!」

 俺は半ばヤケっぱちに吐き捨てるようにそう言った。視線は逸らしても、後ろにはしっかりと彼女の視線を感じてしまう。
 それに耐えられなくなってチラッと後ろを振り返ると、星羅はその大きな瞳を見開いたまま、じっとこっちを見ていた。驚きなのか怒りなのかよくわからない、やけに無表情な顔で俺をじっと見ていた。

 ああ、やっぱりまじ〜な。どうしよう。自分でまいた種のはずなのに、俺はいたたまれない気持ちになった。
 そして……

 「あの子、こっちを見てるわよ」

 「別に……いいだろっ!」

 「あら、私達のこと気にしているみたいよ。どうするの、南部さん?」

 「関係ない、行くぞっ!」

 俺は小声でそう叫ぶと、美樹の腕を掴んで連れて歩き出そうとした。
 とその時だった。なんと、俺の引っ張った勢いに乗って美樹が俺の体に抱きついてきて、両手で俺の首筋に抱きついていきなり俺の口に唇を寄せたのだった。

 「うっ……! なっ!」

 俺が慌てて引き離すと、美樹は不敵な笑みを浮かべた。

 「うふふ、ちょっと大人の付き合いを見せてあげようと思ってね」

 「えっ!?」

 慌てて俺が振り返った時には、星羅は人の間を縫うように駆け足で立ち去っていくところだった。もちろん今の光景をはっきりと目にしたのだろう。
 そして、その後ろから、男子高校生が一人慌てて後を追いかけるのも見えた。

 ああ、最悪だ……

 「星羅っ!」

 思わずそう叫んでしまったが、彼女に聞こえるはずもなく、美樹の方は可笑しそうな顔をして、俺の顔を見上げている。
 あの高校生を押し退けて星羅を追いかけたい気持ちで一杯になったが、俺の手は美樹にぎゅっと握られたままだ。慌てて振りほどこうとした時、美樹が言った。

 「やっぱり、なにかあるんだ?彼女と……」

 「君に関係ないだろっ!」

 「怒ってるの?」

 と聞かれて、急に俺の切羽詰った気持ちがすっと落ち着いた。そうだ、そうだったんだ。彼女にこんな俺を見せようと思ってたんだった。胸は痛かったけど、これで良かったんだと、自分に言い聞かせた。

 「…………いや、ちょうどいい機会だったかもしれない」

 「あら、そう? じゃあ、そろそろお子ちゃまには飽きてたところだったのね?」

 「…………行くぞ」

 美樹の問いには答えず、俺は星羅が駆けていった方向と逆のほうへ歩き出した。美樹は駆け足でついてくる。歩きながら、だんだん腹が立ってきた。

 なんだよなんだよ! なんでこんなに胸が痛いんだ…… いつかはこうしなくちゃいけないって思ってたんじゃなかったのか!

 「ねぇ、ちょっと待ってよう」

 「あ、ああ……ごめん」

 美樹に請われて俺は歩調を緩めた。すると彼女は俺の隣に並んで、すっと腕を組んできた。

 「ねぇ、あまり歩きたくないしこのホテルのバーにでも行きましょうよ。遅くなったらここに泊まればいいじゃない?」

 美樹の顔を見て、誘っているのがすぐにわかった。そうだ、俺はそんな大人の恋愛をしている方が似合ってるんだよな。

 「……ああ、そうだな」

 美樹の言うがままに、俺達はホテルのバーに入って飲み始めた。
 しゃべるのはもっぱら美樹の仕事。俺はただ相槌を打つのが精一杯。大人の恋愛だのなんだのって言っておきながら、俺にはどうしてもさっきの星羅と後を追った男子生徒の後姿が目に焼き付いて離れなかった。
 自業自得だってわかってるくせに、俺ときたら……
 とうとう、美樹も俺の不機嫌に業を煮やしたようだった。

 「まだあの子のこと、気にしてるのね?」

 「してないよっ!」

 「南部さんって、上手に嘘つける人だと思ってたけど……」

 「……俺は嘘なんて……」

 「マジで好きなんじゃないの?あの子のこと」

 「…………」

 答えられなかった。違うって言いたいのに、どうしても言えない…… 美樹が切ない声でさらに迫ってきた。

 「私が、忘れさせてあげるわっ。部屋取りましょう」

 「…………」

 「ねぇ、南部さん?」

 ああっ、くそっ、やっぱりだめだ! どうしたって、美樹を相手になんにも感じやしない。抱きたいなんでこれっぽちも思わないし、ときめきも欲望もわいてきやしない。
 こんな気分で部屋に行ったって、美樹に恥をかかせるのが関の山だ。

 「ごめん…… 今日は帰るよ。気分が乗らないんだ」

 「南部さん…… ふうっ、やっぱり……ふふふ」

 急に美樹が力を抜いたように笑い出した。

 「何がやっぱりだよ?」

 怪訝な顔で美樹を見ると、彼女は悲しそうに微笑んでいた。

 「自分のここに素直になった方がいいんじゃないの? 私の負けね…… 彼女には私のことは誤解だからって伝えておいてね」

 「ちがっ!」

 俺の否定の声が聞こえないかのように、美樹が話し出した。

 「私ね、これでも南部さんのこと結構本気だったのよ。でも南部さん、いつも私のことただのガールフレンド以上には思ってくれなかった。私が他の誰と付き合ってても、全然気にしてくれなかったじゃない」

 「あ……」

 「でも、あの子は違うみたいね。あなたの顔見てるとすぐわかるわよ。悔しいけど私の負け…… 早く行って謝ってらっしゃいな。年なんて関係ないわよ。今時の高校生はあなたが思う以上に大人なんだからっ!」

 確かに彼女の言う通りだった。美樹がどんな付き合いをしてるかなんて気にしたことなかった。それなのに…… ただ星羅が走って行っただけで、同級生の男が後を追っていっただけで、俺は、ものすごく気になって我慢ならないほど嫉妬している自分に気が付いた。

 この時俺ははっきりと自分の気持ちに気付いたんだ。今更って気はしたけどな。
 そう、やっぱり俺は星羅に惚れてたんだって、痛い胸の中ではっきりと感じた。

 「……すまない」


 そして俺は美樹と別れてホテルを出た。が、かと言って今更星羅がどこに行ったのかもわからなかったし、俺が彼女にマジで惚れてるってわかったからといって、彼女に年相応な付き合いをしてもらいたい気持ちが変るわけもなく……
 けど、あの高校生と一緒にどっかにいるんじゃないかと思うと、やけにむしゃくしゃしてくるし……
 俺はそんなわけのわからない感情をどうにかしたくて、ただあてもなく街を歩き出した。

 しばらく歩いていると、俺の携帯に通信が入った。発信者名は古代進。

 ああっ、くそ! なんだよ、こんな時に! 俺がこんな思いしてるってのに!!
 古代の奴、また惚気でも聞かせようってのか? それとも、女房殿と喧嘩したってんだろうか? 腹のでかい女房怒らせるなよって! 俺は知らないぞ! ったくうっ!

 一応説明しておくと、古代の女房雪さんは只今妊娠8ヶ月。ほどなく臨月を迎える予定で、二人は初めての子供の誕生を楽しみにしてウッキウキ状態なんだ。

 今の俺は、とてもそんな奴らの顔なんか見たくなかった。だから出ないでおこうとしばらく放っておいたんだが、受信音はしつこく鳴り続けた。

 野郎!俺が出るまで鳴らし続けるつもりか!? ああ、もうっ、しょうがないなぁ〜〜

 俺はとうとう受信ボタンを押して思いっきり不機嫌な顔で電話に出た。

 「はい、南部です」

 すると画面に、いきなり物凄い形相の古代の顔がUPになった。

 「南部、おまえっ!! 一体、どこにいるんだぁ〜〜〜!! すぐにうちに来いっ!」

 「な、なんだよ! 藪からぼうに!! 俺は今一人でいたい気分なんだよ! 夫婦げんかの仲裁なら他を当ってくれ……」

 と、携帯を切ろうとしたら、奴はさらに畳み掛けてきた。

 「つべこべ言わずに来いって言ってるだろうがっ!」

 「だからなんだってんだよ! また地球の危機だとでも言うのか!」

 もう、半分ヤケになって、俺ときたら、今まで敬語で話していた相手なのに、すっかりタメ口をきいてしまっていた。
 と、とたんに古代のトーンが下がった。

 「ふふん、お前にとっちゃそうかもしれんぞ……」

 えっ? となって、画面をまじまじと見つめると、古代は真面目な顔で俺を睨んでいた。

 「……さっき星羅さんがここに来た」

 「えっ、星羅が?」

 「来るなり泣きじゃくって、今雪がなだめてるがな。お前一体彼女に何したんだ?」

 「う……」

 そんなこと即答できるわけがない。口篭もっていると、古代はさらに言葉を続けた。

 「とにかく、ここに来て彼女を連れて帰ってくれ!いいなっ!」

 「お、おいっ!」

 言いたいことだけ言って電話は切れた……

 星羅、あいつのとこに行ったのか…… あの高校生と一緒じゃなかったんだ……
 けど、泣きじゃくってたって? 俺のせいか? ああっ、くそっ!

 もう頭の中は真っ白な状態で、だがとにかくほっとけなくて、走ってホテルに戻ると駐車場から車を出して、古代の家まで猛スピードで走った。


 15分後マンションに着いた。部屋の前でドアベルを鳴らすと、すぐに古代が出てきた。奴は、さっきと同じくめちゃくちゃ恐い顔で俺を睨んでいる。ああ、星羅から事情を聞いたんだろうなと思うと、思わず苦笑いしながら頭を下げてしまった。ああ、だめだ、どうもいつもの癖が……

 「や、やあ、こんばんは……」

 「入れ」

 古代は恐い顔のまま、俺を促して部屋に誘った。俺はその後ろを付いていきながら、おずおずと尋ねた。

 「あの……星羅は?」

 古代はリビングまでくると、くるっと振り返って俺をまた睨んだ。

 「お前が来るって言ったら、絶対に会いたくないって言いだした」

 「えっ……」

 「だから、たった今雪が送っていった」

 そう言いながら、古代はじゅうたんの上に車座にどっかりと座って俺にもそうするように示した。俺もその前に腰を下ろした。

 帰ったのか、彼女……

 「そう……か」

 ふうっと、ため息が出た。すると、古代がいきなり本題に入って来た。

 「お前、彼女の前で他の女とキスしたんだってなぁ」

 「うっ……」

 「ったく、どういうつもりなんだよ! 星羅さんは今までのお前の彼女とは違うだろうが! 本気で付き合ってたんじゃないのか!」

 「…………」

 それを言われると答えようがない。俺が悪いんだから……

 「ちゃんと言ってみろよ。彼女が嫌になったんならなったで、きちんと話してやるのが本当じゃないのか? そんな他の彼女を見せびらかすような真似しやがって…… かわいそうに、彼女はまだ15なんだぞ。そんな若い娘に……」

 「だからだよっ!」

 古代の説教を聞いているうちに、俺はだんだん腹が立ってきた。俺の気持ちなんかお前にわかるかって叫びたくなった。

 「え?」

 「だから……だめなんだよっ!」

 古代がぽかんとした顔で俺を見ている。俺は続けた。

 「星羅はまだ15歳で、俺はもうすぐ25だ。相手にならないんだよ」

 「ふん、お前にとっちゃ不足ってわけか……」

 俺は顔を上げて古代を睨んでから、もう一度ため息をついた。

 「違う、逆だよ…… 彼女に……とってだよ。彼女はまだ15、高校1年生だ。これからいろんな体験をしたり、付き合う男だって同じ年頃の奴らとの方が楽しいに決まってる」

 「彼女がそう言ったのか?」

 「……言ってはいないけど……最近の彼女を見ていると、そんな気がしてきたんだ」

 古代は少し納得したみたいで、腕をくんで頷いた。

 「ふうん…… それでお前は彼女と別れようとあんなことしたのか?」

 「……ああ、そうだ。彼女に嫌われると思った。その通りだったんだろ? 彼女怒ってたんだろう? 俺なんかに愛想つかせてただろ!?」

 「……そうだな」

 そう言って、古代の奴、腹が立つことにニヤリと笑いやがった。

 「で、それでお前もすっきりしたわけだ」

 「ぐっ」

 胸に矢がぐさりと突き刺さったような気持ちになる。

 「これからは彼女は、高校生活を満喫して、同級生達と遊んだり、同じ年頃のボーイフレンドと付き合って、まあ、いい仲になれば、キスだってするんだろうなぁ」

 「うぐっ……」

 また一本鋭く突き刺さる。

 「まあ、最近の高校生は進んでるって話だから、それ以上かもなぁ」

 お、お前なぁ〜〜〜!! 言いたいこと言いやがって!と思っても、それを口にするわけにはいかない。

 「ぐぐぐ……」

 「それでもお前はいいんだよなぁ〜〜〜〜」

 さらに面白がっているように、古代はにやつく。くぉのやろ〜〜〜〜〜!!!!

 「よかあな〜〜〜いっ!!!」

 思わず俺は大声で叫んでしまった。人の弱みに付け込んで言いたい放題言う古代を、俺は思いっきりぎっと睨んだ。

 「お前、何の恨みがあって俺をそんなにいじめるんだよ! そんなこと考えただけで頭がおかしくなりそうだよっ!!」

 「まったく、お前プレイボーイ気取ってたくせして、自分の気持ちもわからなくなったのか?」

 古代の声の雰囲気が変わった。ヤケに優しくって、今度は俺は悲しくなってきてしまった。

 「……言うなよ。俺は……」

 「本当は惚れてるんだろう?星羅さんに」

 ああ、もう降参だ……

 「……そうだよ、惚れてる…… ああ、惚れてるよ! 今まではそれを認めるのが嫌だったんだ。俺があんな若い彼女に夢中になるなんて信じたくなかったんだ。
 だけど今日俺達の姿を見て走り去った星羅を見た時、はっきりわかったよ。俺は彼女のことが好きなんだって、愛してるんだって……
 はは、でももう遅いよな。今更さぁ。若くて潔癖な彼女が俺のあんな姿見たら、幻滅するに決まってるよ。
 いや、いいんだ。彼女まだ若いんだから……もっと年相応の奴との方が…… 俺なんかよりも……
 ああっ、くそっ! 考えただけで腹が立つ! 彼女が他の男とだって! 嫌なんだよ、俺は!! 本当は……絶対嫌なんだ!!」

 いつの間にか俺は絶叫していた。
 彼女にとってはこの方がいいんだって思おうとしても、俺の中の本当の思いがそれに反発してしまって……
 そして俺はがっくりとうつむいた。もう何を言っても取り返しはつかないんだ……

 すると、古代が俺の肩をそっと掴んだ。

 「早くそう言えよ」

 俺が古代の顔を恨めしそうに見上げると、奴ときたら、やけに穏やかに、いやもっと、そう、笑い出しそうなのを必死に我慢しているようなそんな顔をしていやがった。
 今まで、散々お前と雪さんのことをからかってきた報いだって言いたいわけか? けどなぁ、それだってお前達のためにやったことだろう? そんなに俺が落ちこんでるのが楽しいのかよぉ〜!

 「笑うなよ、人の不幸を……」

 俺は情けなくって泣き出しそうになってるってのに、古代の奴はさらにニヤニヤし始めた。そして……

 「って言ってるけど、どうする?星羅さん」

 そう言いながら、古代は後ろのドアの方を見た。

 「えっ?」

 驚いた俺が奴と同じ方向を見ると、開いたドアのところには、雪に抱きかかえられるように立っている星羅だった。彼女の瞳一杯に涙が溢れている。

 え?星羅……?どうしてここに?

 「南部……さん!」

 「星羅…… まだ、いたのか?」

 目の前に星羅がいたことに、俺は驚いてしまって、何をどう考えたらいいのかよくわからなくなった。

 「もうっ、南部さんったら、女心にはいつも詳しいあなたのはずなのに、肝心の星羅さんの気持ちが全然わかってなかったのね!」

 もうすぐ臨月を迎える雪さんが、困った子供を見るように笑いながら俺を睨んだ。

 星羅の気持ちって……?

 俺はゆっくりと星羅の方を見た。彼女は雪さんにそっと背中を押され、ゆっくりと俺のほうへ向かって歩いてきた。

 「私……私、南部さんが好きなんです。他の人なんて……いりません! 私、南部さんがいいんです。他の誰でもなくって……
 でも、私が若すぎるから南部さんにご迷惑かけるんですよね? だけど、私、南部さんが困らないようにがんばりますから……だから」

 声が途切れ途切れになりながらも、彼女は一生懸命言葉を繋ぐ。それに引かれるように、俺も立ち上がって彼女の方へ歩き出した。

 「星羅……君はなんにもがんばる必要なんて……ないよ。ごめん、俺が悪かった。
 けど、本当にいいのか? まだ高校生なんだぞ。まだ今すぐに何も決めなくてもいいんだぞ。俺なんか君からしたらおじさんだろ? もっと若い奴らと年相応の付き合いをして、いろんな体験をした方がいいんじゃないのか?」

 「南部さんは若いです。おじさんなんかじゃありません!」

 涙顔の彼女が微笑んだ。その笑みがあまりにも可愛らしくて俺の心をしっかりと魅了した。

 「俺は…… 本当に俺でいいんだな?」

 俺の声は震えていた。また一歩彼女に近づいた。

 「はい、南部さんじゃなくちゃ嫌なんです……」

 「星羅……」

 さらに近づいて、俺と星羅はじっと見つめあった。手を伸ばして……あと一歩前へ出たら彼女を抱きしめられる……

 とその時、野暮な声が聞こえてきた。

 「さぁて、ラブシーンはそこまでにしてもらおうかな」

 「あっ……」

 俺と星羅は突然今どこにいるのかを思い出した。見ると、古代と雪さんが並んで立って、ニコニコと嬉しそうな顔で俺達を見ている。

 あっ、古代、お前…… 星羅が帰っただなんて、俺を騙しやがったな! 雪さんも共犯か!?

 このやろう!……いや、ありがとう、だな。お前達のお陰で、俺の正直な気持ちを彼女に伝えることができたんだから。


 そんな気持ちで二人を見ていると、雪さんがくすくすと笑いながら話し始めた。

 「ねぇ、南部さん。南部さんが思うほど星羅さんって子供じゃないと思うわよ」

 「えっ?」

 「ここに来たのだって、別にうちに泣きついて来たんじゃなくって、私に相談しに来ただけなのよ」

 「相談?」

 と、星羅の顔を見ると、彼女は恥ずかしそうに微笑んだ。

 「ええ、南部さんと並んでも釣り合うような大人の女性になりたいってね。だから、おしゃれや化粧の仕方教えてくださいって」

 「え? さっき古代は、泣きじゃくってたって」

 俺は古代と星羅の両方を代わる代わる見た。古代は相変らずニヤニヤ笑っているし、星羅もくすくすと笑い出した。

 「うふふ…… ええ、事情を聞いたら少し泣いてたけど。来た時はもうすご〜〜く真剣な顔して……うふふ、ねぇ、星羅さん」

 「……はい」

 星羅は俺の顔を見てはにかみながら頷いた。

 「南部さんがキスしたくなるような、色っぽい女性になりたいんですって!」

 「えっ……」

 びっくりして星羅を見ると、彼女は真っ赤な顔をしてうつむいてしまった。彼女への愛しさがこみ上げる。と同時に、さっきのホテルでの自分の行動を恥じた。

 「星羅……ごめん」

 俺は彼女の手を取ってぎゅうっと握った。すると、彼女もしっかりと握り返してくれた。心の中に熱い物が流れていく。

 再び二人の世界に入りそうになるのを、古代が笑いながら割って入ってきた。

 「さあ、帰った帰った。ほら、もうこんな時間だぞ。早く送ってかないと揚羽さんに怒鳴られるぞ!」

 はっと気付いて時計を見ると、もう9時半を過ぎている。たしか星羅の門限は10時だったはずだ。

 「あ、ああ…… じゃあ、行くか」

 「はい……」

 慌てて身支度を整え並んで挨拶する俺たちに、古代夫婦は嬉しそうに手を振ってくれた。

 すまん、古代。この借りはきっと返すから…… あ、いや、もうたっぷり貸しがあるからいいんだよなっ!

 そして、雪さんが大きなお腹を抱えて星羅にウインクする。

 「星羅さん、また今度時間のある時にいらっしゃいね。ゆっくり教えてあげるからっ!」

 「はいっ!」

 そして俺達は、車上の人となった。


 しばらくして見つけた郊外の展望台で、俺は車を止めた。彼女と少し話をしたかったからだ。二人で車外に出ると、心地よい初夏の風が頬をなぞった。
 並んで海を見つめながら、俺の方が先に口を開いた。

 「ごめん……星羅。君が若すぎるって独り合点してしまったから……」

 「そんなこと…… でも南部さんには物足りないのかもしれないって私……」

 「そんなことない。君といると僕はいつも楽しかった。それを認めたくなかったんだよ、俺は」

 「私も……南部さんといるといつも安心できるし…… かえって同級生の男の子がすごく子供に見えちゃって……」

 などと、すまして言う彼女は、結構大人なのかもしれないとも思った。

 「あっははは……そっか、そりゃあ、頼もしいな。けどなぁ、いつも買い物するのを見てるとそうでもない気がするけどなあ」

 「あぁっんっ、もうっ!」

 こんな風に、頬を染めてプイッとそっぽを向く星羅はやっぱり15歳の高校生で、やっぱりかわいらしいと思ったけれど、そんな彼女も今はもう愛しかった。

 「あっははは……」

 「でも……もう他の人に…………あの、キスなんてしないでください」

 と今度は彼女からの攻勢にあう。恐い顔で睨む彼女の顔は、確かにもう女の顔をしていた。あの出来事に関しては、不測の事態だったとしても弁解の余地はなく、俺は素直に謝った。

 「えっ!? あ、ああ……すまなかった」

 すると、さらに真剣な顔で俺を睨んで、彼女はこう言ったんだ。

 「キス……したいんなら、私に……してください」

 「え!?」

 その爆弾発言に、さすがに俺もびっくり仰天。思わず彼女の顔をまじまじと見つめてしまった。星羅は真面目な顔のままだ。

 「あの……星羅?」

 おいおい、待ってくれよ星羅。そんなことを言われると、俺の方がドキドキしちまうじゃないか!

 「私じゃ、したくならないですか?まだ子供だから」

 今度はその瞳が涙で潤み始める。そんな瞳でじっと見つめられると、俺だってその……

 「い、いや……そういうわけじゃないけど…… いや、その」

 視線を逸らして懸命に取り繕う言葉を捜している俺の苦労を無視して、彼女はそっと目を閉じた。涙が一粒二粒、彼女の頬を伝う。

 「星羅……」

 指でそっと彼女の頬の涙をぬぐうと、俺はとうとう我慢できなくなって、彼女の方へ顔を近づけていった。そしてそっとその唇に口付けた。
 ふわりと柔らかくてきめ細かな彼女の唇は、俺が今まで味わったどの女性の唇よりも甘くて魅力的だった。

 ああ、星羅…… 君の唇、くせになりそうだよ。

 もっともっと味わいたかったけれど、さすがに場所も場所だし、彼女にとってはたぶん初めてのことだろうから、俺はすぐに唇を離した。
 すると、星羅は恥ずかしそうに頬を染めて微笑みながら、俺の胸にコトンと頭を乗せた。

 「南部さん、好き……」

 「僕も愛してるよ、星羅」

 彼女の小さくて細い体をそっと抱きしめると、彼女もその両手を俺の背中に回して、強く抱きしめてきた。

 星羅……本当に好きだよ。星羅……

 しばらくそうしてから、星羅はゆっくりと顔を上げて俺を見上げた。さっきの恥ずかしそうな顔が、再び真剣な眼差しに変わっていた。
 何を言いたいのだろう?と考えていると、彼女はとんでもないことを言い出したんだ。

 「私、南部さんに全部あげたい……!」

 「へっ!?」

 いきなりの宣言に、俺の方が完全におたおたしてしまった。

 ちょっと待てよ、星羅。全部ってなんだ?全部って……!?

 「南部さんはもう大人なんですもの。いいですよね? 私を抱いてください!」

 うっえぇぇぇ〜〜〜!!! ま、ま……待てよ、それはっ!!

 この時点で完全に俺の方が焦ってしまっている。まさか彼女に抱いてくれと迫られるとは……15の彼女に……

 「いっ! い、いや、その……それは……」

 「やっぱり私じゃ……」

 あんまり俺がびっくりして引いてしまったものだから、また彼女は半泣きになってしまった。それでまた俺の方がさらに焦ってしまった。

 「や、そうじゃなくって。その…… あ、ああ……じゅ、18になったら……星羅が18になったら、だな……」

 特に根拠もないんだが、ただなんとなく浮かんだ数字を星羅に告げると、彼女はパッと顔を明るくした。

 「ほんとですか?」

 「ああ、本当だ。俺はそれまで待ってるから……」

 その答えに満足したようで、星羅は落ちついたようだった。俺は、この場を収めたことで、自分が何を口走ったかは棚に上げて、とにかく一安心した。

 「それまで他の人のところに行ったりしないで待っててくださるんですか?」

 「ああ、約束する!」

 俺は大きく頷いてそう宣言した。すると星羅は、

 「わかりました。じゃあ、18の誕生日の日に…… 指きり!」

 と、小指を俺の前で立てた。

 「あ、ああ……」

 そして俺は言われるがままに約束の指切りをし、また星羅が何かとんでもないことを言い出さないうちにと、時間が遅いのを理由に急いで車に乗せて家路を急いだ。

 少し門限を過ぎてしまったが、事前に雪さんが電話をしてくれていたお陰で、揚羽の両親に叱られることもなく、彼女を送り届け、俺は再び車に乗った。


 家を目指して走りながら、今夜の出来事を思い出していた。ひどく長い夜だったとつくづく思った。

 結局わかったことは、俺が星羅にマジに惚れてたってこと。そして、星羅も俺のことを心から思ってくれているということ。
 そして……今日彼女と初めてキスをしたという事……

 それを思い出して、俺は心の底からときめいていた。まるでハイティーンの若者のように…… 初めてキスをしたあの頃のように……

 俺はとても幸せだった。彼女と一緒に、もう一度あの頃からやり直せそうな、そんな気さえしていた。

 そうだよな、慌てることはないさ。彼女にあわせてゆっくりと恋していこう。

 その時の俺はそう思っていた。

 だが、近頃の高校生が俺が思っているよりもずっとずっと大人だという事を、俺は本当に理解していなかった。

 そう、それから2年余り後、彼女の18歳の誕生日に、約束を果してもらうと、彼女から迫られるまでは…… 

おしまい

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