15年目のクリスマス

 ぼくの なまえは しんいちろう。としは3さいです。

 きょうは すすむおじさんの おうちの くりすますぱーてぃーに きました。

 それから すすむおじさんちの あたらしい おんなのこの あかちゃんにも やっと はじめて あえるので とっても たのしみです!

 18歳のクリスマスを迎えた僕は、街の小さな喫茶店で彼女を待っていた。いつもの癖で、30分も早く着いてしまった僕は、手持ち無沙汰で、頼んだアメリカンコーヒーを口に含みながら、通りを歩く人たちを見つめていた。

 その時ふと、ずっと昔のことを思い出した……

 彼女との15年間。いろんなことがあった。楽しいことも悲しいことも、腹を立てたこともあった…… 今もまだ発展途上だけど、今ここで思い出したのは、彼女に初めて会ったあの15年前のクリスマスのこと。

 僕は、小さかったけれど、あの日のことは鮮明に覚えている。僕は、あの日のことを決して忘れることはないだろう。
 彼女―愛ちゃん―に初めて会った、あのクリスマスイブの日のことを。


 ふうっと、僕の心は15年前の3歳の少年に戻った…… 



 今日は、進おじさんちのクリスマスパーティに、僕たちも家族で呼ばれた。
 まだお昼前だったけど、母さんは雪おばさんのパーティ準備の手伝いをするために、皆より先に僕と妹の千晶を連れてやってきていた。夕方には、大勢の人で賑わう予定だ。

 進おじさんちは、僕のもう一つの家、って言ってもいいほど、よく遊びに行っていた。それに、僕の進一郎って名前の「進」は、進おじさんから貰ったものなんだ。僕が生まれるときに世話になったから、名前をもらったと父さんから聞いた。まあ、それ以前から、両親は進おじさん夫婦には世話になっているけど。

 もちろん、名前を分けたみたいになった僕のことを、進おじさんも守兄(にい)や航と同じくらいかわいがってくれたし、雪おばさんもいつもとてもやさしかった。

 だから僕は、進おじさんと雪おばさんのことが、父さんと母さんと同じくらい好きだった。

 「こんにちは!」

 進おじさんの家に入ると、3歳の僕は元気一杯に声を出して挨拶をした。すると、すぐに雪おばさんと守兄と航が走ってきた。

 「いらっしゃい。さあ、どうぞ……」

 雪おばさんがにっこり笑って迎えてくれた。

 「こんにちは」

 僕がぺこりと頭を下げて挨拶するのを待っていたかのように、おばさんの影にいた守兄が僕に手招きした。

 「シ〜ン! 早くこっち来て遊ぼうよぉ!」

 「うん!」

 僕はさっそく、雪おばさんが母さんと話している隙間を縫って、二人と一緒にリビングに駆け込んだ。
 すると、そこには進おじさんが座っていた。

 「よっ、シン! 来たのか!」

 僕の顔を見ると、おじさんはにっこり笑った。人懐こい顔だ。

 「うん! こんにちは! 進おじさん!」

 「おお、元気な返事だな。いいぞ、坊主!」

 進おじさんは、僕の頭をぐりぐりとなぜてくれた。

 この時、守兄は4歳で、航は2歳。僕はその間の3歳で、3人一緒にいると、いっつも3兄弟と間違えられるくらい仲がよかった。守兄は、年上だから「にい」ってつけて呼んでいた。航は年下だから呼び捨てだ。だから余計兄弟らしく見えたのかもしれない。

 その頃には、僕にも1歳になったばかりの妹、千晶がいた。でも、小さすぎてまだ僕の遊び相手にならなかったし、いつもお母さんにくっついてばかりいる恥ずかしがりやだったから、古代家に行くと、僕はもっぱら守兄たちと遊んでいた。

 それから、もう一人…… 秋の始めに、進おじさんちに3人目の赤ちゃんが生まれた。愛ちゃんって言う女の子だ。初めての女の子に、進おじさんも雪おばさんもそれは大喜びしていると母さんから聞かされた。

 でも、その時の僕はまだその愛ちゃんに会った事がなかった。生まれてから3ヶ月にもなるっていうのに、だ。なんていうか、ちょうどタイミングが悪かったんだ。

 愛ちゃんが生まれてからしばらくの間は、雪おばさんや守兄達は、おばさんの実家にいて会えなかった。母さんたちは病院にいる頃にお祝に行ったらしいけど、僕は連れて行ってもらえなかった。
 その後、僕が風邪をこじらせて入院騒ぎなんか起こしていたせいで、しばらく進おじさんちに遊びに行けなかったんだ。

 けど、僕の見舞に来てくれた進おじさんが愛ちゃんの話をしてくれた。その時、おじさんの顔が、ものすごくでれ〜〜として、たれ目になったのを覚えている。
 まあ、これは15年経った今も変わっていないんだけど…… 守兄や航の話をする時とは、全然違う。実は、それが今も僕の悩みの種の一つでもあった。

 そう言えば、父さんも千晶のことを話す時に、そんな顔をしてたような…… 女の子ってのは、男親にとっては何か違うものなのかもしれないなって思う。


 しばらく3人で大騒ぎして遊んでいたが、気が付くと、いつの間にか進おじさんがいなくなっていた。

 「あれ? おじさんは?」

 「ん? お母さんのところに行ったのかなぁ?」

 守兄がきょろきょろ探してから、「あっ」と何か気がついた様子で隣の部屋を指差した。

 「愛のところにいったんじゃないかぁ?」

 守兄の言葉で、「あっ、そうだった。僕はまだ愛ちゃんに会ってなかったんだ」って、急に思い出した。

 「愛ちゃん? 僕も見たい! まだ見たことないんだもん」

 「あれ?そうだったけ。いいよ、来いよ!」

 守兄に手招きされて、リビングの隣にある部屋を覗くと、ベビーベッドのそばで進おじさんが立っていて、ベッドの中を見下ろしていた。ものすごく優しい瞳で…… あそこに愛ちゃんが?

 「やっぱり…… お父さん、また愛のこと見てるや」

 守兄が、いつものことだって顔でそう言った。

 「また?」

 「うん! 家にいる時は、何回も見てるんだよ。こ〜〜んな風にたれ目になってさ」

 守兄が両手で、目尻を思いきり下げて見せた。それが面白くて僕がはははと笑うと、航が横から、口をとんがらせて叫んだ。

 「愛はずるい!」

 「どうして?」 僕が尋ねた。

 「おとうたんもおかあたんも愛ばっかり見てるもん」

 「赤ん坊なんだから、しかたないだろ?」 守兄は当然と言った顔で言う。

 「僕はやだっ!」 航は、首を大きく振ってまた叫んだ。

 ああ…… 航の奴ヤキモチ妬いてる…… その時僕はそう思った。僕にも覚えがあった。1年前に千晶が生まれた時、僕もやっぱりおんなじように思ったことがあった。
 お父さんもお母さんもみんな千晶のことばっかり見てるって思って、すねちゃったことあったんだ。でも、その後、僕が拗ねているのをお母さんが気がついて、思いっきり抱き締めてくれた。

 『二人とも私には比べられないほど大切な子なのよ』

 そう言って抱き締めてくれた母さんの胸はとってもあったかかった。もうずっとすってなかったおっぱいもすわせてもらった。(言っておくがその時1回きりだからな!)そして、僕はとっても満ち足りた気分になったことを覚えている。

 「航はガキだな!」 守兄が、弟をからかうように言うと、

 「なんで? ガキってなに?」 航は全然わかってない。

 「わかんなきゃ、いいよ! それより愛を見せてもらうんだろ! 行って来いよ、シン」

 「ぼくはお母さんところに行くぅ!」

 「あっ、航ずるいぞ!」

 守兄と航は、なんだかんだと言い合いながら、台所の方へ走っていった。今のうちに雪おばさんに甘えるつもりなんだろう。

 雪おばさんもきっと母さんのように、優しく抱き締めてくれるんだろうな。それでもって航の奴、きっとおばさんのおっぱいをせしめるに違いない。もしかしたら、守兄だって……

 二人が行ってしまってので、仕方なく僕は一人子供部屋に入っていった。

 「ねぇ、進おじさん! 愛ちゃん見せて」

 「ああ、いいよ。ん? そう言えば、シンは愛に会うの初めてだったよな?」

 「うん! はじめて!」

 「そうか、ちょっと待ってろ」

 進おじさんは、ベッドからふわふわした小さな塊を抱き上げて、そっとその場にしゃがみこんだ。
 僕は興味津々で、その小さな塊の端っこの方を覗き込んだ。あっ! 赤ちゃんがいる!!

 この子が愛ちゃん? 愛ちゃんは、長い睫毛の大きな目をぱっちりと開けて、進おじさんを見上げていた。

 「愛ちゃん……」

 僕がそう声をかけて覗き込むと、愛ちゃんは首をちょっと傾げて僕のほうを見たんだ。と同時に、愛ちゃんは僕に向かってにっこりと微笑んだ。

 えっ!?

 どうしたんだろう? その時の僕は、3歳にしてめちゃくちゃときめいた。

 かわいいっ!

 心の底からそう思った。本当に本当に、愛ちゃんが笑った顔は、すごくすごくすご〜くかわいかったんだ! 妹もかわいいと思ったけど、それよりもずっとかわいかった。

 「愛ちゃんって、かわいいね……」

 僕の口から勝手にその言葉が出てしまった。すると、進おじさんがとっても嬉しそうに笑った。

 「そうかい?シン、愛ちゃんはかわいいかい?」

 「うん! とってもかわいいよ!」

 そう言うと、進おじさんは今までにないほど嬉しそうな顔をしてニンマリと笑った。

 「そうかそうか…… お前は見る目があるなぁ。愛はなぁ、大きくなったらすごい美人になるぞ」

 「びじん?」

 「ああ、お前のお母さんや雪おばさんみたいなきれいな人のことだよ。けど、愛はもっときれいになるぞ」

 「ふうん……」

 そう答えて、僕はもう一度愛ちゃんを見た。そうなんだ、こんな赤ちゃんも大きくなったら、雪おばさんみたいな「びじん」になるんだ、と思ってまじまじと見つめた。今は想像がつかなかったけど……

 すると、不思議なことに愛ちゃんはまた僕のほうに、にこにこと微笑みかけてきたんだ。

 「あれぇ、愛…… お前随分愛想がいいなぁ、あははは……」

 進おじさんが頭の上で笑ってたけど、僕にはもうそれも聞こえなかった。ただ……愛ちゃんの微笑がとってもかわいくって、僕に向かって、よろしくねって言ってくれてるようで、すごくうれしかった。

 「愛ちゃん、僕を見て笑ってるの?」

 「そうみたいだな。シンのことを気にいったんじゃないか?」

 「ほんと!」

 そう答えた時、僕の心は飛び上がるほど嬉しくて、愛ちゃんのことがいっぺんに大好きになった。
 そして、それと同時にある思いが僕の心の中に浮かび上がってきた。

 それは…… 母さんが言っていたこと。父さんは母さんが大好きだったから、お嫁さんにしたんだって……
 じゃあ、僕も愛ちゃんが大好きになったから、愛ちゃんを僕のお嫁さんにしようって……
 正直なところ、この時の僕は「お嫁さん」って言葉の本当の意味がわかってはいなかっただろうけど。

 「ねえ、進おじさん……」

 「ん?」

 「僕さ、大きくなったら愛ちゃんをお嫁さんにする!!」

 「ええっ!!!」

 「きゃっきゃっ!!」

 僕の言葉に驚いた進おじさんは、素っ頓狂な声を出した。そしてなんて言っていいのか表現できないほど複雑な顔をしたんだ。
 けど、愛ちゃんは嬉しそうに声を出して笑ったんだ。まるで僕の言った言葉を理解したかのように。

 そしてもう一度愛ちゃんを見た僕に、愛ちゃんは3度目の笑顔をくれた。そして、心の奥底に直接伝わる言葉で、「きっとよ、やくそくねっ!」 そう言ったように聞こえた。
 3ヶ月の赤ん坊が言うはずないんだけど……

 うん! ぜったいだよ!

 僕も心の中でそう答えた。全く僕の独り善がりだけど、僕の中では、二人の将来が決まった瞬間だった。

 そんな僕と愛ちゃんを、進おじさんは複雑怪奇な顔で見比べていた。
 僕は、その時の進おじさんのいかにも複雑な表情が忘れられない。15年たった今でも、それは鮮明に記憶に残っていた。
 もう、進おじさんは忘れてしまっただろうけど……

 それから15年間、僕らは兄弟のように仲良く育ってきた。保育園も小学校も同じだった。僕の両親と愛ちゃんたちの両親も、何かにつけてお互いの家を行き来したし、一緒に旅行したりもした。
 もちろん、他にもヤマトで父さん達が一緒に戦った仲間の人たちの家族も一緒になることも多かったけど、母さん達が同じ職場だったこともあって、父さん達抜きでもよく会っていた。


 それで僕と愛ちゃんの関係は、すでに恋人同士…… って言いたいところなんだが…… 実はまだそこまでは行っていない。
 こんな風にクリスマスに待ち合わせして会ったりするわけだから、まんざらでもないと思うのだけど。二人きりで何度も会ったこともあるし、遊びに出かけたこともある。

 だけど、僕はまだ告白してなかったし、愛ちゃんの気持ちも、本当のところは、わからなかった。
 もしかしたら、あちこちに遊びに連れて行ってくれる単なる兄貴代わりとしか思っていないのかもしれない。

 それともう一つ、愛ちゃんがまだ中学生ってこともあるけれど、大きな問題は進おじさんだ。
 おじさんは今でも愛ちゃんのことを溺愛してて、彼氏なんて以ての外だっていつも言っている。

 今は僕のことを兄貴代わりみたいに思っているから、会うのだって別になんとも言わないけど、もし僕が愛ちゃんのことが本気で好きだってことがばれたら、きっともう二人きりでは会わせてもらえないだろう。
 だから、今の関係を崩したくないっていう、弱気な自分が告白を遅らせていた。

 と言っても、もう守兄や航、それからたぶん雪おばさんには、僕の気持ちはばれている。だから、あの3人は僕が愛ちゃんを誘うたびに意味深に笑う。
 守兄からは、早く告白しろ!とせっつかれているし、航もまだ彼女にしてないのぉなんて生意気なことを言いやがるんだ。
 愛ちゃんもきっといい返事してくれるって、やつらはそう言うんだけど…… 真偽の程はわからない。

 だけど、そろそろ告白しなくちゃって思っているのは事実だ。

 それは…… 僕は来年の春から、宇宙戦士訓練学校の士官候補学校に入学することに決まっていた――守兄も去年から入っている一応防衛軍のエリートコースだ。
 そうすれば4年間の全寮生活が待っているから、愛ちゃんともめったに会えなくなる。

 だからこそ、今日は告白しよう、って決意してきたんだ。だけど……
 もちろん、絶対にいい返事をもらいたいけど、万が一「ごめんなさい」って言われても、これからあまり会えなくなしハードな訓練でもすれば、失恋の痛みを忘れるのにもちょうどいいタイミングだとも思っている。

 いや、嘘だ!

 忘れる……? 本当はそんな事考えたことないくせに…… 僕にとって愛ちゃんはもうすっかり僕の人生の中に組み込まれている。愛ちゃんのいない人生は、僕には考えられない。
 「ごめんなさい、私にはお兄ちゃんにしか思えないの……」 そう言われるのも恐くて、告白を渋っている自分がいることを、僕自身よくわかっているのだ。

 もうすぐ彼女がやってくる。どうしよう……

 そんなことを考えているうちに30分がたったらしい。後ろから、いつもの聞きなれたきれいな声が聞こえた。

 「シ〜ン! おっまたせっ! 時間通りに来たつもりなのに、やっぱり私が後になっちゃった。ごめんなさ〜い!」

 ペロッと舌を出して微笑む愛ちゃんの顔を見て、僕はまたいつものようにドキッとしてしまった。愛ちゃんの笑顔は、生まれたばかりのあの時からずっと……ずっと変わらず、とてもかわいらしい。

 「いいんだよ。僕がいつも早く来てるだけだからさ。今日はなんていって出てきたんだい? 今日おじさんもいたんだろう?」

 進おじさんは、休暇中でその後も年明けまで地球にいると聞いていた。おじさんが、愛ちゃんが僕と二人きりでデートするだなんて聞いたらなんか言われそうで恐かったんだけど、彼女が大丈夫だっていうから任せていたんだ。

 「シンにクリスマスだから遊園地に連れて行ってもらうって言ったわよ。ああ、でも航兄ちゃんも一緒の振りして出てきたの。もちろん、航兄ちゃんとは外で別れたけど」

 愛ちゃんは、僕の向かいに座って、やってきたウエイトレスにオレンジジュースを注文してから、そう答えた。

 「ふうん、それでOK?」

 「そっ、シンはパパには絶大な信頼を貰ってるから大丈夫よ! シンと航が一緒なら大丈夫だなって! あ、でもママにはちゃんと話してあるわよ。シンと二人きりだって」

 愛ちゃんがまたニコリと笑った。おばさんは知ってるのか…… 僕の気持ちを知ってるはずなのに、こうやって送り出してくれたってことは……
 僕は探るような視線で愛ちゃんを見た。

 「どうしたの? シン」

 「い、いや、別に…… おばさん何か言ってた?」

 「特には…… 楽しんでいらっしゃいって」

 「そっか……」

 結局、その場ではそれ以上話をもって行けなかった。頼んだものを飲み干すと、僕らはその喫茶店を出た。

 それから、僕らは予定通り、そこからエアトレインで3つ目の最新型屋内遊園地へ行って遊んだ。

 それはそれで楽しかったけど、結局告白する機会はなくて一日が終ってしまった。

 夕方、晩飯を食べようと街に戻ってきた僕達は、クリスマスのショッピング街を歩いていた。クリスマスの夕方で、大勢の人達が歩いている。
 恋人同士らしきカップルがやはりたくさんいた。ピッタリと寄り添った二人は、お互い以外は何も見えないっていうほど、幸せそうなオーラを出している。

 一方、僕らの間はと言うと、手を繋ぐわけでもなく、腕を組むわけでもない。だけど、並んで歩く二人の間にはほとんど隙間はない。ちょっと体を揺らせば触れ合えるほどの距離にあった。だけど…… その距離がなかなか縮められない。

 それが歯がゆくて、僕は心の中でくそっと悪態をついた。
 こんなことじゃだめだっ! もう何年も堂々巡りをしていた思いを、ここではっきり伝えなければいけないと思った。そうでないと、僕はもう耐えられなくなってしまいそうだった。

 よおっしっ!

 僕は一大決心をして、すぐ隣の愛ちゃんの手のひらをぎゅっと握り締めた。
 愛ちゃんはびっくりしたように、大きな目を見開いて僕を見上げた。

 「あっ……」

 その顔を見て、僕はまた怯みそうになった。どうしよう…… せっかく掴んだ手を緩めたその時だった。
 今度は、愛ちゃんが僕の手をしっかりと握り返してくれたんだ。

 えっ?

 今度は僕が驚いて彼女の顔を見た。すると、彼女は恥ずかしそうに微笑んでから、なにか期待しているかのように目をキラキラさせて僕を見つめた。

 もしかして、僕の告白を待っている? 淡い期待が広がっていく。いや、それとも面白がっているだけなのか……? 迷いも生まれる。

 ええいっ! もうこうなったらどうにでもなれっ! ここまで来て引き下がるわけにはいかない。僕は僕の中のありったけの勇気を奮い起こして、手を繋いで歩きながら彼女に心の内を告げた。

 「僕は……君が……好きだ」

 と、突然愛ちゃんの歩みが止まった。だめか!? そう思って恐る恐る立ち止まった彼女の顔を見た。
 そうしたら、彼女はポッと頬を染めて、嬉しそうに微笑んでこう答えたんだ。

 「私も好き……」

 その答えに、僕は天にも昇る気持ちになった。やった! 僕の気持ちが通じたんだ。愛ちゃんも僕のことを思ってくれていたんだ。そう思ったら、もうこの場で万歳三唱でもしてしまいたい気分だった。

 「ありがとう……」

 僕はそう言うと、握った手をもう一度ぎゅっと強く握り締めて、また彼女を引っ張って歩き始めた。なんとなく、彼女の顔を見るのが気恥ずかしい。

 「僕は愛ちゃんに出会ったときからずっと……好きだったんだ」

 踊る気持ちで、だけど顔を見るのが恥ずかしくて前を向いたまま、僕はそう言った。すると、愛ちゃんも、

 「ずっと待ってた……ずっと…… シンがそう言ってくれるのを…… だって、シンに初めて会ったときから……ずっと好きだったんだもの」

 その答えに、えっ?となって僕は愛ちゃんを見た。すると愛ちゃんは頬を染めたまま、くすっと笑った。

 まさか、あの時のことを覚えているはずないよな?
そんな思いで愛ちゃんを見つめたけれど、愛ちゃんは何も答えない。

 だけど……とんでもないことのように思えたけれど、僕には、なんだか愛ちゃんもあの出会いのことを覚えてくれているようなそんな気がしてならなかった。


 そして今年のクリスマスから、僕達の間柄は、恋人同士に昇格した。

 余談だが、その日、できたてほやほやの恋人気分で、手を繋いだまま街を歩いていると、少し前を歩いているとてもいい雰囲気のカップルを見つけた。
 落ちついた雰囲気から、30代前半くらいのカップルだと、僕は思った。

 その二人は、ピッタリと寄り添いあって歩いていた。そんなにくっついたら歩きにくかろうと思うほどくっついているのに、なぜか歩き方が自然なのだ。
 それなのに、なんかイチャイチャしているっていういやらしさも感じない。二人が一つであることが一番それらしいんだ、っていう雰囲気をかもし出している。

 僕は素直に、ああいいなぁと思った。いつかあんな風に僕らもなれたら、そう思っていたら……

 突然何を思ったのか、愛ちゃんが急に慌てて僕を無理やり引っ張って、すぐそばにあった喫茶店に飛び込んでしまったのだ。

 どうしたのかと尋ねたら、なんとそのカップル、進おじさんと雪おばさんだったらしい。
 愛ちゃんの話によると、子供達がそれぞれ出かけたので、おじさん達も久しぶりに街に出ると言っていたらしい。でもこの広い街でまさか出くわすとは思ってなかったそうだ。

 しっかし…… 僕は心底驚いた。あの二人って確かもう40越えてたはず…… 若く見えるよなぁ、あの二人…… それにめちゃくちゃいい雰囲気だった。

 僕らもいつか、あんな夫婦になりたいなぁと心から感心した反面、もしあそこで僕ら二人が見つかっていたらと思うと―それも僕らは手を繋いで歩いてた!―進おじさんのものすごい剣幕で怒鳴る姿が浮かんできて、僕は背筋にぞくりと悪寒が走ったのも事実だった。
 もう一つの難関を、僕はすっかり忘れていたのだ。

 そんな僕の心のうちを見透かしたかのように、愛ちゃんはくすくすと笑った。

 「いつか、パパとの対決、がんばってね!」

 ったく、他人事のように言うなって!! ああ、これからどうすればいいんだろう……
 僕らの未来は、まだまだ前途多難のようだ。

おしまい

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(背景:Forestbouquet イラスト:Accesory item)