それはないよね、土門君!(宇宙戦艦ヤマトIIIより)


 ヤマトは10ヶ月を越える苦難の旅の末、とうとう地球を救うハイドロコスモジェン砲を手に入れた。後は地球へ急ぐだけ…… 宇宙戦艦ヤマト艦長、古代進は大きな声で全艦に指令した。

 「ヤマト、地球へ向けて発信!!」

 時に西暦2204年8月、宇宙戦艦ヤマトはシャルバート星を発進した。

 (1)

 そして……数日後、ヤマトはひたすら居次元空間を地球に向けてひた走っていた。島の綿密な計算の結果、後10日でヤマトは太陽系のど真ん中に飛び出す予定だった。現在のヤマトは少しでも地球に早く帰りつくこと、そして、太陽制御のハイドロコスモジェン砲をヤマトに取りつけることだけが責務だった。そして、その両方ともが、ヤマト両副長の指揮の元順調に行われている今、ヤマト艦内のクルーたちは……暇だった。

 古代艦長も暇だった。森生活班長は、それなりに忙しかったが、彼女は時間の使い方が上手だ。自然、ここ数日二人のツーショットが目に付いた。
 あの雪が遭難した事件の後、古代艦長は変わった。雪に対して馴れ馴れしくなったというわけでもないが、変にギクシャクしたところがなくなった。
 さらに、地球を救えるとわかってからというもの、ますます機嫌が良くなり、食事に行くと言っては雪を誘い、休憩が一緒になればどこかに誘ったりしているらしい。
 昔からヤマトに乗っていた第一艦橋の面々にとっては、いつもの二人に戻っただけと安心したのだが、その仲のよさ振りは新人達の中では大いに噂になった。

 『古代艦長と森生活班長は、帰還後に結婚するらしい』

 そんな噂がまことしやかに流れ始めた。誰もがうらやましがり、そして復興なった地球で二人の結婚式が行われることを楽しみにしていた。ただ一人、まだ雪への思いを断ち切れないでいる若い青年だけを除いては……

 (2)

 食堂の調理室、幕の内がいつものように料理を作っていた。今は、夕食タイムだ。大勢のクルーがにぎやかにヤマト亭で食事を取っていた。そこにふらりと入ってきたのは、土門竜介だ。

 「どうした? 土門? 手伝いに来たのか? なら、殺菌ルームを通って、こっちに来い! いくらでも仕事はあるぞ!」

 「へ〜い……」

 竜介はちょっとつまらなそうな声を出すと、幕の内の指示の通りにすると、エプロンとつけて入って来て、黙って仕事を始めた。今は第一艦橋勤務とは言え、最初に世話になった部署だけに手際がいい。

 「おお、土門、腕は衰えてないな、あっははは……」

 「当たり前っすよ! あ〜あ、俺、やっぱりこっちでずっといた方がよかったかなぁ……」

 提供するシチューを注ぎながら竜介がぼやく。

 「どうして? お前の活躍は艦長からも生活班長からも聞いてるぞ。大出世じゃないか! 俺だって鼻が高いぞ」

 「はあ…… 仕事の方はいいんですけどね……」

 そう言って、チラッと食堂の方を見る。視線の先にあるのは、例の噂のカップルだ。進と雪は何やら楽しそうに談笑しながら、セルフサービスのカウンターの方へ歩いてきた。

 「ちぇっ……」

 舌打ちする竜介の姿に、幕の内がくくくっと笑う。

 「なんだ、お前、まだあきらめてなかったのか? あの遭難事件の後、一人前になったって威張っていたくせに……」

 「そうなんですけどね、あきらめましたよ、一応…… けど……あんなに見せつけてくれなくても…… 第一艦橋でもこう、なんていっていいか、もういい雰囲気なんですよ。あれ見てると、どうも俺、なんか変な気分になっちゃって困るんですよねぇ」

 幕の内がぷーっと吹き出した。

 「さすがお年頃の男の子ってわけか」

 「笑い事じゃないっすよ。あーあ…… でも、解ってるんですよ、班長は最近幸せそうだし、艦長も当たりが柔らかくなって。ほんとによかったなぁって思うんですけどね」

 「昔のあいつらに戻っただけだがなぁ。俺達としちゃあ大歓迎ってわけだが、土門君としては悶々とさせられるわけだ?」

 幕の内はニヤニヤしたが、竜介はむっとしたまま調理室を出て行ってしまった。

 「どうしようもないな、あいつ……」

 幕の内は食堂に出て自分の食事を取ると、二人の後ろのテーブルにふてくされて座る竜介を見て肩をすくめた。

 (3)

 進と雪はなにかしゃべりながら食事を始めていた。同じテーブルには、二人に遠慮してか他に誰も座っていない。竜介は二人を後ろから睨んでみたが、後ろにいる自分の事など全く気付く気配もない。そして彼の耳には聞くともなしに二人の会話が入ってくる。

 「もうすぐ地球に戻れるな、雪」

 「ええ、そうね。でも艦長、最後の最後までぬかりなく!よ」

 のんきに笑う進の顔を見て、雪が釘をさした。だが二人とも目が笑っている。食事をする手も順調に動いていた。

 「相変わらずおっかないな、生活班長は……」

 「うふふ…… だって、艦長ったらこの頃私をいじめるから」

 「いじめる?」

 「ほら、この腕見て。あなたが強く縛りすぎて、型がついちゃったのよ。もう、加減を知らないんだから」

 ぷいっとふくれっつらを見せて雪が腕をまくる。手首に赤い筋が見えた。

 「えっ?」 進が慌てて雪がまくった腕を見て笑う。「あはは、ホントだな。ちょっとやりすぎたかな。雪がもっと強くって言うからだぞ。けど、これはいじめたわけじゃないじゃないか。君が喜ぶと思って……」

 「私が喜ぶですって!? あなたのためにしてあげてるんじゃない。私は我慢してるのよ、それなのにあなたったら、毎日来い来いって…… あなたの暇つぶしに付き合うほど私暇じゃないのよ」

 「暇つぶしじゃないぞ。大事な事だ。そうだろ、生活班長殿!」

 「もうっ!」

 聞き取りようによっては、意味深な会話だった。そう、後ろの土門竜介は大いに誤解した。

 (4)

 二人のその会話を、竜介はしっかりと耳にした。雪は怒ったような口ぶりだが、声の雰囲気からしてそうでもないらしい。横を向いて互いを見る時にチラッと見える横顔から二人とも笑顔が漏れていた。


 (ななな…… 何の会話だ!? 縛りすぎ?? 型がつく!? 雪さんが喜ぶって!!!??? 雪さんは我慢してるって?? あの二人……なにやってるんだ!? 艦長室でか? ってことは、二人っきりで…… えー!!もしかしてこれって……これって!?)

 最近特に仲のいい二人である。雪は頻繁に艦長室を訪れているらしいと、第一艦橋の情報通相原から聞いた。

 (いったいあの二人、艦長室で何やってるんだ!!)

 竜介は再びすくっと立ち上がると、半分食べかけの食器を返却棚に投げ込むように片付け、調理室に駆け込んだ。

 「なんだ土門? また来たのか? ほら、殺菌ルーム忘れるな!」

 「あっ、は、はい……」

 息せき切って飛び込んだ調理室だったが、幕の内にたしなめられて竜介は慌てて殺菌ルームを通りなおした。

 「それでどうしたんだ?」

 「あの……幕の内さん?」

 「ん?」

 「生活班長って……あの……その、毎晩艦長のところに行ってるんですか?」

 「……お前なぁ……はあ」

 幕の内が、あきれた顔で竜介の顔を見た。相手は真剣な顔で睨んでいる。こりゃあ、はっきりと言ってやった方がいいかな? 幕の内はそう思った。

 「そうだな、この頃は毎晩行ってるんじゃないかなぁ? いつの頃からだか、戦闘や特別な業務がないときは、勤務時間が終わったらお茶を届けるのが、森班長の日課だからな。今はもう特に忙しい仕事もないんだから、別にいいだろ? 二人で話したい事もいろいろあるだろうしな。地球に帰ってからのこととか…… ま、話だけで済むのかどうかは知らんがね」

 幕の内が意味深にニヤッと笑う。面白がって竜介を扇動しているのだ。

 「話だけで……済まない……?」 竜介の顔がさっと変わった。

 「いいじゃないか。あの二人はなんてたって婚約者同士なんだからな。だいたい、今まで艦長が意地張りすぎてたんだ。あれでいいんだよ、あの二人は。だからお前も……」

 いいかげんあきらめろ、と言おうとした時には、竜介は再び調理室を飛び出していた。

 「なんだ、あいつ。今日はやけに忙しいヤツだな」

 幕の内が苦笑して首を傾げた。

 (5)

 調理室を飛び出した竜介は、そのまま食堂を飛び出して廊下を走った。
 竜介は第一艦橋で働くようになってから、あの二人の動作が嫌がおうにも目に付く。雪には惚れていたが、二人の間に割り込もうなんていうつもりは、既になかった。
 だが、二人がつっけんどんな態度をとっていると心配になるし、逆にこの頃のように二人が仲良くなると……今度は、あの二人が二人っきりになったら何してるんだろう、などということが気になって気になって……さらにとんでもない妄想まで浮かんできてしまうのだ。

 (第一艦橋の他の人たちってそんなこと考えないんだろうか?)

 結局、竜介は後方展望室に駆け込んだ。幸い誰もいなかった。竜介は入り口から死角になる隅っこの柱の影に座りこんだ。心臓がドキドキしている。走ってきたからもあるが、それだけではない。さっきの艦長と生活班長の会話、そして幕の内の意味深は発言をかみ合わせ、竜介の頭にはとんでもない妄想が浮かんできた。

 まさか……まさか……艦長と班長……!? この艦内で……ヤマトの中なのに…… もしかしたら、こんなことやあんなこと、してるんだろうか……?

 竜介は誰もいない展望室の片隅で空想をめぐらしていった。

***********土門君の想像の世界***********

 班長は、今夜もいつものように二人分のお茶を用意して、艦長室のドアをノックするんだろうなぁ。

 「艦長、森です」

 「ああ、入っていいよ」

 「古代君!」 艦長室に入ると班長は艦長の事をきっとこう呼ぶはずだ。「うふふ、今日もお茶の時間よ」

 「待ってたよ、雪」

 艦長もめちゃくちゃうれしそうに班長を迎えるに違いない。

 「待ってたのはお茶? それともア・タ・シ?」

 誰もいない艦長室だと、いきなり班長も色っぽくなったりして…… さっそく艦長の胸にしなだれかかったりしてるかも。

 「もちろん、君の方に決まってるさ」

 「うふふ…… もうっ!古代君ったらやあねっ!」

 もうすっかり二人の世界になっちゃっててさぁ。班長は、艦長と並んで窓から星を見るんだ。

 「もうすぐ地球に帰れるのね」

 「ああ、帰ったら……結婚式しような、雪」

 「ほんと! うれしいっ!!」

 こういう甘い言葉をかけてもらうと、班長だって女だからな。大喜びで艦長の首に腕を回して抱きついちゃったりするんだろうなぁ、きっと……
 んでもって、そうきたら、艦長だって男としては黙ってられないよな。艦長室ってのは何せ密室だ。部屋の鍵さえかけておけば誰も入って来れないんだから。

 「雪……愛しているよ」

 なーんてつぶやいて、班長をぎゅーっと抱きしめて、そんでもって……くそぉ!……ぶちゅって熱っついキッスってやつを。班長だって待ってるんだ、きっとそれを。もちろん、班長もそのキスに思いっきり答えるんだよなあ。そうそう、やっぱり舌を絡めあって濃厚なヤツを……べたべただな。音まで聞こえてきそうだ。

 あの二人ヤマトに乗る前は一緒に暮らしてたんだから、いろいろ経験もあるはずだし……経験……うわっ!
 ヤマトが苦労してた時は、艦長も色々思う事があったから我慢してたみたいだけど、最近それがなくなってさ。こう、溜まってたものをばあん!と開放しちまってガンガン攻めまくってんじゃないのかぁ?

 「古代くぅん(班長の声が甘えたようになってるのがミソだ)、お茶入れるわね」

 「そんなことより、雪を食べたいな」

 うわっ、あの堅物の艦長でもこんな事言うのかねぇ。

 「あらっ、やーね。ここはヤマトの艦内よ」

 「いまさら何言ってるんだよ。このところ毎日してるじゃないか」

 ホントに毎日やってるのかなぁ…… いや、あの雰囲気は……やってるかもしれないよなぁ!!

 「んっ、もうっ!」

 「今日はちょっと雪をいじめてやろうかな。いつもワンパターンならつまらないだろう」

 「えっ? そんな……恐いわ」

 なーんて、班長は一応不安そうな顔をして見せるんだけど、目は期待できらきらしてたりして……うひひひ

 「これで君の両腕を縛ってやるぞぉ!」

 「きゃっ、嫌よ……(って全然嫌そうでないんだ)」

 そんなこと言いながら、艦長は班長をベッドに押し倒して、あっという間に制服を脱がせちまうんだよなぁ。うわあ…… 想像しただけで俺……
 その上で班長の両腕を押さえて、手に持っているロープでその白くて細い腕をぎゅっとしばって…… ん? ちょっと待てよ、なんで艦長、こんなとこでロープなんか持ってんだ? ま、いいか、気にしないでおこう。

 「あ……何するの?」

 「言っただろ? 雪をいじめてやるんだよ」

 「古代君…… だめよ、いやいや。あん、そんなに強く縛らないで……痛いわ」

 「いやいやって言ってるのは口だけに見えるけどな。ほんとはうれしいんだろ、雪?」

 艦長はどんどん調子に乗ってさあ。今度は布きれを出してきて、班長の目隠しもしてしまうんだ。そして、そのままちょっと手を離す。

 「古代君……? 古代君、どこ?」

 班長は手も縛られてるし、何も見えなくて心配そうな声を出すんだ。また、その声がやけに悩ましかったりするんだろうな。でもって、艦長がその体にそっと触れる。

 「きゃっ」

 「見えない方が感じるだろう?」

 艦長が耳元でそう囁くと、班長も「あん……いじわる……」とか言って甘い吐息を吐くんだ。
 その声は間違いなく誘ってる声なんだ。そうきたら、あとは艦長も自分の着ているものを脱ぎ捨てて、班長の上に覆い被さって……
めくるめく世界が……

 「雪……」

 「土門君……」

 そう……いつの間にか……班長の上に覆い被さっているのは……艦長でなく――――俺だった


 うわわわ…… 俺!! 何バカな事考えてんだよぉ!!!

*******************************

 突然、自分の妄想に驚いて、竜介は思わず大声を挙げてしまった。

 「こんなところで何やってんだ!! ここはヤマトの中だぞ!!」

 (6)

 一方、食事を終えた進と雪は、いつものように後方展望室にやってきた。この後方展望室は、イスカンダルへの旅のとき以来、進と雪がヤマトの艦内で一番よくデートした場所だった。

 「あと、1週間か……」

 「ええ…… 長かったようで、短かったわね。この旅も」

 「ああ。けど、『百里を行くものは九十九里を以って半ばとせよ』だからな」

 「そうね、最後まで気を抜かないで頑張らなくちゃ」

 二人で顔を見合わせて頷く。

 「そう言えば、佐渡先生にそのことわざで戒められたのもここだったなぁ」

 「ああ、あの時でしょ? 二人で写真を撮ってたのを見られてたって、あなた後で言ってたわね?」

 「うん、そう。もう随分昔のことのように思えるな。あの写真……今もあの部屋にあるだろうか?」

 イスカンダルへの旅の記念の写真は、進が大切に持って帰った。その後、進の部屋でそれを見つけた雪が、寝室のたんすの上に飾って以来、ずっとその写真はその場所で二人を見続けていた。

 「あるわ、きっと…… もうすぐ帰って見れるわ、きっと」

 「そうだな……雪。今はもうこうやって肩に手をかけても、はたかれたりしないかな?」

 進は小首を傾げて雪を見つめた。雪はかすかに微笑みながら進を見返す。彼はゆっくりと手を伸ばして彼女の肩に手を置いた。
 雪はくすっと笑うと、その手に自分の手を重ねた。もう、あの時のように手を払いのけたりはしない。
 このまま抱き寄せて、思いっきり彼女の唇を心ゆくまで味わってみたい…… 進の中にそんな衝動が沸いてきた。進の雪の肩に乗せた手に力が入ったその時、突然大声がした。

 「こんなところで何やってんだ!! ここはヤマトの中だぞ!!」

 「うわっ!」 「きゃっ!」

 その声に、進も雪もびっくり仰天して、声がした部屋の片隅を見た。そこには竜介が座りこんでいたが、進たちの姿に初めて気付いて慌てて立ちあがった。

 「か、艦長!?」

 互いの顔を見て、3人が3人とも真っ赤な顔になってしまった。

 「お、お前ずっとそこにいたのか? 何やってるって……お、俺はまだなにもしてないぞ……まだ」

 進も気が動転し、自分が今しようとしていたことを思い出して、とにかく言い訳をした。雪は声も出ない。竜介の方も、自分が一人あやしい妄想をしていたなどと言えるわけもなく、その上、妄想の張本人達が目の前にいる事にすっかり慌ててしまった。

 「え?え、え、え??? いや、あの……その、俺何も見てません! 何も見てませんよぉ! すみませーん。ごめんなさい!」

 そう叫ぶと、駆け出して行こうとした。

 「お、おい! ちょっと待て! 土門!!」

 (7)

 進の呼びとめる声に、竜介は後ろ向いたまま立ち止まった。

 「ちょっと来いよ」

 艦長命令に、竜介は仕方なく振りかえると、恐る恐る一歩ずつ近づいてきた。進の顔はまだばつが悪そうに赤みがかっている。雪も同じだ。

 「なんでしょうか?」

 「お前…… その、なんだ…… 変な事言いふらすなよ。別に俺達は何もしてないぞ。ただちょっと休憩して話をしていただけで……」

 進が、いかにも都合が悪いという顔で、ぼそぼそと言い訳する。つまりは何も見なかったことにしろよ、と言う事だ。

 「あ……いえ、その…… さっきのは別に……違うんです。俺がちょっとうとうとしてて夢見てただけで……何も見てませんし……」

 竜介はそう言ったものの、一体この二人何してたんだ?などとまた頭の中にあやしい想像が浮かんできてしまうのだ。
 彼としては、二人の前でこうやって立っているだけでとにかくばつが悪い。早く逃げ出したい気持ちで一杯なのだ。それなのに進は開放してくれない。竜介の顔を見てちょっと考えるような仕草をしてから突然こんな事を尋ねた。

 「ふうん…… 居眠りしてたのか? お前、暇なのか?」

 「はっ?」 竜介には進が何を言いたいのかよくわからなかった。

 「暇なのか、って聞いたんだ」

 「は、はあ…… 第一艦橋の当番がないときは、特に戦闘もありませんし……」

 小さくつぶやくようにぼそぼそと答えた。

 「そうか、なら、今晩艦長室に来いよ。いいこと勉強させてやる。な、雪」

 「えっ!?」 「艦長?」

 雪と竜介が同時に驚いて声をあげた。

 「2人でするより、3人の方がいいだろう? ほら、あれもやってみたいし……2人じゃできなかっただろう?」

 「でも……あなたの趣味に土門君も巻き込んじゃかわいそうよ」

 「何言ってる! こいつだっていつ必要になるかわからないじゃないか?」

 「まあ、そうですけど……」

 竜介は事の次第がよくわからないまま、呆然と二人の会話を聞いていた。彼の頭の中には、再びさっきの妄想が浮かんでくる。

 「じゃあいいな、土門! 今晩、8時、艦長室に来い。待ってるぞ」

 「は、はい」

 (え、え? え!? ち、ちょっと待って……一緒にって? 3人で?やるの!!?? うっそー!!)

 返事だけはしたものの、頭の中をぐるぐる回る妄想に竜介が呆然となっている間に、進はそう言って雪と連れだって出て行ってしまった。
 竜介がやっと進の言葉を飲み込んで、理解して後ろを振りかえった時には既に誰もいなかった。

 「え”〜〜〜〜!!」

 (8)

 「古代君、土門君まで巻き込んじゃって…… それならいっそのこと全員を集めて講習会でもする?」

 「ん? ああ、まあ、それもいいかもな」

 「あら? そう言えば、土門君になんの研修するかって言ったかしら?」

 と、のん気に語りながら廊下を歩く二人に、竜介の動揺など想像できるはずがなかった。

 (9)

 一方、当の竜介の方はどこをどう歩いたのか、ふと気がつくと居住区エリアの自分の部屋に戻っていた。竜介が自分のベッドにどっかりと座りこむと、2段ベッドの上から声がかかった。同室の坂東だ。

 「どうした、土門? やけに赤い顔してるぞ」

 はっとして顔を上げた。坂東の顔がまっさかさまなまま、ずずずっと降りてきて、そのままの格好で竜介と面と向かった。

 「そ、そんなことないよ!」

 顔を見られているのが恥ずかしくて、竜介はベッドに倒れこんで頭から布団をかぶってしまった。
 その態度が気になって、坂東が自分のベッドから降りてきた。そして、竜介のベッドの横に立った。

 「どうしたんだよ? 熱でもあるのか?」

 「ないよっ!」

 竜介はがばっと起きあがり、噛み付くような顔で叫んだ。坂東がふーんという顔をして笑う。

 「お前さぁ、さっき食堂で艦長達を睨んでたろ? その後でもつけてってラブシーンでも見たんじゃないのか? 最近、アツアツらしいからなぁ、あの二人」

 坂東の100%的中の発言に、竜介の顔はぼっと燃えた。

 「あたり……か あははは…… 俺もさぁ、真田副長が苦笑いして言うんだ。艦長は最近暇だから彼女の後ばっかり追っかけてるってさ。ま、真田さんが言うには、その方がこの艦内が平和だから、いいことらしいんだけどね。やっぱお前が見てもそうなのか?」

 その質問に竜介は頷いた。

 「やっぱり、真田さんが見てもそうなんだ。 俺、当てられっぱなしのような気がするよ」

 「あっははは、ふうん。なあ、あの二人艦長室でやっぱりやってると思うか?」

 坂東がにやっと笑って竜介をつっついた。竜介の顔がまた真っ赤だ。

 「な、なっ、何を!」

 「何をって、そりゃあ決まってるだろう、男と女が二人でする事っていったら……」

 坂東のにやけ顔もますます緩む。

 「ば、ばかっ! か、艦長がそんなことするはずが……」

 ないだろう、とはっきりと突っぱねられない。言葉尻が小さくなってうーんと考え込んでしまった。なにせ、さっきからの会話が気になって気になって、竜介の頭の中は、今、その事で一杯なのだから。

 「へぇ、あるよなぁ、その線。だってさ、あんな美人と二人っきりでいて何もしないわけがないよなぁ。俺も実はそれをネタに……思わずふけった事あるんだ。例えば、その二人のところに俺も参加して3人で……なんてのも美味しいよな」

 竜介だけではないのだ。若いさかりの男の子だ。いろいろと思いにふけることもある。

 「えっ? そ、そんなことあるわけないだろうがぁ!! あの艦長がそんなこと……」

 「想像だよ、想像、マジになるな。けど、わっかんないぞ。くくくっ…… 表向き固いヤツほど、ハメをはずすとすごいっていうから、案外……」

 最後までは言わないが、坂東のその続きの意味するところは竜介にもわかった。

 「うっへぇ!!」

 坂東の言葉攻めに、竜介は心臓が再びばくばくと鼓動し始め、とうとう部屋を飛び出してしまった。

 「あいつ、大丈夫かなぁ。ちょっと冗談が過ぎたかなぁ……」

 部屋を飛び出した竜介を見送って、坂東が苦笑した。

 (10)

 廊下に飛び出した竜介がはっとして時計を見た。午後7時45分を回るところだった。約束の時間は8時。もう時間がない。

 (どうしよう、行くのか? 竜介。いや、やめた方がいい。3人でなんて……いくらなんでも…… でも、もしあの雪さんの……見れるんなら…… 一度くらい、バカな事をしても……)

 悪魔の誘惑が竜介を誘う。あの艦長があんなことしてるんだ、俺がちょっとそれのお相伴を預かって何が悪い。第一、これは艦長が誘ってきた事なんだから。
 そんな風に考えると、急に竜介は大胆な気分になった。

 「よぉっし! 行ってやる! 行って……行って……」

 どうするっていうのかは……わからなかった。とにかく、ドキドキとわくわくと(これがもしかしたら一番かもしれない)おどおどとがくがく……とにかく、落ち着かない形容詞ならなんでもあてはまりそうな竜介であった。
 艦長室へ行くエレベータの前に立つ。上向きを示すボタンを押す手が震えていた。

 「よっし!!」 意を決してぐっと強くボタンを押した。

 「あ、いててて……」 勢いよく押しすぎて……突き指しそうになった。

 エレベータが微かな音を立てて降りてくる。そしてドアが開く。このいつもならなんでもない動きが一つ一つおきるごとに竜介の心臓をズキンと刺激した。
 エレベータに乗る。最上階のボタンを押す。エレベータが動きだした。あっという間に最上階だ。そこには艦長室しかない。もう……戻れない!

 竜介の心臓はもう飛び出しそうだ。目に見えて胸が上下する。俺は一体何をしようとしているのか…… 本当にこんなことしていいのだろうか……?
 心の中の理性と言うものが竜介の行動に静止をかけようとしていた。しかし、体は全く動きを止めず、まっすぐに艦長室に歩いていた。

 竜介は、理性より本能を選んだ。

 (11)

 トントン……艦長室をノックした。「ど、土門です」それだけやっと言う。「入れ」中から声が聞こえた。ノブを回したら、もうそこは……

 艦長室には既に雪が来ていて、にっこり笑って迎えてくれた。

 「土門君、いらっしゃい」

 進も明るい顔で竜介を見ている。そして、竜介の後ろのドアが閉まるなり立ちあがった。

 「よし! 始めよう!」

 竜介はその言葉にめまいを感じた。いいんだろうか、本当に…… あの雪さんの体をおもいっきり縛って…… それで……それで……

 「あの……僕……初めてなんです……だから、その……うまくできるか……」

 竜介がやっとの事でしどろもどろに言う言葉に、進と雪が揃って視線を竜介に集めた。竜介はその4つの瞳にぎくっとした。一歩後ずさりしてしまう。と、雪が最高の笑顔でこう言った。

 「大丈夫よ。私がちゃんと教えてあげるから」

 「は、はいーっ!!」

 これは殺し文句だ。雪の声は竜介の背中をぞくぞくっとさせる。彼の声は完全に裏返っていた。進がその受け答えに首を傾げた。

 「なんだ、お前。嫌に緊張してるんだな?」

 竜介はとぼけた顔の艦長を見る。これが緊張せずにいられるわけないでしょう! 目がそう訴えていた。が、当然艦長には通じていなかった。
 進がテーブルにおいてあった白い布を手にとった。いよいよ始まるのだ!!

 (12)

 「じゃあ、何からする? 雪」

 進の尋ねられた雪は、人差し指をあごに一本あごにあて、少し考えてから答えた。

 「そうね、まずは簡単な止血法からにしましょうか?」

 (は? シケツホウ? なんだそれ??)

 やけに冷静に話し始めた二人の会話の内容が竜介には理解できなかった。

 「それからまっすぐな部分の包帯の巻き方、間接部分の包帯の巻き方は結構難しいからその後でね。それから……」

 (ホウタイ……ノ……マキカタ?)

 きょとんとしている竜介を手招きしながら、雪が説明をし始めた。

 「土門君、ちょっとこっちに来て。ほら、これを持って私の腕のここが出血個所だと思って、止血のために、そう、このあたりかしら。ここをぎゅっとしばって……」

 「あ、だめだ。検体は俺がやる。土門に雪の腕なんか縛らせて、ひどい型つけられたら大変だ」

 「何言ってるの。型つけるほど縛っちゃったのは艦長でしょう? 加減する事を知らないんだから」

 「しかし、あれは君がまだ縛り方が足りない。それじゃ、止血できてないっていうから……」

 「だから、それが加減だって」

 進と雪は竜介がそこにいるのも忘れて縛り方の加減の話に夢中になった。

 (え……シバル……ってそういう事だったの……か……)

 二人がそこまで会話した時、その会話の外で白くなっている竜介にやっと気付いた。

 「おい、土門、どうした?」 「土門君? 聞こえてる?」

 返事がない。目を開けたまま気絶してるかのように、呆然と口をぽかんと開けて立っている。

 「おい、土門! ど・も・ん!!!

 「は、はいっ!」

 雪が耳を覆うほどの進の怒鳴り声が艦長室に響いて、やっと竜介が返事をした。

 「なんだ、生きてるじゃないか。なにやってんだ。ほら早くしろ! 俺の腕を貸してやるから、やってみろ」

 進が右手でさらし布を差し出し、左手をぶん、と突き出した。

 「あ……あのぉ…… これ、何をするんでしたっけ?」

 竜介はその布を受け取って、進の袖を捲り上げた太い腕を見、そして顔を上げて二人を見た。さっきからの高ぶった気持ちは既に完全に消え去っていた。そして、体中がさーっと冷えて力が全部抜けて行くようなそんな感覚だった。

 「何って、あれ? お前に何するか言ってなかったっけ?」

 「はい……」 返事に力がない。

 「そうよね、私もそんな気がしてたのよ。うふふ、これね。救急看護実習ってところかしら? 野戦なんかで急な怪我で出血したときの止血法とか、包帯の巻き方、添え木の当て方や腕のつり方とか…… 艦長ったら、最近暇なものだから、急に思いついちゃって、教えろ教えろってうるさくって。私が仕事終わってから教えてあげてたの。で、今日は土門君も誘って、興味持つようだったら、全員に講習会でも開こうかって話してたのよ」

 「そ、そうなんですか……」

 「昔、宇宙戦士訓練学校にいた頃習った事あったんだけど、こういうことは、たまに実際にやっておかないと忘れるだろう? ちょうど今、時間も取れるし…… ん? 土門、お前いったい何するつもりで来たんだ?」

 竜介の奇妙な態度と余りにもの息消沈ぶりに、進が不審に思って尋ねた。

 「えっ、いえ、あの……その……」

 再び顔がかーっとなってきた。顔が燃えるように熱い。竜介は全身の血が顔に集まってきたような気がした。何するつもりで来たか……など、言えるはずがなかった!

 「あは。あははは…… いやぁ、その…… あはは。早く教えてください。その止血法……」

 笑ってごまかした竜介は、もうヤケクソ状態だ。その後、いやに熱心になった新しい生徒を交えて、艦長室での『楽しい』研修会は夜遅くまで続いた。

 (13)

 翌日の食堂。調理室では今日も幕の内が腕をふるっていた。そして今日も、竜介が一日の仕事を終えて入ってきた。また機嫌が悪い。ムッとしたまま、ただ黙々と最後の一人が食べ終えるまで、調理室の手伝いをし続けた。例の二人が来た時だけ、びくっとして睨みつけていた。
 そして、食堂終了後、竜介と幕の内はコーヒーを目の前に、誰もいない食堂で座った。

 「どうした? 土門。今日は随分と機嫌が悪いじゃないか?」

 「どうもこうもありませんよ! 昨日、艦長が部屋に来いっていうもんだから行ったら、止血法だの包帯の巻き方の研修会だのって、3時間ですよ! 3時間!! ずっと付き合わされて、白い布切れと格闘してたんですよ!!」

 「いいじゃないか。いい勉強になっただろう? それに講師は班長だったんだろ?」

 幕の内が面白そうに受け答える。

 「そうですよ! ですけどねっ! あの二人、なんかすぐ二人の世界に入っちゃって、うれしそうに見つめあったり、意味なく笑いあったり…… 俺がいることなんかどうでもいいって感じで、ううっ! そりゃあ、班長はやさしかったですけどね。
 でも、あきらめたとは言え、俺は班長の事が好きなんですよ、今でも。それを…… 艦長だって班長だって俺の気持ちくらいわかってるはずなのに、くっそぉー!」

 真剣に怒っている竜介の姿が逆に滑稽で、幕の内は爆笑してしまった。

 「うわっはっはっは…… だから言っただろう? いい加減にあきらめろって。艦長には他意はないんだ」

 「艦長があんな紛らわしい事言うから……」

 ぼそっとつぶやいた竜介の言葉を、幕の内が聞き逃すはずがなかった。

 「紛らわしい事ってなんだ?」

 「えっ? な、なんのことですか」

 竜介はとぼけて見たが時既に遅しだ。幕の内には、竜介がどんな魂胆でいたのかが見えた。

 「ははあん……お前、昨日艦長室でどうのこうのとか言ってただろう? 変な想像して、勝手にあやしい誘いと間違えてたんじゃないのか?」

 「ち、違いますよ!!」

 「図星だな」

 「むうっ!」

 竜介は否定したが、そのふくれっつらからそれは明白だった。もう少しからかってみるか……幕の内はそんな風に思ったのか、こんなことを言った。

 「なら、土門。この際、艦長を出しぬいて見ろよ。雪さんに告白して来たらどうだ? まぁ、玉砕だろうがな。好きだぁって抱きついて、思いっきりひっぱたかれてくるとか…… それとも、最後の記念にキスしてください!とか迫ってみるとか」

 幕の内はまったく冗談のつもりだった。が、それを冗談に取らないのが竜介の竜介たる所以だ。

 「そうですねぇっ! ああ、それいいかも!! 思いっきりひっぱたかれるってのも、すっきりできていいかも!! いや、待てよ、もしかしたらありがとうってチュッてしてくれるかもしれませんしね」

 土門が我が意を得たりといった顔をして、俄然張り切り出した。幕の内は逆に驚いて慌てて止めた。

 「おいおい、今のは冗談だよ、冗談! 本気にするな! そんなことしたら、艦長に何されるかわからんぞ!」

 「艦長なんか、知るかっ!気にするもんか!! よーし、やってやるっ! じゃ、行って来ます!!」

 すくッと立ちあがった土門竜介。一世一代の大告白に賭けるのか?
 おとなしくあきらめようとしていた思いにケリをつけるために、あえて告白する事を選んだようだ。さて、この告白、どんな結果をもたらすのやら?

 To be Continued……?

−お わ り−

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