あなたをユ・ウ・ワ・ク




 あっという間に雪の手を引いた進は、そのインド料理店に到着した。店内に入ると、まだ時間も早かったこともあり、すぐに席に案内された。
 雪が勧めるだけあってなかなか雰囲気のいい店だ。それにカップルが多いらしく、照明も間接照明の程よい暗さがあった。

 案内に出てきたウエイターに進が何か言うと、二人は奥まった壁際の席に案内された。そこは、入り口からは死角になっていて、周りの席にもまだ誰も座っていなかった。

 二人でゆっくり話せる場所がいい……進はそうウエイターに伝えた。が、実際は話をするどころではない。とにかく、妻をそして自分も、少しでも人目から避けたかったのだ。

 席に案内されると、入り口から背を向ける席に雪を座らせ、進はその向かいに座った。案内してきたウエイターがメニューを置いて去っていくと、雪はさっそくメニューを開いた。

 「まあ、美味しそうっ! ね、進さん、何食べる?」

 「あ? ああ、なんでもいい。俺、インド料理なんてよくわからないし、君に任せるよ」

 「わかったわ。あなた、辛いのも別に平気よね? どれにしようかな……」

 進は雪が開いて見せたカラフルな写真付きのメニューをちらりと見ただけで、またすぐに視線を横に逸らしてしまった。妻の方をじっと見ていると、どうしてもよからぬ方向へと思考が行ってしまう。

 ――もう、進さんったら、落ち着かなさそう、うふふ…… でも、せっかくあなたが人目につきにくい席を選んでくれたんですもの。これを活用させてもらわなくっちゃ。

 雪はメニューを見ながら、これからのことに心をときめかせた。

 なんとか人目につかない場所に座ってほっとした進だが、その心身を乱し続ける元凶?たる妻は、今も目の前で妖しい笑みを浮かべている。

 インド料理がよくわからないというのは本当だ。しかしそれ以上に食事をするという余裕が今はない。
 股間はさっきからずっと硬くなったままだ。さっきから歩くたびにスラックスにこすれて痛かった。その上座ってみると、それが生地に押される形になって、痛いようなそれでいて微妙に背中に快感が走ったりもするのだ。

 ――雪のヤツ、ご機嫌だな。けど今の俺は、メシ食うよりしたいことあるんだぞ〜!

 恨めしそうな顔で妻をちらりと見る。が、相手は全く平気な顔でメニューに見入っているだけ。進は小さくため息をつくしかなかった。

 「やっぱりインド料理だし、ナンとカレーは必須よね。あ、これがいいわ! プレートセットっていうの。3種類のカレーとタンドールチキンに、サモサ、トマトスープもついてるし、あとラッシーとデザート付ですって! どう?」

 「ああ、それでいいよ」

 少々投げやり気味な返事をする進。それでも雪は特に感知しない。

 「お酒は? ワイン?」

 「え? ああ、まかせるよ」

 「じゃあ、ここのハウスワインでいい?」

 「ああ……」

 いつもなら食事の選択もワインの選択も結構張り切る進が、今日ばかりは上の空でOKするばかりだ。

 「そう、わかったわ。じゃあ、あっ、すみません!」

 さっそく雪はウエイターを呼びとめると、プレートセットを2つとハウスワインをハーフボトルで注文した。それからウエイターがいなくなるのを確認してから、さっそく行動開始とあいなった。

 「でもやっぱり暑いわね〜 スカーフとってもいいでしょ?」

 と言うが早いか、進の了解も聞かずに胸元のスカーフをするりと取ってバッグの中に入れてしまった。

 「え?あっ、こらっ…… ったく、まあここなら暗いしそばに誰もいないからいいが…… けど、給仕が来た時には絶対うつむくなよ!」

 恐い顔で睨む夫の顔も、今日ばかりは雪には全く恐ろしくない。なんてったって、その裏で焦る彼の心が見えているのだから。

 「うふふ、わかってます!」

 と答えると、わざと胸元を見せるように襟を開き加減に、夫に向かって少し前かがみになって見せた。

 「ウエイターさんが来た時は、こんなことしちゃだめってことでしょ?」

 あっ、と一声発したまま、進の口がぽかんと開いたままになる。
 薄暗い中とはいえ、進の目には妻の胸のほぼ半分は目に入ったに違いない。夫の表情でそれを確信した雪は、またもや意味深にも悩ましげに、まぶたを何度かぱちぱちとして見せた。

 ごくり…… 進がツバを飲み込む音が、雪の耳にもはっきりと聞こえた。雪は嬉しいのとおかしいのとで笑い出しそうになるのを懸命に堪えながら進に尋ねた。

 「お腹……空いたの?」

 「あ、ああ……すごくな……」

 進はその胸元に視線を向けたまま、小さく頷いた。夫の視線が肌に突き刺さるほど熱い。だがそれでも雪は、そ知らぬ顔で見当違いな答えをしてみせた。

 「待ってて、もうすぐお料理が着くわ」

 その言葉に進の視線が雪の顔へと移った。じっと妻の顔を見つめるその瞳は、間違いなく燃えていた。

 「食べたいのは料理じゃないことくらい、わかってるだろ?」

 雪はそれには答えずクスリと笑うだけだった。けれど、夫の言葉がこそばゆくて、雪の体が快感に小さく震えていた。そして、それが彼女の敏感な部分へと伝わっていく。

 ――ああ、熱い…… 体中が熱くなっていくわ。なんて素敵な快感……

 じっと夫を見つめると、彼も見返してくる。見つめ合う二人の視線は、しっかりと絡み合い、目と目で愛し合えるのなら、間違いなくこの時点で、二人は一つにつながっていただろう。



 しばらくしてワインが届くと、さっそく二人はグラスを掲げあった。

 「今日の日に乾杯、うふふ」

 「何の日か知らんが、雪の策略が早く終わりますように……乾杯!」

 「まあ、策略だなんて、やぁね。ゆ・う・わ・く!してるだけよ!」

 「はいはい……」

 進は苦笑しながら、くいとワインを口の中に流し込んだ。熱く燃える体に、冷たいワインが心地よかった。

 ――そう言えば、この間の旅行のワインはうまかったなぁ……

 この間の旅行で、妻と過ごしたホテルの一室での出来事。進は、あんなワインの飲み方をしたのは生まれて初めてだったが、やみつきになりそうだ。
 その時の妻の白い肌が目に浮かび、さっき目にした胸の膨らみと相まって、進の体は一層の熱を帯び始めていた。

 もちろん雪も、夫のその思いも視線も体中に感じていた。

 ――熱いわ、体中が熱い…… 彼にこんなふうに見つめられるだけで、私どうにかなってしまいそう。

 雪も同じく熱い思いに燃えながら、ワインを口に含んだ。



 ワインを一杯ずつ飲み干した頃、ナンとカレー3種が乗った大きなプレートと、他の料理を載せた皿がもう1つずつ届いた。
 ラッシーとデザートは食後にと頼んで、二人はさっそく食事を始めることにした。

 それからも、進の視線は向かいに座る妻の胸元に釘付けになっていた。
 雪は夫を刺激するため、これ見よがしに体を動かす。するとそのたびに、胸の膨らみが大きく開いた襟の内側でふわふわと揺れているのが、当然のごとく進の目に入ってしまうのだ。

 おかげで、ツバは何度も飲み込む羽目になったが、肝心の食事のほうは一向に進まなかった。

 「今日はずいぶん食が細いのね、あなた?」

 「そ、そんなことないさ。食べてるよ! ああ、早く食べてしまわないとな」

 そうだった、早く食べてしまって家に帰らなければ、この事態は解決しないのだ。進は慌てて食事の方へ目をやると、必死に食べることだけに集中しようとした。

 雪はまたちょっとした誘惑作戦を思いついて、持っていたフォークとナイフをテーブルに置いた。

 「んふっ。ねぇ、あなた知ってる? インド料理って、ナイフやフォークを使わないで、手だけで食べるのが本当なんですってね」

 そう言うと、雪は素手でタンドールチキンをつかんで口に運んだ。

 「そ、そういうものか……」

 雪の言葉に、進も真似をして同じくタンドールチキンを手に取った。

 夫の視線を感じながら、雪は小さな口でチキンを一かじりした。それから上目遣いで、夫の顔を見つめ困ったように微笑んだ。

 「あらん、手にソースが一杯ついちゃったわ」

 雪は、チキンをプレートに戻すと、ソースの着いた指をゆっくりと1本ずつ舐め始めた。

 ポトリ…… 進の手からチキンが落ちた。そしてまたぽかんと口を開く。

 指を丁寧に舐めていく妻の姿は、なんとも艶かしかった。口紅に飾られた小さな唇は、チキンの油がついてさらに艶やかに輝き、その唇の間に指を入れたり出したりする様は、当然のごとくある光景を思い浮かばせる。

 その上、チュパチュパッという小さな粘着性の音も聞こえ始めるし、加えて口の中から赤い舌がちょろりと見え隠れすることもあった。

 雪は進の視線がさらに熱っぽくなったことを体全体で感じていた。

 しばらくして閉じられた進の口元から聞こえてきたのは、大きくつばを飲む音だった。その後にこれまた大きなため息がひとつ。

 「はぁ〜〜〜」

 進は今、体中に走る興奮と戦っている。下を向いた顔は、苦しいほどの刺激に対して必死に抵抗するがごとく、顔をしかめていた。そうでなければ、自分は今この場で、人がいるにもかかわらずとんでもない行為に出てしまいそうだった。

 進の様子に雪はご満悦だ。嬉しそうにニッコリと微笑んだ。

 ――うふふ、大成功! でも進さん、まだこれで終わりじゃないのよ!

 「進さん、どうかしたの? チキン美味しいわよ〜」

 声が笑っている。対する進の声は……

 「ゆ、雪…… 君はわかっててそんなことを……」

 苦しそうに搾り出しているように聞こえる。おそらく机の下では、手のひらをぎゅっと握って、迫り来る欲求と戦っているに違いなかった。
 雪はまたもや、「うふふ……」と甘い笑い声をだすと、テーブルの下から手を伸ばして、そっと夫の膝に乗せた。
 雪の柔らかくてしなやかな指の感触が、進の膝先から背筋へ一気に駆け上った。

 「うっ……」

 進がびくりとして小さな声でうめくと、雪はさらにその手を先へと伸ばしていった。目指す先は……!?

 「おいっ、やめろ」

 進は声を殺して必死に妻に訴える。だが、雪は一向に意に介していない。

 「なにを?」

 「だからその手……」

 と言った瞬間、「わぉっ!?」と、進がいかにも苦しそうな叫び声をあげた。

 とうとう雪の指の先が、しっかりとテントを張っている夫の股間のその頂点に達したのだ。

 がたんっ! 進は勢いよく立ち上がった。その音に、近くにいたウエイターが振り返った。

 「ちょ、ちょっとトイレ」

 進はウエイターにも聞こえるような声でそう言い訳すると、「トイレなら奥になります」というウエイターの声に頷いて、早足に奥の方へ向かった。

 それを見送る雪は、思わず肩を震わせて笑ってしまった。

 ――やだ、進さんったら〜〜 でも、すごかったわ〜 あんなに硬くて大きくなって…… あとであれを…… ああっ、そんなこと考えてたら、私も感じちゃう!

 夫に向かっては、余裕の表情を浮かべている雪も、実は内面色々と大変な状況になっている。

 周りは知らないといっても、ワンピースの下には何も身につけていない。これは、いい意味でも悪い意味でもとてもスリリングなものだ。
 その上目の前には、よだれをたらさんばかりの夫が事あるごとに熱い視線を送ってくる。それを雪は体中に痛いほど感じているのだ。

 いつもならそんな視線ちらりとでも感じたら、すぐに二人のめくるめく世界が始まっていることは間違いない。

 だから当然、自分自身の体も鋭敏に反応を示していた。
 もちろん、夫に見せびらかしている胸だって、もうさっきから先端がつんと硬く立ってきている。しっかりした生地のワンピースだから外からは見えないけれど、中ではそれがこすれて甘い痛みすら感じている。

 その刺激は、体を伝って下腹部の茂みの中にも到達し、体を動かすたびに熱くなっていくばかりだった。もちろんその内部にも、ぬめぬめとした液が溢れ始めているのが、自分でもはっきりと感じとれた。

 ――ああ、進さんにあんな風に見つめられたら、私だってすごく感じちゃうわ! 下着もつけていないのにこんなに濡れちゃって…… ああ、もし足に伝ってしまったらどうしましょう?

 それを必死に押さえようと太ももをぎゅっと締め付ければ、またそれが自分への刺激となって、快感の堂々巡りを繰り返してしまう。

 ――ああ、このままあの人に抱きついちゃいたい気分…… でもここじゃまだだめ。まだもう少しだめなの…… だって、私もう少しあの人を焦らしたいのよ!

 誘惑する側も、なかなか大変なものである。

 雪がそんなふうに一人悩ましい思いに苛まれていると、進が戻ってきた。それから、ちょっと怒ってるような恐い顔で、

 「食うぞ!」

 と宣言して一気に食事を口に入れ始めた。

 雪が驚いて見ている前で、進はナンやらカレーやらをどんどん口に放り込んでいく。それを見て、雪も自分の食事を少し口にし始めた。

 だが、やっぱり彼には味などわかったものではなかった。
 トイレで少しばかり気持ちを落ち着かせてきたものの、それでもまだ全く解決には至っていない。今もまだ、勝手にバクバクと鼓動を繰り返す心臓と股間の物に全神経が集中してしまっている。
 それでも食べ終わらなければ、家へ帰れない。帰れなければ、妻を押し倒すこともままならないのだ。

 進は、はやる気持ちを抑えながら食事を腹に収めていった。同じく雪も、ここでの誘惑は一旦手を休めて食事に集中することにした。

 ――進さん、少し落ち着いたのかしら? ここではこれでおしまいね。私ももうすぐ限界…… 食事を終えて次に行かなくっちゃ。

 その後の二人は、ひたすら無言のまま食事を終えた。

 ちなみに、この時の食事は、後日あれほど味のわからなかった食事は初めてだったと、二人の間で笑い種(ぐさ)になったそうな……

BACK   NEXT

トップメニューに戻る       オリジナルストーリーズメニューに戻る

(背景:Four seasons)