あなたをユ・ウ・ワ・ク
やっとのことで食事を終えた二人は、レストランを後にした。歩道に出ると、雪はまたそっと手を夫の腕に回して体を寄せた。
進が隣の妻の方をちらりと見ると、胸元がV字型に露出している。スカーフはさっきレストランで、はずしたままだ。きちんと襟があわさっているので膨らみはなんとか隠されてはいたが、ワインを飲んでほんのり薄紅色に染まっているのがはっきりと見て取れた。
そんなみずみずしい桃のような妻の肌を目にして、進の鼓動がまた一つ大きく鳴った。さっき何とか収めたはずの興奮が再び頭をもたげ始める。
「雪、酔ったんじゃないのか? もう家に帰った方が……」
「あらん、そんなことないわ。まだだぁめ! 寄り道したいところあるんだもの」
「しかしなぁ〜」
進の指摘どおり、雪は少々酔いが回っている。と言っても、決して悪酔いというわけではなく、心地よい酔い加減とでも言うのだろうか。気持ちがさらに大胆になれる酔い方だった。
――進さん、今日は私の言うままね。うふっ、嬉しいわ。でも私もそろそろ彼が欲しくなってきちゃった。あのお店に寄ったら、もう帰ろうっと…… でも今なら、あそこにも入れちゃいそう! これもお酒のおかげかしら?
雪のルンルン気分はさらにふくらんでいるようだ。
一方、誘惑されている進のほうは、やっぱり辛い状況に変わりはない。
自分を誘惑してくれるのは大変嬉しい。たまに色っぽくて大胆な妻を見るのも確かに楽しい。だがしかし……限界と言うものもある。
――ああ、雪。俺はもう収まりがつかないよ〜 さっきから痛いほどタッてんだからな。君のその服の下の姿を思うと、どうにかなっちまいそうなんだ。早く君の中に入りたいっ!
と、視線で訴えてみても、寄り添う雪は全く意に介さないようで、すっかりご機嫌な様子で歩いている。
――ったく、どうすりゃいいんだ!?
進は周りを見回した。今歩いている歩道は、たくさんの店が並ぶ街のメインストリート。今すぐ飛び込んで思いを遂げられるようないわゆる「ホテル」なるものは、すぐ近くには見あたらない。
ただ、大通りに面していて、道路には車がひっきりなしに走っていた。もちろん、その中には流しのタクシーもたくさんあるはずだ。
2人の家は、通勤の便のいい街の中央付近のマンション街にある。ここからでもエアトレインで2駅。車でも10分そこそこで帰れる距離にあった。
――そうだ! このままタクシーを拾って、無理やり連れて帰ってしまおうか? 家までそんなにかからないし、そのほうが手っ取り早いかも?
進が思い立って体を道路に向けようとした瞬間、雪につかまれた腕が強く反対側に引っ張られた。
「あ、ここよ!」
「えっ!?」
雪が指し示す店を見上げると、そこは2人が何度か来たことがある全国チェーン店のレンタルディスク屋だった。
休日前などたまにここに立ち寄って、気に入ったディスクを借りて帰ることがある。
――ああ、そう言えば雪はここに寄りたいって言ってたっけな。ま、いいか、明日は休みだし、2人でゆっくり映画でも見るか。けど、また甘ったるいラブストーリーを借りるんだろうなぁ〜
とは言え、今日の雪には逆らえない。早々にあきらめた進は、雪に手を引かれるように店内に入った。ドアをくぐると、雪は進の手を引いたまま、まっすぐに奥の方へと歩き始めた。
ところが、いつもなら立ち止まる雪の大好きな――進はちょっと苦手な――ラブストーリーコーナーを、意外にも素通りしてしまったのだった。
「あれ? 雪? 君の御用達はここじゃなかったのか?」
驚いて尋ねる進に、雪は首を振って、ほんのり赤く染まった顔で微笑んだ。
「うふ〜ん、今日はこっちなのっ」
とさらに進の手を引いて奥へ奥へと向かっていった。SFコーナーもアクションコーナーもアニメコーナーも通り過ぎて……
行き着く先を見て、進の顔がさっと青くなった。だが雪の足は止まらない。
「え? そっちって、おい、そこは……!?」
そして到着。ここでさすがに雪もちらりと周囲を見回した。だが、一番奥まったこの場所には、今は人気(ひとけ)はなかった。それを認めると、雪は再び進の手をぎゅっと握ったまま一気に足を進めた。
「おいっ、やめっ! あっ!?」
進の手をぎゅっと握ったまま、雪が勢いよく入っていったのは、入り口が黒いカーテンで仕切られた小さな区画。入り口には、大きく『未成年の方のご入室は、固くお断りいたします』と書かれている。
いつもなら、近寄りもしないその場所に、今日の雪は何の躊躇もなく入っていってしまったのだ。手をつながれたままの進も当然後に続くことになる。
幸い?中には誰もいなかった。雪はといえば、それほど恥ずかしそうな顔もせずに、物珍しそうに並ぶディスクの表紙を眺め始めた。
――ちょっとドキドキしたけど、入ってしまったら案外平気なものね。でもすごいわ〜〜 この量! ぜ〜〜んぶ女の人のハダカなんて!!
すっかりほろ酔い気分の奥方は、恥じらいよりも興味の方が先にたっているらしい。さらにタイトルの写真だけでも、いろんな想像が広がって、ちょっとばかりジュンときちゃってもいる。
だが一方、一人で――もしくは悪友達と――入っていれば、それなりにニヤニヤもするであろう夫君も、妻と一緒ということになると、焦りと恥ずかしさの方が前面に出てしまう。
「ゆ、雪っ! いい加減にしろよ! こんなところに入ってきて、他に誰かいたらどうするんだよ?」
進が、出入り口のほうを気にしながら小さな声で耳打ちした。だが雪はまったく意に介さない。
「あら? 私は未成年じゃないわ。別に悪いことしてないわよ。うふふ、一度入ってみたかったのよねぇ〜 この中、どうなってるのかしらって思ってたの」
「そういう問題じゃなくって…… 君は、こんなもん借りるつもりなのか?」
ちっとも悪びれたふうのない妻に、進は興奮していることも忘れてにらみつけたが……
「あら? こんなもんって、あなただって結婚前には、そのこんなもんを南部さん達からよく借りてたじゃなぁい」
と、さらりと言い返されてしまった。
「うっ!」
全くの図星に、返す言葉がない。
――何で知ってるぅっ!?
とは思ったものの、そんなことこんな場所で、あれやこれやと尋ねられるはずもない。
思わず都合が悪くて妻から視線をはずすと、今度は目の前に、ありとあらゆる格好をしたあられもない姿の女性達が様々なポーズを取っているディスクが、次々と目に入ってきた。
――やばいっ!
と思って再び妻に視線を戻すと……今度は、それらを物色している彼女も、実はあられもない格好をしていることを思い出され、頭の中がその姿が大きく投影されてしまった。
――ああっ、だめだ、もう……
それに、妻の言葉が追い討ちを掛けた。
「ねぇ〜 たまには二人で見て刺激されちゃうのもいいと思わなぁい?」
今夜の雪は、その格好のせいか、酒が入っているせいか、何かにつけて今夜の雪は大胆な発言が多い。そして進を見上げるその瞳は、大いなる期待を込めてすっかり潤んでいる。
――うっ!?
胸にドキュンと刺激を与えられ、ドキリとしてしまう夫に妖しい笑みだけを残して、雪は再び背を向けてディスクを物色し始めた。
進はじっとその後姿を見た。確かにワンピースを着ている。しかし彼の心の目の中では、既に彼女は何もまとっていなかった。
その想像のもと、進の心臓はさらに鼓動を高めていき、股間で高くそそり立つものは、それを隠すために持っているジャケットを掛けておけるくらいの盛り上がりをみせていた。
進は周囲を見回した。カーテンで仕切られたこの場には、今は自分と妻と二人しかいない。それが彼の我慢の限界を超えさせるきっかけとなった。
――ええいっ! もうどうにでもなれっ。
進は、ディスクを手に持っては、あれやこれやと物色している雪の後ろにぴたりと体をぴたりとつけると、おもむろに抱きしめ、その白いうなじに荒々しく口付けをした。
「雪……」
「あっ……」
抱きしめる手に力をこめると、雪が小さく、ああ、とあえぐ。けれど同時に、いやいやをするように、顔を左右に動かした。
「だめよ、ここじゃあ…… 人が……」
強く抱きしめられ、吐息を吐くような声で雪が訴えたが、進の力は緩まなかった。
「雪が悪いんだ。俺をこんなにするから…… それに、誰かが入ってこない限り、ここには二人だけしかいない……」
密着した進の体の一部が、雪の臀部に強く突き刺さり、否応なく夫の激しい猛り具合を体で感じてしまう。
――進さん、本気なの? 本当にここで? でも……ああ、どうしよう……
雪の背中には、えもいわれぬ快感が走った。抵抗できないほど彼女自身も既に激しい欲求に苛まれているのだ。
雪が「はぁ……」と大きな吐息をもらすと、さらに進は大胆な行動を起こした。
「それに……」
進は次の言葉を続ける代わりに、前に回した片手で雪の腹部のボタンを一つだけはずし、その中にすいと手を差し入れた。
進の手に触れるのは、もちろん温かみのある滑らかな素肌。その手は素肌をなぞって真っ直ぐに、彼だけが知る妻の叢へ向かった。
「はあっ……」
雪は誰にも聞こえないほどの小さな叫び声をあげた。そこは進の予想に違わず、たっぷりとしずくをたたえている。
「雪のここも……すごいことになってる……んだ」
進の声が嬉しそうに聞こえる。興奮しているのは決して自分だけではないのだと。
「……だって、こんな格好、してるんですもの……はうっ」
答える雪の言葉の途切れにあわせて進の指先が動くと、雪は体をびくりと大きく反応させた。燃え上がる心はそのまま体の熱となり、雪の体からは甘い香りのする熱気がムンムンとあがってくる。
その熱に脳天まで届く強い刺激を受け、進も快感に体を震わせる。
「俺を誘惑するため、なんだろう? 十分誘惑された……よ」
進の口付けは止まらない。
「そう……よ、うん……あぁ……」
進の指先が叢の中で小刻みに動くたびに、雪の体はそれにあわせるようにビクビクと上下に揺れる。
「このまま入れたいよ」
進の脳裏から一瞬全てが消えた。この場がどこであるのかすらも考えられなくなるほどに……
「ああっ、だめ……よ。ここじゃ……」
雪が快感に浸りながらも状況を訴えようとしたその時、近くでコツコツと人の歩く足音がした。
その音に、進はハッとして我に帰った。慌てて抱擁を解くと、雪は入り口に背を向けてすばやくはずされた腹部のボタンを止めた。
幸いその足音はそのまま遠ざかっていったが、進はもう1秒たりとも、この場に立っていたくない気分で一杯だった。妻の手をぎゅっと握ると、強い口調で言った。
「行くぞ!!」
「えっ!? でもまだ……」
ディスクをまだ借りていないと訴えようとする雪を、鋭い視線で一瞥した。
「借りたかったら、今度また連れてきてやる。とにかく、今はもうだめだ!!」
そう言い放つと、進は雪の手を力強く握ったまま、返事も待たずに閉ざされた区画から飛び出し、そのままレンタルディスク店の外まで勢いよく歩き続けた。
さっきまでは雪が進を引っ張っていたが、今度は形勢が完全に逆転したような形になった。
歩道に飛び出すと、進は雪の手をぎゅっと握ったまま周囲をきょろきょろと見た。
「駅はこっちよ」
と指差す雪の顔を真剣な眼差しでじっと見つめてから、進は断固とした口調で言った。
「タクシーを拾う!」
進は車道へ目をやると、ちょうどそこに走ってきたタクシーに向かって大きく手を振った。するとタクシーはすぐに二人のそばで止まった。
進は雪を奥に押し込むように乗せると、自分もすぐに乗り込んだ。
「……番地の……マンションまで」
運転手がはいと答えると、やっと安心したように背もたれにどっかりともたれかかった。
自分を抱きかかえたまま恐い顔で真っ直ぐ前を見ている夫をちらりと見てから、雪は期待で胸を膨らませていた。
――ああ、びっくりした…… 進さんがあそこであのまま何かしたら、どうなってたのかしら? でも後はお家に帰るだけ。ああ、もうドキドキしちゃう。だけど……
実は、最初の雪の計画ではエアトレインで帰るつもりだったのだ。それももちろん誘惑の締めとして……
「せっかくエアトレインで帰ろうと思ってたのに……」
「今の時間帯は混んでるんだぞ」
「わかってるわ。だから……乗りたかったの」
雪は隣に座る進に体を投げかけながら、うっとりと夫を見上げた。混雑する列車に乗れば、二人の体は今ここにある以上に密着することになっただろう。
――列車の中で密着することになったら、彼、どんな反応したかしら?
その問いは、夫からあっさりと告げられた。
「ったく、そんなのに乗ったら、俺は間違いなく……」
そこで進は言葉を止めた。運転手の耳には入れなくないので、妻の耳元に口を近づけてつぶやいた。
「痴漢になっちまうよ」
予想通りの回答に、雪は、くくっと嬉しそうに小さな声で笑った。それから空いている右手を夫の太ももの上に置く。
「こら、笑うな! 触れるな!」
進は運転手に聞こえないように配慮しながら、妻の耳元で少し強い口調で訴えた。もちろん顔は……妻を睨んでいる。
だが雪はそれを怖がるどころか、面白がっているようにさらに、ふふふと笑った。
「まあっ、いじわるねぇ〜」
「もう限界だって言ってるだろう? 今君に刺激させられたら、運転手をびっくり仰天させるようなことしてしまいそうで、恐いんだから!」
「ほんと?」
進の太ももに乗せられた手が、すいっと動いてその中心部をなぞった。
「うっ……」
必死に我慢する進の体が、ぶるぶると小刻みに震えた。
「覚えてろよ……」
苦しそうな声で、妻の耳元でそうつぶやくいた後、進はぎゅっと目を閉じた。
タクシーは順調に流れる道路に沿って、一路二人の家へと走り続けた。寡黙な運転手は、後ろで何が行われていようとも、振り返ることもなく、ただ運転し続けている。
目を閉じたままの夫に体を預け、雪はまもなく訪れる二人の愛の行為について思いをめぐらせていた。
――今夜は、本当に思ったとおりにできたわ。楽しくって刺激的で…… ああ、でもこれ以上迫ったら、ほんとに進さんにところ構わず押し倒されちゃいそう! なんだかとっても幸せっ。もうすぐお家だし……私ももう限界……
爆発寸前の進と、幸せ一杯の雪を乗せたタクシーは、ほどなく進たちが住むマンションに到着した。
(背景:Four seasons)