001 一目惚れ
ヤマトがアクエリアスに沈んで早数ヶ月。ヤマトクルー達は、ヤマトを、そして艦長の沖田を亡くした心の傷を少しずつ癒しながら、新しい人生を歩み始めていた。
ここにも新たな人生の第一歩を踏み出そうとする二人の男がいた。
東京メガロポリスの中央繁華街の一角にある、とあるバーのカウンターに並んで座っているのは、かつてのヤマト戦士、古代進と島大介だ。
二人はコップにいれたウイスキーの水割りを高々と掲げてから相手のコップに軽く当ててカチンと鳴らした。
「退院おめでとう!」
ディンギルとの戦いで瀕死の重傷を負った島が退院したのは、2週間ほど前のこと。進の地球帰還にあわせて、今日は二人で退院祝いに一杯飲みに来たというわけだ。
雪はいない。今日は男二人でごゆっくりということらしい。
進は乾杯した水割りをくいっと一口飲むと、嬉しそうな顔で島を見た。
島も満足そうな顔をしている。島の持っている水割りは、進のよりは少し薄い色をしている。退院したばかりの体を気遣ったものだろう。
島は、その水割りの氷をからころと鳴らしながら、コップを揺らした。
「ありがとう…… お前には本当に世話になったよ……」
感慨深げに目を細める。島が意識を取り戻した後で聞いた話だが、一旦死んだと思った命を甦らせたのは、進の強い願いが発端だったという。
「お前がいなかったら、俺はもう今ごろお空の雲の上だよな」
「ははは、まったくだ。けど、俺だけじゃないだろ、お前を甦らせたのは……」
「ん? まあな」
島がはにかんだように苦笑する。新たに自分を支えてくれる女(ひと)のことが頭に浮かんだ。優しい笑顔が目の中に甦る……
そんな島の顔を、進が笑いながら覗き込んだ。
「何、にやけてんだよっ! 彼女のことでも考えてたろ?」
「べっ、べつに……」
図星を突かれ焦る島を見て、進はくくくと笑った。
「で、もう体はなんともないのか?」
その問いに島はこくりと頷いた。
「ああ、まあな。激しい運動はまだ控えたほうがいいらしけど」
すると進がまた、にやにやと笑い出した。
「激しい運動ねぇ〜 入院中に病院脱走してあれだけ走れたんだから、もう大丈夫な気もするけどな」
「っるさいなっ! あれはお前のせいだろうが!」
ここぞとばかり、進の突っ込みが入る。入院中にやらかしたことを思い出して、島の顔が一気に紅潮していった。それが可笑しくてたまらないのか、進は肩を震わして笑いを堪えようとしたが、たまらなくなって声を出して笑った。
「はっはっは…… これからは俺の方からも色々と突っ込めそうで楽しみだよ」
「むっ! 何言ってやがる! それより、お前の方が先だろう!」
すっかりからかわれる側になってしまった島は、むくれた顔で口を尖らせながらも、反撃を試みた。
「何が?」
きょとんとして尋ねる進に、今度は島の方がニヤリと笑った。
「何がだとぉ! 後一ヶ月とちょっとだろうが! ふふん、いよいよだな」
さすがに後一ヶ月という言葉を聞いては、進もすぐその意味を理解せざるを得ない。
「うん? あ、ああ……」
とたんに進の頬に朱がさした。形勢が一気に逆転する。そう一ヶ月余り後には、進と雪の結婚式が控えているのだ。
「何今更照れてんだよっ!」
島にバチンと背中を叩かれて、進は思わず飲んでいた水割りを吹き出しそうになった。しかし、島はそんなことは全く意に介さないように、嬉しそうに話を続けた。
「しかしまあ、やっとここまで来たって感じだな。まったく…… ここまでこぎつけるまで、随分ヤキモキさせられたもんだ」
「わ、悪かったな……」
ばつが悪そうにうつむく進に、島はさらに追い討ちをかけた。
「とにかく、お前達がちゃんとゴールインしてもらわないと、後の奴らも落ちつけないんだぞ! それにお前の場合は、当日まで気がぬけんからな。なんてったって前科1犯だし……」
「ほっとけ!」
進は、恥ずかし紛れに吐き捨てるようにそう言ってから、コップに残っていた水割りを一気に飲み干した。
退院間もない島はそれとは逆に、ちびちびとコップに口をつけながら飲んで、軽く笑った。
「ははは…… 披露宴では俺が友人代表で挨拶だからな。今度こそしゃべらせろよ! 今、何を話そうか考え中なんだよ」
「話すことないのか?」
「ばぁかっ、ありすぎて困ってるんだよっ! お前と雪のエピソードなら1日だって語れるほどあるからなぁ」
「うぐっ……」
ぐうの音もつけない進の顔を面白そうに見てから、島は両肘を突いてコップを軽く握り締めながら空(くう)を見た。島の脳裏に様々な思い出が甦ってくる。
それを進の方は、心配そうに眺めていたが、
「頼むからあんまり変なこと言うなよ」
と、懇願するように情けない声を出した。
しかし、島は進のその願いは全く無視することに決めているようだ。氷の隙間に僅かに残っていた水割りをくびっと飲んで喉を潤すと、これ以上ないと言うほど嬉しそうな顔をした。
「知らねぇよ、よ〜〜く、首洗って覚悟してろ!」
「うげっ」
「はっはっは」
島は声を出して笑った。しかし、進も今日は負けてばかりでもない。島の新しい恋人のことを突っ込むことも忘れない。互いに相手の幸せを燻り出すかのように、突っついたり突つかれたりと、しばらくの間二人の会話が弾んだ。
そして、互いに水割りを何杯か飲み干した頃――といってもまだ怪我が治ったばかりの島は、お代わりも濃さも進より控えめではあったが――ふと、島が雪と初めてあった頃の事を話題にした。
「けどまあ、俺達が地下都市で雪と初めて出会ってから、もう4年以上になるんだなぁ」
「ああ、そうだな……」
二人して遠い目になる。まだ一介の訓練生だった二人が、美しい少女に出会ったあの頃。
森雪を初めて見た瞬間から、古代進も島大介も、それぞれの思いで、彼女に魅了された。
その頃を思い出しながら、島は進に尋ねた。
「なあ、ところで、お前やっぱり雪には一目惚れだったんだろう?」
「ん? あ、ああ……まあ、どうだかな」
進は、そんな風にとぼけると、恥ずかしそうに指でぽりぽりと鼻の頭を掻いた。それを見て島がまたくくっと笑った。
「あの時のお前のぼうっとした顔、いまでも忘れないぜ」
「なっ、よく言うよ! あの時はお前だって!」
「ははは……そうだな。あの火星で会った謎の美女に似てるなぁ〜ってびっくりしたんだったよな」
「うん……」
「あれ、待てよ……ってことは一目惚れしたのは、あっちの方が先ってことか?」
島が首を傾げていると、進がちょっと考えるような仕草をしてから答えた。
「う〜ん、いや、ちょっと違うな。俺は雪の方に先に会ってたんだから……」
「えっ?」
島が不思議そうな顔で進の顔を見た。
「雪の方が後だろう? 俺の記憶は間違い無いぞ。雪に会ったのは、火星であの人にあった後、地球に戻ってからのはずだぞ」
島は、時間の流れを整理しながら思い出していた。やはり、どう考えても雪に出会った時の方が後だ、と思う。
ところが、進はちょっとばかり得意そうな顔で、それをあっさりと否定した。いつもなら、自分や雪のことは話したがらない進の口の滑りがよくなっているのは、程よく酔っているせいだろうか。
「それがな、違ったんだよ。俺は雪にもっと早くに出会ってたんだ」
「それは初耳だな。どこで会ってたんだ? 訓練学校時代か?それとも連邦中央病院でか?」
「違う、もっと前だ」
「どういうことだよ、言ってみろよ」
「ん? あ、ああ……実はな……」
進は島に向いていた顔を戻して、コップを掴んだ。水割りが空になっている。進はそれをカウンターにいるボーイに「同じのを一つ」と言いながら突き出した。
お前は?という顔で島を見たが、島のコップには色の薄くなったウイスキーが入っている。島は、まだいいよという意味で静かに首を振った。
すぐに用意されボーイから手渡された水割りを口にしながら、進は幼い頃の雪との出会いのことを話し始めた。
まだ進が小学校へ行く前の幼い頃のことだった。進少年が兄と一緒に浜辺に遊びに行った時のことだった。
進が海で体をべちゃべちゃにぬらしてべそをかいていた時に、キャンディを差し出してくれた赤いワンピースのかわいらしい少女がいた。その少女は丁度両親と海に遊びに来ていたらしい。
そのおかげで進は泣き止み、お礼に自分が拾ったさくら貝をその少女に手渡した。
この間の休日に雪と話していて、偶然にもその少女が雪だったことを知り、二人がずっと昔にも淡い想いを抱き会っていたことを知ったのだった。(拙作『さくら貝の思い出』参照)
「あっははは、そうか、そんなことがあったのかぁ〜 へぇぇ〜
お前らしいって言えばお前らしいな。で、泣き虫進くんは、その時の女の子に一目惚れしたってわけかい?」
島が面白そうに茶化す言葉を受けて、進は照れくさそうに苦笑した。
「まあ……今から思うとそうなんじゃないかなって思うよ。あれから同じ浜辺に行くたびに、あの子の姿を探してたような……」
「けっ、ませたガキだったんだな!」
「うるさいっ!」
怒鳴る進の顔は笑っている。遠い日の思い出は今はとてもいい思い出なのだ。島の茶化しも気にならないほど、進は思い出の中に浸っているように見えた。
「ははは…… それはそれでいいとして、火星の美女の方はどうなるんだ? あの時、見惚れてなかったとは言わせないぞ」
「うん?ああ……きれいな人だったな。あの人を見たときに、俺は夢見てた理想の女性が現われたような気がした」
懐かしそうに少し悲しげに進は微笑んだ。彼の星の女性には生きて出会えなかったからなのかもしれない。
「じゃあ、やっぱり大人になった雪より先じゃないのか?」
「うん、けど……あの少女だった雪は、それからも俺の心の中で、自分と同じように成長していったんだ。
あの時、若い頃の雪のお母さんも一緒に見ていたから、そのイメージもあったんだろうけど……
年頃になった俺は、潜在意識の中に大人になった彼女の姿を作り上げていたっていうか…… その姿があの火星で出会った女性に重なったって感じかなぁ」
「ふうん、ってことは、サーシャの中に、お前の夢の中で成長した雪の姿を重ねていたってわけか?」
「うん、今思えばそんな気がするんだ」
酒が周っているせいか、進は照れもせずに素直に頷いた。島も茶化すのを止めて、真面目に尋ねた。
「で……次に本物に出会ったというわけか?」
「はは……あん時は本当に頭のてっぺんに雷が落ちてきたような感じだったな。もちろん、彼女があの時の少女だったなんて、そん時は知らなかったんだけど。
出会った瞬間から、ずっと知ってたような……全く知らない他人には思えなかったっていうか……いわゆる既視感っていうか、まあ、それは本当にそうだったんだけどな」
進は目を細めると、照れたような嬉しいようななんともいえない笑みを浮かべた。
島は、この時の進の笑顔は、一生忘れられない……と思った。それほどまでに、この進の笑顔は幸せそうに輝いていた。
遠い昔から、結ばれる日を待ち続けていた少年の思いが、ここにやっと叶う日がくるのだ。その幸せを、大人になった少年は今、じっくりとかみ締めている。
(幸せになれよ……古代……)
島はその姿を目を細めてみていたが、ふっと頬を緩めると、大きくため息をついた。
「はぁ〜〜 それはそれは…… ったく、結局惚気られてんだな、俺はぁ〜〜」
「べ、別にそう言うわけじゃ。ってことで、まあ、だからあの時、雪に一目惚れしたってわけでもないんだ」
あれだけしゃべってしまった後で、急に照れくさくなったのか、進は慌てて言い訳をした。酔いが少し覚めてきたのかもしれない。
しかし進の言は、島によってすっぱりと却下されてしまう。
「いや、一目惚れだよ!」
島がとても満足げな顔で、断言した。
「え?」
「それも…… 同じ女に3回も一目惚れしたんだよ、お前は」
「はぁ?」
進が目をぱちくりさせていると、島が得意そうに説明した。
「幼い頃に出会った少女に一目惚れして、異星の美女を通してお前の夢の中の成長した少女に一目惚れ、とどめに、ご本人様に出会って、やっぱり一目惚れ……ってわけさ。そしてその後は、どんどん惹かれていくばかりってやつだな!」
「うぐっ……」
ニヤリと笑う島とは対照的に、進は言葉がない。
言われてみればその通りなのだ。進の中のあの少女のイメージは知らないうちに彼の心の中で、どんどん大きな存在になっていたのだ。
「ふふん、言い返せないだろう? 全くお前は、どう転んだって雪に惚れる運命にあったってわけだな、くくく……」
「うむむ……」
「いや〜〜まいったなぁ。結婚式のスピーチネタ、また一つ増えちまったぜ!」
それを聞いて、自分が墓穴を掘ってしまったことを今更ながらに気付き焦りまくる進に、もう遅いよとばかり、島が爆笑した声は、店の中の他の客も驚くほどの大きな声だった。
おわり
100のお題トップを切ったのが、こちらになります。古代君と島君しかでないお話ってもしかして初めて?……ですね(笑)
完結編後の島君、新しい彼女もできて再び幸せをつかみ始めた頃です。古代君、やっと今までのお返し?ができそうだとはりきったようですが……やっぱり返り討ちでしたね(笑)
でも、きっとそのうち突っ込める日がくることでしょう。それまで頑張れ!古代君っ!!
あい(2003.9.19)
(背景:pearl box)