003 旅立ち
徳川 彦左衛門
「父さん、どうしても行くんだね?」
「お父様……」
悲しげに見つめる長男の彦七とその嫁の前で、わしは大きく頷いた。
「どうして父さんまでいかなくちゃならないんだい? もういい年なんだし、無理に志願しなくても……」
うつむき加減になる息子の中に、亡き妻を思い出す。こいつは、何から何まであいつにそっくりだ。顔つきもしぐさも、そしてその優しさも…… だから、こいつは宇宙戦士とはまったく違った道を選んだ。だが、わしは……
「ああ、どうしても行かねばならんのじゃ。あの人と一緒に最期まで付き合うと決めたからな」
ヤマトを背負って14万8千光年というとてつもない旅を成功させると断言したあの人は、わしにとっては唯一無二の戦友であり上司である。その夢のような旅を、あの男ならば成功させるかもしれないと思わせる地球でたった一人の人物だ。
息子よ、だから、わしはその夢の一端を担いたいんだよ。
「おじいちゃん…… 遠いところへ行っちゃうの?」
かわいいたった一人の孫愛子がよちよちと足元に絡みついてきた。抱き上げる。
「愛子や、大丈夫だよ。おじいちゃんはな、いつものようにちょっと星の海で泳いでくるだけなんじゃ。愛子がいい子にしとったら、すぐに戻ってくるからなぁ」
「うん!」
屈託もなく笑うこの笑顔を見るのも、これが最期かもしれないと思うと、切なくて胸が苦しくなる。
「父さん……」
その隣で肩を震わせて涙をこらえているのは、性格も体型もわしにそっくりな次男坊だ。
「泣くな、太助。お前ももう16だろう。しっかりせねばならんぞ」
「僕も……行きたかった。もう少し早く生まれてたら父さんと一緒にヤマトに乗って行けたのに!!」
そう、この次男坊は、何を思ったのか、わしの跡を継ぐのだと宇宙戦士訓練学校に入学した。もちろん専科は機関士科。
頼もしくもあるが、まだ幼さが残るこの息子が、わしにはとても愛しかった。
「ははは、あせるな、太助。お前は今はしっかりと勉強しろ。わしが帰ってきて引退したら、その後を継いで機関士になれ、いいな」
「と、父さん……」
男泣きに泣きながら、太い腕で涙を拭く太助の両肩をしっかりと掴んで励ましてから、わしは涙の家族を背にして旅立っていった。
このわしは、もう一度地球を、この大地を踏みしめることはないかもしれないと、覚悟の上の出陣だ。
だが……きっと、きっと地球に残るお前達だけは、ヤマトが、あの人が必ず助けてくれるはずだから。
さらば、息子たち。さらば、愛子…… どうか幸せに…… そして愛子、大きくなれ…… お前の未来を、おじいちゃんが必ずつかんでみせるから。
島 大介
「本当に行ってしまうのね?」
母の悲しそうなその言葉が、僕の心にずしりと響いた。
「元気でやれよ。生きて帰って来い!」
父の力強い声も、今日の僕には涙を誘う。そして……
「お兄ちゃん! 絶対帰ってきてくれるんだよね?」
僕にすがりつく小さな弟の涙が、僕にも伝染した。
「お父さん、お母さん、次郎、行って参ります。その星がどんなに遠いところにあろうとも……必ず地球を救うその装置を受けとって……一年以内に、絶対に……」
それ以上の言葉が出てこない。まだまだ言いたいことはあるのに、あれもこれも、もっともっと言いたいのに……
「大介っ!」
僕を抱きしめてくれた母のぬくもり、忘れるもんか。
「私達のことは心配せんでいいからな。私が母さんと次郎は必ず守るから」
握手の手を差し出す父の手の厚みも決して忘れない。
「僕だって、お母さんを守るよ!」
小さい癖に涙をぐいと手首で拭く弟の頼もしさも、絶対に……忘れない。
「行ってきます」
もう一度それだけを告げて、僕は地下都市の我が家を後にした。しばらく歩いてふと振返ったら、3人はまだ玄関先で僕を見つめていた。
お父さん、お母さん、次郎、今度会う時は、笑顔で迎えてくれよな。
僕は軽く手を振って、再び前を向いて歩き始めた。これからの旅を共に過ごすヤマトへ向かって……
心配しなくていい。僕には仲間がいるから。ライバルでもあり親友でもあるあいつも、一緒に訓練を受けた大勢の仲間達がいる。
それに、あの美しい少女……火星で出会った異星のメッセンジャーに似たあの少女が……
その存在が厳しい現実に直面している僕の心を少しだけ華やかにした。
そして、ヤマトを目前にした僕の胸に、旅への大きな高揚心が湧き上がってきた。
さあ、行くぞ! イスカンダルへの道は、操縦桿を握る僕のこの双肩にかかっているんだ。
森 雪
「どうして、あなたまで行かなくちゃならないの? あなたを宇宙戦士にした覚えはないのよ! 看護師の仕事なら地球に山ほどあるじゃないのっ! どうしてあなたが……ううう……」
ヤマトで出立すると決めた日から、ママから毎日言われ続けたその言葉が、最後のこの日になっても胸に痛い。ママの涙は、いつ見てもとてつもなく辛い……
両親にとって、たった一人の娘である私の決意は、とても辛いものだったことはよくわかってる。ママの言うことも分かる。私だって、どれだけヤマトの一員として役に立てるのか、不安がないわけじゃない。でも……
いつも仲良くて、まるで姉妹のようだと言われてた私とママ、私の自慢のママ。目の中に入れても痛くないほど大切にしてくれたとっても甘いパパ。二人とも大好き!
でも……私は決めたの。
「母さん……」
パパがママの肩をそっと抱き寄せて慰めてくれる。
パパ……いつもありがとう。私の決意を聞いた時は大反対だったパパが、私の決意が絶対に変わらないことを知った時には、びっくりするほどあっさりと許してくれた。
それからは、いつもそうやってママの肩を抱きしめて慰めてくれているのね。優しいパパ……ママにはパパがついているから、私も安心よ。
「パパ、ママ、ごめんなさい。でも……私、行きたいの。地球を救う可能性がこれだけなら、そしてそこに私を必要としてくれるのなら…… 私……私、行きたいのよ」
せめて最後の日だけは、笑顔で送り出してもらいたくて、必死に訴える私の言葉にかぶさるように、ママはまた大きな声で叫んだ。
「でもね、雪!!」
ママはまたいやいやをするように、首を激しく左右に振ると、その体をパパが強く優しく抱きしめた。
「母さん、もうやめなさい。今日は娘の旅立ちの晴れの日じゃないか、笑顔で送り出してやらないと。この子が決めた道だ。私達も応援してやろうじゃないか」
「あなた……」
「立派な娘に育ったことを喜ぼう。いや、君がこんな素敵な娘に育ててくれたんだろう?」
パパの説得に、ママは涙目のまま私を見て、それからもう一度パパを見て、そして……ゆっくりと頷いた。
その姿に私もパパもほっとした。それからママは、私の自慢のきれいな笑顔をやっとこちらに向けてくれた。
「そうね、地球一、いいえ、宇宙一の娘ですものね。行ってらっしゃい、雪…… さよならは言わないわ、がんばってきて……」
言いながらまた涙声に変わっていくママの愛情たっぷりの言葉に、今度は私の方の涙腺が一気に壊れてしまった。
「ママァッ……」
ママに抱きついて、その胸に頬擦りした。柔らかくて温かいママの胸。しばらくそうやってそのぬくもりを味わってから、顔を上げてパパを見た。
「パパ……ありがとう」
パパは私の言葉に笑顔で頷いてから、次にひどく真面目な表情になった。
「だけど雪、約束だぞ。絶対に帰ってくるって…… ヤマトと一緒にお前も元気で、必ず生きて帰ってくると、約束しておくれ。そうじゃなかったら、父さんも……送り出せない……よ」
パパの声も心なしかいつもと違う。たぶん……パパも涙声。
「パパ…… はい、約束するわ。必ずパパとママのところに戻ってきます。イスカンダルへ行って、地球を救うための装置を貰って、ヤマトと一緒に必ず……」
「雪……」
またママの顔が崩れる。大きな瞳からは涙が…… たぶん出てると思うけれど、私には見えなかった。だって私も……私の瞳も、今は涙でいっぱいだから。
最後にもう一度、3人でしっかりと抱きしめあって、そしてみんなで涙を拭いた。
「行ってきます…… パパ、ママ、元気で待っててね。それからパパ、ママをお願いね……」
頷く両親にもう一度笑顔を返してから、私は振り返って歩き出した。両親の愛情深い視線を背中に痛いほど感じながら、今私は、ヤマトに向かってその第一歩を踏み出した。
さようなら、パパ、ママ……行ってまいります。悲しい思いと戦いながら、きっとヤマトで旅立つみんなが同じ思いをしているんだと自分に言い聞かせた。
みんな家族と別れを惜しんでいるのよ…… 私だけじゃないんだから……と言い聞かせながら。
だけど私はまだ知らなかった。たった一人、見送る人もないままに、悲壮な決意で旅立ちの時を迎えている彼のことを…… 孤独な戦士のことを……
古代 進
「行ってきます」
誰も返事しないことがわかっていて、俺はそうつぶやいた。
ここは宇宙戦士訓練学校の宿舎の一室。今日ヤマトで旅立つ俺は、一人この部屋をあとにする。
一緒に研修を受けた島を始め、ヤマトで出発する同級生達は全員、一旦親元に帰っていた。だから、ここから出発するのは帰るところのない俺一人だった。見送りは誰もいない。
まだ訓練中の後輩達は今は授業中。彼らが学校へ行ってしまってがらんとした宿舎で、一人身支度を整えた。そして今、小さなボストンバック一つが俺の領分になった。
廊下に出る。それからもう一度振り返って宿舎の中を見回した。もう二度と見ることもないかもしれない光景なのに、何の未練も感じない。俺にとっちゃここは、仮の宿にすぎなかったから。
本当の俺の家は…………もう、この世にはない。
父さん、母さん、そして兄さんっ!! 俺は行って来るよ。イスカンダルへ……
イスカンダルへの道は遠くて険しいだろう。途中、ガミラスから執拗な攻撃を受けるに違いない。だけど、それはこっちも望むところだ!! 見てろよ、ガミラス!! みんな蹴散らしてやるっ!
父さん、母さん、敵(かたき)を必ず討ってくるからねっ! 兄さん、兄さんの死を無駄にしないように、絶対に敵を倒してやる! だから、この俺を見ていてくれよ!
俺はもう……失うものはなにもないんだ。後ろは振り返らない。前を向いて、戦うだけだ。
優しさも愛もいたわりも…… そんな甘いものは全部置いてきた。俺の心にあるものは、怒りと憎しみ……
それでもいい。それがヤマトの力になるのなら、それで地球を救えるのなら……
俺はそれでいいんだ。
命はもう……惜しくない。帰る家もないのだから、ガミラスと派手に戦って、そして散ってみせるさ。
でも……
万が一、生きて帰ることがあったなら……
そんな想いが心によぎった時、ふとあの美しい少女の姿が目に浮かんだ。
怪我をした俺を手当てしてくれた柔らかな手の感触と、ヤマトで再会して、「よろしく」と俺と島に向かって微笑んだあの笑顔が鮮明に浮かんできた。
もしもその時は、あの少女と一緒に青い地球を歩けるのだろうか……
はんっ、ばかばかしい。今の俺にはそんな遠い未来のことなんか、考える気にもなりゃしない。そんな必要もない!!
俺は行く。イスカンダルへ…… ガミラスを倒すために!! 両親と兄さんの敵(かたき)を討つために……
俺にはもう、それしか残っていないんだから。さあ、行こう、ヤマトへ……
宿舎の玄関を出たところで、思わぬ人が立っていた。
「土方教官……」
俺たちを教えてくれていた主任教官の土方さんだった。誰よりも厳しく、そして誰よりも俺たちを強くしてくれた人。ガミラスを憎み戦いに急ぐ俺を諌め、常に冷静さを忘れるなと教えてくれた。もちろん反抗もした。腹も立ったし憎らしくもあったが、尊敬できる人だ。
この人がヤマトの艦長にならなかったのが不思議だった。あんな卑劣漢よりよっぽど…… 今はもうそんなことを考える暇もないけれど。
だが、どうしてここに? 今頃は訓練生達を教えている時間なのに……
「行くのか?」
俺は黙って頷いた。すると、土方さんは口元だけ緩めて、微かに笑みらしきものを浮かべた。
「ふっ、相変わらずだな……」
俺は何も答えたくなくて――どう答えていいのかもわからなかった――そのまま歩き出した。
すると、その背に向かって、言葉が投げかけられた。
「古代、無茶はするな。そして、必ず生きて……帰って来い!」
力強い声だった。
俺が驚いて振り返った時、土方さんはもう背を向けて歩き始めていた。
彼は訓練の合間を縫って、俺を見送りに来てくれたのだろうか? それともたまたま通りがかっただけ……?
答えは出なかったが、ただなんとなく、俺の胸が少しだけ熱くなった。
そして俺は宿舎を後にして、ヤマトへ向かった。たった一人で……
2199年10月9日、宇宙戦艦ヤマト、イスカンダルへ向け発進す。
おわり
PART1冒頭の旅立ちです。なぜだかトップは徳川さん(笑) なんとなく浮かんでしまいました(^^;) 後は島君、雪、古代君と順当なメンバーで書いてみました。でも、ラブラブ〜でもなんでもないので申し訳ないですが……
他にも、メインキャラの旅立ちシーンも書いてみたい気がしています。また機会があったら、追加しますね。
あい(2004.4.25)
(背景:pearl box)