007 孤独 (宇宙戦艦ヤマト第10話より)
ヤマトが地球を飛び立ってからまもなく2ヶ月を迎えようとしてた――
先日、冥王星のガミラス前線基地を破壊することに成功した。だが、その旅程は既に大幅に遅れている。一年以内にイスカンダルへ行って帰ってこなければ、この旅に何の意義もない。そのため、遅れを取り戻すべく一気に大ワープを敢行することとなった。
ヤマトは、今度ここに戻ってくるまで地球との交信が不可能となるのだ。
そこで、ワープ決行の当日、ヤマト艦内では地球との最後の交信の機会に、全クルーに5分間ののプライベート通信が許可され、側面展望台では地球との別れを惜しむ無礼講のパーティが賑やかに行われていた。
パーティ会場に流れる明るいBGM。賑やかな会話と笑い声。誰もが地球とのしばしの別れを惜しみながらも、久々の家族との会話を報告しあい、楽しみに酔いしれていた。
誰もが……?
「何を浮かれてるんだ!」
スクランブル配置まで放り出して地球との通信の順番を待つクルーを叱責した進が、一人吐き捨てるようにつぶやいた。
行くところ行くところで、地球との交信結果を自慢しあうクルーに出会い、楽しげに笑う笑顔にぶち当たり、進は行く場所をなくしていた。
(人の気も知らないで、浮かれやがって!)
進には、今の無事を伝える相手が地球にはいない。父も母も、近しい親戚もみんなあのにっくき遊星爆弾で亡くしてしまった。唯一の肉親であった兄も、今はない。
進は、ひとりだった。ヤマトに乗ってからは、しばらく忘れていた孤独感が、今日のパーティのせいで、あふれ出てしまった。
「くそっ!!」
こんな一日は、少しでも早く終わればいいと思うのに、そんなときに限って時間が過ぎるのが、やけに遅い気がする。
進は艦内をうろうろ歩き続けた。第一艦橋の自席にいればアナライザーにせっつかれ、格納庫のゼロの中でうずくまっていれば加藤に急かされ……
さらに、出会う場所場所で明るい話題で盛り上がるクルー達を避けているうちに、居場所がなくなってしまった。
挙句の果てに到着したのが、調理場。既に夕食の支度に入っている調理員達は忙しそうにしていた。
とその時、艦長が調理場の奥で料理長から注意を受けているのに気がついた。
「困りますな、艦長。そのような格好で調理場に入ってこられては……」
料理長に追い出された沖田が進の前を通った。罰の悪そうな顔で、進の目の前を通る。「どうした?」と尋ねる沖田に進が答えると、彼は表情を緩めて笑った。
「はは……ここはもう、済んだよ」
先に出て行く沖田を呆然と見つめていた進も、料理長の冷たい視線を浴びて、慌てて厨房を後にした。
(ふうっ、今日は艦内のどこにも居場所がないじゃねぇか……)
自分だけが、なぜこれほど孤独なんだろうと、ため息が出てしまう。進は何もかも忘れたくて、今度は誰もいないトレーニングルームで汗を流した。
(誰も俺の気持ちなんかわかるもんか!)
普段以上に、力を込めてトレーニングを繰り返したが、どんなに汗を流し続けても消えていかない寂寥感が、進の心を支配し続け、消えさってはくれなかった。
結局トレーニングルームでも気を紛らすことのできなかった進は、あきらめて再び歩き始めた。当然ながら、パーティ会場へは足は向かず、逆側の展望ルームへと向かった。
そこにも宇宙を展望できる広めのスペースが広がっているが、こちらは薄暗く誰もいなかった。閑散とした雰囲気に、進はかえって落ち着くような気がした。
(誰もいない……か。今の俺にはこっちの方がふさわしいよな……)
遠くの星々をじっと見つめていた進の頭に、ふとさっきの厨房で出会った沖田の顔が浮かんできた。手持ち無沙汰で何をしていいかわからず、戸惑っているような……そんな表情だった。
(……そうだ、俺の尋ねる場所が一つあった……)
進は以前徳川に聞いた話を思い出していた。沖田もやはり、家族を皆ガミラスのために失っていたのだ。
(艦長なら、俺の気持ちをわかってくれる……)
そう気がついた進が艦長室へ行こうと心に決めたとき、後ろから軽やかな足音がして、続いて鋭い声が響いた。
「古代君!」
雪はずっと進を探していた。各部署のクルー達の通信状況をチェックしながら、自分も通信を完了させた。
母の想い、父の想いを切なくも強く感じて、やはり涙は禁じえなかった。それでも、両親と会話できたことで、自分の心に温かいものが流れ、きっと地球に帰るんだという勇気が強く湧いてきた気がする。
地球との通信は、自分を始め、皆にいい影響を与えるに違いないと、雪は確信していた。
また一方で、雪はさっきの自分の反応に驚いてもいた。
いきなり母から見合い写真を突きつけられて、びっくり仰天した。その無防備になった心に、「ヤマトに好きな人でも出来たのかい?」と父が尋ねた時、思わず頭に浮かんでしまったのは、他でもない古代進の顔だったのだ。
(なんでここで古代君の顔が浮かばなくちゃならないの……!? どうして古代君なんか……)
雪がその顔が浮かんできた事実をやっきになって心から消し去ろうとしながら、通信未完了者を確認していた。すると最後に残ったのが、その『古代進』であった。
この頃、雪の中では、本人も気付かぬうちに古代進という人物の存在が少しずつ大きくなりつつあった。
(口が悪くて意地悪なところもあって、その上私のことやたらじろじろと見ているときがあって…… 初めは、問題児じゃないの?って思ってたし、ものすごく腹が立ってあんな奴って思ってたこともあったけど。でもそれだけじゃないんだってことも気がついて……)
進に対する評価をどうすればいいのか、正直なところ迷っているところだった。そんな矢先の父の問いだった。
(いつも気にさせられてるから、たまたま浮かんじゃったのよ、きっと! それより古代君ったら、こんな時にどこ行ったのよ! さっき加藤君は、古代君が交信を放棄するって言ったけど、本気なのかしら? やっぱり業務を邪魔する問題児なんだわ…… とりあえず、本人に会って確かめないと)
雪は、不可思議な感情を無理やり奥に押し込めると、進探しに専念することにした。
居住区の自室、食堂、サロン、トレーニングルーム。そのどこにも見当たらない。やっぱり仕事でもしているのかと、第一艦橋を回ったがいない。格納庫にもすでに進はいなかった。そこにいた加藤に再び進の行方を尋ねたが、知らないと言う。
とりあえず、見つけたら連絡するようにと伝言を残して、人気のない展望室の方にやっってきたところで進を発見したのだった。
「ここにいたの? もう全員交信済ませたわ」
あなたも早くして、と言わんばかりの勢いのある雪に、進はじりっと半歩後ずさりした。
「ああ、すまない、行くところがあるもんで……」
いつもなら、雪と会話するだけで心躍る進であったが、今日だけは違う。今は家族の話を聞かせようとする人間とは誰とも話したくない。
かといって、雪に通信する相手など誰もいないなどと愚痴る気にもなれないし、知られたくもなかった。それに、やっと思いついたせっかくの避難場所へ、今は急ぎたかった。
ところが、今日の雪は断固として進の勝手を許してはくれなかった。
「困りますっ!! 地球との交信は時間ごとに悪くなっているの。出来るだけ早くして頂かないと……」
雪が真剣なまなざしで進を睨んだ。その美しい瞳で睨まれると、進はいろんな意味ですくみあがってしまう。どんな反駁の言葉も出てこない。
不満そうに睨み続ける雪を見ながら、進はとうとう逃げられないと観念した。小さくため息をつくと、「わかった」とつぶやいた。
「よかった。じゃあ、私についてきて、早くお願いね!」
進をとうとう捕まえた雪は、安心したことを示すようにニッコリ微笑んで、通信室までの道を、先にたって歩き始めた。
颯爽と歩く雪の後ろをとぼとぼと歩く進。やけに対照的な二人にすれ違うクルー達は首を傾げた。そして程なく通信室に着いた。
入り口で振り返って、数歩後をのろのろと歩く進が来るのを待ってから、雪は口を開いた。
「それじゃあ、5分間でお願いします。私はこちらで待ってますから、終わったら知らせてくださいね。じゃあ、よろしく」
何も知らない雪がにっこりと微笑んで、進の背を押した。その笑顔につられるように進も引きつった笑みを浮かべながら、素直に通信室に入っていった。
通信室の中は薄暗かった。大きな画面と1脚の椅子の間には、通信のためのスイッチが所狭しと並んでいる。
(ふうっ…… 結局来てしまったか…… かといって、連絡するあてもなし、どうしよう…… ま、いいか。このまま5分経ったら出て行けばいい)
進は椅子にどっかりと座り、砂嵐状態のままの画面を呆然と見つめた。ひどく虚しい気持ちになる。
(何でこんなとこにいるんだろう、俺。一言彼女に通信する先がないから辞退するって言えばいいのに……)
それができなかったのは、進が雪に惚れているからなのだろう。好きな娘の前では、格好の悪いことはしたくなかったし、同情をかってかわいそうなんて思われることはもっと嫌だった。
(まったく情けねぇ……)
とその時だった。ふと気がつくと後ろに顔をだした雪が、進の様子を見て言葉を失っていた。
(まずいっ、通信してないのがばれた!)
進は慌てて何か言い訳しようと立ち上がったが、その彼が目にしたのは、雪の瞳に浮かんできた涙だった。
「うっ……ごめんなさい……」
聞こえるか聞こえないかのような小さな声で、雪はそうつぶやくと、通信室から駆け出していった。
「あっ……」
その後姿にすぐにかける言葉が出てこない進は、その場で立ち尽くしてしまった。
(彼女、泣いてた!? どうして……? そうか、やっぱり同情されたか……)
しばらくして、進はふうっと大きなため息を一つついた。
好きな娘に知られたくなくてやったことが、逆にショックを与える形で自分をさらしてしまうことになるとは……
(あ〜あ、まったく……俺っていっつもこうなんだよなぁ〜)
だが、進は自己嫌悪に陥ると同時に、逆の反感にも似た感情がもやもやと心の中に現れてくるのも感じた。
自分の行動で彼女を泣かせたことは申し訳ないと思う反面、めでたく両親と会話できたであろう雪に、今は嫉妬すら感じてしまうのだ。
(ちぇっ…… どうせ森君は、お父さんやお母さんと話ができて浮かれてたんだろ。少しは俺の身になってみろよ! どうせ俺の気持ちなんか誰にもわかるわけねぇよっ!)
ふてくされた進は、雪を追いかける気分にもなれず、投げやりな気持ちのまま、通信室を出た。
結局行くあてもなく第一艦橋に戻ると、雪と沖田を除くメインクルーが全員そろっていて、進が入ってくるなり一斉に振り返った。
被害妄想かもしれないが、その視線が何やら同情しているような気すらしてきて、今の進にはどうしても耐えられなかった。
(俺だけが場違いな気がする……)
自然、視線はまだ席に戻っていない艦長の姿を追いかけて天井方面へと動いてしまう。
進は再び第一艦橋を出て、さっき行くつもりだった艦長室へと足を向けた。
進が艦長室をノックすると、ずっと待っていたように、間髪をいれず「入れ」という返事があった。そしてドアを開けて入るなり……
「来たか、古代。遅かったじゃないか! わしもお前と会いたかったよ」
床にどかりと座り込んで上機嫌の沖田が、進を手まねきした。手には一升瓶とコップを持っている。どうやら一杯やろうというらしい。
「はぁ……」
「立ってないで、座れ」
沖田に勧められ、進もその前に座った。沖田がコップを突きつけ、進がそれを受け取ると、沖田はコップに酒を並々と注いだ。
天涯孤独の寂しさを振り払うように、進はコップの酒を一気飲みした。そして進がさらに追加を望むと、沖田は嬉しそうに高笑いし、再び空いたコップに酒を注いだ。
「今日ばかりは俺たちの居場所がなかったな……」
「はい……」
(やっぱり、何も言わなくても艦長はわかってくれているんだ……)
そう思うと、進の心に今日初めて熱いものが流れた。それから再び二人はコップ酒を一気に飲み干した。さらに一升瓶でさしつさされつを繰り返す。沖田も強いが進も負けていない。
その姿を見て、沖田が大声で笑った。
「わっははは……古代、いい飲みっぷりだ! こりゃあ、なかなかの飲ん兵衛になりそうだなぁ」
半分目が据わった進は、飲み干したコップを、再び沖田の目の前に突き出した。沖田は、そんな進に満足そうに目を細めた。
(まるで、あいつと一緒に飲んでいるみたいだ……)
沖田は、ふと今は亡き息子と酒を酌み交わした時のことを思い出していた。
瓶の中の酒が残り僅かになった頃、沖田は立ち上って、地球に向けて別れを告げると言い出した。
「さよ〜〜ならぁ〜〜!!」
艦長らしからぬ子供っぽい行為に、呆然としている進など気にする様子もなく、沖田はさらに同じ言葉を繰り返した。
「さよ〜〜ならぁ〜〜!! 必ず帰ってくるからなぁ〜〜!」
その姿を最初はあっけにとられていた進の中も、だんだんと熱い気持ちがこみ上がってきた。これが母なる地球に別れを告げる大事な儀式のような気さえしてくる。
「古代、お前もさよならを言え!」
「はいっ!」
沖田に誘われ、進も立ち上がってその隣に立った。
「さよ〜〜〜ならぁ〜〜〜〜!!」
何度も何度も沖田に負けない大きな声で叫んだ。沖田もまた叫ぶ。二人のさよならの大合唱だ。
そして…… いつしか進の心から、さっきまでの孤独感が徐々に薄れていった。
気持ちよく大声で叫び終わった二人は、互いの顔を見合わせ僅かに笑みを浮かべあった。
それから進は急に照れくさくなって、窓外へ視線を向ける。そんな若者を、沖田は優しい目で見下ろした。
「古代、寂しいか?」
「はい、あ、いえ……少し…… ですが、艦長と今ここで叫んでいたら少し薄れてきたような気がします」
「うむ……」
進の答えに、沖田はひげに隠れた口元をほころばせた。
「わしもお前も家族をみんな亡くした。地球で待っていてくれる家族はおらん。だがな……それでもわしは地球が愛しくてたまらんのだ。地球を救いたくてたまらん」
「……はい、私もそう思います」
進が頷きながら答えると、沖田も満足そうに大きく頷いた。
「つまり、お前もわしも一人じゃないということだ。地球という家族があるんだからなぁ」
「は?」
その言葉の意味を理解しかねた進が、さらに何か問うように見上げたが、沖田はそれ以上何も説明しようとはしなかった。
その後すぐ、進は艦長室から退室したが、ここに入る前に感じていた心の中のなんともいえない寂寥感は消えていた。家族との会話に浮かれているクルー達を責める気持ちも不思議と薄らいだ。
アルコールのせいかもしれないが、沖田と話、地球に向かって叫んだことで、自分の思考がどこかで切り替わって前向きになったような気がした。
(俺はガミラスを破り、地球を救うためにこの艦(ふね)に乗ったんだ。他のことは二の次じゃないか。よぉしっ! もうすぐ大ワープだ。やるぞぉっ!!)
と力が入った瞬間、さっきの通信室での出来事を思い出してしまった。
(あ、森君……あれからどうしたんだろう? 俺のせいで泣かせてしまったみたいだもんなぁ)
進は、雪に家族があることさえ面白くなく思えてしまった、さっきまでのひねくれた自分が、ひどく恥ずかしくなった。
(彼女を探して一言謝らないと……)
進は、雪の行きそうなところを探して回った。しかし、生活班周りや医務室、そして彼女の自室にもいない。通信室も既に扉が閉じられており、もう誰もいなかった。
他の生活班のクルーに尋ねても、今はオフタイムなのではっきりとはわからないという。
「用事があるのなら、艦内放送で班長を呼び出しましょうか?」
「あ、いや…… 別に急ぎじゃないんだ」
そう答える進をいぶかしそうに見るクルーの視線に、進は自分の顔が火照ってくるのがわかった。
「ちょっと聞きたかったことがあるだけだから、また後にするよ。あ、ありがとう」
言葉が回らなくなりそうになる。これ以上下手にしゃべると何かよからぬ憶測をされそうで、進は慌てて部屋から飛び出した。
(ふうっ…… なんで俺がこんなにドキドキしなくちゃならねぇんだよ!)
進の中で、雪への思いは日に日に大きくなっている。雪の行き先を探し回っているというだけで、なにやら意識してしまうのだ。
だが何といってもここは戦艦の中。ガミラスとの激しい戦いのさなかである。そんな気持ちをこれ以上他人にさらすわけにはいかない! 戦闘班長たる古代進としては、そうあるべきなのだ、と彼自身は強く思っている。建前上は……ではあるが。
ところが、その気持ちは、隠しているつもりでも、どこかで見え隠れするらしい。特にともに過ごす時間の多い第一艦橋の仲間達の間では、なにやかやとからかいのネタにされてしまうことも多い。
……という理由から、それ以上他のクルーに聞きまわることもできず、進は雪を見つけることができなかった。
進はあきらめて第一艦橋に戻ることにした。大ワープまであと数時間。そろそろ配置につく指示がでるはずだった。
(しゃあないな。謝るのは、また後にしよう。それより顔赤くなってないだろうなぁ)
再び第一艦橋へ昇っていくエレベータの中で、進はひとり手を頬にあてたり深呼吸をしたりした。
エレベータが止まり第一艦橋に向かおうとした時、ふと何か感じるところがあって、進は後方展望台へと足を進めた。
展望室への入り口の自動ドアが開き、進が中に入ると、そこには雪が一人たたずんでいた。
(あっ、森君……!?)
ドアの開く音に、はっとして振り返った雪が、進の姿を見て気まずそうに視線を窓の外に逸らした。
「あ……」
進は一声だしたものの、さっきの雪の涙顔が浮かんできて次の言葉がうまく出てこない。そのまま立ち止まっていると、雪のほうがゆっくりと振り返った。
「古代君……さっきは、ごめんなさい…… 私、生活班長失格ね。クルーの家族環境も把握していないだなんて……」
上目遣いに話す雪の姿は、本当に申し訳なさそうだ。
「あ……いや、いいんだ。君は仕事だったんだからさ。俺が通信する先がないから辞退するって、はっきり言えばよかったんだよな。こっちこそ、ごめん」
進は慌ててそう告げると、ぺこりと頭を下げた。
「そんなこと…… 私ね、古代君がお兄さんを亡くされたことは知ってたんだけど…… ご両親のことも知ってたのにね、失念してたの。それに、通信をするご家族くらい誰にでも一人くらいはいるだろうって、安易に考えてたの。本当にごめんなさい」
雪もさっきの進に負けないほど、腰を深く折って頭を下げた。
「だからいいんだって! クルーのこと何から何まで全部把握しようだなんて考えてたら、頭ん中破裂しちまうって。もう、気にするなよ。でないとこっちの方が困っちまう」
懸命に訴える進の言葉に、雪はやっと頭を上げて、少しだけ笑みを浮かべた。
「ええ、そうね…… ありがとう、古代君」
進も安心したように笑みを浮かべると、雪はさらに頬を緩めた。
雪の笑顔は、進の心を和ませる。さっきまで斜に見てしまっていた自分は消えて、温かなそして素直な気持ちが、進の中に湧き上がってきた。
「俺さ。ほんとはみんなが地球の家族と連絡しあっているのが羨ましかったんだ。自分だけ通信の宛がないだなんて、言いづらくてさ」
自分のマイナスな部分を、こんなにすらっと話せたことに、進自身が驚いたのと同時に、雪にも心の変化が訪れ始めた。
照れくさそうにそう答える進の顔を見ていると、雪の胸にキュンと締めつけられるような思いが走ったのだ。
「古代君……」
同情……だけではない何か、切ないようなやるせないような……? そんな思いが雪の心の中でふわりと広がっていく。
もう一度無言で微笑みあう進と雪。二人は互いに相手の存在が自分にとって非常に重要なものであることに、心の奥底で少しずつ気付き始めたのかもしれない。
その短くも不思議な沈黙を先に破ったのは進だった。冗談めかして話し始めた。
「けど、さっき艦長んとこ行って思いっきり飲んで叫んできたら、すっとした」
「え? 飲んで!?」
はっと我に返った雪は、びっくりしたように大きく目を見開いた。
「はは…… 佐渡先生のを1本くすねてたぞ、艦長」
「まあっ、やだ、古代君、そう言えばちょっとお酒臭いわ!」
「あ、あれ? そうか?」
自分の吐く息を手のひらにかけてにおってみている進の姿が滑稽で、雪はくすくす笑い始めた。
「うふふ、しようのない人たちですこと! でも…… そう言えば、艦長も通信辞退されてたんだったわね」
笑いを少し収めて、雪がしんみりとなる。
「うん、あの人も家族みんな亡くされてるからな」
「それがどんなに寂しいものなのか…… 両親のそろってる私には絶対にわからないんだわ」
さっきの笑顔から一転、雪が再び顔を曇らせると、進が慌てて言葉を足した。
「もう言うなって! いいって言っただろ。俺にはヤマトがある。それに、艦長や仲間達がいるんだからさ。艦長と飲んでてそれがわかったような気がしたんだ」
その言葉に、雪は再度顔をぱっと明るくした。
「ええ、そうね…… 私も仲間の一人よね?」
「ああ、もちろんさ!」
大きく頷きながらも、進はその雪のまっすぐなきらきらした視線がこそばゆかった。真正面からその視線を受け止められずに、顔をあさっての方に動かし視線を遊ばせる。
(そんな目で見るなって…… なんかこう、むずむずするじゃないか!)
落ち着かない気分をごまかそうと、進は心にもないからかい文句を口にした。
「しっかし、森君の顔って、笑ったり泣いたり忙しいな。よくそんなにコロコロ変わるんだなぁ」
「あん、もうっ!」
「あははは……今度は膨れたぞ」
「もうっ、古代君っ!!」
「はははは……」
二人はさっきの通信でのわだかまりをすっかり忘れたように、楽しそうに笑い声を上げた。これが、二人で会話することの楽しさ嬉しさを感じ始めた第一歩だったかもしれない。
ひとしきり笑った後で、雪がふと思いついて、口にした。
「でも……家族って、これから古代君が作っていけばいいじゃない?」
「は? 作るって?」
雪の言葉の意図がよくわからない進は、きょとんとした。すると、雪が丁寧に説明し始めた。
「だからぁ〜 古代君が将来結婚して、奥さんができて、それから子供が生まれて、そしたら家族ができるじゃなぁい?」
何気ない一言だった。ごく普通の会話のつもりだった。が……雪はそれを口にしながら、だんだん顔が火照ってきた。つまりそれは、雪の頭の中に、進が作るであろう家族の姿が思い浮かんだのだが、そこにニコニコ笑っている自分がいることに驚いてしまった。
「あ、ああ…… そうか、そうだな……」
納得したように頷いて自分を見つめる進の視線が、雪にはやけに熱く感じられた。どぎまぎしてしまう。
(や、やだわ、どうしよう……)
そし同時に、さっきの通信の時に父に尋ねられた言葉――ヤマトに誰か好きな人でもできたのか?――が、頭の中で何度もリフレインされる。
「そ、そうよ」
雪は自分の焦りを知られないように、やっとのことでそれだけを答えると、窓の方を向いた。頬がほんのり赤く染まっているのが自分でもわかった。
(私…… 古代君のことが……!?)
そう考え始めると、心臓が飛び出しそうなほどドキドキしてきた。この時初めて、雪は自分の中にある進への恋心を感じとったのだ。
もちろん、雪の初めて気付いた思いなど、進にはわかるはずもない。数歩足を前に進めると、外を向いて立つ雪の隣に立った。
そして雪の隣で、同じように宇宙を眺めた。
「俺に……家族……か」
ポツリとつぶやく。彼の脳裏にも、さっき雪が思い浮かべた光景と同じものが浮かんでいた。
無事に帰還した地球で、いつか結婚して妻や子供に囲まれる。庭では子供達――小さな男の子や女の子――が楽しそうに駆け回っていて、自分の隣には微笑む妻がいる。その妻の姿が……雪と重なる。
(えっ!? お、おいっ! ちょっと待てよ、それって飛躍しすぎじゃねぇか!)
進は、自分で自分の想像にどぎまぎしながら、こっそり雪の横顔を盗み見た。心なしか雪の頬が火照っているように見えるのは、自分の欲目なんだろう、と思いながら。
(ま、いっか。将来のことなんて、まだ何もわかんねぇんだからさ)
だが、それでも万が一にも、今見た自分の夢が叶うことがあればいいのにな、と進は心の底から思った。その時、進は本当の意味で孤独でなくなるだろう。
しかし、二人それぞれが見た同じ夢が将来現実のものとなることを、このときの二人はまだ全く知る由もなかった。
しばらくして、進がう〜んと小さな声を上げて伸びをした。
「さぁて、戻るとするか!」
「ええ……」
二人は最後にもう一度窓外遠くを見、もう見えることのない地球を思いながら、後方展望台を後にした。そして、第一艦橋に戻った二人は、ともに地球の最後の映像を他のクルー達とともにじっと見つめた。
しばらくして、地球からの映像受信が途絶えた時、艦長の引き締まった声が艦内中に響きわたった。
「これを持って、パーティは終了とする! 総員、大ワープに向けて配置につけ!」
その言葉に弾かれるように、進も雪も、そしてクルー達みんなが、きびきびと動き始めた。
宇宙戦艦ヤマトの旅は、まだ始まったばかり。そして若い二人の恋も、今始まろうとしていた。
おわり
宇宙戦艦ヤマト第10話のお話でした。書いているうちに意外に長くなってしまいました。
古代君につきまとっていた『孤独』。家族は誰もいなくなったけれど、沖田艦長をはじめとするヤマトの仲間たち、そしてなによりも大好きな雪の存在が、彼を孤独から救ってくれるんだろうな、と思います。
この時点では二人の恋心はまだまだ芽生えたばかり。自分の気持ちをやっとこつかみ始めた頃でしょうか?
あい(2004.6.29)
(背景:Holy-Another Orion)