010 不 安


 (もうすぐ彼女がやってくる。持ってくるのは、お昼ご飯らしいが…… やっぱり、彼女の手作りなんだろうなぁ〜 う〜〜〜〜む……)

 彼女が手作り料理を届けてくれると言うのに、やけに悩んでいる青年が、ここに一人。その名を古代進という。





 古代進は、彼女との恋人暦2ヶ月あまりのまだまだ嬉し恥ずかしドキドキカップルの片割れである。
 その彼が宇宙から帰還したのは、昨夜遅くだった。自宅に戻ってさっそく帰還のメールを恋しい恋しい愛しの彼女、森雪に送る。もちろんこれは彼女からのご要望。するとすぐに返信のメールが届いた。ちゃんと起きて待っていてくれたらしい。

 『古代君、お帰りなさい。夜遅いのでメールにしました。今回は深夜の帰還なのでお迎えに聞けなくてとっても残念です。ほんとは少しでも早く会いたいんだけど……
 でも明日はお休み貰えたし、古代君のおうちに遊びに行くわね。
 ほんとは朝早くから会いたい……んだけど、きっと古代君ゆっくり寝たいでしょう? だから、お昼前に行くことにするわね。
 ブランチになるようなお昼のお弁当を持っていきます。お楽しみにね!  雪』

 恋しい彼女からの熱いラブメール。会いたい気持ちは彼も同じ。今からでも会いに行きたいところだが、自宅で両親と暮らす彼女のところに、こんな時間にいけるわけはなく、じっと我慢の進君。
 だが、嬉しそうににやけながら読んでいた進の顔色が、最後の文面のあたりでさぁ〜っと青くなってしまった。

 (げっ、お昼のお弁当!? う〜〜〜〜〜〜ん……心配だ、不安だ、ああ、体調しっかり整えないといけないぞ)

 心によぎる不安を、久々に彼女に会える喜びに無理やり押し込めて、恋する青年はベッドにもぐりこんだ。



 輸送艦の護衛艦艦長職も2ヶ月近くになり、何往復もしてすっかり慣れてしまった。平和な時の護衛艦任務など、赤子でも務まりそうなくらい暇だ。だが、暇でも任務は疲れるものだ。
 航海の疲れもあってかぐっすり眠り、さらに適度に朝寝をむさぼってしまった進が、ベッドから起き出したのは10時を過ぎた頃だった。

 とにもかくにも、彼だって今の平和はもう手放したくない。この平和な時だからこそ満喫できることもある。
 そう、古代進は今、これまでずっと味わうことのできなかった青春らしきものを謳歌しつつあるのだ。

 もちろん、恋人の雪との付き合いもその最重要項目の一つ。ヤマトの航海中にはぐぐんだ愛は、見事地球に戻って結実し、晴れて二人は恋人同士となったわけだ。

 その恋人がもうすぐご馳走を持ってやってくる。ウキウキわくわくしていいはずなのに、なぜか進は微妙に複雑な顔。というのは……



 彼の恋人は料理が思いっきり下手だった!

 それも一般人の想像を絶するほど下手!

 (お昼ご飯って、なんだろう? 初めてのときはしょっぱすぎる卵焼きだったろう。あれは最初のご愛嬌ってとこだったけど、それで終わらないんだもんなぁ。
 次は焦げたカレーライス。あの調理の簡単なカレーライスを焦げさせる方が難しいと思うんだけどなぁ)

 ちなみに進君でさえ、カレーライスを作って失敗したことなんかない。

 (それから、この前はどろどろのシチューもすごかったよなぁ。中身が何なのかわからないし、まるで魔女が作ったスープみたいだった。あの時も、お母さん心配そうな顔で見てたよなぁ。
 そうそう、溶けるほど茹ですぎたほうれん草のおひたしってのもあったよなぁ、味付けは甘すぎたし……)

 雪が何か料理をしてくれるたびに、進が見たこともない程見事な失敗作品を披露してくれるのだ。しかもそれでも彼女の必死の作品だけに、恋人としては食べないわけにはいかない。

 今のところ、いつも彼女の実家でご馳走になっているわけで、怪しい作品はいつも1品で、後はそれをフォローして余りある彼女の母親の美味しい料理が食べられる。だからこそ、進もそんなとんでもない料理も何とかクリアしてきたのだ。

 だが……今日は雪が作って持ってくると言う。つまり、美味しいママのお料理でお口直し、はできないというわけだ。
 進は、ひたすらその弁当が世にも稀な摩訶不思議弁当でないことを祈るばかりだった。

 (はぁ〜〜〜〜 彼女に会えるのは、すごく嬉しい! ものすごく嬉しい!! 嬉しいけれど……料理はなぁ〜〜〜
 お母さんはそのうち上手になるからって言ってくれるけど、どうしてあんなにお料理の上手なお母さんから、あんなに下手くそな娘が生まれるんだろう?)

 まあ、今のところは、どう考えても料理の腕は進の方が格段に上だ。

 (もしとんでもない料理だったら、うまくごまかして俺が作ってやるかな。大体女が料理を作らないとって頑張る彼女のほうが、意外と古風なんだよな。料理なんて上手なほうが作ったっていいんだけどさぁ。
 太田なんか、グルメだから作るほうもコック級だって言うし、もしこのまま彼女の料理がものにならなかったら、将来は俺、主夫してやろうかなぁ〜〜な〜んちゃって!)

 などと考えている進君。なんだかんだ言いながら、ちょっと安易ではあるが、将来設計までしてしまっている彼は、まさに平和を満喫する平凡な一青年でありました。



 そんなこんなでそろそろ11時という頃、進の部屋のドアベルが鳴った。もちろん、この時間にこの部屋のベルを鳴らすのは、彼女に違いない。
 進はすぐに玄関に駆けつけた。それでも職業柄、用心深く念のため、まずはインターホンで確認をする。

 「はい、どちら様ですか?」

 と答えると、マイクのむこうから恋しい彼女の声がした。

 「あっ、古代君? こんにちは、雪です!」

 心がときめく。2週間ぶりに出会う最愛の彼女だ。

 「あ……今、開けるよ」

 ドアを開けると、満面に笑みを浮かべた雪が立っていた。進はその姿に思わずうっとり。心の中で、やっぱり彼女はかわいいよなぁ、なんて思ったりしながら……

 このときの彼は、さっきの心配事は綺麗さっぱり忘れてる。今の彼の心に一杯なのは、彼女をぎゅっと抱きしめて、熱いキスなんてしたいなぁ〜などというちょっとエッチな妄想ばかり。
 だがしかし、いきなりそんなことをして彼女にひっぱたかれたくはない。平静を装って、まずはご挨拶だ。

 「やぁ、いらっしゃい。入って……」

 と部屋の中に招き入れながら彼女の手元を見ると、なにやら大きな荷物を持っている。

 「あ、あっ、荷物? 持つよ」

 「ありがと!」

 彼女から手渡された大きな紙バック。手渡される瞬間にちょっと手が触れて、二人でちょっぴりはにかみながら微笑みあったりして…… 初々しい二人である。照れ隠しに、進はバックの重さに言及した。

 「けど、ずいぶん重いなぁ」

 進が顔をあげて雪を見ると、雪はまたもや満面に笑みを浮かべてこう言ったのだ。

 「うふふ……お昼の豪華お弁当だもの」

 「豪華ぁ!?」

 お弁当と聞いて、進は目を大きく見開いた。そしてニッコリ微笑む雪の顔と手に持ったバッグの間を何度も動かした。
 さっきの不安が一気にド〜〜ンと湧き上がってくる。このずっしり重いものが全部雪が作ったお弁当なのかと思うと、やっぱりその重さがそのまま心にものしかかってくる。

 (俺、これを全部食べるんだろうか?)

 そんな彼の不安など全く意に介していない彼女は、さらに得意そうにこう付け加えたのだ。

 「ええ、三段重ねのお重にたっぷり入ってるわ。だって古代君大食らいだもん!」

 「はは……」

 笑ってみたものの、どう考えてもその笑みが引きつってしまう。さすがの雪もそれには気がついたらしい。

 「どうしたの? なんか変な顔して?」

 「い、いや……別に」

 慌てて顔を逸らす進を覗き込むように、雪が前のほうに回りこんだ。

 「なんだか怪しいわ」

 「なんでもないって!」

 また顔を逸らすと、雪はさらにその方向へ追いかけてくる。

 「具合悪いとかじゃないんでしょうね? お腹の調子が悪いとか?」

 心配そうに見つめる雪に、進は慌てて笑顔を作った。

 「ないって! 心配するなよ、俺は元気だから」

 ただし、今のところはな……と心の中で付け加えてたりして。ちなみに、頭の中では、確か救急箱の中に胃薬入ってたよなぁなんてことを考えてたりする。
 それでも彼の笑みを見て、雪も安心したらしい。ほっとしたような顔をした。

 「そ〜お?それならいいけど…… だって、ママが腕によりをかけたご馳走だもの。食べられなかったらもったいないじゃない」

 「へ?? ママ?」

 きょとんとしながら問い返す進に、雪は再びかわいらしい笑顔で答えた。

 「ええ、ママよ」

 そのとたん、進の顔がぱ〜〜〜っ輝いた。

 「ってことは、このお弁当の中身、ぜ〜〜んぶ君にお母さんが作ったの?」

 「ええ、そうよ。今日の私は料理の下準備とお重に詰める係り。だって寝坊しちゃって時間なかったんだもの。私が作ってたらお昼過ぎちゃうもん」

 「そっか……ははは…… それは、すごく……残念だなぁ」

 と言いつつ、心の中で思わず万歳三唱しそうになる進君。もちろんお顔がにやけてくるのは、どうしても押さえられない。

 「なぁ〜に〜〜? 古代君ってば、全然残念そうな顔してないじゃない! え〜、ちょっとそれってどういう意味なのよぉ!」

 今度は逆に雪のほうが怪訝な顔。ムッとした顔で睨む彼女に、進は懸命に言葉を言いつくろうとするけれど……

 「そ、そうかなぁ〜〜 そんなことないよ、君の手作りの料理食べられなくて残念だよ。あはは…… あ、そう言えば腹減ってきたなぁ。その豪華弁当早く食べようぜ。なっ!」

 「ん、もうっ! でもいいわ、デザートは私が作ってあげるわ、うふふ」

 ちょっといたずらっぽく笑う雪のその一言に、進は思わず本音が出てしまった。

 「げっ……」

 「あら?なぁに、今の返事?」

 「え? 俺なんか言ったっけ?」

 慌ててとぼけてみても既に遅い。雪はつん!と口を尖らせてしまった。

 「ほらやっぱり! もうっ、ばかにしてぇ! でもご心配なく、デザートもちゃあんともうここに入ってますよ〜だ」

 「あはは…… そっか、それじゃあ食べようぜ。俺、ほんと腹減ってきた!」

 「あのね! 私だって最近はお料理少しはましになったのよ!」

 必死に訴える雪を尻目に、進はさっさと三段重ねの弁当をテーブルに広げ、箸をつけ始めた。

 「ああ……そうだよな。おお! 美味いな、これ」

 「だから、次はちゃんとご馳走作ってあげるんだからぁ!」

 さらに訴える雪。

 「うん…… おっと、こっちは?…… ああ、これも美味い!!」

 生返事をしながら、食べ物に話題を持っていこうとする進。そして……

 「もう〜〜〜〜〜〜!! あっ、古代君それ全部食べちゃだめぇ! 私も食べるんだから!!」

 と結局、ここは食欲に負けてしまった雪ちゃんの負け。それから二人で大騒ぎしながら、楽しいお昼ご飯の時は過ぎていったのでありました。



 そして……食事を終え、二人は満腹のお腹をさすりながら並んで座っていた。食欲が満たされると今度は……

 BGMを聞きながらいい雰囲気になった二人。雪は、恋しい人にそっと体をすり寄せてきた。

 「ねぇ、古代君。明日は地上にできた公園にハイキングに行かなぁい?」

 おいしい食事を腹いっぱい食べ、隣にはかわいい恋人をはべらせて言うことなしの進君。もちろん満足げに頷いた。

 「ああ、いいよ。連れてってやるよ」

 「ほんと!うれしいっ! その代わり、明日こそ私の手料理のお弁当持っていくわ。古代君楽しみに待っててね!」

 (げっ!?)

 と思ったものの、さすがに言い出せるはずもなく、今度は顔を引きつらせないように気をつけながら笑みを浮かべた。

 「はは……楽しみに……してるよ」

 「ほんと? 嬉しいわ、古代君……」

 うっとりと見上げる恋しい彼女の愛らしい顔。

 (ええい、くそっ!)

 一難去ってまた一難?の進君。半分やけっぱち気分で、彼女を引き寄せると、その小さな唇を情熱的に奪ったのでありました。

 (古代君ったらなんて情熱的なキスなのかしら。そんなに私の手料理食べたかったのね。雪ちゃん、明日がんばるわ〜)

 (あ〜〜 また明日が心配だぁ。明日こそ、胃薬必携だよなぁ〜)

 立ち直りが早い雪ちゃんは、熱いキッスに幸せ一杯。対して、甘い唇を味わって幸せながらも複雑な思いが巡る進君。
 互いの思惑が微妙に!?ずれてるお二人さんの明日のハイキングはいったいどうなる? ……と、それは皆さまのご想像のままということに……

 そして、古代進の幸せで嬉しくも不安な日々はこれからも続くのであった。




 ちなみに、そののち、最強であるだけではなく、どんな悪食にも耐えられる最高に屈強な宇宙戦士と呼ばれるようになった古代進の胃袋を、これほどまでに鍛え上げたたのが、その恋人が作る料理であったことを知る者は……誰もいない……(嘘!?)

おしまい


 タイトルとは裏腹に、お笑いに走ってしまったお話でした(笑) うちの雪ちゃんは、イスカンダルから帰還直後頃までは、とにかく家庭科系が目も当てられないほど苦手なんです。特に料理と裁縫が致命的!(^^;)
 最愛の彼女の手料理と言えども、古代君にとっては、なかなかの苦行だったんでしょうね〜〜(笑)

 ちなみに、雪ちゃんのフォローのために申し上げておきますと、『新たなる……』の後一人暮らしをする頃までには、雪ママの特訓と人体実験を受け続けた!?古代君のおかげで、雪ちゃんのお料理の腕は格段に上がりました。
 そして一緒に暮らすようになった頃には、古代君が舌を巻くほど上手になっておりましたとさ(*^^*)
あい(2004.10.30)

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