012 お母さん


 
遠い遠い星の彼方でも、母を思う心は同じもの……



 2200年5月。ヤマトはようやくイスカンダルの地を踏むことができた。後はコスモクリーナーDを積んで地球に戻るだけ……

 そんな5月の第2日曜日。コスモクリーナーDの積載のために、当分イスカンダルに停泊することになったヤマトの艦内は、地球に戻るめども立ち、なんとなく和やかなムードに包まれていた。

 ヤマトの食堂には、大きな掲示板がある。その一角に、毎日のいろいろなことが書かれている生活班からのお知らせコーナーがあった。
 今朝は、そこに立ち止まり掲示を見たクルー達が、一様にしんみりとした顔付きで、食事をしていた。
 ほぉっとため息をつくもの。よしっ!と自分に喝を入れるもの。そして、ウルッときて鼻水をずずっとすするものもいる。

 今日の生活班のお知らせには、こんなことが書かれていたのだ。

 
『今日はなんの日?』

 今日は5月の第2日曜日。この日は、遠い昔から『母の日』と呼ばれ、世界中の人々が母を思い感謝する日になっています。

 私たちの誰もが「おかあさん」のお腹の中で慈しみ育てられ、そしてこの世に産まれ出てきたのです。それからも、私たちはお母さんに大切に育てられてきました。
 今日は、そんな大好きなお母さんのことを思い出して、遠くはなれたところにいる皆さんのお母さんに、感謝の気持ちを送りましょう。


 そして、その下には、一輪のカーネーションの花が飾られていた。

 「母さんかぁ、地球でどうしてるだろうなぁ〜 不自由な地球の暮らしに疲れてないかなぁ」

 「もう少し頑張っていてくれれば、俺達が地球を救えるところ見てもらえたのになぁ……」

 地球でヤマトの帰りを待つ母を思うものも、既に遠い国に旅立った母を懐かしく思うものもいた。母を思う様々な人間模様である。



 その夜のことだった。第一艦橋で用事を済ませ、今日の任務を終えた雪は、すぐ裏手にある後方展望台に向かった。

 (イスカンダルから見える星空でも見てみようっと…… ついてからゆっくり星空も眺めてないもの……)

 ドアを開け部屋に入ると、そこには先客がいた。古代進だった。

 (あら、古代君? うふっ、ラッキー♪)

 この後方展望台は、第一艦橋から近いこともあって、メインクルーの面々の憩いの場でもある。だから先客がいることも珍しくはないのだ。が、恋する乙女、森雪にとっては密かに―といってもほぼ公然の秘密状態ではあるが―恋する古代進が一人でいるというのは、とても嬉しいことなのだ。

 で、いつもなら「古代君!」と気軽に声をかけるのだが、今夜の雪は、その言葉を一旦飲み込んでしまった。
 それは、進の背中が、ひどく寂しげに見えたからだ。進は両腕を窓枠に置いて、その上に顎を乗せたまま、じっと空を見上げていた。

 (古代君、どうしたのかしら? もしかしてお兄さんとけんかでもしたのかしら? でも再会したばかりでそんなことないわよね)

 進は先日、兄の古代守と奇跡的に再会を果たすことができた。順調に回復してきている守は、ヤマトが帰還する時に一緒に地球に帰ることができるという。
 天涯孤独だと思っていた進にとって、最愛の兄に生きて再会できたことは、これ以上ないほど嬉しいことのはずだ。なのに、目の前にいる進はとても寂しげだったのだ。

 (あの時と同じ感じがするわ……)

 雪が思い出していたのは、地球との通信ができなくなる直前に、個人通信を許された時のことだ。通信をするあてのない進が、砂嵐の画面に向かって座っていたとき、ちょうどこんな感じだった。

 (でも今は、お兄さんに会えて嬉しいはずなのに……)

 雪が、そんなことを春秋しながら話しかけるのを躊躇していると、進のほうが後ろの人の気配を察して振り返った。

 「あれっ? 雪? いつからいたんだ?」

 振り返った進は、泣いてはいなかったが、雪にはいつもより少し寂しげな瞳をしているように見えた。

 「えっ? あっ、いえ……今来たばっかりよ」

 「そっか、ん? 俺に何か用事?」

 「ううん…… ちょっと星空でも見ようかって思って……」

 「ああ、いいよ、ほら、こっちに来てみろよ。綺麗な夜空だぞ」

 「ええ……」

 笑顔になった進に勧められて、雪が隣までやってきたが、進はちらりと見ただけで何も言わず、再び空を見上げた。そしてその顔は、やはり後姿同様なにやら寂しげな感じであった。

 雪は、そんな彼の様子が気になって、星よりも進のほうに目がいってしまう。と、進もその視線に気付いたらしく、「ん?」という顔で、雪を見た。

 「星、見るんじゃないのか?」

 「え、う、うん…… そうだけど……」

 すぐに言葉にするのを躊躇していると、進は不思議そうに首をかしげた。

 「なに?」

 「古代君、どうかしたの? お兄さんと何かあったの?」

 「えっ? いや、別に…… なんで?」

 「だって……」

 あなたはとっても寂しそうにしてたから……と雪は視線で訴えた。すると、進にもそれがわかったらしく、ふふっと悲しげな笑みを浮かべてから、再び遠い星空を見上げた。

 「……母さんのこと、思い出してたんだ」

 「お母さんのこと?」

 雪の問いに、進は振り返って、さも意外そうな顔をした。

 「ほら、今日は「母の日」なんだろ? 書いてたじゃないか、食堂のいつものあれにさぁ」

 「あっ、ええ……そうだったわね」

 進が気になってすっかり忘れていたが、そう言えば今日は母の日。確かにあれを書いたのは、生活班長である雪だ。

 「自分を産んでくれたお母さんに感謝しろって書いてたのは君だろ? だから俺は今そうしてたんだ」

 「そう……」

 進に母の話をされ、雪は彼の母親が死んでしまったことを思いだした。

 (古代君に、亡くなったお母さんのこと思い出させちゃったかな?)

 「そんな顔すんなよ。心配すんな、大丈夫だよ。もう何年も前のことだからな。今更落ち込んだりなんかしないさ。ただ、母さんのことを色々思い出してただけだよ。兄さんに再会できたことも、もう一回きちんと報告してたんだ。兄さんに出会えたのは、きっと母さんと父さんのおかげなんだって思ってね」

 「そうね……」

 進がそれほど落ち込んでいるわけではないらしいことがわかって、雪の顔に少し笑顔が戻る。すると今度は、進が雪に尋ねた。

 「ああ。ところで、君もちゃんと感謝したのか? 自分で書いておいて、自分はすっかり忘れてたってんじゃないだろうなぁ」

 ニヤつきながらそんな質問をする進に、雪は断固として答えた。

 「そんなことないわよ! 地球にいるママにちゃんと心の中でありがとうを言ったわ。それから、もうすぐ帰るからって」

 雪の答えに満足したように、進はニッコリと微笑んだ。雪は進のその笑顔が大好きだった。優しい笑顔を見せる彼は、とてもヤマトの艦長代理には見えない。ただのなつっこい年相応の青年に見える。

 「そっか、きっと楽しみにしてるだろうな、君の帰りを……」

 「ええ、そうね」

 雪はふと進を自分の母に紹介したらどんな反応をするだろう、と考えた。

 (ママのことだから、会うなりいろんなこと尋ねちゃうんだろうなぁ。古代君が答えている暇がないくらい、一人でぺらぺらしゃべったりして…… うふふ、古代君の困った顔が目に浮かんじゃう)

 雪の脳裏に、母の姿が思い浮かばれて、ひとりでに笑みも漏れた。大好きなママだけど……

 「でもうちのママの場合、ありがた迷惑なこともいろいろあるんだけどねっ」

 「ありがた迷惑? お母さんがかい?」

 進がおかしそうに笑う。雪もいたずらっぽく肩をすくめた。

 「そっ、ママって私のこととっても愛してくれてるのはよくわかるんだけど、それがちょっと度を越すことがあってね。ふふっ……」

 「例えば?」

 「例えば、そうねぇ、あっ、そうそう、ほら、地球を離れるときに家族と通信でお話したでしょう? あの時だってねぇ、見……あっ……」

 雪は見合い写真をたくさん並べた話をしようとして、はっとしてやめた。進には、そんな話はしたくない。

 「み?」

 「み〜〜 皆さんによろしく伝えてね〜〜とか言ってたりして……」

 「は? それが何かまずいのか?」

 「えっとぉ〜 あはっ、まずく……ないわね」

 えへヘ、と笑ってごまかす雪に、進はあきれ加減で苦笑した。

 「何、言ってやがんだか? ま、いいじゃないか。よくわかんないけど、なんだって、娘のこと愛してくれてるんならさ」

 「ま、それはそうだけど…… でも、古代君もそのうちわかるわ」

 再び進と母の初対面の様子が想像されてしまう。

 「俺もそのうちわかる?何が?」

 「私のママのすごいところよ、きっとパパより印象強いわよっ」

 地球に帰れば、きっと進と付き合うことになる、とこの頃の雪は既に決めている感がある。だから地球に戻れば早々に、彼を両親に紹介する機会があるはずだと。
 しかし、肝心のお相手の方は、そんなところにまで全く考えが及ばないようだ。

 「何で俺が君のママのすごいとこ、わかるようになるんだよ?」

 てんでわかっていない進のいつもながらの鈍感ぶりに、雪はくすくすと笑った。

 「まあ、いいから、いいから。うふふ……」

 雪はひとしきり笑ってから、今度は進に彼の母のことを尋ねた。

 「それより、古代君のお母さんってどんな人だったの?」

 「えっ? 俺の? うん、まあ、なんていうか……」

 進はちょっと恥ずかしそうに鼻の頭をぽりぽりとかいた。

 「すごく優しい人だった。いつも穏やかに笑ってる姿が一番記憶に残ってるんだ」

 雪は、母のことを話す進を見るのは、今日が初めてだ。進はとても優しい目をしている。

 「じゃあ、あんまり叱られなかったの?」

 「うん、そうだなぁ、叱られなかったわけじゃないんだけど。ほら、俺って兄さんと10歳も離れてるだろう。年の離れた弟だからってこともあったかもしれないけど、母さんもそんなに若くもなかったし、子供のやることに鷹揚だったのかもしれないな。とにかく、あんまりぎゃーぎゃー叱られた記憶がないんだ。父さんには、たまに思いっきり怒鳴られてたけどさ。あはは……」

 進の小さい頃の思い出話に、雪も目を細める。

 「それに俺、小さい頃は意外と体弱くてさ。結構熱出したり具合悪くなったりした方なんだ。だから母さんが怒ってる顔より、心配したり嬉しそうに笑ったりしてる姿のほうが、多かったような気がするんだ」

 「へぇ、そうなんだ…… いいお母さんだったのね」

 雪に母を褒められて、進は一層嬉しそうな顔をした。

 「うん、とにかく優しかったっていうことしか覚えてないんだ。大好きだった」

 母を大好きだったと告げる進の顔は、すっかり少年に戻っていた。かわいらしい、雪はそう思うと同時に、進にそんな顔をさせる彼の母にチョッピリ嫉妬していた。

 「古代君って、結構マザコンなのね?」

 わざと嫌味っぽく言ってみたりする。が……

 「えっ? ちがっ…… って、いや、もしかしたら、そうかもしんないなぁ」

 と、あっさりと肯定されては、雪としては何やら面白くない。

 「ふうん……」

 なんとなくつまらなそうに答えた雪が、続いてこんな質問をした。

 「古代君って、嫁と姑がけんかしたら、お母さんのほうの味方するタイプよね」

 「はぁ? 嫁と姑? いきなりなんだよ。そんなの全然見当つかねぇよ」

 19歳の青少年には、まだまだそんな話は縁遠い。だが、19歳の恋する乙女は、既に将来設計を色々計画しているのだ。

 「例えば〜 例えば、の話よ! もしお母さんが生きてらして、私とお母さんがけんかしたら、どっちの味方する?」

 いきなり具体的に質問が飛ぶ……が、その真意を鈍感青少年は理解していない。

 「雪と母さん? あはは…… そりゃあ絶対母さんだな」

 「まあっ!」

 あまりにも簡単に即答してくれたものだから、恋する乙女は怒り心頭。乙女の頬がぷくっと膨れた。

 「そんなに怒るなって、君が聞くから答えただけだろ。だってさ、生活班長様はすっごくこえ〜もんなぁ。俺の母さんのほうがきっと負けるに決まってる。俺って弱いものの味方だからさぁ」

 わざと言って怒らせてるのか、本気で言っているのか? 普通は愛する彼女の味方をするって言うのが当然なはずだが、古代進全くもって脳天気である。

 「もうっ!! 古代君がこんなにマザコンだったなんて、もしかして彼のこと考え直したほうがいいのかしら……」

 そう、嫁より自分の母親の味方をするマザコン男なんて、普通なら絶対にお断りである。

 「え? なんか言ったか?」

 「べっつに〜! どうせ私は恐〜い生活班長様ですからねっ!!」

 再びぷいっと顔をそむける雪を見て、進はやっと少々言い訳をする気になった。

 「だから冗談だってさ。大体母さんはもうこの世にいないんだぞ。どうして雪と母さんがけんかすることあるんだよ? 出会う機会だってないのにさ」

 ……フォローになってません。

 「もう〜〜〜っ!! いいわっ、ひとりでゆ〜〜〜っくりお母さんのこと思い出してなさい! 甘えん坊のマザコン君!」

 とうとう雪はプリプリ怒りながら、展望台から出て行ってしまった。あっけに取られながら、進は一人つぶやいた。

 「ひっで〜〜言い方。なにもそこまで言わなくてもいいと思うんだけどなぁ。雪が今日は母の日だって宣伝するから、母さんのこと思い出してただけなのにさぁ。あれじゃあ、まるで雪が母さんにやきもち妬いてるみたいじゃないか。え?やきもち? なんで……???」

 最後まで鈍感な古代進であった。



 そして、すっかりへそを曲げた雪は、その後、マザコン男を見限ることになったらしい……

 という話は残念ながら?聞こえてくることはなかった。それどころか、その日以降、生活班長がやけに優しくなったという噂が、艦内にまことしやかに流れ始めたという。

 「しかたないわねぇ〜 古代君ったら。でもいいわ、古代君には悪いけど、お母さんはもういらっしゃらないんだし、彼の言うとおりけんかになることもないものね〜〜 いくら彼がマザコンでも、嫁姑の問題も心配なしよね! それに、甘えん坊な古代君もかわいいものよねっ、うふふ……」

 母なきマザコン男に、恋する乙女の母性本能はさらに深まった……らしい。なぜか将来設計がしっかりと建設的になっていたりする。乙女心とは、なんとも不可思議なものである。

 何も知らない古代進、まったくもって幸運な男である。

おしまい
 


 今日、5月8日は、母の日。ということで、それにちなんで書いてみました。最初はしんみりするのかと思いきや、結局PART1の彼らはいつものパターンになってしまいました(^^;)
 ほんとに、こんな古代君でも、雪ちゃんよかったのかしらん?

 ちなみに、何年か後パパとママになった二人。子供達を叱ってその後優しく抱きしめて言い聞かせる雪ママを見た進パパは、自分と母親の姿が二人に重なったそうです。

 「雪と母さんって、なんか似てる気がするな」 なんてその頃になって初めて気がついてたりして……

 古代君のお母さん、本当は優しいだけじゃなくって、ちゃんと叱ってくれて、そしてその後優しく抱きしめてくれる素敵なお母さんだったんですよね。ただ、古代君の思い出には、一番印象に残った優しいお母さんしか残ってなかったのかもしれません。
 古代家のジュニア達の心にも、きっと優しい雪お母さんの姿がいつまでも残ることでしょう。
あい(2004.5.8)

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(背景:Holy-Another Orion)