023 絶対反対!




 とある年のとある日、春うららの温かな昼下がりのこと。古代家の庭では、小3の守君を筆頭に5人の子供達が大騒ぎしながら遊んでいた。

 それを見守るのは優しいママ……? ではなく、ニコニコ顔のおじいちゃんとパパ。そう、今日はパパとおじいちゃんが子守をしているのだった。

 庭に面した部屋の軒先に腰掛けたパパとおじいちゃん。のんびりとコーヒーをすすりながら、子供達の様子を見守っている。

 「お父さん、すみませんね、こんなこと手伝わせちゃって」

 と軽く頭を下げたのが、古代家の主、古代進だ。仕事場では厳格な名艦長も、家庭ではどこにでもいるような優しいマイホームパパである。

 「あはは、いいんだよ。もうすっかり慣れてるからな〜」

 とのんびりと空を見上げたのは、森家の主、森晃司。古代家の妻、雪の父でもある。数年前に要職にあった会社を退職してからは、妻と2人で孫の面倒を見ながら、悠々自適の暮らしをしている。

 「はぁ、そうでした…… いつもお世話になってます」

 進と雪、互いに防衛軍のエリート士官である2人は、常に多忙を極めている。進は戦艦の艦長として宇宙に出ることも多いし、子供が小さいからと、ある程度仕事を絞っていた雪も、子供達が成長するにしたがって、仕事の比重を高めてきている。出張だって最近は断ることもない。

 だから、そんな2人にとって欠かせないのが、森家の両親だ。数年前、晃司の定年を期に、古代家の隣に小さな家を建て移り住んだ2人は、保育園や小学校の行き帰りを含め、孫の面倒を一手に引き受けてくれていた。

 「だが、君と2人で子守ってのは、めったにないかもしれんな」

 と、晃司が笑った。やはり子守のメインは祖母である美里にゆだねられることが多い。

 「ああ、そうかもしれませんね。その上、今日は2人も多いし……」

 駆け回る子供達は確かに5人。さすがに賑やかだ。

 「あはは、3人も5人も一緒だよ。それに、守は良く小さいこの面倒を見てくれるからなぁ」

 「面倒見てるんだか、子分にしてるんだか、わかりませんけどね」

 「あははは……」

 と陽気に笑う二人であった。

 ところで、パパとおじいちゃんが5人の子供達の子守をしているには、ちょっとしたわけがあった。
 それに……古代家のお子様って3人じゃなかったかって? ええ、そうなんですが、実は……

 パパ最愛の雪奥様は、たまには子供から離れてゆっくり休日を過ごそうと、一日フリーデーをもらい、相原家の奥様、晶子さんと優雅にお買い物に出かけた。

 ということで今日は、相原家の2人もここに参加しているのでありました。

 ちなみに、相原パパの名誉のために一言。彼も本来ならちゃんと2人の子供の面倒を自分で見られる。
 ここに二人を預けた原因は、ママ大好き甘えん坊の航君。小学一年生になったというのに、まだまだ甘えたいお年頃らしい。
 いつもなら「ママはお仕事」という言葉でなんとか我慢するのだが、遊びに行くと聞いては、どうしても我慢できなかったらしい。
 ママについて行きたいと泣いて訴え、留守番すると言わなかった。

 そこで困り果てたパパが思いついたのが、相原家の進一郎君と千晶ちゃんも一緒に預かろうという手。
 そしてパパの策略どおり、大の仲良しのシン君たちが遊びに来ると聞いた航君は、あっという間に元気になって、笑顔でママを送り出したのでありましたとさ。

 最初は5人もいると大変か……と心配したが、逆に5人もいれば子供たちだけで遊ぶもので、意外とおじいちゃんとパパは楽チンだった。
 ご飯とおやつさえきちんと食べさせれば、あとは割合優雅に、庭で遊ぶ子供達をのんびりと見ているだけでよかった。



 ということで、自然、義父と義理の息子でとりとめもない会話を始めることとなった。

 「早いもんだな、守ももう3年生か…… ということは、君たちが結婚してもう何年になるんだね?」

 「えっと、10年……過ぎました」

 一瞬考えた進だったが、この1月に10周年のお祝いをしたことはまだ記憶に新しく、さすがの彼もすぐに思い出した。

 「そうか、もうそんなになるんだなぁ〜」

 「本当にそうですね」

 目を細める義父に、進も大いに相槌を打った。長いようで短かった10年である。色々と入り混じった気持ちで、進は様々な思い出を脳裏に思い浮かべていると……

 「今でも君が初めてうちの家に来た時の事を、時々思い出すことがあるよ」

 晃司がぽつりと言った。

 「えっ!? ああ、あはは…… いやぁ、あの時は……どうもお世話になりました」

 進が慌てて頭を下げる。

 もう15年も前のことになるだろうか、初めて雪の家を訪問し交際を申し込んだあの日。義母の美里に猛反対され、その分晃司に大いにフォローしてもらい助けられた進であった。

 「あははは…… あの時は家内がえらい剣幕で、君もびっくりしただろう」

 晃司は、さもおかしそうに笑った。あの時の妻の突っ込みようと、たじたじになっていた進の姿が今でも目に浮かぶ。
 それを知ってか知らずか、進も照れ笑いをしながら頷いた。

 「はぁ、雪から見合の話を聞いてましたから、ある程度は予測してましたけど……でも反対されるのは、お父さんの方にだろうって思ってたので、ちょっと意外でしたよ。お父さんには、すっかりフォローしてもらいましたからね」

 「そうだったな。まあ、あの時は、見合いの話を進めるより、君との交際を認めた方が、すぐ結婚話にいかないだろうっていう私なりの魂胆もあったんだがなぁ」

 「ええ? そうだったんですか?」

 「ああ、それがあれよあれよという間に結婚話が盛り上がって……」

 「そう言えば、あれもお義母さんが勝手に進めちゃいましたからね、ははは……」

 「はは…… そうなんだよ。けど実はな」

 とそこで、晃司は言葉を止めて、ちょっといたずらっぽくニヤリと笑った。

 「本当はな、娘の相手が結婚の申し込みに来たら、思いっきり反対しようと思ってたんだよ」

 「え?」

 何気に子供達の方を見ていた進が驚いて、パッと視線を晃司に戻した。そのびっくりした顔がまたおかしくて、晃司は肩をすくめて笑った。

 「はは、そんなにびっくりしなくてもいい。別に君だから反対する、っていうんじゃなくってな。娘が小さいころからね、誰が来ても問答無用で反対しようって決めてたんだよ。
  『俺の大事な娘を持ってくだとっ!! 絶対反対だっ! このっ、馬鹿やろう〜〜!!』ってね。
 それから一発思いっきり殴ってから、相手次第じゃ許してやろうってね…… ずっとずっとそう心に誓ってたんだよなぁ、私は……」

 「…………」

 進に言葉がない。

 「あの後、2度目に君が結婚の申し込みを正式にしてくれた時には、もう早く君たちを一緒にしてやりたい一心で、二つ返事で受け入れてしまったし、ま、結局、理不尽に反対する、っていう私の野望はあっさりと絶たれたわけだ」

 と言って、晃司は再び、あははと笑った。

 だが、その笑顔に、逆に進の胸はキュンと痛んだ。我が愛する妻は、この義父の目に入れても痛くない大切な一人娘だったことを、今更ながらに思い出される。

 「すみません……」

 しゅんとなってしまった義理の息子の肩を、晃司は軽くポンと叩いた。

 「おいおい、そんな顔しなくてもいいぞ。今更、君を殴るつもりは毛頭ないから、心配するな」

 「あ、いや、でも……」

 父の娘への思いが、進の胸をつく。そしてこれは一発被らねばと強く思った。

 「あ、あのっ! 今でもいいんです、思いっきり殴ってくださって!!」

 進の真剣な眼差しに、晃司は困った顔で首を左右に振った。

 「だから、もういいんだって」

 「ですが、そんな話を伺ったら、僕の気持ちがすみません。それに結婚前には……お父さんには殴られなくちゃならないようなことも、ずいぶんしでかしましたし……」

 進の言葉の語尾が沈みがちになる。あの数度の戦いの中で、自分はこの人の大切な一人娘を、どんなに苦しませ、どんなに悲しませたかわからない。それを思うと、本当に申し訳なく思う進だった。
 だが、晃司はやはり笑って首を横に振った。

 「ははは…… だからいいんだって、もう。それもこれも、今はもういい思い出だ。それに、君は私にこんなにかわいい孫たちを、3人も授けてくれたんだからな。かえって感謝しているくらいだよ」

 「お父さん……」

 なんだか泣きだしそうな顔をする義理の息子を見て、晃司は心の底から愛しいと思った。それからちらりと庭を駆けている孫の一人に目をやった。

 「それにな、今度は君の番だろうからなぁ」

 晃司の視線は、庭に咲いているタンポポを一生懸命摘む小さな娘に向けられていた。

 「えっ!?」

 進の視線も娘に動き、そして再び晃司に戻った。

 「君もいつか、私と同じ想いをすることになるだろう? それで十分だよ」

 「あっ……」

 優しげな眼差しで孫を見つめる晃司の言葉に、進はハッと気付き、そしてさっき以上に胸がぎゅ〜んと痛んだ。

 愛もいつか……誰かと結婚することになる…… 晃司はそう言いたかったのだ。

 「その時、君はどんな風に許すんだろうね」

 「う……確かにあんまり考えたくないですね……」

 としばしうなったまま、じっと娘を見つめていた進は、しばらくしてさっと顔を上げた。

 「でも…… やっぱりお父さんと同じように思いっきり殴ってやりたいですよ! たとえ愛がどんなに立派な相手を見つけてきてもね!!」

 きっぱりとした口調で断言する進の言葉に、晃司は大いに頷いた。

 「あははは…… そうか、そうだなぁ。それじゃあ、私ができなかった分、君にやってもらおう」

 「はいっ、2人分ぶん殴ってやりますっ!!」

 進は力強くきっぱりと、その決意を高らかに宣言した。



 とその時、愛が作っていたたんぽぽの冠を自分の頭に乗せて、嬉しそうにパパとおじいちゃんのほうを向いてポーズをとった。

 「パパァ〜! おじいちゃま! このお花の冠綺麗でしょ?」

 かわいい娘のおしゃまな笑みに、パパもおじいちゃんも目尻が下がる。

 「ああ、すごく綺麗だ」とパパ。

 「うん、花嫁さんみたいだな」と言ったのは、おじいちゃん。

 すると、愛がその言葉にとても嬉しそうに微笑んだ。

 「えへっ…… じゃあ、あたし今からお嫁さんになるっ!」

 「え!?」

 この言葉には、パパがまたまたドキリ。さっき晃司とそんな話をしたばっかりだったせいもあるだろう。
 だがそんなこととは露とも知らない愛は、すぐ近くで遊んでいた相原家の長男進一郎を呼び止めた。

 「シ〜〜〜ン!! ねぇ、今日はあたしシンのお嫁さんになる、いいでしょ!」

 他愛もない愛の宣言に、シンはちょっぴり面食らったように目を大きく見開いた。だがシン君、可愛い愛ちゃんのご要望にはいつも逆らえない。

 「う、うん……いいけど……」

 と戸惑いながら答えるや否や、愛はさっさとシンの腕をぐいっと取った。それから二人並んで、パパとおじいちゃんに見せたのだ。

 「ねぇ、パパ、おじいちゃま、私とシン、似合う?」

 「……あ、ああ……」

 パパの返事に力がない。ま、仕方ないか……

 「似合うよ、かわいい花婿と花嫁さんだ」

 おじいちゃんの褒め言葉には余裕がある。こちらも当然だ。

 「わ〜〜〜い!! ね、写真撮って!」

 「よし」

 晃司が立ち上がってカメラを取ってくると、愛は大喜びで、照れて赤くなっているシンと数ポーズとった。そこに残りの3人もなだれ込んできて、子供達の大賑やかな写真大会と相成ったのだった。

 しばらくして子供達はまた、そんなことは忘れてしまったかのように、それぞれに他の遊びに夢中になっていた。



 その後、進と晃司は再び子供達の遊びを黙ってみていたが、晃司が先に口を開いた。

 「……で、どうするね? 進君」

 「えっ? どうするって、何をですか?」

 きょとんとする進に、晃司がニヤニヤと笑う。

 「愛の相手は、シン君みたいだぞ。君、あんないい子、思いっきりぶん殴れるのかなぁ?」

 さっきの話の続きらしい。だが、進もそれを本気にするほど大人気なくはない――と本人は思っている。

 「え?やだなぁ、お父さん。シンじゃ殴れませんよ、あいつは3人目の息子みたいなもんですし。けど、今のはちょっとした子供のお遊びですよ。本物の相手じゃありませんから……」

 なんとなく父親の余裕なんてものを匂わせる進であった。が、晃司のニヤケ顔はまだ戻らない。

 「あはは…… まあ、今はそうだろうな。けど将来は、わからんぞぉ」

 「お父さん! 冗談でもやめてください! 大体、愛とシンは兄妹みたいに育ってるんですよ、そんなことあるわけないでしょう!」

 さっきとは裏腹に、いきなり余裕をなくすパパ。ちょっとやばいかも? それを早々に察知した晃司は、それ以上は突っ込むのをやめることにした。

 「はは…… まあ、そういうことにしておくかな」

 けれど、二人仲良く並ぶ愛とシンを見ていると、なんとなくとってもお似合いに見えてきたおじいちゃん。これは、もしかしたらもしかするぞ、などと遠い将来を夢見るのでありました。

 『そうなったら、進君も私と同じで、殴りそこねそうだな。ははは…… ま、それもおもしろいかもしれんな。親子二代で殴り損ね……なんてな。ちょっといい気味かなぁ〜』

 何気に嬉しいおじいちゃん。でもさすがおじいちゃん、いい勘してるうっ!!

 そして一方には、どこかしら一抹の不安を抱きつつ、そんなことは決して!絶対!全然!ちっとも!ありえないんだ!!……と、自分に思い込ませようと必死になっている、健気なパパがいたのでありました。

 『シンが相手だと!? そんなわけあるもんか! いや待てよ、そう言えばあいつ、愛が生まれたとき、お嫁さんにしたいとかって言ってたよな、まさか本気だったんじゃ?
 いや、3歳のガキにそんなこと真面目に考えられるわけないじゃないか! シンと愛がなんて、そんなこと、ずえ〜〜〜ったいにあるもんかっ!!!!!!』

 あら、パパったらちゃんと覚えてるんでしょ! でもね、パパ、悪い予感って結構当たるもんなんですよ。10年もすればそれがわかるのよ〜〜 今のうちに少しずつ観念しておきなさいね!(笑)

 ってことは……娘を貰い受けにきた相手をぶん殴るのは、3代目のシン君の番までおあずけ……かな?

 だけど……

 『ぜ、絶対反対だぁ〜〜〜!! どこの馬の骨だかわからん貴様などに、娘をやれるか〜〜〜!!!』

 と怒鳴る進パパも、ちょっと見たかった気もしますけれど……ね!

おわり


 「絶対反対!」というとやっぱりこの話になっちゃいました(^^;)

 うちの雪パパは、奥様の勢いに圧倒されて、反対!と言えずにすっかり進君フォローにまわってくれるという、とってもいい義理のお父さんでありました。

 でも心の中ではどこかで、「この男に娘を取られるのかぁ〜!」と悔しい思いをしてきたのでありましょう(笑)
 それをちらりと言ってみせた後で、自分のその思いを、その義理の息子も味わうことになるかもと思うと、ちょっぴり溜飲を下げたようです。

 とにもかくにも、娘を持った世のパパ連ってのは、なんとも辛いもんですね!
あい(2005.11.11)

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