032 もののふ
2240年春。ヤマトがイスカンダルへの旅に旅立ってから、40年の月日が経っていた。
壮年を迎えたかつてのヤマトの勇、古代進は、地球防衛軍の艦隊総司令の要職に就いていた。妻の雪との間に生まれた三人の子供たちも今は皆独立し、雪の年老いた両親が隣家に住んでいるが、この家では二人きりの静かな生活を送っていた。
進は今日は休日で、夫に合わせて休暇を取った妻と静かな休日を楽しんでいた。そして明日は、自身の出身校である少年宇宙戦士訓練学校の入学式に来賓として出席する予定になっていた。
午後、進はリビングで明日の入学式の式次第に目を通していた。来賓の挨拶で自分が話すことになっている。これから宇宙戦士になろうとする若き少年達に、どんな話をしようかと考えながら、視線を下へと動かした。
その時、入学生代表の総代の挨拶の項に目が止まった。総代の名は、工藤守和。
実は、進にはその名に遠い昔の思い出があった。
「まさかあいつの息子が……? いや待てよ、あれからもう40年もたっているんだ。あいつの息子ならもう40歳になるはずだからな。違うか……」
一人つぶやく夫の隣に、妻の雪が、いつもどおりの午後の紅茶をテーブルに置くと、ゆっくりと腰を下ろした。
「どうしたの? 一人でぶつぶついいながら? 明日の挨拶の練習?」
ふわりといい香りが進の鼻をくすぐる。二人きりの家庭で化粧気もない妻なのだが、普段使っている淡い香りの香水の匂いが残っているのだろうか?
今も妻はその年なりの美しさを保っている。微笑む彼女の姿は、今でも進の心に潤いを与えてくれていた。
「あ、いや…… ちょっと思い出したことがあってな。雪、君は覚えてるかい? 工藤武士(たけし)のことを」
進は手に持っていた書類をテーブルに置くと、ふと遠くを見るように視線を空に浮かせた。
「工藤武士さん?……」
少し考えるようにしてから、雪はなにか思い出したようにニッコリと微笑んだ。
「確か……ガミラスとの本土決戦で亡くなった第一砲術科長さんね?」
その回答に、進も思わずニンマリとした。自分と同じく彼女も彼を覚えていてくれたことが、ひどく嬉しかった。
「さすがだな。元生活班長殿。ご名答だ!」
「もうっ、やぁね、いつの話よ、うふふ……でも、工藤さん…… 懐かしいわ」
夫の意外な褒め言葉に、ほんのりと頬を染めた妻も、夫同様遠い昔を思い出していた。
「そう、とっても凛とした静かな戦士だったわよね、工藤さんって。私たちよりもずっと年上だったし。
そうそう、確か剣道の有段者で、それに字もとってもお上手だったわ。いつか航海の時間に余裕ができたら、艦内で習字のカルチャー教室を開いてもらいたいわ、なんて話もしてたのを覚えてるわ。名前そのままに武士(ぶし)みたいな人だったわ」
妻の工藤評は、進が覚えているのとまったく同じだった。自分よりもずっと年上の部下だったが、礼儀正しく命令は確実にこなす素晴らしい戦士だった。
「へえ、やけによく覚えているな」
進が感心するように言うと、雪は嬉しそうに笑った。
「うふふ、昔のことってやけに鮮明に覚えてるのよ。最近のことはすぐ忘れちゃうのにね」
「あははは…… そうそう最近物忘れすることあるよなぁ、年だな、お前も……」
「まぁっ、失礼ね!」
妻が目を三角にすると、進は両手を上げて降参の姿勢をみせた。
「ははは……怒るなよ。君が自分で言ったんじゃないか、最近は忘れっぽいって」
「もうっ! そのことはもういいから、その工藤さんがどうかしたの?」
雪は突然工藤の名前が出てきた意味を尋ねた。すると進は思い出したように、テーブルに置いた書類を手にとって妻に指し示した。
「あっ、ああ、ほらこの名前がな……」
進がさっきの式次第の名前を指差すと、雪はその名を読んだ。
「工藤……もりかず? その人が工藤さんと関係ある人なの?」
「うん、いや、そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないんだがな……」
そして進は、遠い昔の思い出話を話し始めた。
確かあれは、マゼラン星雲がやっと視界に見えてきた頃だっただろうか。
俺は一日の任務を終えて、艦内を何気なく散歩していた。深夜近い時間だったから、艦内は静かで居住区で起きている者はもう誰もいないような時間だった。
それが、なにげなく入った側方展望台に人がいた。あの広い空間の中で、たった一人で外の空間を見ている人間がいたんだ。
一体誰だろうと思いながら近づいていくと、そばにたどり着く前にその相手は「あ、艦長代理!」といいながら振り返ったんだ。
それが工藤武士だった。工藤は、振り向く前に俺だって事に気付いてたようで、俺はそれが不思議ですぐにそれを尋ねた。
「工藤さん、俺だってよくわかりましたね?」
「え? ああ、足音で……」
彼はちょっと照れたようにぼそりと答えた。たいした事ではないかもしれないが、そんなちょっとしたことでも研ぎ澄まされた戦士の匂いを感じて、俺は嬉しくなった。
「へぇ、すごいなぁ」
「はは、すごかないですよ、でも一緒に仕事してる人のなら大抵わかります」
「さすが工藤さんだ」
「いえ、それほどでも…… それから艦長代理、私に「さん」をつけるのはやめてくださいって、いつも申し上げてるじゃないですか。艦長代理は私の上司なんですから」
褒められたことの照れ隠しでもするように、彼はちょっと眉をしかめて俺を見た。確かに彼の言う通りなんだが……
「えっ? あ、ああ…… いいだろ。俺より8つも年上なんだし、それに任務中ならまだしも、プライベートな時はどうもなぁ」
というわけなんだよな。どう考えても、俺よりも彼の方がずっと大人な気がしていたからなぁ。
「ははは…… 艦長代理らしいですね」
と笑う彼を前に、俺も苦笑いした。
「頼りなくてもうしわけないな」
「いえ、真っ直ぐで素直で、年相応の艦長代理が、私は好きですよ」
「あはは…… なんだかほめられてるんだか、けなされてるんだかわからないけど、まあいいや」
曖昧に笑う俺を、彼は柔らかな顔で見つめた。そんな彼の顔を見ながら、ふと、俺は改めて彼がこんな時間に何をしてるのだろうと思い起こした。
「ところで、こんな時間にどうしたんだ? 眠れないのか?」
「……はい、少し」
彼はちょっと困ったような顔をして、それから俺から視線をはずした。
「睡眠薬が必要なら、医務室に行ってもらってきてやろうか?」
俺は、単純に親切心でそう言ったのだが、彼は何を思ったのかふっと笑みを浮かべた。
「今夜は森さんが医務室の当直なんですか?」
「えっ!? そ、そんなことは別に……」
「ははは…… やっぱりそういう艦長代理が好きですよ!」
「ど、どういう意味だよ、それはぁ!」
いきなり雪のことが話題になって焦る俺を見て、彼は腹を抱えて笑った。こりゃ、完全にからかわれてる。俺はやっと心の体制を整えると、最初の疑問を彼に問うた。
「それより眠れないってのは?」
「ああ……」
と彼も笑い声を収めて、今度は少ししんみりとした表情になって、言葉を続けた。
「実は……そろそろ私の子供が生まれる頃じゃないかって思いまして。それを考え始めると眠れなくなってしまったんです」
そういうと、彼はちらりと外の空間のその先をじっと見つめた。俺もその隣に立って外を見る。
「子供? ああ、そうだったのか、お子さんが…… いつ産まれる予定なんだ?」
「明日が予定日なんですよ」
「そりゃ楽しみだなぁ……」
と答えたものの、当然こんな宇宙の彼方からじゃ、地球で子供が産まれたかどうかなどわかるはずもない。何をすることもできない彼も辛いんだろうなと思う。
「はい。地球との最後の交信の時も順調に育ってるって言ってましたから。放射能汚染にさらされないで元気な子が産まれてくれるといいんですが……」
彼の不安が言葉の端々から強く感じられた。初めて産まれる我が子のそばにいてやれない歯がゆさが、彼を寝付けなくさせているのかもしれない。
だが、その時の俺には、ただ元気に励ますことしかできなかった。
「大丈夫だ! きっと元気なお子さんが生まれるさ。それで、男の子か女の子かは聞いたのかい?」
「いいえ、楽しみに聞かないことにしました。その代わり、名前を二人分考えて妻に伝えてあります」
男女二人分の子供の名前を、地球にいる奥さんにちゃんと考えて伝えてある。それがいつもきちんとした工藤さんらしい感じがとてもした。
「へぇ〜 どんな名前なんだい?」
「はは、月並みですけどね。女の子なら、優しくて美しい子になってもらいたいので、優美。男の子なら、守和。私たちが取り戻した平和をずっと守れる子になれるように……って」
そう話す彼の顔は、間違いなく父親の顔だった。優しくて強くて慈愛に満ちていて…… 俺の胸はじわりと熱くなった。
「工藤さん……」
「艦長代理! 私たちは必ず地球を救う装置を持って帰れるんですよね! ヤマトは、今生まれてくる子に未来を与えられるんですよね!!」
彼には珍しくひどく興奮したような口調だった。それだけ切実な思いだったんだろう。
「も、もちろんだ!! もう目の前に見えてるじゃないか、あの中にイスカンダルはある! もうすぐイスカンダルに到達できるんだ。そのために、ガミラスと大勢の犠牲を払って戦いぬいてここまで来たんだから!」
俺は目の前にあるマゼラン星雲を指差して、懸命にその問いに答えようとした。その気持ちを感じ取ったのか、彼もちょっと安堵したような顔付きになった。
「……そうですね。もうすぐ着けるんですね」
「そうだよ、そして必ず帰って地球を救わないと。産まれてきたお子さんにお父さんの顔見せてあげなくちゃなっ!」
「はい、頑張ります、艦長代理。地球のために、そして妻や子供のためにも……」
俺はただ黙って頷くばかりだった。
そんな話をして、地球への帰還を誓い合った数日後、ガミラス本星での決戦で彼は死んだ。最期まで第一砲塔の座席を死守したままで……
「地球へ帰ってから、彼の奥さんとは一度だけ会ったことがあった。でも、大勢いた遺族と同時に会ったから、一人一人とはゆっくり話もできなかった。ただ彼女が赤ん坊を抱いていて、それが工藤の忘れ形見だってことはわかったよ。だが、その子が男か女かも聞かずじまいで……
あれから彼女はどうしたんだろうなぁ。俺たちも色々あったから、そのままになってしまったもんなぁ」
遠い思い出を語って聞かせてくれた夫の寂しげな笑みに、妻も少し涙で潤んだ笑顔で頷いた。
「ええ、そうね。私も亡くなったクルーのご家族全員のことまでは把握してないわ、残念だけど…… でも、その工藤守和さんって人、あの工藤さんの縁の方だといいわね」
「ああ、そうだな。明日の朝、本人に会って聞いてみるよ」
そう答えたまま口をつぐんでしまった夫を、妻はただただ優しく抱きしめた。
翌日、入学式の前に、少し早めに学校を訪れた進は、入学生総代の工藤守和が、旧ヤマト乗組員の工藤武士の縁の者かどうかを校長に尋ねると、彼はそうだと答え、すぐに本人を校長室に呼び出してくれた。
部屋をノックする音のすぐ後に、若い元気な声がした。
「工藤です!」
「入れ」
部屋の中から校長が答えると、すぐにドアが開いて15歳にしては長身の凛々しい顔付きの少年が、真新しい宇宙戦士訓練学校の制服姿で入ってきた。
そして校長と進の顔を見ると、姿勢を正して敬礼した。それはとても初々しい敬礼だった。
「工藤 守和です。お呼びでしょうか?」
進はすぐにそれが工藤武士の縁者だと確信した。その彼の姿に、遠い昔の同僚の面影を垣間見たような気がしたのだ。
「うむ、工藤、君はこちらの方を知っているか?」
そう尋ねる校長に促されて進の顔をちらりと見てから、守和は嬉しそうに頬を紅潮させた。
「も、もちろんですっ!! 地球艦隊の古代総司令でいらっしゃいますよね! 私の憧れの方でもあります!!」
「そうだ。君も聞いていると思うが、古代さんは昔ヤマトに乗っておられた。君のおじいさんは、その時の部下だったそうだね」
校長の問いに、守和はさらに嬉しそうに顔をほころばせた。
「はいっ!! 祖父の話は、母からよく聞かされました。と言っても、母も直接祖父に会ってはいないのですが……」
それはそうだろう。赤ん坊が産まれる頃、工藤武士は宇宙の彼方にいて、そして散っていったのだから。
「そうだったのか。やっぱり工藤の……」
進は深い感慨を覚えた。やはり彼は工藤武士の孫だった。しかしこんなに大きな孫がいるとは…… 進は時の流れの早さを強く感じずにはいられなかった。
進の優しい視線を浴び、さっきまで固かった守和の表情が少し和らいだ。
「祖父には会ったことはありませんが、とても立派な戦士だったと聞いています。あの伝説のヤマトの戦士だと聞いて、とても誇りに思っています。確かガミラスの本星決戦で亡くなったそうですね」
守和の問いに、進は大きく頷いた。
「ああ、そうだ。あれは激しい戦いだった。今もその光景を思い出すと胸が痛くなる。君のおじいさん、工藤武士は最後まで自分の持ち場を死守して…… 本当に、本当に立派な宇宙戦士だった」
再び進の胸の中が熱くなっていく。遠い昔のあの激しい戦いの日々を、40年たった今も決して忘れてはいない。
横では、進と同年輩の校長も大きく頷いていた。
「はい…… 僕がこの学校へ入学を希望したのも、祖父に憧れて…… 祖父のような宇宙戦士になりたいと思ったからなんです!」
「そうか。ところで工藤君、君の守和という名前だが?」
「え? はい、祖父が付けてくれた名前です。っていうか、本当は私の母のための名前だったんですが……」
名前のことを言及されて、守和は少し不思議そうな顔をした。
「やっぱりそうだったのか……」
得心のいったような顔をする進の表情に、守和はさらに顔をかしげた。
「古代総司令はこのことをご存知なんですか?」
「ああ、実は、君のおじいさんが亡くなる何日か前に、その話を聞いてね」
「そうだったんですか」
驚きの表情を浮かべる守和に、進はその時の武士との会話の内容を聞かせてやった。守和は、一つ一つの言葉にしっかりと頷きながら、遠くで散った祖父の思いを噛み締めていた。
話を終えた進は、再び守和に尋ねた。
「それから、工藤の奥さん、つまり君のおばあさんとそのお子さんはどう過ごしておられたんだね?」
「私の母は、奇しくも祖父がガミラスで亡くなった日に地球で産まれたんです。
その時産まれたのが僕の母で、遺言になった祖父の命名の通り優美と名づけられました。
その後、祖母は暗黒星団の来襲の時に亡くなって、母は父方の親戚筋に育てられました。
母は一人娘だったので、結婚後もそのまま工藤の名を継いで、そして僕が産まれました。その時父に事情を話して、僕に祖父の残してくれた名を付けてくれたそうです」
工藤武士が宇宙の彼方から思いを込めて付けた名前が、その子と孫に付けられたのだった。
「そうだったのか…… 工藤の奥さんもそんなに早くに亡くなっていたのか…… 君のお母さんも辛い思いをしてきたんだな」
激しい戦いが続いたあの時代を思い起こすと、進の胸は強く痛んだ。
「はい、でも預けられた先では、大切にされて愛されて育てられて幸せだったと言っています。それに今は父も私も妹もいますから…… 家族が出来て今はとても幸せだと……」
明るい笑顔でそう語る若者にとっては、それらの戦いもまた過去の出来事の一つに過ぎないのかもしれない。進は未来に向かって目を輝かせる若人に、目を細めた。
「そうか…… 君のおじいさん、工藤さんも、今日の君の姿を見て喜んでおられるだろうな」
「はいっ! ありがとうございます!! 祖父が平和を守るようにと名付けてくれたこの名に恥じないように、立派な宇宙戦士になりたいと思っています!!」
守和の返答に、進は満足げに大きく頷いた。
その日、守和は、入学式で総代として立派に入学の挨拶を果たした。そして進は、その雄姿に目頭を押さえる保護者席の一人の女性の姿も、その目にしっかりとやきつけていた。
入学式の出席を終え、家に帰ってきた進は、夕方仕事から帰宅した妻に、今日のことを話して聞かせた。それを聞いた雪も、静かにもらい泣きをした。
「そう、本当によかったわね…… 工藤さんのお孫さんが、もうそんなに立派に大きくなられてたなんて」
「ああ、工藤さんの面影のある彼を目の前にしたとき、とても胸が熱くなる思いだった。なんていうか、『命を繋ぐ』っていうのは、こういうことを言うんだろうなって思えてきてね」
「ええ、そうね……」
「何度も辛い戦いを乗り越えて、地球とこの星に住む命を守ってきたことが、本当によかったんだって、改めて思われてならなかったよ」
「あのヤマトのみんなの、工藤さん達亡くなった仲間の命がけの努力が、ちゃんと実を結んでるのよね」
「ああ……」
進がしっかりと頷いた。そして妻の肩をそっと抱き寄せた。
それから二人は、遠い日の在りし日の工藤武士の穏やかな笑顔を思い起こしていた。
彼という素晴らしい人間を失ってしまった苦い思いとともに、彼の平和への思いが、娘から孫へと大切に伝えられていることへの喜びを噛み締めながら……
おわり
当サイトのラブラブ路線からは、チョッピリ(思いっきり?)それるお話になってしまいました……
100のお題の中に「もののふ」というお題を作ってみたものの、やっぱり書くのは難しかったです。自分で自分の首しめてるんですけど……(笑)
もののふ、といえば、最初はデスラーと古代君のイメージがあったのですが、なかなかお話にするのが難しくて、ちょっとひねってっていうかこじつけて、 「武士(もののふ&たけし)」という名前を持ったある戦士の話にしてしまいました(^^;)
ちなみに、この話に出てくる武士とその子、孫の名前の由来話は、実はある近しい人の実話です。もちろん、戦争とは第2次世界大戦の話ですが……
遠い戦地でまだ見ぬ我が子を思い、無事の出産を願い、その子の名を手紙にしたためて日本に送る…… あの頃にはよくあった話かもしれません。
そして誰もが、戦いの中にいても、平和を求めていたのだと……そう思えてなりません。
二度と戦争など起こりませんように…… そして世界で今も起こっている全ての争いや戦いが、一日でも早く終わりますように……
あい(2005.11.27)
(背景:pearl box)