036 古代君!
「進は無事なら必ず有人基地に行くはずだ。これを進に渡してくれ!」
突然の敵の来襲に騒然となる司令本部で、長官の補佐をしている先任参謀の古代守さんから手渡された1通の命令書。
呆然としてそれを見ている私に、守さんはもう一度大きな声で叫んだ。
「何をしている!!早く行けっ!!」
その言葉に弾かれるように、私は司令本部を後にして、有人基地を目指し走り出した。
ことの起こりは、ほんの数時間前。突然、太陽系外円の基地から順に、各惑星の基地からの通信が途絶え始めた。
何か異変が起こったことは間違いなくて、火星付近をパトロールしているはずの古代君のことが心配になってきたとき、彼からの通信が入った。
火星基地の沈黙を告げる彼の表情は厳しく、今起こりつつあることは、容易な事態ではないことを示していた。
その直後、地球にもその敵が襲ってきた。突然の事態に混乱する司令本部を、必死にまとめて迎撃の指示を出しているのは、彼の兄である古代守さんだった。
まだ地球の防衛線は再構築の途上で、人員不足を補うために設置された無人艦隊もあえなく敗退。
地球は今易々と敵の地球上陸を許してしまった。
なす術もない状況に歯軋りする守さんに、長官が一通の書類をしたためた。そしてそれを守さんに手渡しながら、二人は目と目で頷きあっていた。
緊急時の対策が何かあるのだなって感じた瞬間、守さんの視線は私のほうへ向いた。
そして今、私は爆撃の続く司令本部の廊下を必死に走っていた。
有人基地はここから数キロ離れた場所にある。通常なら、地下に降りて駐車場でエアカーで行くのだけれど、敵の来襲の激しい今の状況をかんがみると、標的になりやすいエアカーに乗るよりも、攻撃の隙を縫って歩いていったほうがいいと、私は判断した。
私は、あまり人目を引かない裏出口から司令本部を出て、空から迫り来る敵機の目を避けつつ走り続けた。
爆音と敵機の轟音が鳴り響き、あちこちで閃光と赤い炎が薄暗い空を明るく照らす。
ああ……地球はいったいどうなってしまうんだろう……
走りながら、私はどうしようもない絶望感に襲われていた。
司令本部に残った長官や守さんは大丈夫なんだろうか? 有人基地に行けば、本当に古代君に出会えるんだろうか? 第一、私は無事に有人基地までたどり着けるのだろうか……?
心が不安に押しつぶされそうになって、胸がきゅんと痛む。もう、このまま古代君にも永遠に出会えないような気さえしてきて、涙さえ浮かびそうになる。
だめよ! そんな弱気でどうするの!!
これでも私は司令本部勤務の宇宙戦士の一員なのよ。そして長官と守さんは私を見込んで、古代君への命令書を手渡した。私なら、きっと……必ず彼に出会える、そう信じてくれたから……
古代君…… 会えるわね? きっと、きっと、あなたは私の行く先にいるのよね!
そう……
迫り来る敵の攻撃と自分の心の中の不安。外からと中からの責めに押しつぶされそうになりながらも、私がこうして必死にまっすぐ走っていられるのは、彼への思いのおかげ。
私には信じていることがある。
古代君にもしものことがあったら、私には絶対わかるんだってこと……
今はただ、そう信じ続けたい。そうでなくちゃ、この有人基地への道も、足を進めることすら出来なくなりそうな気がするから……
あれは……ほんの一月前の出来事。
あの事件が、私と彼の絆をとても強くしてくれた。
あの頃、もう少しでお互いの心を見失うところだった私達。でもその時司令本部で起こった突然の占拠事件が、私達に互いへの思いと心の絆を気付かせてくれた。
占拠の渦中にいた私に、外からの彼の強い思いが伝わってきた。彼の心がまっすぐに私に伝わってきて、そして私達は窮地を脱することができた。
その後に二人で過ごした休日は、私にとってはそれはもう素敵な最高の……一生心に深く残る思い出。
あの夜、彼と初めて結ばれた…… 心が一つであることを強く感じあえたあの日に、体も一つに解け合えた。それがとても嬉しくって、とても幸せだった。
だから、もう…… 彼と私は二度とそばを離れたりしない。どんなに遠い宇宙の果てにいようとも、私の心にはいつも彼がいて、そして彼の心にも私がいる……
そう、強く信じているの。
あっ、敵機がっ!
慌てて物陰に身を隠しながら、敵機が通り過ぎるのを待って再びその先を目指す。
どんなに危ない場所を通り抜けようとも、どんな危険な目に会おうとも、この足は前に進めなければならない。
その私を駆り立てるものはもちろん、地球を守りたいという純粋な思い。でも、それだけじゃあ、たぶん……私どこかでへこたれてしまってた。
私を心を奮い立たせて、体をつき動かすのは、何よりも彼に会いたいっていう私の強い思い。それが、私の心を支えて、そして体を前へ前へと動かしてくれている。たぶん……きっと……
古代君に…… 会いたい!!
有人基地に着いた。そこはもう既に敵機の来襲を受けていて、手当たり次第にどの機も壊されていた。
ひどいっ! どれもこれもみんなもう動きそうにないじゃないの!!
本当に、こんなところに古代君は来ているの!? この状況を目にした古代君が、もう他の場所に行ってしまっているかもしれない……?
もし来ていたとしても、もしかしたら敵襲で古代君はもう……!? 嫌よ、そんなの!!イヤッ!!
いろんな不安が私の胸をよぎり始め、再び胸がきゅんと締め付けられるように痛くなった。足が震え始める。
でも……
でも、なぜか体のどこかで、心の奥底で、私の中の私が叫び始めた。
もっとよく探しなさい! 彼はいるわ、必ずここに……!!
そう、私の何かが彼を感じていた。何だかわからないけれど、彼の存在を私は心の奥で間違いなく感じ取っていた。
彼はきっと、ここにいる……
その思いだけに支えられて、私は一つ一つ、壊れた機体の周りを探しながら走り続けた。焦る思いを必死に押さえながら、必ず彼に会えると信じる気持ちを抱き続けて……
再び敵機がやってきた。僅かに残っていた機体の真ん中に砲撃を始めた。
だめ、身を隠さないと!! 動くものを見つければ必ず攻撃してくる…… 隠れないと!!
私はすぐにそばにあった既に破壊された機体の陰に入って、敵機をやり過ごした。
その時だった。人の気配を感じたのは…… そしてそれがすぐに私が求める彼であることも……同時に感じ取っていた。
古代君っ!!!
物陰から姿を現した私に、驚いてコスモガンを向けた一人の戦士……
ああ、やっぱり彼だった!! 古代君だった!!
「古代君!!」
「雪っ!!」
古代君は私だと気付くと、コスモガンを下ろして嬉しそうに顔をゆがめた。
その瞬間、私の周りから音も色も消えた。
2週間ぶりに彼の姿を目の前にした喜びと、そして何よりもこの戦闘の最中(さなか)に、本当に彼にめぐり合えたことの喜びで、胸が一杯になった。
彼に駆け寄る私と私に駆け寄る彼の姿が、どちらもスローモーションのように思えてもどかしい。それでも私達は、やっと一つになれた。
この時だけは、私、長官にも守さんにも悪いけれど、地球の危機も命令書のこともすっかり忘れてしまっていた。ただ、ひたすら古代君の胸の中が恋しくって、抱きしめたくて、その思いだけで心がいっぱいになっていた。
「会いたかった……」
思わずこぼれてしまった私の言葉に、彼も優しく答えてくれた。
「僕だって……」
その時の私の目の中には、古代君しか映っていなかった。
ほんの短い時間ではあったけれど、ここが爆発音と炎上する機体に囲まれた有人基地だということも、私は全く忘れてしまっていた。
そしてたぶん……この一瞬だけは古代君も周りが目に入ってなくって、彼の目の中にも私しか存在していなかった……そう思いたい。ううん、きっとそうよね?
もう一度彼を見つめる。彼の顔が私の目の前にあって、彼の胸の中に私がいる。ここが私の居場所だと、心のそこから思えるの。
このまま目を閉じたらきっと、彼はいつものようにあの優しい口付けをしてくれるに違いないわ……
でも、夢はすぐに現実に戻されて…… 私はここに来た理由を思い出した。私を抱きしめる彼の腕を軽く押しやった。
「命令書……」
「命令書?」
「古代進、元ヤマト乗組員を集めて、イカロスにいる真田志郎と連絡を取れ!」
私は読みながら、そして彼は聞きながら、現実の世界へと戻っていった。
そうだった。今、地球は再び危機に瀕している。そして私達は、再びヤマトと共に地球を守らなければならない。
そして、これから私達の試練が再び始まる。
「英雄の丘に行きましょう……」
私のその一言に、彼も頷いて共に歩き始めた。彼の手が私の手を強く握り締める。厳しい現状にいるにもかかわらず、私の心は高揚していた。
彼がいる…… 彼と一緒にいる……
それだけで私はこれほどにも強くなれるのだと、今更ながらに感じていた。
古代君……!!
これからどんなことが起ころうとも、私はあなたの命を信じているわ。どんなところへでも、私はあなたに……ついていく。
広い道路の前に出た。古代君が振り返って私を見た。厳しいけれど優しい瞳。握る手にさらに力が入って……
「ここを一気に走り抜けるぞ!」
「ええ!!」
力強く頷いて、私達は駆け出した。英雄の丘を目指して……
あなたとなら、何も恐いものはないのだから……
Fin
昨日発売されたPS2用のゲーム『宇宙戦艦ヤマト暗黒星団帝国の逆襲』の発売記念に、『永遠に』の冒頭部分の雪ちゃんを描いてみました。
有人基地に向かう雪ちゃん、一人で相当不安だったと思います。でも、古代君に会える、会わなければという強い意志を持って一人ひた走っていたのだと……
そして再会。雪ちゃん、どんなに安心したことでしょうね。嬉しかったでしょうね……
でもこの後には、二人にとってもっともっと辛い現実が待っているわけです。でもそれでも二人はくじけずに戦い続けていくわけです。
それはきっと、二人が確かめ合った互いへの深い愛のおかげだと……思います。
なお、当作品の回想部分には、拙作『絆〜君の瞳に移る人は』の内容が盛り込まれていますので、ご了承ください。
あい(2005.1.28)
(背景:Giggurat)