051 助けて!
「頼む、助けてくれ〜〜!」
航海と航海の間の、数日間の地上勤務中の夫が、帰ってくるなり着替えもせずにそう言ったのは、昨日のことだった。
「あなたったら、いきなりどうしたの?」
先に帰宅し、夕飯の支度をしていた妻の雪は、夫のいかにも情けない顔に驚きながら尋ね返した。
子供達も、いつもなら帰ってきた父親に飛びつくのだが、今日ばかりは何やら近寄りがたいものを感じて、リビングから事の次第をじっと見つめるばかりだった。
情けない顔……まさにその言葉の通りの表情を浮かべているのは、泣く子も黙る鬼の艦長、いや、今は地球防衛軍第3艦隊艦隊司令である古代進、歴戦の戦士である。
その彼が、妻に助けを求めるとは……?
妻の問いに、夫は大きくため息を一つついた。
「ふうっ……」
それから、どっかりとダイニングの椅子の一つに座ると、「実は……」と話し始めた。
「俺に地球連邦議会の議員選挙に出てくれって言うんだよ」
「へっ!?」
あまりにも突拍子もない話に、簡単には驚かない雪も、素っ頓狂な声を上げた。
「だから、議員選挙…… はぁ〜」
「選挙って、再来月に行われる全世界統一選挙のこと?」
「そう、それ……」
「うそでしょ?」
「うそならこんな深刻な顔してないって!」
「だって……あなたが? でも一体どうしてそうなっちゃったの?」
「う〜ん……」
どう考えたって夫と政治家なんてのは繋がらない。どんどん暗くなっていく進を見つめながら、雪はその説明を待った。
かくかくしかじか…… ため息と苦渋の表情を浮かべながら、進が説明したことをまとめると、こういうことだった。
次回の地球連邦議会選挙では、政府与党の世界平和党が、苦戦を強いられそうな展開だという。そのことは、とあるスキャンダル事件のせいで、ニュースでも流れており雪も知っていた。
その世界平和党の代表でもある現地球大統領が、起死回生を狙って自党の目玉になる候補者を探していたところ、たまたまTVで、防衛軍の広報活動に借り出された進の姿を見たらしい。
進は、旧ヤマト乗組員、それも艦長経験者として、世界的にもその名を知られている。さらに甘いマスクと子供たちにも優しい性格も功を奏して?何かにつけて、防衛軍の宣伝には活用?されているのだった。
そんな進の様子を見た大統領が、「これだ!!」ということになったというのだ。
もちろん、その後、あらゆる方面に、古代進なる人物の人となりを尋ね確認し、余計なことに、その誰もが、彼がただの有名人だけでなく、人物的にも素晴らしいと絶賛した。
そして、最後は、旧知の元防衛軍司令長官藤堂平九郎まで動員して、現防衛軍司令に、彼の引き抜きにうんと言わせたという。
ちなみに、進のことをよく知る藤堂は、彼を政治家にするのはあまり勧められないと答えたのだが、すっかり乗り気になってしまった大統領を止めることは、さすがの彼もできなかったようだ。
ということで、本日、進は長官に呼び出され、大統領からの依頼があり、連邦議員選挙に出馬してみる気はないかと尋ねられた。もちろん、地球防衛軍としても甚だ惜しくはあるが、進が望むのなら政治家への転身を、喜んで許可すると言われてしまったのだ。
進としては、喜んで許可などされても困ると、即、断ったのだが、なにせ大統領からの依頼でもあり、簡単に一蹴することもできないというのが、長官の弁だ。
せめて一晩は考えてみるようにと言われ、翌日やってくる党の役員からの説明(というか説得に来るらしいが)だけでも聞くようにと命じられてしまった。
「なんだかんだ言って、結局のところ、俺は政府与党の人寄せパンダってことだと思わないか?」
「それは……」
確かに否定はできない、と雪も思った。
古代進と言うネームバリューは、人気が低迷する与党の宣伝に相当な影響力を発揮することは間違いないだろう。客観的に見ても、選挙に出れば、知名度だけでトップ当選も可能だろうとも思う。だが……
「それであなた、どうするの?」
「どうするも、こうするも、俺は全くそんな気はない! 政治家なんて俺にできるわけないだろう!!」
と、声高に叫ぶ進に、これまた大きく頷かざるを得ない雪であった。
「そうよねぇ〜〜」
「そうよねぇ〜って、そんなにのんきに答えないでくれよ! 明日、党役員が説得に来るだなんて、口の立つ政治家相手に、俺がとても太刀打ちできるわけないだろう! なんのかんの言ってるうちに、押し切られちまったらどうすりゃいいんだよ。なぁ、助けてくれよ、雪!!」
「そう言われても……」
夫の気持ちはよくわかる。だが助けてくれと言われても……
古代進たる人物、確かにすごい人間である。頭も切れるし、正義感も人一倍強い。さらに人を引き寄せるカリスマ性なんてものは、もう最高のものを持っているのは事実だ。
しかし一方で、雪は彼が決して政治家の器ではないこともよく知っている。
海千山千、丁々発止、様々な策略と根回しが乱れ飛ぶ政治の世界で、バカが付くくらい正直で、クソが付くくらいの真面目で、さらには鉄の塊のように正義感の強い進が、うまく泳いでいけるわけがない。
どうせ、どこか政治の大きな波の波間で、もまれて踏まれて、溺れてしまうのがオチというものだ。
私ならまだしも、進さんがそんな世界でやってけるわけないわ……というのが、雪の偽らざる気持ちであった。
けれど、そんな彼の本当の性格は、表向きに見える精悍な防衛軍随一の精鋭の姿からは、想像がつかないのも事実だ。それを知っているのは、防衛軍の一部の同僚たちと家族くらいだろう。
「困ったわね…… あなたが上手に断る手はないかしらねぇ?」
「自信ないよ……俺は」
「でもねぇ〜」
「なあ、明日、雪も一緒に行ってくれないか?」
「えっ、私が?」
「ああ、君なら、俺の性格もよくわかっているし、話も上手だ。俺が政治家なんて全然向いていないことを説明してくれよ。長官秘書として政治家とも接することもあっただろうし、雪なら党のお偉いさん相手でも、押し切られないで、うまく断れるだろう!」
「でも……私なんて……」
進の言うとおり、雪のほうがそういう話は上手にこなせるかもしれない。けれど、こんなところに妻がしゃしゃり出ていいものかと、雪は迷った。しかし、我が身の一大事だと必死の進には、そんなことを構ってはいられない。
「それとも、なにか? 君は、俺が政治家になんかさせられてもいいっていうのか!?」
「それは、困るわっ! だって、政治家になんかなったら、あなたノイローゼで死んじゃうかもしれないもの」
思わずそう答えてしまった雪。だが、それは嘘でもなんでもなく、本当にそうなってしまう可能性が低くはない。
「だろ? だから、頼むよ、雪。なっ、なっ、な〜〜〜〜!!」
最愛の夫に、情けない顔で両手を合わせられると、雪にはもう断ることはできそうにない。それに、これは家族として雪自身の問題でもある。
「……わかったわ。一緒に行って、何とか話してみるわ」
「ありがとうっ!! 助かったよ。とにかくどんな理由つけてもいいから、何が何でも断ってくれよ!!」
半泣きになりながらも、進は今日初めて安堵の笑みを浮かべたのであった。
翌日、予定通り、世界平和党の党役員が司令本部にやってきた。
その役員たちを、進と一緒に迎えた雪は、お歴々相手に押されまくる進を支え、彼らの勢いにも怯まず、さらに押し返すほどの力説で、古代進と言う人物が、いかに政治化には向かないかを、理路整然と説明した。
さらに、彼を政治界に送ってしまえば、彼の性格上その生命すら危ないことになりかねない、そしてそれは、妻としても絶対に許すことはできないと、心情面からも切々と訴えたのだった。
そして、とうとう……
「わかりました。それほどまでに言われるのなら、古代進氏の擁立はあきらめましょう」
と、彼らに言わしめたのであった。
彼らが帰った後……
「やった!! ありがとうっ!!雪。やっぱり君に頼んでよかったよ〜!!」
司令本部の応接室で、抱きつかんばかりに感謝する夫の笑顔を見ながら、ほっとする雪であった。
これにて一件落着!!
と思いきや……
その翌日のこと。大統領からまたもや直々の電話が、司令長官にあったのだ。
「古代進君の擁立は、あきらめた。その代わりに、妻の古代雪君を、連邦議員選挙に擁立したいので、許可をくれないだろうか」……と。
党の役員相手に、全く怯むことなく語って聞かせた雪の堂々たる演説が、彼らを相当に感服させたらしい。
すぐにそれが大統領にも伝えられ、次回の選挙の目玉を、旧ヤマト乗組員でもある美人「マドンナ議員」というスタンスに切り替えられてしまったのだった。
一難去ってまた一難。古代家の二人が再び頭を抱えたのは、言うまでもない。
「雪さんなら、いいんじゃないっすか?」
「雪さんなら将来の大統領にでもなれるかもしれませんよ〜」
なんていう、同僚たちのいいかげんな推薦の弁もあったとかなかったとか……
「誰か、助けて〜!!」(by 雪ちゃん)
古代雪が、いかにこの要請を断ったのかは…… 皆様のご想像にお任せすることにしよう。
おわり
シリアスなタイトルなのに、なぜか笑い話?になってしまった、与太話でした(^^;)
実は、これに似たことが、ちょっと現実の世界でもあったものでして…… 古代君が政治家にスカウトされたらどうするかなぁ?と思ったら、こうなっちゃいました(爆)
あい(2007.1.24)
(背景:pearl box)