056 二人きり


 
ヤマトの中に、彼女と二人きりになれる場所……

実はけっこうあるってことに、気付いたんだ。



古代進は、ほくそえんでいた。




 イスカンダルを出発して早2ヶ月余り。行きと違ってガミラスの攻撃もないし、ヤマトの航海は順調過ぎるほど順調だった。
 特に俺達戦闘班なんてのは、全くの閑職に追いやられてしまったようなもんだ。まあ、それはそれでいいことなんだけど……

 まあ俺の場合は、艦長代理なんていうおまけのような職責がついているもんだから、どうでもいい艦内のいざこざまで引っ張り出されたりして、それなりに忙しいんだけど、その分俺自身は欲求不満気味なんだよな。

 そんな俺のための一服の清涼剤が、彼女と過ごすひとときってわけだ。

 そうだな、まあ言ってみれば、ちょっとしたデートっていうか、な。
 最初の頃は彼女と二人きりになると、何しゃべっていいんだかわからなくて、ドギマギしたもんだけど、今じゃけっこう慣れたもんだぜ。

 あ、いや、まだ告白したわけじゃないんだよ。だから彼女の気持ちもわからないわけで、それにヤマトの中じゃ、デートできるわけもないけどさ。
 それでも、なんだかんだと彼女と二人きりになれるチャンスって、あるもんなんだよなぁ、これが……


 まず、後方展望室だろ? あそこは、第一艦橋の裏にあるから、すぐに立ち寄れる俺たちの休憩所みたいなところだ。彼女はそこでぼーっと星を眺めるのが好きみたいなんだ。
 だから、任務のシフトの前後に寄ってみると、結構な確立で彼女がいるんだ。
 その上、なぜか他のヤツラはあんまり使わないんだよ、ここ。それも帰りの航路では、どうしてだか、ほとんど他の奴を見かけたことがないんだ。どうしてなんだろう?
 ま、いいけどさ。そのおかげで俺はおいしい思いさせてもらってるってことだ。

 それから、他にはイメージルームとか医務室とか…… 
 あ、医務室は佐渡先生がいることが多いんだけど、奥の自室で酒かっ食らってることが多くてさ、けっこう穴場だったりするんだ。
 まあ、たまに怪我をしたとかいう奴がやってきて、邪魔されることもあるけどね。
 え?俺? 俺がどんな理由で行くのかって? あ、まあ、艦内の見回りとかほら、いろいろあるじゃないか、ははは…… こらっ、痛いとこ突くつくなよ!

 そんでもって、今一番気に入ってるのは……ふふん、わっかるかなぁ〜〜 わっかんねぇだろうなぁ〜 それは……


 ジャーン!ヤマト農園だっ!


 ここはもちろん生活班の管轄で、生活班の農園担当者以外は、入室禁止になっているんだ。計画生産されている野菜を勝手に持ってかれたら困るからな。
 けど、俺はOK。なんでかって? 艦長代理の権利を乱用しすぎだって? チッチッチ、それが違うんだなぁ。

 覚えているかと思うけど、あの行きの航海で通過したバラン星で、俺があの星の植物の特性に気付いてヤマトの危機を救ったことあっただろ?
 それで、俺が生物や植物に造詣が深いってことが、雪の耳に入ったらしくって、生活班長じきじきに、野菜の育成についてアドバイスをして欲しいって言われちまってさぁ。ははは、困っちゃうなぁ〜

 以来、俺はヤマト農園の特別顧問ってわけだ。だから、いつでもここには自由に出入りできるのさ。
 でもって、もちろん生活班長殿も、農園のチェックのために、一日一度はここを訪れる。そこで、その時間にあわせて、俺もそこに行くってわけだ。

 おっ、ちょうど時間だな。いつも通りヤマト農園に行ってみるかな?



 農園の入り口にあるIDカードリーダに俺のカードを入れると、ドアが開く。うん、当然だな。

 中に入ると、他の区域より少しばかり暖かい空気と、青臭い香りに包まれた。
 ああ、やっぱり植物に囲まれてるってのはいい気分だよなぁ。生き返るぜ!

 俺は深呼吸を一つした。それから、あたりを見まわしたが、彼女は来ていないようだ。

 まあ、いいか。いつもいつも彼女に会えるってわけじゃないしな。とりあえず、野菜の出来具合でも見てみるかな。
 確か、そろそろプチトマトが収穫期に入ってるはずだったな。あれは育てやすくていい。誰が育てても間違いなくたくさんの実をつける。貴重な野菜源だ。

 それに今回のプチトマトは、雪が自分で育ててみたいって、種を植えるところからやったんだよ。毎日、水や光の調整も頑張ってたしな。健気なんだよ、彼女。そんなところがまたいいんだよなぁ〜
 まあ、何度かおかしな調整してたのを、俺がこっそり修正しておいたってことは、ここだけの話だけどさ。
 彼女、案外抜けてるとこあるんだよ。ははは……

 プチトマトの植えられている畝の間を歩いて、出来具合を見る。
 うん、いい感じだ。なかなかいい色に熟してきてるじゃないか。もう食べられそうだな。どれ、一つ味見してやるか。

 俺は一番赤くて大きな実に手を伸ばして、プチっと実を採った。そして口の中に入れようとしたその時、いきなり怒鳴られた。

 「勝手に野菜を取らないでください!」

 うわっ! びっくり仰天して慌てて振り返ると、そこには雪がニコニコ笑いながら立っていた。

 「な、なんだよ、雪! びっくりするじゃないか」

 雪がそんなに怒ってないらしいと気付いた俺は、自分のやっていたことを棚に上げて抗議した。すると、彼女はまた可笑しそうに笑った。

 「うふふ…… 古代君ったら、盗み食いは禁止よ!」

 「ち、違うよ。ヤマト農園顧問としてはだな、生育状態を確認するために……その……」

 慌てて言い訳する俺の顔をまじまじと見ていた雪は、そのうちたまらなくなったのか、はじけるようにケラケラと笑いだした。

 「あははは…… やだっ、古代君ったら本気で焦ってるんだもの」

 「なんだよ。君がダメだって言ったんじゃないか」

 ったく、驚かしやがって! 俺をいじめて喜ぶなよ。そんな気持ちを顔に出して、俺は口をとんがらせた。なのに雪はまだ笑っている。

 「うふふ……ほんとはダメなのよ。でも古代君はヤマト農園顧問だから特別、なんでしょう?」

 「あ? ま、まぁ、そういうことだ」

 わかってんじゃないか。ははは…… ああ、けど雪の笑顔は、いつ見てもかわいいなぁ〜

 「で、どうかしら? お味の方は?」

 おっと、それそれ、それが俺のオシゴトだよな、うん。

 「ん? ああ、ちょっと待てよ……もぐもぐ……うん! うまいよ!」

 「検査には合格ですか?」

 彼女が小首を傾げる。これがまたかわいい。

 「ああ、文句なしだ」

 「うふふ、よかった。このプチトマトね、今回は種から私がほとんど一人で育てたのよ」

 あはは、得意そうだな。実は俺がフォローしたんだぜって言ってやったら怒るかなぁ?彼女。
 もちろん、俺はそんなことは言わない。

 「ああ、そうだったよな。ばっちりオッケーだよ」

 俺が指を丸めて、OKのサインを送ると、彼女はとても嬉しそうににこにこした。

 「そ〜お? うふっ、よかったわ。私もまだ食べてみたことなかったのよ。古代君が一番ね」

 「えっ!? あっ、ご、ごめん。君より先に食っちまったんだな」

 あ、悪いことしたかなぁ。自分で初めに味見したかったんだよな。
 俺がちょっと困った顔をすると、彼女はフルフルと大きく首を左右に振って、マジな顔して俺を見た。

 「ううん、いいのよ。古代君なら……」

 「えっ?」

 ド、ドキッ…… そんな目でみるなって! 変な気起こしちまうだろ!
 けど俺ならいいって、それってどういう? もしかして、俺のことは特別だとか?

 「あ…… だ、だから、ヤマト農園顧問様だものっ」

 「あ、ああ……そうだな。はは……」

 なんだ。期待して損した。

 「私も一つ食べてみようかなぁ。どれがいいかしら?」

 と、彼女がトマトの実を物色し始めたので、俺が一番うまそうな奴を選んでやることにした。

 「ん、ちょっと待てよ。そうだなぁ〜〜」

 あちこちをチェックして、さっきのと負けないほど赤くて大きさもほどほどのプチトマトを一つ見つけた。

 「ああ、これがいい! いい色してるし、大きさもちょうどいいよ。ほらっ」

 と、とった実を彼女に渡した。

 「……ありがとう」

 彼女は嬉しそうに受け取ると、パクリと一口で、ほんとにうまそうにそのトマトを食べた。

 「んふっ、おいしいっ! これなら明日の朝収穫して、昼食のサラダの付け合せに使えるわね!」

 おっ、さすが生活班長殿! ちゃんと仕事モードになってんじゃないか。

 「うん、大丈夫だよ。収穫自分でしたいんだろ?」

 「ええ、そのつもりよ。朝のシフトの前に来て取るわ」

 なんだかワクワクしてるみたいだな。わかるよ、その気持ち。やっぱ自分で育てた野菜は格別だろう?
 明日の朝か……確か俺のシフトも…… よしっ!

 「じゃあ、俺も手伝うよ。シフト俺も8時からだからさ」

 「ありがとう! じゃあ、明日7時にここで待ってるわ」

 雪ったらかわいいじゃねぇか。目、輝かせて嬉しそうにありがとうだってさ。やっぱり、こりゃあ、結構脈ありだよな? そう思うだろ? な、な、なっ!

 ……って自分で自分に言っても仕方ないか。

 おっと、誰かが入ってきたな。それじゃあ、そろそろ退散するかぁ。

 「ああ、じゃあ、俺行くわ。またな」

 「ええ、また明日……」

 俺は彼女に軽く手を上げて農園をあとにした。



 廊下を歩きながら、俺はもちろん上機嫌。
 ふふふん〜〜 鼻歌も出てきそうだ。
 なにせ、今日も彼女と『二人きり』の楽しい時間を過ごすことが出来たし、その上今日は明日のデートの約束付きだから、モアベタ〜だよなぁっ!

 さぁて、格納庫へでも行って、最近出番がなくって拗ねてるコスモゼロでも磨いてやるかなぁ〜
 ああ、今日もいい日だなぁ〜



 古代進は、今日もご機嫌だった。







 ところ変わって、時もちょこっと戻って、ここは通信管制室。艦内の様子をチェックするモニタカメラがずらりと並んでいる。
 その前に座ってニヤニヤしながら座っている黄色い制服の男が一人。
 ツイーンと音がして、そこにもう一人の白に赤矢印の男が入ってきた。

 「よっ! 通信班長! 何か変わったことはないかい?」

 「あれ?どうしたんだよ?砲術班長。暇そうだなぁ、相変らず」

 「ふんっ! 戦闘班が暇なのはいいことだろ! おっ、今日はあの二人農園デートなのか?」

 赤矢印君は、にやついている黄色制服君の視線の先のモニタを発見して、身を乗り出すように覗き込んだ。

 「みたいっすね」

 黄色君が音声のボリュームをちょいと上げた。

 「ほぉ〜 へぇ〜」 「ふむふむ……」

 画面の中の二人の男女のやり取りを、面白そうに眺めてる。君達、覗き見はいかんよ!って聞こえてないね。

 「艦長代理なかなかいい線いってんじゃんか! まったく、いつ告白するのかねぇ」

 「やっぱり地球に着いてからだろ? あいつの性格から言って」

 「あぁ〜 歯がゆいねぇ。後方展望台なんて、あいつら専用にするために、わざわざ誰も近づかないようにしてやってるってのにさぁ。まったくドンくせ〜奴だぜ、俺たちの温情がわかんねぇのかなぁ。
 おっ、明日の朝もおデートだってさぁ。ま、なんだかんだ言っても熱々だねぇ。おい、明日の朝も要チェックだぜ」

 「あっははは、了解!」




ヤマトの中に、彼らが二人きりになれる場所は…………






実は……どこにもなかった。




ちなみに、古代進がそのことを知ったのは、ずっとずっとあとのことであった。

おわり
 


二人きりのつもりで、ラブラブしてたお二人さん。壁に耳あり、障子……はヤマトになさそうなんで、ドアに目あり、かな?(笑)
いつも「やさしく」見守ってくれる仲間達は、とってもありがたい存在なんだよぉ〜
あい(2003.10.25)

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(背景:Holy-Another Orion)