066 涼 風(「065海へ」の続きになっていますので、そちらからお読みください)








 海へ行こう―――

 そうつぶやいた彼の一言で、急に出かけることになった私達。
 大慌てで用意して車に飛び乗って、それから近くのコンビニによって食料を調達した。
 古代君ったら、いつもに増して食べきれないほどの惣菜やおにぎり、その上お菓子まで大量に買い込んだ。

 「ほんとに食べきれるの?」

 「いっつも食べきってるじゃないか」

 確かに……私達はよく食べる。でも今日はちょっと多すぎるような気がするんだけど……

 「だって、これじゃあ一泊でもできそうよ」

 「大げさだなぁ、けど、まあもしもってこともあるしな」

 彼ったら、そんなとんでもないことをつぶやきながらにっこり笑っている。もう嫌よ! 地球の休暇中にまで変なトラブルに出会うのは……

 だから私は、そんな気持ちを込めて、ちょっと強い口調で彼に尋ねた。

 「いったいどこへ行くつもりなのよ!」

 「だから三浦の海だって言っただろ」

 そう言って彼はすっとぼけてる。もうっ!!

 「だからぁ〜」

 「よしっ、行くぞ!」

 私がまだ何か言おうとしたのに、全然聞こえない振りをして、古代君はずっしりと思い買い物を両手に持って、さっさと車の方へ歩き出した。

 「あ〜んっ! 待って〜!」

 結局そのまま車は走り出して、私もとりあえずは久々の彼とのドライブを楽しむことにした。





 古代君の車は調子よくスピードを出してハイウエイを走り続ける。
 外はきらきらとした太陽がまぶしくて、でも車の中は冷房が効いてて涼しい。BGMは、彼が好きな軽快な調子の歌が流れている。
 古代君ったら、ご機嫌な様子で流れてくる歌にあわせて鼻歌なんて歌ってる。

 三浦の海は、この前の戦いの直後、お正月に古代家のお墓参りに行って以来、行っていない。

 その時、あのお墓に新しい魂を二つ収めた。遺骨も何もない、ただ写真を入れただけだけど……
 二人の死に、私達、特に古代君は心に大きな重石を背負った。

 それでも、季節が変わり春が来た頃から、古代君は少しずつ明るさを取り戻していった。今はもう、彼が夢にうなされることもない。

 でも……

 私はちらりと隣の彼を見た。機嫌よさそうな彼の心のどこかで、まだ深い悲しみが顔をもたげることがあることを、私は知っている。

 時々見せる遠くを見やるような視線、私に気付かれないようにつく小さなため息……

 でも、私は何も言わない。彼が私に知られたくないのなら、私は知らない振りをして、静かに彼を見守ろうと思っているから。

 とそんなことを考えていた私は、彼の顔をこっそり見ていたつもりが、まじまじと見ていたらしい。

 「ん? どうした?」

 「えっ!? な、なにが?」

 「じっと見つめてただろ? 視線が痛かったぞ」

 彼が運転しながらちらりと私の顔を見た。

 「そ、そうだった……かしら……」

 やだ、焦ってしまう。胸もドキドキしてくる。彼の瞳がまるで私の考えていたことを見透かしているような気さえしてきて…… すると……

 「なぁに、今更見惚れてんだよ! 俺ってそんなにいい男かなぁ」

 なぁんて嘯き始めた。

 「まあっ! 見惚れてなんかいませんよ〜〜だ! ちょっとそっち側の風景を見てただけよ。勘違いしないで! ふふふ……」

 彼の冗談交じりの言葉に、私の気持ちはすっとほぐれた。

 「ちぇっ、なぁんだ! 喜んで損したな」

 つんと尖らせた彼の口の格好がおかしくて、私はまたくすくすと笑い出した。
 やっぱり彼は、彼らしい明るさを取り戻してきてくれてるんだって思った。私の心配が杞憂だったのがとても嬉しい。

 「うふふ……残念でした! あっ、もうすぐだわ。この先よね?」

 気を取り直した私が、外の風景を見ながらそう言うと、古代君も頷いた。

 「ああ、そうだな。あと10キロほどかな」

 と、古代君はここまで言ってから、声のトーンを落とした。

 「なぁ、その前にさ……」

 やや小さめの声でそう言いかけて、古代君の声が途切れた。

 「え?」

 横を向いて古代君を見ると、彼の横顔がさっきとはうって変わって、真面目なものになっていた。
 ズキンと胸が一つ鳴った。なぜって、古代君の続きの言葉が、私にはすぐわかったから。

 そう、ここからいくらも行かないところにある見晴らしのいい岬の上の霊園に、彼のご両親やお兄さん達が眠っている。
 彼は、そこに立ち寄りたいんだわ。

 「ご家族のところに寄りたいんでしょう? もちろんいいわよ」

 敢えてお墓とは言わない。いろいろと募る思いもあるけれど、彼のことを考えてできるだけ感情的にさらりと言ってみた。

 「ん……」

 短くそう答えると、彼はまた押し黙った。

 やっぱり彼の中では、まだいろんな思いが渦巻いているのね。でもそんな姿を、彼ったら見せまいとして……

 ばかね、古代君……

 「正月に行って以来だろ? このところずっと行きたかったんだよ。けど一方で、やっと落ち着き始めた気持ちが、またどうにかなってしまうんじゃないかって思うと、行くのがちょっと怖かったんだ」

 「古代君……」

 そう、彼はあれから一度もお墓参りに行きたいと言わなかった。
 春のお彼岸の頃は、彼、ちょうど宇宙に行っていたし、彼の複雑な気持ちを考えると、私も聞くに聞けなくてそのままになっていた。

 「はは…… もう、大丈夫だよな? いや、完全に大丈夫ってわけじゃないけど、少しは吹っ切れてきたような気がするんだ。だから……」

 「ええ……そうね」

 私が彼を励ますように微笑むと、彼もほっとしたように笑みを返してくれた。

 そして車はほどなく、岬の先端にある綺麗に整地された墓地の駐車場に入った。





 車を降りながら、何も手にするものがないのに気付いて、私はつぶやいた。

 「でもお墓参りするんだったら、お花持って来ればよかったわ。私ったら、三浦の海に行くって言ったとき気づけばよかったわ……」

 「いいんだよ。俺だってさっきまで寄るかどうか決めかねてたんだ。だから雪にはわざと言わなかったんだから」

 「そうなの?」

 申し訳ない気持ちで彼を見上げると、彼が笑顔でウインクをした。

 「そのかわりさっ! ほら、お菓子を一杯買ってきたから。子供にはこれが一番だろ?」

 サーシャのことを言っているのだとすぐにわかった。体は大人に成長していたけれど、サーシャは生まれてまだ数年しかたっていなかったんだものね。

 「うふふ……そうね」

 私は何も言えなくて、ただそう答えて相槌を打った。
 古代君がお店であんなにお菓子を買い込んでたのは、このためだったのね。あの時に気付いてあげられなくて、ごめんなさい。

 そして私達は冬に来て以来、半年ぶりに古代家のお墓を訪れ、今二人でお墓の前に立った。

 完全管理がうたい文句のこの霊園では、管理人が常駐していて、環境整備が周到になされている。
 もちろん古代家の墓も、墓や周囲の掃除も周りの雑草などもきちんと抜かれ綺麗に手入れされていた。

 守さんと彼が墓地をここに決めたのも、ロケーションが気に入ったこともあるけれど、忙しい日々を送る二人がお墓になかなか来れなくても、きちんと管理してくれるからだって聞いたことがある。

 横に立つ古代君を見ると、神妙な顔でお墓を見つめている。
 それから、はっと気付いたように我に返って、手に持っていた袋から菓子の袋を取り出し、墓の前に並べ始めた。私も手伝って並べ終えると、二人して座ってそっと手を合わせた。

 この間の二人は無言。

 私は目を閉じて、ここに眠る古代君のご家族の皆様が、みんな一緒に彼の国ですこやかに過ごされていることを静かにお祈りした。

 太陽の位置もずいぶんと高くなって、私達の頭上から、ぎらぎらとした夏の日差しが照りつけてきた。額にうっすらと汗ばんでくる。それでもじっと祈り続けた。

 しばらくたって、私は顔を上げて彼を見た。すると彼の額からも汗が噴き出し、粒になって伝い落ちるのが見えた。それでも彼は顔を上げない。

 もしかして、泣いているの……?

 私はそれが気になって、バックからハンカチを取り出して、まだ祈り続けている彼の額の汗をそっと拭った。

 それを合図に、彼も祈りをやめて顔を上げた。心配していた涙は見えなくて、少し安心。でも……

 「まだ胸が痛い……な」

 悲しげに微笑む彼に、私は何と答えていいのかわからず、曖昧に微笑を返した。すると彼は、

 「けど……大丈夫みたいだ。
 俺、最近は、俺達が笑って暮らしている方が、きっとみんな喜んでくれるんだろうな、って思えるようにはなってきたんだ。
 だから、楽しめる時は楽しもう、遊べる時は思いっきり遊ぼうって、そう思ってるんだ。だから……」

 だから、を繰り返して、彼は言葉を止めた。

 「俺の育った三浦の海で、昔みたいに遊んでみたくなったんだ。久しぶりにあの海を泳いでみようかなって思ったんだよ……」

 そう言ってから、彼がニコリと微笑んだ。

 「君と一緒に……」

 彼がそう告げるのと同時に、さぁーっと海からの涼しい風が私達の頬をなぞった。

 「わぁ、気持ちいい風……」

 風に流される髪を押さえながら、思わず私が呟くと、彼も笑顔で頷いた。

 「ああ」

 それから彼はまた墓を振り返った。そしてまた私のほうに向きを戻して、おどけた顔をした。

 「兄貴かな? サーシャかな?」

 「え?」

 「今、暑いのにこんなところにいないで早く海へ行ってこいって、背中を押されたような気がした……」

 「あはっ……そうかもね」

 「よしっ、それじゃあ行くとするかぁ〜」

 彼がう〜んと大きく伸びをして、両手を天に大きく突き上げた。

 「ええ、そうね」

 私が頷くと、彼は珍しく自分の腕を私のほうにくいっと差し出した。尋ねるように私が首を傾げると、彼がこくりと頷く。

 私は嬉しくなって彼の腕に手を差し入れた。ぎゅっと腕を抱きしめると、彼も嬉しそうに私の顔を見た。

 「ね…… いいところって、ここのことだったの?」

 「いや……」

 彼がまたニヤリと笑った。

 「海に行ったら連れてってやるよ。兄貴に教えてもらった俺達の秘密基地なんだ。まだあると思うんだけど……」

 彼はそれ以上は何も言わなかった。今はまだ詳しく説明するつもりはないらしい。やっぱり行ってからのお楽しみみたいね。

 「わかった、楽しみにしてるわ」

 「ああ……」

 霊園から駐車場に下りる途中、再び海からの涼風が私達の背中を押した。

 ほんと、早く楽しんでおいでって言ってくれてるみたいよ、古代君!

 彼も笑ってる……





 そして私達は再び車上の人になった。子供の頃の彼が遊んだ三浦の海岸へは、もう少し。

 今日は古代君と一緒に思いっきり楽しもう。子供の頃に戻って……
 それが、今は亡きあの人たちが一番喜んでくれることだと信じているから……

おわり


「065海へ」の続きになりますが、いいところはまたもや持ち越しになっちゃいました。
今日は奇しくも8月15日、終戦記念日そしてお盆…… 亡き人のことを偲びつつも、生きている私達は幸せで楽しい時を過ごしていきたいと思います。
それが、天で私達を見守ってくれている人たちの望みであると、そう思うから。

このお話は、「093秘密」に続きます。
あい(2004.8.15)

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(背景:自然いっぱいの素材集)