070 冬木立
（もう、古代君来ちゃったかしら……？）
所用でやってきた建物の廊下をパタパタと走りながら、雪は恋人のことを考えていた。
２２０１年の年が明けてまもなくの今日、佐渡に使いを頼まれ、雪は何箇所か関連部署を経由して、ここ連邦中央大学付属のとある研究所を訪れていた。
数時間前のお昼前の事だった。
「……と……に寄って書類を届け終わったら、あとはまっすぐ帰ってもいいからのお」
「はい……でもそれだけなら、定時より早く終わっちゃいますけど……」
佐渡から手渡された書類を確認しながら、雪は律儀に答えた。
「だから、いつも言っとるじゃろう！ わしは人の恋路の邪魔はせんってなぁ」
「えっ！？」
雪は、ドキッとすると同時に、頬がピンク色に染まった。そのかわいらしい反応振りに、佐渡はニヤリと笑った。
「古代が帰ってきとるんじゃろう。１分１秒でも早く会いたいくせに。朝からソワソワしとったのは誰だ？ どうせ夕方会う約束でもしとるんじゃろ？ 今から連絡して、そっちに迎えに来てもらえ」
「知ってらしたんですかぁ？ 佐渡先生ったらっ！」
なんでもお見通しの佐渡の言葉に、雪はちらりと横目で睨んだが、その目は笑っている。
「ユキサンノ ソワソワハ ダレガミテモ ワカリマ〜〜ス！」
アナライザーが横でライトをちかちかさせてからかうので、雪は
「んっ、もうっ！ バカッ！」
と照れ隠しに、アナライザーの頭をペチンと叩いた。
そして昼休み、雪は佐渡の言葉通り、休暇で自宅にいる進にその旨を伝えた。
（うふふ……先生ったらもうっ！ でも、おかげでお昼にも古代君とおしゃべりできたしラッキーだったかなっ）
そんな事を考えながら、雪は頼まれた最後の書類を持って、この研究書の所長室に急いでいた。予定より時間がかかって、まもなく進と待ち合わせている時間になってしまうのだ。
３階にある所長室を見つけてノックすると、すぐに中から、どうぞと言う声がした。雪が中に入ると、そこは一人の中年女性が座っていた。彼女がこの研究所の所長らしい。顔を上げて雪を見る所長に、来訪の理由を説明した。
「あの……私、連邦中央病院所属の看護師で森雪と申します。連邦中央病院の佐渡医師から預かってきました書類をお持ちしました。
で、内容がそれで良いかお返事だけをいただいてくるようにと言われているのですが……」
すると所長は笑顔になって、雪の書類を受け取るために立ち上がって手を差し出した。そして書類を受け取ると、ぱらぱらとめくりながら、雪に指示を出した。
「ええ、待ってたわ。内容を確認するから、少しそちらで待っていてくださる？」
「はい」
雪が指し示された方向を見ると、窓際に簡単なパーティションで区切られた応接セットがあった。雪はそのソファに座ろうとして、ふと窓の外が目に入った。するとチラチラと雪が降っているのが見えた。
（あら、雪！？ そう言えば今日は降るかもしれないって天気予報で言ってたわね）
雪はさらに窓に近づいて空を見上げた。大降りでもないが、真っ白な空からひっきりなしに降っている。地球が放射能汚染から解放されて初めての冬だ。雪を見るのも久しぶりだった。
（やっぱり、雪が降ると冬らしくていいわね）
雪は視線を戻して、眼下を見下ろした。すると、ここがちょうどこの研究所の正面に面していることがわかった。真下に玄関と来訪者用の駐車場が見えた。
（古代君の車、あるかな？）
探してみると、端のほうに見覚えのある赤いエアカーが止まっているのが見えた。
（あ、やっぱりもう来てるんだわ……）
雪はさらに目を凝らして車の中を見てみたが、人影は見えない。
どこへ行ったのだろうと視線を動かしてみると、この研究所のすぐ横に小さな公園のようなものがあるのに気が付いた。そこには数本の木とベンチが二つ、そして子供のためのブランコと滑り台があった。
地上の緑化作業はまだまだ途上で、樹木を目にするのはごく限られた場所でしかない。だが、このような公設の研究所などには優先的に木々が植えられているのだ。
その中の１本の木そばに、１人の若者がぽつんと立って上を見上げているのが見えた。温かそうな腰までのコートを着て、首にはグルグルと何重にもマフラーを巻いている。
雪は、そのコートにもマフラーにも、そして雪が積もっても振り払いもせずにいるくせっ毛にも、見覚えがあった。
（あれ……古代君だわ……！）
進は雪が見ていることなど全く気付く様子もなく、今度は顔をさらに上方に向けて空をじっと見上げた。
切れ目なく降る雪が顔にどんどんかかっているはずなのに、まったく構わず、ただひたすら空を見上げているのだ。
それから両手を大きく伸ばして、手のひらや腕にも雪を受け止め始めた。
（古代君ったら、この寒いのに何やってるのかしら？）
雪が首を傾げていると、進は次にそばにある木をポンポンとたたき始めた。それからぐいぐいとツッパリをするように木を押してみたり、そうかと思うと今度はそっと抱きしめてみたりしている。
（うふふ……変な人……）
さらに今度は、木の根元に座り込んで何やら地面をいじリ始めた。
（やだ、まるでどっかの子供みたい……）
その仕草がなんとも言えず微笑ましい。その姿は、小学生くらいの子供が熱心に土遊びでもしているように見える。
さらに見続けていると、進は満足したのか、土のついた手を無造作に自分のズボンのお尻でパンパンと叩きながら立ち上がった。
ちょうどその時、公園に小さな犬を連れた子供と老女が入ってきた。就学前くらいの男の子とその祖母だろうか？連れている犬は、まだ子犬のようだった。
男の子が子犬とともに進に近づいていった。それに気付いた進も、その子に笑顔を向けて、その子の前にしゃがんだ。
男の子は嬉しそうにニコニコ笑いながら、進と何やら話をしている。二人が小さな犬をなでながら会話が弾んでいることは、雪の目からもよくわかった。
後ろには、祖母らしき女性が、二人の会話をこれまたニコニコと笑いながら見つめていた。
しゃがんだ進は、男の子よりやや下から目線を上げるようにして、何度も頷きながら話している。
小さな子供と話すときは、大人は体をかがめて同じ高さで話をするといい……雪は、看護師時代にそんな話を聞いたことがあったと思い起こした。
（でも……古代君がそんなこと知ってるはずないのに……）
もちろん進にそんな知識はない。ただ、自然とそんな行動が出てしまうようだ。彼の優しさがそうさせるのだと、雪は思った。
そう言えば……
ヤマトが帰還したとき、ヒーロー扱いされることを極端に嫌った進だったが、子供達からのサインや握手の求めだけは断ったことがない。ファンレターにも丁寧に返事を返していた。
（古代君って、意外といいパパになったりするかもね……）
そんなことを考えてから、ふっと雪は頬が熱くなるのを覚えた。
（やだわ、私ったら…… 古代君がパパってことは、やっぱり私がママってことよね？ うふふ）
もちろんまだ若く付き合い始めたばかりの二人のこと。結婚話など具体的に出ているわけではない。だが、いつか進と家庭を持ちたいという思いは、雪の中では割合明確に浮かんでいる。
そんな夢の世界で、二人の子供たちと遊ぶ父親としての進の姿が、目の前の光景に重なって、雪は一人口元が緩んでしまった。
雪は、今自分がいる場所も忘れて、進とその子のやり取りに見入っていた。
しばらくして、男の子が手を振って帰っていくと、進は再び近くにある木の幹に背中を預け、何気なく視線を雪のいる建物に向けた。すっと上がってきた視線が、ちょうど進の姿をじっと見ていた雪とぴたりとあった。
（あっ……）
雪が心の中でそう叫んだのと同時に、進もはっとしたように体をピクリとさせて口を軽く開けたところを見ると、彼もまた雪の存在を認めたようだった。
そして、さっきの子供に向けていたのよりももっと嬉しそうな笑顔で軽く手を振った。
（古代君、気付いたんだわ）
そう思うと嬉しくなって、雪も小さく手を上げて答えた。なんのことないやり取りだが、雪は心が浮き立つのがわかった。
ちょうどその時、後ろに人の気配がして、雪は慌てて降り返った。するとそこには所長が立っていた。
「お待たせ。書類の方は問題ないわ。佐渡先生にどうもありがとうございましたとお伝えくだい」
「はい、わかりました。それでは私はこれで……」
雪が慌てて頭を下げると、所長はニッコリと微笑んだ。
「ご苦労様でした。うふふ……彼がお待ち兼ねみたいね。急いで行ってあげなさいね」
「え？ あ、すみません」
さっき手を振っていたのを見られていたのだろう。そう思うと、恥ずかしくなって雪の頬が微かに染まった。
だが所長は、彼女もたまたま窓外の進の様子を見ていたことを話してくれ、優しそうな彼ね、と柔らかな笑みを浮かべた。
雪は頬を染めたまま礼を言うと、少々気恥ずかしい思いのまま所長室を後にした。
玄関から出るころには、火照っていた雪の頬も落ちついて、雪は一目散に進のいる場所に走った。
「古代君っ！」
恋人の声に、進が手を振る。その笑顔はキラキラと輝いている。
「雪！ お疲れ様！」
雪は、進にかかっていた雪をさっと手で払いのけると、彼の腕にすっと手を挿し込んだ。すると、進は照れたような笑みを浮かべて歩き始めた。
並んで歩きながら、雪がさっきの事を尋ね始めた。
「古代君、何してたの？」
「ん？ 別に……」
「別に？ だって、木を触ってみたり、空を見上げてみたリ…… 男の子とお話ししたリしてたじゃない？」
「なんだ、ずっと見てたのか？」
「うふふ、ええ……」
雪に見つめられて、進は照れくさそうにぽりぽりと鼻をかいた。
「まあ、なんていうか、う〜ん…… 冬を感じてたっていうかなぁ？」
「へぇぇ〜」
「久々だろ？ 季節を感じられるのって……ガミラスの攻撃以来さ」
「うん！」
「この木、ずっと地下都市で守られてきてたんだろうなって思ってさ。久々の寒さにこの木もびっくりしてるだろうなぁって思えてきて、そしたらなんかすごく愛しくなった」
「うふふ……古代君らしいわ」
そんな風に話す進が、雪には愛しかった。
ヤマトの戦闘班長として活躍する進も惚れ惚れするほど恰好良かったけれど、本当の彼は、こんなに優しくって繊細な性格なんだと思う。そして雪は、もしかしたら、こんな進の方が好もしく思っているんじゃないかとさえ思えてくるのだ。
「はは、そうかな？ 木ってのはな、こうやって寒い冬をじっと耐えて、春の新芽と成長のの準備をしてるんだ。だから木の幹には年輪ができる」
進の瞳がどんどん輝き始めた。自然や生物の事を話す進は、いつも楽しそうだ。
「僕らの吐く息は白くて…… 雪の中でも子供や犬は元気一杯で…… なんかこう、ああ、冬だなぁってさ」
その進の笑顔につられるように、雪もニッコリと微笑んだ。
「だからわざわざこの寒空に外に出てたの？ 冬を感じるために？」
「まあね、だって冬は寒いのが当たり前だろう？ 寒さを感じられる事もなんだか嬉しくってさ」
「うふふ、もうっ古代君ったら！ でも、私もわかるわ、その気持ち。寒さも暑さも、青い地球があってこそですものね！」
「ああっ！」
力強く頷く進の腕に、雪は自分の腕をぎゅっと強く巻き付け、体をさらに摺り寄せた。
進にも、その押しつけられた温かい体から、雪の愛情が伝わってくるような気がした。
ヤマトの中では感じることの出来なかった季節。それがどんなに寒い冬であっても、二人にとっては幸せなことで、その証拠に二人の心はとても温かかった。
二人は、もう一度ニコリと微笑あって、車を止めている駐車場に向かって歩き始めた。
エアカーの座席に座ると、進はすぐにエンジンをかけた。
「さぁて、街に戻ったら晩飯でも食うだろ？」
「ええ！ でも……寒さを感じながらってのはやめてね、うふふ」
「あはは、なぁんだ、やっぱり雪は寒いのは嫌なんじゃないか！」
「えへっ、ばれた？」
「実は俺もさ。寒さはもう十分味わったから、今度はぬくぬくを味わいたいよ！」
「なんだ、よかったわ！」
「あははは……」
大声で笑う声を響かせて、二人の乗せたエアカーは都心中心部に向かって走り始めた。
おわり
季節らしいお話を書きたくて選んだお題でしたが、あんまりメリハリのない文章になってしまいました。
結局、このお話って何？って思ってしまった方へ……
ただ、雪の中でご機嫌に樹木に触れたり雪を見上げたり、子供とじゃれあう古代君を雪がほほえましそうに見ている風景って言うのを書きたかっただけなんですよ〜〜（笑）
あい（2004．1．2）
（背景：pearl box）