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あれは遠い昔。まだ地球が赤茶ける前のこと。

僕は父さんと2人で、虫取り網とカゴを持って、野山を、そして海辺を駆け巡っていた。




――ねぇ、おとうさん。

――ん? なんだい?

――僕ね、大きくなったら宇宙のいろんな生き物のこと、もっともっとたくさん勉強するんだ!

――ほぉ~、生き物ねぇ? お前はそういうのが好きだからなぁ。

――うんっ! 草や木や虫たちや動物達……いろんなのをぜぇ~んぶ勉強するんだ。

――そうか。

――だって、僕大好きなんだもん!!生きてるものみぃ~んなっ!

――ははは……そうか。じゃあ、進は宇宙一偉い生物学者になるのかな?

――うんっ!! 宇宙一物知りの学者になるんだよっ! そして勉強したことを使って、いろんな動物や植物たちを守ってあげるんだ~!

――ふうむ、それはそれは楽しみだなぁ……

――えへへ……

――進、その夢、ずっと忘れるなよ。

――うん。

――学者になんかならなくったっていい。けど生き物へのその思いは、ずっとずっと……持ち続けるんだぞ。

――うんっ!!!




遠い昔、父に話した将来の夢。

それを聞いて嬉しそうに目を細めた父の顔が目に浮かぶ。

それがとても誇らしくって……だから僕は思っていた。

絶対に夢を叶えるんだって。

どんなに時間がかかったって、僕の夢を叶えるんだ……って

心に強く誓っていたっけな。

あの日までは……




けれど……

あの日を境に、ひどくすさんでしまったこの心。

忘れてしまったあの時の熱い思い。

夢が消えたあの日の出来事。

それからの僕には……夢なんて存在しなくなった。

その代わりに僕は、憎しみと戦いを選んだ。

僕はもう……二度と、あの日の僕には戻れない。

夢を見た僕には、もう戻れないんだって思った。

それは、とても悲しい現実だった。




それから戦いの中に見つけたたった一つの光明は、

優しい笑顔と穏やかな瞳。

それは時々きらきらと強い意志に輝くけれど……

僕にとってはそれすらも、愛おしいものになった。

夢を忘れた僕に、もう一度光をくれたのは……

きみのソ・ン・ザ・イ。




――古代君って、動物や植物のこと詳しいのね。ちょっと意外だわ。

――意外だけよけいだよ。

――古代君って、野菜の育て方、どうしてそんなによく知ってるの?

――好きだから…… それだけだよ。

――ねぇ、古代君、このトマト育ちが悪いんだけどどうしてだかわかる?

――ああ、そりゃ水のやりすぎだ。

――ねぇ、ねぇ、古代君! この間のお花が綺麗に咲いたのよ!!

――へぇ、すごいじゃないか。雪もやるなぁ。

――古代君って、すっかりヤマト農園の相談役ね!

――じゃあ、これから俺のことは農園顧問と呼んでくれ!

――やだぁ~ なんだかおじいさんみたいよ、その呼び名。

――うるさいなぁ~ もうっ!

――うふふふ……

――あははは……



戦うことに明け暮れていた僕に、

遠い昔の夢のかけらを思い起こさせてくれたのは、

ほかならぬ彼女だった。

どうでもいいような理由を引っ張り出しては、

僕を農園へと引っ張り込む。

僕はただ単純に……彼女と2人きりになれるのがうれしくって、

いつも二つ返事でついていったっけな。

もちろん、農園での会話はちっとも色っぽくなんかなくて、

僕の遠い昔にため込んだ薀蓄を、話して聞かせたりやって見せたりするだけだったけど。

それでも僕は、どうしようもなく楽しかった。

時には僕にもわからないことがあったりして、

そんなときは、慌てて図書室で調べたりもしたっけな。

もちろん、彼女には内緒でね。

それから翌日、いかにもって顔で説明をして見せるんだ。

そうしたら彼女は、目を大きく見開いて僕に尊敬の眼差しを送ってくれる。

ちょっとずるいかな?って思いながらも、

なんだかとってもいい気持ちになる、そんな瞬間だった。

そしてある日、彼女は僕の遠い夢を思い起こさせた。




――へぇ~ 古代君って、生物学者になるのが夢だったの?

――ああ、子供の頃の他愛もない夢だけどな。

――ううん、そんなことないわ。だって古代君、生き物のことに、ものすご~く詳しいじゃない!

――もう昔のことだよ、今の俺は……そんな夢、捨て……

――だめっ!

――え?

――夢は捨てないで……

――今更……僕はもう……

――ううん、古代君は今は地球のためにこんな仕事してるけど、いつかきっと夢が叶う時が来るわ、きっと…… だからその時まで、夢を捨てないで……




あまりにも真剣な眼差しで僕にそう告げる彼女に、

僕はただただじっと彼女の顔を見つめながら、小さく頷くことしかできなかった。

そして遠い昔の父の言葉が、

不意に脳裏に鮮やかに蘇ってきた。

――進、その夢、ずっと忘れるなよ。

そうだったね、父さん。

いつか本当に、夢が叶う日が来ることを忘れちゃいけなかったんだよね?




それから数年、少し形は変わったけれど、

僕の夢は、再び動き始めた。

一度選んだこの仕事を、捨てることはできなかった。

それに何よりも、この仕事をしていることで、大好きな生きとし生ける物を守れるのだから。

だけど確実に、

僕の夢は少しずつ動き出した。




それからの僕は、暇を見つけて大好きな生き物の勉強を始めた。

仕事の合間に本を読み、仕事のない日に野山に出る。

それは決して、学者になれるほどじっくりとした勉強ではなかったけれど、

少なくとも僕の心には潤いが生まれた。

生き物を愛し、守り、育てること。

それは僕が遠い昔に夢見たことに違いなかった。

父が忘れるなといった、その思いに相違なかった。




そして時は過ぎ、地球も青さを取り戻して……




――進さんは、本当に土いじり好きよね~~ ほら、顔にまで泥ついてるわよ!

我が家の小さな庭で、草花達と格闘していると、今はもう妻となった彼女が隣で笑う。

――よく言うよ、君が言ったんじゃないか、夢を捨てないでって。だから俺は今もこうして、夢のために土いじりをするんだ。

――あら、そうだったかしらね? ふふふ……

とぼけたって無駄だよ。

君のおかげで、僕はこうして今も夢を見ていられるんだ。

君の一言のおかげで……

ずっとずっと捨てないでいられたんだ、僕の大切な夢を……

生き物達を愛し続けることをね。

そして、そんな君の夢が、周りの人をみん~な幸せすることだってこと、

思い出していたよ。

ありがとう、雪。君のおかげで、僕はこんなにも幸せになったんだ。

君の夢も、

少しずつ叶っているんだろ?




まぶしい日差しの中で、彼女をじっと見つめると、

彼女もまぶしそうに僕を見た。そして微笑む。

――でも、土いじりして泥まみれになってる進さんって、とっても素敵よ。

――そ、そうか…… 焦るな、今更……

――Chu!

――お、おいっ! 子供が見てるぞ!!

――うふふふ……

赤くなった僕を見て、君はまたコロコロと楽しそうに笑う。それからそっとつぶやいた。

――夢を見続けることって、とっても大切なことですものね。




そう、夢はいつまでも捨てちゃいけない。

どんな夢でも持ち続けていれば、きっと叶うってこと……

君が教えてくれたんだよな。

ありがとう、君。僕の大切な愛しい人。




時は巡り、今、僕は息子と2人、家の庭から望遠鏡で、遠い宇宙を覗いていた。

月、火星、土星、木星……シリウス、ベガ、アンタレス……いろんな星々が輝いている、満天の空。




――ねぇ、お父さんっ!

――ん、なんだ?

――僕ね、大きくなったら、宇宙の秘密をぜぇ~~んぶ調べるんだ!

――全部?そりゃすごいなぁ。

――そしてね、みんなが楽しくって住みよい宇宙を作るんだよっ!

――ほぉ~ なかなか壮大な夢だ。

――えへへ、僕、宇宙一の宇宙博士になるっ!!

――はっはっは、そうか、航は宇宙一の宇宙博士かぁ~

――うんっ!!

――航…… その夢、絶対に忘れるなよ。宇宙博士がどうだっていいけれど、みんなが楽しくて住みよい宇宙にしたいっていう夢を、絶対に忘れるんじゃないぞ。

――うんっ!!!!!




若い世代の君にこの言葉を伝えよう!

君の夢を、忘れるな。

君の夢を、守り続けろ。

君の夢は……きっといつか、叶うものだから……

おわり


 昨日、先日スペースシャトルで宇宙に行ってきたばかりの野口さんが、TVでインタビューを受けていました。
 野口さんの子供の頃の夢は、まさに宇宙飛行士になること。その夢をずっとずっと持ち続けて、本当にかなえた人です。

 夢を持ち続けること。そうすれば必ず叶うのだから……

 野口さんはそう言っていました。

 でも…… 野口さんのように、子供の頃思ったままの大きな夢を叶えることは、とっても難しいことだと思います。
 それでも、少しくらい形を変えたって、何らかの形でその夢を叶えることはできるはず。そうも思いました。

 だから、やっぱり、夢はずっと持ち続けてもらいたい。そして夢が叶うことを望み続けてもらいたい、そう思うのです。

 将来のある子供たちならなおのこと…… もちろん、大人になった私たちも。
あい(2005.10.1)

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