089 けんか
昼過ぎの食堂。最初は小さな声で口論を始めた二人は、いつの間にかどんどん声を荒げていった。何事かと周りに人が集まリはじめても、それは治まる気配はない。
「だから、さっきから言ったとおりよ。そんなこと言われても、簡単に変更するわけにはいかないのよ。これからの予定が狂ってしまうわ」
声が少々高くなっても、まだまだ語調は丁寧な生活班長である。
「いいじゃないか、ちょっとくらい。それでなくったって何にも楽しみがないんだからさぁ。こんなことでもしてくれないと、精神的に参っちまうぞ! ちょっとくらい融通利かせてくれてもいいだろ?」
眉間に皺が寄りつつも、まだ少しばかりお願い口調が残るのは、艦長代理だ。
「ちょっとくらい、ちょっとくらいって、そういうことをしていたらキリがないんです! イスカンダルから食料を分けてもらったって言ったって、地球に戻るまでまだまだ時間がかかるのよ。そのために必要な備蓄に余裕はないの。それくらいわかるでしょう? 古代君は仮にも艦長代理なんだから!!」
だんだん声が大きくなる上に、さらに「仮にも」にやけに力を込めた生活班長の反撃に、カチンときた艦長代理。とうとうプッチン堪忍袋の緒が切れた。
「なっ!? 仮にもってなんだよ、仮にもってぇのはぁっ!」
「だって、らしくないこと言うんですもの」
そう言って、ぷいっと顔をそらせた生活班長。こっちの方もそろそろ切れてくるころか?
「なんだと! 艦長代理だからこそ、みんなの要望を代わりに言ってるだけだろう!」
「勝手に代わりしてもらわなくても結構です!!」
「め、命令だ! つべこべ言わずに、もう少しおかずの種類を増やせ〜!!」
って、もしかしてこの二人。食堂のメニューの種類のことでもめてるの?
「できないと言ったら、できません!」
ものすごい目で睨みながら、生活班長はきっぱりはっきり拒否をした。
「むぅ〜、上官の命令がきけないのか!」
泣く子も黙る?鬼の艦長代理古代進が、机をバンと叩いて叫んだが、さすがは我らが生活班長森雪嬢、それでも全くひるまない。
「艦長でも艦長代理でも、そんなわけのわからない理不尽な命令には従えませんっ!!」
「わ、わけのわからないだとぉ〜〜!」
艦長代理の顔は真っ赤。彼の頭の上からは湯気が上がってそうな気配だ。そのあまりにもの激昂ぶりを見て、逆に生活班長、落ち着きを取り戻した。
「あのね、私だって好きでやってるんじゃないんですからね。それもこれもみんなが快適に暮らしていけるように……」
「快適じゃないから言ってんじゃね〜かよぉ! このわ・か・ら・ず・やっ!!」
頭に血が上った艦長代理、そんな捨てゼリフを吐くと、ずかずかと食堂から出て行った。
その後姿をじっと睨みながら、雪は小さな声でつぶやいた。
「なによ、古代君のほうがわからずやじゃないの……」
彼女の目には、うっすらと涙が浮かんでいる。けんかして相手の前で泣くのは悔しいから、必死で我慢していたのだ。
「古代君のばか……」
恋する乙女の心のうちは複雑である。仕事では譲れない。でも女の子としては……ちょっと涙が出ちゃうのだ。
一方、食堂から飛び出してきた艦長代理はというと、そのままの勢いで隣にあるサロンに飛び込んで、ソファにどっかりと腰を下ろした。
「くっそ〜っ! ったくかわいくね〜女!!」
まだむかっ腹に来ている。腹が立ったら喉が渇いた。進はすくっと立ち上がって、冷蔵庫から緑茶ボトルを取り出して、ぐびぐびと一気に飲み干した。
「ふう〜っ」
ひとごこちつく。そしてまたソファにことんと座った。しばらくじっと考えた。考えていると、だんだんさっきの怒りが収まってきて、収まってくると、自分のさっきの行動が冷静に考えられるようになってくる。でもって、そうすると、なんだか自分の方がやっぱり悪かったんじゃないかと思えてきてしまった。
その上、やりあった相手は、実は心の中では惚れて惚れて惚れまくってる最愛の人なのだ。
「ちょっと不味かったかな……」
と、反省し始めたころ、肩をポンと叩かれた。振り返ってみると、今一番会いたくない相手、いつも沈着冷静な航海班長だ。
「よっ、休憩か?」
島の顔を見ていると、さらに落ち込んでいきそうだ。こいつならあんな言い方しなかったよな、なんて思っていると、いきなりその話題になった。
「さっきは、ずいぶん派手にやりあったもんだなぁ〜」
そう言いながら、島はニヤニヤと笑っている。人の不幸を喜んでるのか!という視線を送ってみるが、全く動じる様子がない。進はふてくされて言葉を吐き捨てた。
「なんだ、見てたのかよ……」
「見てたもなにも、食堂のど真ん中だぜ。廊下を通りかかった奴、み〜んな覗いてたぜ」
「うっ……」
痛い一言だ。最初はけんかするつもりなんてまったくなかった。冷静に、そうあくまでも冷静に、ちょっとした頼みごとをするつもりだったのだ。
イスカンダルを出てから1ヶ月半が過ぎた。順調に旅を続けてはいるが、地球はまだまだ遠い。ちゃんと帰り着けるのかという不安も、クルーの中にはなきにしもあらず。
そこで、心の不安を少しでも軽くするために、せめて食生活でもよくできればと、進はメニューの改善を生活班長に相談したのだ。
ところが、その結果がこれだ。
「あんなでかい声でやりあえば、誰だって足を止めるさ」
島の言葉が、ズキリと胸につきささる。
「そんなつもりは……なかったんだけど……」
口ごもり気味に言い訳などしてみても、今更な気もした。
「艦長代理たるものが、女性に向かってあんなに怒鳴るとはなぁ」
さらに追い討ちをかけられる。
「ぐっ……」
「それもたかが食堂のメニューのことくらいで……」
「ぐぐっ……」
「どうせ、戦闘班の奴らからでも責め立てられたんだろ? 暇なあいつらの頭ん中には、今は食うことぐらいしかないもんなぁ」
「暇な」は余計だが、当っているから言い返せない。
「ぐぐぐ……」
そうなのだ。最初の言いだしっぺは戦闘班は飛行科の奴ら。他に何にも楽しみがないから、せめて食堂のメニューを増やせと、進に談判してきた。
なるほどと思った進は、他の何人かにも尋ねてみると、確かに行きのころからずっと同じような食堂のメニューには飽き気味だ、という意見が大半を占めた。そこで今回の「お願い」に相成ったわけだが……
「それに彼女の言ってることは間違ってないと思うぞ。食堂のメニューについては、そりゃあ不満はないとは言わないが、帰りを急いでるから、あまり食料調達できないんだ。
雪には何度も、どこかに立ち寄って食料調達したいって頼まれたけど、スケジュール的にどうしても無理なんだ。それは航海班の俺としても、本当に申し訳なく思ってる。けど、その乏しい食糧事情の中では頑張ってメニュー作ってくれてるほうだと思うぜ」
「ぐぐぐぐぐぐぐ……」
いかにもその通りでございである。進だって、冷静になって考えてみれば、島の言うとおりなのはよくわかっていた。
スケジュールがおしているのに、食事のメニューがどうのこうとと言っている場合ではないのだ。食べられるだけましなのだ。地球を救うことが、このヤマトの何よりもの目的なのだから。
「ってことで、どうすりゃいい? 艦長代理」
「謝ってくるっ!!」
進はすくっと立ち上がった。かっとなりやすいが、反省するのも早いのはこの男のいいところ。
「おお、素直じゃないか〜! やっぱり惚れた女にこんなことで嫌われたくないもんあぁ〜〜」
走り出す艦長代理の背中に向かって、島はそう叫んだ。そして……
「あ〜あ、また俺は敵に塩を送っちまったかなぁ」
既に、あきらめはついているとはいえ、なんとなく面白くない気分だ。自分のお節介さ加減に自分であきれつつ、ほっと小さくため息をつく島大介であった。
後方展望室。一人になりたいとき、自分の部屋以外だと、雪はここに来ることにしていた。いや、一人になりたいとき、というよりも、進に会いたい時と言ったほうがいいかもしれない。
ここは第一艦橋が近いために、やってくるのは大抵第一艦橋の面々が多い。その中でも、進と出会う確率がとても高い。特に帰りの航海では、不思議なほど進以外のクルーと会うことがなかった。
だから今日も、ここにいれば進と会えるような気がしていた。
(古代君とあんな風に言い合いなんてしたくなかったのに……)
進がみんなの気持ちの代弁者として今日の訴えをしたことは、雪にも十分わかっていた。それでも事情が許さないのだから、それをわかってもらいたかったのだ。
(私の言い方が悪かったのかも…… もう少し上手に断ればよかったわ)
ちょっと反省する雪。仕事上譲れないものがあるとはいえ、相手はなんてったって恋しい恋しい彼である。雪だってけんかしたくてしたわけではないのだ。だから……
(古代君来ないかな?)
と願いを込めて窓の外を見たとき、後ろで扉が開く音がした。振り返った雪の目の前には、進の姿があった。
「古代君……」 「雪……」
ほぼ同時に二人はそう言って、それから黙り込んでしまった。なんとなく気まずい。雪は進から視線を外して、窓の外を見た。進は黙ったままその隣までやってきた。
互いに隣に気配を感じながら、何も言い出せずにいる。しばらく沈黙が続いて、
「あのっ」 「あのなっ……」
また同時だった。思わず相手の顔を見てから、また互いに視線を逸らした。けんかのあとの最初の一言ってのが、一番やっかいなのだ。
が、ここはやはり男の度胸の出しどころ。進は顔は窓の外を向いたままではあったが、思い切って口を開いた。
「さっきはすまなかった!! 俺が言い過ぎた……」
進は、すっぱりとそう言い切って、体をくるりと雪の方に向け90度腰を曲げて深く頭を下げた。彼に先にそう言われてしまえば、雪とてもう躊躇することはない。
「……古代君、私こそごめんなさい」
雪も同じようにペコリと頭を下げた。
「いや、ギリギリの事情なのを知っててあんなことを言った俺が悪かった。本当にすまん!」
「そんな……こと。私ももっと上手に言えばよかったのに、なんだかけんか腰になっちゃって…… 私こそ、ごめんなさい」
「いや、俺の方こそ、ごめん」
「ううん、私が……ごめんなさい……」
互いに謝りだすとキリがない。何度も何度も互いに頭を下げあって、最後はとうとう笑い出してしまった。
「うふふ……」「あはは……」
それからしばらく笑いあってから、雪は右手をすっと差し出した。
「仲直りの握手」
「えっ? あ、ああ……」
おずおずとその手をつかむ進。軽く握り返す雪。あったかくて柔らかな手の感触に、進の心に涼風が流れる。雪の心もほんわか軽くなっていった。
二人の顔には、手を触れ合ったことへのほんの少しの気恥ずかしさと、仲直りできたことでのすがすがしい笑顔があった。
「って、結局雨降って地固まる、ってなるわけだ」
「あははは…… 俺たちも古代をけしかけた手前、気になって来てみたけど、余計な心配だったみたいな」
ドアの影から二人の様子を見て苦笑しているのは、島と加藤だった。
「まったく、あいつがけんかした相手とは、そのあともっと仲良くなるのが得意だったのを忘れてたよ」
「あっははは…… そう言えば、行きではお前とも派手にやってたよなぁ」
「ああ、あの時は雪に『男同士っていいわねぇ』って言われたけど、これじゃあ『男と女はもっといいよなぁ』って言わせてもらいたいね。まったく!」
おどけた調子で両手を挙げてみせる島を見て、加藤は大笑いしてしまった。
「ぶわっははは…… 島、お前さぁ、古代をなだめて損したって思ってんだろ?」
「ああ、ちょっとな。ま、今さらどうこうするつもりもないけどな」
「ご愁傷様。で、あいつ、この際だから、好きだって告白しちまえばいいのにな」
「ははは、そりゃ無理だろな」
「やっぱりか〜〜 くぅ〜っ」
後は勝手にやってくれとばかり、島と加藤は展望室の前を後にした。
ところが、2週間ほどたった時のこと。
それは、ミーティングルームでのチーフ会議が終わって、雪が進に何か話しかけたのがきっかけだった。
「ちょっと待てよ、なんでそんなことに、戦闘班が引っ張り出されなくっちゃならないんだよ!!」
「あら、さっき古代君が戦闘班が暇で暇で仕方がないって言ったからじゃないの! だから仕事を考えてあげたのに、それでどうして文句言われなくっちゃならないの!!」
「だからって、いきなりそれはないだろうがぁ!!」
「だって、一番汚いんだもの。汚してるのは間違いなくあなた達男性なんだから、一度は自分達で掃除してみればいいでしょっ!!」
だんだん声高になっていく二人。またまた二人はなにやら言い争いを始めたらしい。
で、居合わせたほかのメインクルー達はといえば、二人を遠巻きに見ながら、ひそひそと話し始めた。
「なあ、また始まったみたいだぞ」
「ほっとけ、ほっとけ。あれは、あいつらのストレス発散のためのレクレーションみたいなもんだからな」
「レクねぇ〜」
「で、なんで、もめてんだ?」
「さぁ?」
「ま、そんなの、どうでもいいことだけどさ」
「あっ、雪さん怒って出て行ったぞ」
「古代はふてくされてるのか……」
「どうする?」
「ほっとけほっとけ、犬も食わぬってやつだぞ」
「ってことは……?」
「ああ、きっといつもの場所でいつものごとく……」
「今日は全員後方展望台は入室禁止ってわけだな?」
「りょうか〜〜〜っい!」
全くもって、とっても気の利く同僚達である。
ヤマトは一路地球を目指す。彼らの旅はまだまだ続く。そしてまた、二人のけんかも……まだまだ続く?
まあ、けんかするほど仲がいい……って言いますからね!(*^^*)
おしまい
お題の通り、けんかしちゃうPART1な二人です。古代君、いくらなんでも短気過ぎ?って自分で突っ込みながら書いておりましたが(笑) ま、いいでしょ、たまには……
ええ、ですから二人がけんかするのはほんのたま〜〜になんですよ、たま〜〜にね!(*^^*)
ちなみに、恋人未満の今回のけんかでは涙をぐぐっと抑えた雪ちゃんですが、これが恋人同士のけんか(本編「2」の医務室のけんか)になると、女の武器涙が天下の宝刀のごとく登場するわけです。
なにせ、男は女の涙に弱いですからねぇ、おほほほ……
どっちにしても、彼らにとってはけんかは仲直りのためのプロセスの一つ。その後の仲直り後のラブラブがしたいがために、けんかしてるといっても過言でないかも〜〜(爆)
あい(2005.7.13)
(背景:Holy-Another Orion)