090 愛してる


 まだ復興間もない地球。その中心都市から少し離れた、まだなにもない荒地。太陽は沈み、秋らしい涼しい風が吹き始めた。

 ――まもなく一番星が輝き始める暮慕時――

 薄暗い中、触れるか触れないかのぎりぎりの間隔で並んで座るシルエットが二つ。まだ付き合い始めて間もない初々しい恋人達だろうか……







 綺麗な夕日が沈み、空には一番星、二番星が輝き始めた。

 ようやく戻ってきた地球で、僕は彼女とデートしている。彼女の名前は、森雪。ヤマトが地球に無事帰還して、僕らは晴れて互いの気持ちを伝え合った。
 ほんの少し前に恋人になったばかりの可愛い可愛い僕の彼女。宇宙に出るのが仕事の僕にとって、短い地球帰還の日々は、彼女と過ごせる大切な時間。大好きな彼女と……

 なんて幸せなんだろう……僕は。

 そっと隣を見た。すると彼女も僕の方を見上げて、嬉しそうに微笑んだ。そして……






 「ねぇ、古代君……」

 隣に座っている彼女が、ちょっと甘えたような声で僕の名を呼んだ。


 「ん?」

 彼女の鈴のような綺麗な声を聞いただけで、僕の心はドキドキと鼓動を強め始める。僕をうっとりと見つめる彼女の瞳が、さらに追い討ちをかけた。

 もしかして、雪……? それって、キ、キス……して欲しいってことなのかなぁ?

 僕は少し悩んだ。

 初めてのキスは、もうすませた。あの後も何度かキスしたけれど…… でも実は、そのキスをするタイミング、僕はまだよくつかめていない。
 そりゃあ、僕としてはいつだってどこでだって、彼女の唇は欲しい。けどそんなにいつでもどこでもってわけにはいかない……よな? う〜〜〜ん。

 「あ……」

 何か気の利いた言葉の一つもかけて抱き寄せてやればいいのだと思うんだけど、口の中がからからに渇いてきて声が出てこない。情けないけど、それが現実。

 大体生まれ落ちて18年と少し、女の子と真面目に付き合うなんて、これが初めてなんだから。

 伝えたい思いも気持ちも一杯あるのに、伝えきれないこのもどかしさ。片思いが両思いになったからといって、簡単に変わるもんじゃないんだと痛感。少なくとも……僕にとっては。

 それでも僕を見つめる瞳に答え、男らしく抱き寄せようと、彼女の肩に手を伸ばした。
 そうなんだ! 口に出して言うことはできないけれど、行動することは僕にだってできるんだから!

 ……とその時、彼女のかわいらしい唇が小さく動いた。

 「私のこと……愛してる?」

 「へっ!?」

 一瞬頭が真っ白になった。愛してる? 愛してるかって? そりゃあ愛しているよ。そんなこと決まってるじゃないか! こんなに君の事を大好きで思ってるのに…… 世界中で誰よりも一番愛してるに決まってるだろう!




 と、口に出して言えてれば、僕だって苦労はしない。

 心で熱く思っているのとは裏腹に、僕の目はまん丸と見開いたまま、口はぽかんと開いたまま。ただ彼女をじっと見つめることしか出来なかった。

 「あ……」

 ようやく僕の口から出たのは、この一文字だけ。
 情けないけど、この思いをうまく口にすることができない。未だに彼女に見つめられたら緊張してしまうし、頭の中は何をどうしていいのかわからないくなってしまうんだ。やっぱり……情けない。

 すると、彼女はさっきまでのうっとりとした顔から急に不機嫌な顔になった。

 「だから…… 古代君は私のこと、愛してるの?」

 「う、うん……」

 俺は懸命に頷いた。が、彼女はまだ不満げだ。僕だってわかってるんだ。ひとこと、『愛してる』って言えばいいってことは。
 けど、僕の口からその言葉が出てこない。どうして?と聞かれて困るけれど、とにかく出てこないんだから仕方が無い。
 が……彼女がそんなことを理解してくれるわけはなく……

 「うん、じゃなくって、ちゃんと言って欲しいの……」

 雪の顔が少し悲しげになる。

 「古代君……一度も私に愛してるって言ってくれてたことないんだもの」

 「いや、だから、その……」

 拗ねたように口を尖らせて僕を見上げる彼女の表情は、なんとも言えずかわいらしい。だから愛してるんだってば! 大好きなんだって!! なんでそれをうまくいえないんだろう!
 ああっ、もどかしいっ!!!

 僕は彼女を半ば強引に引き寄せて、その唇を奪った。

 「あ……」

 今度は彼女が言葉を発せなくなった。当然だよな。僕の唇が彼女の口を覆ってしまったんだから……

 それからゆっくりとたっぷりと、僕は彼女の柔らかくて甘く濡れた唇を堪能した。
 キスのタイミングは、よくわかってないけど、今がそのタイミングだったかどうかも怪しいけれど……
 でもまあ、キスしてしまえばこっちのもの。後は、ガンガンいくしかないんだ。なんたって僕は、ヤマトの「先頭」班長、おっと違った、戦闘班長だったんだから。




 それから数分後…… 彼女は頬をほんのり染めてうつむき加減に僕の胸の中に顔をうずめていた。

 「古代君……」

 顔を摺り寄せながらそうつぶやく彼女の甘えた声が、また僕の胸を直撃する。ドキドキ……ドキドキ……

 「雪……」

 やっと口から出た彼女の名前。

 雪?さっき強引にキスしたこと、怒ってないよな? 僕の気持ちをわかってくれたんだよ……な?

 すると彼女は、僕の問いに答えるように、嬉しそうに顔を上げてじっと見つめてきた。

 はぁ〜〜〜よかった、と一安心してもう一度彼女をぎゅっと抱きしめた。ところが……

 「好きよ……愛してるわ、古代君」

 まだ安心するのは早かったらしい。彼女の愛の告白にドギマギしながらも、今度は僕としても精一杯の言葉を搾り出した。

 「ぼ、僕もだ……よ」

 こ、これでいいかな?雪!

 「僕も……なぁに?」

 「えっ?」

 彼女が期待を込めて僕を見つめた。その瞳に僕はまたしても固まってしまった。

 「あ、や……あの……」

 やっぱりその一言が必要なのかと思いつつも、結局またもやその言葉を口に出すことができなかった。

 ああ……自己嫌悪……

 「ああんっ!もうっ!!!!」

 せっかくいい雰囲気になってたというのに、またもや彼女はぷいっと膨れて、僕を押しのけて立ち上がってしまった。

 「ゆ、雪?」

 「もうっ知らないっ! 古代君なんて知らないんだもん!」

 ひとりつかつかと歩き出した彼女を、僕は慌てて追いかけた。

 どうしよう、どうしよう、彼女本気で怒ってるんだろうか? ああ、どうしたらいいんだよぉ!

 「雪っ! 待ってくれよ、雪!」

 彼女は振り向きも返事もしない。

 やばい、やばい! 絶対にやばいぞ! 言わなくちゃ、『愛してる』って、それだけ言えば彼女だってきっと機嫌を直すはずだ!
 簡単なことじゃないか、進!! ほらしっかりしろよ!







 なのに、僕の口から出た言葉は……

 「あ、あのさ、飯でも食いに行こうか? 腹減っただろ?」

 すると、彼女はその言葉にぴたりと立ち止まって振り返った。そしてその大きな瞳をまんまるくして、きょとんとした顔で僕を見た。それから何を思ったのか、プーッと吹き出して笑いだしたんだ。

 「あ……あの、雪?」

 言った僕の方もその反応振りに困ってしまった。恐る恐る彼女の答えを待ったが、笑いだした雪は全然収まりそうもない。

 もしかして……あまりの馬鹿さ加減にあきれてしまったとか? もしかして……私たちもこれでもう終わりね、とか言うんじゃないだろうな?

 うげっ、やめてくれ……! ああどうしよう、その一言がいえなかったばかりに僕の恋は終わってしまうんだろうか…… そんなのないよなぁ〜〜〜






 ところが意外なことに、彼女の答えは悪いものじゃなかった。

 「うふふ……もうっ、古代君ったら! いいわ、行きましょう。もちろん古代君のおごりよね?」

 彼女がにっこりと笑った。あ、あれ? 怒ってない……みたいだ?

 「え?」

 「あら? 誘ってくれたのはあなたよ」

 彼女は、追いついた僕の腕に手をからませてくいっと引っ張るように歩き出した。僕も歩調をあわせて歩く。
 よくわかんないけど、彼女の機嫌が悪くないのなら、それでいいとしよう。深く考えたって仕方がないさ。

 「う、うん…… ああ、いいよ。何でもおごってやるさ」

 安心した僕は、偉そうに胸を張って見せた。

 「ありがと!」

 そして、もう一度満足げにニコリとした雪は小さく肩をすくめた。

 「あ〜〜あ、古代君に期待したのが間違いだったわね」

 「なにをさ?」

 「聞きたい?」

 上目遣いの彼女の瞳は、ちょっとばかり意地悪そうにきらりと光った。

 「い、いや……いい。また墓穴掘りそうだ」

 背筋にひやりと汗が流れる。もういいよ、あのセリフは…… 勘弁してくれ!

 「ふふふ…… だから古代君なんですものねっ! 口が上手になって他の女の子口説かれても、かえって困るし〜」

 「そ、そんなことするわけないだろっ!」

 「はいはい! そんな心配してませんっ!」

 「ったく……」 「ふふふ……」

 とにもかくにも、僕が『愛してる』なんてキザな言葉が似合わないことがわかってもらえたようで、一安心だ。
 どうやったって簡単には口先に出そうにはない。どこぞの金持ちのボンボンと違ってな。

 まあ、彼女が寝てるとか、聞いてないところでなら、言えそうな気もするんだけどな……


 さぁて、まじに腹減ったし、彼女もたくさん食べたそうだし―ここだけの話だが、彼女は痩せの大食いで結構食べるんだ―太田に教えてもらった安くてうまい店でも行ってみるかな。

 僕の腕にぎゅっとつかまって歩く彼女を横目でチラッと見ながら、僕らは車を止めてあるところを目指した。




 歩きながら僕はふと思った。

 いつか僕も、彼女の問いにさらりと『愛してるよ』と答えられるようになるんだろうか……?



 たぶん……一生無理なような気がする。
 だから……僕の気持ちは、これからは態度で理解してくれよな! 頼むよ、雪!!






 やぁよっ!! そのうち、ちゃんと『愛してる』って言ってもらうからねぇ〜〜〜〜!!
 態度だけじゃ満足できないの! 女の子は、たまにはそんな甘い言葉が欲しいものなんだからねっ! (by 雪ちゃん)




 はっ、はっ、はっくしょ〜〜〜〜〜〜〜い!!

おしまい


あい(2004.7.17)

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